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2006年4月の投稿

2006年4月30日 (日)

古文書と地震

 20060430img_1413 活断層研究会、というのがある。

 会津地方には盆地の両脇(縁)に活断層がある。→会津西縁活断層  地質調査研究報告2005年

 活断層研究会編・財団法人東京大学出版会発行の「新編日本の活断層」(1991)

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 古文書に見る地震記録を調査し、発掘調査でその確認をする、、、、という作業が行われてきている。会津坂下町の塔寺心清水八幡宮長帳(ながちょう)はその重要な資料となった。

 この神社は950年の由来がある。

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明日から5月へ

Img_1309 まだまだ消えませんね。写真は昭和村大岐地区の高畠。昨年産地公開でかすみ草の苗を定植したところはまだ50cmの雪があります。標高730m。

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フィルム缶楽器

20060429img_1200  4月29日の只見町長浜源流の森で。宮城県のフォルクローレ・グループのギターの担当の男性が、フィルムの缶(プラ)で作ったもの。穴が4つ。オカリナ状。ふたに吹き穴がある。300円。

 →→→制作者のウェブサイト(フォカリナ)Img_1224

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 5月3日は栃木県日光市(旧・今市市)で公演。なかよしバンド(佐藤菅家)は午後に2回出演予定。主催はサムシング(猪倉・泉福寺)

チラシPDFファイル

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如雨露(ジョウロ)

 20060430img_1370 プラスティックのジョウロ。漢字変換すると「如雨露」、、、雨や露(つゆ)のごとし、、、

 ホームセンターで安価で売られているが、昔はブリキ製だった。

 10リットルのジョウロで、1株ごとに灌水(かんすい・みずやり)する。1ジョウロ(10リットル)で100株を目安にしている。

→→→4月30日の作業

 それは一株に100ccということになる。コップ半分の水である。

 かすみ草の一条植の場合は、株間が35cm。20間のハウスが基準なので、36m長さで100株植えてあり、2間半間口だから4.5m。畝間は110cm。4畝(うね)入る。20060430img_1394

 4月に定植したかすみ草(早生系・ピュアスプリング)には、晴天続きなので、1株に150ccすることにした。したがって1畝(36m)に15リットル。

 株間には水を垂らさないようにするためには、手首の力がいる。ジャッツ、ジャッツ、、、と1回ごとに水を切る。

 隣の据置株(越冬株)のかすみ草(晩生種のニューホープ)は株穴の雑草の引き抜きと、残茎整理をしてから、1株に100ccずつ。計40リットル。20060430img_1399

 STS廃バケツは20リットル容器で、そこに水を入れて持参。1ハウスは2缶、1ハウスは3缶で計5缶(100リットル)。

 ジョウロの注ぎ口には草などを折り曲げ差し込み水流弱めとしていたが、今回の父(73歳)の手製のキャップ(注ぎ口)は針金のため口径を微妙に可変できる。

 20060430img_1388 本来は、灌水目的がPF(土壌水分)計による管理、、、であるが、、、

 会津の昭和村は、基本が露地雨よけ栽培。天水(雨水)に頼り、開花時期のみ屋根ビニルを掛けるスタイル。

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 5月1日(月)は、昭和村大岐の岩下圃場のビニルハウス内にかすみ草の苗を定植する。うね(畝)立て、ビニルマルチ掛けは昨年10月に行って、降雪、この春に除雪してハウスを建てて土の乾くのを待っていたところ。

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286年間の日記

 20060430img_1422 会津坂下町塔寺の心清水八幡神社に伝わる、『塔寺心清水八幡宮長帳』は、南北朝の貞和6年(1350年)から江戸時代初期の寛永12年(1635年)までの286年間の心清水八幡神社の年日記で、総紙の枚数197枚、全長120mで、現在は8巻にしてあります。 昭和4年に国の重要文化財に指定されています。「ながちょう」とよばれています。

 地震などの災害をはじめ、出来事を調べる上で重要な文書(もんじょ)となっています。20060430img_1421

 幕末の1852年に参詣した、吉田松陰の碑も参道にあります。 20060430img_1429_1

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軒端

 20060429img_1315 2006年4月29日(土)会津美里町で撮影。軒端(のきば)、、、、軒先(のきさき)は、屋根が雨をよけてくれ直接に当たらないため、モノを置く場所になる。あるいは乾燥する場所になる。写真は緑・白・黄色の袋に入った20kg肥料が置かれている、、、、通常、農家によく見られる風景。この肥料の数、、、、1反(たん、10アール)あたり袋数が決まっているので、経営面積がわかる。いま会津盆地では水田への肥料散布、代掻きがはじまる(共同作業で、堰の掃除が終わり、堰上げ、、、、水路に水が流れる)。5月連休は兼業農家にとっては、農作業の集中日。会津盆地の桜は満開で、29日夜の会津若松市内の鶴ヶ城周辺は遅くまで花見客で渋滞。会津盆地に流下する河川沿いを桜の開花が遡上しはじめた。柳津町虚空蔵尊も開花。

 私も、今日4月30日より朝5時より農作業をはじめる。10月末までの「夏」の生産体系のはじまり。

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  小泉総理がアフリカへ。初日はエチオピア。この国には、先年よりオランダ資本のバラ農園、かすみ草農園が次々とケニアより移転してきている。花のトレードの要請もあるのだろうか?

 5月1日は渥美産アルストロメリア・フェア(京橋花き)  展示(大田花き

 世田谷花き+JA上伊那はJマート河口湖店でメリアフェア。→→メモ(軽トラ氏)

 店頭販売支援 F21営業企画室(ぴのこさん)、マツヤマさん

  例年4月中に開催されていた青山FMの「おきたまアルストロメリアフェア」は?????

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赤字丼

 20060428img_1049_1 2006年4月28日、北海道内をレンタカーで走行していた。札幌から夕張郡の由仁町にナビをセットして、それに導かれて一般道を運転していた。まず左手に看板があらわれ、「赤字丼」とあり長沼町だという。長沼町は由仁町に行く途中の街だ。またすぐいくと、右手の倉庫の屋根にも「赤字丼」とある。(R)とあるから、商標登録している。これを食べると会社が赤字になるのか?と思いつつ運転し、いやあの看板は、やはり撮影しなければならないと、20060428img_1050Uターンして撮影した。長沼病院前にあり、店名は書いていない。途中、約束の時間を過ぎてしまい、窪田さんから携帯電話があり、20分遅れで、由仁町にすべりこんだ。

 30日の早朝に電子メールをチェックしてみると、北海道の方よりその「赤字丼」の写真が送付されてきていた。それを掲載します。ありがとうございました。写真を拝見すると、エビを大量に載せた天丼で、「出したお店が赤字になる」という意味なのでしょうね。割り箸の紙袋には「いわき」と店名がある。さっそくウェブサイトをチェックしてみます。001

 会津若松市の「ソースカツ丼の会」のように、トンカツが2枚のっている、、、、とても食べきれずに、、、、身構えする、、、同じ光景です。

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2006年4月29日 (土)

桜咲く土蔵前

20060429img_1353 北会津・下米塚・村山邸土蔵。公開リハーサル無事終了(21時)。10余名。

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 5月3日は栃木県日光市(旧・今市市)で公演。なかよしバンド(佐藤菅家)は午後に2回出演予定。主催はサムシング(猪倉・泉福寺)

チラシPDFファイル

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只見長浜木の芽山

 20060429img_1269 2006年4月29日(土)晴天。日中18度。会津若松より110km、3時間。只見町。長浜集落にある東北電力の源流の森。佐藤孝雄氏となかよしバンドで5曲演奏し、その後、写真の宮城県の6人組のフォルクローレのバンドが出ました。弦楽器チャランゴ女性は南米アンデスに演奏楽器を習得に行かれたそうで、とても上手でした。20060429img_1251最下の写真がキツ耕一氏。

 かたくりの群生地の楢林ですが、まだ雪がありました。演奏終了後の14時に只見を出て、50km鳥井峠国道401号を大芦に抜け、昭和村から柳津町、会津若松市に16時に着。100km。20060429img_1262

 18時30分に村山邸土蔵に再集合し、19時より公演。

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Rie fu

20060428img_1055 2006年4月28日(金)11時、北海道内でレンタカーを運転していながら聞いていたFMラジオ。赤坂泰彦のディア・フレンズのミュージシャンのゲストはロンドン在住のRie fu(りえふう)。アートから入って、ひとりよがりな芸術よりも、ヒトに伝わってはじめてアートとなる、、、というような音楽家の記事を見てから、音楽をはじめた、という。3月24日発売のセカンド・アルバムは「ローズ・アルバム」。オンエアされた楽曲はとても良かった。

 →→→ Rie fu(りえふう)

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  今日4月29日(土)は昼から只見町長浜の源流の森(たもかく・きつこういち吉津耕一氏主催)の「木の芽山」で佐藤孝雄氏と20分間、出演。バーベキューのみ参加費必要。

 なお、夜7時からは、会津若松市北会津町下米塚  村山英司邸土蔵で全10曲。60分。佐藤孝雄氏と。なかよしバンド、公開リハーサル(5月3日のための)。参加自由・無料。

 

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2006年4月28日 (金)

522

20060427img_0975 522

 2006年4月28日(金)8時の購読者数

 フロレッタちゃん!に導かれる旅。

 4月26日の午後に都内を案内してくれた、その主筆のマツヤマさんのワゴン車は、動く事務所化していて、車中泊も多いようで、一式が揃っている。郵便の手紙類の束まで車中にある、、、ブレーキ音がするので、後輪のブレーキパッドの調整をしてもらいましょう、、、、

 4月27日に一日乗車していた札幌の薄衣社長のワゴン車。後部座席の床には、印刷されたフロレッタちゃんが何部も、あった。愛読者の一人で、つねに読んでいる、、、、共通の話題に事欠かない、、、、仲卸と花束加工をしているので、、、、視点も消費者の立場からいつも考えていることがわかる。

 全国には、522の仲間がいる。意図はきちんと伝わっています。

   「電波の届いているところをくまなくあるいて視聴者を訪ねる」

 永六輔がラジオ・テレビに出演しはじめたはるか昔に、日本国内を細かく徒歩で古老をたずね聞き取り調査した歩く巨人・民俗学者の宮本常一に言われたように、情報が届く先を訪ねる旅、、、、が必要な時代になっている。

 松尾芭蕉をはじめ、未知のところ、、、というより門人を訪ねる旅ということがこのあと増えてくる。私の旅は、かすみ草を作る人、使う人を訪ねる旅。

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脂煙のかほり

 20060427img_1004 2006年4月27日(木)の夕食は、一人で札幌市内の食堂、、、、、ジンギスカン。昨年から都内でも出店ラッシュ、、、、、のジンギスカン。ラジオで先週も特集していた。その発信源が札幌だ。苫小牧ではカレーラーメンを流行らせようという試みもある、、、、という。そしてなぜカレーか?というと、札幌ではスープカレーが流行している。出店も増えている。まずジンギスカン、、、、ヒツジ肉をとんがった鉄板で焼く、、、、

 いろいろとリサーチして入った店は、とても狭い店で、店頭ですでに2名・3名の2組が並んでいる。30分ほど待って入店した。コの字型のカウンターで、二人にひとつ七輪に炭火が入っている。入る途端、この煙と、焼き肉の煙が充満しているので、全身と服は、ジンギスカンのにおいづけになることを覚悟した。20060427img_1030

 おばさんが3人、分業でカウンター内で仕事をしている。私の左となりは会話の内容から旅行会社勤務の同僚男性20代2名。私は一人。右は会話の内容から野球関係の50歳代の4名の男性。その隣は3名の男性サラリーマン(良く喰うチーム)、その右、、、、私から見て正面は観光客4人で会計を済ませてすぐ出ると、後から入ってきた2名の女性の旅行客と、また男性2名がその隣に座った。

 店内のカウンター脇のタイムカードを見ると10枚近くあるので、3名の3ローテーションで仕事をしているのだろうと思った。作業は分業で、肉を1皿(1人前700円)ずつはかりにかけて皿盛りしている人、洗い専門、受注受けと炭の管理。

 炭火の七輪の火力が強められ、黒い鉄製の縦の隙間があるとがった帽子上の焼き網が出され、白い丸ネギ(長さ3cm)、タマネギが両手で運ばれ、まず鉄編みの上に置かれた。そのてっぺんに白い5cm四方の獣脂が乗せられる。獣脂が熱せられ油が頂上から下に流下はじまったら、「焼いて下さい」と言われた。20060427img_1019

 たれが出ていて、それに「ニンニクおろし」「唐辛子」を入れて、焼いた肉を浸けて食べる。ごはんを1膳と肉は2人前食べた。隣の人々は3~4人前、たまねぎ追加、、、、という食べ方で、瓶ビールで、という作法であった。

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作法

20060427img_1013  2006年4月27日(木)。北海道にいます。この日の昼は15時近くとなった。道案内をかってでてくれた地元のJFMA会員U氏とその友人ともに、国道沿いの食堂に入った。道産子のU氏は「うどん」を、私は北海道なので「みそラーメン」の食券を600円、購入、、、、というかごちそうしていただいた。

 広い店内には、昼も終わっていて、お客は私たちだけで、すぐに、みそラーメンが出てきた。わたしは、割り箸を割って、左手に持ち、SB胡椒の缶を持った、、、、するとすぐ、隣に座ったU氏は、

「カンケさん、それコショーですよ」

と、制止された。

「えっ、、、なんで???」と私。

「北海道では、みそラーメンには唐辛子です」と胸をはるU氏。

「?????」

とりあえず、唐辛子をかけ食べることにした。

その後、会うたび、道産子の何人かに訪ねると、

「常識です、、、、」と言われた。

今回の出張の最大の発見でした。

注意してみると「赤い唐辛子」が、

ほどんどの食堂には置いてある。

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カミ

 先日のとある会議で。

 お客様は神様ではない。

 王様とお姫様。

 神様はわがままを言わない。

 王様とお姫様はわがまま、、、、だからお客様は

 王様とお姫様と思って接遇する。

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2006年4月27日 (木)

人間と社会の未来

 こんどの出張では、次の本(新書)を読んでいます。4月20日に発刊されたばかりで、前回のフローレ大田店5周年参加後の帰路の22日に東京駅構内の書店で購入したものです。

 見田宗介『社会学入門~人間と社会の未来』(岩波新書)

 ※どのような社会を構想したらよいのか?というのは、産地の構想および関係性としての消費者論、卸売市場や仲卸・小売店との関係性の構想に役立ちます。読書は、現在抱えている課題を解決することを「考えるためにする」もの、、、、という読み方があり、講演や事例報告を聞くことも、現在の課題解決を考えるためと、将来構想を考える示唆を受けるためのもの、、、、内面を豊かにするためのもの、、、、などあります。

 ※59ページには紫貝と禁色のことが書かれています。

 ※52ページから「花と異世界。世界のあり方の比較社会学」という章立てがあります。そこには小林一茶の句をあげて、過去の感性といまの感性が異なることを示しています。

 手向くるや むしりたがりし 赤い花 (一茶)

 ※62ページ。個性化の競合する没個性化は、近代社会の基本的な逆説の一環である。「現代人は少しずつ、常に、昂奮(こうふん)している」という表現で柳田国男(民俗学)が見ているものは、この社会の打ち消し合う「おどろき」の相殺、これが招来する夢の漂白、感動の微分ともいうべきものだった。

ーーー

 主役の花だけを並べる、トレンドの花だけを並べる、、、、要はバランスなのだが、店頭が完成されると、途端に売れなくなる、、、、生産者の品目選定は、売れる品目だけを作るようになって、とたんに売れなくなる、、、、という「おどろきの相殺(うちけし)」現象だと、読んでいて気づくのである。

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かすみ草の時代

20060426img_0918 ■4月26日、フローレ21営業企画室長の松山誠さんの案内で15~18時すぎまで、都内の生花店3カ所を訪問しました。いそがしいなかありがとうございました。とても勉強になりました。その松山さんから開店日のイケアの話を聞きました。イケアのカタログももらいました。その表紙には、奥の棚にかすみ草の花が飾ってあります。それもかすみ草だけで、、、、、すばらしいと思いました。

■花職人Aizuの湯田浩仁さんのコメント、、、、、についてですが、、、、「パブリックな視座(視点)」とは、、、、、たとえば毎日の生活特に生業たる花き生産を記録する、、、、というのはプライベート、、、個人的なことです。その一部を編集してウェブログ(WEB LOG、略してブログ)、インターネット上に「公開」する場合、「公(パブリック)」的自主抑制が働きます。公序良俗に反すること、つまり書いてはいけないことが出てくる、、、、非公開の自分だけの日記やメモには書いても、ネット上で公開する日記には編集意図が出てくる、、、、発表する意図がある、、、、ということです。

 つまりパブリック、、、公的に、、、公というのは役所(役場とか政府、地方自治体)を指すものではなく、民衆(生活者)自身による自発的、感覚的な心性が働くことを言います。

 畑で働いた感動や気づいたことを、社会(パブリック)に向けて発表することを意味しています。生産団体案内や品種案内という基礎的事項を掲示するウェブサイト(ホームページ)は、必要条件なのですが、それを動かしている人間の息づかいを伝えるのが、日々の活動からくる発見を、読者(インターネットの向こうにいる人々)に働きかける作業は、極めて私的であり、かつ公的である、、、、ということを言います(菅家理論ですが、、、)。

 尾瀬リンドウ時代のパブリックとは、地域の隣人生産農家に「栽培を勧めて産地化」するというパブリックです。つまり「ひとりよがり」な栽培ではなく、地域全体の「稼ぎ」に関することを公開・支援してきた、、、、ということで一時代の地域の経済活動が成り立つことをいいます。それが農産物一般論ですが、競合産地が出てきたり、近隣産地競合となると、突如・閉鎖的になってくる、、、、とたんに衰弱してくる、、、、という歴史があります。パブリック、公的開放を持つ視座がないと産地は衰弱するのです。かすみ草サミットを全国各地で開催する、、、、、のは、品目産業そのものの活力を低下させないための取り組みです。そのことに気づいてくれた産地が苦労して準備して大会を主催してくれています。

 一人でできること、できないこと、地域の将来像、次の世代、そして「オオムコウ」という「パブリック(公的世界)」を意識して、個人生活が営めるかどうか?という意味で、コメントに書き込みました。生産団体の活動をウェブ上で公表していくというのは、とても重要な意味、、、、外から見られている視線を意識して活動を律する、ことを言います。

 しかし、農作業の労苦を売ることはだめだ、、、、というのは上条さんの意見です。

 苦労の言葉、、、より具体的な作業内容のほうが、よいと思っています。たとえば、朝早く起きて仕事したので疲れた、、、より朝4時から夜11時まで今日は仕事した。その内容で読み手は理解できます。そしてネット上では時制表現(時間の表現)が古いと価値が無くなるので、昨日はこうだった、、、、というより、4月26日はこんなことがあった、、、、と書きます。明日、、、、というより4月28日は、、、、と書きます。読み手が共時的に読んでいるとは限らないからです。昨日、おととい、、、、昨年、という時制の表現は、読み手の立場に立ってみると、古い記事だな、と読み飛ばされてしまいます。

■イケアの表紙は、脇役たる家具(脇役の花・かすみ草)、、、、主役は生活者(ヒト)。古い曲ですが、さだまさしに「主人公」という曲があって、その詩的世界を表現しています。

※写真はクリックすると拡大します。下線の引かれた文字はクリックするとリンク先記事に移ります。クリックというのは、マウスポインタ(矢印)を合わせて、ボタンを押します。

 

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2006年4月25日 (火)

コキャク

20060423img_0751  2006年4月25日(火)、この有限会社設立以来の10年間、昭和花き研究会の経営を見てもらっている会津若松市の顧問の会計事務所の先生からミニコミをいただいた。

『経営者の四季359号』(TKC)5月号。

「ブランド戦略は、どこでもできるんです」フリーパレット集客施設研究所 代表 藤村正宏氏。体験を売るエクスペリエンス・マーケティングを主張している。

 コラムでは、こんなことを言っている。

 顧客を選ばない会社は、顧客からも選ばれない。

 この商品を売りたい、ではなく、

 どんな人に買ってもらいたいか?を考えること。

 それに合わせて、ほしいであろう商品やサービスを考えることが「ブランド思考」のスタート。

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 マツヤマさんが、南船橋に開店したイケアの報告をしています。→ 白里想雨

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太陽活動と磁気嵐

 Convbelt 2006年4月25日(火)、午前中は会津若松市内の会計事務所で、監査を受けた。それにしても雨になり強風となり、黄砂による視界も昨日以上に悪い。

 太陽は磁気嵐が強まっているようだ。

 高校生の時、工業高校だったのだが、クラブ活動はアマチュア無線部であった。50MHZなどでちょうどいまの時期から、大気中にある電離層が太陽の活発な活動により突如発生し(スポラディックE層、Eスポ)、西南諸島の無線が入ってくる、、、、ことがある。電波を反射する電離層が突如できる、ということは、一日中通信を聞いていて感じたことだ。通常の電離層は反射帯域が層により異なる。

 電磁波、電波、電離層など、見えないものが「音声」となって聞こえてくる。ノイズなのだが、そのノイズのなかから相手局の通信を求める「ハローCQ、CQ、、、、」。

 ハム(アマチュア無線)経験者は、周波数によるアンテナの長さには法則があるので、屋根のアンテナを見て、使用している周波数がたいがいわかる。昔なら細作・諜者として役立ったかもしれない。高周波ほどアンテナは短くなる。

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仙花の姿勢

 国内初の取り組み、4月18日のガーベラの日。

 九州福岡の八女・広川ガーベラが、東北の宮城県仙台市の卸売市場の仙花の取り組みを紹介している。いつも辛口のコラムがほめています。仙花のやっている「仕事」をこれだけ的確に示した文章ははじめてでしょう。→→→「広川ガーベラ」  →→→ 仙花

 仙花の和歌山の花(紀州中央)フェアでは「新聞紙包装」という新機軸も出ています。生産者だけにエコ(環境配慮)を求めない、、、、という取り組み、、、、背景には野菜のコンテナ流通や過剰包装の廃止(個別量り売り)、、、、、量販店での取り組みとしては、示唆的なものです。価値を売る専門店はまた別の手法があると思います。

 単色とミックス色の販売、売上点数を増やす仕組み(単色で復色購入いただける)、、、、あるいははじめて購買を誘う仕組み(ミックスはお試し購買体験には最適)、、、、その目的により、束単価と、あるいは陳列技法により変わります。そうした店頭のデータをきちんと収集しておく、、、、、いくつかの卸売市場ではそうしたことがはじまっています。

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2006年4月24日 (月)

山星屋

 20060424img_0869 2006年4月24日(月)曇り、、、、黄砂で春がすみの会津地方。三島町川井の定植したかすみ草に水をジョーロで手灌水(かんすい、みずやり)。今(22時、、、)帰宅しました。昭和村の野尻川筋の平地(水田)はほぼ雪が溶けました。矢ノ原高原や、小野川地区、大岐地区はまだ積雪が60cmくらいあります。

 夜、昭和花き研究会の副会長の本名敬君と一緒に、会員生産者宅を訪問しました。かすみ草は栽培しないで、昭和村で夏秋に草花だけを生産している生産者の販売をどうするか?という半年間の取り組みのなかで、4名の生産者のうち、いちばん栽培面積の多い、10年以上栽培を続けている下中津川新田地区に住む福一さん、イチ子さん親子、、、といっても福一爺・イチ子姉なのですが、、、、今夜相談しました。 20060424img_0825

 まず屋号を入れて箱は新しく作ることにしました。たいがいどこの家にも屋号があります。名字が同じヒトが多かったりしているので、家それぞれに命名されているのです。持ち物には焼き印を押します。その2種のマークが通常あります。私の家は前川屋(単純ですね。家の前が川だから)で、焼き印はヤマジョウ(人+上)。

 、、、、そしたら、この家の屋号は

 「山星屋」(やまぼしや)ということでした。20060424img_0785

 なんと素敵な。

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 4月24日(月)の磯村信夫氏のコラムに取り上げられていた「オリナス」。22日に都内の地下鉄の中吊り広告で、ステキな渦巻きのもので気づきました。

 24日は船橋にイケアも開店。昨年秋に見たオランダのイケアは雑貨もステキでした。食堂は安さでヒトを呼ぶ方針でやっています。

  マツヤマさんが第1報をしています。家族で来て欲しい、、、という IKEA 風の広告です。こんな手の込んだイラストまで作成しています。言葉によるギャグ(冗談)より高等ですね。「ええ」(あいづち)。Ikea20060424

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大田フローレ5周年

20060421img_0491  2006年4月21日実施。21~24日記事。「フロレッタちゃん!」710号(4月24日)は花の実演を司会した小林さんによる「いままでにない長文の泣ける記事」で「花って自己投影、、、おもいっきり個人をぶつけてみるべき、、、」と言っています。(登録しないとリアルタイムで読めません。メールマガジンで届きます)

 大田フローレ5周年、公式報告

  大田フローレ21

  ブレンダさん

 中三川さん

   草花園さん

  草花園さん(その2)

 渡辺正義さん20060421img_0487

 折原園芸さん

  折原園芸その2(詳報)

 原園芸さん

 ズッキーさん

 フィールドさん 109097f1s_1

 パフュームさん

 花職人Aizu

花職人Aizu その2

 軽トラ日記

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 菊池のかすみ草フェア(フローレ21世田谷店)4月21日

 熊本の菊池より→ぴのこ日記20060421img_0477

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 ※市民記者の時代になりました。みな、目的を持って取材・記録し、自分のメディアで報告をしています。イベントに参加する場合に「伝える」ために何を記録するか?という表現の場という問題意識を持つ人が増えています。

 ※写真は、青い帽子のf21マツヤマさんをビデオ取材する花職人Aizuの湯田江美さん、その右手はイベントの準備を手伝っている代表の湯田浩仁さん(白の服)、軽トラさん(黒)。湯田夫妻は自動車での南会津からの日帰り参加。豚汁のみそ汁の味噌、、、おでんの味噌は、湯田夫妻手作り。20060421img_0419

※午後4時に会場に着き、準備風景を見て、ナカヤさんのギターを借りて練習。予定ではデモの幕間でしたが、開場してからの7時から20分間、受付・スタート待ちの時間で6曲ほど歌わせていただきました。「太陽の下」「孤独のマラソンランナー」「1west,,,,,,,」「サボテンの花」「いちご白書をもういちど」「花嫁」

※4名のかたによる花生けの実演デモが行われた作業台、、、、には、昭和花き研究会の登録標章のヤマセミのステッカーが貼ってありました。皆さん、気づきましたか?20060421img_0458

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2006年4月23日 (日)

お手本はビートルズ

20060421img_0525  スターバックスとビッグスマイル(商業界)

http://www.nifty.com/buzz/concept/aidees.htmlマツヤマさんのメールより

→→フレーム

→→ ショッピングのドラマ

小川先生→野菜ソムリエの本

ビートルズは4人。ときに主役が入れ替わる。ドラムの担当の人も時に主役で歌う。リードギターのヒトも、、、、脇役、引き立て役も時に主役になる。そのとき、フロントにたつ主役は脇役になる。作詞作曲とボーカルは全員が担当する、、、、

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シロのサクラ

 2006年4月23日(日)会津若松市。鶴ヶ城。桜が咲く(8分咲き)。観光客を乗せたバスがたくさん来て、渋滞。20060423img_0747

 

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緑の街

20060421img_0412  2006年4月21日(金)、、、午後。世田谷花きの宮西さんの運転する自動車の助手席に乗って、都内の生花小売業の3店ほど訪問した。

 とうに桜の季節は終えて、街路樹の新緑がまぶしかった。季節の変化は植物が教えている。それにヒトは寄り添って生きている。

 23日(日)は、会津若松市内の古城の桜の開花を見ようと思う。昭和村はまだ雪の中。

 タイムマシンという時間をさかのぼれる、あるいは未来に向かう機械装置があれば、東京は未来の季節の姿であった。しかしそこに至るには福島県の郡山市から新幹線で90分だが、季節は30日、、、つまり1ヶ月も異なる。まだ「冬の心構え」で、いきなり5月に初夏が来るのだろう。20060422img_0668

 21日の夕方から、大田市場花き部の仲卸・フローレ21大田店で、5周年の催事があった。この受付で会津若松産の背丈3cmほどの「起き上がり小法師」が参加者に配られた。めでたい紅白の衣装であった。

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 写真は22日の朝食とした、東京駅構内地下のアメポテ東京のサラダ丼。回転寿司から、カレー専門、ユニクロから無印良品など、専門店が入っています。出張時の拠点なのでいろいろ調べています。

 この上京の往復の列車中や一人の朝食時には、加藤廣著『秀吉の枷』の上巻を読んだ。『信長の棺』の次作は、その物語の道筋のなかでの秀吉側の記述である。下巻にいまさしかかっているが、土木技術に優れた川筋衆の前野将右衛門が魅力的に描かれている。蜂須賀小六も川筋衆。

 とすると、来年に出るであろう加藤廣の3作目は家康の立場からの本能寺の変であろう。秀吉の枷(かせ)、、、、とは本能寺の変の秘事が足かせとなっていることを示す。

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 夜遅く、中央花卉の中谷さんの案内で行ったお店は、「ラーメン道楽」(都内大井町鮫洲)。なんと2階にテーブル席、1階はカウンター+厨房というところで、2階で、ねぎの入ったとんこつラーメンを食べた。200604dsc025664月1日に来県されたときに会津若松市の古刹の三角屋(さんかくや)で、にぼしだしの醤油系あっさり中華そばを馳走した礼として、であった。

 先週に新日本流通の井尻さんに案内されたのは京都銀閣寺「ますたにラーメン日本橋本店」であった。ここもとんこつであった(写真)。昼に並んで入った。

 いずれもはじめての店であり、慣例にしたがって、案内者と同じものを食べた。

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 さて、昨年のこと、二子玉川駅近くの花店・アリエールクールに森美保さんをたずねて、ガーベラのさぎやま君と、宮西さんと3人で行ったとき、お店隣の食堂でランチとなった。3人とも全く別なものを注文した。「意図して別なものを注文していた」20060422img_0705

 この4月18日夜、JFMAの送別会後に、宅さん、佐藤さん、石原さんと4人で入った神田神保町の地下の喫茶店では、ケーキセットだったが、4人とも別なものを注文した。「あなたがそれを頼むなら僕はこれにしよう」という選択だった。 

 

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2006年4月20日 (木)

5周年予告

 20060421f21_5 4月21日(金)19時から大田フローレ21。店内で5周年イベント。

 ブレンダ さん

   花職人Aizu

  佐賀・原園芸(ファインローズ)

    軽トラ日記

    ←フロレッタちゃん! 709号より。画像クリックで拡大します。この掛け軸は、マツヤマ画伯謹製。印刷して表装し掛け軸にして床の間に。その下には一輪挿しを。挿す花は「・・・・・」です。フロオレ「風呂桶に入る」の図。

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ai-byaku-show

  鈴木克彦先生の聞き書き集『松山物語』(福島県立博物館研究紀要第20号所収、2006年3月刊)を読んだ。母語(地元の方言)でいきいきと語られています。地元にいても忘れてしまった表現をいくつか気づきました。

 一時、昭和村の中学校の先生でもあった鈴木先生は、松山のはずれに家を建てている。昨年から福島県立博物館に異動となり、博物館の仕事で聞き書きを行った、ようだった。そのフィールドが昭和村の松山という集落であったのは、とてもよかったと思う。

 108ページに「あい・びゃくしょう」というのが出てくる。鈴木先生は「相百姓」という漢字をあてている。松山集落の話者は次のように語る、、、

「松山は、村人のまとまりがほんとうによいところです。このかげには、やせた土地、貧しい村、みんなが協力しあわなければ暮らしていけない、という理由もあったのだろうと思います。この土地(松山集落)に昔から伝わる言葉に「相百姓(あいびゃくしょう)」というのがあります。これは、みんなが互いに助け合わなければ生きていけないという意味がこめられた言葉です。そんなことから、松山という土地はみんな仲がよく、団結力もあるのだと私は思います」(大正14年生まれ、Kさん)

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 僕が作詩・作曲したうたに「ブナの声が聞こえる」というのがある。長大作なのですが、その詩的世界がいちばん好き、、、、いつも聞いて涙を流している、、、、という鈴木克彦先生。特に、国道401号の博士峠を自動車で通るときに、標高1000mの峠の昭和村側のブナ林に道路がさしかかるといつもこの歌を思い出す、という。

 4月20日に上記報告書(抜き刷り)をいただいたときも、また同じ話しをされました。なぜ会うたびにこの話しをしてくるのか、、、、を考えています。先生の実家は福島県の白河市に近い塙町。こんにゃく栽培地帯です。こんにゃくは芋は3年かかるといいます。それは中学生と同じで、3年かかる、ということを話していました。医食同源とすれば、こんにゃくの無機質的な無栄養というような素材を食す、というのは3年間の時間を食べるということなのだ、、、、あのゲル状のこんにゃくの主体性のなさには哲学的意味が含まれています。鈴木先生に勧められた1冊(講談社現代新書・こんにゃくの日本史)。406149833901

 ブナ~の曲は演奏しないけれど、4月29日の19時に北会津・下米塚の村山栄司邸土蔵で佐藤孝雄氏と日光市公演5月3日用の10曲の公開リハーサルをしますから、、、、とお誘いしました。どなたでも参加できます(無料)。ただ場所は込み入っていて、難しいです。

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噴火

 20060420img_0387 2006年4月20日(木)午後、会津若松市にある福島県立博物館の新年度の第1回目の講座を受講した。

 「博物館再発見1・磐梯山の噴火」で、地質担当の竹谷陽二郎さんが60分講義を行い、赤坂憲雄館長が質問し会場からの質疑に応えた。3万5千年前の噴火(岩屑なだれ)のあと、大規模噴火は1888年(明治21年)7月15日の水蒸気爆発で山体崩壊し岩屑(がんせつ)なだれが発生し大きな被害となった。

 特に東北に多い、大同元年・2年の創設という寺社や噴火など、、、、その問題について赤坂館長はふれた。20060420img_0407

 講座修了後、鈴木克彦先生から新しくできた博物館紀要 第20号(2006年3月刊)に掲載された85~109ページの抜き刷り原稿をいただいた。2005年の1年間に聞き取りしたものをまとめたそうだ。ゆっくり読もうと思う。

 それは「昭和村 松山物語~2005年の聞書から~」

 今日・4月20日は会津地方は雷雨でアラレが会津若松市内では降った。また降雪のところもある。会津若松市の鶴ヶ城公園の桜が咲き出したが、この冷雨で、少しうごきが止まったようだ。会津若松市は週末が見頃だろう。赤坂館長と少しお話をして、夕方に博物館を後にした。この入り口に立つ「秋月悌次郎の碑」を見てから還ることにした。碑の前、右手の白い梅の花が開花をはじめた。落花は枝に還らず、、、、20060420img_0403 良く咲いたら週末にまた梅の花を見に来る。

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 丹波で地震減少(大規模地震の前兆か?)

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かんじき

 2006年4月20日(木)の昼、父・清一(1932生まれ)に、さらに聞いてみた。

■クマヤナギ(クマヅル)の資料を見て→→→「クマゴヅル」だろう。

■カンジキは①まるかんじき、②ながかんじきを作った。①丸カンジキは地竹、根曲がり竹で作るが、竹の輪の止めは麻糸だったが今は針金で押さえている。からむしはダメで麻でなければならないのは、湿気に麻は強いからだ。普通は、この麻紐で丸輪の中を結う。大岐では丸カンジキというが、昭和村の下中津川あたりはこの麻紐の模様から「亀(かめ)」カンジキと呼んでいる。夏に取ったブドウの夏皮で紐にして使う場合もあるが、これは歩くときにキュッツと音がするのでウサギ獲りなどには向かない。ウサギがカンジキの紐の音に気づいて逃げてしまう。

■②長カンジキの爪は、目(木目)の無いブナの樹(き)を使う。軽くて丈夫だ。ナラには目がありだめだ。目の無い樹はミヅメとかオンノレとかがあり、それでも良い。爪は堅雪の時にすべらないようにするための春山に行くときに使う。輪は長細く、上と下と2本で作る。これはコクワのツルを使う。中に3本付けるのもコクワをひっこいて細く割いたものだ。上の輪を大きく、下(かかと側)を狭く、そして上の輪が靴の上になるよう中の3本の横私も上・下・下となる。そうすると雪にぬかりにくく、歩きやすくなる。

■ブドウの皮は、冬皮が夏皮の上に付くので、これを冬にはぎ取ってたたいて柔らかくして糸や紐にすることもある。このブドウの冬皮はやわらかく強くて荷縄に最適だ。そして山のなかで穴に隠れたテンやムジナ(たぬき)を獲るときに、いぶして煙を出すのにも、ブドウの冬皮は使える。ガンビの皮だと最高だが、無い場合はブドウの冬皮でいぶす。ガンビは成長が早いシラカバの仲間(ダケカンバ)で、高山にある。

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滝沢秀一さん

 4901199501 滝沢秀一著『編布の発見~織物以前の衣料』(つなん出版、2005年7月刊)900円。

 4月18日に都下・神田神保町の三省堂で書棚の隅にあったものを「発見」して購入してきた。新潟県の十日町市博物館で織物の研究員として従事され、編布(あんぎん)を発見された滝沢さんに何度か私は昭和村のからむし(苧麻)のことで訪問し、お世話になった。滝沢さんは1918年生まれ、あとがきによれば2004年の中越地震のあと、2005年7月2日に娘さんが亡くなっている。

 先日、新潟を訪問したとき、高速道の越後川口トンネル付近の合間から眼下に仮設住宅が見え、それを思い出した。

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加藤廣氏の2作目

 453217069901 2006年4月18日、日本経済新聞社より加藤廣の『秀吉の枷(かせ)』の上下巻が発刊された。2005年に『信長の棺(ひつぎ)』を出した著者の最新作。19日に会津若松市の宝文館より購入した。

(画像はアマゾンより転載)

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太陽の下

20060415img_9792 つい先日、久しぶりに子どもと一緒の夕食だった。今年は高校の最終年で受験の年、悩みも多いようだった。いまだにクラブ活動を続けている。

 その日の夕方は、彼女は、会津若松市の神明通りのサトウレコードに行きCDを、その後、白水堂でピアノ譜を2冊買った。先日、この正月から練習しているピアノを弾いて聞かせたので、小学生のときに習っていたピアノを思い出して、最近、また独習で弾き始めたという。それでスピッツ楽譜集と、最新曲のピアノ譜を買って、その日の夕食後の練習がはじまった。

 1時間ほど弾いて、休憩。

 せっかくの機会なので、いま練習しているギターでの「太陽の下」を、僕は歌った。彼女は電子ピアノの前に座ったまま聞いていたが、歌い終わったら拍手をくれた。とても自然な拍手だった。こんなことはこれまでなかった。

 スピッツのCDを1枚、棚から出して、これ貸してと持っていった。

 4月21日に何をうたうか、3曲ほど候補曲を持って、会場の雰囲気や集まった人に合わせて1曲を歌おうと思う。中央花卉のナカヤさんからギターの弦は新しく張っておくので、ストラップとチューナーは持ってくるようメールが来ていた。

 太陽の下、、、は、3月18日から公開された映画『子ぎつねヘレン』の主題歌。目と耳が不自由なキタキツネ、、、ヘレンケラー、、、、、もとなかよしバンドの吉田君の作った『道』というオリジナル曲も、子どもが帰ったあと、一人で練習してみた。新しく看護婦になる、、、、人のために吉田が贈ったたびだちの名歌だ。歌いながら「まんが道」を思い出したのはマツヤマさんからのメールが最近マンガ論になっているからかもしれない

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さけ・ます

 458821331801 2006年4月18日、会議後、神田神保町の中華料理店でJFMA歓送会があった。ついでに、神保町の三省堂書店(本店)に行った。民俗学のところに新刊書が平積みになっていた。

 新潟県三面遺跡の発掘を担当していた学校教員の赤羽正春さんが法政大学出版局のシリーズ「ものと人間の文化史」から『鮭・鱒(さけ・ます)Ⅰ・Ⅱ』を2分冊で出版された。奥付を見ると2006年4月10日初版出版。

 第Ⅱ巻のあとがきを見てみると、新潟大学に提出した平成17年度の学位論文(文学博士)「鮭鱒の生態に関する環境民俗学的研究」が元となった。1991年に出した『越後荒川をめぐる民俗誌』を発表したとき、野本寛一氏らから暖かいはげましの言葉が届いたという。これがきっかけとなり多くの課題がわかり、その後の調査継続の活力となった。あれから15年の歳月を経て、学恩に報いることができれば、、、としている。

 東京から帰りの新幹線車中で第Ⅰ巻の序章を読んだ。21ページから「生態民俗学的方法論の継承」として、「野本寛一が提唱した生態民俗学は、生業研究の分野できわめて有効な方法論を提供している。民俗現象を自然と人間のかかわりという原点にさしもどして見つめ直す野本の調査方法とその記録から、環境民俗学の嚆矢となる多くの概念が提供されている。民俗連鎖・適応・遷移・共生といった生態学の概念が、人と自然のかかわりの中で民俗学的に援用され始めた」

 過日の会津地方の野本先生の調査に同行した際、「さけ・ます」の漁労について詳しく質問していたことの理由が、本書を読んで、このことではじめてわかった。

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2006年4月19日 (水)

ノートAFM

 20060419img_0319 ジョン・レノン・ミュージアム さいたま市にあります。ジョンが11歳、17歳のときに書いたノートが公開中です。

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 先日、井上さんにお会いして、ちょうどよく例のノートの写真を撮影しました。149冊目です。ずっと、、、銀座・伊藤屋の大学ノートだそうです。

 この日は、会う人ごとに質問をして、とても熱心にノートをとっていました。新しい仕事の構想をしているようでした。20060419img_0329

 僕が雑誌記者であれば、このノートを取材します。「井上英明の150冊の思索ノート」。150冊を床に並べて、その真ん中に本人に立ってもらって写真を撮影します。

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 日本植物運輸の柏村さんにもお会いしました。柏村さんは、同社で1年間社員で、その後26年間社長をしています。話題はビートルズで、新婚旅行のイギリスでリバプールに行った、、、、はずです。

 「書きました、、、、」と言われ帰宅後拝見しました。→→右4月15日切り花の鮮度保持輸送、新しいコラムができています。トラックの構造を詳しく掲載しています。 たぶん写真も構成もすべて柏村さん。

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 こいずみさんのレポート、写真というか切り取り方が秀逸ですね。すでに撮影前に頭の中にイメージがある、、、、、ということです。花と音楽の連想もそうですし。たぶんお手製の花業界のウェブサイトの写真+レイアウトではナンバー1。

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律儀なO島さん

 20060419img_0374 2006年4月19日(水)、朝東京から帰郷し、奥会津の三島町でかすみ草の定植を終え、昼食を取って、午後に、会津若松市・宝文館書店の駐車場に着いたとき携帯電話が鳴りました。「フローレのオーシマです」とのことで、21日(金)の夜の「歌についての依頼」の確認でした。4組の花の生け組の幕間に1曲、お願いします、ということでした。3月に一度、お会いしたときに依頼され、また今回2日前の確認の電話でした。

 電話をお借りして「今日のフロレッタちゃんに掲載されていた花屋さんはだれですか?」ともたずねました。メールで照会が当方にあったからです。M部長、直接筆者にメールを送って下さいね(笑)。20060419img_0365

 午後は会津若松商工会議所で「新会社法」の講演会を聴講しました。

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2006年4月18日 (火)

炭焼きの未来

   20060417img_0229 2006年4月18日、会議で訪問した福島県中通り(郡山の東方)の阿武隈山地の小野町で、炭焼きを見てきました。

 冬春期のかすみ草の山地の和歌山県は常緑樹のウバメガシなどを焼く白炭で有名な備長炭の産地ですが、東北地方もコナラやクヌギを原料として岩手県を含め産炭地です。

 県庁のある福島市で通常の会議は行われるので、福島県花き経営者会の会議も県庁脇の自治会館(農業会議)が多いのです。小野町に移住して花を栽培しているS氏は冬期間炭焼き従事、という話しを以前からうかがっていたので、今回の小野町訪問ではその炭焼きを見れることが楽しみでした。

 私(カンケ)も、高校卒業後、5年間ほど冬期間、昭和村大岐で自家の炭焼きの手伝いをして、製品を会津若松市の料理旅館(田事)に納品したことがあります。

 この旅館の主人はイワナ釣りの名手で、釣り人が泊まる宿でした。高卒の当時は葉タバコ栽培をしていた関係で、タバコ耕作組合の隣が旅館田事だった関係から、、、紹介していただいたのです。

 炭焼きは、いまでも、やりたい冬仕事のひとつです。

 紀州熊野で炭焼きと山林作業に従事してきた尊敬する宇江敏勝さんの著作はほぼ全部購入し読んでいます。民族文化映像研究所の姫田忠義所長から進められた本がきっかけでした。からむしと麻の栽培の記録映像で来村することになる姫田所長の東京新宿の事務所で、宇江さんの著作を知りました。かすみ草サミットの開催の打合せで訪問していた印南町や御坊市、その宇江さんの熊野の自宅に和歌山県農(経済連)の加藤慶道さんに連れて行ってもらったのは、最近のことです。

 ほとんどの著作が新宿書房から出ていますが、700円台で、
 宇江敏勝著 『山びとの記―木の国    中公新書 (578) 』 は、読みやすいと思います。

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2006年4月17日 (月)

PB

仙花のPB構想?4月15日掲載

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クマゴヅル

クマゴヅル・ノート1

■2006年4月9日(土)午後、近畿大学民俗学研究所所長の野本寛一先生の聞き取り調査に同行した際に、博士山の北麓にある福島県柳津町高森の菊池高さん(1927年生)・フミ子さん(1935年生)から聞いた植物名のひとつに「くまごづる」というものがあった。

 私は、はじめて耳にした植物名でした。その後、調べています。

 → 同行の記録 ①あるくみるきく  ②いとなみから学ぶ  ③出された赤飯

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クマゴヅル・ノート2

■2006年4月16日(日)の雪の降った朝に、春の野の草・アサヅキの出た朝食後に、昭和7年(1932年)生まれの私の父・清一(せいいち、福島県昭和村大字小野川字大岐、博士山の西麓の集落)に「くまごづる」のことを聞いてみた。

■「勝四郎あんにゃ(自分より目上の男性はすべて兄様、あんにゃ、と敬称をつけて呼ぶ。女性の場合はアネ)が、クマゴヅルのあっとこは知ってた。俺は自分では見たことがない。勝四郎あんにゃは、シタデーラの手前の沢の川端にあるって言ってた」(大岐集落には無く、下流の下平廃村付近にある、という自生地の情報、大岐の勝四郎さんは2005年に亡くなっている)。

■「クマゴヅルは長いツル(蔓)で、竹よりも曲げやすいので、カンジキにも使える。しかし、ナデツカレ(雪崩突かれ、雪崩にまきこまれること)にあうと、雪から出れなくなっからっといって、縁起が悪いのでカンジキには使わない」

※カンジキ(かんじき)は、丸カンジキ(まる、輪カンジキ)と、長カンジキ(なが、爪の付いた楕円形の木製のもの)、金属製のカナカンジキ(ゼンマイ採りなどのときに岩場を登る)などがある。雪の上を歩く、道を踏み固めるなどに使う手製のもの(カナカンジキは購入)。地竹(ねまがりたけ)、、、竹という場合、直径が1cmほどの自生するものを利用している。

※カンジキには使っては行けない植物がある、ということがはじめて明らかになりました。その理由を今後は注意して村人に聞いてみようと思います(問題意識を持つ、ということ)。

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隣村の三島町では、クマゴヅルはマタタビ細工のカゴやザルの縁の芯に使う→ クマゴヅル(福島県三島町) → 雪国の手仕事(三島町)  → 作り方(伝統工芸)

つる植物→ウィキペディア

植物としてのクマゴヅル、、、、が見つかっていません。呼び名が違うのかもしれません。→→→クマヅル、クマヤナギ(松山誠さんの助言)

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植物禁忌(きんき・作っては行けない・使ってはいけない)

■禁作。我が集落の大岐(おおまた)では、ゴマ・サトイモ・ムギは作ってはいけないことになっています(山の神様を信仰しているため)。

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2006年4月16日 (日)

練習終わり

 20060416img_9933 4月16日(日)午後、会津若松。昭和村から練習のために来た、佐藤孝雄氏と先週に引き続き2回目の練習を終えた。先週は曲のキーや構成を合わせ、練習した。ハモりと、間奏など1週間に個人練習して、今日、合わせた。だいたい10曲はカタチになった。なかよしバンド、今回は佐藤と僕(カンケ)のアコースティッグギター2本での、、、、4月29日(土)は日中に、只見町の「たもかく」の吉津耕一(きつ・こういち)氏から、野外バーベキュー大会でも20分演奏してくれ、と佐藤は言われたそうで、出演することになった。11時に現地入りし、出演は13時頃。宮城県からフォルクローレのグループも参加する、という。当初予定の、29日の夜7時からは北会津の下米塚の村山英司君宅の土蔵でリハーサルをかねて10曲演奏する(無料)。皆さん、参加して下さい。

 で、5月3日が栃木県日光市(今市)で本番となる。

 通常は3~5人でのコンサート出演、全曲オリジナル曲なので、本番の日の会場リハーサルが練習で、済んでいたが、佐藤はベース担当で、私はリードギターなので、今回は2本ともギターなので、カポタストを付けてコードを変え、2台のギターで同じ音色にならないよう、配慮している。佐藤のギター以前レコーディング用に購入したはマーティン(数十万円したビンテージもの)。3枚CDを彼は出している。

 佐藤は小3の泉ちゃんを乗せて17時30分の笑点のテレビに間に合うよう、いそいで帰宅の途に。今後は個人練習と暗譜です。楽譜を見ないでギターコードと歌詞を覚える、コーラス部分のハモりを練習する、、、、1日1曲で、10日かかりますから、1日2曲暗譜。

 4月21日(金)19時~20時(21時?)頃のフローレ大田店5周年でも、1曲大島店長に依頼されているので、それはソロなので全く別な曲を準備して、アンコール用にもあと1曲用意して、、、暗譜。100名集まる、、、入れ替わり立ち替わり、、、、週末前なので生花店の皆さんは忙しいだろうから、、、、ギターは中央花卉の中谷さんのものを借りることにしました、、、、アプローズ。オベイション、、、、革新的なギターでしたね。プラスティックボディー、、、、ヘリコプターの素材だったでしょうか?

  横田さんはピアノを弾くらしいし、、、、

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■尾瀬の問題→読売新聞(今日のみ掲載、あとはクローズ)

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日常のなかの非日常

 20060416img_0155 ウェブサイトの更新をチェック、、、、、することが日課になっている、、、人も多いのでしょう。それも大資本の会社運営の記事ではなく、個人の日記風の記録のチェックに、、、、、ウェブサイトには花の生産・販売・流通にかかわる人しかいない、、、、という「錯覚」に陥ってくる。そして閉じたウェブサイトの出来事が社会の出来事に変わっていく、、、、開かれた場であるはずのウェブサイトは、決まった通勤路の景色のようなものに変わっていく。

 考古学や民俗学、環境問題、、、、様々な問題や話題が「開かれた場」にあるけれど、それに出会うことはまず無い。20060416img_0056

 リアルな店舗、、、、つまり商店街や駅前、郊外立地のお店、、、、それがそこにあることを知ってはいても中に入ったことは無い、、、、行く場所は、便利店(コンビニ)、スーパー、書店、、、職場、、、、で済んでしまう。社会は広いけれど行動範囲は広いけれど立ち寄り先は狭い。

 広大な自然、山野河海は開かれているが、そのなかに歩み寄って野に咲く花を見つめることも無い。あってないものが、多い。それは、あしもとにある。立ち止まることで見えるものも多いけれど、見る意志が必要だ。その意志は強固でなくともよい。出会ったものを美しく感じる、誰かに伝えたい、、、、と思う。でもいつも一人だ。

 ウェブサイトは「一人で見る」、、、、、テレビはみんなでも見れる、、、、、とても違う大きな点である。そして「眼で見る、無音」がウェブサイトである。自然界には、野の花自体は音を出さないが、梢を渡る風の音、水の流れる音、雨の降る音、小鳥の声、、、、がある。20060416img_0066

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 写真は雪の下で芽を出していた、あさづき

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福岡セミナーjfma

■ 大分県九重のハンダ高原の吉江さんが、4月15日(土)の午後に福岡市で開催されたJFMAセミナー参加記を速報しています。→くじゅう飯田高原

■ TAVAが閉店しました。→ TAVA

■ ウェブサイトの「必要事項」。その1「作物の来歴・品種・特長・家庭での管理」 → はなきち

■ FAJがエコファーマー認定の花の表示しての販売を開始。ケニア産はMPS。 → FAJ4月15日

■ MPSについて → 岐阜大・福井先生のウェブサイト

■ 集落営農、、、、今こそ村を捨てよう

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2006年4月15日 (土)

桜の三条市

20060415img_9780  2006年4月15日(土)。朝から会津北部の飯豊山を望む里山の山塊を散策していたら尾根の山道で電話があり、新潟県三条市に行くことになった。昼には着いた。下山し、山塊から全く通ったことのない峠を自動車で通り、抜けた。新潟平野の桜は咲いており、三条市の古刹・本城寺の桜は満開になろうとしていました。中越の本社に石丸社長を訪ね、1カ所の農園も視察しました。その後小出町、堀之内町を経由して帰途、ラジオでは福島市の桜も咲いた、、、会津はまだつぼみ。20060415img_9802

  会津若松市から磐越道・北陸道で片道200km(さらに昭和村まで50km)。往復500kmと久しぶりに長距離を走行した。

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 食卓を囲む、、、そう、ひまわりの花のように。

 誰もがテーブルの周りで

 それぞれに寄り添う

 小さな声で励ましあいながら

 ガソリンが水たまりに

 虹を作る道の向こう

 すすけた赤い屋根が続いてる

(小山卓治ひまわり1984年)、、、、昭和花き研究会設立の年。

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仕事を見る

 朝一番の仕事、、、、と、、、笑顔について。見られている仕事の質、、、、駅という場所→→井上英明社長

 こころのしあわせ、、、、大分の吉江氏。

 千葉の海岸で、、、、白里想雨

 忙しい市場の仕事、、、、軽トラ日記

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自然破壊する風力発電

 2006年4月14日、自然破壊や野生動物への大きな悪影響がある風力発電計画について、中国山地での開発計画に見識が示された。イヌワシの棲む→→→神戸新聞兵庫県風力建設中止要請へ

 御嶽山の風力発電の中止事例(日本自然保護協会

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視覚化する品質

 20060414img_9614 2006年4月14日(金)、朝、始発の新幹線に乗り、事故の京浜東北線で時間がかかったものの、大田市場中央花卉に花を届け、いくつか打ち合わせをして昼には帰郷し、午後は会津の三島町川井地区に借りている我が家ではいちばん低い標高地のハウスにビニルを2棟被覆。雪はほぼ消えました。昭和村の雪消えは5月連休明け、でしょう。今回は3月31日に中央花卉のナカヤさんが来村した際に発案したことを試行してみました。2週間で、ひとつテストが終わりました。20060413img_9562

 1棟にビニルを掛け、15時のイップクしていたら、取引先の沖縄の花市場のN部長から携帯電話がありました。6月中旬でしょう、、、、出荷開始は、、、、とお伝えしたら、熊本県天草のかすみ草がそこまで持つかな、、、と心配声、、、。沖縄は、毎年、1回は訪問し取引先の生花店や花束加工をしている人、卸売市場の皆さん、あるいは品目は違うけれども沖縄の花の生産者の皆さんと交流を進めてきました。

 会津の山の中で育ったかすみ草が沖縄の花市場から、人の手によって島々に届けられ(ついでに持って行ってもらう、、、、という運搬)、小さな地域の公民館や集会所で行われる催事で、その人々の手で飾られて使われるのです。花装飾の専門家が介在せずとも、とても意義深いことです。仕事の意味を考えさせる原初のところが日本の地域にはあります。沖縄からの電話で、仕事の意味を思い出して、また元気をもらって残りのビニル被覆作業をしました。20060414img_9616

 帰宅後、今日は天気予報を見て19時には眠りました。6時間寝ると目覚めます。

 7月3日(月)~かすみ草の展示を都内卸売市場で行う予定で打ち合わせを進めています。同時に中央花卉店頭でかすみ草フェア(昭和花き研究会)もお願いしようと思っています。七夕かすみ草のキャンペーンと、翌週13日・14日の北海道サミットの宣伝をしようと思っています。なかみは、何を伝えるのかをよく考えたいと思います。空間を1週間占有する以上、やはり新基軸も無ければならないと思います。

 

 

  4月13日~14日にかけて、かすみ草の染色作業(試験)を行いました。 まだ当会のものは出荷ははじまっていませんが、中央花卉より提供を受けて7色に染めました。

 色による色粒子の揚がりにくさは、やはりあり、その克服が課題です。品種間の格差と、前処理具合、切り前も大きく影響します。よくわかるのは、白く開花してすでに死んだ花(ふけ花)は、色が乗らないのでよくわかります。この場合、適正前処理であったのか?という点も考慮して、切り前を判断する、、、、前処理を開花室利用に切り替える、、、、など、染色により水揚がりの良否を視覚化できるので、通常の品質維持や前処理の適否のチェックに「マーカー」「トレーサー」として援用できるのです。20060414img_9596

 2002年6月から昭和花き研究会ではカラーリングを開始、花良品の店頭でかすみ草の販売(七夕フェア)をはじめました。9月、昭和花き研究会のかすみ草がはじめて中央花卉の店頭に並びました。白と染色。このカラーリングを受け入れてくれたのは、ここがはじめてでした。偶然8月31日(土)に中央花卉の斧田社長と大田花きの高村さんが来村したのがきっかけです。9月2日(月)より相対納品を開始しました。店頭陳列、販売する場所があってはじめて生産者らの工夫が可能となります。1984年に花栽培をはじめてから、この年のここに至るまで19年かかりました。

 

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 2002年9月からは大田市場花き部の仲卸街に通うようになるのですが、中央花卉の隣はフローレ21大田店(2001年4月13日の金曜日にハナヤス店名のまま、現体制に)、マツヤマさんが店長だったそうですが、まったく当時は出会いませんでした。そして当時の店頭も覚えていません。2003年11月のJFMA欧州視察でマツヤマさんに会うのですが、、、、、つまり取引先店頭しか見ていなかった、、、、ということがよくわかります。存在していても自分のなかには存在しない、、、、まさにイルカの「風にのせて」(1975年発売)状態です。このことは反省点です。「見ようとしなければ何も見えない、、、、、」20060414img_9597

 この年以降、取引先ではない店頭も注視、それを動かしている人々の仕事を見るようにしました。それは「マーカー」として社会を見るものさしになることに気づいたからです。社会のなかで、仕事を通して何を行おうとしているのか、その意志を読もうと考えたのです。仕事を支える理念といってよいかもしれません。完成されていなくとも、まだ成功していなくとも、それは見ようとすると良く見えます。生産地、生産者でも同じです。

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2006年4月14日 (金)

野の草を

20060413img_9555 食べる。フキノトウ。

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2006年4月13日 (木)

番組予告18日

「世界市場に花を売れ!」
~知られざる キリンビールの野望~

■日時:4月18日【火】 22:00-23:00

放送局: テレビ東京・テレビ大阪・テレビ愛知・
      テレビ北海道・テレビせとうち・TVQ九州放送

日経スペシャル ガイアの夜明けで
世界の花市場でで戦う
KIRIN社・青山フラワーマーケットが、
放送されることになりました。

→→→ 番組詳細

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2006年4月11日 (火)

こんど咲く花の種に

412003592109  秋月悌次郎。

 中村彰彦著『落花は枝に環らずとも~会津藩士・秋月悌次郎』(中央公論新社、2004年刊)上・下巻、各1700円。2冊のボリュームはすごい。400字で1200枚。軽く書きとばしたら悌次郎に叱られてしまう、、、と著者は下巻のあとがきに記している。

 いま上巻を読み始めた。良い。「学ぶことは道を知ること、、、、」と出てきた。

 江戸の昌平坂学問所に入る前、麹町教授所で松平慎斎から言われた言葉は、「学の要は、道を知るにあり、詞章訓詁、にあらず」(学問とは人としての道を知るためのものであり、詩文の作成や字句の解釈にこだわってはいけない)

 会津藩の文官であった秋月の生涯を描いている。

 一度枝を離れた落花は、その枝に還って咲くことはできない。412003600609

 しかし、

 来年咲く花の種になることはできる。

 →秋月悌次郎

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 4月14日、読了。

  

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③ 出された赤飯

 20060410img_9251 2006年4月10日(月)に訪問したM集落のK宅では、午前中の訪問だったので、遠慮したのですが、昼ご飯をごちそうになった。野本先生は事前に訪問日時を予約する電話をしておいたので、「赤飯」を炊いて80歳の夫人は野本先生が来るのを待っていたそうです。

 赤飯、ふきのとうの天ぷら(ふきのとうは仲人した若い人が下流の雪消え地から採取して届けてくれたそうです)、ふきのとうのはがれた外皮と野菜の掻き揚げ、醤油出汁の吸い物には凍み豆腐(隣町の温泉健康ランドに行ったときに買ってきたそうです)と刻みネギと自家栽培のナメコ(直径1cm以下の揃ったもの)。販売できなかった細い三つ又のワラビを塩漬けしたもの、きんぴらごぼう(ゴボウとにんじん)。20060409img_9141

 4月9日に訪問したT集落のK宅では、71歳の夫人が、午後の訪問で、3時のイップク(休憩)として、お茶請けに、手製の凍み餅を揚げたものと、揚げ餅2種(1種類はサトイモを練り込んだもの)。自家栽培したジャガイモ(メークイーン種)と、ニンジン、凍み大根の煮物が出ました。そして野菜の天ぷら。大根の酢漬けを銀杏切りしたもの。野本先生が来る、というので準備されていたようでした。

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② いとなみから学ぶ

  20060409img_9150 2006年4月10日(月)は、農作業の予定を変更して、午前中は、先日に続いて近畿大学の野本寛一先生(日本民俗学)のフィールドワークに同行することにしました。朝9時に、会津地方のM町の公営旅館に自動車で迎えに行きました。昨日、当方で帰宅後調査できた参考文献の写しをお渡ししました。

 昨日は、午後の半日で1家族(夫婦)の聞き取りでした。男性は79歳、その夫人は71歳の二人暮らしでした。2月25日~28日に山形市の東北文化研究センター研究員の岸本誠司先生とともに、この集落にはじめて入ったそうです。20060410img_9219なぜこの家にたどり着いたかというと、軒先に「凍み大根」「凍み餅」を下げていたから、ここで話しを聞こう、ということになったそうです。源流部の集落を3カ所ぐらい調査しよう、ということで事前に行き先は決めてきたそうです。雪は深く、、、

 今日は、午前中に、さらに別な谷の源流部にある集落まで行きました。M町M集落のKさん宅を訪問しました。ここも深い雪です。ここも野本先生は、2月訪問時に、家の外に出ていた人がいたので、最初に会ったその人と会話して、その人の話しを聞くことにしたそうです。Kさんは81歳、夫人は80歳。20060410img_9204

 道が狭いので集落上流側に自動車を駐車して、集落内を歩いて訪問先に着きました。一人の老人が庭先でスコップで雪消しのために雪を刻んでいました。

 野本先生は2冊のノートを使用している、、、、と2月の来県時に同行した会津学研究会員が3月17日の会津学研究会例会で語っていました。とても気になるので、野本先生の取材(聞き取り調査)に同行して観察しました。また先生にもその理由をうかがいました。20060410img_9206

 小さな大学ノートには質問事項を事前に考えて、それを書いてある。それを見ながら、B5版の大学ノートに聞いたことを黒の(水性)ボールペンでメモしていく。帰宿後にそのメモにさらに聞き忘れたことや、感じたことなどを赤のボールペンで書き込んでいく。35ミリの一眼レフカメラ(フィルム)、5万分の1地図。

 話しをうかがったのは、これまでの暮らしの実相です。教えていただいたのは、焼畑(カノ)での収穫物の収量から、炭焼きと産炭量、山菜や漁労、食べ方、保存法など山村生活の日常と生業の多岐にわたりました。聞き取り調査(聞き書き)は、多くのことを古老から引き受けることであり、重責です。当然、いまの問題も話題に出ます。

 13時に宮下の奥会津書房に野本先生と行き、午後の部のO集落へは遠藤編集長が自動車で案内することになりました。今回の調査で聞いた内容を調べるために、会津大学前の勉強堂古書店で関連書籍を4冊購入しました。

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 午後は、三島町川井で、17時30分まで、手作業でのパイプハウスの雪掘り作業を角スコップでしました。屋根ビニルを押さえるためのマイカ線を固定するバンセンを張った地面を出す作業です。氷のように締まった雪は、テコのようにスコップを使うとスコップが折れることがあるので、柄も金属製のものを使った。12日夜の定例会(ていれいかい)に、クリザールの米田社長が参加したい、と午後に携帯電話に、連絡があった。帰宅後、今日購入した会津桐と山間生業の文献を調べて、雪堀で疲れたので20時すぎには就寝。

 ※12日は、大岐の大枝沢天狗神社の祭礼。木造鳥居の立替を行う。夜が花の定例会。大岐センター。20060410img_9269

 ※『会津学』第一号(2005年8月刊)は、アマゾンでも購入できます

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2006年4月 9日 (日)

① あるく・みる・きく

 20060409img_9173 2006年4月9日(日)曇り。JR会津若松駅に11時48分に一人の男性を迎えに行きました。近畿大学の野本寛一先生(日本民俗学)。おおきなリュックを背負って改札口から出てきました。前日は山形市の東北芸術工科大学での会議に出席されていたようです。野本先生は静岡県出身。私が先日訪問した相良町にも住んでいたそうです。

 私は「会津学研究会」の代表をしていて、事務局の三島町宮下の奥会津書房編集長の遠藤さんから今日の先生来県の連絡を受けました。20060409img_91903日間ほど滞在し人々から聞き書き調査(フィールドワーク)をするための来県です。

 先生を自動車に乗せて今回の調査日程を聞きました。半日で一人の古老から話を聞く、、、、今日の午後はY町のT集落のKさん。会津若松市から60km離れた山間地の源流部の集落にお連れしました。2月下旬(25~28日)に一度来県してはじめて訪問した家だそうです。

 野本先生の調査に同行して、調査技法や人間としての立ち居振る舞いを学びました。20060409img_9122

 2005年8月に創刊した雑誌『会津学』。その第2号に野本先生に「会津桐」について寄稿していただくための調査です。すでにほぼ原稿は書き終えていて、聞き忘れたこと、新たな疑問を今回の調査(3集落)で明らかにしたい、、、、ということでした。遠藤編集長も同行しました。

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黄砂

 20060408000000 中国大陸の砂漠の砂が飛来している。黄砂。

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2006年4月 8日 (土)

5月3日に向けて

 20060408dsc02545雨になった。2006年4月8日(土)10時から、会津若松市内で、佐藤孝雄氏と5月3日の演奏の練習をした。個人練習を経て、次回は16日(日)19時会津若松。29日(土)は夜に、北会津下米塚の村山邸で公開リハーサルを予定している。5月3日(水)の栃木県日光市猪倉の泉福寺・花の寺八十八カ所まつり(旧・今市市)で11時30分から出演する(2ステージ)。入場無料。十時から護摩焚き、住職法話がある。サムシング主催。

 今日の練習曲目。今回の「なかよしバンド」は、ふたりでギター2本なので、ギターの音の良い曲とコーラスのある曲を選定した。

冬来たりなば春遠からじ(佐藤孝雄作 C)20060408dsc02560

いろんな考え方(佐藤孝雄作 D、2カポC)

秋の気配(佐藤孝雄作 G)

はなったらしの頃(佐藤孝雄作 C)

小さな村(F、5カポC)

ふるさと5月(菅家博昭作、C)

花嫁(オープン G)

太陽の下(3カポC)20060408dsc02552

雨の降る日に(C)

老人のつぶやき(G)

※何曲かは、間奏・エンディングのギターでのフレーズを新しく作ることになった。

※先端がすり減ったピック(3個はもう使えない、1個は新)。新しいピックを10枚、会津若松市千石町の楽器屋donから購入した。微妙にタッチが違うので、音も変わる。ミディアムが良いのだが、、、、厚さと堅さと形で、弦へのアタック角度で音質が変わる。エレキよりアコースティックのほうがピック(三角形の弦を引くプラスティック)が減る。ナイロン製の正三角形のものも新発売した、というので2枚購入した。@100円。

※カップラーメンもうまい。

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フローレ21の甲府店が本日で閉店するようです。Img_8980

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コトを創る細い糸

 2006年4月5日午後。静岡県牧之原市。高品質かすみ草の生産地・JAハイナン。Dsc02533 特産のお茶の飲料水が出た。かすみ担当の村松君が皆に配った(写真)。

 1991年6月、はじめて北海道のかすみ草産地・秩父別(現・北空知)を昭和花き研究会の25名で訪問したとき、トマトジュース(缶)を出されたことを思い出した。特産品で作ったジュースだった。暑い夏で、冷たくて、おいしかった。

  秩父別は、多摩生花を営業訪問したときに来場していた丸山氏を秋山さんから紹介され、そして渡航した。7月のサミット開催の由仁町の窪田真澄さんには、営業で行ったときに多摩生花に来ていて、秋山さんから紹介された、、、、窪田さんは同年生まれだった。いまサミットを主催してくれる。

 卸売市場に行くと、来場している産地を紹介してくれるところが、東京の多摩生花・浅草橋生花だった。熊本県経済連の東京事務所にいた小島さんも多摩生花で紹介され、菊池を訪問する機会が生まれた。

  ハイナンは故・佐土原氏(浅草橋生花市場)に紹介されていて、2000年にはじめて訪問した。

 JFMA会員の薔薇園植物場(梅田生花仲卸)の金岡専務が遅い秋の日にJAみなべいなみ(当時は印南農協)の2名の農協職員を、昭和村に連れてきた。

  高知県の大方南部は、菊池の第1回のサミットで知り合った。その後、京都生花や広島市の花満を通じて、仕事の評価をうかがった。

 全国かすみ草サミットには生産者が数名の団体、生産部会が参加する。一人で仕事をしている人も参加する一方、100名規模の産地も参加する。いま324町歩(ヘクタール)の栽培面積を、管理する日本国内のかすみ草生産者は1840人(2004年)。1年に1割の生産者が離農か花作りを止めている。最盛期の半分になった。

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