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2006年5月15日 (月)

ただいない(perori-zeni)

 20060515img_4813 先の1990年のノートを見直していて思った。

 そういえば我が家のトショバア(年寄婆、曽祖母のこと)、バサマ(婆様、祖母のこと)も、野良仕事が無いときは家の中で針仕事か、麻を績(う)んで、つないだ糸にしてオボケ(苧桶)に重ね入れていた。

 これはどこの山村でも同じだ。この冬、2月末にフローレ21の松山誠さんと訪ねた会津田島の田部の湯田浩仁君(花職人Aizu)の家に行ったときも、お婆さんが一時帰宅だといって、泊まりに行っていた子どものところから帰ってきた日だった。聞くと「ただいらんにぇがら、針仕事の道具を取りに来た」という。

 「ただいらんにぇ」(何もしないでいることはできない)、、、、、

 奥会津、、、昭和村を歩くと、良く聞いてきた言葉がある。いつも居間で仕事をしている。その仕事は「稼ぎではない」、、、つまり現金収入になる仕事のことではない。自分自身や家族、親族のための仕事のことだ。これらは、80歳を超えた人々、十分に老人、爺様(じさま)、婆様(ばさま)なのだが、体がきくうちは、仕事を続ける、という。寝たきり(死ぬ直前まで)になるまでは、これまで続けてきた仕事は、採算とか稼ぎとか無関係で、毎日する、というのが日課。それは健康法とか、ぼけ防止とかいう矮小なことではなく、昔から人間とは「そういうもの」だったと思う。

 「なんにもしてねがったら、としとっちまあべ」(何もしていなかったら、年取ってしまう)

 年寄りは、皆そういっていた。充分に加齢していても、そういいきる。

 自分のための時間などは無く、すべて家族のための時間である。それがずーっと昔から続けてきたことだ。福島県立博物館の研究紀要(2005年)が、この春に出た(2006年3月)。そこに「松山物語」という鈴木克彦先生が昭和村松山集落に暮らしてきた人々からの「聞き書き」が紹介されている。それを読んでも、生きることは、すべて家族のためにする暮らしだったことが記されている。

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 さて、我が家のバサマ(婆様、祖母)から1986年1月25日に聞いたのは以下のことである。こたつに入って雑談のなかで聞いたことである。オウミ(麻績み)をしていて、今年は針仕事では刺し子を作るといっていたあとのことだ。奥会津では、何もしないで、ただいることを「ぺろっと、している」という。

 「ぺろっとしてると、ペロリシェニじゅう、とられんだ。ぺろっとしてらんにぇえだ」

 ※ペロリシェニ、、、、、perori-zeni

 何もしないでただいると、「ペロリ銭」を課税されるから、ただいるわけにはいかない、という意味だ。課税というのは当然、オカミ(政府・幕府・藩)からのことを指す。何をしないでいても農民には課税がある、、、、という皮肉を含めた鋭い伝承で、仕事を続けられる自分の健康や家族のための自主的で積極的ないみでの仕事(針仕事や麻績み)のことをいうのだが、それもしていないと徴税がある、、、、という自虐的な風刺の効いた言葉だった。(菅家博昭)

 

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