« 野口賞、輸入の流れ | トップページ | 裏山をあるく »

2006年5月 4日 (木)

わさび海苔

 20060503img_1746 2006年5月3日(水)午前11時20分。栃木県日光市猪倉の泉福寺本堂前の仮設テントのディレクターズチェアに佐藤孝雄君と並んで座っていた。

 「これ、食べて下さい」と57歳の男性が近寄ってきた。

 15cm×10cmの大きさで深さ3cmほどの透明のタッパー容器に入った真っ黒なペースト状の海苔だった。男性は後で知ったのだがS氏という。

 「葉わさびの茎葉を細かく切って入れて自分で作ったんです」と笑顔だ。

 今日のコンサート主催者のテントで昼食のおにぎりとみそ汁、漬け物、、、細かく切って軟らかく煮たタケノコには鰹節と山椒の緑葉がのっていた。そこにS氏はそれを持ってきた。20060503img_1899

 僕は、口にした割り箸を回転し反対にして、元のほうでそのわさび海苔をすくい取っておにぎりに付けて食べた。おいしかった。礼を言った。

 「箸はそのままで食べていいですよ、持ち替えずとも、、、、」そういってS氏はテントから去っていった。彼はPAやマイクのセッティングのため道を挟んだ本堂のほうに参拝客をかき分けて戻っていった。

 11時30分から5つのバンドが各20分程度演奏をする。僕ら「なかよしバンド」、今日は佐藤孝雄君と二人だが、2番目と最後の2回の演奏で、待つ幕間の出来事だ。昭和村は朝8時に出て舟鼻峠・山王峠・鬼怒川経由で約2時間で日光市猪倉についた。すでに田植えがはじまっている。泉福寺は平地から丘陵がはじまるところの中腹にあり、花の山となっていて今日がお寺のおまつりのようで駐車場はすべて満車状態で千人を超える人が参詣を兼ねた散歩に出ているようだった。20060503img_1835

 コンサートを終えて、後かたづけをして、器具をすべて車に乗せて、寺から10分ほどの大沢駅前のライブハウスダディズ・カフェ打ち上げが午後3時30分から行われた。出演バンドのうちロックの「楽Live楽団」が毎月第1土曜の夜に出演して、拠点としているところで、坂庭省悟が最後のコンサートを行ったところだった。坂庭は「花嫁」の作者で、すでに亡くなっている。昭和村にも何度も来て佐藤君らが主催して公演をしてもらった。

 下野かんぴょう団の代表と話した。秋田出身。ギター屋だ。

 主催者のサムシングの皆さんとも話した。20060503img_1885

 出演はしていなかった裏方のS氏が最後に私と佐藤君の座っているところに来て、いろいろと話しをしてくれた。

 昨2005年11月に会津若松市の栄町教会でのなかよしバンド25周年のコンサートに来てくれたのだということだった。今日の主催者の一人よりなかよしバンドのCDを借りて聞いて、「青いトラック」がいちばん良かったという。それで、それを直接、ナマで聞いてみたい、というのが昨年11月の来場の動機だったという。20060503img_1901

 S氏ご自身、栃木県北部の寒村の出身だということで、現在はその集落は無くなったそうだ。S氏が最後の1軒で、子どもの時の友達は、時折やってくる脚の不自由な郵便屋さんだった、そうだ。その人が来るのをいつも楽しみにしていた、、、、、その道は砂利道で時折自動車が通と砂ぼこりが舞い上がる、、、、、それが「青いトラック」を聞いてよみがえったのだ、という。

 その詩を書いた人なら、自分の感性に近い人だろうと思ってコンサートのために会津若松まで足を運んだ、という。そして今日、地元で演奏がある、、、、20060503img_1697

 佐藤孝雄君と午後7時少し前に打ち上げの会場を後にして2時間かけて昭和村に漆黒の峠を越えて帰着した。いくつか話しをしてきたのだが、やはり最後にS氏から聞かされた物語の重さに、僕らは圧倒されてしまった。

 素人の僕らが20数年ライブ活動をして、作った楽曲は300を越えるが、正面からうたを聞いてくれる人の普通の人々の存在。いつも普通の庶民に僕らは励まされて生きていることを強く感じる。花売場の店頭に立って感じるのも、そのことだ。いつも来客やスタッフの立ち居振る舞いから、仕事をする意味を考え、そして生きる希望と勇気をもらう。でもそれは自ら時間を作って自分の体をそこに運ばなければ感動は無い。メディアを通じて知ったことと、体験の中で気づいたこと、体験のなかで知ること、考えることは全く違うのだ。いつもメディアには解説者がいて、聴衆は考えることをしない。現場では解説者はいない、指揮官もいない、自分で考え、感じるしかないのだ。20060503img_1718

 コンサート終了後の打ち上げ(反省会)会場でS氏が僕らのところに来て、彼の生い立ちを聞かなければ、ただの「わさび海苔」で記憶にも残らなかっただろう。僕は佐藤孝雄君と帰路の車中で2時間、今日の一日を会話するなかで、「わさび海苔」を手作りして持参してきたそのS氏の想いを、その意味をようやく悟ったのだ。   (福島県昭和村大岐1723,農業・菅家博昭)

|

« 野口賞、輸入の流れ | トップページ | 裏山をあるく »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 野口賞、輸入の流れ | トップページ | 裏山をあるく »