« 聞き書き | トップページ | 不思議なこと »

2006年5月24日 (水)

地名物語

 一九八六年一月二五日 大岐で、祖母・菅家トシから聞いた話。

■ガンザブ。ガケでおっかねえところ。オレ(トシ)は知らないが、テッポウブチてえの話を聞いでっと、その言葉が、よく出てくる。

■ノソ。のそ。意味はわかんね。

■バゲモノ。岩がごろごろして、おっかねえところ。バゲモノ沢に昔は橋が架かっていて、その下で博打ぶって、罰金を取られて、罰金橋という。

■風穴(ふうけつ)がある。あなっぽからカッカッと息出してっから、おっかながった。親父(清次)は、家さ来て病気になっちまった。肺炎。真っ青になって歩って来た。小野川のクマ医者が看にきて、クマ医者が疫病だって言いふらしたがら、みんなよってつかなくなった。クロガサアの風穴にはムジナがいる。

■オライの親父(トシの夫・清次)は、「あれは人がいえぞ(yeh-zo)」っていう。ちょっくら、そこらで人にはじめて会って話すと「あれは人がいえぞ」どなって、オレとバサマ(婆様・トメ)は「ちょっくら会って、そうだによぐわかるもんだ」どってだあわあや。そして「あれは大学出だがら」となる。

■よくあの、昔はヒロ、大岐はミヨシ姉、一軒きりだったあど。そうしっとムジナ来て、バサマ(婆様)オウミ(麻績み)してっとこさムジナ来て、ムジナのきんたま、八畳敷きどって、ゆるい(いろり)ぶちに広げてる。なにほどきついバアサマで、桑の木の焼いたのぶっつけだあだど。そしたらキンキーンどって逃げでったあだど。あどおっかけでいったら、ムジナ穴に丸まっていて、それひっつかめたあだど。なにほど、きつい、たいしたバアサマだった。
 ビワ(琵琶首)さ、泊まりに行くとき、ヤリ(槍)突いて泊まりあるいでだあど。ヤリはどこにもあった。バゲモノでたら使う。

 フカサアのマガリットの木の上から、ヌケックビだがなんだが「よいチャノコが通る」どって見ていただと。チャノコはお茶菓子のことだ。人を喰うとしたんだべ。
 「にしゃだちのチャノコになってらんにぇ」どって、グッツグッツとヤリ突いて通っただど。そなくれいのきつい人であった。

 セツヨウエイ(節の用意)どって、宮下とか黒沢の方へ買い物に昔は行ってだ。昔は何ほどバカにしらっちゃだわい。魚(塩引き)とられとられした。

 昔、オラはバアだぢから聞かされた。オハツどって七つのどきに死んだ。オハツの親はオツルバアどって、ミヨシがいから嫁に来た。オツルバアに「バア、昔語れ、昔語れ」どって、昔聞いてた。こたつにあたって、ちっちぇころ聞いた。

■昔はキツネだの、タヌキだの人をバガにしたあだわい。気持ちがへだなあになっちまあだべ。
 イデエリさ、キノコ採りに行ったら、ちょこっと下に行ったら、わがんなくなっちまった。山に迷った。上がってみて、松の木など見て、上さ行って、木だっこ(切り株)ぶっけえってだ(倒れていた)。「これ道だ」そして歩いてった。

 オレとオワバア、クイナさ行った。わかんなくなった。向こう、向けえ山みたら、奈良布の田とか家が見えた。オレ、へたなふうになったって、オワバアに言った。
 ハカセのハタさ、ワラビ採りに行った。そしたら「ツー」(ツヨシ姉)は、チジッパラ見て、「あそこ、どこだべ」どって正気になんねえしまった。

■小野川の文宗の親(僧侶)、お日待ちに大岐に来っと、よくオライさ泊まった(オライは彦蔵宅でトシの実家)。昼はどこ、ヨーハン(夕飯)はどこ、どっで決まってた。オライのジサマ(爺様・清次)は好きだから、そしっと昔かたりはじまる。あれも(清次)昔好きでよぐ、聞きに行った。ほんに、おもっしぇどって、よぐ聞いたんだが。

|

« 聞き書き | トップページ | 不思議なこと »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 聞き書き | トップページ | 不思議なこと »