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2006年5月25日 (木)

生き物を見て考える

20060525img_3043 ■イデエリの湯の出る窪。湯出っど貧乏するどって、ベエゴ(牛)の頭、のめて(埋めて)きたじゅうだ。(1986年1月25日 大岐 祖母・菅家トシに聞いた話)

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 大岐集落の後ろにはクイナという山があり、そこからソデキボウ、イデエリという2ほんの沢が集落まで水を運んでいる。その流水を掘りで各家に引いて上水とした。

 漢字に当てるなら、沢のそれぞれは、袖窪、出入というのだろう。出入(イデエリ)というのはもとの道路(街道)が集落のこの沢の左岸についていて、中津川に抜ける道であった。集落に出入りする沢に、このイデエリというのはつけられる。下流の琵琶首集落、上流の見沢にもある。

 イデエリには魚がいない。沢ガニ、山椒魚だけで、秋にもイワナはのぼらない。

 ソデキボウはイワナがのぼる。

 イデエリは湯が出ているから魚がのぼらない、と言われている。硫黄分がしみだしているからだ、ともいう。

 冬に山に入ってみるとよくわかる。暖かく、そこだけ雪が溶けている。

 たいがいこうした雪消え場所には、普通、ヤマドリや小獣類が植物を食べに、あるいは水飲みに来るのだが、全く足跡がついていない。

 同じところは博士山のオゴンザワ(黄金沢)の最上流の木地挽きのデゴヤ(出小屋)のあった奥のほうにもある。大量の積雪があり、沢が埋まってしまう博士山山頂尾根付近でありながら、クマやヤマドリが、この場所には近づかない。足跡が無いことでわかる。

 沢筋の、ほかの雪の消え場にはたいがいヤマドリがいる。動物が水飲み、あるいは植物を食べに通う。

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祖母トシ(故人)は、大岐のイデエリには牛の首を埋めて、温泉が出ないようにした、という。

オゴンザワの湯の出るところにも牛の首を埋めたと、菅家ワグリさん(故人)から聞いた。

牛の首を埋めるマジナイがあったことがわかる。そして、湯が出るとそこの地域は貧乏になる、というのも共通している。

掘れば貧乏になる、、、、決して掘ったりするな、という禁忌、禁止で村人を縛る。ムラが貧乏になるから、将来への開発の制限だ。安全な水、危険な水(硫黄を含んだ温泉)という分けだけでなく、その場所は集落の裏手の「要(かなめ)」であったり、博士山と王博士のふたこぶやまの中心という「かなめ」であったりしている。

訪れる未来も、山を大切にする、利用していいことと、してわるいことを伝える仕組みが考慮されている、、、だれかがそれを解明することだろう、、、、それを受けた。

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一方で、もともと温泉がわき出しているところはどうだろうか?

舘岩村湯ノ花では、

■温泉、湯の利用はトチノミの灰汁だしで湯に浸けた。流水のより早く灰汁がぬける。共同浴場は三十四人の共有だ。利用している人で掃除している。正式に集落に加入していない人は除く。一年のカカリ(経費)を払わない人は酒を買う。

といい、アクだしに利用している。Img_5746

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木灰を確保することは山の暮らしでは重要なことだった。木を燃やすことは、アク(木灰)を生産することである。金山町上野沢(沼沢沼の近く)では、

■ツッツメ(つっつめ)という燃えない丸太、太い丸太を燃やして、アク(木灰)をとった。

●アクがたんにぇくなっから、アク抜きに使ったアクを、また、ユルイ(いろり)に入れ、乾かして使った。

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 さらに昭和村大岐では木を大切に節約する。

■節約することを「カボイガダ」(庇い方)という。たとえば、木をかぼう。風呂を木を焚いて湧かす。二晩でたてけえすところを、三晩にして「木をかぼう」。

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 温泉が出るところは、風呂のための、この薪(まき)を焚かなくともよいので、木灰の生産量は少なくなるが、流水のかわりに温泉にてアクだしの最後の工程をするとよくアクが抜けた、という。

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