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2006年5月28日 (日)

終わりに

 午後8時。会津学2号の原稿を、ひとまず書き終えた。編集者と相談するが、いちおう、

 「記憶の森を歩く~山に生きた人々の暮らしを地名から聞く試み~」とした。

 図版8枚、本文57,600字。400字換算で144枚。ディスプレイの画面はA4で、400字4枚、1200字で、36枚分。実際の本だと2段組で、100ページ前後になる。

 さて、集落の田植え休みも終わり。明日からは通常の農作業に戻る。頭も切り換える。6月の農水省交流会、全国仲卸会の原稿は明日から構成を考える。まずは今日の食事としよう。

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おわりに

 時代により、年代により、人により様々な経験の物語が語られる。それをあらためて、聞き書きノートからパソコンのキーボードを通じて入力し、プリントアウトして読んでみると、、、、いまから過去にさかのぼる記憶の森に分け入った感がある。それは積み重なったとても豊かな時間である。
 いまは故人となった人もいて、もう少し通って話しを聞いていれば、この核心に迫れたと思うこともある。ただ試みとしても、記憶の森の出来事を文字にして人びとにお返ししなければならない。編集、表現のしかたが難しい。しかし、その森にはいま見えない大きなブナやカツラの木がそびえている。ウサギもたくさん走っている。
 もう、あれから、まとめてみると二〇年もかかってしまった。かつて教えられたことを、私一人のものにしておくことだけはできない。

  地名のまとめかたとしては、本文で紹介した昭和六十三年刊の南会津郡南郷村教育委員会の『南郷村地名調査書』に、その聞き書きで出てきた、来歴や出来事、生活の体験を附すると良い。図版の作り方としては、登山家や釣り人に共有されているものとして、平成四年作成の藤島玄編集『越後三山・只見集成図』(新潟県湯之谷村発行)は多色刷りで沢名が克明に記入されている。これも今後参考になろう。

 これまでに聞いたこととりあえず『会津学二号』の原稿として、位置づけまとめてみた。試みであり、ご批判をいただきたい。ここからを、はじまりとして奥会津に暮らす人々を再び訪ね歩く端緒としたい。(二〇〇六年五月二十八日)

参考文献
『新編会津風土記』『金山谷風俗帳』『東北民俗誌会津編』『昭和村の歴史』『金山町史』『南郷村史』『三島町史』『本郷町史』『会津只見の方言』『会津舘岩村民俗誌』『会津の峠』『角川日本地名大辞典・福島県』『コンサイス・日本地名辞典第3版』

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