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2006年5月15日 (月)

かすみ草のなかの宇宙

 19941010toshi2 内山節(たかし)著『創造的であるということ(下)~地域の作法』から、まず、下巻が届いた。

 84頁(ページ)→「小さく生きる」とは「深いものをみながら生きる」ということでもあり、「その小さな世界の奥にひろがっている大きな世界をみる」ということ。つまり、「作法」のなかに表現されているその地域で暮らした人々の思想を考えたり、「総有」の世界がつくりだした人間たちの思想を考える。そこにある論理化できない思想をつかむ。合理性だけではとらえられない思想を、自分のイメージのなかに取り込んでいく。

 (86ページ) 自分がそれ(農作業)をすることによってわかる世界がある。その世界は「小さな世界」だけれど、その「狭い」世界に深くかかわっていくとき、合理的な統一性などなく、それぞれの世界が星の数ほどに展開している世界というものが見えてくるようになってきました。

 (75ページ) かつての暮らしにおいては、労働や生活、楽しみ、文化というものが、境界線をもたないかたちで展開している、ということでした。

 働くことのなかに生活があり、そのなかに楽しみもあるし文化もある。

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写真は1994年10月10日、昭和村大岐で。年の差は80歳。世代は4代離れる。明治生まれの曾祖母と、大正・昭和を経て平成元年(昭和64年)生まれの曾孫(ひまご)。

大人=1人役

老人=0.5人役

子ども=0.5人役

※老人+子ども=2人役

 

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