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2006年6月 1日 (木)

マキアヴェッリ語録

 かつてイタリアの4都市を旅したことがある。ローマ、フィレンツェ、ヴェネチア、ミラノ。その16世紀のフィレンツェでニコロ・マキャヴェッリは『君主論』『政略論』を書いた。その抜粋の解説が塩野七生により書かれている。

 新潮文庫、塩野七生著『マキャヴェッリ語録』である。1988年に刊行され、1993年に文庫化。版を重ねている。私は2001年1月に読んだ。

 「興隆の要因となったと同じものが、衰退の要因になる」という著者の仮説。その興隆と衰退の全体を視界に入れば、その民族固有の精神もつかむことができる。そして、このスピリットこそ「要因」である、、、、

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 このことを現在の花き生産地にあてはめて考えている。産地が拡大し市場シェアを確保した要因が衰退の要因である。とすれば、衰退しないための施策はシフトチェンジなのか、改革とよばれる方針転換なのか、、、、、人身一新することなのか、、、、、これまでの産地の動きを見ていると、消費者との接点を求めることからはじめてみようと一歩踏み出した産地が、産地復活への手掛かりをつかんでいることはこの5年間の動きで特筆すべきことだ。そこで産地の仕組み、販売の仕組みを見直そうとしている。産地がいちばん取り扱ってこなかった、取り組む必要もなかった販売を起点とする取組、これは卸売市場への販売という起点ではなく、消費者起点として産地のビジョンを考え、そして市場流通を利用し、決済(与信・回収)機関とする、、、ことが見えてくる。「編集機能」を持つ仲卸・市場も意識を変革してきている。

 「品質を見直す」「品質を良くする」という「品質」の中味は、「モノとしての品質」のほかに、「産地情報」や「商品の生産情報」「それ以外の情報」「ベーシックアイテムとトレンド品の比率情報」も入ってくる。「花持ち期間」という品質からスタートすると、消費者の手元での品質(花持ち期間・鑑賞期限)を考慮することになり、そこで販売店とか販売行為で回転率を上げるための取組に気を使うようになる。そうすると「品質の中味」が変わってくる。集荷所での検品をスルーするという品質の時代は終わっている。

 この1年間、共撰産地から離脱し個人で、あるいはグループで出荷をする人たちが増えている。そうした人々は零細規模ながらバケット・低温流通、そしてエコファーマー、多様なチャネルへの販売を視野に入れて行動が行われているが、社会への影響力はとても少ないのが現状だ。

 共撰産地の変革が、日本農業の再生のカギであるのは間違いないが、栽培者は年に1割も減少が続き、栽培面積も減少している。人身一新、、、、共撰産地の若手の登場を望む。

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 「人間というものは、自分を守ってくれなかったり、誤りをただす力もない者に対して、忠誠であることはできない」(83ページ)

「指導者は、それをしなければ国家の存亡にかかわるような場合は、それをすることによって受けるであろう悪評や汚名など、いっさい気にする必要はない」(67ページ)

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