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2006年7月23日 (日)

絵日記に花を

■東京都三鷹市にはジブリの森がある。雨で、駅から催事場まで乗ったタクシーの運転手氏にたずねてみた。私はその日のために想定していた質問をいくつか考えていた。20060723img_1329

「最近はひとまわりしたから、ジブリをたずねる人は、外国人が多いですね」

■その夜、地鶏屋のテレビは21時からアニメ・ハウルの動く城を放映していた。

■僕はこの夏・北海道で出会った北海道の生産者や卸市場の人々、花屋さんのことを伝えた。森さんの子どもプロジェクト薄木さんのデザインプロジェクト、、、、薄衣さんの産地フェア、、、、鈴木部長の取り組み、、、、由仁町や当別町など、、、人が花を軸に活躍していることを話した。たぶんこれからも人に会うたびに北海道の人々のことを話す、、、それが仕事だ。ウェブログに書く、、、、文章で表現する、、、、だけでは伝わらない、広まらない、、、、やはり自分で語ることが大切だと思います。20060723img_1324

■花の物語は、買った人が語る。誰に語るのか?それは花屋さんに語る。物語を作るために花屋さんに行くのだから。聞き手は花屋さん。物語を必要としていない人でも、時に、衝動的にその物語に参加するために、物語のお裾分けをいただき、それは家人に語る。僕ら生産者の見えない場所でそれは行われている。

 でも、今日の午前10時に、今年はじめてヤマトンボ(オニヤンマ)が家の前の池に来た物語は、誰も知らない。その物語は僕が語る。出会いはいつも突然だ。

 夏休みは街に昼間から子どもがあふれている。昆虫にとっては受難の季節がやってきた。天敵がどっと学校から野に街に川原に出てきた。20060723img_1469

 自らの体験を「絵日記」で記憶に固着する。いつか、それは10年後にふと机の奥深く、過去の窓から出てきたときに鮮やかによみがえる。エキスペリエンスな夏休みがあった。絵物語を自らの体験で綴る。写真でもビデオでもない。絵+文章の絵日記という優れたシステムを子どもに与えた最初の人はえらいと思う。 時に宿題絵日記という強制力を持つのは、地域の祭りを共生するカミ(神)と同じだ。絵日記に書かれなかった出来事は記憶されない宿命にある。そこに物語の意味と選択がすでにある。20060723img_1463

■今年、出会った鈴木健市さん。新潟県ほりのうち、、、ユリの生産者。現・魚沼市。彼からユリが日通のペリカン便で7月20日に送られてきた。3種類。両親は2種を仏前に飾り、1本1種は玄関に飾った。「お返ししなければならないぞ、、、」。

 今日23日、クロネコ・ヤマト便でかすみ草を返礼として贈った。マイピンク、ニューホープ、ホワイトフェアリー、雪ん子360のカラーリング3色。

 このユリが咲き続ける間、家族は鈴木さんを思い出す。割れたつぼみから、おしべの先の茶色の花粉のつまったヤクを取り外す。20060723img_1467

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