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2006年9月 9日 (土)

暮れる日

■9月9日(土)は、この夏でいちばん暑かった。夕方も採花を遅らせた。午後6時20分までかすみ草ハウスで採花したが、すでに真っ暗。花が白いので、なんとか切れた。それを家の作業小屋に運んでSTS前処理剤に浸けた。出荷梱包作業、、、、明日の朝、集荷分。それを終えて夕食をすませ8時過ぎにもと役員の生産者宅を数軒まわった。販売方針とかいろいろ課題があり、意見が出ている。釈明というか説明をした。なぜ採算割れの市場に出荷を継続するのか?が主題だった、、、、、そのまま博士峠を越えて会津若松に。

■9月12日(火)に目揃え会を行います。朝6時④小野川、6時30分①大岐、7時30分②中向・新集荷所。この日は、視察があり案内します。11日午後と12日の朝は井尻さんが来村され、採花(本名副会長)、集荷現場の撮影や調査をされます。

■日本は温室の加温用、移動用内燃機関を含め、石油(原油)はほとんど外国産を輸入して使っている。ピートモスや土の一部、肥料のもととなる鉱石も輸入だ。種苗も輸入だ。輸出する農産物は少ない。日本で合わせているだけだ。出荷資材も使い捨てが多い。リサイクル素材は多くなったと行ってもリユース、、、、繰り返し使う、というものが少ない。こうしたところを見直すことが必要になっている。原油価格が上がった、、、、というのは、単にそれだけを指すのではない。無意識でいられた構造が破綻していくことをまず認めるところからシフトチェンジしなくてはならない時代だ。本来それは1993年頃に他業種は切り替えている。輸入した原料を国内で加工したものを「国産」といっている。でも種苗のトレンドが日本発、、、というのも少ない。地タネを使う運動や、オイル・マイレージ、、、、、そこまでいかなくとも見直すべきところがある。

 マツヤマさんが国産に安住すべきではない、、、、という発言は、大きな意味を持っている。僕は法政大の小川先生から先日電話をもらってMPSの日本の産地での進度についていくつか情報をいただいたが、バラやキクなどの主産地はMPSの取り組みを前提とした組織固めに入っている、、、、、

 9月下旬には岐阜でMPSセミナーがあり、10月中旬にはIFEXが幕張である。

 オランダからの花の輸入は認められて、中国からの輸入には不快感を示す、、、、という構造、生産者のアレルギーは何を意味するのだろうか?僕等はそのところをよく考えなければならない。消費者の起点ということで考えた場合、価値が大きく見直される時代に入っている。農薬のポジティブリスト制度が今年はじまって、僕等の暮らしは変わっただろうか?取り組みや制度に安住していないだろうか?いつもそのことを考える。

 いつのまにか9月になり、日暮れが早くなった。大きな月が闇夜を照らしているが、それは太陽光の反射光だ。月を反射板として太陽の光は闇夜も照らす。日の長さが短くなっている、、、、労働できる日中の時間が短くなっていく、、、、

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