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2006年9月18日 (月)

経験しながら学ぶ

■2006年9月18日(月)。台風13号の動きを見ながらの仕事。フェーン現象で久しぶりに20度を超える温風暖気で、久しぶりに汗をかいた。月・水・土は正午すぎから14時くらいまでの120分、昭和花き研究会の分荷作業を行う。だいたい13時になると固定電話に市場担当者からの要望や確認、近況の電話が13時30分くらいまでかかってくる。この曜日のこの時間帯は必ずパソコンの前にいるからだ。事務所、といっても40数年以上たった地区の公民館(集会所と消防ポンプ置き場)であった建物を生産者で修繕して部屋をつくって事務所にしたものだ。20060918img_0350

 スミカの柿沼君はこの事務所は、隠れ家みたいで好きだ、という。

■午前中は採花・調整等で、かかってきた電話は事務担当のY子さんが出る。その電話承けメモを見て、13時頃からこちらから連絡をする場合もあるし、そのメモで分荷対応している。基本分荷は全体会(月1回)で協議し承認を得ている。日々の分荷は相場・他産地の状況、来年のことなどを考えて対応している。携帯電話の通じる本名副会長には、だいたい福島と浅草橋の担当者と、時折姫路の担当者が電話をよこす。その伝言はファクスで事務所に届く。20060918img_0375

■今日の昼すぎ、事務所に行ったら、メモがあった。「阿部社長に連絡、、、、」。分荷作業を終えた16時頃に電話した。花良品の社長。僕は、小売業の多くをこの人に学んだ。いつも先進的、攻撃的、でも最近は丸くなったと思う。JFMAの鮮度保証販売研究会で店頭販売試験を行う予定であったJ社が、BSE関係の風評等の問題などで対応ができなくなることになり、小川会長は花良品の阿部社長に依頼した。2002年の夏のことだ。秋に花良品3店舗で鮮度保証販売試験を行った。それ以来の3年間、僕は、花良品の新店の予定地調査(商圏調査、不動産屋まわり)、新店開店手伝いをできるかぎり行った。当時7店が15店に増え、8店の誕生に立ち会った。このなかでかすみ草フェアも行ってもらったし、たいへんいろんな経験をすることができた。当時は出張が年間150日あったが(毎年動けなくなる、圃場の作業に張り付く年齢)、その半分は花良品に関することに同行させていただいた、ことになる。20060918img_0372

■花良品は本部機能を充実させるため本社スタッフを増員し新たな展開を開始している。久しぶりに元気な阿部社長の声を10分ほど聞いて、少し元気ももらった。七夕フェアの打合せ以来だから3ヶ月ぶり、だった。小売店を1店ずつまわり、そしてそこのフェアに3日間立ち会う、、、、そんな営業を5年前はやっていたのだ。顧客観察、花を売る意味、、、大きく商売ということ、信頼、商品政策、、、、POP師の存在、、、、良店の出店ポイント、、、、当時はスターバックス、アンデルセン、青山FMがおなじ立地にどんどんと、出店していた。

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■小川先生の考える10年後→→→質問に応えて

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