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2006年9月19日 (火)

イケアと世田谷

■9月15日、イケア2号店が神奈川県内に開店した。中央花卉のナカヤさんの家の近くらしい、、、、そのナカヤさんはオオシマさんと世田谷市場に行ったようだ。遠野物語の岩手県で産地を訪問し花活けデモまでやっています。今年はIFEXに中央花卉が大田花きブースに参加する、と先日うかがいました。オオシマさんは大田花きの皆さんと岩手県アシロのリンドウを見に行ってこられた、、、、 イケア1号店→→→マツヤマ氏 

 世田谷カフェ→→→オオシマ氏20060918img_0351

 遠野の花セミナー→→→ナカヤ氏

 岩手安代→→→オオシマ氏

■僕ら田舎の山奥の生産者が花の業界の動静を知るには月刊誌の『農耕と園芸』『フローリスト』、『花卉園芸新聞』『日本農業新聞』のわずか数行の記事から想像力を高め、考えることしかできなかった。インターネットという広域な公開網がこの10年に整備されてから、わずかな隙間から花の業界の動静が見えるようになった。一年間に取引先の卸売市場や仲卸店、生花店や量販店に行くのは数えるほどしかない。日々の情報は1枚の売り立て仕切り書、という状況がほとんどだ。ウェブログ、、、、僕は高校生のときからアマチュア無線(ハム)で日々の通信記録=ログ、、、、を書いていて、、、、、いまはやっていないが、、、、その前にはBCLという流行もあった。ログというのは限られた様式であっても、それを経験した自分に戻れるものだ。

 ブログ(ウェブログ)は、その書き手の視線で書き手の体験したこと、書き手の前に現れた人・組織、、、、そうしたことを追体験できる。のぞき見メディアなので、実際には自分の目で現場を確かめること、が必ず必要になる。書かれた事実は、書き手により切り取られた事実であるということと、公開される、つまり読み手を意識している、、、ということをいつも意識しなければならない。

 花の仲卸の意味、というのは、組織を感じさせないところ、ではないか?と思う。

 オオシマさんが共撰産地には久しぶりに行ったのかな?と言っているように、産地では個人生産者のブログが隆盛している。個人と個人のメディアがウェブサイトである、ように思う。稟議を経て公開する組織のサイトもそれなりに意味はあるが、ウェブサイトは即時性、共時性がとても大切なものだ。

 流通業では仲卸ではたらく「個」、生産現場では販売責任を自らが負う「個」が現在は主役に見える。ちいさな記事でも必ず読み手がいる。

 おおきな組織の荷受会社(卸売市場)、おおきな組織の生産団体(JA、生産部会)も「個」が主役なはずだ。体のサイズにあったメディア突出度は、アクティブさにしか比例しないという、あるいみで民主的なことかもしれない。

 書くということは考えることで、考えることは、観察することからはじまっている。何を観察するかというと、自分自身の日々の行動を、もう一人の自分が観察し記録する。公開するにあたり、パブリック(公的)な視座で監修し、書いてもよい範囲で編集して記録に残す。そうした習慣が、多くの「個」ではじまっている。考えるヒトが多くなり、次に、ちいさなコメントでの「交流」「議論」、、、、オフ会、、、、、直接会うとヒトはコメントしやすい、、、、

 1ヶ月後は千葉県幕張であいましょう→→→軽トラ日記

 →→→IFEX2006(第3回目)

■明日20日が、IFEX専門セミナーの講演原稿提出の締切です。IFEXに集まる全国の花の関係者自身で夜は自主集会が開かれます。ガーベラの全国大会は生産者のみ出席で市場・生花店は参加できない、、、、とか種苗・市場・品質保持剤・輸入、、、、など世界から集まる人びとによる集会も多くもたれます。名刺を1箱持参してIFEXに、フローレ21も出展しますし、僕らJFMAのブースもあります。

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