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2006年11月24日 (金)

考えるための読書、伝えるための展示

■たとえばアムステルダム。ゴッホ美術館に行く。伝えるための工夫された展示がある。ロンドンの博物館、、、、伝えるための展示がいつも考えられ創出され、そこには多くの市民ボランティアが参加している。僕は展示された絵や、発掘されたモノを見るために行くのではない。どのようにして伝える工夫をしているか?を見る。自分が博物館や資料館を建設する立場で見る。お店も同じ、展示会も同じ。商品陳列の工夫や棚割の工夫、、、、そうしたものを見る。その背後にある納品様式も考える。考えるための視察、、、、である。

 昨日の、国立科学博物館での特別展・南方熊楠展も、一人の人間の歩みをどのようにして伝えようとしているのかを見た。和歌山県の熊野が生んだ巨星である。明治期にアメリカから欧州・イギリスの大英博物館で学んで日本で独創的な仕事をした人だ。

■読書は著者がなぜそのような主張をするに至ったのかを考え、著者に質問をする、著者との対話のための読書、、、自分のそのときに抱えたテーマで対話し感じたことを余白に書き込む。数年後、また抱えたテーマが変わるのでその課題を考えるために著者と対話する、、、、そのときはマーカーの色を変える。書かれたものをうのみにしていると、読む本のたびに尺度がかわり、あるべき自分の姿がいつまでも形成されない。

■民俗学者の宮本常一は日本各地でであう常民(普通の人々)と接する時、自分が聞きたいことは、まず最初に聞かない。その人が抱えている課題が、あるいはその人が考えていること、、、あるいはその人がとらわれている課題を「話したい」のであって、聞きたいことは聞けないことが多い。それが民俗調査の基本だ。21日に会津若松市で青年農業者が集まった。一方的な講演会が終わり、その後の懇談会では多くの課題が出て、私も参加者が抱える多くの課題を聞いた。仮に助言してもその人が気づいたことでなければ、課題解決には向かわない。なぜなら多くのコンサルタント諸賢が多くの企業に関わりながら、でも多くの課題が解決されないからだ。本人の気づきと決断、がまず必要。やってみてから考える、とういことが農業では大事だ。生産部会、複数の農家で出荷組織を形成している場合は、人間の調整で3年もかかってしまって、その決断をしたときには時代が変わっている。救命ボートは船に乗る前に準備する必要があるが、その人数は限られているから、船数が必要になる。小さな救命ボートでは、乗船者がそれぞれが役割を果たさないと彼岸にはたどり着けない。自力で泳げる人は大海に飛び込み、泳ぐべきだ。経営はいつでも緊急時である、という認識を持たず、先送りのための議論を重ねていると時代も船も意味をなさない。議論をしている風、、、、が評価された時代がかつてあった。課題を決断できない議論は意味が無い。決断して実行して予想した結果が伴わなかった場合に、「悩む」ことは課題を解決する。なぜなら、そのときにすでに彼岸にいるからだ。

20061124hon5

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