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2006年12月30日 (土)

下郷町史⑤民俗編

■2006年12月29日、南会津郡下郷町大内で吉村徳男さんのお話を、湯田浩仁君と一緒に聞いて、吹雪のなかを帰った。20061229dsc02114

 帰宅してから、昭和57年(1982年)9月に刊行された『下郷町史 第5巻 民俗編』770ページを、、、、さきほどまでの時間(30日未明)で読み終えた。28日に会津大前の古書処・勉強堂から購入しておいた資料で、いくつか共通の背景を読み取れた。

 いろんなことを聞いたのですが、大内宿場の東方に小野岳があり、その山頂北に「沼尾沼」がある。その雨乞いの牛首伝説は、とても重要な内容を隠している、、、、と感じたからだ。誰が流布したのか?という点と、会津盆地と南会津のかかわりを背景に持っている。また年明けに吉村さんにお会いすることにしているので、そのときにあらためてお話を聞こうと思う。話はいくつかの物語を併せ持ち、たぶん話者(伝承者)により、異なる内容だと思うが、大筋は変わらないようだ。20061229img_6457

 吉村さんが言っていた「ネムタ流し」。町史531ページには、こうあった。「旧七月七日のナヌカビに、大豆の葉で三回眼をこすり、川に流す。小松川(という集落)では、こうすると朝起きがよくなり、夏の暑い日に眠けが覚めるという。この時、「ネムタは流れろ、豆っ葉はつっかかれ」と唱える。ネムタは睡魔のことで、ちょうどこの季節は労働も忙しく、暑さも厳しい。ネムタ流しはこれを追い払う呪いと考えられ、川に流すことから、本来は盆を控えての物忌み、禊(みそぎ)と思われる」20061229img_6482

 246ページには下郷町木地小屋という地区の「雪の予兆」について掲載されていた。「木地小屋では、タケノコシ山に三度雪が降ると村にも雪が積もると言われている。まだ木の葉が紅葉しない青山に雪が降ると、その年は根雪が遅く、また秋方、ホウノキの葉が風で自然に落ち、葉の表が多く出る年は雪が深く、裏が多く出る年は雪が浅い」

 129ページには、「材木の搬出用のそり(橇)について、橇材は主にオンノレなどの堅木で作られる。ミズネや白樺を使うとヤキついて(滑走面に雪がつく)困った、という。わが町の山にはオンノレは少ないので、田島の奥山の方から売りにきたものを求めた。オンノレが山にあったときなどは、宝のようにして組内で分け合った(木地小屋)。太いところでは大きな橇、細いところでは子どもの橇を作った」「橇には雪の上で使用するヨツヤマ、バチゾリがあり、雪の無い季節には土橇(どそり)を使う」20061229img_6484

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■この8月に出版した『会津学』2号で報告した私の原稿、、、、、私の住む大岐(おおまた)地区には博士山と裏山のクイナの2箇所にお湯が出る窪があり、そのお湯を止めるために「牛の首」を埋めた、という伝説がある。

 下郷町の小野岳山頂付近の沼尾沼では、「牛の首」を沼に入れると雨が降るので、それを利用して雨乞い、、、、それは会津盆地側からの祈願であったような内容でもあった。

 

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