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2007年1月の投稿

2007年1月31日 (水)

サミット準備

■2007年1月31日(水)。全国カスミソウの大会、明日午後1時から大田市場内で。20070131img_9208

 主催地事務局の静岡県のJAハイナンの松下係長が、本日より準備に入っている。経済連の皆さんと会場で準備を行った。20時過ぎ、宿に戻った松下さんと会食した。4月からのサミット主催決定から短時間でこれだけまとめてくれている。基調講演のクリザール社のヒガシさん、米田社長とも打ち合わせた。松下さんは明日8時から大田花きと打合せ、9時から会場準備がはじまる。受付は11時30分から。ヒガシ(東明音)さんは静岡県出身。

 宿(アーバンホテル大田市場)の11階の食堂では、来年度大会主催地の高知県の大方南部の皆さんとも再会した。20070131img_9233

 2月2日(金)午前は、大田市場花き部の2階中央通路で、品種等の展示等が行われます。また協賛セールが京橋花き・中央花卉・大森花き等で行われます。

■夕方、大井競馬場前の東神倉庫でSOの商品撮影している落合さんを訪問。かすみ草を使った商品の提案があった。

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エレベータの神様

20070202dsc02687  先日訪問した日本の首都にある某倉庫のエレベータには「成田山」のお守りが掛けてあった。交通安全の神様は、エレベータ運行も守る。事務所、駐車場の2カ所とも成田山で、裏書きを見るとエレベータ機番号ごとに請けていることがわかる。S社製昇降機での事故以来なのか、以前からこのように行われているのかは不明。

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■メゾンオブジェ 1月31日→→→視察記パリ

→→→i-and-a

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営業提案の仕事

■『チェーンストア・エイジ』1月15日号のバイヤー特集。アンケート結果より。

<メーカーの販促提案に対する不満>
①自社商品中心の提案で、カテゴリー全体の提案が少ない。
②消費者の立場に立った提案が少ない。
③年間を通しての月間およびシーズンごとの販促提案がなく、その場限りの提案が多い。
④今後伸長が期待されるカテゴリーや創造されるカテゴリーに対して掘り下げた内容の提案が少ない。
⑤当社あるいは当業態の基本方針を理解しないままに提案している。

<嫌いなメーカー営業マンの特徴>
①約束を守らない人
②自己中心で、自社や自分にとって都合のよいことばかり主張する人
③自社商品と他社商品の違いを明確に言えず、他社商品を知らない人
④自社商品の知識が不十分な人
⑤予約なしに訪問する人

<これから求められるメーカー営業マンの資質>
①カテゴリー全体の売上アップ、粗利アップができること。
②自社商品とともに、他社商品の情報も素早く提供できること。
③地域の販売情報をしっかり収集して、提案できること。
④当社並びにバイヤーの考えを理解したうえでの提案ができること。
⑤数字あるいは数値で商品動向を管理できること。

<メーカー・卸売業に対する不満・要望>
①卸に関してはNB(ナショナルブランド)メーカーの情報がほとんどで、市場的に売価変動の少ない、長く売っていける商材の発掘意欲が少ない。
②商品知識のないセールスがあまりにも多い(とくに卸)。卸売セールスは、バイヤーの奴隷と化している。もっと主体性をもつべき。
③メーカー、卸ともにスーパーと同様の提案が多く、倉庫の在庫を見ても一律横並びで、卸売各社の特徴がなくなってきた。勉強不足の卸営業マン、提案もなし。店側からエンド商品を発注する始末。
④卸はNB中心ではなく、ローカル商品で良品質商品の提案が必要。NBでは価格のみで終わる。

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■今日(1月31日・水曜)のフロレッタちゃん、で10月からの連載も12回目で最終回となりました。599人のメールマガジン読者がいますが、あと少しで600人ですね。

■2月1日は午後1時より大田市場花き部にてかすみ草サミットが開催されます。

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2007年1月29日 (月)

公的な汗

■仕事の意味→→→汗への回帰

■週報→FAJ

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2月1日の催事

■2月1日は大田市場でかすみ草サミットです。聴講可能です。

■ 2月1日~2日に産地以外、消費地、、東京都内ではじめてかすみ草産地による全国集会・サミットが開催される。首都圏にいちばん近い静岡県のJAハイナンの産地はトップ品質へのこだわりをビジョンとしてきた歴史ある産地だ。そこがまず消費拡大のための取り組みを提案している。1日の午後は太田市場内で大会を開催し、2日の午前は大田市場内花き部の2階中央通路で品目等展示、昼から移動し池袋のサンシャインシティでの関東東海花の展覧会入り口でかすみ草消費のアピール・一般来場者に、かすみ草配布等のプロモーションを行う。仲卸のいくつかでも協賛セールが行われる予定(JAハイナン→大森花き、JA菊池→京橋花き、JA紀南→中央花卉)。

 サンシャインシティ内の生花店(サンフルール・第一フラワー)でも東日本板橋花きの協力でかすみ草フェア(品種展示)を行うことになっている。

 →→→かすみ草サミット

 この全国集会は主宰生産地による企画が優先される。来年は2月に高知県四万十市(大方南部)のJA高知はた管内で開催される予定となっている。熊本(菊池)、福島(昭和)、和歌山(みなべいないみ)、北海道(南空知)、静岡(ハイナン・東京)、高知(大方南部)でひとめぐり産地の大会は終了の予定である。

 

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計画の大きな変更

■2007年1月26日の全国農業新聞の記事。

 切り花 重油高で生産計画に変化
 冬期の生産量しぼる

 重油の価格は、落ち着いたものの決して安くはなっていない。
 それに伴い切り花の流通状況が一変した。
 厳寒期に向けて重油がたけず出荷が減るという単純なものではなく、生産計画自体に変更が行われ始めている。

 10月から12月までを第一次出荷期とし、3月から5月を第二次出荷期、1~2月は少量でつなぐというものだ。

 この現象は、海外からの輸入商品を敵に回しながら展開してきた論理に反し、1~2月はどんどん入って来て下さいと言わんばかりの計画だ。12月からトルコギキョウを中心に大量に輸入されている。

 非需要期だが、国産品をしっかり流通させてほしい。どうしても無理なら、流通量は少なくなったとしても品質面で流通トップに君臨できるよう生産者には努力してもらいたい。

■1月28日→「トルコ桔梗の入荷が、少ないです。
業務需要に使われる淡い紫系の品種は、あっと言う間になくなっています。
先日店頭に並んだ少ないトルコ桔梗を見て、まだトルコ桔梗が並ぶのかと花屋さんに聞かれました。
業務需要だけでなく、花屋さんもまだトルコ桔梗を欲しているです。
しかしトルコ桔梗は、輸入物を含めて強保合いです。
気軽に店頭に並べるには、勇気が必要になります。
トルコ桔梗は、明日少ない入荷です」

1月23日→「輸入のトルコ桔梗が、多く入荷しています。
以前は白系を中心に、業務需要に重宝されていました。
そしてそれは今も変わらないのですが、このところの少ないトルコ桔梗の影響から多くの花屋さんが使い始めています。
価格は以前と大違い、国産並みの価格です。
競りでもそうなのですから、価値感が何か混沌としているように見えます。
国産物も高い、輸入物も高い、困ったことです」(仲卸クロリスの日記より)

■1月27日の夢り人のコメントより→→→ カスミソウの単価低迷で、他の花(トルコ、ラナンなど)に移行されている方が多いようですが、需給バランスで評価されるだけではなく、丁寧にいい物を作って評価されるように期待します。
 (札幌 お花とはなそう より)

■→→→ 宮崎中央花き1月19日

 →→→ 京橋花き産地情報

 →→→ FAJ入荷情報

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■2006年10月から12月、1月のかすみ草の出荷は暖冬による前進開花ということだけではなく、暖房費による経費超過を防ぐために、どの産地の生産者も早生系品種を導入し、生産計画そのものが前年比150%以上の出荷量の計画で進めていた。これはかすみ草以外の品目、ストック、ラナンキュラス等でも同じだった。暖冬のせいではない。計画自体が大きく変化していた。

 その分、1月中下旬の出荷量は少ない。4~5月に大量出荷が計画されており、その販売対策が講じられないまま事態は推移している。これは2006年5月から続いていると指摘する卸市場の担当者は多い。暖地産地はこの1年ずっとよいときが無い(夏秋の高冷地はこの5年間良いときが無い)。各産地とも出荷計画の変更や品目転換がすべて超過に重なり、すべての品目が売れない、産地の大小、JA共選や個選(個人出荷、グループ)にかかわらず低迷が続く。顧客の実需者の声を聞くことは、まず行われずに産地の都合だけで生産計画は変更され、その計画通りの出荷が続いて安値を継続している。

■昨年秋からこの1月、実需者の大手花束加工業者へのインタビューをしている。2006年の5月から、つまり母の日から国産5割・輸入5割としていたカーネーションを輸入10割にする加工業者が増えている。

 理由をたずねると、「国産の規格は品質・ボリューム・選別に幅がありすぎて、再選別が必要」であり、「輸入は産地国、輸入商社を間違わなければ再選別する必要もロスも出ない」

 これは12月のスプレーマム等でも起きてきていることで、「その規格の揃い」「ロスの出るような規格幅」がポイントで価格ではない。

 経済環境の変化への対応を生産者・生産地は計画の変更でとる、実需者も数量が不安定となっていて品質揃いの問題を持つ国産から、輸入の切り花に大きくシフトしている。すべてが変化への対応。その間をつなぐのが卸市場の仕事なのだが、、、、、調整が難しい。

 責任産地という産地が無くなってきたのが2006年の講評だった。2007年はつまりこれまでとは異なる時代に入った、ということで、出荷時期、価格設定等すべてをはじめから組み立てなければならない。その後に品目、品種が決定される。行き先が決まらないまま列車にのり、行き先はどこなのか、、、、そうした時代は終わった。ひかれたレールを歩く必要が無い、自らレールをひく産地もある。

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■顧客が誰であるか?を考える時期に来ている。

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仕入れ同行

20070127dsc02659 会津若松市内の居酒屋・籠太の主人・鈴木真也さんから電話があり「ひまなら、いっしょに」と誘われた。野菜の仕入先農家をたずねるという。助手席に真也さんが乗り、私の自動車で雨の会津盆地を走行し訪問した。有機栽培をしているA町のIさん宅にはじめて訪問した。1年の数回、籠太のカウンターでお会いすることがあるIさん宅から、白菜とダイコンをそれぞれ10個持ち帰った。

 ウェブサイトを使用してビジネスに活用している8名の方との懇談会を主宰している真也さんに連れられ、それにも参加した。市内のビジネスホテルの支配人米屋さん、オーガニックなペットフードの通信販売をしている人、グラフィック・デザイナー、ウェブデザインの社長ら、、、、20070127dsc02663

 夜は東山温泉街の「よしのや」という食堂に行く、という真也さんの道案内で「ソースカツ丼」を食べた。親父おすすめの店だ。

 セキこんだりして寒い日だったが、新しい若い人たちの前向きな仕事と、ウェブサイトを使用した仕事の深化が身近なところで起きていることを知った。

 そのなかの一人が地・金魚(ぢ・きんぎょ)の保護、育成者がいて、10年かかって会津の冬にも越冬できる金魚を新たに育成して昨年の金魚のカタログに掲載された、そうで、こうした仕事をしている人も、会津にいることをはじめて知った。会津錦と、会津福娘という2種の地金魚を育成されたそうだ。20070127dsc02680 オーガニックなペットフード(犬用)は、アレルギーの犬用の飼料を探した中で出会い、渡米してその内容も理解して、ウェブサイトで販売する仕事も3年前から始めている、そうだ。

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2007年1月27日 (土)

MPS

20070126dsc02649 2007年1月26日(金)午後、都内市ヶ谷のJFMA事務所で、MPS推進プロジェクトがあり出席して、会合が終わり21時32分の最終の東北新幹線に乗り、いま(27日、午前零時20分)帰宅した。いつも20時には就寝し午前3時頃に起床しているので、さすがに新幹線では宇都宮から郡山まで眠くなった。宇都宮まではプロジェクトに参加していたキリンの大川氏と一緒だったので、いろいろとMPSのプロモーションについて話をしていたので意識はありました。

 JFMAではドイツのエッセンで開かれている展示会IPMと、フランスのパリの展示会メゾンオブジェに松島さんらが参加していて、今回のプロジェクトと日程が重なっていた。会議が終わった頃、都内は雨になった。20070126dsc02632

 岐阜大の福井先生(座長)、FAJ大関氏・細貝氏、大田花き下坂氏、東日本板橋花き(市場協会青年部)樋口氏、JA山形おきたま東京営・片倉氏、MPS江川氏・守重氏。MPS-Qのシステム翻訳。

■午前中、墨田区内の生花店・花売場を6箇所一人で見た。染めかすみ草を売っている2店舗(赤・メロン・ブルー・ラベンダー・白)。染めかすみがあると通常1桶(バケツ)の単品パック(モノブーケ)が、かすみ草だけで5桶程度占有するので、陳列量=販売量の原則どおり、かすみ草の売り上げが上がる。今日の2店舗は、なぜかにおいが気にならなかった。見た目品質は、たぶんJA紀南産染め→大田花き→中央花卉納品の商材のようだ。ひとつのお店の売場の桶数は45個で、染めが6桶、白が5桶あり、売場の2割近くを占有している。フェア(催事)はラナンキュラスだった。もうひとつの売場では染めが4桶、白が3桶。草丈はカットして2本とした60cm(もとは長いもの)。1桶には通常5~7束入る。白が315円、染めが420円。カサブランカは1本500円台でフェアもしていた。20070126dsc02628

 花良品・有楽町店も挨拶に行った。白のかすみ草がバラのまま入れて2桶あった。

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2007年1月26日 (金)

催事

■1月31日、ショーザフローレ(東神倉庫)。ユリの話。20070124img_8996

■2月1日午後、かすみ草サミット(大田市場)。

■メールマガジンより。

JELFAセミナー2007 参加お申し込み受付を開始。

 2007年2月23日(金)13:00~
 アーバンホテル大田市場にて  

 テーマ「花き業界のマーケティングについて考える」
 
 講演 20070124img_9148
  ◎リテイルへの提案
   「オランダにおける花き市場の役割の進化」
       フローラホランド市場 事業開発マネージャー
                 Fred van der Hoeven氏 
         
  ◎JELFA分析:JELFA国内外の調査から
    「今、世界の花き流通について考える」
            JELFA副会長  柏村 哲徳  
   
 セミナー詳細、参加お申込書はこちら2007dsc02588
 URL→ http://www.jelfa.net/pdf/hp2007.pdf

■アルタイルとみやび(和歌山)→→→フラワーモーション

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2007年1月25日 (木)

エレン

■ソフィー、エレン、バネッサのアムステルダム・報告→→→オランダ通信ホルティフェア3(25日掲載)20070124img_9158

■消費期限切れ販売 →→→ スターバックス

 このところ、新聞の社会欄の下部には、この手の通告が多くなっている。お詫びの広告により成り立つ新聞経営、、、、その事実は新聞記事になることは少ない。

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2007年1月24日 (水)

かすみ草

20070123dsc025551月23日の夕食は20時過ぎ、、、、熊本市内。その食堂にはかすみ草とシクラメンの花、葉がいけてあった。かすみ草は雪ん子。

■1月23日、16時35分の羽田発のANA熊本行き。羽田空港の第2旅客ターミナルの108番搭乗口は、バスで駐機場まで移動する。ANAの売店のコーヒーは、UCCのものはほとんどがレインフォレスト・アライアンスのものに変わっていた。

 リムジンバスに乗って待合室から駐機場、タラップ(階段)を上って機内に入るときに夕焼け、地平線に太陽が沈むときだった。タラップ最上段で撮影した。20070123dsc02542

 乗客はとても少なく3割程度の搭乗者。

 気になったのは羽田・ANAの売店の漬け物。銀座若菜。名古屋が創業店。甚目寺町の萱津神社の香の物殿が紹介されてあった。こだわりは醗酵の妙味、浸け床。山形県の焼き畑の温海かぶら、、、、JA庄内温海支所が扱う200トン「一霞」の村とその周辺のふたつの村のものだけを仕込んでいる。

 空弁、、、弁当の販売にも力を入れていて、いなりの変わりがいくつか新しいものと、あさりを使った江戸前のもの、あなご、、、など、つまり和風な弁当が多くなってきている。20070123dsc02540

 パン類は、バターを使わないベーグルとそのバラエティと、サンド。

■熊本の細川家の八代(肥後六代藩主)重賢のときから、肥後(ひご)六花があり、

1~3月 肥後ツバキ

5月上旬 肥後シャクヤク

6月上旬 肥後ショウブ

7~9月 肥後アサガオ20070123dsc02551

10~12月 肥後サザンカ

11月下旬 肥後ギク

■熊本市内は路面電車が走っており、四国、中国にも路面電車は生きていて欧州の都市と同じ風情がある。

 街頭の生花店をいくつか見る。そのうち1軒では、かすみ草の束を持ち、黒花を取っていた。

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2007年1月23日 (火)

はじまりは苗の管理

20070122img_8760 2007年1月20日、6月に出荷する予定のかすみ草ピュアスプリングのプラグ苗が入荷した。21日、22日と腐葉土を入れたポットに仮植。仮植(かしょく)とは、ポットに小さなかすみ草の苗を植えること。このポットで30~50日育てて根を張らせしっかりさせてから、畑に植える(定植・ていしょく、という)。

 雪の中の苗用の鉄骨ハウスは5度を加温で維持する。晴天の日中は20度を超える。

 2月下旬から除雪を開始し、3月にハウスをビニル被覆し、昨年に作っておいた畑のなかに定植する。無加温・促成栽培。

 苗は順次入荷していく。

 生育は、見守ることからはじまる。

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キクのチカラ

■終わらない夢→→→ アレンジャー生駒氏

■1月19日で相模原園芸閉鎖 →→→ 社長のコラム1月22日

■イケアへ →→→ 花屋の社長の日記1月21日

■フードマイレージ →→→ 今日の花業界1月21日

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■1月23日(火)~ かすみ草試作品種調査行に参加(熊本県)

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2007年1月21日 (日)

ばしょうの旅

■立松和平『芭蕉の旅、円空の旅』(NHK出版、2006年)

 貧しさによって、ものを見る目を清澄にする態度を、
 積極的に「わび」と見る。
 その孤高の我を客体的に見ようとするところから、
 風狂の精神が生まれる。

 こうしてたどりついた風狂の精神が、
 芭蕉の生活と芸術との矛盾を乗り越える方法である。

 そのことはよくわかったのだが、
 生き方として本質的に消極的ともいえる
 隠棲の生活では、
 あと一歩を踏み出すことができない。

 知識としてではなく、
 実践的な体験がなければならないのである。

 その実践にいやおうなく
 我が身を投げ入れることが、
 旅をするという行為であった。

 新風の俳諧を探求するという悲壮な覚悟を持ち、
 つまり野ざらし(野に捨てられたどくろ)を覚悟と心ではさとっていても、
 生身の芭蕉を現実として襲ってくる秋風は、
 身にしみてつらい。

 これもわびを実践しようとする我が身を
 横から見ている風狂の精神なのである。

 私は芭蕉のこの態度に、
 精神のバランス感覚といおうか、
 健康な精神の保ち方を感じる。(71ページ)

20070120dsc02459     

-------※大きな小法師(?)は倒れたら起き上がれないそうです。

■組織(生産部会・JA・グループ出荷)は、あくまで特定の目的を実現しやすくするための手段です。目的のために効果的な規模と期間を必要とする手段にすぎないのです。それを忘れて、手段じたいを目的としたときに、個人によってしか創りえない価値や人間関係が忘れられてしまいます。花の生産の分野で、なぜ、大きな組織が力をもてないか?それのことを解決するための新しい組織のあり方を考える時期に来ています。個人によってしか創りえない価値をつくることは大きな組織でも可能なものだからです。いままでと、これからは、違うのです。大きな組織が解決することと、大きな組織の一人の人間として行うことを見出して新たに位置づけていく産地は生き残れるでしょう。組織から出ても、個人でしか作りえない価値や人間関係を引き受ける覚悟がなければ、花を作るこだわりを捨てて、やめて、別な仕事をした方がすぐれた選択になります。努力をする場所を間違えることはよいことではありません。

 

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エモーショナル・プログラム

■来村→→→ふるきをたずねて

■→→→ コンセプター 坂井の仕事20070120dsc02443

■すぐれたデザイナーにより、新しくなったFAJウェブサイトより →→→ FTF

■業務提携へ →→→ 新年あいさつ

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■1月19日(金)午前、福島県大沼郡三島町で、その集落に暮らす人たちから、その集落を囲む山や沢、岩などランドマークになっている、地図に載っていない地名の聞き取りを一人で行った。出てくる出てくる。

 「こんなものは、知っている人が一人いなくなると無くなってしまう」と言われた。

 「なんとか残しておきたい」とも。20070120dsc02439

 「その地形図を貸してくれ、家に帰ってから思い出したら書いておく」

 月末にまた再訪することになった。

 僕の地名聞き取り調査法は開発途上にあるが、独自な手法の開発をめざしている。思い出しやすい切り口、、、、地図を見てもイメージがわかない場合も多いから、それは難しい。地名を聞くことが目的ではない。それは手段であり、その過去の空間で何があったかを、記憶の底からたぐることが目的だ。自ら歩いた山野は、覚えている。また同行者の先人から聞いたことも深く記憶している。古いことだけ、昔のことだけ、若い時のことだけが、記憶に残る、、、不思議な記憶のシステムだ。ただ歩く人より猟師や山菜採り、キノコ採りのほうが場所の記憶が収量の記憶になるため、見えないものを見ようとしているので記憶は豊かだ。どのように自然と折り合い、向き合う作法を持つようになったのか?

■ネアンデルタール人と、現在ヒトである新人の違いは、未熟な状態で生まれ、親や家族につつまれて暮らす未熟な時間が長いことだ。その未熟な時間が長いことがヒトたるゆえんであり、文化による無意識を形成される。地球上でいちばん未熟な動物がヒト。寄り添わなければ生きられないとても弱い動物だ。その自覚が忘れられて久しい。

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■1月19日、20日と、通常の3倍の1000と、異常にアクセス数が上がっている。

■スパム・メールの自動書き込み(コメント欄、トラックバック欄)に留意を。多くなっているようです。コメント欄のアドレスのアンダーバー・リンクを読者がクリックすれば感染、あるいは感染するサイトにリンクされることがあります。トラックバックは閉鎖、コメントも削除・閉鎖するような状況も想定する、意見はメールでやりとりする、、、、ということも必要です。特に「すてきなブログですね、、、、うちのサイトにもよかったら遊びに来て下さい、、、、」というコメントの書き込みには注意を。

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2007年1月20日 (土)

三角屋

■先日、1年ぶりに会津若松市内の三角屋食堂に行った。松山さんを案内して中華そばを食べたところ。今回はカツ丼(ソース味)を食べた。20070121dsc02472

 会津若松ではソースカツ丼が多い。通常のカツ丼は煮込みカツ丼といわなければならない。どんぶりにご飯が入って、そのうえにキャベツの千切りが載り、その上にトンカツが載り、甘いソースがかけられて出てくる。中間の、煮込みソースカツ丼というのも一部の食堂で出ている(なかじま、番番など)。

 さて、その日は午前11時に行った(午後3時閉店と言われている)。お客は私一人。手書きメニューの裏は、福島民友新聞の記事(6段組、写真)で、昭和62年8月13日の「会津の味つづれ話34回目」で、「ラーメンの始まり・三角屋」。これは鈴木真也氏による記事である。ご存知のように鈴木氏は籠太の親父である。聞き取り、周辺調査等をして歴史的考察も踏まえて書かれている名文だった。20070121dsc02474

 湯飲茶碗大の白い椀で「スープ」が出てきた。太ちぢれ麺が入って、刻みネギ、チャーシューの2cm四方ほどのかけらが載っていた。

 ついで、ソースカツ丼。どんぶりのふたの上にたくあんを載せた小皿が載っている。

 ソースカツ丼850円を払うために支払う厨房近くの壁には、先の民友新聞の同じ記事がパネルに入って掲示され、あるいはハマコー先生の写真なども額入りでサインとともに掲示してあった。20070121dsc02465

 来店客は2人目が「中華そば(550円)」50歳ほどの男性、3人目は「ソースカツ丼」で60歳ほどの男性。11時30分に店を出た。

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■先日来県された仲卸諸賢には、ソースカツ丼と会津ラーメンのセットが出るお店に案内した。ここはボリュームが半分のもののセットがある。ソースカツ丼1/2+ラーメン1/2+牛乳が基本セットで、ラーメンを普通盛り、あるいはソースカツ丼を普通盛りに選択もできる。中谷氏は子どもの頃、ここで60円の即席麺を買って、40円払うとラーメンにしてくれるサービスを受けていた、と話す。いまは3階建てで、この日は1階は満席で2階席に通された。駐車場が3箇所あるが満車で入れないことが多い。→→→牛乳屋食堂(芦の牧近く、上三寄、駅前)20070120dsc02445

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2007年1月13日 (土)

家業

■ →→→ 昭和花き研究会ウェブサイト 20070120img_8648_1

     →→→ 大田内 仲卸 中央花き

  →→→ 軽トラ日記

  →→→ むしのいき

   →→→ たぬきのお腹

  →→→ 土っ子田島味噌通信

  →→→ グリーン・ウイングス・ジャパン

  →→→ カノシェ20070120img_8713

    →→→ たがも日記(オランダ)

  →→→ 青山FM 社長の日記

  →→→ パートナーズ・レポート(は)

■内山節『里という思想』(新潮選書)より。141ページ。

 家業的な労働のあり方の復権がすすんでいるのである。
 なぜなら、人から人へと永遠に受け継がれていくような仕事、
 利益をこえた価値をみつけだせるような仕事を、
 今日の経済と労働のかたちから自由になろうとする人々はめざし、
 その結果として、
 農業をはじめとする一次産業や、
 職人的な仕事に就きたいと考える人が増えてきた。20070120img_8658
 家業として継承できるかどうかはわからないけれど、
 労働に継承性と永遠性を求め、
 経済をこえた価値を求める点では、
 むしろ、かつての家業に近いかたちで
 自分の労働を考える人々が、少しずつ増えてきた。

 20世紀の社会は、
 労働を使い捨てるものに変え、
 経済的利益の手段にしていった。
 それは経済的社会を頽廃させたばかりでなく、
 自分の仕事をとおして根の張った生き方をすることが困難な時代をもつくりだした。
 ここから生じたさまざまな問題を、
 私たちは21世紀の課題として背負った。

 かつての社会は、(137ページ)Img_6716
 家業を軸にして、
 自分の仕事は永遠につづいていくという安心感を人々に与えていた。
 そのことによって、人々は、
 永遠の営みのなかの1ページに
 自分が加わっていると感じることができた。

 そして家訓をとおして、
 仕事には倫理が定められていた。
 仕事が家業になるためには、
 単に目先の利益を追うだけではいけなかったのである。

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 57ページ 歴史の意味

 現在の自分たちとは何かを教えてくれる時間の蓄積。
 だから私たちは、たえず過去に問いかけ、
 「いま」とは何かを考えようとする。
 歴史は人間の思考を深いところに導く。

 現在の私たちは、歴史をもたない社会が持つ暴力性や一面性を、
 「アメリカ的行動」のなかにみている。 Img_6725

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 49ページ 公共

 東京で、「公共」といえば、国や自治体が担うもの、
 つまり行政が担当すべきものを指していた。

 それに対して私たちは「私」であり、「私人」であった。

 だが、村人が使う「公共」は、20050711kumoup2
 それとは違う。

 「公共」とは、村では、みんなの世界のことであり、
 「公共の仕事」とは、「みんなでする仕事」のことであった。

 だから、春になって、冬の間に荒れた道をみんなでなおすことは
 「公共の仕事」であり、
 山火事の報を受けて家から消火にとびだすことも、
 祭りの準備をすることも、
 「公共の仕事」であった。

 「公共」と行政とは、村では必ずしも一致していないのである。Img_0234
 村人の感覚では、行政の前に「公共」があり、
 行政は「公共」のある部分を代行することはあっても、
 それはあくまで代行であって、行政=「公共」ではなかった。

 そして村人が感じている「公共」の世界とは、
 それほど広いものではなかった。
 それは自分たちが直接かかわることのできる世界であり、
 自分たちが行動をすることによって責任を負える世界のことであった。

 つまり、自分との関係がわかる広さといってもよいし、
 それは、おおよそ、「村」という広さであるといってもよい。Img_0322_1

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■産地縮小、原油高、中国、日本の利益 →→→ 繊維ニュース

  

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山の仕事、山の暮らし

高桑信一著『山の仕事、山の暮らし』(つり人社、2002年、2400円)は、19人の聞き書き集で446ページ、写真、文章の本。1993年から2002年の『渓流』に連載されたもの。

 会津の人が7人登場する。そのなかで、いちばん若い人として、南郷の月田礼次郎さんを紹介している。「森のひとの、夢を育むヒメサユリの花」

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■内山節『里という思想』(新潮選書:新潮社、2005年、1100円)20070110img_7879

 32ページ。
 村人は自然に対してだけではなく、農についての深い思想や、村とは何かという思想を持っているのに、それらを何らかのかたちで表現することも、また ないのである。
 とすると、村人たちは、どんな方法で自分たちの思想を表現しているのであろうか。私はそれは、<作法>をとおしてではないかという気がする。

 たとえば村人は山菜採りや茸(きのこ)狩りに森に入る。そのときは、採り方の作法がある。その作法のなかに、村人の自然に対する考え方が表現されている。それは木を伐るときでも、炭を焼くときでも同じであって、いまでも村人は、小正月にマユ玉を飾るための木としてヌルデの木を伐るが、他に利用できないこの木を使うことによって、森に対する負担を少なくするのだと村人は言う。20070112img_8296

 そんなふうに、村には、川での作法、魚を捕るときの作法、畑づくりのときのさまざまな作法、村人同士の作法などがあって、それらが村に暮らす者の思想を表現しつづけているのである。

■会津での小正月のだんごさし、行事に使うものは赤い樹皮の「ミズキ」。団子刺しの木、、、ミズノキと呼ぶことが多い。

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■山田登世子『ブランドの条件』(岩波新書、2006年、700円)。Img_8694

 最終章は、「変わること」と「変わらないこと」。ブランドイメージを保ち続けるためには、同じ場所に留まっていてはだめ、、、、「永遠」であるためには変わらなくてはならない。

 何も変わらないためには、すべてが変わらなければならない。

■内山節・前著137ページ。
 20世紀は、働くこと自体の意味を問うのではなく、労働の結果を享受することで満足する時代を、つくりだそうとしたといってよい。Img_4132

 19世紀の労働者は(略)働けば働くほど技が身についていくような労働。確かな物づくりができる労働。その物づくりをとおして、自分の労働に誇りがもてる働き方。社会にとって有用なものを生産しているという自信。支え合う職人同士の仲間の世界。そのような労働こそが、当時の労働者にとっての、人間的な労働だった。

 20世紀の技術は、生産のための技術であっても、労働を豊かにしていく技術ではなかった。(略)労働のなかでも、生活においても、私たちは代替可能な人間になっている、という現実である。Img_4130

 労働自体は、はるかに味気なく、疲れるばかりのものになっていった。かつては、労働のなかに、楽しみや喜びもあり、有益なものをつくっているという満足感もあったのに、いまでは労働は、生活や、「出世」のための手段になってしまっている。

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 素晴らしき未来を提示し、その実現にむけて努力していくのが人間の使命であり、歴史のなかの人間の生き方だと考える精神の習慣が、はたして信頼に足るものかどうImg_4246か、(略)近代的な市民社会の形成が、孤立した不安な個人をつくりだしていったのではなかったか。人間的な自由の確立が、エゴイスティックな個人をつくりだし、自然の自由を奪っていったのではなかったか。近代的正義の発生が、正義のなを借りた戦争を生み出しつづけたのではなかったか。それらはすべて、まだ成熟していないからではなく、それが実現した結果、生まれたものではなかったか。

 私たちの社会は、たえず新しい矛盾を生みだしつづけているのではないか、ということも教えたのである。医学の発達が、新しい耐性ウイルスを生みだしたり、あたらしい病気を広めるように、個人の社会の確立が、個人の喪失感を深めていくように、である。Img_4370

 近代の思想は、将来は矛盾が少ない社会が訪れると語ることによって、人間から矛盾とともに生きる覚悟を奪ったのである。だが、大事なものは、矛盾と折り合いをつけながら生きる覚悟だったのではなかったか。

■書くことで元気をもらった。それまでの自分のモノサシを変えた。世阿弥の「離見の見(りけんのけん)」→→→きみこさん

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染めはハッキリ色

■1月13日(土)午後は地震・津波警報が報道の中心でした。

■→→→ 中央花き20070110img_7872

■ヒマワリ、シンビジウム、スリップス→→→オランダ情報

■16日午後はイケア。→→ 小川先生

■イケアの基礎知識、、、オランダが本社→→→ イケアの基礎知識   →→→日経の記事 

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愛も平和も作れない時代に生きる

■オランダが本社→→→ イケアの基礎知識   →→→日経の記事 

■埼玉県さいたま市(さいたま新都心)のスーパーアリーナ内にあるジョンレノン・ミュージアム →→→ 来館者の声1月12日0000000731_1_s0607_2

■いまから10年前、、、、真心ブラザースが1996年に出した曲に、「拝啓、ジョンレノン」というのがある。僕のカラオケ・ナンバーでもあるのですが、、、たいがいこれを歌うと座がしらけてしまう、、、、大好きな曲で、逆説的にうたう、、、、という手法です。

拝啓、ジョン・レノン
あなたがこの世から去りずいぶんたちますが
まだまだ世界は暴力にあふれ、平和ではありません
僕があなたを知ったときは ブルース・リーと同じように
この世にあなたはいませんでしたね
十代中頃でファンになってから
一番かぶれてた二十歳の頃

ジョン・レノン あのダサイおじさん
ジョン・レノン バカな平和主義者
ジョン・レノン 現実見てない人
ジョン・レノン あの夢想家だ

ジョン・レノン いま聴く気がしないとか言ってた3、4年前
ビートルズを聴かないことで何か新しいもの探そうとしてた
そしていま懐メロのように 聴くあなたの声はとても優しい
スピーカーの中いるような あなたの声はとてもやさしい05110205s

拝啓、ジョン・レノン
僕もあなたも大して変わりはしない そんな気持ちであなたを見ていたい
どんな人でも僕と大差はないのさ
拝啓、ジョン・レノン そんな気持ちで世界を見ていたい
雨も雲も太陽も時間も目一杯感じながら僕は進む。

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■相馬さんから情報のあった山形の初市とカブ。「初市 カブ」で検索したらけっこうあります。

 →→→ やまがた探検地図20070110img_7732_1

 →→→ 特集 山形の正月

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アク(灰)と複式炉

■福島県の会津、20070113dsc02337、、、金山町の縄文時代の石神平遺跡の発掘調査に従事したときに、「複式炉」を持つ住居跡が発見された。炉で作ったアク(灰)を入れる土器が2個埋め込まれたもので、コンロとしての調理具の機能を持つことと、オキ(火のついた木)を灰のなかに埋めて使用する暖房具としての火鉢の機能、、、、があるものだろう。冷涼化するなかで開発された炉で、地域性を持つ。

■日本考古学会の大会「複式炉と縄文文化」と題するシンポジウムが2005年に福島県内で開かれた。→→→ 福島大会  プログラム

 →→→ 複式炉を持つ竪穴住居跡の変化20070113dsc02335

 →→→ 縄文中期の福島県の人口変遷 トチの実の問題

■福島県下郷町(会津)の大内宿は300年来の家に住み続ける、、、、つまり人や文化は変わるが家は変わらない、、、、300年前に100年ものの樹木を利用して組みあげられた家、、、、一方、電磁調理器やガスコンロのある近代的な調理室を持つ。

 寒干しの会がモチアラレを作る調理室は田島(南会津町)の公共施設・御蔵入の里の調理室で行われていたが、この調理具のコンロを見ていて、縄文時代の家のなかにある複式炉を思い出した。20070103dsc02179

 いろり(炉)は、家のなかに現存している農家がいまでも多い。アク(木を燃やして残った粉、灰)は財産で貴重なもので、いろりにはアクが詰まっている。

 最近、縄文時代の複式炉の勉強はしていないので、日本考古学協会に福島大会の資料集を請求した。

20070113img_8135

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2007年1月12日 (金)

子どもをまきこむシステム

■2007年1月12日(金)。冷え込む。かすみ草を売っています→→→花良

 あかべこ→→→荒井工芸所

■1月11日(木)に南会津町田島で、下郷町大内宿の吉村さん、田島の湯田浩仁さんのお話を聞いた。20070112img_7899

 大内宿では、12月12日に12歳の子どもが「火の用心」「十二月十二日」と毛筆で書いた紙を地域各戸に配布する。それでおこづかいをもらう。(12は山の神の聖なる数字だと思う)

 あるいは12月31日に集落の西方高台にある村社・高倉神社までの参道、、、、400mあるが、その雪に道を付ける。雪踏みは子どもたちの仕事で、いまも続いている。大人たちも手伝い、年越し後に参詣する村人が困らないように雪の上に道を作る「仕事」をする。手伝う大人は、神社の由来とか、参拝の仕方、拍手のうちかた、神社に合祀されている神々の由来、村の歴史がその作業中に語られ、伝承される仕組みになっている、という。20070112img_7910

 →→→12月12日

 →→→大内宿の日々

 田島の田部集落では相当古くから正月一日に、獅子頭を神社から出して百戸近い集落内の各戸をまわり門付け(かどづけ)をする。それは20~40歳の青年の仕事だが、ここにも子どもが参加する。門付けのときに御札(紙に神社名を押印したもの)を配り、初穂として少しのお金が門付けした人々に渡される。その集まったお金を子どもにも少し与え、残りは貯めておき獅子をしまう社壇等の補修に使う。20070112img_8117

 →→→正月の田部の行事(湯田さんまとめ)

 →→→土っ子田島味噌

 湯田浩仁さんもこの正月も門付けをして子どもたちと集落内を歩いた、という。自分自身は由来はわからないが、子どものときからずっとやっている。古老によれば「正月に門付けをしない年には村が火災にあった。だから必ず行うべし」という、強制が集落を火災から守るための行事を正月一日に続けてきた。大切なことだ。

 子どもにこづかい(駄賃)をあげることは昔は盆・正月(あるいは年とり)くらいしかなかった。貴重な経験だ。日常的には家業の農の労働力として子どもも働いてきた時代がとても長く続いた。20070112img_8178

 子どもを巻き込むシステムが完備された地区は永続する。

 その多くは、子どもたちが、各戸をまわる、集落の範囲を歩く、、、あるいは何か護符を配る、そのことに対して村人は神の使いの子どもに初穂としてこづかい(駄賃)を奉じるのだ。子どもにとって、参加するオカゲは、お金であっても、それは地域社会の一員としての報酬にあたる。

 大内宿の吉村さんは「手間のかかる、めんどうくさいことを続ける」ことが実は地域20070112img_8190社会をうまく運営することにつながるのだ、という。大内宿でも萱(かや)屋根を葺きなおすには結(ゆい)で無報酬の共同作業・手伝いで屋根を葺きなおす、、、、、その借りた手間はいつかは返さなければならない。でもそのことで世代を超えた労働の貸し借りが、実は、地域を守る連帯になっている、という。

■2006年、縁あって会津の隣国の新潟魚沼の鈴木健市さんのユリ植えプロジェクトを、東京の仲卸フローレ21の松山誠さんと取材した8月は、その前日が、会津学の夏季講習会が開かれていた。地域のこどもたちに魚沼の産業であるユリ生産を知ってもらおう、中越地震からのこころの立ち直りにも役立てよう、、、、ということだった。結果としてその取り組みにより参加した大人の農家が励まされることにもなった。取材で参加した松山さんは、ご自身の会社の新規取り組みで、ボランティアで同僚の高杉さんとともに都内の児童館で「花育(はないく)」の可能性を実践している。20070112img_8259

 →→→すずきのユリブログ

 →→→フローレ21の花育(はないく)

 子どもをまきこむ仕組み、、、、それは社会が持つ責任でもある。

 会津若松市の初市・十日市(とおか・いち)は、長い冬を乗り切るための街が作った農家と町屋の交流の場でもある。縁起物の「起き上がり小法師」は町場の内職で作られ、それを求めるのは近在の農家だ。金回りをよくする風車は黒い豆で芯を止め、豆で達者であることを願い、かつ神棚にまつったカブに風車を刺す、それで固定奉納する。20070112img_8298

 十日市は爺様・婆様が孫子を連れて朝から出ていた。子どもを楽しませる、誘惑する仕組みが縁日露店はある。たぶん、地域行事で得たこづかい銭を握り締めて初市に子どもは向かう。そのお金は自分が労働として歩いて地域内から集めてきたお金だ。それがまたお祭りを通して回収される仕組みになっている。

■意味を持たないものが、いまほど価値を持つ時代はない。いみを失ったものが、いまほど地域を支えている時代はない。20070112img_8294

 それは小農が生きるための道としても開かれた意味をいまでも持っている。年中行事、、、、地域が伝承している小さな行事が子どもの参加を強制することは、あるいは荒ぶるカミがいて、いつもカミ(神)は強制を持ち地域社会に行動を促す役目をしているのだが、実はそのカミは多数にいて、「良いカミ」と「悪いカミ」がいる、、、、、というのは日本各地のあり方として日常の姿だ。ヒトにも良いヒトと悪いヒトがいる、、、、それを教えている。カミをメケイ(かご)で、ふるい(篩い)にかけて使う民族は、時に変化の激しい自然を乗り越えるためには、カミのフィルタリングも、時に必要なことだったのだろう。特に半年雪に覆われる雪国。 20070112img_7906

 春を待つために、冬に行事を集中させている、、、、のが雪国の特徴だ。冬を乗り切るための知恵がそこにはある。雪国の冬はとても長く、厳しい。だからそれを乗り切るための工夫を積み重ねてきた。行事のための準備と行事が、繰り返しやってくるのが雪国の冬だった。

 会津学3号では、春を待つ冬、としていま取材をしているが、農産加工も冬の無菌状態の特性を利用しているし、出稼ぎもそうだ。そして冬の人生と夏の人生、、、、冬のいとなみ(仕事)と夏のいとなみ(仕事)が異なることも雪国では常識だ。1年は2回あるのが雪国で、それぞれにライフスタイルが、人生が異なる。20070112img_8342

 それが自然によりそう自然な生き方で、それこそが千年を超えてきた地域を支える社会システムであった。冬に勉強をする、、、、、旅も多くは農閑期の冬に、代参というかたちで行われ参詣路での農や商、社会変化を吸収し、種子を持ち帰ることが重要であった。社会とのマッチングをとる、すりあわせの技法が旅である。

 出稼ぎと旅は、実は、限られた食料を守るために長期間に家を出る知恵であった。そのことで蓄えていた食糧の減りを防ぎ、家に残った家族を冬の間、その食糧が養ったのである。(未完・菅家博昭)20070112img_8388

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2007年1月11日 (木)

小雪舞う会津田島

■2007年1月11日(木)零下の日。道路の凍結は融けず。取材、調査が終わり無事帰宅できました。湯田夫妻にはたいへんお世話になりました。大内宿の吉村さんにも教えていただくことばかりでした。寒干しの会のあられ作りと、会津学3号のための座談会を田島・御蔵入交流館の和室をお借りして取材しました。

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仕事はじめ

■1月11日(木)13時~16時 南会津田島・御蔵入交流館
「第3回 南会津地方 農業・農村パートナーシップ推進大会」
基調講演「農業の魅力と女性の役割」(佐藤弘子氏(前・福島県流通消費グループ参事)
事例発表「我が家の農業経営と私の役割」
①三瓶やえ氏(只見・有限会社さんべ農園・水稲、トマト)
②室井京子氏(下郷・水稲、葉タバコ、農家レストラン)
③酒井澄子氏(南郷・指導農業士・トマト)
④室井裕子氏(田島・水稲、花、大豆)20070112img_8327

■鈴木のり子さんのオランダ情報。アムステルダムでのホルティフェアのレポート→→→ フレネット日比谷オランダ便り  →→→雑誌の要約

■ワールドレポート (エクアドル、コロンビア)→→→ フレネット日比谷

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■1月11日、来県されたN氏と懇談した。昨年11月にオランダでお会いしている。仕事のスタートを会津から、、、ということだった。この後の1月、、、熊本県、そして2月は北海道と行く、という。どのような育種・選抜を進めるか?ということについて試作の方法や、イメージ・スケッチをした→→→昭和花き研究会20070109img_7888

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2007年1月10日 (水)

たがも日記

■ →→→オランダ花き情報拾い読み20070110img_7711

  コンビニエンス →→→ 軽トラ日記 2月1日オフ会(東京大森駅)

■ 2月9日夜は都内で花日記オフ会 →→→ 花日記オフ会3rd

■ 十日市 →→→星野氏のブログ

■1月10日(水)の2:28配信されたフロレッタちゃん、は821号で、ばんばんだあ、ではじまっています。定期購読制。→→→ フローレ2120070110img_7716

 1月9日の会津オフ会は、8日に上京し市場営業・生花店訪問をしてきた湯田夫妻が、SO鷺沼店から購入してきたフラワーベースと花、を持ってその報告も聞きました。

 フロレッタちゃん821号では、いま話題のSO鷺沼店(そー・さぎぬま)のことも紹介しています。

 会津オフ会には15人が参加。未成年が2名いて、郷土史好きな小4男子から南郷の歴史を聞きました。おじいちゃんから教わったそうです。勉強になりました。20070110img_7753

 日常を記録する、まとめる、写真なども入れると編集もする、、、、つまり日常の観察で自ら書いたもので気づくことがたくさんあります。ブログでの1年と、次の1年では中味を変えるようにします、、、、そんなことをオフ会では話し合いました。読者の参加者には、ブログを作って、主張ではなく日常の観察で、公表できることを綴ってみよう(生活綴り方教室、、、)。すでにブログを作っている人は、2年目は公式ウェブサイトの充実を考えてみよう、、、、という内容でした。20070110img_7717

 生産者の場合、住んでいる地域そのものが読者からみれば国内の異国なわけで、オリジナリティやそこで生産をする意味を考えさせられることにつながります。意見をかかずに観察したこと、参加したことを描く、、、、、というのが長続きの大前提です。

 次いで、栽培している花のこと、作業などの一連の自らの記録。

 グループ活動の記録。

 客先、、、、卸市場・輸送会社・農業資材・種苗・仲卸・小売店など、取引先とのこと(多くは守秘義務がある)の記録。20070110img_7732

 記録を援用して、日常を伝えるなかから、発見があります。描くこと(書くこと)は考えることなので、観察して細かなことを文章で表現してみるようにすると、力がつきます。それと大きく引いて風景のなかでの仕事を見つめてみること、でしょうか。

■日々の仕事の伝え方、、、、というのは組織の場合はとても難しいものがあります。それでもよく努力しているのが、

 →→→ きた あいづ の花20070110img_7855

 かすみ草のことが載ることがあるのでいつもチェックしているサイトです。私のすむ地元、、、、会津地方で電照栽培してかすみ草を育てることを、知りました(冬の電照栽培は、東北でも、とても少ない、、、、山形県川西町に1名いらっしゃる程度、、、、)。

 →→→ ニューフェイスの電照

 そして、卸市場等に出張営業しているとき、、、、会津の天候はどうなっているか?私自身農家なのでハウスとか露地で生育しているものがあります、、、、そして洪水とか、大雪とか、道路が通行止めになったりとか、、、、、そんなときは、もも農園のサイトを見ます。20070110img_7852

 →→→ 会津若松市・もも農園

 渥美半島(愛知県)のキク農家のグループ出荷の、集荷所での情報の伝え方としては、→→→ お花屋さん 集荷所たより

 最近スタートした、新鮮なブログは、、、、→→→ 栃木県・足利のトルコキキョウ

■私は生産者なので、生産者の立場でモノを見るようにしているのですが、たとえば花のデザイナーは、日常何をして、いつ勉強して、何に学んでいるのか?、、、、、そうしたことを、、、、温故知新な金藤さんから学びます→→→ たぬきのお腹20070110img_7819

■そしてたいせつなことは、このようなウェブサイトでは伝えてくれないことを、それぞれの書き手は持っていること(情報の限界性)、、、、、ウェブサイトだけではわからないことが現実の世界にはとても多いこと、、、、つまりテレビの中にニュースがあるのではない、、、ということです。自ら足を運んで考える、発見する、、、、あるいは自分なりのインテリジェンス(情報収集)の方法を持つ、、、、、ことを「開発」することが必要です。ウェブログ(ブログ)の書き手となってみるとわかること、、、、、つまり書いてはいけないこと、書けないことが相当ある、、、、、読者としてだけ見ていると、書かれたことがすべてだと錯覚してしまうこと、、、、、、、つまりテレビで見るアイドル、、、、、に日常生活、、、つまりタバコを吸ったり、トイレにいったりすることを見えなくする、、、、、まさかあのアイドルが大便をするはずがない、、、、、というのが過去にありました。20070110img_7824

 インターネットは、とても限定された社会しか映しません。そして双方向性という虚像、、、、その限界性をしって、道具として位置づければとても有用です。コミニュティも形成することができます。これは実社会と同じルールです。

■ 出店候補地を調べる →→→ 井上社長の歩いた道 

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2007年1月 9日 (火)

渋滞の市内

■1月9日、時折風花が舞う(雪が風で飛ばされてくる)のですが、晴れたり曇ったりの会津盆地です。会津若松市内の中央通り・神明通り・大町通り等は午後から十日市のための出店の設営で通行止めになっていたりして、大渋滞になっています。市街地のバイパス道路は大丈夫です。20070110img_7809

■今日が、かすみ草苗の注文締め切り日、、、、午前にも何件か、生産者から作付相談がありました。据置株の管理をうまくやるのが今年の課題です。

■19時からの、会津若松市内・籠太でのオフ会は13名。それぞれに仕事を終えて集まるので、20時くらいが全員集合になりそうです。19時前から会場に行っています。

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1985年4月の卸市場

■フロレッタちゃんに11回目連載原稿を送った。花の栽培を始めたころのことで、そのための調査には少し時間がかかった。これは1月末頃掲載されると思う。そこに書けなかったことを書いてみる。

 1984年1月8日に個人出荷のグループを作るから入らないか?と同じ集落の人から誘われ、花栽培の勉強が2月からはじまり、4月はじめに、生まれてはじめて私は花市場に行った。7名の生産者全員参加で都内の板橋生花と足立生花を2日間訪問した。花の販売先を決めて、話をしてから、7月に昭和花き研究会が設立される。そしてグラジオラスを中心としてリンドウやかすみ草の出荷がはじまった。24歳の時だった。私ははじめての花栽培は球根のグラジオラスを栽培・切り花出荷していた。皆グラジオラスが多かった。

 1985年の4月にまた板橋生花と足立生花を訪問した。その時に言われたことをノートに残してある。1年目の販売結果、評価を2年目に卸市場で聞いたのだ。

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■1985年4月3日、4日の市場研修を終えて。

 昨年に続いて2回目の市場研修。昭和村はまだ1mの残雪。東京は寒さでサクラが遅れていたがつぼみがほころぶ寸前だった。今回の研修は板橋、足立とも共通していたことがある。両市場とも、買参人の違いで、必要としている花の品質が違うことだ。それと両者とも昨春の当会の売り込みの話と、実際の出荷内容が異なっていて、悪いイメージができあがっていたことである。商談したときの話ほど品物が出荷されなかったし、その花が必要な時に出荷されなかった(板橋)。共選といかなくとも、個選共販と思っていたものが、個選個販であったから期待できない産地だ。今年は出荷先市場を限定して、共販できるようトータルに考えて欲しい、と言われた。

 板橋ではグラジオラスの黄色のトパーズばかりで困ったこと、買参人から信頼されるためには各色の品種が必要ということだった。

 足立ではそのトパーズが良かったこと。ボリュームがあり、花の色がよいこと、一般にはコンパクト志向になっているが、仕事花需要として使えた、と言われた。しかし出荷方法、梱包が悪く、段ボール箱にグラジオラスを固定する方法か、段シート梱包を検討してほしいと言われた。悪いところはあるけれども、他産地にないグラジオラスの品種が出荷されてくるので産地の魅力はある、ということだった。輸送条件が悪いのだから、生産者が一致してまとまり、共販(共計)という形をとらないとだめだろう。

 両市場では共通して草花へのクリザール処理のことが、話し合いの時間の半分の時間を割いて説明があった。足立はすべての品目で使用せよ、、、、で、板橋は慎重に考え、作物によって使うということだった。

■このことから、個選共販(共計)となり、3年目以降、クリザールが出てきたことにより、品質が安定して、かすみ草などの比率が徐々に高くなっていく。

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あたらしい民俗誌

■山形市の東北芸術工科大学の赤坂憲雄氏が山形新聞に1996年4月から98年4月にかけて連載された「山形まんだらを織る」。250名の人々を取材、聞き書きした。それをまとめたのが『山野河海まんだら~東北から民俗誌を織る』(1999年4月刊、筑摩書房、446ページ、3300円)

  11ページに、「(略)背負う小さな人生を大事に抱きながら、いくつもの人生が絡み合いつつ織りなされていく村の歴史に、執拗にこだわることにした。

 もっぱら聞き書きを方法として、それを補完する形で、市町村史や民俗誌に可能なかぎり眼を通した。そうして小さな人生を縦糸に、村の歴史を横糸に織り込みつつ、より大きな地域の民俗誌的な景観を描きだしてみたい。

 この時代が必要としている民俗誌こそが、あらたに構想されなければならない。

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■赤坂憲雄著『東北学へ③東北ルネッサンス』(作品社、1998年)では、冒頭の9ページで次のように、、、、

 人はしばしば、東京のようなモノや情報が過剰なまでに集中し、あらわに新陳代謝をくりかえす都市だけが最前線であると思い込んでいる。

 それはしかし、あきらかに思い上がりにみちた錯覚だ。

 都市はいつしか、みずからに外部が存在することを忘却した。

 都市からの眼差しはときに、自覚されることなき無知と傲慢に彩られている。

 都市から見える風景の自明性を、まず疑う必要がある。

 だからこそ、私には都市とムラのあいだを、つまり東京と東北のムラのあいだを往還しながら、新しさや珍奇さを競いあう言葉の群れによって覆われた世界を冷やすための、あるいは、壊すための方法と技を磨きたい、と願うようになった。

 

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2007年1月 8日 (月)

多色染め

→→→→ レインボーローズの作り方 

フラワー・エキスペリエンスの次の段階→→→ フィデス

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有機農産物の比率

■法政大の小川先生がまとめている→→→公庫月報AFフォーラム07年1月

 引用してみる。20061130dsc01529_1

 日本では、有機野菜(「特別栽培」を含むので、概念的にはかなり過大推計になっている)は浸透率が0.5%を超えてはいるが、米国の10%、欧州の4%には遠く及ばない。なお、徳江倫道明氏の推計では、野菜全体に占める有機野菜は、0.13%、果物では0.06%と報告されている。こちらは、厳密な有機野菜の浸透率と考えて良いだろう。

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日本の有機野菜は野菜全体の0.2%に満たない。果実は0.1%にも満たない。それが欧州では4%、アメリカは10%である。日本の特別栽培を含めて考えても、0.5%を超えないのである。20070108img_7689

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■2007年1月8日(月)雪。成人の日で休日。明日、午後から10日の十日市のための準備等が行われる。会津若松郵便局に行き、生産者宛ニュース30通、新聞社宛原稿・写真を投函した(16時)。休日なので窓口はやっていない。

 雪は湿った重い雪が15cmほど新雪で降った(若松)。ホームセンターで除雪用具を購入して帰る。多くの人が雪かき、スノーダンプ(小さなもの)を買っている。風は弱まって雪となっている。

20070108img_7687

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遣唐使

20061130dsc01507 司馬遼太郎著『空海の風景(上・下)』(中央公論新社・中公文庫)。1978年に出た本で、2冊で800ページ。なかなか良かった。時の政府の庇護のもとに最澄、野の人・空海の違い、、、、新・仏教とは、文明のまるごとの移植作業だったことがわかる。かすみ草の産地・和歌山県に行くことが多くなり、熊野や高野山を含め、海に面した和歌山県の立場、、、というのがよくわかるようになった。

■いま、立松和平『芭蕉の旅、円空の旅~自利と利他、旅に求めたふたつの生き方』(NHK出版、2006年、NHKライブラリー(文庫版))をよんでいる。20070106img_7618

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■今日締切の原稿が、まだ書けずに、、、この数日はウミノクルシミ。あと数時間で送らなければならない。

1月9日がかすみ草の種苗計画の注文締切日ともなっている。生産者からの相談の電話も、ある。

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UK Grown

■→→→http://www.flowers.org.uk/industry/uk-origins.htm20070108img_7684

■1月7日(日)の夜に炊いたごはん。白米+黒米(会津産)。米1合に対して黒米を20粒ほど入れて炊くと、赤飯のような色になった。古代米(黒米)、、、、が神前に供えるとこの色だったので、、、、赤飯(あづきを入れて着色する)ということが発生した、とも言われている。 いま役立っている本はレシピ集。書店ではとにかく500円代で多く売られています。野菜のさまざまな伝統的な保存法と、モダンな冷凍保存にいま興味があります。籠太の親父(真也さん)のようにはできませんが、、、、農業には「加工」、、、加工のための保存が需要なことだと思っています。それには、冬を生き延びるための食の加工・保存の工夫、冬に備える暮らし方が基本にあったのですが、それが逆に冬を豊かにしている、、、、と思えます。貧しさが豊かさを生んだと。

 20070108img_7685農村・山村でいまも続けられる年中行事、、、、とても「めんどうくさいこと」ですが、それが、ベーシックに還る回路を保障していると思います。雪国は半年の間、考える季節を過ごします。1年は半年が2回ある、というのが雪国の生活観です。冬の半年に、その来る夏に行う生業(農的な)の、予祝行事ということを繰り返します。つまり冬の間に夏の生活のイメージトレーニングを行うのが冬の行事です。夏は忙しく気をめぐらす時間がありません。それを前に行い、、、、、こどもが主役の行事が多くあります。冬と子ども、、、、これが社会を作るキーワードです。

 このひとも雪国の人です→→→ すずきのユリ・ブログ

■冬仕事や山の樹木の伐採、加工、あるいは狩猟です。山の神を祭ります。夏は畑作を基本(焼畑+常畑)とした農業で、地神様(じ・じん・さま)を祭ります。春と秋にそれが入れ替わります。20070108take

 日本の物の考え方で不思議なことは、神には良い神と悪い神がいる、、、という考え方です。1神教の世界では考えられないことです。2月にメケを掛ける行事があります、、、、ざるとメケの違いは目の大きさで、めけは粗く、じゃがいもなどを入れたり、洗ったりするのに向いています(目かご、メケイ、メカイともいいます)、ざるは目が詰まっているので米を入れても大丈夫です。多くは竹でつくります(山間積雪地帯で竹がないところはマタタビ等のつるや樹皮で作る)。

 メケの目を良い神は通って家の中に入り、悪い神はメケの目を通れない、、、、とする考え方があります。一つ目の悪い神はメケの目の多さに驚いて近づけないともいいます。

 よい神と、悪い神を見分けるのも、人間の役目です。

 そして現実を見るならば、メケという道具を家の入り口に下げる、、、、という、道具を持ち出し、見えるようにするという、行為です。なぜメケなのか?というのは、農具(生活用具)の持つ、除霊装置、、、、、道具は破壊に使われるという基本的な認識がある。

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テヅカ・イズ・デッド

■日本のマンガ評論の深化に大きい役割を果たした、1967年名古屋市生まれの伊藤剛(いとう・ごう)の『テヅカ・イズ・デッド~ひらかれたマンガ表現論へ』は、2005年9月にNTT出版から刊行された(2400円)。Tezuka475714129701

 夏目漱石の孫、、、夏目房之介(マンガコラムニスト)は「この本で、ようやくマンガ表現論は現在に追いついた」と本書の帯で、推薦している。

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 本書から、

 (マンガの)多様さを認め、その複数性を肯定したまま、「マンガ」という表現ジャンルについて考察することは可能ではないのか。(略)そこで私は、マンガ作品が「何を」描いているかではなく、「どう」描いているかを、できる限り見ていこうという手法をとる(7ページ)。

 私は、自分の、個人の視界の小ささについてできるだけ自覚的であろうと思う。(略)自分自身の視界が限られていることに自覚的であろうとする態度のみが、逆説的に「全体」を指し示す可能性を開くと考えている。(略)いいかえれば、マンガの「内」に存在する無数の「外部」について敏感であろうということだ。またその「外部」とは、マンガと、マンガにとっての「他者」とをつなぐ回路であると考えている。20070105dsc02247

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 私(カンケ)は、「かすみ草生産」という狭い限られた社会から、あるいは遅れた品目、仕入禁止品目というモダンな花小売社会から捨て去られた場所から世界を見ようとしています。また地域的にも、多雪地帯、一年に半年しか生産できない地域、老人しか住んでいない山間地域というマージナルな社会から世界を見ようとしています。

 そのため欧州から日本を見る視点と、奥会津の昭和村から世界を見る、日本を見る視点を考えると、この『テヅカ・イズ・デッド』には学ぶ点がとても多い。アムステルダムでのホルティ・フェアなどの展示会で見るのは、花の品種そのものではなく、本書によれば、花を「どう」描こうとしているのか?という視点である。日本から視察に行った小売業に関わる人、生産にかかわる人、卸・流通の20070105dsc02245人、、、、、一部の人を除いて、総じて花しか見ていない。パリでメゾン・オブジェ、ドイツでIPMという冬季の2大展示会が開かれる時期になっており、日本からも多くの人が訪れるが、、、、是非、違う視点で見て欲しい。その視点で日本国内を見ると、表現の仕方には、まだまだ、たくさん学ぶことがあることに気づく。そうしたことに気づいている人が、昨年、マンガ講座に通ったM山氏。そして人の評伝の書き方、、、、つまり生産者や商品の伝え方を、、、、具体的に言えばストーリー性のあり方を考えているのだろう。モノを介在して他者をつなぐ表現を探る道はまだはじまっていない。このウェブログの1月7日、8日に紹介したリンク先のウェブサイトは、そうした模索をしているところだ。

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クルックは、フィンランド語でキュウリ。野菜の物語、生産のストーリーの伝え方→→→ クルック

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■花日記リンク集に登録されたウェブサイト。あまおう、の記事も。オランダの情報も。→→→花の時計の見方(クオリティークラス)

 

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山の神とはだれか

20070101img_7380■2004年4月に作品社から刊行された『季刊 東北学 10号』(東北芸術工科大学・東北文化研究センター、351ページ、2000円)は、未解明な日本の「やまのかみ」の特集。

 静岡県出身で静岡県をフィールドの起点として全国を歩いてきた民俗学者の近畿大教授の野本寛一氏は言う。

 「どうも私はある原理や命題から推論してという手法が苦手な体質なのかもしれません。しかし、いろんな議論がありますが、焼畑の山の神は今まで十分に調査されてきたのか。狩猟の山の神の実態は明らかになっているのか。稲作の循環伝承は果たして深く検証されてきたのかと問わざるを得ません」(50ページ)

■本書で、八木洋行氏は「山の神と弾除け信仰~静岡と甲信越をフィールドに」(128ページ~)で、静岡県は江戸と京を結ぶ東海道と、異国船の来航でいち早く海防に備えた東海の海浜部にあたり、武器としての鉄砲の硝煙の匂いを、いち早く嗅がされた地域だったことが大きく影響しているはずである。

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■1月8日(月)のフロレッタちゃん820号は、フローレ21大田店長の小林氏が昨年の花のトレンドを集成している。そのなかで、「ポインセチア・ペイント」はまったく売れませんでした、、、、とあるのですが、これは仲卸店頭に来る仕入人(花屋さん)に売れなかったということで、こうした商品こそ鷺沼の「SO」で売ってほしい商品だと思います。消費者の視点は、、、つまり5人目の消費者は、異なる人たちだからです。ビックリ楽しい花材です。(写真は同文より転載)

■1月7日は福島県内も強風で、白河市では43m。住宅など60棟に被害。東北新幹線も止まった。雪もあったりして、磐越道も通行止めになった。8日は東北道も強風で通行止め、常磐線も始発から止まっている。

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■1月18日、19日、福島県郡山市。有機農業のセミナー等が福島県主催で、開催されます。

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1月16日セミナー

■2007年1月16日(火)JFMA新春セミナー 都内市ヶ谷・法政大ボアソナードタワー26階 20070101img_6966

14:00 開会式、JFMA小川会長挨拶。来賓・花き対策室長志村勝也氏挨拶。

15:00~16:30 イケア・ミーツ・ジャパン(イケアの日本進出戦略と環境への取り組み) イケア・ジャパン Lars Petersson社長(同時通訳付き) 一般参加15,000円(JFMA会員10,000円)

16:30~18:00 懇親会

※主催者JFMAと詳細・申し込み先→→→JFMA(日本フローラル・マーケティング協会)

※イケアは日本に2店舗(2006年)→→→イケア・ジャパン

■1月16日(火)19時より、「日本の文化の深層を探る」20070101img_6983

港区赤坂1-12-32アーク森ビル20階
国際交流基金本部 国際会議場
(南北線六本木1丁目駅、銀座線・南北線溜池山王駅)
入場料400円

19:00~19:45 映画上映
合掌造り民家はいかに生まれるか 技術伝承の記録 飛騨白川郷」
民族文化映像研究所制作、1993-94年の民家解体移築再建の記録)

20:00~21:00 講演
民族文化映像研究所長 姫田忠義氏

21:00~懇親会

※参加申し込みは1月12日まで国際交流基金まで。

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新春・会津の花・オフ会

20070106dsc02278 ■参加者は13名になりました。

■2007年1月9日(火)19時より21時30分頃まで、会津若松市内栄町・居酒屋 籠太(かごた)で、花の関係者のブログ開設者のオフ会を開きます。参加は事前申し込み制で参加費は3000円です。オフ会というのは、いつもネット上では、つまりオンライン上では知っている人たちが、実際に会う、、、オフラインで会う、、、、という会です。簡単に言えば新年会です。10名程度の参加予定です。今日から吹雪になっているので、お酒は飲まないで参加という人も多いので、気軽に参加して下さい。籠太は10名で仮予約済みで和室(個室)です。申込はカンケで取ってあります。20070106dsc02274

 ホームページやブログを開設・運営していない人でも参加は可能です。1月8日の正午まで連絡を菅家博昭までお願いします(メール)。予約(料理)の都合です。

■2007年1月9日(火)19時より21時30分頃。自己紹介のあと、自由懇談。2年目のブログのあり方。

■場所 会津若松市栄町8-49  居酒屋・籠太(かごた) 
 駐車場はありませんので、隣の有料駐車場・ひまわりパーキングを利用

■参加者(1月8日までの確定分)

菅家博昭(主催者、本欄 KANKE'S WEB LOG)20061223dsc02073

湯田浩仁(南会津町田島田部、土っ子田島味噌通信

室井崇(南会津町田島水無、会津人MUROI

ほか、菅家の同級生の北会津の村山氏、若松の I 沢氏、K地氏、M氏。K林氏。

現在8名は確定。

連絡先 菅家博昭 kaken@cocoa.ocn.ne.jp

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S&B

つくり手ブログ →→→ スタイル・ストア

野菜の伝え方 →→→ ブランドストーリーのストーリー

 覚悟の年、札幌から →→→ ハルフラワーデザインスタジオ森直子さん

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マーガレットハウエル→→→http://www.anglobal.co.jp/margaret_howell/

素材からプロモーションまで、シンプル&ベーシックを基本に、時代の空気を取り入れた普通の服作り→→→シンプル&ベーシック

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 日本の調べ方 →→→ 国土情報ウェブマッピングシステム

  →→→ たとえば福島県の積雪量

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■昨夜テレビで、納豆をよくかき混ぜて20分おいてから、朝と晩に各1パック食べる健康法、、、というのをやっていました。今日は納豆売場がトレンドでしょう。

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2007年1月 7日 (日)

会津若松の十日市

■→→→ 福島民友

→→→ 十日市の思い出

→→→ 十日市ごっこ

→→→ 起き上がり小法師

石田明夫氏→→→会津の十日市

加藤秀俊DB→→→福島県博の佐々木さん

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統一ブランド

■1月5日の日本農業新聞の最終面は(株)サカタのタネ(種苗会社)のカラー刷り全面広告で、トウモロコシとトマト。

 王様トマトとは、、、、しっかりした肉質の特長を利用して畑で赤くしてから収穫する赤熟トマト青果の統一ブランドです。
 「麗夏」「麗容」「ろくさんまる」「マイロック」「ごほうび」の5品種で構成されています。

 →→→ 王様トマト

■翻って1面を見ると「企業型社会の先へ 脱石油の時代 農業が先導を」(アシスト代表 ビル・トッテン氏)

 消費税導入以来、消費税収は120兆円だが、その間の企業の法人税の減税分は107兆円に上る。消費税は、大手企業の福祉に使われているようなものだ。

 1カロリーの食べ物を生産するのに、10カロリーのエネルギーが必要で、石油を食べているのと同じだ。

 化石燃料に頼る世界を変える必要がある。有機農業への転換を進めるべきだ。

 私の会社では昨年8月に、農業プロジェクトを始めた。農業に興味を持つ社員に対し、農地までの交通費や農機具代を会社が負担する。くわ一本で有機農業に取り組むことを奨励している。現在、京都、大阪、兵庫の3カ所で行っている。(略)

 企業が農業分野に参入しようとして、農地取得の規制撤廃を求めていると聞くが、危ないことだ。農業を守るために許すべきでない。

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見えない相手

■→→→ 新新・花屋な日々20070106img_7612

■→→→ 花の集まるところの一日

■大競争時代。動かずに見ているだけではわからない。市場調査は基本から。「旧商品・新事業へ」→→→イズミヤ総研

■1月7日(日)会津盆地は午後は雨・強風になった。午前に降った雪の半分が雨で消えた。磐越道は猪苗代で通行止め。昭和村は吹雪。

■ホームページからウェブログ、、、、つまり日常を記録する日記形式のブログが浸透してきた。まだ産地でもそうした取り組みをしているところは少ないのですが、後からはじめる人ほど、内容がよくなってきています。20070106img_7602

 1年で見直すか、3ヶ月で見直すか、、、、つまり、定期的に自分たちの表現活動を見直し、取り組みを変える、、、、ことが必要です。

 1年目は書き続け、観察し、記録する訓練の習慣づけです。それが、業務(仕事)に役立つようにステップアップすることが、2年目のブログには必要です。情報交換機能として非公開機能で内部の知識をまとめること、外部に伝えること、個人的なこと、、、、それをうまく考えて試行し、また取り組みを通じていく。実際の自分たち自身の動き、、、、そうしたことが「オフ会」での議論になります。籠太には会津大学由来のコンピュータ工学系のお客様も多くきています、、、、、20070106img_7605

 最終的には「仕事を通じて」社会的な表現をするようになります。批評が必要なことはもちろんですが、やはりそれぞれの現場で何を実現できたか、めざして取り組み・行動をしているか?が問われています。

■20時からNHK教育テレビで、新・日曜美術館では金沢の松田権六の仕事(漆)を取り上げています。「物に学ぶ」という姿勢。

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平和の花

20061216img_5486 東部アフリカで、ソマリアの紛争でケニアに人が移動していた。難民に混じって過激派がいるとして国境封鎖や人道上の問題など、、、大きな問題となっている。ケニアはバラやかすみ草の大産地があり、隣国エチオピアにそれが移転しはじめている。エチオピアはソマリアに支援軍を出している関係から、国際テロ集団の標的になりつつある、、、、、→ソマリア問題

■花の流通の国際化は、平和のうえに成り立っている。その平和が成り立たなくなる、、、、台湾・中国・韓国・北朝鮮・日本の東アジアもきな臭い。かすみ草の苗は、日本国内の過半数以上が中東のイスラエルから空輸されてきている。ここも紛争地帯だ。20061216img_5492

■花には関税がないことから、輸入は日常的に行われているが、昨年11月の会津若松市内で開かれたオランダ花視察報告会では、次のような指摘があった。

①輸入の花に押されて国内の生産者・産地の花が売れない、安い。それに困っている、という質問。

②東京から来た卸にかかわる人からは、「輸入に押されているというのは口実であり、すでに日本国内で産地間競争に負けているのではないか?」20061216img_5558

③産地が行うべきことを適切に行っていない、課題を解決せずに先送りして、それを輸入の花のせいにしているのではないか?という指摘だった。

■卸市場は手数料自由化の問題を抱えている。これは横並びから、独自性を発揮しなさい、ということで、事実上の新しい仕組みを社会に合わせようというもの。その際、消費拡大にどれだけ取り組む卸市場であるか?あるいは社会貢献企業かどうか?が問われる。横並びではない、ということは、自社の独自性と公共性をどのように明示できるか、である。業界団体に消費拡大を求め、自社はなにひとつしないのが、これまでの卸市場、あるいは産地でも同じだった。すべて自らの手で行う、、、、、そうしたことが求められている。20061216img_5604

■国際紛争と平和。花の役割、、、、、輸入を卸市場が行う時代になっている。その際、つまり社会貢献とはフェアトレードやMPSに代表されるような「これまで欧州が先駆的に行ってきた取り組みモデル」だけでなく、日本的な取り組みが求められる。

 中南米の花の生産・流通企業から拠出された資金で運営されているフラワー・フォー・キッズ。日本ではフローレ21がきちんと理路化して多様な「花育(はないく)」プロジェクトを実践・社会化してきている。つまりこうした先駆的取り組みを卸ができるのか?ということが問われている。企業のウェブサイトは、こうした自社のパブリックな、あるいみ公的な取り組みを表現する場として機能する。そしてそれをもとに自社の取引そのものを見直し新しい価値を創るための「種子」とすることが求められる。20061216img_5102

 平和のための輸入事業ということもありうる。相互理解・国際協力のための「花」という位置づけ。

 その場合、日本の生産者(生産地)や農業、山間地や離島での生業である花生産について、「商品(素材)としての花」と、それ以外の価値を含む「花」の新しい取り組みが必要になる。その場合、商品価値が優れていること、品質が上位であることが大前提で、それにどのような社会性・公共性を持たせられるか?というのが、21世紀型の花の生産・流通となる。この場合は大量消費をまかなう大量生産ではないように思われる。

■法政大・小川孔輔先生の見方。市場系列化、生産地の変化。→→→フラワーショップ誌の記事

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■マレーシアのキク栽培。日本産より高い輸入の花が使われる理由は?取引方法か?花のボリュームか?契約のしやすさか?市場外流通か?→→→米村氏12月

■ユーロの上昇。

1999年 130円
2000年 105円
2001年9月11日 90円(最低価格)
2002年 120円
2003年 120円
2004年 140円
2005年 140円
2006年末 157円

■1月7日(日)今日の会津は風雪。強風。

 会津三里町(旧・高田町)で作られた黒米を直売所で買っておいたので、それを少量入れて夕飯を炊いた。

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作りたいモノと売れるモノ

■2007年1月7日(日)雪。

■とあるウェブ・ログの記事にアメリカの量販店のことについて、、、、次のようにあった。

「単に商品を売っているというより、トレンドを作り出している○ーゲットと、後追いで商品をかき集めて安売りしている●ォルマート、という図式でしょう。その分、○ーゲットは食品がダメですね。

 トレンド物、モード物というのは、少々価格が高くてもどうしても欲しい商品なので、単価も値入も高いということです。「どうしても欲しい商品がある店=○ーゲット」、「安いけど欲しいものは無い店=●ォルマート」かと。

■「作りたいものを作る自分と、新しすぎないよう調整するお客様の目で見ている自分。2人の私がいるんです」 →→→ アサヒ・コムの記事 フロントランナー

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2007年1月 6日 (土)

増える輸入の花

■首都圏の中央市場のH市場では、、、、12月のトルコギキョウの輸入は、前年比で740%入荷増だったそうです。→→→ 今日の花業界1月6日20070106dsc02255

そして東海道沿いの生産地のこの人も。→→→ へっぽこ2号 1月6日

共選でも、生産者が販売・営業を行う。 →→→ PCガーベラ販売部会(静岡浜松 JAとぴあ)

信用の作り方 →→→ 板橋・仲卸・クロリス 1月6日

小売りで233万人の来客を、300万人にする2007年→→→青山FM井上社長の年初20070106dsc02261

オランダ発の花のインテリジェンス(情報)→→→タガモ日記

むし師も映画化へ。サムライジャイアンツって何?→→→ マツヤマ師

■今日、購入してきたもので、ご飯を炊いて食べました。

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七日町通り・くじらや

■2007年1月6日(土)。雨。20070106dsc02253

 毎日が行事です→→→大内宿の日々

■今日の夕方、会津若松市内に行く。9日(火)の19時からのオフ会(村山・菅家・湯田・室井・M氏)の予約のために籠太をたずねる。約10名?で仮予約。

 10日(水)の18時もK沼君と会うことになっているのでそれも予約する。

■会津若松市内の七日町通りを雨傘をさして長靴をはいて歩き、常光寺近くの「くじらや・藤崎商店」(〒965-0044七日町6-3)を訪ねる。トチモチ(栃餅)を売っているところ。

 店内では昭和村産のジュウネン(エゴマ)や矢の原の新そば粉なども売っていた。ここの名物は手造りの「ニシン山椒漬け」。お店のおかみさんに、少し話を聞きました。20070106img_7637

 十日市には栃餅を売るそうで、今日は無くなっている、ということでした。そして、誰が栃餅を買っているのですか?とたずねたところ、観光客と地域の人々で、とても栃餅が好きな人がいるとのことでした。

 十日市にまた訪ねることを約束してお店を出ました。

 南会津町田島産の「ささつと豆腐」も売っていて、これはJR新幹線の機内誌にも紹介されたことがある、ということでした。さすがだと思ったのは、郷土料理や売っている商品が取り上げられた新聞記事(郷土食品)や、トチの実をきちんと店内に置いていることでした。20070106img_7646

 このお店は、1月3日に南会津町田島・長野の清子さんから教わった栃餅を売っているところ、です。

 くじらや、の屋号は、昔から塩鯨を売っているからのようです。そして、できるだけ会津でとれた、地のものを売っていきたい、と話していました。

■籠太では、県内O村産のサルナシ・ジュースをメニューに加えています。この村の人が先日ラジオ出演したのですが、サルナシの実についてアナウンサーに聞かれて、、、表現に困っていました。木の実そのものを持っていくか、実の写真が必要でした、、、、

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■1月11日(木)13時~16時 南会津田島・御蔵入交流館
「第3回 南会津地方 農業・農村パートナーシップ推進大会」
基調講演「農業の魅力と女性の役割」(佐藤弘子氏(前・福島県流通消費グループ参事)
事例発表「我が家の農業経営と私の役割」
①三瓶やえ氏(只見・有限会社さんべ農園・水稲、トマト)
②室井京子氏(下郷・水稲、葉タバコ、農家レストラン)
③酒井澄子氏(南郷・指導農業士・トマト)
④室井裕子氏(田島・水稲、花、大豆)

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生産者の課題と卸

特色のある生産者の未来は暗くない。問題は共選共販の産地で、輸入花が最大の敵となります。片方で価格競争をしながら、比較競争もしていかなければなりません。識者の今年の見方、、、、小川先生のコラム→→→ 1月5日

 →→→ オーガニック市場

→→→ 和歌山のかすみ草生産、、、、

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山の自然の実と、もち米

■ブナ林の沢筋にトチ(栃)は生える。それを守ることでトチの実を秋にひろうことができる。勝手に拾うことをせず、解禁日を「やまのくち」という。秋の彼岸後がたいがい会津の各集落は「山の口」開けとなり、トチ拾いに山に入る。飢饉のときに命を支えたのがトチの実だった。何年も天井裏に、稲わらで作った袋、、、カマスに入れて保管していた。いろり(ゆるい)から出る煙がそれを守っていた。 20050617tx_1

 トチの実はアクが多く苦い。それをアク抜きするには、木灰(あく)が必要。特に広葉樹の灰でないとだめだ。最上はナラ(楢)の樹の灰だ。その灰を作る装置が、天井のトチの実を守っている、、、、家の中にあるいろり(囲炉裏)にたまる灰。

 この灰が、トチの実のアク抜き、、、、あるいは春の山菜のワラビなど、、、アク抜きに使う貴重な素材。

 狭い水田でもち米を作る。そのもち米にトチの実を合わせ、ついたものが、トチモチ(トチ餅)。切り餅(角餅)として、一度軽くいろりの火であぶっておけば、一日はそのままトチ(阻害剤)が入っているため硬化せずに、山の仕事や猟で食べることができる。苦味は重要なものだ。20060829img_8207_1

 沢筋に生えるトチの樹を残した場所は、栃窪(とちくぼ)という地名がついており、集落でそれを管理、、、、つまりヤマノクチで拾うことが可能な日を決めて管理していた。トチの樹を残すことが、つまり山の森を守ることで、その沢の水を守ることだった。

 その沢の水を引いて、水田を開いた。そこにモチ米を作る。

 山の精であるトチの実と、人間の汗、労働の末に出来たモチ米を合わせるのが、トチモチなのだ。ヒトの命をつないだ実で歴史がある。歴史を食べる、山の精を食べる、生きる仕組みを食べる、、、、それがトチモチだ。生きることは苦(にが)いことだ。その苦味と茶色、、、、トチの実の色は土の色をしている。原始に戻る味。20060829img_8214

 正月に南会津のモチ作りの聞き書きをした。一人の女性が、1000kgのトチの実を、、、モチに加工していた、、、、

 このほかに、春の野のヨモギを摘んで、つきこめば「草餅」、色は緑色、野の香りがする。

 田のあぜに植えた大豆、、、、をつきこめば、「豆餅」(まめもち)。

 神への供えは白い餅だ。

 モチ米を少なく、トチの実などで増量することが最初の目的だった。モチ米を減らさない工夫だ。増量剤としてトチを入れ、それを食べる。トチそのものは縄文時代から食べられている。

 増量して、米を減らさない工夫が、ダイコン葉を入れたカテメシ、、、いろいろとある。

 こうした「米かぼい」、、、米をかばう、、、、米を節約するのが山村の食のあり方だった。

 少しいただく、、、、おなかいっぱい食べない、、、、それがこうした野の食のあり方。だから「ごちそう」になる。おなかいっぱい食べることができなかった時代が長かったからだ。健康のために食べていたのではない。結果として小食が健康・長寿につながっていた。

  →→→トチモチ作り(12月23日、土っ子田島味噌通信)

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■見知らぬ旅人の日記から →→→くじらや 七日町通り藤崎商店の回想

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南会津郡下郷町・大内宿

カネトウさんの →→→ レポート①20070104img_7476

          →→→ レポート②

室井君の →→→ レポート

元祖:江美さんのレポート →→→ 土っ子田島味噌通信

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■1月10日は午前10時から、会津若松市内は十日市。通行止めにして街路に露店が並びます。「おきあがり・こぼうし」を買う日です。会津地区地元の人が10万人集まります。家族の人数+1個の「こぼうし」を買うので、10万個以上は売れる勘定です。→→→ 十日市Img_8519

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いいたて村:あぐり

■日本農業新聞2007年(平成19年)1月4日、東北欄(9面)。7段記事・写真。

地域の活力

わたしが1番②

喫茶店・村外からも来客殺到

市澤美由紀さん(福島・飯舘村)

「もう1軒出したい」

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■喫茶店の名前は「あぐり」。アグリカルチャーのこと。なかよしバンドは2回ほど、ここでライブをやっている。→→→あぐり・コーヒー

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2007年1月 5日 (金)

同じ重さ

■ つがいのペンギンが海から帰ってきたのを、

 崖の上から静かに見ていると、

 彼らの幸せを祈らずには いられない気持ちになる。

 今ここにいる動物は、私たちだけ。

 私の生活と同じように、この海岸には彼らの生活がある。

 それは、地球上で 同じ重さをもつものだ。

たった一度だけお会いしたことがあるペンギン研究の故・青柳昌宏さん。著作集にある言葉。

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売る楽しさ、難しさ

■ナガオカケンメイの仕事。地場産業活性に不可欠なのは、「誰かが愛して展開している売り場」があることと、「売れるものを考えられる人」と、「その地域ブランドを面白いと思う地元の製造人」だ。→→→立派でない集まり方1月4日20061104dsc00467

■軽トラ日記は、秀逸な提案が多い →→→ 製造メーカーになる

■フツーの花の、新しい売り方、、、、→→→大田・磯村社長コラム1月3日

■12月31日の日記に注目、、、 →→→ 板橋・花の仲卸・クロリスの日記

■ ジェルマガ、つぶやき →→→ バックナンバー

■カフェ&バール エスプレッサメンテ →→→ 青山FMは日本橋店はカフェと同居 

■オーガニックなアメリカのホールフーズ →→→ リテイルウェブ

■産地で加工して販売する、、、場合は、定価販売です。これはカラーリング(染め)などが、それに該当します。セリではない販路、仲卸店や小売店・量販店とのコントラクト(契約)、、、、それの体験が主たる目的です。品質への責任、納品への責任も発生します。売り抜け、売り切りではない産地対応が、大切になってきます。定価販売には、相対・予約相対、、、、2日前販売まで入るのです。価格はある程度の幅をもったとしても、価格が持つ意味は大きく変わってきています。染めてセリに出す、、、、のではなく、染め見本を提供し、試用していただいて細い糸をまず結ぶことが大切です。 

 誰に何を納品し続けるのか?あるいは誰が何を必要としているのか?を知った上で、自分ができること、サービスを考えます。その客先ごとの「仕様書」が財産になります。そうするとセリの持つ意味が見えてきます。新しい顧客の獲得とか、あるいは在庫処分とか、、、、意味が多様になります。卸市場の持つ意味もわかってきます。

■地域で、ソバを売る、、、、、、①自分で栽培したソバを製粉して、自分で打って、ゆでて提供する。②地域で栽培されたソバを原料として、自分で打って、ゆでて提供する。③地域で栽培されたソバを、製麺したソバとして購入して、提供する。④原料入手地は多様で、それを手打ちで出す。⑤製麺されたソバを出す。

 いくつかの手法があります。加工という場合は、その価値と規模、、、、により、あるいは立地により、異なるものです。

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写真はフランスのリール市のGMSにある日本のアニメショップのショーケース。

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2007年1月 4日 (木)

暮らしを支えるもの

■大内宿の吉村徳男(のりお)さん、、、、のお話を聞いていて、、、、20070104dsc02206

①正月の行事を優先させるから、正月は仕事(そば処)は休む。

②村が成り立つのは、地域行事など「めんどうくせことをやってっから」、その場所に村人が集まって話をして、、、地域が残されていく。「めんどうくさいことが、地域を作っていく」という。

③昔は経済的にも、精神的にも豊かだったと感じる。いまは「気持ちが貧乏してる」。気持ちとは「心」「精神」

④45歳の時に、それまで長くの勤めをやめて「屋根葺き職人(茅出)」になって、約10年になる。右手の中指と薬指の第2関節は、その屋根葺きのタコが出来ている。20070104img_7510

⑤「こめや」は、葉タバコ栽培やダイコンなどを作っていて、その後リンドウやスターチスを栽培した。観光化されて、そば屋になり、約10年。

 ※大内集落(宿場)を自ら維持、継続すること自体、、、とても労の多いこと。そのなかで、長期的展望を持って、日々の仕事や地域行事、つきあい、、、、を継続しているところをの「今の姿から学ぶ」、、、、それが会津学、、、、会津の今に学ぶことです。

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すべり止め

20070104img_7532 ■2007年1月4日(木)曇り。朝8時、、、、、南会津町田島、田部の湯田君宅から連絡があり、9時30分に下郷町湯の上温泉駅付近集合で、大内宿に行くことになった。昨夜、金藤さんが湯田君宅に来て、室井崇君と懇談したそうだった。

 朝9時30分に集合場所で湯田君の車に乗り込んで、大内宿に向かった。

 集落街路(江戸時代のままの宿場街)、高倉神社、小学校(分校)、正法寺・子安観音堂(集落が見渡せる場所)、こめやさん宅に吉村さんをたずねてお話を聞いてから、帰路に。 20070104img_7585

 道路が踏み跡で氷のように滑るので、荒縄を長靴に巻いて歩くと滑らない、、、、、金藤さん用のすべり止め荒縄は、、、、湯田君が朝に手よりしたもの。大内宿の駐車場にはその荒縄の縄切れが入った2個の段ボールがあり、、、、、それは吉村さんが2日の朝に準備して、ご自身が長靴の絵を描いた、そうだ。

 湯田さんが味噌を納めているのが下郷町大内宿のこめや、さん。いろいろとお世話になりました。江美さんが吉村さんから聞いたお話を報告してくれる、、、、と思います。湯田君夫妻も戸主としてお正月はいろいろな行事や人の往来が多く、たいへんだったと思います。お疲れ様でした。

→→→土っ子田島味噌通信(湯田江美さん)

→→→大内宿の日々(吉村さん)

→→→デフィール・スタイレン(金藤さん)

■5日(金)午前、、、、月例外部監査を受ける(12月分・昭和花き研究会)。

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BBE26号

20070103dsc02200■オランダの花の雑誌(隔週)BBE誌26号(2006年12月28日)はレイアウトが変わった。表紙の人が持っているお盆のような花器には赤の染め?かすみ草?。

 花付きからみると、エクアドル産のエスメラルダ・ファームのダブルタイム等、、、通常より枝数が倍以上ついているミリオンスター状の花、、、、オランダでのトレンド。

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卸の仕事

■1月4日(木)。

■オランダの花き業界は、、、、→→→オランダ情報拾い読み

   花き商物分離直接流通システム実証試験見 →→→ FAJ

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2007年1月 3日 (水)

営業改革のビジョン

20070103img_7425 ■2007年1月3日(水)曇。今日は、聞き取り調査のため南会津町田島に行く。フローレ21のメールマガジンが朝届いていた(PCでは2日発行)。マツヤマさんは発熱してダウンしていたようだ。フロレッタちゃん818号は、1月1日の日本農業新聞の卸市場手数料自由化の記事に注目せよ、、、、とあった。まだ読んでいなかった、、、、、

■神戸大教授の高嶋克義著『営業改革のビジョン』(光文社新書、2005年)

 重要な顧客を選別し、その顧客の問題解決を提案する営業体制に転換する、、、、とした場合、顧客の店頭から収集すべき項目を決め、データを分析することで、店舗ごとの問題を明らかにしていく。そして、顧客が問題を自覚しなくとも「こうすれば、これだけ売れる」という仮設を立てて、顧客に提案し、それを実施する過程でもデータをとり、それに基づき、提案内容を修正して、洗練化させていく。20070103img_7419

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■失敗学の畑村洋太郎著『変わる思考術』(PHP、2004年)。

 いまの自分に解決できない問題で悩むのは人生の無駄遣い(222ページ)。

 新たなことに挑戦するのが、自分の利益になるのは、人からいわれなくても誰もが理屈では理解しています。それなのに結果を恐れて、つい避けるように行動してしまうのが失敗なのです(226ページ)。

 本書の冒頭は次のようにはじまる。20070103img_7424

 技術が進歩することでものが安くなるのは、それ自身はたいへんいいことです。それなのについ「高くなければいけない」「インフレでなければ困る」と見てしまうのは、その人がものをつくったり販売する側の立場でしか物事を考えていないからなのでしょう。

 (略)日本のあらゆる産業で起こっている技術の進歩によって、ものの価格が市場が求めている下落の方向に向かっているという構図が背景にあることを意味しています。

 (略)日本がいま大きな転換期を迎えていることはまちがいありません。それは産業が成熟していく過程で起こる必然なのですが、そのことで従来のやり方が通じなくなっているのもまた事実です。

 私たちはこれまで、成功の定式のようなものをなぞることで結果を出してきました。それが大きな変化の時代を迎え、これに頼っても一向に消費は増えないし業績は上がらないという事態に陥っているのがいまの時代なのです。20070103img_7435

 (略)なにもかも状況はかつてと大きく変わっているのですから、それに合わせてやり方を変えなければならないのは当然です。

 だいたい自分自身は変わることを拒否していても、まわりの状況はおかまいなしに変化していきます。その結果、変われない人のまわりでは「自分の居場所がなくなる」ということが起こっています。(略)

 状況が変わっているのに、それに合わないやり方をいくら続けたところで、これから先も成果が上がらないことは目に見えています。(略)

 いまやるべきなのは、次に動いていく方向を検討し、それを実現するためになにが必要かを考え、それを確実に実行することです。20070103img_7438

 

 データは問題を見えるようにするための道具である。この場合のデータとは、個々の営業担当者の売上データとは違う意味を持っている。(略)考えるためのデータは、評価や管理のために用いられるのではない。コックピットの計器が示すデータのように、状態を知らせ、行動を修正するためのものである。

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2007年1月 2日 (火)

農産三階建流通

→→→農産物の三階建流通

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大麦の粒

■新聞を読んでいると、、、、、

2006年12月31日の福島民友3面に、約50年前に出土した縄文時代晩期から弥生時代前期にかけた土器片から、大麦の粒が発見された、と記事があった。

国内で5例目 大麦の粒出土
上野尻遺跡(西会津)

1956年(昭和31年)七月に実施した発掘調査の際に出土した土器(深鉢)の底に近い部分に炭化した大麦の粒が発見された。当時は麦の付着は確認されておらず、今回の福島県立博物館の再整理の結果でわかった。東日本では、青森県での出土に続き2例目。

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歳徳神と加齢

■12月28日が家の座敷、、、、通称はオメイと呼ぶ和室にある神棚、仏間を正月の準備をする。これ以外に小さな戸棚の中に大黒様が居たり、、、、家々の神々に松+幣束(紙)とモチを飾る。20061231img_6812

 12月29日に下郷町大内をたずねた時、「こめや」の吉村徳男さんは27日から準備をして丸二日かけて、丸餅の32重ねのモチを準備したそうだ。

 私のところの大岐は、切り餅の長方形の二重ねの上に丸いモチを重ね3段にする。

 下郷町大内でも歳徳神(としとくじん)は、掛け軸とその前に仮設の棚を吊して飾る。

 私の大岐でも歳徳神は、仮設の棚を吊すのだが、、、、今年は違った。

 夏の間、父母の体調がわるく、すでに70歳半ばになっていることと、父は12月になってから腰を痛めていた。少し体調が良くなり、松飾りは父の仕事で、見ていたら、今年は歳徳神は奥座敷の床の間、、、、いつも天神様がいるところ、、、つまり低いところに祀ってあった。

 12月31日に、母から電話があった。「今年は年取り(12月31日の夕食)には来ないのか?」というものだった。友人の告別式が終わり、葬祭場の駐車場で出庫待ちの時だった。31日はその後、昭和村に向かって自動車を走らせて、父母と年越しした。20061231img_6755

 明けて、2007年1月1日の夕食も大岐で父母と一緒に食べた。

 私は晦日の葬儀で「火をくっている」ので、1月1日の集落大岐での朝10時からの地区新年会は欠席した。火をくっているというのは葬儀に出た、、、あるいは親族の不幸等が合った場合のことをさす。

 1月1日の夕食後に父に聞いてみた。

 「歳徳さま」は棚を吊すが、縄をなうのがたいへんなのと、お膳の上げ下げが高くて、踏み台に上がってやることがたいへんになった(母のこと)から、座敷に作った。ほんとうのやりかたではない、、、、」ということだった。20061231img_6768

 お膳の上げ下げは正月の仕事だし、毎夜夕食前には灯明(ろうそく)をつけて、それぞれの神様ごとに柏手をうち祈る。神様のお膳を毎日作るのもたいへんになってきている。

 我が家は雇用労力をいれないで、父母と私で農業(かすみ草栽培)を営んでいる。労力の減から、2007年は、かすみ草は3割作付を減らすことにしている。それでも耕地面積は1ha弱、、、ハウス面積で7200平方メートル(2100坪)の露地ハウス(開花時のみ雨除け)計52棟ある。今年からは、畑に張り付いて仕事をする年になる。

 ↓神様にあげるお膳(写真) 毎日、作法通り、メニューは異なる。これをふたつ、その他がある。

  写真は昭和村大岐(我が家)で、歳徳神に12月31日にあげた膳で、塩引き(鮭)の胸びれがふたつ付いた切り身。黒い漆器椀には白飯。吸い物椀には豆腐・ほたて・舞茸。お平(たいらな椀)には煮物のゴボウ・里芋・昆布〆・身欠きニシン・面取りダイコン半裁。載せる角の膳も大きさ・高さがいちばん大きなもの。それ以外の神様は膳の高さが低くなる。塗り箸は飯側、向こうにある。

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湯川洋司の山村会津

■湯川洋司氏の2冊の著作を読んだ。20070101img_7007

『変容する山村~民俗再考~』(日本エディタースクール出版部、1991年、328ページ)

『山の民俗誌』(歴史文化ライブラリー、吉川弘文館、1997年、204ページ)

 著者は1952年神奈川県生まれ。山口大教授(民俗学)。会津山村部、九州(五木や椎葉)、山口の聞き取り調査をしている。前著が論文集で、後著は一般向けの書籍で、その前著の主人公たる人を主題として書いている。20070101img_7085

 会津には昭和48年(1973年)、20歳の大学生のときから通いはじめ、伊南村小塩、只見町布沢、昭和村大芦、下郷町白岩、熱塩加納村板の沢などを調査している。山の神とチヂン様(地神様)について論考している。水田より畑作地(常畑)が多く、それにカノとよばれる焼畑を加えると、焼畑・畑作地帯である、、、、1年を夏と冬の2期に分けた生業をしていて、冬の山仕事・狩猟は山の神様、夏の畑作は地神様となっている。20070101img_7050

 前著321ページでは、村の自律性を損なわずに村の外の世界と連帯していく(略)経済的な自立が重要であることは明らかだが、それよりも先祖を含めて自分たちが続けてきた山の暮らしの本質(合理性)をよく理解し、それにゆるぎない自信と誇りを持って、、、

 合理性とは自然に適応しながら再生産可能な資源の循環的利用が見られること、無駄のない生活が展開しており、したがって、地球環境への配慮なくしては明日が保障されなくなった今日にあっては、むしろ最先端をいくべきライフスタイルのふとつにあげられてよい。20070101img_7046

 著者あとがきに、目先のアイディアを競うことよりも、自らのふるさと像を客観的・多角的に伝え将来を考える新しいタイプの郷土教育を創造し、義務教育や社会教育の場に定着させることが、今後は重要になる、、、、(略)私の民俗学の出発点となった会津のムラで語りを聞いた一人一人から負わされた宿題のように感じている。

 後著61ページには「冬の有用性」が述べられている。

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大内の高倉神社

■2007年1月2日(火)。曇り。

■2006年1月1日(月)。晴れ。南会津郡下郷町大内。20070101img_7265

 午後の大内宿の観光客用の駐車場は、大型観光バス3台、乗用車が50台ちかく停まっており、多くの人が50cmほどの雪に覆われた宿場街路に歩いて向かっている。集落中央の道路は踏み固められた雪が氷床となりテカテカに光ってすべる。みやげ物を軒先で売る場所のほとんどは正月休みであったが、5軒ほどが営業をしていた。29日に訪問した「こめや」さんは「準備中」の看板を出していた。

 高倉神社に向かう。集落の西方高台までは水田のなかの道を歩く。独立した小丘陵に杉が植えられ(最古のものは樹齢800年)そのなかを用水路が左手から右手にまわされ、その水路が小学校の裏から正法時の前から集落街路の用水として流されている。20070101img_7295

 山ノ神の石祠と、不動明王があり、さらに鳥居をくぐると本殿とその左に木造の1座、杉のたもとに小石祠がひとつ。右手後方には2座と、1石塔がある。

 12月31日に地域の子どもたちが12月31日に初詣のための参詣路の雪踏をしたあとに写真を撮影した場所は本殿の左側の広場、ということがわかった。

 集落の各戸の松飾と、小祠の飾りなど、山岳の風景とともに撮影した。3時間弱、一人で地域の周囲の環境を見るために歩いた。20070101img_7273 はるか離れた待避所に自動車を停めていたが、帰り際の夕方にまた新しい大型観光バスが一台大内宿に向かっていった。関東地方のナンバーと、福島県内のナンバーが多かった。当然のことだが、高倉神社には地域の人しか参詣せず、街路を歩いて写真を撮り、みやげ物を買って帰る、、、雪の無い地域からのお客は雪に触れるのが、、、多い。

 大内から沼山、中山(昔は桜山・中倉)、戸石川を木地小屋から船鼻峠(トンネル、1992年)を経て昭和村両原、喰丸峠から小野川、大岐に。すれ違った自動車は1台だった。

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→→→こめや(記事)

→→→大内宿の記事(元気山形)

→→→まちづくり紀行(愛知)

→→→民家・まちなみ

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2007年1月 1日 (月)

紅白とふるさとの家族

■2007年1月1日(月)晴れ。20061231img_6784

■2006年12月31日(日)のNHKテレビは19時なかばから約4時間、紅組(女性)と白組(男性)に分かれて、交互に歌唱し、その最後に勝敗を決める、という紅白歌合戦という番組を家族で鑑賞して年を閉じるのが第2次大戦後の日本人の民俗行事になっている。同じ31日の少し時間前にはレコード大賞なる番組も民間テレビ局で行われていたが、今年はそちらのほうが、30日に引越た。NHKの紅白歌合戦には敵なしなのだが、K1格闘技や政治家が出ての討論番組などが同時間枠で行われた。20061231img_6787

 NHKは相撲中継を独占しており、その力士については必ず出身地を文字でテレビ画像内に示す。たとえば福島県内の18時台放映のNHK福島放送局のローカル・ニュース枠では、からなず「郷土出身力士の結果(星取り表)」が幕下であっても放映される。栃東などは、福島県ゆかりの人、、、ということでその取り組み結果も放送される。

 紅白歌合戦を見ると、歌手名と紅白歌合戦への出演回数と<出身場所>が都道府県名で示される。時にふるさとからの中継があったりする。たとえばオレンジレンジは出身県の沖縄で歌った。20061231img_6786 紅白そのものが生まれ地域や育ったゆかりの地域を背負って歌手が東京で芸能活動をしている、、、、ことを想像させる仕組みになっている。「紅白歌合戦に出演すること」が、つまり故郷や関係者に恩を返すことであり、たぶんアイデンティティを確認することになる。

 2006年は、インターネット(電話回線)を通じて、デジタル音源をダウンロードする、、、、つまり好きな曲はダウンロードしてパーソナルメディアに収録して、繰り返し聞く、、、というスタイルが定着した。その普及はパソコンのほかに、アイポッドに象徴されるデジタルな小さなプレーヤーの存在、普及に拠っている。シングルCDのヒットが出にくくなった理由と、ベスト版が多く出され、それは売れる背景には、曲はダウンロードして聴くが、ヒット曲(つまりシングル・ベスト)を集めたCDはそのものを購入する、、、、という使い分けになっている。20061231img_6788

 そしてカラオケの流行から、、、、、たとえば今回の紅白歌合戦では布施明がジョン・レノンのイマジンを歌った。これはステージ後方の大画面に、英語歌詞が、カラオケと同じように流された。

 福島県から2人のメンバーが参加している初出演のバンド「アクアタイムズ」は緊張していた。デビューしたてでアニメ・ブレイブストーリーの主題歌にもなった曲を提供して、すぐの紅白歌合戦の出演なので、そう思う。福島県内の新聞には、そのバンドの親など2家族がインタビューされてカラー写真付きで新聞で報じられていた。20061231img_6813 「決意の朝に」

 今回、スガシカオはプログレスを歌い出演した。NHKのプロフェッショナルという番組の主題歌だからだ。彼も歌詞の一部を間違えた。歌詞がテレビの画面下に標記されるので、、、わかってしまう。

 細川たかし、は、歌唱中に歌詞を忘れ、歌いながら「歌詞を忘れました、ごめんなさい」という、、、、やり直しのきかない生出演、、、、であった。でも、笑った人は少ないだろう。 20061231img_6807

 ステージを飛行したアーティスト(DJオズマ)もいたが、このときたくさんのバックダンサーがボディスーツを着て踊っていたのだが、そのダンサーは裸に見えた視聴者からNHKに抗議の電話が殺到し、幕間で、アナウンサーが裸ではなくボディスーツを着ています、と説明した。

 20年の芸能活動(歌手)として、今井美樹は布袋とともに出演し、これまで支えてくれた人々への感謝を述べ、その結果、今日の出演があることを話し「プライド」を歌っていた。昨年か1昨年かは渡辺美里がそうだった。20061231img_6737

 同じデビュー20年ではじめて紅白歌合戦に出演した徳永英明は、やはり歌い終わる後半には目に涙があった。「壊れかけのレイディオ」

 年を越して、たぶん多くの人がCDショップで求めるのは、初出場・徳島県出身のアンジェラ・アキのホーム(HOME)だろう。曲を歌う前のお話し、、、父の生まれた徳島の山のなかでおばあちゃんに育てられたふるさとの話、、、、が、今回の出演者のなかでは、いちばん優れた中味だったからだ。普段着のシャツ1枚で着飾ることもなく、ピアノを弾いて歌う、、、、彼女もメガネの奥には目に涙があった。紅白で歌手そのものをはじめて知る、、、、という人も多いからだ。20061231img_6730

 会場の最前列には著名人が10人、審査員として座る。時に、ステージ上に出る。やはり、リリー・フランキーが光っていた。彼も涙目であり、話をしながら、 鼻頭を指で何度も触っていた、、、、、、「こうして紅白を見てみると、母親がひとりこたつでテレビで紅白を見ていた姿を思い出す。あのとき、いっしょに話を聞いてやればよかったと、いま思った」。彼はスーツの中は、赤いシャツに白いネクタイと、この場を意識した洋装で出演していたが、彼の言葉は、これまでの審査員の言葉とは全く異質なものであった。

 僕は出演する側に立って紅白をいつも見ている。印象に残ったものを考えると、今年は「ホーム(家庭・ふるさと)」が主題になる年になると思う。人間は生まれる場所・家庭を選ぶことはできないけれど、還る場所は選び取ることができるからだ。「往還の道」

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