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2007年1月 1日 (月)

紅白とふるさとの家族

■2007年1月1日(月)晴れ。20061231img_6784

■2006年12月31日(日)のNHKテレビは19時なかばから約4時間、紅組(女性)と白組(男性)に分かれて、交互に歌唱し、その最後に勝敗を決める、という紅白歌合戦という番組を家族で鑑賞して年を閉じるのが第2次大戦後の日本人の民俗行事になっている。同じ31日の少し時間前にはレコード大賞なる番組も民間テレビ局で行われていたが、今年はそちらのほうが、30日に引越た。NHKの紅白歌合戦には敵なしなのだが、K1格闘技や政治家が出ての討論番組などが同時間枠で行われた。20061231img_6787

 NHKは相撲中継を独占しており、その力士については必ず出身地を文字でテレビ画像内に示す。たとえば福島県内の18時台放映のNHK福島放送局のローカル・ニュース枠では、からなず「郷土出身力士の結果(星取り表)」が幕下であっても放映される。栃東などは、福島県ゆかりの人、、、ということでその取り組み結果も放送される。

 紅白歌合戦を見ると、歌手名と紅白歌合戦への出演回数と<出身場所>が都道府県名で示される。時にふるさとからの中継があったりする。たとえばオレンジレンジは出身県の沖縄で歌った。20061231img_6786 紅白そのものが生まれ地域や育ったゆかりの地域を背負って歌手が東京で芸能活動をしている、、、、ことを想像させる仕組みになっている。「紅白歌合戦に出演すること」が、つまり故郷や関係者に恩を返すことであり、たぶんアイデンティティを確認することになる。

 2006年は、インターネット(電話回線)を通じて、デジタル音源をダウンロードする、、、、つまり好きな曲はダウンロードしてパーソナルメディアに収録して、繰り返し聞く、、、というスタイルが定着した。その普及はパソコンのほかに、アイポッドに象徴されるデジタルな小さなプレーヤーの存在、普及に拠っている。シングルCDのヒットが出にくくなった理由と、ベスト版が多く出され、それは売れる背景には、曲はダウンロードして聴くが、ヒット曲(つまりシングル・ベスト)を集めたCDはそのものを購入する、、、、という使い分けになっている。20061231img_6788

 そしてカラオケの流行から、、、、、たとえば今回の紅白歌合戦では布施明がジョン・レノンのイマジンを歌った。これはステージ後方の大画面に、英語歌詞が、カラオケと同じように流された。

 福島県から2人のメンバーが参加している初出演のバンド「アクアタイムズ」は緊張していた。デビューしたてでアニメ・ブレイブストーリーの主題歌にもなった曲を提供して、すぐの紅白歌合戦の出演なので、そう思う。福島県内の新聞には、そのバンドの親など2家族がインタビューされてカラー写真付きで新聞で報じられていた。20061231img_6813 「決意の朝に」

 今回、スガシカオはプログレスを歌い出演した。NHKのプロフェッショナルという番組の主題歌だからだ。彼も歌詞の一部を間違えた。歌詞がテレビの画面下に標記されるので、、、わかってしまう。

 細川たかし、は、歌唱中に歌詞を忘れ、歌いながら「歌詞を忘れました、ごめんなさい」という、、、、やり直しのきかない生出演、、、、であった。でも、笑った人は少ないだろう。 20061231img_6807

 ステージを飛行したアーティスト(DJオズマ)もいたが、このときたくさんのバックダンサーがボディスーツを着て踊っていたのだが、そのダンサーは裸に見えた視聴者からNHKに抗議の電話が殺到し、幕間で、アナウンサーが裸ではなくボディスーツを着ています、と説明した。

 20年の芸能活動(歌手)として、今井美樹は布袋とともに出演し、これまで支えてくれた人々への感謝を述べ、その結果、今日の出演があることを話し「プライド」を歌っていた。昨年か1昨年かは渡辺美里がそうだった。20061231img_6737

 同じデビュー20年ではじめて紅白歌合戦に出演した徳永英明は、やはり歌い終わる後半には目に涙があった。「壊れかけのレイディオ」

 年を越して、たぶん多くの人がCDショップで求めるのは、初出場・徳島県出身のアンジェラ・アキのホーム(HOME)だろう。曲を歌う前のお話し、、、父の生まれた徳島の山のなかでおばあちゃんに育てられたふるさとの話、、、、が、今回の出演者のなかでは、いちばん優れた中味だったからだ。普段着のシャツ1枚で着飾ることもなく、ピアノを弾いて歌う、、、、彼女もメガネの奥には目に涙があった。紅白で歌手そのものをはじめて知る、、、、という人も多いからだ。20061231img_6730

 会場の最前列には著名人が10人、審査員として座る。時に、ステージ上に出る。やはり、リリー・フランキーが光っていた。彼も涙目であり、話をしながら、 鼻頭を指で何度も触っていた、、、、、、「こうして紅白を見てみると、母親がひとりこたつでテレビで紅白を見ていた姿を思い出す。あのとき、いっしょに話を聞いてやればよかったと、いま思った」。彼はスーツの中は、赤いシャツに白いネクタイと、この場を意識した洋装で出演していたが、彼の言葉は、これまでの審査員の言葉とは全く異質なものであった。

 僕は出演する側に立って紅白をいつも見ている。印象に残ったものを考えると、今年は「ホーム(家庭・ふるさと)」が主題になる年になると思う。人間は生まれる場所・家庭を選ぶことはできないけれど、還る場所は選び取ることができるからだ。「往還の道」

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