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2007年1月13日 (土)

山の仕事、山の暮らし

高桑信一著『山の仕事、山の暮らし』(つり人社、2002年、2400円)は、19人の聞き書き集で446ページ、写真、文章の本。1993年から2002年の『渓流』に連載されたもの。

 会津の人が7人登場する。そのなかで、いちばん若い人として、南郷の月田礼次郎さんを紹介している。「森のひとの、夢を育むヒメサユリの花」

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■内山節『里という思想』(新潮選書:新潮社、2005年、1100円)20070110img_7879

 32ページ。
 村人は自然に対してだけではなく、農についての深い思想や、村とは何かという思想を持っているのに、それらを何らかのかたちで表現することも、また ないのである。
 とすると、村人たちは、どんな方法で自分たちの思想を表現しているのであろうか。私はそれは、<作法>をとおしてではないかという気がする。

 たとえば村人は山菜採りや茸(きのこ)狩りに森に入る。そのときは、採り方の作法がある。その作法のなかに、村人の自然に対する考え方が表現されている。それは木を伐るときでも、炭を焼くときでも同じであって、いまでも村人は、小正月にマユ玉を飾るための木としてヌルデの木を伐るが、他に利用できないこの木を使うことによって、森に対する負担を少なくするのだと村人は言う。20070112img_8296

 そんなふうに、村には、川での作法、魚を捕るときの作法、畑づくりのときのさまざまな作法、村人同士の作法などがあって、それらが村に暮らす者の思想を表現しつづけているのである。

■会津での小正月のだんごさし、行事に使うものは赤い樹皮の「ミズキ」。団子刺しの木、、、ミズノキと呼ぶことが多い。

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■山田登世子『ブランドの条件』(岩波新書、2006年、700円)。Img_8694

 最終章は、「変わること」と「変わらないこと」。ブランドイメージを保ち続けるためには、同じ場所に留まっていてはだめ、、、、「永遠」であるためには変わらなくてはならない。

 何も変わらないためには、すべてが変わらなければならない。

■内山節・前著137ページ。
 20世紀は、働くこと自体の意味を問うのではなく、労働の結果を享受することで満足する時代を、つくりだそうとしたといってよい。Img_4132

 19世紀の労働者は(略)働けば働くほど技が身についていくような労働。確かな物づくりができる労働。その物づくりをとおして、自分の労働に誇りがもてる働き方。社会にとって有用なものを生産しているという自信。支え合う職人同士の仲間の世界。そのような労働こそが、当時の労働者にとっての、人間的な労働だった。

 20世紀の技術は、生産のための技術であっても、労働を豊かにしていく技術ではなかった。(略)労働のなかでも、生活においても、私たちは代替可能な人間になっている、という現実である。Img_4130

 労働自体は、はるかに味気なく、疲れるばかりのものになっていった。かつては、労働のなかに、楽しみや喜びもあり、有益なものをつくっているという満足感もあったのに、いまでは労働は、生活や、「出世」のための手段になってしまっている。

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 素晴らしき未来を提示し、その実現にむけて努力していくのが人間の使命であり、歴史のなかの人間の生き方だと考える精神の習慣が、はたして信頼に足るものかどうImg_4246か、(略)近代的な市民社会の形成が、孤立した不安な個人をつくりだしていったのではなかったか。人間的な自由の確立が、エゴイスティックな個人をつくりだし、自然の自由を奪っていったのではなかったか。近代的正義の発生が、正義のなを借りた戦争を生み出しつづけたのではなかったか。それらはすべて、まだ成熟していないからではなく、それが実現した結果、生まれたものではなかったか。

 私たちの社会は、たえず新しい矛盾を生みだしつづけているのではないか、ということも教えたのである。医学の発達が、新しい耐性ウイルスを生みだしたり、あたらしい病気を広めるように、個人の社会の確立が、個人の喪失感を深めていくように、である。Img_4370

 近代の思想は、将来は矛盾が少ない社会が訪れると語ることによって、人間から矛盾とともに生きる覚悟を奪ったのである。だが、大事なものは、矛盾と折り合いをつけながら生きる覚悟だったのではなかったか。

■書くことで元気をもらった。それまでの自分のモノサシを変えた。世阿弥の「離見の見(りけんのけん)」→→→きみこさん

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