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2007年7月24日 (火)

仕事の相手と将来性の内蔵化

■自分の世代より下の人に評価をされる仕事をすることを目標にしてほしい。たとえば顧客層であれば、自分の歳より下の人たちに買ってもらえる素材・商品・花かどうか?彼らが小売業であれば、その人たちが仕入れられる金額の単価かどうか?

 競争があり、一般化できないとしても、生産量のまず1割からはじめ3割まで、そのような意図を持って仕事をする。そのことがもつ意味を、自らに問うてみる。

 時代を切り開くのは、いつでも若い人たちだからだ。

 こころの置き所としては、上の世代の重鎮、、、、オオムコウを見ながら仕事をしなければならないが、モノの仕事と、ココロの仕事はすこし異なる。格付け・規格・品種というそれに栽培者としてのなにかを付与したとしても、透けて見えるものがある。

■はたして産地が決めてきた規格・目揃えは、基準を示したとしても、時代に残れるかどうか?花持ち性という基準を15年ほど前にオランダが考案したのは、量販店の台頭という時代を見据えたからだ。次に来ることをきちんと読むことが大切で、それは欧米の量販店は販売者責任を問われる(日本では生産責任のみ問われる)ので、すべての商品に消費期限(賞味期限)を付けて売る。量販店に納品するためには、消費期限を明確化できなければならかったから、、、、花を量販店で売るためには自ら新しい規格を創造することが大切、ということを示している。その上で花色や形状の多様化を作ってきた。

 つまり将来の社会変化が、現在起きていることをきちんと認識し、それに仕事の質を合わせようというヒトがいて、そのことを実現できる社会だった、ということ。

■時間がかかることは、時間をかけて行う。花持ちに関して、産地になにも提案できない現状の卸市場(いちば)では時代を切り開けないことだけは確かだ。

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