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2007年7月15日 (日)

松山誠さん

■昨日、松山誠さんと電話で話した。就職祝いの意味で電話をかけてみた。新しい職場では希望と挫折といろいろあると思うのだけれど、定位置に安住しないで仕事を開発していただきたい。

 いま、ウェブサイトがテレビ受像器のような意味合いで、みな自分の頭で考える人がいなくなった。しかし日常は去年と同じコトを繰り返している。同じことでも中味を変えることができる。それははなもち試験をしてみて、中味を見直すのと同じで、見えてくる世界が違ってくる。

 情報を公式に垂れ流す、あるいは狭い範囲にとどめる、にしても、すべてに責任が生じる。そのために複数の人が情報を査読しているのが「会社」で、個人ではそれをうわまわる認識が必要だ。メールを送る、というのと、非公開や公開を問わず、ウェブサイトに記事を掲載する、というのはその人の人格が問われる。日記というのは逃げ道を持ったメディアで、読み手責任が生じる。書き手はこころのつぶやきを書いて、オープンにするので、オープンにするところに作為が当初からありつつ、書き手の責任を回避する、情報の信頼性を回避するしかけが「日本的日記メディア」なのだ。ドナルド・キーンは、かつて朝日新聞での日記解読連載(それは日本の古典の)で、そのようなことを十数年前に指摘している。

■松山誠公式サイト→→→ (切手と花)

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