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2007年7月15日 (日)

歴史が見える場所

■昨年の8月、会津学研究会のセミナー後に、マツヤマさんと60里越え峠を西進し、魚沼に着いた。日本では東進というのは「進化」あるいは「発展」「伸び」「平定」を想起させるが、西進とは???

■かつて堀之内町と呼ばれたその地に農協の集荷所があった。南西から北東に流れる田河川が作った河谷平野の出口ちかくの、吉水というところ、付近を上越新幹線が一部空中の高架トンネルで巨艦飛行船のようにチューブを見せているところ、、、、にある。

■農協でユリを販売しはじめた頃からの建物(倉庫・集荷所)が、建て増ししながら、長屋のように伸びていた。建物の上部には、建設年度が書かれている。その初源の建物で、2回目の訪問時の10月に小学生と収穫したユリの葉取り・結束・水揚げ作業が行われた。この建物はコセンの人たちが持込置く場所で、穏やかに顔にしわを刻んだ農家が軽トラックで荷物(花を詰めた箱)を持ってきていた。

■いつでも還る場所がある生産団体だと、そのとき感じた。

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■今年の春、仙台の花市場の西城さんの車に同乗して、宮城県北部の農村部にある花問屋・北流園芸をはじめて訪ねた。花きネットのブログで、そして和歌山県のJAみなべいなみの花の会議で、圃場視察の時にお会いした人が経営しているところだ。

 農家、小さな花屋、そして問屋としての建て屋が、ぐるっとあった。歴史が見えるよい配置の家屋だった。ここでもいつでも初心に返ることができる場所で仕事をしている、と思った。

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■都会には、還る場所が無いのは、思い出が場所や建物とともにあるのだけれど、それがいつも新しく変化してしまうから、若い人が暮らす街になる。街の変化と人の記憶の構造は、密接に向き合っている。

 名所旧跡、芭蕉が訪ねた歌枕の地など、背景に広大な自然を置き、その前に、歴史が変わっても変わらない風景を持つから、世代や歴史を超えることができる。欧州はそのことに気づいているが、日本は気づいていない。

 いつでも過去に戻れることが、豊かさと密接に関わっている。それが古ぼけた写真だったり、ちいさな思い出の品だったり、日記だったりする。記憶は社会にカウンセラーがいない時代から、いつでも人を初源の地に引き戻し、精神的健康や行くべき未来を示していた。

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