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2007年11月19日 (月)

落ち葉、根、

■会津は雪になっています。

■11月18日(日)、前夜東京出張から帰って、朝に会津盆地から南西に国道401号、博士峠、標高(海抜)1000mは雪でした。午前中は、冷たい雨。最後の2棟のパイプハウスの骨組みを解体した。場所は大岐集落の上流側の高畠(大畑)と、下流側の境の沢。長靴のなかの足の指先が冷たい。そして手先、あついボアがなかについているゴム手袋を使っている。そして耳。毛糸の帽子で耳を隠して、合羽の上衣のフードをかぶる。

■午前11時には解体が終わり、畑から狭い土の道を下ると、途中で「キノハさらい」(落ち葉集め)をしてきた白い軽トラック(軽トラ)に会った。久雄さん。この冷たい雨の中、落ち葉を集めて来年以降の堆肥にするものだ。

■花の値段とか、営業とか、経営とか、、、、生産を取り巻く環境は厳しいけれども、いつも生産農家、、、、農家は自分で決めたことをずっと続けている。いつも僕らはこうした農をいとなみとする人々が暮らす山奥の狭い環境のなかで暮らしをしていて、真似ができない。誰のための仕事か?といつも考えたりするけれど、自分で決めた良いと思ったこと、それは土とか育てるかすみ草について、良いと思ったことは、やっていることがつらくとも、時間がかかることでも、黙ってやっている。こうして20年以上経過している。はたらく意味というのは、毎年、落ち葉を拾うことであり、有機堆肥を「買う」ことではない。お金を使わないことがコストをかけない経営の要諦。肥やし、とは、買えるものではない。それは人生論にもあてはまる。人格や経営哲学は買うことができない。自分ではぐくむものだ。堆肥(たいひ)というのは、植物を微生物の力により腐らせて、土に入れるもので、集落を取り囲む山々の斜面に落ちた葉を熊手で集める。微生物付きの葉になる。この10年くらい「土着菌(どちゃく・きん)」という発想が生まれている。その地域の土には、その地域が数万年かけてきた菌類が生育圏を持っており、そうした菌類の世界に配慮をする、という意味も含まれている。環境に優しいとは、どこでできたかわからない堆肥を入れるのではない。その地域で永続してきた仕組みから学んで意味を深める仕事のことをいう。

■「植物の軸と情報」特定領域研究班編『植物の生存戦略~じっとしているという知恵に学ぶ』(朝日新聞社)が2007年5月に発刊されている。文部科学省による平成13年から18年までの研究支援により世界的に著名な80名の科学者・研究者が行った結果が掲載されている。これを読むと地下の微生物群が、植物通しあるいは見えない世界の情報伝達を行っているのではないか?ということを含めて、動かない樹木がとっている情報交換・伝達の仕組みを解明しようとしている。

 アーバスキュラー菌根菌(きんこんきん)という独立した真核生物は、シダやコケを含めて8割の陸上植物の根と4億年前から共生している。土壌のリン酸を、菌糸を通して植物の根に提供することで、植物からは光合成の産物をもらってエネルギーにしている。リン酸は植物に必要なのですが、植物にとっては利用しにくい。ところがアーバスキュラー菌根菌は微量なリン酸を取り込む輸送体をもっている。ルピナスなどは、菌根菌と共生しない植物で、自ら土壌中のリンを溶かして吸収する能力を持つ、、、、(156ページ)

 アーバスキュラー菌根菌には隔壁がなく、数百から数千の核がひとつの細胞のなかに存在する。このため遺伝子解析が難しく、単独で培養することが難しいので研究しにくい。

 、、、、、サイエンスは、何がわからないかが、わかってくるという いとなみ。何が問題なのか、どこがわからないかが見えてくる(153ページ)。

 根に関する神戸大学准教授の深城英弘氏の担当された第6章はとても示唆にとんだものになっている。アーバスキュラー菌根菌を介した自然界の地下コミュニケーションネットワークという発想です。

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