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2007年12月 1日 (土)

野の花の行方

■2007年12月1日(土)小雨に。

 産地、つまり花を生産している地域に、地域の外から来る人々、、、花屋さん、卸業の人々、、、花にかかわる華道家、、、、量販店の花売り場ではたらく人々、、、は、圃場やハウス、施設内の人工の花、栽培される花よりも、

 それを取り巻く自然の、野や山裾に、自分の力で生きる草、野の花に心をひきつけられる。その心性をもうすこし深く考えたい。つまり産地といわれる農山村が持っている価値というのは、野や山にあるのではないのか?ということだ。

 四季それぞれに異なる表情を見せる。同じ物がひとつもない自然。生きるカタチ、育つカタチは、風雨環境を映す。伸びる芽、広がる葉、ふくらむつぼみ、咲く花、実をむすぶ、枯れ行く姿、、、何もない冬枯れ、、、、そうした「場所」に自分を置くことが、産地に行くことではないのか?

 そうした野や山裾に多く触れることができる時間的余裕を持つ、、、、ことが、自分の持ち場に帰ってからの仕事を進めるモチベーション(動機)になる。

■9月22日の早朝、ある仲卸に勤めるM氏は、、かすみ草のあるハウスの写真を撮影してから、歩いて帰る、という選択をした。戻ってみると、野の草の写真を撮っていたのだと思うけれど、野の草と花を摘んできてそれを活けた。

■首都圏で売られている雑誌には、空き缶やビンに野の草を数本活ける、というのが巻頭から数ページ特集されているものがこの春から出てきている。商品である花や草の葉は、じつは生命体である、という確認作業がいつもなされている。美しさの持つ限りある生命を見立てる感性は古くからある。

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■11月8日にオープンした記事→→→テスコのフレッシュ&イージー・ネイバーフッド・マーケット

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