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2009年6月

2009年6月29日 (月)

染め受注納品の山場

■2009年6月29日(月曜日)曇り、蒸し暑い。

 月末にあたる。今日納品分約1万本染めが終わり、次回7月1日(水曜)納品分の手配をいま終えた。注文が192箱ある。約8000本の染め作業で、生産者分担で行った。あと1回、3日(金曜)納品分1万本で、七夕かすみ草フェアの納品の山場が終わる。

 今日の分荷作業は、思ったよりも数が少なく、60cmが多い。80cmの採花が終了してきたところが多くなった。次回の3日の納品は充分に対応できるが、セリ分には少ない状況になっている。

  我が家は全量を毎日染めている。

 『奥会津・かすみ草通信第1号』(B5版横型1枚物。7月1日号)を発刊し出荷箱に添付し明日出庫する。作成に昨日の夜から、今朝まで10時間以上かかった。短い文章は難しい。花売り場で働く人にかすみ草や生産地域を理解していただき、来店客との会話が進むことを祈っている。毎週水曜日着荷に添付。

■7月1日(水曜)販売分 558箱(うち注文192箱)

 第①107箱、第②286箱、第③136箱、第④2箱(出荷はじまる)

 仙花64箱
 大田87箱
 板橋57箱
 世田谷34箱
 宇都宮38箱
 群中18箱
 埼玉6箱
 柏 6箱
 福島2箱
 福岡37箱
 沖縄18箱
 姫路57箱
 中越16箱

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2009年6月28日 (日)

七夕フェア:首都圏

■2009年6月28日(日)晴れ。暑い日。

 午後、岩下下圃場の2棟のかすみ草に水をあげる。ジョーロで、手灌水。

 中央花卉から依頼があり昭和花き研究会が染色納品したかすみ草が使用された、都内護国寺での前野博紀さんの個展がはじまった(30日まで)。中谷さんが報告している。→→→ 中央花卉

 その後、大田市場花き部2階通路の掲示資料のパウチ作業をして、ヤマト便営業所に18時50分着で、発送。大田花きの第3G、開発推進ティームの加納哲子さんが展示を担当してくださる。展示素材花も発送した。

 板橋市場の仲卸2社へも展示素材を発送した。

 昼前、花良品の仕入担当の栗山さんから明日からの七夕フェアの納品の確認の電話があっった。明日からかすみ草が店頭に。→→→かすみ草  →→→七夕かすみ草

 夕方、七夕フェアを展開中の小田急フローリストの仕入担当の宮西氏より連絡があった。店頭配布のフリーペーパーにも掲載。→→→ 6月26日より7月7日まで七夕フェア

*********販促用ダウンロード*****

■中央花卉の南さん制作の2009年昭和花き研究会かすみフェア汎用ポスター。七夕フェアの文字を抜いてもらいました。七夕以外にも使えます。 →→→原画1MBポスター

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■世界のかすみ草、かすみ草の世界

  →→→エクアドル

2009年6月27日 (土)

かすみ草フェア:店頭販促ダウンロードサイト

■2009年版の各種店頭掲示用のチラシ等のダウンロードが可能にします。PDFファイルを中心に2MB〜4MBありますので注意してご利用下さい。

 なお、中央花卉2009年ポスター(ビー・グリーン)も、了承を得て他社でも店頭使用が可能になります。そのサイトも中央花卉にリンクします。

 また、このウェブサイト(記憶の森をあるく)の写真等の店頭販促利用は、随時利用下さい。

■2009年の白かすみ草の品種は、6月29日〜7月3日の間は、ホワイトロードを中心として、雪ん子360、一部アルタイル、スノーベール、みやび、メレンゲ、ファンタイム(少量しかない)等になっています。7月中旬には品種が増えます。

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<かすみ草フェア用関連>

■2009年の7月のかすみ草販促(プロモーション)は、品種の訴求ではなく、「かすみ草」を夏の思い出にどうぞ、という販売の仕方でお願いしています。品種は変化していきますが、夏のかすみ草は変化しません。かすみ草のある人生の思いでは人生をとても豊かにします。

 かすみ草は、生産者や生花店の皆さんより、それを好きで飾っている日本中の人々の心のなかに、豊かなかすみ草への多くの経験が蓄積されています。そのことに学ぶことが、2009年のかすみ草店頭プロモーションの役割になります。原点に戻って、初心に戻って謙虚に考えてみる。それが「ビー・グリーン」のプロモーションテーマの願いです。

 街に暮らす人々の日々の心の有り様を、ていねいに、そして謙虚に学ぶことで、私たちは、かすみ草を作り続け、提供(売り続ける)ことが可能になります。それがグローイング・サスティナビリティの真意です。

 来店客にどのようにして、この夏にかすみ草の思いでを提供できるのかを考えてみましょう。

■かすみ草は、小さな花、しかし包み込むような大きなボリューム感、目立たないけれど存在感がある、、、、控えめ、、、脇役、、、、日本人はみなかすみ草が大好きです。そしてその花への思いでたたくさんあります。日本人の、それぞれに、かすみ草物語があります。かすみ草という「社会における立場」が好きな日本人がとても多いのです。 かすみ草のどこが好きですか? かすみ草が似合う人は? あなたのかすみ草物語を聞かせて下さい。→→→ 私のかすみ草物語集(手書き・写真版)

■これを読めば、店頭販促のモチベーションが高まります。→→→ テキスト版のかすみ草物語 

■消費者の購入後の品質管理など →→→ 昭和花き研究会公式サイト

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<かすみ草フェア用 店頭販促印刷物 ダウンロード用PDFファイル>

■かすみ草ができるまで。栽培2ページ。A4で印刷して、A3に拡大カラーコピーして使用できます →→2009年5月作成 かすみ草ができるまで

■ →→2009年6月26日 染め色かすみ草の記事 

■ →→2009年4月1日 読売新聞MPS記事 

■かすみ草の歴史 7ページ ワードファイル(注意してダウンロードして下さい。マウスの右クリックで、「対象をファイルに保存」。行数を調整して6ページにして印刷します。→→→「20090627gyp.doc」をダウンロード

■2009年7月のかすみ草販促テーマはビーグリーン(緑でいよう)です。 →→2009年6月26日制作・昭和花き研究会テーマブナの樹とかすみ草のポット苗、裏面にはテーマ解題(雪)

■中央花卉2009年作成のテーマポスター ↓ →→→ 中央花卉テーマポスター1MBのJPG画像ファイルです。

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■中央花卉の南さん制作の2009年昭和花き研究会かすみフェア汎用ポスター。七夕フェアの文字を抜いてもらいました。七夕以外にも使えます。 →→→原画1MBポスター

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陳列ラベル

■2009年6月28日(日)晴れ、暑い日。

 昨日から今日、かすみ草栽培体験者を受入、作業を行った。昨日は岩下の下圃場にかすみ草の苗を植えた。ポラリス。今日は、朝から採花・調整・水揚げ作業。昼に解散。

■かすみ草フェア用の展示・陳列ラベル →→→ ワードファイル「20090629.doc」をダウンロード

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かすみ草ワークキャンプ

■2009年6月27日(土)晴れ

 今日、明日と首都圏の男性の方が1名、昭和村花き振興協議会主催のかすみ草栽培体験ワークキャンプに来村される。年3回実施されており、JA生産部会と、昭和花き研究会で交替で受け入れている。今回は昭和花き研究会の担当で我が家が担当する。

 昨夜、昭和の森キャンプ場で開催された織姫歓迎コンサートは無事終了した。

■ →→→ 2009年6月26日 福島民友新聞のかすみ草記事 PDFファイル805kb

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2009年6月26日 (金)

注文補正

■七夕フェアが近づき、日々の受注についても色の変更、数量変更、追加等が毎日あり、そのたびに、生産者に依頼した内容を変更していただく。染色は、5日前締切で対応している。ピンク・ブルー・ラベンダーの各10本で30本(エルフ)~40本(レンタル箱)は対応可能。ミックス、80cmだとすぐ対応できる。

■7月3日までの納品は締め切りました(白は対応しています。ただ60cmサイズは対応が難しくなっています)。7月6日からの受注を6月29日まで受けます。

■世の中のいろんな人々に、助けられながらの毎日です。昨日の圃場説明で、露地雨除け栽培、、、、花が咲くときだけビニルをハウスに被覆する。それまでの雨水・天水・太陽光、、、、そしてそよ風。つまり「地球がかすみ草を育てている」。

■遠方から来村された1名の方は、「わざわざ東南アジア、、、タイとかに癒しの旅にいかなくとも、昭和村に来れば良い」と道を歩きながら話していました。

今夜7時、昭和の森キャンプ場(大芦)

■6月26日の午後7時から、昭和村のからむし織りの里から南西に数キロ入ったところ、大芦集落手前の左手にある昭和の森キャンプ場で、なかよしバンドの公演(数名ですが、、、)あります。→→→ 佐藤孝雄

■今日の朝、中央花卉の中谷さんに電話をして、染め色かすみ草の販売状況をうかがいました。そして白の品種別の売れ具合も聞きました。売れ残った色の傾向を次回以降の納品に補正します。白の品種はファンタイムがいちばん最初になくなっている、とのことで、29日月曜から1週間の七夕かすみ草フェアではファンタイムを200本(5箱)入れることで、本名敬君に連絡しました。彼の畑が咲き始めたからです。マザー・スタイルは7月5日からのスタートとしました。テスト販売に本日店頭で販売していただいています。

 色については、グリーンが人気が少ない点、ロイヤルブルーよりはブルーのひきあいが強いなどがわかりました。急に暑くなったため、色嗜好が変化しました。これは当会の染め供給に反映させます。

 染め色かすみ草では、ピンク・ブルー・ラベンダーが今日の晴れた日の、仲卸店頭の売れ筋です。

 昨日の量販店の仕入れ担当者の皆さんも、今日の陽気ならこの色かな?と話していましたので、同じ傾向であったことがわかりました。

 中央花卉の南さんが作成した七夕かすみ草フェアのポスターが人気で、日付と七夕を入れない形式のものを希望しました。それだとどこでもいつでも使用できるポスターになります。→→→ 中央花卉

 私は7月2日午後に首都圏の小売店(花良品・小田急フローリスト等)を訪問し、七夕フェアの店頭写真を撮影し、次の展開時に利用できるアーカイブス資料を集める予定です。3日早朝は、中央花卉店頭です。30日~7月3日まで大田花きショーケース展示にかすみ草が入ります。太陽の花のグリーンと、常陸野の木村さんのリキュウソウと合わせて、いつも脇役の夏の涼しさの葉物との合わせた小さな展示です。

 店頭販売では、新聞記事を拡大コピーしてパウチ加工して張り出す、ということもよく行われています。

 月田禮次郎さん(南会津町・月田農園)が昨日の福島民友新聞に大きく掲載されていました。

■埼玉園芸の山下さんから、来週からのトステムビバの鴻巣店・加須店からの染め色かすみ草の増加依頼がありました。

■木本生花の愛知県の支社の牧野さんから電話があり、7月2日からの納品について、かすみ草の特性や内容、輸送の打ち合わせをしました。同社の清水さんから先日連絡があり、納品することにしました。

■7月1日に仙台市中央卸売市場花き部の2社に、昭和村馬場村長が表敬訪問することが決まりました。よろしくお願いいたします。

染め色かすみ草の7月来たる

■2009年6月26日(金曜)晴れ 気温高くなりそう。

 昨日は、20名余の皆さんとかすみ草のこれからについて話し合い、畑を見て、染め色かすみ草の作り方などもみていただきました。遠来からみえられた皆さん、たいへんありがとうございました。

 7月4日、5日のヨークベニマル一箕町店(会津若松市)のかすみ草フェアについて概要が決まりました。

 FTV福島テレビ、FCT福島中央テレビ、KFB福島放送が、18時40分~55分くらいの間に放映されたようです。読売新聞(県内版)にも掲載されるようです。

■過日写真部取材があった、民友新聞の今日の1面に掲載されました。ウェブでも掲載されていました。記事は坂下支局によるインタビューです。昭和で「染め色かすみ草」出荷 人生もカラフルに →→→ ニュース本文

→→→ 福島民友ウェブ版 フォト

2009年6月25日 (木)

アイデンティティを示すラベル(タグ)

■雑誌『フローリスト』にこの春から3ページの文字詰め連載をしているマツヤママコトさん。首都圏の9軒の生花店の集まりFFCにも参加され、そのロゴマーク、、、がミクシイで公開された。ウェブサイトでも今日明日に紹介される。見事にFFCの理念をあらわしている。その絵柄から見えるのは人々が暮らす街を路が結ぶ、それが「道」。→→→ FFC

 彼の前職時代に、大田市場内での七夕かすみ草フェア展示用に3枚のポスターも作ってもらった。詩人である。

 今日(25日)の午前~午後は、会津盆地で花職人Aizuの産地公開(トルコギキョウ等)がある。

しろを、まもる Mother-Style

■この3月、葉物グリーンの調査に沖縄本島北部に、中央花卉の斧田社長、中谷さんについて、太陽の花の中村さんの案内で亜熱帯の森を歩いた。

 斧田社長は「カンケさん、長いかすみ草を今年は売ろうよ」と語る。

 先日、来村され、その具体的ななかみを詰めた。

 これまでにない、規格外の新しい商品を見て、花屋さんがインスパイアされるように、と斧田社長の提案だ。可能なかぎり5本束で10~20本程度、店頭に、というのが希望。

 6月24日午前6時頃に大岐の私の圃場で採花したかすみ草「みやび」(すみか社永島さん育成)を株もとからそのままの110cmの草丈のまま切り取り、5本で束ねて6束を前処理(水揚げ)して梱包し、25日、今日朝に保冷車で発送する。26日(金曜)早朝、大田市場内の中央花卉店頭にて陳列・販売される。期間、品種を選びながら、通常規格品の80cmや60cmではない長めの生成な Mother-Style 

 

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80cmの標準品と、20090624mbdsc04305 Mother-Style(長い方) いずれも5本束で比較。箱に入らないマザー・スタイル。

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かすみ草ができるまで

■2009年6月25日(木曜)うすぐもり。朝15度C。

 午前4時45分の大岐集落から北方天界を撮影。庭のブナの樹も育ってきた。雲が美しく2層に広がる。すでにみなかすみ草の圃場に軽トラックで向かっている。この時間帯は風が無い。太陽が直射日光を森にさし込むと、上昇気流が起き、谷間の村に風が流れ出す。日の出時間と、直射日光がさす時間には山塊の尾根という遮蔽物があるため、時間差がある。

 標高730mの集落の周囲は人々が千年利用し続けてきたコナラ、ミズナラの萌芽更新林で、いわゆる里山と呼ぶが、この地域での古称にはそういう言葉は無い。「里(さと)」というのは「会津盆地」を意味する言葉だ。ここはそれ自体が「やま」である。

 その萌芽更新林帯のすぐ上から山頂(1482m)尾根までがブナ天然林域。

 朝、トビが警戒の鳴き声で騒いでいた。毎朝、アカショウビンの鳴く場所が固定している。このところ少なくなったのはスズメとツバメ。

■昨日で、2日間の5名の生産者へのMPSの現地審査が東京から来た2名の審査官により終わった。該当者に電話して感想を聞いてみた。肥料・農薬等の在庫が確認され、この1年間の帳票類(確定申告等帳簿)、栽培圃場の様子が1軒あたり1名の審査官で4時間ほどかかる。

■今日は、昼ころにMPSジャパン社の松島社長が来村する。午後の会合でMPSの生産・流通での日本国内の導入現況を簡単に説明していただく。流通関係者、特に苗の生産や花の仲卸業が取得していくMPSトレーサート等の導入が増えているようだ。かすみ草生産では、昭和花き研究会8名のほか、和歌山県のみなべいなみ農協、今年加盟された愛知県の渥美半島のかすみ草生産者(ニューライフ、JA)。

■午後1時からの今日の集まりは、集荷所(雪室)と大岐地区のかすみ草圃場で20名くらいで行われるが、かすみ草ができるまで、を現地で知ってもらうことが目的。店頭でそのことが生きるような会合になれば目的は達せられる。

 キーワードは、「イネ」と「木の葉」

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2009年6月24日 (水)

中央花きの販促活動(プロモーション)

■2009年6月29日(月)から大田市場内・中央花き店頭で、昭和花き研究会のかすみ草の販売週間。すてきな満天星・七夕かすみ草ポスターが作られています。→→→ 中央花き

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明日の取材

■2009年6月24日(水曜)夕方晴れる。

 夕方、福島中央テレビの記者氏から電話があり、明日・25日の午後の圃場視察等を取材することが決まりました。

■出荷量が増えてきました。26日(金)販売分は充分対応できると思います。第②地区が促成栽培かすみ草のピークに。相場は下がってきています。

 母上・ミヨ子(75歳)は、昨日の梅果実をトチムキでつぶして、紫蘇葉と梅漬けにする作業を行っている。午前中、福島テレビFTVが取材に来ていたが、「そういえば昨年の七夕かすみ草の取材はNHKの朝のニュースでの全国生中継だったな」と語る。2002年7月、昭和花き研究会は当時の花良品の社長・阿部憲資さんと、「七夕はかすみ草の日」と決め、今年で8回目になる。催事として定着したことに加え、催事取材としても定着していることは、「新しい年中行事」になること。毎年1回でも社会に開かれた催事が行われることは素晴らしいことだと思います。

■4月上旬に定植した早生系かすみ草は、ファンタイム→みやび→メレンゲ→アルタイルの順で開花。

■↓すみか育成・みやび(大輪)。純白。

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↑とちむき

テレビ取材

■2009年6月24日(水曜)曇り 20度。

 昨日電話があり、今日の午前中枠で取材希望と、テレビ局(福島テレビ・FTV)の斉藤記者が来られた。

 午前9時前から10時30分まで、かすみ草圃場、調整選別、染色作業を取材。インタビューもあった。放映は明日(6月25日の午後6時台)の予定。

■明日、25日午後1時から野尻中向の花の集荷所で、ヨークベニマルの花の担当の皆さん、花束加工のあさかのフレッシュの皆さん、開成生花林社長が来村される。昭和花き研究会はMPS生産者数名と、MPSジャパン社長松島さん・津田さん、昭和花き研究会のかすみ草の品質管理と花持ち試験を担当しているクリザールジャパンの海下社長・山口さん、県の会津坂下普及所佐藤所長・金山普及所佐藤充技師。昭和村産業建設課上杉さん。20名程度。午後2時には馬場村長に来場いただきあいさつをいただく予定。その後、大岐の圃場と染色技法を見る。午後3時に解散予定。

 7月4日、5日にヨークベニマル一箕町店、7月18日・19日に福島県内2~3店舗でかすみ草フェアが計画されており、そのための圃場や品質管理を現地に学ぶ会です。MPSの花として福島県内初で、加えて地産地消の花として来店客に訴求する。

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2009年6月23日 (火)

6/25夜は満席10名に

■6月23日、午後1時、MPSの登録1年目での現地審査官2名が来村され、江川氏、佐瀬氏とも審査開始。明日も。

 昭和村の下中津川(野尻川中流域)では、やまとんぼ(オニヤンマ)がむえた(羽化)。水中で暮らした子どもが、空を飛ぶというのはすごい進化ですね。→→→ 敬君サイト

■6月25日の午後の昭和村での圃場巡回等にクリザールジャパンの海下展也社長と山口氏が来られることになった。

 その夜のカゴタでの会津MPS連絡会は昨夜で参加を締切、10名となった。

 MPSジャパン松島義幸社長、クリザールジャパン海下社長・山口氏。

 住化農業資材永島裕氏(イスラエルより帰国)

 会津から花職人Aizu手代木進一氏

 喜多方市千葉氏、田島・亮平氏

 村山氏、佐藤氏、菅家。

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■基本3色(ピンク・ブルー・ラベンダー)、かすみ草は八重咲きのエスメラルダ社ファンタイムを吸い上げ染色したもの。写真はクリックすると大きくなります。5本束×3色。逆光で撮影。

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大雨を待つ

■2009年6月23日(火曜)曇り、暖かい日。

 「もちっと大水(おおみず)が出ねえとだめだ。大川(家の前の滝谷川)の岩魚はまだ動かねえ」と朝飯(あさはん)時に父上・清一(76歳)が口説く。口説くというのは愚痴を言うこと。

 そして

 「きんな(昨日)行ってきたシモワンナザ(沢)はヤブで沢のなかは歩けなかった」といいつつ、20cmの岩魚を7尾釣ってきて、昨夜、母上が唐揚げにして食べた、という。父上が3尾、母上が1尾。

 その帰り道に山菜の「ミズナ」を2わ(束)採ってきた。それは、朝、母上が根元をハサミで切り取り、根を家廻りの畑に植えた、という。山に行けなくなってから困るから昨年はウルイを植え、今朝はミズナを植えたようだ。あとはミズナに塩をして漬けた。

 父上は、かすみ草の調整作業をしている私を横目に、えび茶色した長さ1尺半ほどの伸び縮みする釣り竿を持って「ちゅうはん(昼飯)まで、柳沢のノミズノサア(沢)に行ってくる」と行って出かけた。正午すぎに帰ってきた。釣果は5尾。

「山菜採り、魚採りが歩ってから、沢は道が出来てる。岩魚は利口になってだめだ。1回出てくるがすぐ隠れてしまう」と語って、汗ばんだ衣類を脱ぎ始めた。

 岩魚は「ユワナ」と発音する。

 池の脇で、ナイフで腹を割き、はらわたを出して「午後は、小野川のナカノサアに行ってくる」と釣りに行くようだ。

■6年前に勝四郎あんにゃ(兄者)が高齢で亡くなってから、大岐集落の周囲の沢で岩魚を釣り山菜を採る人がいなくなった。

 母上は今朝、梅を漬ける作業をしていた。

 山菜のミズナ、、、あとは、とげのある「エラ(いら、ともいう)」などが、最後の春の山菜になる。エラは味噌汁に入れる野の菜。

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大雨のつめあと

■2009年6月23日(火曜)雨雲が低く、曇り。

 昨夜の豪雨で、各所で出水、道路に土砂が押し出しているところが多い。

 特に滝谷地区の県道はこぶし大の石が散乱していた。

 朝、冷蔵庫からかすみ草の出荷箱を出し、輸送車に。その後、川流圃場でかすみ草の採花。昨夜、電話があった副会長の敬君が、また電話をくれた。染め21箱分が、咲いたかすみ草が無いため、どのようにするか?ということで、今朝の出荷者一人一人に分担して染めてもらうように依頼できた。ほぼ全員が受注分を染めている。白いかすみ草が無くなった。

 圃場を見るとかすみ草が団子花のようなものが見え始まっている。早生種は高温障害になりやすいので、定植後1ヶ月までの花芽分化期の影響がいま出ているのだろう。今日の午後、佐藤充技師(県・金山普及所)が来られるので、圃場を見てもらうことにする。

 ウグイスとジュウイチが鳴く。

 4月植えのかすみ草の品種は、早生種であるが、ファンタイム、みやび、アルタイル、メレンゲの順に開花しそうだ。また新系統は新苗定植時は遅く咲いても、越冬株は早く咲くという早晩同居のものが出てきている。栽培条件により変化する。スノーベールがそうだ。夏秋期は晩生、越冬すると早生系になる。当地での事例であるが、そのため雪ん子系のような徒長が無い。

■『諫早菖蒲物語』も大雨、洪水のところをいま読んでいる。

■月刊誌『フローリスト』の誠文堂新光社の編集部から届いた版下の校正をしてファクスで訂正箇所に赤を入れて送った。7月8日頃?に発売される『フローリスト8月号』に3ページ、昭和村のかすみ草が紹介される。品質管理について、で集荷所が出てくる。メゾンフルーリの佐々木久満さんの来村取材記事が見事に記事になってまとまっている。期待の号。

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青苧座(aoso-za)

■昭和村のアイデンティティ作物は「からむし(苧麻)」であり、青苧(あおそ)とも「ヲ(を、wo)」とも呼ぶ。苧、あるいは麻とかいてヲ(を)と読む。大岐で聞き慣れた言葉としては、からむしはカラムシ、ヲは麻を指す。麻類の総称をヲと呼ぶ場合もある。青麻とは、アオとは緑色のことを指す古語であり、たとえば山が青くなる、とは緑色の葉が出て来た様子を言う。カラムシ・青麻は、その繊維が、緑色の光沢(きら)を持つ植物であることから、麻の黄色な繊維と容易に区別できる。緑色の、青い麻とは、カラムシ(苧麻、ちょま)のことだけを指す。書き言葉としての青麻は、つまり和紙に墨で書かれる。

 →→→ からむし

  →→→ 青麻神社

 →→→ 昭和村カラムシ資料 PDF

 →→→ 青麻座

 NHKテレビジョンで放映中の「天地人」は越後上杉家の筆頭家老の物語だが、上杉は青麻(からむし)の販売で利を得た大名であり、会津藩、米沢藩と移るなかで青麻の栽培・販売を奨励している。この雪国三国にしか自生しない乙女百合(姫小百合)もこの圏内にある。

■ Be  Green では、昭和村の青麻(からむし)も生体(植物体)も展示する予定である。いわゆるイラクサ科のカラムシは、各地に自生し、あるいは栽培化したものが野生化している。

 ヤマビコ(ウスタビガのまゆ)や、ヒロロ(深山寒菅、ミヤマカンスゲ)も暮らしを支えたBe  Green な、自生動植物。↓

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今年の出荷推移

■2009年6月23日(火曜)

 平年より曇雨天、気温の低い経過となっているほか、2007年→08年→09年と品種構成が大きく変化している。これまでの「雪ん子系」から「アルタイル系」に転換し、2009年の今年は多品種併存のなかで、2010年の品種安定期に向けた移行期となっている。そのため、昭和花き研究会では既存営利販売かすみ草27品種に2社の18種類のかすみ草の試験栽培(試作)が行われる。試作種は9月頃、大田市場の中央花卉店頭にて実際の販売を行う予定として、20日の中央花卉社員来村時に決めました。

 傾向としては、品種併存となるため、周年同じ品種での暖地・高冷地のリレーは無くなります。適地適作で品種採花率を重視して、販売提案も変更していきます。そのためのプロモーション(販促)では、品種を売らずに「かすみ草」を売る、という方針としています。具体的には品種名販売ではなく、「かすみ草」として販売する、ということです。テイスト別に品種グループ(アルタイル系、雪ん子系、21世紀系など)をつくりそのなかでの代替が可能になります。ただし一期一会として、今の品種が後で出る、ということは少なくなります。

 「七夕(たなばた)かすみ草フェア」から、「かすみ草店頭フェア月間」の7月がはじまります。今年の昭和花き研究会の7月かすみ草販促テーマは「ビー・グリーン」Be  Green 緑でいよう、です。夏の夜の銀河、、、「満天星」とも漢語圏では呼ぶので七夕に似合います。和名は「小米(こごめ)なでしこ」。かすみ草には受粉のための昆虫を呼ぶための独特のにおいがありますが、新鮮な証拠です。におい、それを英語圏ではスラングとして「ベイビイズ・ブレス」としてかすみ草を呼びます。地中海沿岸など昆虫の少ない岩石砂漠がかすみ草の原生地であり、似たメカニズムで酵素が変化し昆虫を呼ぶにおいを出す植物には高山植物のエーデルワイス(うすゆきそう)があります。

 「染め色かすみ草」は7色。基本色は3色ピンク・ブルー・ラベンダー。補でグリーン・レッド・イエロー(あるいはメロン)・ロイヤルブルー(濃いブルー)。品種による花びら枚数で濃淡、風合いが異なります。昭和花き研究会の染め色かすみ草は採花後、横浜市のパレス化学社製のかすみ草専用の染色剤+前処理剤STSでの同時処理で、品質が向上しています。

 家庭で花瓶にフラワーフード(品質保持剤)を入れ鑑賞していただくと、つぼみが次々と開花します。3日程度から咲くつぼみは白く咲きます。かすみ草の茎のなかの染料がなくなり、吸い上げた水の透明色のためです。7日後くらいになると白い花が、染色した花と同じくらいの数になり、このころがドライフラワーにする時期です。購入したままでもドライフラワーに出来ます。直射日光のあたらない場所で根元を上にして花を下にして1週間ほど陰干しします。

■昭和花き研究会の出荷対比(2008年・09年)

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FAJ 新体制役員

■2009年6月23日(火曜)

■6月18日付けFAJウェブサイトによると、FAJの新役員。新社長が選出されている。宮本至朗会長・藤澤俊三社長・鈴木豊治専務・佐無田仁常務の体制。2000年以降、鉢物市場の台車流通+エルフバケットを象徴とする「流通品質」の提唱と取り組みで、日本の花き業界を牽引してきた会社がFAJで、期待は大きい。→→→ FAJ

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2009年6月22日 (月)

雨になる日が続く

■2009年6月22日(月)曇り、昼より雨に。

 朝、家向と川流圃場のかすみ草を採花し、調整・染色する。中央花卉宛と、仙花80cm、60cm。

 朝食後、高畠の角畑2号ハウス(露地)に、かすみ草を定植する。父上が担当。植え終わる頃に、染め作業を終えて行った。高畠には私が生まれたころに植えたカラマツ林があり、その脇などでシジュウカラが盛んに鳴いていた。ウグイスも。トビ1羽がビニルを被覆したハウス屋根に止まっている。曇りで雨降りそうなので、朝から、一夫あんにゃの裏手の尾根、金比羅様あたりでアカショウビンがずっと鳴いている。

 そういえば、昨日の日曜は小野川地区の一斉耕起の日で、遊休地・転作田・荒れ地をトラクタで耕耘することが行われていた。今朝、小野川と大岐の中間のカンマット(上廻戸)の耕起田の中央の泥田に、トビ1羽が降りていた。カエルを採ろうとしているのだろうと思った。

 午前10時30分頃、福島市の福島民友新聞本社写真部の吉田義広さんが1昨年に続いてかすみ草染色作業の撮影に大岐に来られた。90分ほど撮影して帰られた。午後5時頃、坂下支局の永井記者から電話取材を受け、話した。明日以降、、、七夕前には記事になるのだろうと思う。写真部記者が、時間をかけて撮影したカラー写真が載るのだろう。吉田カメラマンは、小屋の中央に新設した柱を見つけ、前回はこれはありませんでしたね、と言う。そしてフラッシュの工夫のため、アンブレラと、ストロボ発光反対側から補光する、目覚まし時計のような小さな丸い物を置いて撮影していた。

 昼から、昭和花き研究会のかすみ草の分荷作業を行う。午前中に事務担当の裕子さんが入力しておいたものを注文・セリ等に振り分ける。数量が少ないので、受注対応に苦慮した。金曜から増えるかどうかはこの雨の天候があがるかどうか、、、

 午後1時30分に昭和村役場に佐藤孝雄氏をたずねる。

 午後2時に、からむし工芸博物館に、朝倉奈保子さんを訪ね、雑誌会津学5号のためのインタビューを1時間行う。→→→会津学 手は動かせば宝になる

 取材テープを三島町宮下の奥会津書房に渡し、テープ起こしをお願いする。東北文化研究センター機関誌『まんだら』に遠藤編集長が寄稿する沖永良部島の研究会の記事に目を通す。

■今日は花の収穫、定植、分荷、、、会津学のインタビューと、多くの出来事があった。電話も多く来た。

 MPSの松島義幸さんからは、25日の資料について。10分話す内容の配布資料(チャート図)を作る、ということであった。

 JFMAの鮮度流通販売プロジェクトの花持ち試験の件でも担当者から電話があった。

 クリザールジャパンの海下(かいした)社長からも25日の件と鮮度保持等の件で連絡があった。

 取引関係にないF社のOさんという人から、かすみ草のミリオンスターについての照会があった。

 仙花の上原さんから、月曜になり相場が下がった件と、来週からの予約相対の数量を出すので、対応するよう依頼があった。

 北九州花市場の辻さんから出荷状況について打診があり、数量少ない現況では対応が難しいので7月5日開始でお願いした。

 柏支社の石橋さんから、染め色をラベンダーに変更してほしい連絡があった。

 中越の石丸さんから、染め色の指定について5日前可能かどうか、確認の電話があった。

 昨日に、東日本板橋花きの樋口さんから、染め色かすみ草の納品についての連絡があった。

 姫路生花の高橋さんから相場状況についてと、水曜販売品種の特性と、今後の数量経過についての照会があった。

 夜遅く、大田花きの松永さんからMPSの花の件で協議した。また6月29日に展示する内容についての企画書・図を早急に送ると返答した。まだ出来ていない。

  三菱総合研究所(農林水産省補助事業)の農産物CFP表示モデル構築についてJFMA事務局から連絡がある。MPSの登録エネルギーのデータが利用できるようだ。カーボンフットプリントは早ければ11月、年末には一部店頭に表示可能となる。

■花職人Aizuの手代木進一さんから25日の夜のMPS連絡会に参加する電話があった。現在では計8名(亮平君、ちばっちさん、村山氏、菅家、松島社長、永島氏ほか)。午後7時開始。

■昭和村役場産業建設課のかすみ草担当の上杉幸子さんから、27日(土)、28日(日)のかすみ草栽培体験ワークキャンプについて首都圏より1名の男性(39)参加者が参加することの連絡があった。定植作業、採花・調整作業を体験していただく予定。

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2009年6月21日 (日)

人が森を守り、森が花を守る

■2009年6月21日(日)雨

 午前7時、野尻中向の第2集荷所で目揃え会。フェア用染めの分担説明。

■人が森を守り、森が花を守る

  →→→ 月田農園 森のカラー

 →→→ 月田農園 乙女百合

2009年6月20日 (土)

6/18公表:農水花き統計(2008年)

■6月18日に農水省が昨年(2008年)の花き統計(28ページ分)を公表した。→→→統計PDF

 それによれば、我が国の切り花の作付け面積は2007年に比べ430ヘクタール減少(2%)、出荷量は1億300万本(2%)減少した。生産者の高齢化に伴う規模縮小。

 2008年の作付量は1万6,800ヘクタール、出荷量は47億2600万本。

 かすみ草の統計を見てみると、

 全国のかすみ草の作付量は267ヘクタール(98%)
 同、出荷本数は6070万本(102%)

 このうちかすみ草の福島県内の作付量は55.6ヘクタール(101%)
 同、出荷本数は648万本(93%)

 さらに昭和村の出荷量は、531万本(10万箱)である。推定作付量は34ヘクタールほどと思われる。

 全国のかすみ草の出荷本数の8.7%が昭和村産であるが、6月~10月までの夏秋期の日本国内のシェア率は推定で70%程度と思われる。

 福島県内のかすみ草出荷量の82%が昭和村産である。

 おおまかに言えば、奥会津・昭和村のかすみ草生産量は日本国内の約1割の作付量・生産量であり、夏秋期の7割のシェアとなっていて、福島県内産かすみ草の8割が昭和村産となっている。

 日本のかすみ草作付量は最盛期の半分にまで落ち込んだ。ケニア産、エクアドル産、オランダ経由のかすみ草も40~70円(80cm)で定番となっている。

■ 顔が出せる産地→→→越後三山

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6月22日(月) かすみ草出荷 354箱

■2009年6月20日(土)分荷終了

 6/22(月)販売分 354箱(注文数71箱)
 メレンゲ71箱、ホワイトロード255箱、マイピンク1箱

 第①46箱、②230箱、③78箱、④0箱

 出荷先卸市場数16社(羽田空港から輸送開始、全社宛)

 仙花95箱、大田47箱、板橋42箱、世田谷28箱、宇都宮16箱、群中15箱、埼玉29箱、柏12箱、福島3箱、姫路7箱、福岡14箱、沖縄12箱

 ※6月24日~7月3日まで販売分の、白かすみ草、染めかすみ草は受注締切ました。大量受注のため、一般販売分は相当減少する見込みです(各社1~5箱、5箱~10箱)。出荷量が増加することを願っています。

6月21日(日)朝7時、第②目揃え会

■明日、6月21日(日曜)朝7時、第②会員対象目揃え会を実施します。また、七夕フェア染め分担を協議します。

■6月20日(土)午前10時30分、都内大田市場の中央花卉の斧田社長、中谷さん、田村さんが来村。圃場等を巡回視察しました。今年の販売等について打ち合わせました。午前中は大岐にて私(博昭)が案内し、午後は分荷作業のため(月・水・土の午後)、本名敬副会長が集荷所等を案内しました。

■6月20日午後、福島民友新聞坂下支局の長井さんから7月4日のフェア(会津若松市内、ヨークベニマル一箕町店)の電話取材を受けました。4日午後も取材があるようですが、催事前の記事を出すそうです。

■かすみ草の出荷は、第③、②が中心となっています。ホワイトロード中心です。出荷量はまだ増えていません。26日くらいから増加予定です。

■小売店での七夕かすみ草フェア情報(6月下旬~7月上旬)

 かすみ草の漢語名は「満天星」です。

 6月24日(水)から首都圏小田急フローリスト向け出荷がはじまり、本店で装飾があり、26日(金)から全店18店でかすみフェアが開催されます。2880本(96箱)。 

 6月29日(月)からは首都圏花良品全店12店でかすみ草フェアが開催されます。3900本(130箱)。→店舗

 7月1日(水)からは栃木県鹿沼市の岩井生花店でフェアが開催されます。1000本(20箱)

 7月4日(土)、5日(日)、福島県会津若松市 ヨークベニマル一箕町店でかすみ草フェアが開催されます。

■卸でのフェア

 6月29日(月)~7月3日(金) 大田市場花き部2階通路展示、7月3日朝、中央花卉店頭フェア(菅家店頭販売)。

 7月1日(水)~6日(水) 板橋市場 すずき商事・フラワーロード店頭でかすみフェア。 

■7月中旬(17日頃~)

 首都圏・FFC各店(9店予定)

 沖縄県内量販店

■8月上旬

 栃木県鹿沼市・岩井生花店 

晴れ、

■2009年6月20日(土曜)晴れ。今朝は13度。昨日は日中23度も気温が高くなり、暑かった。

 朝、川流圃場左棟のかすみ草の3回目の採花。ジュウイチが良く鳴く。ハクセキレイが畑に来ており10羽以上。家向の1棟のはじめての採花。坂の上の方からアカショウビンの鳴き声。

 会津本郷の竹内君からいただいた「稲穂」をセット。「モミガラ」「クンタン」「米ぬか」、、、そして「木の葉」。

2009年6月19日 (金)

6月25日、会津MPS連絡会

■2009年6月19日(金)晴れ。

 夕方、博士峠から会津若松市北会津町宮袋地区に行く。花職人Aizuの代表・岩渕薫さん宅を訪問した。トルコギキョウを中心として切り花の生産をしている花職人Aizuの会員は6名全員がMPSに参加している。来週開催したい「会津MPS連絡会」の会合について相談した。

 →→→ 花職人Aizu

 来る6月25日(木)にMPSジャパン社の松島義幸社長が来県し、午後昭和村に来られ、その後、夜会津若松市内に泊まるため、夜に会津若松市栄町の「カゴタ(籠太)」で会合を持とうということで話し合った。

 25日は花職人Aizuの産地公開日で多くの市場人、生花店の人々が来るため、重複して同じ会合となるため、どのようにするか?ということで岩渕君と相談したのだが、参加できる人だけ参加ということで、せっかく松島社長が来るので連絡会は開催することとした。

 ※6月25日(木曜)午後7時から、カゴタにて(会費3000円)。会津MPS連絡会を開催します。ゲストはMPSジャパン社松島義幸社長・住化農業資材永島氏(イスラエル帰国後参加予定)。参加希望者は私、菅家博昭まで。このウェブサイトの連絡で、皆さんへの連絡といたします。→→→ 090-2272-2780 菅家博昭(6月22日夜まで連絡下さい。留守電でも、メールでも可)。会場は10名参加までの部屋を予約しました。MPS参加者以外でも参加できます。

■福島県会津地域のMPS参加者は、JA会津みなみの室井崇君、昭和花き研究会が8名(会員は28名のなかの8名)、花職人Aizuが6名(全員)で、15名。日本国内のMPS参加者の約1割が会津地域にいます。東北は32名。

■花職人Aizuの岩渕薫さん(1964年生まれ)の家には、ツバメが5組ほど巣を構え子育て中でした。彼は7月19日に都内で開催される千葉大出身者による花葉会サマーセミナーで講演する。昨年は私も招請され講演する機会を得ました。セミナーは18日、19日の両日に開催されます。岩渕さんによればFAJの長岡求さんから依頼があったそうです。→→→花葉会サマーセミナー

■↓ヒメサユリ1年目の葉。1枚。最初の1輪の花が咲くまで4~5年かかる。

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取材

■6月22日(月曜)午前11時に、福島市の福島民友新聞社本社写真部から取材が大岐の自宅宛に来る、と坂下支局の長井記者からの電話連絡が今日あった。例年、七夕かすみ草として染色したかすみ草のカラー写真が掲載されたりしている。

■明日(20日)は大田市場内の中央花卉(かき)の斧田社長、中谷(なかや)さん、田村さんが来る。午前10時30分頃に大岐の我が家に来るが、照子さんを取材・撮影したい、ということで、今日の夕方、照子姉(あね)のご主人・亨(とおる)あんにゃに伝言した。

■大岐では、目上の男性はすべて「あんにゃ(兄者)」と呼ぶ。同じく、目上の女性はすべて「あね(姉)」を付けて呼ぶ。目下は呼び捨てか、××くん、さん、ちゃん、である。「じいさま(爺様)」「ばあさま(婆様)」という呼び名が付くのはまれだ。「あんにゃ」「あね」と名の末尾に付けて呼べば、それで昭和村人との垣根は無くなる。

■6月25日午後1時から雪集荷所で開催するかすみ草の打合会(ヨークベニマル、あさかのフレッシュの皆さん)にはMPSの松島社長・津田女史も参加する。また午後2時に馬場村長にも挨拶をいただけることになった、と開成生花の林社長からの電話にお伝えした。昭和村役場産業建設課の上杉幸子さんが、25日、7月4日、18日~の催事についてもプレスリリースしてくれた。

 福島県郡山市に本部を置くスーパーマーケットのヨークベニマルは、山形県のMPSのバラを販売していて、今回福島県内産の昭和花き研究会・MPSラベルのかすみ草を7月1日から販売することが決まっている。

■↓雪白(ゆきしろ)と月田禮次郎さんが名づけたヒメサユリの白個体。

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花持ち試験

■都内大田区の大田市場内にあるクリザールジャパン社東京のヒガシさんから連絡があった。先週の金曜日(6月12日)から消費者家庭想定の25度Cでのかすみ草花持ち試験を依頼していて、その1週目の概況であった。4検体の経過を知ることができた。あと1週間は持つようだ。

 花持ち試験は、1品種5本1花瓶で、60~70cmの長さで試験する。花瓶には消費者用の品質保持剤(フラワーフード)を入れる。1回の試験は通常で1万円くらいかかる。FAJが日本国内では最大規模のテストルームを持ち、大田花き、なにわ花市場、各品質保持剤会社でも試験が可能だ。

 昭和花き研究会では、2002年から、品種間の花持ちを調べたり、生産者別の花持ち、染色したかすみ草の花持ちも定期的に毎年試験を行っている。適正切り前で、適正前処理、低温輸送を行うことで、その試験結果と同じかすみ草の花持ちを保証できています。通常、輸送加工1~2日、小売店の店頭陳列期間は3日間、消費者の購入後7日間とすると12日間程度の花持ち期間がないと、7日間の諸費者保証はできないが、昭和花き研究会が生産する、ほとんどのかすみ草はこれを超えている。それは適正前処理技術が支えている。

 鑑賞期限や、前処理技法については、花普及センターのサイトに掲載されている。昭和花き研究会は、JFMAとともに、この策定作業にも参加・協力している。

 

定植作業続く

■2009年6月19日(金)晴れ。

 大岐集落は滝谷川左岸にあり、今日はその対岸・右岸の圃場でかすみ草の苗植え、を1棟分、父上と二人で定植した。「もっと深く植えろ」とまた言われた。

 次いで、上流の岩下の上の圃場の上流から3棟目に、ミヨシのアルタイルを一人で植えた。離れた水田転作の畑で雑穀の苗を補植していた奈良布のイチローあんにゃ(兄者)が、昼の防災無線からのチャイムを聞いて、耕耘機を運転して、私の作業する堤防沿いの脇を通って家に帰っていった。その通過するとき、たぶん声をかけられるだろうと思い、作業をいったん止め、顔を耕耘機のエンジン音のほうに向けた。イチローあんにゃは、

 「おーい、花植えか?ちゅうはん(昼飯)だぞ」

 と運転しながら進んでいく。

 「あーい」と私は返事した。

 その後12時30分まで植えて、兵庫県加古川市の多木肥料の有機液肥500倍を10リットル、植えたかすみ草にかん水した。

 午前中、大岐の対岸の圃場にかすみ草を植えた時には、時々、高畠の方向からトビの警戒音、「ピーイッツ、ピイ、ピイ」と鳴き声がし、時折ウグイスが鳴いた。愛宕様の尾根の斜面からはエゾハルゼミの声を遠景として、隠れ里から流れ来る沢の出口のハウスの突端をソングポストとしている「ヤマスズメ」が鳴き続けている。縄張り誇示のためだ。スズメと似ているが、ヤマスズメと大岐の人々が呼ぶ小鳥は「ホオジロ」だ。大岐センター(集会所)の後方の墓地北の滝谷川が蛇行する「マワリブチ(廻り淵)」ではホトトギスが鳴いている。ハウス近くにはモンシロチョウ。

 岩下圃場では、奈良布側の丸山のカラマツ林でジュウイチがかなり興奮して鳴き続けていた。ハウスまわりのシロツメクサの花にはモンシロチョウとモンキチョウ、ウスバシロチョウ。黄色のモンキチョウは今季、今日はじめて見た。ちいさな紫のシジミチョウも多く草に付いている。陽射しはとても強くなって、白いビニルマルチの反射光もあり、定植作業はまぶしい。風が時折優しく吹くが、半袖のシャツ(上衣)の胸の部分から汗がついて重くなっていく。脇腹から背中にかけての筋肉が締まってきて、これまで痛かった尻の外筋肉と脚の筋肉は毎日の苗植えのかがんだ作業に慣れて痛みはなくなっている。そのかわり、右手の肘が痛むようになった。ジョウロの1株ごとの水やりで、支点となる肘に負担がかかっている。

 ミヨシの品種開発をしている谷一道さんが送ってくれたのはアルタイルのポットピンチ苗と、ノーピンチ苗。上部が方形となるポットはとても植えにくかった。土を押さえるとき丸いポットの苗だと土がすっと、収まるが、角だと、土と根鉢の隙間ができて、そこに一手間土寄せの時間がかかった。

 今年は薄手のゴム手袋を装着して苗の植え付けをしている。ところが、だいたい100本ほど畑に植えると、土を掘り下げる左手中指の先端部に孔があき土が指先に入ってくる。それで今日は、だめになったゴム手袋の使える人差し指と薬指の部分をカットしたものを左手中指に2枚装着した。しかしやはり100株で1枚ずつ破綻していった。オカモト株式会社オカモトグローブNO320Mサイズ。ゴム極薄手袋100枚入りでコーンスターチ粉付きで先日会津若松市内のホームセンターから買ってきた。

■ほぼ仮植作業は終了した。あとは定植作業が毎日7月中旬まで続き、採花作業も早朝・午前調整・染色と続く。今年は摘心から定植の方式を見直したので、プラグ苗仮植→2週間後の夕方摘心→翌朝・定植、という流れで仕事を組み立てている。根鉢に根をまわさず、葉の上位を伸ばさないようにする。昔から苗半作、佐門豊作、花形満、佐藤充、という。

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秋の学習会

■2009年6月19日(金)曇り

 今日は、岩下圃場等でかすみ草の苗を植える。ミヨシの八ヶ岳の研究開発の谷さんのアルタイルかすみ草の2年目の現地試験の植え込み日。手が泥だらけのため、携帯電話は出ることができないので、着信履歴で後に昼頃に返信することと、昭和花き研究会事務担当の祐子さんにお願いした。

■7月2日に予定していたJFMA鮮度流通販売プロジェクト(座長・市村先生)が、花持ち試験等の結果が出るのが遅くなることと等から、延期になった、と事務局から連絡があった。開催日時は未定。7月はじめは、松島さんが沖縄出張するようだ。

■つくば市の花き研究所(政府系)の市村一雄先生から、9月7日(月)の全国の花の農業改良普及員対象の農政課題研修会で、大田花きの宍戸純氏とともに事例報告をすることになった。そのための原稿を8月28日まで送付してほしいという連絡があった。テキスト版と、発表するパワーポイントのスライド原稿。昭和花き研究会として取り組んでいる産地でのポストハーベスト技術、品質管理技術の要諦。

■リード・ジャパン社国際フラワーエキスポIFEX事務局の金月絵里さんから依頼のあった、11月13日の千葉県幕張メッセでのIFEX専門セミナーの講演のための演題とアブストラクトを以下のようにして送付した。

生き残る産地として必要な取り組み

~花を育てる物語の伝え方、MPSや産地フェア~

講演アブストラクト演概要説明。

 昨年の金融不況による世界経済の悪化により、世界中で花が売れなくなっている。これまで10年間に視察した海外産地や日本国内の産地の現況から、次の時代に必要な産地像を提案する。南会津の月田農園のような日本原産種ヒメサユリを保存しつづけ、新たに「森のカラー」を生産するような地域自然利用の経営のあり方、また首都圏の生花店主との交流の中で自らの生産する花を見直すような若い生産者グループの取り組みなどを紹介し、具体像を提案する。

労働哲学が見える農園

■2009年6月19日(金)

 昨夜は午後9時前に、いつものように就寝したのだが、午前6時30分にようやく起きた。今朝は起きれなかった。かすみ草の採花は今日は休み、明日の朝行い、明後日に保冷トラックで輸送し月曜販売分となる。昨夕にハウスを4棟巡回して開花具合を見たが、2棟目のハウスが咲き出している。途中、照子姉と会って、染めの分担を話し合った。昭和花き研究会の中野保さんもMPSに参加することになり、昭和花き研究会はこれで照子さん、中野さんと、計8名がMPSのABCに参加することになった。生産者一人一人が、花を飾ってくれる人々に直接会って語る時代になっていて、そのために、自らの仕事の客観化と第3者認証が、自らの農業を顧みることにつながる。日本政府はGAPを採用し普及することを宣言しているが、花ではMPSが先行している。MPSを取得する、あるいはGAPを取得することが目的ではなく、その手段を使って、何をするか、にある。それは「仕切り直し」のため、である。画一的な農法を行うことではなく、一人一人の花を育てる哲学を自らの言葉で語ることにある。その意味で言えば、花を飾ってもらうことが主となり、その花がどんな経歴で育てられたのか?というのは従である。しかし現代社会は脳が先に、どうして育てられたのかを気にしてから、その花の美しさを感じるようになっている社会になってしまっている。

 先のMPSセミナーで、日本のMPS認証生産者はたとえば愛知県豊明花きのJFIフェア(展示会)の出展ブースにMPS認証の目立つ掲載がない、、、、という報告があった。生産者はMPS会社ではないので、MPSそのものを宣伝する必要はない。自らの農園の哲学・ビジョン(将来構想)が大切であって、それを陰で支えるのが第3者認証MPSという節度ある謙虚な思想を持っている。そのためだ、と私は考える。つまり、欧米、中南米のように農園に人の体より大きな認証ラベルのマークを描く、という行為をする国民性ではないのだ。志村女史が「とってもすてきな花を作る生産者さんが、MPSに加盟していた」という、最初が主で、従は後者である、ということだ。認証は多様化する農法を画一化する危険性があることと、加えて、認証そのものが多様化する傾向にある。MPSの日本での取り組みは欧米型ではなく、時に長い協議を経て、日本版としての定着を考え、慎重に進展しているので、その点には期待している。

 食糧生産の有機農業化が進むなかで、東南アジアではタイ政府が認証事業はすべて政府の補助で行っており、地域的な伝統農法を含む多様な有機農業を認めるシステムを政府が保証している。認証は認証基準が多様化を阻むものになる危険性を持つから、まず、政府の農業ビジョンがあり、多様化を残す、育む、伝承することのために農業認証を進めるという、極めて優れた政策と手法を採用している。この点が欧州中心の環境認証に欠けているところであり、日本にはまだなにもない(昭和堂『農業と経済』2009年4月臨時増刊号は「転換点に立つ有機農業 ~ グローバリゼーションと推進法」)

 今朝も大岐の家の東手の滝谷川(たきやがわ)の河床からヒュヒュヒュヒュヒュヒュ、、、とカジカガエルが鳴く声が聞こえる。昨夜はずっとカッコウの仲間の鳥・ジュウイチが鳴いていて、鳴き声のする場所が変化していたので夜に移動して集落を囲む森林でなにかしていたのだろう。生物が鳴く、というのは、自らの存在を示すことで外敵に対してとても不利な行為になる。交感する相手、あるいは他種へのコミュニケーションのために鳴くのだろうけれど、天候が悪化する兆候時には、森は静かになる。生物が息を潜めるから、鈍感な人間はそれまで無意識で聞いていた生物の鳴き声がしなくなることから脳はそれに反応し、森の、天候の異変に気づくことができる。いつも聞こえている音は、聞こえなくなる脳の仕組みのなかで、異変を知る。

 昨日、月田農園からの帰り道に禮次郎さんの父上の茂さん、母上のお墓に鈴木健市君を連れて行った。「夢」と書かれた墓標で、伊南川の右岸の国道沿いの水田と山塊の境界の墓地内にある。一面に、ヒメサユリ(あるいはオトメユリともいう)の群花を咲かせてみたい、という夢が人を動かす。このとき、東南アジアから渡ってきたアカショウビンの声が私の体の右手後方で鳴いた。付近で繁殖しているのだろう。森と水田の生物に依拠した鳥。雨の月田農園では小鳥の鳴き声があまりしなかったので、この声は良く私の体に届いた。

 「夢」を持つことが困難な時代は、現代社会だけでなく、過去でもいつも同じだったろう。「親子」で一面のユリの花、を咲かせたいという夢を共有できたのは、すてきなことだ。

 雑誌『会津学』4号(奥会津書房2008年刊)に掲載した「私の月田農園物語」は長文であり、茂さんと会った20年前のこと、地名を茂さんが書いたノート、、、の主要部分の採録もした。農園には3棟の小屋があるが、そのなかのひとつに泊まり込んだ年に茂さんは一人、自らの夢に向き合って、伝承されてきた話を土地の地名、沢の名前、、、に百項目も書いている。このノートを読むと、茂さんの父母、祖父母、、、、祖先の話を自らの記憶から「家庭の記録」として残す作業であったのだろう、と感じた。

 農園の畑の脇で、鈴木健市君が「月田さん、落ち葉を圃場に敷く贅沢な農法ですね。森のカラーはいつ植え付けたのですか?」と聞いた。禮次郎さんは、黒い手帳を取り出して、記録をたぐり始めた。健市君は禮次郎さんの左手側、私は右手側に立って、禮次郎さんの手帳を見た。ちいさな文字が楷書でていねいに書かれていたのを見たとき、私は父上の茂さんの地名を記したノートの文字ととても似た筆跡であることを、このとき思い出した。

 禮次郎さんは農園を囲むナラの樹を主体とした森の深部にも「ユリを戻す」と最近、ヒメサユリをぽつりぽつりと植えている。それは森に地球の生んだユリ原種を護ってもらう行為だと私は見ている。50年の農園の歴史の、その先を見ている。

 ユリの本場である越後魚沼(ほりのうち)の健市君は月田農園内をめぐりながら、広大な農園でソバがまかれた圃場の土のなかに手を差し込んで「良い土だなあ、、、、ここで働いてみたい」とぽつりと言った。今日はじめて農園で履く健市君の白い新品の長靴は、無菌状態で、農場訪問への礼を知っていた。人間社会の菌を森に、圃場に入れないためである。病院の集中管理室のような配慮が農園訪問には必要なのだ。特に靴に付けた土の持ち込みが大きな問題を引き起こす。

 田島の湯田浩仁君と長野県佐久市の花の有機農業家を訪問したときも、湯田君はその堆肥に手を差し込んで、手の感触で堆肥の正否を見ていたので、健市君の土をさわる行為を見ていて、同じ人種だなと思った。

 午前中から降り続いた雨はすでに上がっていた。山小屋右手の禮次郎さんの母上が植えたトチノキはすでに緑が深く、小さな褐色の実を結んでいた。檜枝岐村の土木工事に行く自動車に乗せていってもらって拾ってきた栃の実が育ったものだ。山小屋の背部斜面のコナラ林のなかにある1本のホオノキでは父上の茂さんが農園を見守っている。

 健市君は、月田農園を訪問した翌日は上京し、ユリの展示会やこのあと販売していく自らのユリの営業のため、卸市場や生花店を訪ねるそうだ。

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2009年6月18日 (木)

森のカラーが生まれる:南会津町 月田農園

■2009年6月18日(木曜)雨。

 朝、会津の隣国・越後魚沼(堀之内魚野地)のユリ育種の名手・鈴木和太郎氏を本家にもつ、ユリのすずき・健市君から、本降りの雨で仕事にならないので、行きたくとも忙しくて行けないでいた南会津町の月田農園に、今日、行こうと思う、と連絡があった。同行することと、旧・南郷村山口の道の駅きららで正午待ち合わせとした。

 3代目となる乗用車フォレスターの左フロントのブレーキの交換を、会津スバルで行い、田島経由で駒止峠を越えて南郷山口に。

 月田禮次郎さんには朝に電話をしたところ、「山にいるから」と言われたので農園に行く。山とは農園のことだ。

 オトメユリ(ひめさゆり)の球根養成用が花が満開であった。切り花はほぼおわり、今後はササユリの出荷になる、という。黄色なアルケミラの収穫調整が行われていた。今後、ホトトギスが出たあとに、「森のカラー」の出荷が7月中旬から10月まで続く。今日はその森のカラーを植え付けた圃場の植物体マルチ作業を3名でされていた。通路には前年に拾い集めておいた農園周囲のナラ林の木の葉がしかれている。これは最終的には堆肥として土に戻る。植え付けの終わったウネ上には今回はモミガラを置いていた。モミガラは水田で作る稲の実の殻のことだ。

 ハウスで栽培していないのが、月田農園の特徴だ。そして森の中の農園。落ち葉が森と圃場を結ぶ。露地栽培でカラー(花)を作っているのは全国的にみても珍しい。

 今年はじめてイノシシが農園に出てユリ根を掘っているので電気柵が設置されていた。そして尾瀬に出ているニホンジカも栽培山野草の葉を食べているので困っていた。

 南郷(南会津町)では、週末に「ひめさゆり祭り」が高清水公園で開催される。

 農園を開拓した50年前の月田禮次郎さんと、その父・茂さんと共通の夢は「ひめさゆりのピンク色の花で農園を埋め尽くしたところみてみたい」という親子2代の努力が実をむすんでいる。原種ユリを保護しながら、ひめさゆり種子でまいて、翌年に葉が1枚、3年目に数枚の葉がでて、約5年後に1輪の花が咲く。

 「ひめさゆり作りは、病気を出さないようにと、ずーっと緊張したままです、、、、」と今日の別れ際に禮次郎さんは語った。

■新鳥居峠から大芦、柳沢峠から大岐に帰り、夕方、岩下上圃場にかすみ草を定植した。旧・南郷村山口の台集落付近ではアカショウビンが鳴いた。夜、大岐の集落東方で毎夜ジュウイチが鳴くようになった。

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沖永良部残照

■昨夜、奥会津・三島町西方にある奥会津書房の遠藤由美子編集長の生家である西隆寺で、赤坂憲雄さんと話す機会があった。5月末の鹿児島県沖永良部島での合同発表会から半月が経過しての再会であった。私は、かすみ草を畑に植える作業を午後7時まで行ってから、手を洗って、昭和村から三島町に行った。途中、川井の角田亀好さんのお宅を訪問し、来週のMPSの現地審査の打ち合わせを行った。西隆寺に着いたのは午後9時前になった。境内では、ライトが焚かれテレビ取材が行われていた(福島テレビ制作の全国放送、という)。昭和村にも1週間、NHKテレビが取材で入村していた、と先日15日の昭和村花き振興協議会事務局の上杉さんに聞いた。

 沖永良部島の勉強会の段取りをつけた地元の新納さんのお宅で夜に行われた夕食会では、新納さんが読んで書棚に置いてある赤坂さんの著作本に、新納さんから依頼され、著者署名を全冊にした、という。

 新納さんが昨年初秋に奥会津に来られ、今年、私たちが島に行った。なかなか、機をのがすと縁は結ばれない。遠藤さん、赤坂さんとも、とても良い島で、良い人々と交流できた、、、、というまとめになった。

 鹿児島民俗学会の出村先生の縁者の若い哲学者が、沖永良部島での勉強会には参加されていた。彼と話した赤坂さんは、その彼の翻訳した本を帰宅してから書店で探して求めた、という。

 午後10時前に西隆寺を出て、睡魔のなか自動車を運転して帰宅した。『会津学』の原稿締切は5月末で、あり、私の分担分は、まだできあがっていない。

 さっそく、私も帰宅後、オーストリア・ウィーン生まれの哲学者で現代産業批判者であるこの哲学者の本をアマゾン(インターネット書店)に発注した。

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花の声を聴きに行く

■2009年6月18日(木)

■昨年、奥会津・昭和村に来られ、田んぼの学校を開いた、福岡県の元・農業改良普及員の宇根豊さん。早期退職し、農と自然の研究所を創立。虫見板を使った減農薬の取り組みは有名だ。

 昭和堂『農業と経済』2009年4月臨時増刊号は「転換点に立つ有機農業 ~ グローバリゼーションと推進法」の特集があり、池上甲一さんも書いているが、宇根さんも書いている。

 「有機農業の技術思想 ~近代化を超えていく技術思想の構築」(84ページから)で宇根さんは、結論として以下のようにまとめている。脱近代化技術の創出として、(1)自然把握技術(生物技術)を形成する。(2)技術を仕事の中に埋め込むとして、

①技術の成果を、仕事が終わった後の「達成感」や「経済技術」や「労働時間」で測るのではなく、仕事の最中の「充実」や「生きものの見え方」や「作物の声」や「時の経つのを忘れてしまう楽しさ」などで、測るのである。しかし、それは客観的な科学的な物差しがないと困惑するかもしれない。言葉があるではないか。そういう言葉が不足していたからこそ、近代化の軍門に下ることになったのであろう。

②近代的な時間を、もう一度生きものの時間に合わせて、取り戻すことである。労働時間は短い方がいいという工業労働的な価値が、百姓仕事と農業技術から豊かさを奪った最大の原因である。生きもの(作物や同伴生物)の成長のリズムに合わせるから、「まなざし」も生きものに届くのである。(略)

③近代的な尺度を当てはめる対象を限定することである。子育てや祭りに、効率を求めないように、仕事の大半にも効率を求めないでいいような思想と「政治」「体制」を構想した。カネに代表される「積極的な価値」ではなく、じつは人生とはカネにならない「消極的な価値」で支えられていることをかみしめ直したい。

④生きものへの情愛を育み直す方法を開発したい。虫や草や野菜によろしくと、交感する気持ちを抱きしめ直したい。「稲の声が聞こえる」ようになるためには、どうしたらいいか、という課題も立派な有機農業の課題だと位置づけたい。

FFCの会合が昨夜開かれたようで、『生産者へ、手紙を書く花屋』ということが書かれていた。「花の声が聞こえる」ようになるために、花と接している時間がいちばん長い生産者(農業者)に「花の声を聴く」ために、花が生まれ育つ場所(地域)に出かける花屋さんが出て来ている。その産地における花の声の聴き方には効率を求めずに、じっくりと花と、花を育てる生産者と語る必要があるであろう。「花の声を聴くことができるためには、どうすればよいのか?」それは、「お店に来てくれる来店者の声を聴ける花屋さん」であり、花の品種の話だけではないだろう。また仕入れ禁止とか、花を差別して売るようなチェーン店の手法を真似ることでもないだろう。

 宇根さんは「ほんとうの成果は、参加者のまなざしの中にもたらされたものの豊かさで計る」と言い切る。

 生産者は「単種・単品」の花を大量に規格統一して作る技術・選別を通して社会に向き合ってきた。またその反対に他種多様の花を作る生産者もいる。しかし、生産者が自らの生活を成り立たせるだけの「量的販売」がなければ、現実的に生産者の暮らしは成り立たない。この「量的販売」をせずになりたたせるためには「高価な単価」である必要がある。それを支えることができる都市生活者は少ないだろう。では、どのようにしてその中間の位置づけ、あるいは「差」を埋めるのか?それは新しい価値を生産者が創るのではなく、販売者である花屋さんと、それを家庭でかざる人々との交流の中で考えていくことが肝要である、、、としてFFCは生まれたのだろうと思う。生産者・花屋さん・市民、というFFCの初志は評価できるが、そのことが今後、どのように成長していくのか?あるいは成熟していくのか、注目している。小さなことが大切なこと、ということをどのように社会のなかで表現していくのか?そして店頭を歩くお客様の興味と、社会事象を結ぶ仕事が、経営として成立するのか?は、農業生産者の今後の有り様と、とても似ている。

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2009年6月17日 (水)

夕暮れの村

■6月17日、午後、大田下圃場の滝谷川側の1棟のビニル屋根を被覆していないパイプハウス内に、一人でかすみ草:フォレストを植えた。住化(すみか)の永島裕さんが中心になってダンジガー社の育成新種かすみ草の選抜過程のなかから、生まれてきた新しい品種。植え終えたのは午後7時。すでに薄暗くなっている。視線を低くして写真を撮影してみた。水田は3反の大きさで、続く。意外と水田から見る大岐集落のある河谷平野は広い。

■夜は、三島町西隆寺へ。会津学研究会の会合。

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第2回、落花率

■2009年6月17日(水)

 朝、第2回目のかすみ草:ファンタイムの花を採りました。

 80cm115本、80cm曲がり1本、70cm2本。

 出荷80cm40本×2箱、30本×1箱

 出荷本数110本÷採花本数118本=93%出荷率(ロス率7%)

 出荷調整時の花の落下個数 83個花÷118本=0.7個/本

 ※第1回目は切り始めで咲きすぎ(廃棄)もあり、1.4個が、採花2回目の今回は、0.7個と半分になった。新日本流通の井尻さんのSCLレンタルバケットで梱包輸送だと40本1箱あたり28個となる。

 ※15日夕方の定例会で、一般論としてかすみ草の落花を防止するためには、採花直前に株もとに水をやり、根から水分を吸収させ、生体時保水することで、花と花梗部の剥離を防止できる。会場の畳の上に座っていた金山普及所の佐藤充技師が立ち上がって語った。露地(ろじ)雨よけ栽培では、雨がかすみ草を育て、時に雨のかわりに手灌水をして水をやり助ける。花が咲いてくるとハウスの屋根に雨よけのためにビニルを張る。そうすると水分が補給されなくなるので、土壌湿度だけにたよることになり、細胞剥離が進む。BFという日本のかすみ草の栽培がはじまってから30余年主流であった品種では、開花時期には水を切る、という技法であったが、現代の21世紀系と呼ぶ新しい品種群では、多少の灌水(水やり)で、節間(花梗部)が伸びることは少ない。

  ※採花したかすみ草は、横浜市のパレス化学の竹田佳正さんらが開発した「ハイフローラ染色剤」(STS1倍液入り、かすみ草用)に茎元をつけて吸い上げ染色し、海下展也社長の大阪のクリザール・ジャパン社の「クリザールかすみ」(STS剤)で規定時間、前処理と糖の補給をして、花卸に届けます。

 今回は、開成生花(あさかのフレッシュ、ヨークベニマル店頭向け)宛の染めサンプル、宇都宮花きから仕入れている鹿沼市の岩井生花店宛、世田谷花き宛の80cm染め(6色5本で30本)の販売用の1箱として、18日に保冷輸送する。なぜ世田谷花きに送ったか?といえば、かすみ草担当の熊谷さん、西尾課長と電話でお話をしたから、です。22日には染めの見本を送ることになっています。

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花束の行方

■昨年、ブナの森を貫通している峠道で死亡事故があった。

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MPS現地審査(6月23日、24日)

■MPS参加者の加盟1年目の現地審査が、6月23日午後、24日に行われることになった。監査会社のエーカス社から江川さん、佐瀬さんが来る、と連絡があった。昭和花き研究会では、昨年加盟の5名が1年目の審査を受ける。肥料・農薬等在庫調査、圃場現地、1年分の納品領収書等帳票が調べられる。

 当会の予定としては、以下のように生産者宛連絡をし、都合等の調整をする。案として

 6月23日午後2時~5時 大岐・菅家清さん、小野川・渡部忠雄さん

 24日午前 下中津川・本名幸一郎さん、本名敬さん。午後・三島町角田亀好さん。

■今年は6月8日(月)から17日(水)の現在まで5回販売が、一部卸市場を除き、堅調相場が継続している。品種感格差もなく推移している。80cm135~160円、70cm110~130円、60cm38円から60円。曲がりの優80cm120~130円。

6月19日(金曜)出荷明細 少ない167箱

■6月17日(水曜)朝雨で晴れる。

 11時50分に19日販売分の分荷終了しました。

 春植え無加温促成ものと、越冬株無加温促成ものが出ずに端境期になり少ない。増加は26日頃から。福岡花市場、沖縄県花卉、柏市場は6月22日から出荷します。

■出荷数量の経過

6月8日(月)10箱(2社)
 10日(水)43箱(2社)
 12日(金)103箱(4社)

 15日(月)230箱(9社)
 17日(水)136箱(9社)
 
19日(金)167箱(9社)

■2009年6月19日(金曜)の出荷明細。167箱(うち予対注文数50箱)。

 ホワイトロード103箱、メレンゲ32箱(終盤)、マイピンク6箱、染めかすみ草25箱

 仙花、大田、板橋、世田谷、宇都宮、埼玉等9社送り。以下主要社明細。

  

 ■大田花き ホワイトロード80cm40本4箱、70cm50本14箱、60cm150本8箱。メレンゲ70cm60本1箱

 ■世田谷花き ホワイトロード80cm30本7箱、染め80cm30本1箱、染め70cm50本2箱、ブプレウラム80cm50本1箱

 ■東日本板橋花き ホワイトロード80cm30本10箱、メレンゲ80cm30本5箱、染めミックス70cm50本2箱、ブプレウラム80cm50本1箱

 ■仙花 ホワイトロード80cm30本17箱、マイピンク80cm30本6箱、メレンゲ80cm30本6箱、60cm100本4箱、ブプレウラム80cm50本2箱

 ※染めかすみ草は基本3色ミックス(ピンク、ブルー、ラベンダー)。それにレッド、グリーン、イエロー等が入ったものの、すべて予対(色指定)以外はミックス販売。22日販売分より予約注文対応(受注は納品日の5日前昼締切)。

 6月22日(月曜)世田谷花き西尾課長様宛、染め見本を送ります。

small is better

■雑誌『チェーンストア・エイジ』(ダイヤモンド・フリードマン社)2009年6月15日号は特集「スモール・イズ・ベター」、都市型小型スーパーブーム。

■奥会津・昭和村大岐(おおまた)集落は、1482mの博士山の西山麓、標高730mの滝谷川沿いに10軒に20人が暮らす。そのうちひとりぐらしは3軒。昭和村のかすみ草栽培面積は34ヘクタールで町村単位では日本一の面積があり、そのうちの3割は大岐の人々が生産している。昭和村のかすみ草は6月から11月上旬までの時期で、日本国内に流通するかすみ草のシェアが7割となっている。→→→ 動画

産地フェアはマテリアル・リテール

■ →→→ 谷口正和氏  →→→草月・赤と黒

■ →→6月15日、昭和村花き振興協議会主催あぜみち講習会(佐藤充技師)

一本の樹

■故・坂庭省吾がフォークス解散後に、独立してグループを作って出した1枚目のアルバムがサム『ディア・フレンド』(1992年)で、その1曲目が「一本の樹」(作詞長井三郎)で、群馬県のスタジオで録音された。ここのスタジオで、我がなかよしバンドの佐藤孝雄がサムをバックバンドとして1年をかけて1枚のアルバム『マイペンライ』を制作する。このサムの演奏は2枚のアルバムとも共通したサウンドとなっている。6月26日夜、昭和の森キャンプ場で佐藤孝雄が歌うのは『マイペンライ』から。坂庭は「クスの樹の下で」という歌もあり、長崎県諫早市の高城城の上にある古樹クスノキを見てそれを思い出した。一本の樹の長井の詩は四季を語る。樹には物語があり、たとえば畑の柿の木前で撮影が行われる。樹は自らの四季を映す。1本の樹は、森の樹群とことなり物語を生むのは、人はいつも一人で生きていかなければならないことを指し示すことを1本の樹が教えているからだ。1本の樹の前で撮影することは、樹霊を引き出しの中に定着させることを意味する。樹霊が人と人、人の歴史を結ぶ。人は1本の樹の寿命にも満たない人生しか生きられない。200年の樹で造った家は200年持つように、3年かけて育てたシャクヤクは3年は人々の心にやすらぎを置く。使い捨てられることのない「心の花持ち(記憶)」を人々は探している。坂庭が友達よこんにちは、、、と一本の樹に向けて渾身の力で歌う。

 春 緑の雨が降る

 立ち尽くす 一本の樹

 朝の光 斜めに

 萌えいづる葉に 露が光る

  雨の日には 雨のうたを

  晴れの日には 晴れのうたを

  うたいながら 立ち尽くし

  樹は空をめざす

 □

 夏 青い雨が降る

 立ち尽くす 一本の樹

 昼の光り あふれて

 緑なす葉の 影が揺れる

 □

 秋 紅い雨が降る

 立ち尽くす 一本の樹

 宵の光 ほのかに

 移りゆく葉が 時を染める

 □

 冬 白い雨が降る

 立ち尽くす 一本の樹

 夜の光り 静まり

 梢を鳴らし 風が渡る

■坂庭・城田 →→→ 動画・海原  →→→動画・初恋

森と畑をつなぐ木の葉:Be Green

■2009年6月17日(水)

 6月16日(火曜)午前8時30分、奥会津の三島町川井の昭和花き研究会の集荷所第3デポで、目揃え会を行う。角田亀好さんの自家採取選抜ブプレウラムの出荷がはじまった。仙花宛送る。

 21日(日曜)午前7時は、第2地区の目揃え会。野尻中向の雪冷房利用の集出荷所で。

 かすみ草の新品種作出のためイスラエルに渡航しているスミカの永島さんと夕方電話で話す。かすみ草の試作苗が今日の昼に届いて、その着荷状況の照会であった。暑い、という一声。25日の午後の圃場巡回にも参加したい、ということであった。

 2007年末から銅金博士・宍戸氏の影響・伝授により、ビデオ撮影のユーチューブ投稿をはじめて、マックで外付けハードディスクを使用して、500GBが、昨日で4台目に付け替えた。1年間で500GBを3台、計1.5TB(テラバイト、1500ギガバイト)使っている。ところが、4台目の接続後、うまく作動しなくなり、キノハサライの動画アップには時間を要した。

■ 人間は、目の前にあるものに拘束される、という。雪融け後から、苗を育て、育てた苗を畑におろす、という作業のなかで、苗のポット用土は腐葉土であり、その畑は開闢以来数百年、土壌消毒をしたことがない土。そこに入れる苗と大地を結ぶのが最初にポットの苗床用土になり、地域自体、つまりその土地の葉と微生物をともになじませるのが「腐葉土」であり、それは森とヒトを、畑を、作物をつなぐ「木の葉」(きのは)、ということになる。

 昨年、一昨年と隣村の月田禮次郎さん(月田農園)の仕事を取材してきて(2008年夏 奥会津書房刊行、雑誌『会津学四号』に詳述した)、禮次郎さんも農園の周囲にある木の葉を集め圃場に入れている。たとえばカラー栽培の通路には落ち葉を敷き詰めていた。それは最終的には土中に混和される。

 ホームセンターで安価で購入できる腐葉土を、なぜ、その土地のものを集めて入れるのか?ということを考えるとき、生産にも「心土不二」(身土不二)の哲学が必要であることを思い出す。

 会津の隣国・魚沼のユリやシャクヤク、ナルコユリなどの栽培では、魚沼産の「稲藁」が敷きワラとして土や大地を被覆し夏の炎暑から植物の根や根圏の微生物を護る。それには水稲大国であることが前提となっている。

 また水稲(イネ、こめ)の籾殻(もみがら)を敷き詰めたような田島・田部の湯田浩仁君のような栽培方法もある。次の作型のことを考え、自らの水田で得た植物繊維を投入している。

 一方、奥会津は水稲圃場よりもブナの森に依拠した生産体系が組まれている。本来、木の葉は「踏み床温床」といって、木の葉に米を精米するときに出る滋養豊富な米ぬかを発酵剤として混和して水を打ち、時に稲藁を押し切りで小切り加え、苗を育てる発熱温床(苗を育てるフレーム)として、まず、「発熱」を育苗に利用しきた。私の大岐地区でも葉タバコを戦後に生産してきたとき、この温床であった。発酵し終えた温床は、堆肥として畑に入れるのである。つまり、堆肥を作る「経過」に価値があった。それが、いつのまにか、発熱電線を利用し、そして石油暖房をして苗を育てるように「心土不二」としては、農業技術は退化していった。中東原油に頼るようになっていった。

■月田農園・森のカラー

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キノハサライ:Be Green

■木の葉さらい 6月16日大岐 →→→ユーチューブ10分

  →→→ ペニーレイン

 →→→ You Tube think green

  →→→ 日本のモンソー

2009年6月16日 (火)

きのはさらい諸相:Be Green

■2009年6月16日(火曜)きのはさらい。米ぬかをまぶして積んだ。来年以降用。土着菌。午後3時から雨に。雲のきれいな日。木の葉さらい。

 →→→ 木の葉さらい(栃木県馬頭町)

 →→→ 体験学習 木の葉さらい

 →→→ 温床も木の葉さらい

 →→→ 小さい秋

■落ち葉ではなく、「きのは」という概念が多く古層にある、と思う。「落ち葉」より「木の葉」のほうが、原罪を認識している。さらうのは悪いことであるという認識があり、根絶やしにしない森の利子の利用法を、たとえば1ヶ所だけではなく複数の場所の木の葉を年交互に利用するとか、、、、樹種を選ぶとか、、、、採取時期により土着菌の様態が異なり、採取場所(尾根・中腹・麓)でも土着菌の形態は異なる。

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照子さんの染め色かすみ草

■大岐集落の照子(てるこ)さんは今年、MPSに参加します。昭和花き研究会でMPS参加者はこれで7人目になります。昨日の昭和花き研究会・定例会で、決まりました。田島の湯田江美さんに負けないよう努力するそうです。

 中央花きの中谷さんが6月20日(土曜日)に昭和村に来るのを心待ちにして、待っています。

   中央花きと、取り組みをはじめてから今年で8年ほどになり、売って下さっている人の顔と名前、作っている私たちの名前と顔とが見えてくるように、ようやくなりました。とても、ありがたいことです。継続することは、信頼のはじまりです。産地にどんな厳格な規格や規約があっても、信頼は生まれません。農園は、工場ではないのです。個人の名前を箱に記す、というのは、集団としてグループとして販売していくなかでも、記名することで生まれる意味があります。生産者は記号・番号ではないのです。小売店の店員でも胸に名札を下げています。

 そして、照子さんは、かすみ草の新種もたくさん試作しています。メレンゲをはじめて昭和村で作ったのも照子さんです。ご主人は亨(とおる)さん。照子さんの妹は茨城県下でかすみ草を栽培して水戸市場に出しています。 

 中央花きのブログに紹介されました。→→→ 中央花き2009年6月15日(月曜)から店頭販売。

Be Green 展示計画書

■2009年6月16日(火曜)

■花業界のファーム(2軍)の控室での談話。

「いつも、脇役だね」

「添え、ともいうね」

「だれが決めたの?」

「だれかな、」

「僕なんか仕入れ禁止っていわれている」

「フェアなことかな?」

「添え花ってなに?」

「僕なんか、葉っぱだからね。花じゃないけど、脇役だ」

「君は沖縄の亜熱帯の森や野から東京に来た」

「島のミドリ、島は葉を生み、百合があったり素敵だった。イノウ、、、珊瑚礁のリーフ」

「常陸野風土記って有名な古代の書物だろう。常陸野っていい名前」

「和風な世界と涼しげ」

「僕は和風な、会津の山奥で育った」

「南会津の森のグリーン、、、、オウレンの実も、いいね。月田農園のグリーン」

「オウレンは古くから漢方薬で、人々を支えていたんだけど、カネトウさんがそれをかすみ草に合わせてくれたのが、いつかの初夏だった。月田農園はミドリもあったんだね」

「森のなかにある農園で植物は、ビニルで雨をよけるなんてことせずに、すべて露地で暮らしている。ヒメサユリだけじゃなく、ホトトギスとか、オウレンの実とか」

「脇役だけで集まったら、、、、」

「それは、山地フェアだな」

「ブナやミズナラの葉を腐植した土で、苗が育つ」

「葉っぱって地球温暖化を防いでいるぞ、、、、CO2だって僕らが吸って酸素を作っている」

「だから昨年、オランダはサスティナブル、持続可能な世界のために、花の今年、2009年のコンセプト、インスピレイションはゴー・グリーンに」

「理屈っぽいけど素敵なコンセプト。グローイング・サスティナル」

「葉っぱとヒトの関係を考える」

「かすみ草の社会的役割も考える」

「----」

「そのまま、僕らを何もせずに、ガラスの花瓶にかざってくれたら、きっとよさがわかるのにな」

「それは、ゴー・グリーンな世界だね。でも生態系には脇役っていないんだよ。すべて連関しているから。その網(あみ)が切れてしまうと弱くなる」

「いつも、ビー・グリーンでいたいね」

「そう、ビー・グリーンでいたい」

「トゲは痛いね」

「かざらない飾り方を考えてほしいな」

「だれもできる飾り方かな」

「ミドリ葉がじっと見られることはないけど、じっとみていると、3月に亜熱帯の森を歩いたときに見た葉を、思い出す」

「雑誌だって葉物を特集している」

「だってミドリは安らぎの色だよ。夏だって涼しげ」

「シロは色に入らない色かな」

「去年の7月のかすみ草とヒロロから、ミドリとかすみ草を考える」

「ヒロロはミヤマカンスゲ、深山寒菅、ブナの森の草だね。乾いてから糸によられ、長持ちする」

「来年はゴー・フォレストな世界だから、今年はグリーン・リーフな世界」

「主役のいない世界を考えてもらうかな」

「脇役ってなに?」

「寺を巡ると、本尊の両脇に、本尊を守るほとけさまが立っておられる。脇士(わきじ)。両脇士は手のひらを合わせたようにその中心のものを護る役目だ」

「葉っぱは花を護っているの?」

「でも花はそれに気づけない」

「いのちは最初はタネから葉を2枚出すのにね」

「小売店の店頭のフェアに、かすみ草に葉物を合わせて夏の提案をしてほしいな」

「七夕ってミドリの笹の葉だけど、あれはミドリに立ち返るというヒントでしょう」

「願いを書いた紙、1007枚も集まった」

「希望の無い社会に果たす葉物(グリーン)の社会的役割か、、、、」

「今年は主役になれるようにって書こうかな」

「僕は、人々の脇にそっと目立たず、寄り添っていられればいいかな」

「それじゃ メジャーになれない。一軍に行けないよ」

「僕は、巻き尺には、ならなくともいいな」

「ファーム(農園)は、いつも Be Green 」

「樹木はその年の終わりに葉を落とし、白い雪の華を咲かせ新しい年を迎える。葉はいつか土となり樹木の導管を水の中に溶け伝わって新しい葉を広げる。雪はその初原の水となり、樹木の根を寒さから護る脇士である。主役はいない世界」

 今年は太陽の花(中央花き)の葉物と、常陸野の木村さんのリキュウソウ(利久草、植物名:百部 びゃくぶ)、月田農園(JA会津みなみ)の協力を得て、昭和花き研究会のかすみ草とBe Green な世界を創ろう、と思います。6月29日(設営)、展示は30日から~7月3日。大田市場花き部2階通路。

 パネルはMPS(未来につなぐ花)、多様化するかすみ草の世界(世界の栽培地、エクアドル、イスラエル、昭和村の写真など)。

 中央花きでは昭和花き研究会のかすみ草の販売が店頭ではじまっています。→→→ 6月15日(月曜)から、、、、

■2008年7月(去年)の大田花きでの展示

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エゾハルゼミとブナの森とかすみ草ポット苗2寸5分

■ →→→ 動画

舞台設営

■かすみ草の苗を畑、、、露地雨よけ栽培パイプハウス、、、、に植える。除草剤をつかわないため、通路に不織布を敷く。繰り返し使う布。黒いもみがらクンタンを株もとに。雨の泥はねを防ぐ。ポット用土はブナやナラの落ち葉。三脚で固定カメラで撮影(15日)。→→→ 動画8分、音の加工なし

雨の中、かすみ草

■若苗の、かすみ草ニューホープ。生育したマイピンク。昭和村大岐・大田下圃場。→→→ ユーチューブ動画(菅家撮影)

2009年6月15日 (月)

落花率 1.4

かすみ草の花。1本から1個~2個。20090615bmdsc03557

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首都圏で太陽の花、グリーン

■2009年6月15日(月)晴れ。

 →→→都内大田市場花き部・中央花き店頭で太陽の花の葉物などのフェアが19日まで行われている

■今日は雲がきれいな日でした。午後3時から、昭和村花き振興協議会主催のあぜ道講習会が開催されました。昭和村野尻・中向の集荷所。15時、渡り鳥のサシバがピックイーと何度も竹の原の水田付近で鳴いた。中向集荷所から、吉尾峠の谷側で17時頃、ツツドリが鳴いていて、18時過ぎに村営グランド付近でホトトギスがテッペンカケタカと鳴いていた。→→→敬君のレポート

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6月17日(水曜)出荷明細

2009年6月17日(水曜)出荷明細  15日(月)11時30分決定

 136箱(メレンゲ38箱、ホワイトロード86箱、マイピンク1箱、うち注文35箱)

 出荷先・明細

 大田 メレンゲ70cm60本入4箱、同60cm150本1箱

 板橋 ホワイトロード80cm30本11箱、70cm50本1箱、60cm100本3箱、ほか

 世田谷 ホワイトロード80cm30本5箱、60cm100本6箱

 仙花 みやび80cm30本2箱、70cm50本2箱、ホワイトロード80cm30本8箱、70cm16箱、メレンゲ80cm30本13箱、メレンゲ70cm50本3箱ほか

 宇都宮 ホワイトロード80cm40本5箱ほか

 埼玉 メレンゲ80cm30本3箱

 福島 ホワイトロード80cm30本1箱、メレンゲ80CM30本1箱、マイピンク80CM30本1箱

 ※中央花き店頭 ファンタイム80cm、メレンゲ80cm、染め色かすみ草各色

■出荷数量の経過

6月8日(月)10箱(2社)
 10日(水)43箱(2社)
 12日(金)103箱(4社)

 15日(月)230箱(9社)
 17日(水)
136箱(9社)

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■本日午後3時より野尻にてあぜ道講習会(昭和村花き振興協議会主催)。講師は県金山普及所・佐藤充技師。

 午後5時より、中向集会所にて定例会(昭和花き研究会)。出荷状況および本年の出荷方法変更点(採花日等)。

 6月20日(土曜)午前、中央花き斧田社長、中谷さんら来村。

 6月25日(木曜)午後1時頃~ 昭和村野尻中向の花の集出荷施設(雪利用)にて、郡山市あさかのフレッシュの皆さん、ヨークベニマルの仕入れ関係者の皆さんと懇談、圃場視察会。MPS社松島社長も来村。

 7月4日、5日とヨークベニマル一箕町店で、かすみ草フェアを開催します。午後3時から3時30分まで昭和村の馬場村長が店頭で販売促進活動「昭和村のかすみ草」をアピールします。同、7月18日、19日は県内数店舗でかすみ草フェアを開催予定。

 6月下旬 岩手県内でかすみ草フェア(仙花)

 6月30日から7月3日まで、大田市場花き部2階にて、かすみ草等展示「be green」。7月3日朝、中央花き店頭で販促(菅家)。

 7月1日から、東日本板橋花き、仲卸すずき商事、フラワーロードにてかすみ草フェアを開催。

 6月30日~ 1週間、首都圏の花良品全店でかすみ草フェア。80cm130箱納品。白いかすみ草を各店独自に染めます。2002年から開催、2007年休み、昨年から再開しています。

 6月下旬~ 首都圏の小田急フローリスト店頭で七夕かすみ草フェア(交渉中)。

 7月18日~ 沖縄県内でかすみ草フェア(第2回)。沖縄県花卉との打ち合わせは7月1日に実施。

 7月末~8月3日 栃木県鹿沼市内 岩井生花店にてかすみ草フェア(宇都宮花き)。7月31日店頭販促(菅家)

かすみ草を収穫(ファンタイム)

■2009年6月15日(月曜)曇り、朝5時の気温13度。寒いので上着を重ねる。

 午前5時から、除雪してビニル被覆して融雪後に、4月10日に植えたかすみ草ファンタイムを収穫した。大岐集落の南方にある高畠地区の川流圃場の川沿いの間口2間半・長さ20間(4.5m×36m)ハウス。我が家では今年初めての採花作業となった。収穫したかすみ草は前処理・調整作業で80cm40本1箱分あり、明日朝の保冷トラックで大田市場の中央花き宛に送る。選別して廃棄したものと、1箱の規定入本数にならないものは廃棄。

 6月15日①ファンタイム採花記録(午前5時から、30分間)

 80cm 63本(うち40本出荷、23本廃棄)、70cm2本(廃棄)、80cm枝曲がり2本(廃棄)、80cm11本規定外切り前(最初に咲いたもので咲きすぎ廃棄) 計78本

 出荷率51%(ロス率49%)

 出荷数は80cm40本1箱とした。6月17日(水曜)朝、中央花き店頭販売用。

 午前6時から調整し、出荷用かすみ草はSTS前処理。明日の朝まで水揚げのまま静置し、明日の朝出荷容器の新日本流通のレンタルバケットSCLに梱包。バケットには水道水と水質の品質保持剤のティーバッグ(2リットル用)。

 落下した開花した花は、ファンタイム78本を調整したなかで、114個(写真)。落下率1本あたり、1.4個なので、落下しない品種で良い。落ちた白い花をみるとたいへん花が落ちたように感じるが、葉取り調整作業でのハンドリングで1本から1個から2個しか落ちていない。花瓶に生けてから落ちることはない。花の落下率、というのは今朝、私が考案した新しい調査法・概念です。

 同じく、かすみ草みやび80cm4本採花(本数未数で廃棄)

 ファンタイムは南米のエクアドル・エスメラルダ社育成種で新種。キリンアグリバイオ(浜松)が本邦ライセンス独占販売。花は純白で、花びらの枚数も多く、花持ちも標準(25度C)で14日間と良い。

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2009年6月14日 (日)

かすみ草:ニューホープ 定植後1週間

■大田下圃場の6月7日に植えた臭いの少ないかすみ草、ニューホープ。雨。

 先日来村した群馬県のカネコ種苗の徳弘さんが、ドイツのセレクタ社の4種の新種かすみ草のうちのふたつに、かすみ草の匂い(フレグランス)が無い、という。苗はプラグ苗を直接畑に植えてあるので、開花が楽しみだ。これまで臭いの少ないのはニューホープしかなかったから。セレクタ社のかすみ草は「パール」という名が付いている。海の真珠だ。パール・シンフォニー、パール・セレブレイション、パール・ブロッサムという名が付いている。これまで山の名前、星の名前、豆腐屋の名前が付いてきたが、今度は海。

■中央花きに明日(6月15日・月曜)店頭販売用のかすみ草を今日出荷した。照子さんのメレンゲ80cmと、メレンゲを各色に染めた物。大田花きには20箱程度(メレンゲとホワイトロード)。東日本板橋花きと世田谷花きにも出荷を開始しました。いずれも適正使用のエルフバケットに入っています。染め色かすみ草は22日頃から対応予定です。今後、ファンタイム、みやびというかすみ草が開花していきます。

 世田谷花き ホワイトロード60cm100本5箱、メレンゲ80cm30本10箱

 東日本板橋花き ホワイトロード80cm30本21箱、60cm100本3箱等

 大田花き ホワイトロード80cm8箱、メレンゲ80cm4箱・70cm13箱・60cm3箱

■愛知県渥美半島のかすみ草の生産者の皆さんがMPSに参加 →→→MPSジャパン松島社長のクロスオーバー

■南会津の月田農園の野に咲く森のオトメユリをあつかう→→→   はなどんや

 花の聖地 森の農園 →→→ 月田農園に行くエビスさん

■夜9時、ジュウイチが鳴いている。あとはカエル。

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かすみ草:マイピンク 雨

■かすみ草・マイピンク。30cmに伸びた。雨が降る露地。大田下圃場。

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かすみ草:アルタイル

■高畠・川流畑の真ん中のパイプハウス。アルタイル。まだ咲かない。つぼみ。

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かすみ草:ファンタイムの開花

■ようやく咲き出したかすみ草ファンタイム。エクアドル・エスメラルダ社育成種。栽培地、奥会津・福島県大沼郡昭和村大岐の高畠・川流畑。標高730m。博士山西麓、滝谷川左岸。小雨、薄暗くなってから夕方の18時30分に撮影。2009年6月14日(日)。

 ジュウイチ、ツツドリ、ホトトギスが鳴く。

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きのはさらい:木の葉さらい

■2009年6月14日(日)夕方小雨。

 夕方、小雨。

 きのはさらい、をする場所の導入路(山道)をエンジン式の草刈り機で除草した。落ち葉を拾うことを「きのはさらい」という。森の宝である落葉をさらってくる自覚がある。落ち葉ではなく、木の葉なのだ。

 大田上圃場のかすみ草:ジョニーを植えた穴のところに、もみ殻クンタンを置く(マルチング)。午前中に植えたかすみ草:アルタイルとオーバータイム、ダブルタイムの植え穴にもモミガラクンタン。男前の豆腐屋ジョニーは、白い色。ユーチューブというかすみ草も大岐の照子さんから、出てくるかもしれない(この秋に)。

 フラワーネットを張るための支柱を圃場内に置いた。

 開花のはじまった圃場を撮影。

    →→→6月12日MPSセミナー

    →→→ MPSセミナー 富樫さん

■19時の夕食の時に、父上・清一にバラヤマのサンコウクのきのはさらい場に、炭窯の跡と思われる、タタミ3畳くらいの広さのくぼみがあったので、聞いてみた。

「小野川の凶作の年、米がとれなかった昭和28年に、焼いた炭窯の跡だ」という。

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写真の撮り方

■人々の暮らし、いとなみを写真で記録に残す、ということと、美しい写真を撮る、ということは異なる。

 私の知人に会津在住のプロの写真家がいて、東京の写真バンクに写真を送っている。そこでカレンダーなどに採用されるのは、人気(hitoke)の無いもの、つまり、自然ならパイプハウスが映っているにでは困る、ということだ。そして枯れた木(たとえばナラ枯れ)が入っていても使用されない、という。

 現実は、商業写真と逆になっている。

 その話を、1997年に交通事故で1年以上入院してたときに、見舞いに来てくれた彼に聞いた。それ以来、私は、写真を撮るときには必ずパイプハウスを入れた写真を撮りウェブサイトに掲載してきた。そのかわり朝霧にたちこめたハウス群、、、、夕焼けのハウス群という詩情が感じられるように、農業者の生業が見える写真としてきた。

 昨日、黒い丸ポットを、ブナの森で撮影した画像・動画を見た感想がいくつかのブログで取り上げられ、使い捨て石油製品の黒いポットは森にはふさわしくない、という意見が多数を占めたのだ。

 私は25年間も、洗っては、繰り返し大切に使っている黒丸ポット2寸5分を出したのだが、都市生活者はホームセンターなどで苗が入って売られているポットは、ゴミになるだけというのが使用実態である、ということであった。

 もっと詳しく写真のポットの表面の汚れや、風合いを見れば、「ああ、繰り返し大切に使っているものだ」ということが感じられたと思う。しかし、黒丸ポットという記号として見てしまうと、全く異なる印象になる。それが商業写真に慣らされた消費者の眼、ではないか?と感じた。

 考古学では、使用痕(しようこん、きず)というものを重視する。それまでの学会では、形態分類だけだったものが、たとえば石器の製作過程や、その使用痕を見ることで、実際にどのように使用したのかを考究することにつながっていった。土器であれば内部や外についた炭化物で、何を煮たのか、、、、を見ていく。

 自然観察では、フィールドサインという生物が付けた足跡や、昆虫の食痕などを見る。虫食いの葉が、美の商業写真に採用されることは無い。しかし、虫食いの跡は、利用した昆虫の履歴を示すので、とても重要だ。

 頼んでもいないのに、今日の母上は、かすみ草の最後のプラグ苗を黒丸ポットに植える作業(仮植)をしているときに、兵庫県加古川市の「多木肥料」のてぬぐいを頭にかぶっている。理由を聞くと「今日は雨になりそうで、寒いから」という。

■昨日、かみさまとんぼがいた掘↓ 20090614odsc03316

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黒丸ポット2寸5分

■2009年6月14日(日)曇り。

 雨が降りそうなとても厚い雲に覆われた午前中、あまり小鳥が鳴かない。ウグイスとオオルリぐらいだ。春蝉も時折、たまに遠くで鳴くぐらい。高周波音の秋の虫、といわれる音がしはじめたのが気づくぐらい。

 このような日は、

 「降っちぇえのに降んね」(降りたいのに、降れない)という。

 天(てん)自身は雨を降らせたいのに、降り出すことができない。

 子どもの頃に、こうしたことを聞くと、

 「ああ、おしっこが出たいのに、なかなか、でない感じだな」と思った。

 雨が降ることは、降るのだが、

 なかなか降りだせない、、、それで、時間が経っていく。

 野に出るか?あるいは家の中で作業をするか?

 その仕事の「段取り」が雨の降り方で変わるから、低く厚い雲を遠目に見る。

 雷雨は明快で、降るときは降る。

 大田下圃場の道側の1棟にかすみ草を父上・せいいち(76歳)、と植えた。品種はアルタイル。いちばん湿気のある場所、乾きにくい土の圃場を選定した。通路の除草マルチを敷、昼の防災広報無線の音響が鳴った。

 昼食に家に戻ると、滝谷川の上流側で、今年初めてカッコウが鳴いた。

■我が家では戦後、父上が葉たばこ栽培を30余年行い、その後、花・かすみ草の花を栽培している。腐らないプラスティックが社会に出回りだしてから、たとえばタバコ苗用の5×5の25穴の赤褐色の連結ポットは、まだ父母は、捨てずにとっている。それで野菜の苗や花壇の苗を育てている。使い出してから40年同じものを、使っては洗い、そして使う。パイプハウスも建てて解体し、ずっと繰り返し使う。

 黒い丸いポリ製のポットは花を作り出してからはじめて購入した。それは25年前のことだ。そのポットも、かすみ草の苗を植えて育て、使い終わると、軍手をはめたままの手で、真水で洗う。軍手が洗浄ブラシの役目をする。そして陰干しして、重ねる。

 かすみ草では1年に2回、3回と、このポットを洗って使う。3月に来たプラグ苗を植えて、4月に畑に植えたときに洗って、5月に来た苗をポット仮植する。さらに6月に来た苗を植える。昨日は、苗を植えるポットが無くなったから、早く畑に定植してポットを空かせるようにと母上のお言葉であった。苗が入ってきたプラグ苗の黒トレー(128穴)は、農業廃棄ビニル回収時に束ねて出すことになっている。

 昨日撮影した黒丸のポットは私が花作りをはじめてから25年、50回以上繰り返し使用したポットで、その古風な表情を見ていただきたいと思って撮影した。使い捨てではない、そして腐らないことは、使い手の使い方次第であるから、森にふさわしい。

 愛知県のポット業者が昨日送ってきた緑色のスリット入りのポットを、今朝の朝食後に父上・母上と吟味した。堅くて植えるときに苗をポットからはずすときに手のひらが痛くなるから、これまで使い続けた黒丸ポット2寸5歩(にすんごぶ)のほうが良い、という結果になった。

 春のいちばん最初の苗をポット苗で買う人が近くの集落にいて、「○○姉は、これと同じ緑のポットを使っている。苗を買ったときに入っていた物を、洗って保管しておいて、プラグ苗をそれに植えるようにしている」と母上・ミヨ子(75歳)は言った。

 あと黒丸ポットは、あと20年は、繰り返し使用できる、持つと思う。

 消費地と異なり、ゆりかごである育苗ポットを捨てる人は誰もいない。繰り返しきれいに洗って使い続ける。苗の病気も発生したことがない。

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ローカリゼーションと、品質論的転回:Quality turn

■2009年6月14日(日)

 昨日午後、携帯電話を復旧のため会津若松市へ。博士峠越えで行くことで乗用車にエンジンをかけて出発したが、データを保管したUSBメモリスティックを忘れたので、大岐に戻る。雨だったが、天候が回復しつつあり、会津若松に行く途中で、7月からのかすみ草プロモーションのための映像を撮影することにして、ビデオカメラと35ミリの一眼レフカメラと三脚を車に積んだ。そして12日の午前に東京都内西部を自動車に乗せてもらい移動しながら「ミドリ」の樹林帯を見た。2009年の販促テーマは「be green」でミドリでいよう、ミドリで暮らそう、という自然回帰がテーマでそのことを考えている。5月母の日後に茨城県のカーネーションの生産農家を訪問する人の車に同乗して連れて行ってもらったときにリキュウソウの1000坪におよぶ生産施設をみた。オランダのフラワーカウンシルの2009年の販促テーマは「go green」。昨年、2008年秋のアムステルダムのホルティフェアは「サスティナビリティ」。昨年秋にたずねた南米諸国は、ラベル(環境認証)。エクアドルのキト市のアグリフロール展示会は、サティフィケイト social-environmental certificate

 昨日、大阪の住化農業資材(すみか)の永島さんがかすみ草のダンジガー社の本社のあるイスラエルに向かって出国された。オランダ経由で調査してから帰国する。永島さんがダンジガー社のかすみ草の育種に、主体的にかかわって日本向けの新しいかすみ草の選抜をこの数年継続しておこない、日本国内での試作を継続している。イスラエルで見るかすみ草の草姿と、日本での姿は異なる。そして日本であっても夏秋期の北海道や会津、冬春産地の熊本や和歌山、高知・静岡でも表情が大きく変化する。その地域に合う花の種は、その地にあう品種の時代になる、と見ている。多品種併存で、共通するのはポストハーベスト技術(品質管理)。その地域のもつ季節力(風土や人々のはたらきかけ)を形にしているのが植物であるから、それにさからわないで、植物の力を引き出すことに転換する、というのは「ミドリの力」の人工制御の均衡にほかならない。冷暖房に石油資源を使いたいだけ使うという時代が終わったのだ。

 昭和花き研究会では、昨年に永島さんの育成しているひとつの品種を10本試作した。今年、それを生産者で分担して1万5千本近く栽培して事例を集める。2010年にはうまくいけば定着した品種のひとつにして市場に投入できる。昭和花き研究会の生産者が暮らす奥会津にいちばん合った品種を見つける、それが「Go Forest」プロジェクトである。新しい品種を出荷する、のではなく、継続して安定した生産を可能にする地域に合った品種を見つけ出すのだ。

  今年の冬、中央花きの中谷さんの自動車に載せてもらって多摩地区から相模原にかけた地域の量販店の花売り場のかすみ草販売の様子を見ることがあった。2007年に、28年ぶりにイーグルスが出した2枚組アルバム、LONG  ROAD  OUT  OF  EDENが、車中では、ずっと流れていた。1枚目はとてもイーグルスらしい曲が集まっている。28年ぶりにイーグルスが出したアルバムの1曲目は、「失われた森を求めて」で、原題は、

 NO MORE WALKS IN THE WOOD

 2枚目の1曲目がアルバムタイトルであるLONG  ROAD  OUT  OF  EDEN

 歌を作るアーティスト、あるいは詩人の社会的な役割は、毎日の暮らしのなかでの人々の感じている空気を「言葉で切り取る」ことが仕事である。クリエイティブな場所にいる人々は、育種であれ花の生産・販売であれ同じである。

 6月26日(金)の夜に、昭和村大芦の昭和の森キャンプ場の「森の駅」で、佐藤孝雄氏とともに歌を歌うことになっている。織姫歓迎が趣旨で、ラマの佐藤衆君も来る。入場無料。たぶん7時から、、、日時と場所は佐藤孝雄氏のブログに掲載されます。昨日メールが来て孝雄氏①12月の雨 ②小さな村 ③冬来りなば春遠からじ。私は、④ふるさと5月 ⑤たいせつなもの ⑥うちあけてくれ。



■会津の隣国である魚沼で、シャクヤクを守ってきた人々の取材が雑誌『花時間』により行われた。雪国で生まれる価値は尊い。なぜなら、1万年もかけて、会越国境には現在のブナを中心とした植生ができたが、偏西風により尾根にできる雪庇が雪崩となり東斜面を削る。そうした不安定な雪崩場と、安定したブナ林のモザイク状の世界、冬と夏の大きな環境変化は、つまり毎年の半年は氷河期、半年は熱帯のような振幅の大きな自然環境変化をもたらした。こうした特異な地域にヒメサユリ(おとめゆり)は生存してきた。

 会越両国では、背丈を越える雪の降る低地に人々は住むが、ブナが暮らす森は5mを越す雪が積もる。この環境で安定した林層を維持している。夏に、冬の雪深さを想像できない。

 鈴木君がアテンドしたライター女史は、昨年『季刊 銀花』に月田農園を取材し書いた人。

 昨夕、板橋の自由が丘フラワーズの松村氏が何度も電話をよこした。宍戸氏に言われ月田農園のことを調べていたそうだ。12日の午前に板橋市場で顔を会わせたばかりなので、たぶん思いついて電話してきたようだった。月田農園のようなあり方が評価されない社会は、イーグルスが言うように滅び行くだけだ。ゴールデン・イーグルはイヌワシのことだが、日本の森林性の大型のクマタカを含め生態系の最終消費者は、その森の生み出すわずかな利息でしか生活ができない。森という原資が無くなると滅びる。生産者の原資は「土」あるいはその人々が暮らす地域そのものである。

 農園をいとなむ地域での環境対策、化学物質の低減を行っていくのがMPSで、その生産物がすべて無農薬農産物である、というわけではない(無農薬の生産者もいる)。また化石燃料等を節約していくことを実行している。しかし日本では昨年からはじまったばかりで、伝えることも、内実もまだこれからのものだ。

■首都東京の一口坂で行われた、6月12日のMPSセミナーで、日本農業新聞の川畑記者は「消費者は生産者と会いたい、と願っている時代になっている」と短く語った。

 かなり以前に、アマゾンに発注していた図書が、なんとなく昨日届いた。なんでこの本を注文したのかも忘れてしまっていたが、読んでみるとたいへん示唆に富んだことが書かれている。

 日本村落研究学会編・池上甲一責任編集『むらの資源を研究する フィールドからの発想』(農文協、2007年)。編者は近畿大でアフリカの非市場型農村発展の可能性や、農産物のオルタナティブ・トレードを研究している。

 218ページから立川雅司氏が興味あることを書いているのだが、立川氏は発刊された2007年当時の奥付の著者歴を見ると農水省の政策研究所アメリカオセアニア研究室長である。その短文の構成は、

 アグロ・フードシステムの進展とむら、と題して、グローバル化するアグロ・フードシステム、対抗運動としてのローカリゼーション、むら=ローカル?。

 ローカリゼーションの特徴は、地域のアイデンティティや独自の環境条件、さらには地域内の重層的な社会関係に根ざしつつ、高い品質を実現しようとする。欧米の研究者は、このような考え方の登場を「品質論的転回(Quality turn)と呼んでいる。

 私は、この本を今朝に読んでみて、先のMPSセミナーで、どのようにしてMPSの花を社会に伝えるのか?に関する、考え方への着想の道筋が書かれているように、感じている。いまの花の取り組みの課題はどこにあるのかを考えながら読んでいる。

■東京から帰ってみると出来ていた、5月に曲げていた地竹を3本使って作った「み(箕)」で、ペンキの1斗缶を半裁にして2個作ってある。我が父上・清一の製作。ペンキを塗らずに、サビを防ぐことが、ペンキ缶では可能。使えるものは、捨てずに取っておく。

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2009年6月13日 (土)

神さまトンボ

■今日朝、かすみ草を植えて家に戻る農道の堀の曲がり角で、「かみさまとんぼ」が軽自動車の前を横切った。イトトンボの仲間で、本来は山中の沢にいる。子どもの時から「捕らないように」と教えられた。神様トンボが止まるときは羽を閉じている。私が思うに、大岐の沢というのは、水源の沢であり、その命の水を守っている、、、という位置づけと、止まった姿、つまり「羽を合わせる」という姿が「手を合わせる」につながっている着想なのだろうと思う。飛翔も弱く、すぐつかまえることができる。容易に捕獲できるものには、捕獲できないように「言葉のちから」で「神様とんぼ」という呼び名で、世代間伝承している、と想像する。水田の上を飛ぶ昆虫を飛翔しながら捕獲するトンボ類は、敏捷に動き、なかなかつかまえることはできない。雪融けから1ヶ月たち、植物の繁茂にあわせ昆虫が多く野に出現している。この梅雨の後半、、、、、「ヤマトンボ」(オニヤンマ)が、路傍の堀からはい上がり羽化してくる。ヤマトンボは大型であり、王様である呼称を持ってよさそうだが、大岐では「山とんぼ」である。その捕獲飛翔の行動から「鬼」がついて呼ばれるのが普通だが、なぜ「山(やま)」なのか?「鬼」という名の付く昆虫は「おにむし(鬼虫)」で、それはカブトムシのことを言う。角(つの)があるからだ。

 そして高畠で午前中にかすみ草を植えているときに、ツツドリの鳴き声のする谷の出口でないていた「チヨチヨビー」、、、センダイムシクイという小鳥で、ツツドリが託卵する相手だ。

 カッコウだけがまだ鳴かないが、南方から飛来したカッコウの仲間、ホトトギス、ツツドリ、ジュウイチがいま大岐集落を囲むブナやコナラ、ミズナラの森で暮らしている。

 高畠の道は、舗装されていないむかしながらの土の道。ウスバシロチョウがいま多く飛んでいる。

  →→→ ビー・グリーン

25年間、繰り返し使用しているかすみ草苗用の黒丸ポット2寸5分。

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Be Green 2009:Go Forest2010

■はじまりの、かすみ草の苗はブナの森の土と同じように落ち葉。35mm一眼レフ。エゾハルゼミ(春蝉)。

 25年間、繰り返し使用しているかすみ草苗用の黒丸ポット2寸5分。

■ 動画 →→→ 2009年7月は、かすみ草の旬 プロモーション02

 →→→ be green 2009 コンセプト

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Be Green 2009

■今日、博士峠で午後に撮影しました。かすみ草の苗です。7月のプロモーション用。画枠をクリックするとユーチューブ動画にジャンプして再生します。25年間、繰り返し使用しているかすみ草苗用の黒丸ポット2寸5分。

   動画1→→→ Be Green 2009,,,Go Forest 2010

 →→→ be green 2009 コンセプト

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降雨に

■6月13日(土)午前9時より、大岐集落の南西扇状地の高畠。その大畑(おおはたけ)にオーバータイムというかすみ草を父上・清一(せいいち、76歳)と植える。そして角畑(かくばたけ)の上より1棟にアルタイル・ロングを定植はじめたら、雨が降ってきた。カッパを出して羽織り、11時まで植え終えた。

 父上は、「あと1cm深く植えろ」と言う。

 私はビニルマルチが張った天場と同じ高さの平植えに植えたい。

 ここは意見が合わない。

 乾燥するから、少し深めに植え、そのくぼみに雨がたまり地下の根を潤す、というが、長雨になればそれが腐りの原因になる。

 父は深植え、私は平植えで、条(うね、畝)を異として植え終えた。

 自宅に軽トラックで戻ってみると、エルフバケット1000組を卸すトラックが停車していた。

 雨のため、これから、明日の集荷依頼のための、11時30分から分荷をする。

 PCのデスクトップに、敬君から出荷開始のメールがあった。

■6月15日(月)15時から、協議会主催のあぜ道講習会。17時から中向集会所で昭和花き研究会定例会。

 16日(火)朝8時30分、第3集荷所で目揃え会。

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fg429:ジョニー(かすみ草)

■2009年6月13日(土)曇り、12度C。午前10時より雨に。

 朝5時~8時まで、昭和村大岐の大田上圃場で、かすみ草苗を畑に一人で植え、多木有機液肥500倍をかん水した。かすみ草を約400株。品種は永島さんのジョニーという人の名を冠したはじめてのかすみ草新種。5月29日にプラグ苗を、2寸5歩の黒丸ポリポットに博士山のブナとコナラの落ち葉を集め3年経過した腐葉土を主にした自家培土に植えたもの。今年は天候不順で、曇天と急激な高温が多いため根張りが悪い。摘心してすぐ定植した。1日出張で農作業を休むと、それを取り返すには3日以上かかる。また出張に行くためには仕事を詰めて3日以上前から進めておかないと家を空けることが難しくなる。つまり1日の出張不在が、圃場管理では1週間の影響がでる。

 午前中は、エクアドルのエスメラルダ社が育成しキリンアグリバイオがあつかっているオーバータイムという新種のかすみ草(昨年試作してとてもよい花だ)、と山梨県八ヶ岳のミヨシのアルタイル、というかすみ草を植える。午後1時30分からパソコンで机上分荷作業をして明日の出荷の指示を決める。午前11時30分に電話でれます(0241-57-2444)。出荷がはじまったばかりで数量がとても少ないため、白かすみ草の引き当てが多いため(1本80cmで150~300円、初出荷でご祝儀もある)、染めは22日から対応予定。

 ウグイス、ホトトギス、アカショウビン、ジュウイチ、ツツドリの鳴き声がずっとしていた。そしてキツツキのドラミング(アカゲラかアオゲラ)。河床ではカジカガエルが鳴いている。土曜なので堤防農道に白いワゴン車が1台とまり、男性が熊よけ鈴をつけて魚釣りと山菜採り。「共有地につき入山禁止」の立て札の前に駐車している。

 今年、住化(すみか)農業資材では、メモリーホワイト(fg427)、ジョニー(fg429)、スプラッシュ(fg432)、ベールスター(fg431)の4種の新しいかすみ草を投入している。ホワイトベール、マリーベール、スノーベールに次いで、来年に向けた提案種となっている。

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MPSの伝え方

■2009年6月16日(土)

 昨夜遅く、東京出張から帰宅した。営業時間外で携帯電話交換ができないまま、週末、畑の作業が続く。携帯メールも不能。PC(固定)と、有線電話で対応する。

 MPSのセミナーは、100名近い人が集まり、熱心に議論が行われた。MPS社が主催するものではなく、MPSの参加者自身(協議会)が主催するので、MPS社への意見、あるいは要望も多く出される。そして、どのようにしてMPSを伝えたらよいのか?ということが話し合われた。

 MPSabc参加者の静岡県のバラ生産者の芹沢君は、会場からの質問を、発表者の八王子の志村三枝さんにしたが、私は、この質問をした彼はとても立派だと思った。

 そして福井先生は講演冒頭に花普及センターの現行の花育を批判して、代替案を提示された。またMPSのあるべき姿を明確に提案した。

 

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2009年6月12日 (金)

諫早菖蒲日記

■長崎県諫早市に行ったときに、野呂邦暢という作家がいることを知り、アマゾンで古本を求めた。『諫早菖蒲日記』(文藝春秋)1977年初版。長崎港に近い諫早藩の鉄砲方がオランダ語の本などを参考に近代化武装する父・藤原作平太を、15歳の娘・志津の視点から書いた本。江戸末から明治期に諫早で起きたことをほぼ事実に基づいて書いている。単行本を上京する新幹線・埼京線・武蔵野線で立ったまま読んだが、6月10日に東北の福島県も梅雨入り、閉じようとした本についているシオリのひもは、紫色であった、、、、そうか、菖蒲の花の色、、、、。

 携帯電話は交換する時間もなく、昨日は、急いで上京した。今日はMPSセミナー。

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2009年6月11日 (木)

携帯電話、使用不能

■2009年6月11日(木)雨の朝、圃場をまわるなかで、草をむしり、手が汚れたので、水田の用水路U字溝で、手を洗おうとしたところ、胸のポケットから携帯電話が落下し、勢いよく水流に飲み込まれて流下していきました。

Be Green:ビー・グリーン

■2009年6月11日(木)昨夜から小雨。

 朝から花卸が来村する。2社。朝・宇都宮花きの山野井さん。昼近く、埼玉園芸の山下さんと小売り業の人たち。夕方は上京し、20時に明日朝の講演の打ち合わせ。MPSのセミナー(法政大・新一口坂校舎)。

■7月4日(土)の、福島県郡山市に本部を置く、会津若松市内の量販店(地域スーパーマーケット)での七夕かすみフェアの関係で、開成生花の林隆社長と電話で打ち合わせした。昭和村の村長が、村特産のかすみ草の店頭販売促進に立ち会うことが予定されており、その担当である村役場と日時・プレスリリースの調整(広報)をお願いしている。福島県内で生産された花を、福島県民に利用していただく地産地消の取り組み。特に、会津産(昭和村産)のかすみ草は日本の6月から10月の間の日本国内シェアの約7割を占めている。その旬は7月。まず会津産(昭和村など奥会津地域で生産された)かすみ草は、会津地域での販売から開始したい、というはじめの物語を5月の取引会議で相談している。7月18日、19日には福島県下の量販店数店舗に拡大して、かすみ草フェアが開催される予定になっている。

■今年の7月の昭和花き研究会のかすみ草販促のテーマは、「Be Green」(緑でいよう)です。自然回帰を意味します。

 人々が暮らす都市にも緑地帯、樹木、公園が人々の心をいやすように自然、、、が必要です。その自然は「みどり(グリーン)」と呼ばれています。夏から秋のかすみ草を生産している昭和村など奥会津地方は、緑の海(ブナの樹海)のなかの河川沿いの隙間に家を建て、いまでは小さな田畑を拓いて8千年以上も前の縄文時代早期から暮らしてきました。

 地球の資源には限りがあることが自明となった現代、自然環境によりそう暮らし方が進んだライフスタイルであることが明らかになっています。

 昭和村でのかすみ草の生産は、春の遅い雪融けを待ち、5月に花を育てるためのパイプハウスを建て、堆肥を入れ、畝をたて、かすみ草を植え付けます。そして陽光と降雨、、、つまり「大地(あめつち)」が植物を育てます。花が咲くときに雨から花を護るためにハウスの屋根にビニルを被覆します。露地雨除け栽培です。25年前からかすみ草の栽培が行われていますが、大地に化学薬品を投入する「土壌消毒」は一度も行ったことがない地域です。

 ただし、カビや昆虫からかすみ草を保護するために必要な少量の植物保護剤(農薬)は節度を持ち使用しています。しかし、ほとんどのカビの胞子や昆虫については、谷を吹き抜ける風や、空から落ちてくる水滴が育つ花の葉から洗い流してくれます。

 花の収穫作業は科学的調査に基づいて迅速に前処理(水揚げ)と、かすみ草の花持ち延長処理が行われます。呼吸量を抑えるための出庫待ち時間の予冷については、冬の大量にある雪を貯留した大きな倉庫の冷気を利用しています。この冷気を保冷庫内に送り込むファン(扇)にわずかな電気が使われているだけです。首都圏への輸送は、保冷トラックにより品温を下げた輸送が行われ、輸送容器は適正に運用されている清潔な水入りリターナブル方式のバケット(桶)です。

 花の収穫が終わる秋、ブナやナラが落葉するころ、ハウスを被覆していたビニルを収納し、骨組みであるパイプを解体し畑に寝かせ休ませます。そして白い雪が降ってきます。6月から11月上旬までのかすみ草の生産についても、圃場(ハウス)で石油資源を燃料とした暖房をすることは原則的にありません。ただし強い霜(花が凍る)や降雪(ハウス倒壊)が予測されるようなときには、いくつかのハウスでストーブを焚くことはあります。

 現代の日本では、「みどり」という言葉は、「植物が暮らす自然そのもの」を意味しています。そして植物の色である緑そのものを、直感的に、人々の暮らしを支える基本(CO2を吸収し酸素を生み出す)として認識しています。

 Be Green(ビー・グリーン)とは、日本の社会が、夏のかすみ草を生かす場であってほしいという願いを込め、2009年の7月に提案する新たなビジョンです。本来、地中海沿岸が原産のかすみ草ですが、奥会津の雪融け後、かすみ草が雪や霜の地象からみずからの折り合いを付け育ちをはじめる、かすみ草自らの力で露地で育ち咲く季節、つまり「旬」は7月です。自然にかすみ草が野で咲く、とすれば7月がかすみ草の季節・旬になります。 

 中国や台湾など漢字を母国語とする国では、かすみ草は「満天星」と表記されています。銀河のような輝く白い無数の花、のイメージです。

 英語圏では、babies' breath.

 そして日本では、かすみ草が渡来した明治時代に、ナデシコの仲間であり、白い小さなお米の花が付いたような雰囲気から「小米撫子(こごめ・なでしこ)」という和名がついています。でも今は「かすみそう」という名前が定着しました。

 かすみ草の植物としての学名は、Gypsophila(ジプソフィラ)であり、欧米での花の卸業などでの表記はこちらを使っています。GYPという略称も使用されます。

 満天の星を愛でる、日本の行事は、「たなばた(七夕)」であり、夏の夜の銀河、天の川があり、昭和花き研究会では2002年から「七夕かすみ草祭り」を提案しています。また7月のひとつきをかすみ草の旬として「かすみ草フェア」を提案しています。

 かすみ草の新しい品種には星座の名前が付けられています。花の多さが星であり、ミリオンスターやアルタイル、ポラリス、、、、などです。そして雪の白をイメージした雪ん子など、雪の呼称も多く付けられました。

 日本政府が平成11年度に制定した「持続性の高い農業生産方式の導入に関する法律」より、堆肥等による土づくりを基本とした化学肥料、化学農薬の使用量を低減する生産方式(持続性の高い農業生産方式)の導入計画を、県知事に認定された農業者の愛称がエコファーマーです。2006年6月29日に昭和花き研究会の生産者全員が福島県知事の認定を受けました

 また私たちのかすみ草生産は、露地雨除け栽培の化石燃料不使用のエネルギー節約農業であり、化学薬品による土壌消毒もしていないことから、なにか適正な第3者機関による認証制度を探していたところ、花の母国オランダの生産者が主体的に創発した制度MPS(花き産業総合認証プログラム)の日本での展開を待ちました。2007年に1名、翌年に5名の生産者が昭和花き研究会ではこのMPSに参加しています。

 これらのいわゆるラベル(認証)は、作られた産物の適否ではなく、その産物がどのように作られたのか?の生産工程を適正にし、刹那的生産を避け、環境にも配慮しながら、使用する化学物質を制限したなかで自立的に農業を営む方針とその過程への配慮をかたちにしたものです。「未来につながる花」MPSが日本ではじまってから、日本国内の花の卸業(卸、仲卸、花束加工業)が「流通品質」に気づいて、花の温度管理(植物の呼吸量を抑制する低温で管理することで、生産された花の品質劣化を予防する)や水の適正管理、顧客管理などを適正に行うためのMPS流通認証を取得しています。たいせつに育て、流通される花が、ようやく社会に登場しています。

 かすみ草の苗を育てる、腐葉土は、この地域の土着菌が付いたブナやナラの落ち葉を数年かけて滋養して腐食させたものを使用します。ブナの森に囲まれた奥会津・昭和村。そのブナの森の土を通過してきた清涼な水は、滋味豊かな水として作物の実りによい影響を与えています。大きなエコシステムのなかで自然の動きに逆らわないで、夏から秋にかけて雪の無い時期の半年間だけ、ていねいに、たいせつに、かすみ草を育て、作り続けることが、昭和花き研究会の Growing  Sustainably 私たちの育むサスティナビリティ(持続可能性)です。野山の雪が溶けて、畑に白い花が咲き、野山に雪が降り出すと、畑の仕事は終わります。「白」という色は初源の色、はじまりの色です。色が無い色です。つまり本来は見えない色、、、、自己主張しない、いつも謙虚に脇役であり続ける意味はそこにあります。それはとても伝統的な日本的で、「和」の心をあらわすものです。人々がふだん着で毎日集う場所で、私たち昭和花き研究会のかすみ草は、この夏、あなたとの出会いを待っています。

 かすみ草の花言葉は、「清心」。それは、雪のように白い、 「清らかな心」 

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2009年6月10日 (水)

花の語り方

■月刊雑誌『フローリスト8月号』(7月上旬発売、誠文堂新光社)の花の鮮度保持関連の取材で、3名の方が来村された。編集部の大関真哉さん、フォトグラファーの岡本穣治さん、メゾンフルーリの佐々木久満さん。大岐で取材されたあと、野尻・中向の花の集荷施設(雪室・ゆきむろ)に案内し、JAの齋藤孝人さんに説明してもらった。

 佐々木久満さんとはちょうど1年前に浜松市のガーベラ大会で名刺交換をしただけで、今回はじめていろいろとお話をうかがえた。特に9年間ほど日本各地の生産者を訪問して、取材記事を掲載してきた「季(とき)の花をたずねて」は、私は毎号楽しみにして読んできた。それも終了してしまっている。生産者のことを書く、語る、というのはとても難しいことだ。花を紹介するなかでその作り手の希望をすくいあげること、言葉にすることはとても難しい。それが佐々木さんの記事では、取材の苦労も感じさせないほど多彩な語り手として生産者を誌面に登場させてくれていた。

 毎号楽しみであった谷口正和さんのコラムも無くなってしまった。

 新しい誌面構成で25年目の緒としていくのだろうと思う。私が花を作り始めた年に、雑誌フローリストは創刊された。私の花作りの歩みそのものである。

 佐々木さんは、新しく登場する花が、いつか周年供給されていくことがよいことなのか?と疑問を持っておられた。季節感、、、を大切にする文化を語りたいようであった。マツヤママコトさんの連載がフローリストではじまったが、「花を語れる」花屋さんはとても少ない。佐々木さんの継続した活動には期待したい。

■フローリスト7月号は葉物特集 →→→ 中央花きの沖縄産葉物も掲載されています

■そういえば、会津の隣国・越後魚沼(ほりのうち)では、雑誌『花時間』の取材が行われている。シャクヤクの品種を育成された地の人と、その花を育んだ地域での花生け。ユリの鈴木健市君が橋渡し。

あぜ道講習会15日午後3時

研究会ニュース(2009年6月10日)

■6月15日(月)午後3時から5時、昭和村花き振興協議会主催のあぜ道講習会が、昭和村中向の雪室(集荷所・第2)にて開催されます。当日は小野川地区のお寺の行事が昼にあるため、普及所の佐藤先生のほうで、時間を調整して午後3時に変更してくれました。講師は金山普及所 佐藤充技師

 6月15日(月)午後3時~5時 中向 農産物集出荷施設(雪室)にて開催
  ※内容は、新種かすみ草アルタイル、ベール等のピンチや定植の仕方。
  ※雪室での講義終了後に、中向地区の上ノ山地内の圃場視察会

 なお、昭和花き研究会の定例会を同日、同場所で終了後に開催します。
 6月15日(月)午後5時~6時、昭和村中向集落内 中向地区集会所(予定)
  ※本年の出荷開始について、その他連絡事項等

プリクーリング  Pre-cooling

■2009年6月10日(水)

  今日は、午前中は早朝から圃場で作業。午後、分荷(3回目出荷)。

  午後1時30分、会津パッケージ岩崎喜一郎氏。バケット用・段ボールスリーブの意匠変更について打ち合わせ。

  午後3時、ホシザキ小松氏、保冷庫内クリーニングと機器点検打ち合わせ。

  午後4時頃、雑誌フローリスト8月号記事のための取材で、佐々木久満氏来家予定。昨日の昼に電話があった。

■6月9日(火)朝5時出発でJR郡山駅8時発新幹線で上京。午前10時、市ヶ谷。一口坂の法政大学新一口坂校舎101号教室で、JFMAモーニングセミナーを聴講する。日本農業新聞の川畑悟史記者に、鵜澤朋未記者を紹介される。昨日からかすみ草の出荷がはじまったので、聴講来場している仙台市場の仲卸の東園生花の高橋勝巳社長、木本生花の木本社長に挨拶する。聴講者の花良品の鈴木克俊社長、栗山直人さんと6月30日から1週間開催の花良品全店での七夕かすみ草フェアについて、納品の件の確認。横浜市のパレス化学の竹田佳正さんファンタジー染色剤について。福島県南農林事務所の宮島聡さん。FAJの堀江素子さんからA社のかすみ草納品提案について話をうかがう。クリザールジャパンの植松英世さんにはかすみ草の花持ち試験開始の検体送付の日時についてお願いした。明日10日夕方に来村する、という電話を佐々木久満さんからあり、雑誌フローリスト8月号記事のための取材、という。昨年7月に浜松市で開催されたガーベラ生産者全国大会の会場で高倉なをさんの紹介で佐々木さんにお会いして名刺交換をしている。1年ぶりだった。植松さんと花持ち試験打ち合わせを兼ねた昼食後別れ、一人で日テレ通りの坂を上がり野村ビル6階のMPS社を訪問し12日のセミナーと、25日の来村の件、30日からのパネル借用について津田さん。11日に幕張イオン本社でのカーボンフットプリントのワーキンググループの件でMPS宮原富士樹さんと打ち合わせ、経済産業省分のみずほ総研の件と、農水省分は三菱総研が担当することを聞く。街角のドトールでは沖縄黒糖のパネル。東郷公園側からまわり、午後2時から新一口坂校舎101号教室に戻り、JFMA定期総会。開始前に東日本板橋花きの樋口博紀さんに持参した花持ち試験結果資料等を手渡し、7月はじめの七夕かすみ草フェアの打ち合わせ(すずき商事、フラワーロード)とヤオコーさんでのかすみ草販売と、12日午前板橋市場訪問の件。苗の件で、ミヨシの三好正一社長から話があった。午後3時から303教室で理事会が5時まで。JFMA専務理事のインパックの守重知重社長と11日夜、12日朝の東大和市での倫理法人会の講演について。ゼントクの伊藤瞳さんには母の日の販売結果について話をうかがった。松島義幸さんにはMPSの新規加盟の検討者の状況と量販店・専門店向けのプロジェクトの進行状況をうかがった。小川孔輔先生は執筆中のマーケティング本の初校と、長崎と鹿児島の産地で見聞きしたことを伝えた。オランダ在住の山本清子さんが小川先生に電子メールで送ってきたオランダのスーパー・アルバートハイン社が6月5日より切り花の日持ち保障販売を開始したこと、オランダ産のバラについては10日間保証をすることを聞いた。ウェブにアップしてある、という。閉会後、山形県米沢のおきたま農協の花き振興会長の安部洋さんと東京駅まで同行し花生産の現況をうかがう。私は東京駅構内の第3世界ショップを見てから17時40分発の新幹線で郡山まで90分。そこから自動車で21時に帰宅。

 JFMA総会では、役員の入れ替えがあり、キリンの佐々木社長が退任され名古屋の坪井花苑取締役業務統括部長の坪井清滋さんが新任。大田花きは宍戸純さんにかわり桐生進さん(花の生活研究所 代表取締役)。顧問は今西先生が退任され、かわって京都大学農学部蔬菜花卉園芸学研究室の土井元章先生と、宇田明さんが新任で提案されすべて原案通りで承認された。7月23日の午後に市ヶ谷の法政大にてJFMA国際セミナーが開催される。米国の花のプロモーションを行っているスタンポーマーさんが講演する。

■この日のJFMA第67回モーニングセミナーでは、株式会社クラシック代表取締役社長の西尾義彦さんの90分の講演「輸入花きの最新情報、海外生産地の取り組み、日本の輸入会社からみた海外花事情・輸入データの読み方」を聞いた。私のノートを掲載してみる。

 32年前の1977年に創業した西尾さんが、輸入の花のデータが農水省の公表分は正確ではないことを語っている。サカキ等の輸入が2008年で8000万本ほど数値が足りない、という。

 すべてこの10年間に日本に輸入された切り花についての数値をもとに話が進められた。

 デンファレのタイでの生産は約2.5倍に増えているが、中国バイヤーが買い付けしており4割は中国へ、日本へ3割、残りがイタリアやアメリカに仕向けられている。特にソニアを中国バイヤーが現金で買い付けしており、日本の輸入会社は「買い負け」しており、今後も、中国による花の買い付けが価格の攪乱要因となる。

 日本国内では、この10年で、バラは17%、トルコギキョウ9%、ユリ17%、かすみ草で35.7%販売数量が減少している。総じて欧州と似た傾向にあり、生産品目は売れ筋のみのロット品に集約され、花屋の求める季節感のある草花の生産が生産されなくなっている。草花の生産は安く、採算があわないからだ。

 輸入検疫された花の数値は、2週間後には政府のウェブ上で公表されるが、日本国内の切り花の生産量は集計に2年もかかり、公表されている。

 アフリカのバラ生産は、ジンバブエが政変でケニアに移転し、ケニアは1年中安定した気候だが最近政情不安で、エチオピアに移転してきている。エチオピアは政府が3000ヘクタールの農地を無償に近い安価なリース料のためオランダやインド資本の農場が入植しているが、8月9月に雨があるためその時期の品質が良くない。またエチオピアからの輸送はケニアより不便さがあり、現状では中東ドヴァイ経由で大阪の関西空港にしか航空便がないが、2010年春には成田空港着便も認可されるようなので期待している。

 スプレー菊は、マレーシア中心だが、ヴェトナム産が増えている。ハスファーム2000万本。

 カーネーションは中国産が品質の問題と品種が少ない(パテント品の無断増殖等、知的財産問題)で扱い量が増えずに、コロンビア産中心。傾向として、墓地で使用される春彼岸は中国産、ギフトの母の日はコロンビア産、、、という棲み分けになっている。クラシックでは今年の母の日は105品種のカーネーションを販売している。品種が多いことが消費拡大には重要。輸入のカーネーションがスタートした頃、卸市場経由では単価が安すぎて、各輸入商社は顧客と直接取引に変更していった。そのため輸入のカーネーションは市場外取引が多い。それ以外の花は卸市場からの取引になっている。

 スプレーマムは、国産より高値で販売されるようになっており、品質や五色ミックス箱など花屋さんの利便性が高い。クラシックで花持ち試験を行っているが、五色ミックスされた花は、単色詰めの箱に比べ日持ちが劣る。花束加工業社には単色箱(単品箱)を奨めている。エチレンによる被爆の影響は出ない品目なのだが、品種が違う詰め合わせ箱は、何か持たなくなる機構があるように思われる。

 アジア各地の農園で採花して日本に到着するまで四日間かかる。日本国内産はもっと採花から販売までの時間が短い。そのため鮮度の差をいかに詰めるかが販売価格差を詰めることにつながる。現在は国内の切り花価格が低下しているため、輸入される花の価格に近づいてきている。国産の七掛程度の価格が一般的になってきた。しかし採算割れしている花もあることから、継続して輸入される花の品目・品種は限られる。現在でもまだ日本の花の価格は高く、今後は世界の経済悪化から花も安くなっていくと思われる。円高になると新規参入社が増え利益がでなくなる。円安だと仕入れが慎重になり、絞り込まれ、ようやく利益がでる。

 中国バイヤーとの買い負け、今後の花のあり方を考え直営農場の経営を開始している。

 フィリピンのミンダナオ島に三年前に直営農場を建設しトルコギキョウの生産を開始している。第1農場は、1.5ヘクタール、第2農場等をあわせ30ヘクタール確保している。日本向け栽培としたトルコギキョウは、現在は、日本に輸出していない。フィリピン国内、特にマニラで、日持ちしないバラに変わり高値でトルコギキョウが売れはじめたので、フィリピン国内向けに販売している。5%いる富裕層によりトルコギキョウが千本単位で使用されている。

 マレーシアにも農園・パッキングセンターがあり、成田工場でも鮮度管理をしている。輸入した切り花の入っている段ボール箱は、内部の温度が四十度にもなっていて、到着後そのままにしておくと自身のエチレンガス等の被爆によりカーネーションならねむり病になる。そのためクラシックでは成田工場では、差圧通風予冷によりプリクーリングする。差圧通風予冷でない方式、入荷した段ボール箱のまま冷蔵庫・ストッカーに入れても段ボール箱の中が冷えるにはとても時間がかかる。調査してみると、箱のまま冷蔵しても十二時間かけて箱内温度は十七度にしかならない。しかし、差圧通風予冷だと四十六度あった箱内温度は、四十分で八度まで下がる。また倉庫内で段ボール箱パレットを移動するためにフォークリフトのエンジン排気から出るエチレンガス被爆の影響も大きいため、作業するフォークリフトはすべて電池式で排気の出ないものを使用している。

 コロンビアから来るカーネーションは空輸の場合は、マイアミで一度差圧通風予冷し、日本に到着してまた差圧通風予冷することで品質上のクレームが無くなった。(文責・菅家博昭)

■西尾義彦さんとは、かつて欧州花視察で一週間一緒だったことがある。たしか英国の花束加工場等を訪問した。

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2009年6月 9日 (火)

市ヶ谷のラーメン

■今日の昼食は、植松さんについていった市ヶ谷駅から日テレ通り側の九龍飯店特製麺。

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第3世界ショップ 東京駅

■2009年6月9日(火)上京。

 東京駅構内の丸の内南口近くのメディアコート 書店ブックエキスプレス ディラ東京、カフェグラン近くのスペースBreakで、コミュニティ・トレード 第3世界ショップ AsanteSana目黒店が6月11日まで出店している。Tシャツを2枚購入した。

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2009年6月 8日 (月)

デコラム

■ →→→ フラワー・カウンシル

  →→→ テイク・アウェイ・トレンズ

  →→→ デコラム(オランダ)

■ →→→ 3月のオランダ ナールドワイクの展示会・デコラムの記事

■ →→→ ゴー・グリーン

Club Gypsophila

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畑が主役

■書店には、野菜に関する本が多くなっている。いくつか買ってきて読んでみた。農文協の『21世紀の日本を考える』45号は、福島県南会津農村生活体験水深協議会の取り組みが、小椋唯一氏により紹介されている。

 食財という記事があった。

 東京の銀座に自然食店が多くできていることがわかる。

 花材は、花財。

 空と遮蔽物無く結んでいる大地そのもので植物を育てる露地(ろじ)栽培。その応用の露地雨よけ栽培。季節とは、なんだろうか?流行とは?作る物を変えないことが流行になる時代になってきた。作り方は石油依存、農薬依存から、変えていく。

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切り花の品質管理技法講習会

■6月12日の午後2時より、東京都内市ヶ谷の法政大・新一口坂校舎で、MPS参加者ネットワーク協議会のセミナーが開催される。

 私は、同協議会の副会長であるため、事前資料が届いた。今回のセミナーの目玉は、クリザールジャパン社の海下展也さんによる講演である。切り花の品質管理の基本について語っていただくのだが、その講演資料が電子メール添付で24枚のスライドが届いた。どのようにすれば大地に咲く花のように、水あげの可能性があるのかがわかるような構成になっている。効果のある水あげ技法と、見えないバクテリアをどのように見ていくのかがわかる。水あげしやすいPHとは、、、、外生エチレンと内生エチレン(老化)、ホルモンと葉の黄化など、あたらしい知見もわかりやすく示してある。

 →→→ MPSジャパン

 このセミナーには、すでにMPS参加予定者を中心として千葉県、愛知県、静岡県等から80名の参加申し込みがある。

画面が出ないデル、抵触

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明日に架けるハシ(hashi)と、うな丼定食

■先日、牛丼の吉野屋に「うな丼」の幟(のぼり)が立っていたので、入ってみた。割り箸が無くなり、リユース、繰り返し使用するハシ(箸)に変わっていた。黒っぽい太い角箸。

■一昨日の午後のFMラジオ番組に、ジュジュのナビゲートでリップ・スライムの2人が出演していた。15年前に結成され、8年前にデビュー。1枚のアルバムを作ると、体力を消耗して病気になるくらい、作りこんでいる話だった。新しい曲が時代(社会)から乖離していないかどうかは、ライブでの反応を見て確認する、という。売れる曲を作っているわけではないが、クオリティの高さは落とさないようにしている、という。音楽という枠で考えて、ラップの狭い枠から出て来たとしても、その曲の韻の踏み方、言葉の選び方は高度である。

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かすみ草の定植②

■2009年6月8日(月)晴れ。

 朝5時から10時まで、大田下圃場の昨日定植した川側2棟目に続く3棟目にかすみ草を定植した。ポット仮植しておいた苗を本畑に定植する作業。3棟目の2列まで植えて、試作苗をプラグ苗のまま植え付けた。

 定植時に有機液肥500倍をジョーロで株もと灌水。その後、株もとにもみがらクンタンで植え孔を覆う(マルチ)。

 神社の階段をウサギ跳びで上がる、、、翌日のような、尻の外側と脚の筋肉が張る。しゃがみこみ、立つを繰り返す定植作業はこれまでと異なる筋肉を使っている。

■6月7日、8日と定植した宿根かすみ草は、「ニューホープ」という品種で、発売されてから10年ほどたつ。世界中で生産されているシュッコンカスミソウのなかでいちばん好きな花のひとつだ。

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■2009年6月8日(月)

■沖永良部島にある丘のような山は「大山」。特産の「百合」。東京から琉球に帰る。ふるさとの島へタビから帰る。

 大山百合香 →→→ 休業   →→→3月

■沖永良部空港前のレンタカー会社の窓にポスターは貼られていた。そして宿となった国民宿舎。

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2009年6月 7日 (日)

デスクトップ・パソコンの故障

■2009年6月7日(日)、小雨。

 昭和村大岐は小雨、気温15度。博士峠から会津盆地に夕方来てみると22度。

 中心的に使用しているデスクトップ・パソコンが故障していた。比較的良好なPCだったので、つい、データのバックアップを取る回数が少なかったPCなので、今後、たいへんだ。

 持ち歩き用のノートブックパソコンは、破損や盗難することも懸念されるから、データをあまり持ち歩かない。

■6月8日(月)は、午前、カネコ種苗の徳弘氏が来村し試作新種等について相談がある。午後は定期外部監査。

 9日(火)は上京する。午後2時JFMA総会。午前10時モーニングセミナーはクラシックの西尾社長がフィリピンに開設した自社トルコギキョウ栽培農場について講演される。昨年から開発輸入している。

 6月12日のMPSセミナー。→→→MPSジャパン

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フキ(fuki)

■道ばたに、フキの葉が落ちていることが多くなった。人々が路傍の植物のフキを抜き取り、可食部の茎を残し、丸く広がった葉をちぎり捨てる。

 大岐の家の庭に父が植えた博士山産のドウダンツツジが満開になった。

 フキの根元は赤い。ドウダンツツジの色と同じ。

 フキの茎の外皮の剛繊維をはがして、調理する。

 フキの丸い葉は、野山で清水を飲むヒシャク(コップ)になる。

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セリヨサ島

■作家・干刈あがた(浅井和枝)の両親は、ともに沖永良部島和泊町の出身である。「入江の宴」(『ホーム・パーティ』新潮社、1987年)の主人公はユリ、、、、、、今福龍太『群島 世界論』(岩波書店、2008年11月刊)の115ページから、そのことが紹介されている。

■夕方、会津若松市内の書店に行くと、レジのレイアウトが大きく変わっていた。『密命』の九巻、十巻を購入し、農業書の売り場に行ってみると、次の本が出版されており、購入した。ドイツ人による著作の翻訳。

 エアハルト・ヘニッヒ著・中村英司訳『生きている土壌  ~腐植と熟土の生成と働き』(日本有機農業研究会発行・農文協発売、2009年6月1日刊)

 1906年生まれのエアハルト・ヘニッヒは1994年、88歳のときに本書を刊行している。原題は『豊かな土壌の秘密~人間の生存基盤である自然の守護神としての腐植の働き』、1998年に逝去。訳者の中村英司は1921年富山県生まれ、88歳。

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かすみ草を植える

■2009年6月7日(日)小雨、曇り。気温15度。

        →→→ 南日本新聞 研究会

 朝5時から8時まで、父と二人で、かすみ草を畑に植えた。

 5月13日に、小さな苗を黒丸ポットに植えて育て、その後、摘芯をして芽の出を待ち、今日植えた。これから一日から5日おきに1棟ずつ、7月下旬まで、かすみ草を植えていく。

 植えたのは滝谷川流域の左岸に位置する大岐集落より500mほど上流の右岸にある大田と呼ぶ圃場。もとは水田で、水稲が自由に作れなくなってからは畑とし、パイプハウスを建てて、かすみ草を植えている。

 品種により生育特性が大きく異なるので、今年から、圃場の陽光環境に合わせて植え付け時期と品種を変える。午後にすぐに日陰になる高畠にはアルタイル系のかすみ草を植える。

 パイプハウスのなかに植えるのだが、屋根にビニルは被覆していない。雨が育てる。花が咲く頃にビニルを屋根に掛けて花を護る。「露地雨除け栽培」(ろじあまよけさいばい)という。雨の除菌効果は、時に土の跳ね返りが葉裏の気孔にとりついて病害をうむこともあるため、植え付けの終わった株もとには土押さえとしてもみ殻クンタンを置く。除草効果も期待できる。外で育てる、露地栽培というのは、降雨がカビの胞子を葉表面から洗い流し、葉裏にダニも付かない。初期にハモグリバエが産卵したり(えかきむし、、、マイナーリーフ)、アブラムシが付くので、それを予防するための浸透移行性殺虫剤の粒剤を少量(10粒)株もとに置く。

 ちなみに昨年(2008年)9月に訪問したエクアドルのキト市での展示会に出展していた米国ボール社の新種かすみ草ミラベラは、マイナーリーフに強い、つまりハモグリバエが産卵しにくい強構造の葉を持つ品種として育成されている。国外への輸出が常である産地では、国境を越える際の検疫(虫、病気)が重要なリスクになるため、このような育種になっている。ミラベラはホッキョクグマ(ポーラベアー)をイメージキャラクターとして採用してプロモーションが行われている。この新種のかすみ草は中南米生産でアメリカ市場向けの商品で日本国内では栽培も販売も行われていない。→→→JFMA南米視察

 パイプハウスは間口が2間半(4.5m)、長さは20間(36m)。1列に35cmの株間で植えるので1列(うね)100本植わる。これが4ウネあるので、400本。表面が地温を下げるように白色に加工している白黒ビニルマルチのかまぼこ状のいちばん高いところに、マルチカッターで穴をあけ、ビニルをはぎ取り、その穴に左手で穴を掘り、右手に持った苗を押し込む。苗の土の高さと、ビニルマルチの土の高さを同じ高さにする。両手で土を鎮圧して根と土を密着させて植え付けは終わる。その後、兵庫県加古川市の多木化学の有機液肥を500倍に溶かした株もとにジョウロで水やりをする。一株ずつ植えていき、最後に一株ずつ水をかける。マルチ内の土は、空気を含み、しかし十分な量の土を入れ込むようにして堅めにしあげておかないと、苗を植えた後に風や雨の影響を受けやすくなる。つまりエンジン付きの管理機でビニルマルチをいかに上手に掛けるか、畑を作るかが、その後の生育に大きく影響していく。土の湿り気、構造としてのかまぼこ状の土の充填具合が大切だ。

 ウグイス、ホトトギス、ヒヨドリなどが盛んに鳴いていた。

 河床からはカジカカエルの鳴き声。

 ヒザを折りしゃがみながらの苗の植え付け作業は、結構体力を消耗する。脚と腰が疲れる。

 フキ(蕗)を採り、皮をむき、調理する。フキの外皮をはがす作業はカラムシ(苧麻)の繊維を最初にはがす作業と同じ手法である。根元側を折り、繊維端をはがしはじめる。

 朝食後には少し雲間が薄くなり明るくなってきたため、エゾハルゼミが鳴き出している。

 雨の日は、ビニルハウス内で、かすみ草のわき芽を欠く作業が行われている。

 今朝から、昭和花き研究会では、照子さんの栽培したかすみ草の花が、エルフバケットに80cm長さ30本入で、仙花宛に7箱で出荷がはじまる

 すでに会津地方の農協系の生産部会では10日ほど前から出荷がはじまっており、200箱、あるいは50箱という大台の出荷となっている。日本の種苗会社で山梨県の八ヶ岳麓にあるミヨシが育成したホワイトロードや、イスラエルのバイオロジカル社育成で群馬県のカネコ種苗が販売しているメレンゲという新種のかすみ草である。

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2009年6月 6日 (土)

雨、帰郷

■2009年6月6日(土)小雨。

 朝7時30分に長崎県諫早市から、長崎空港まで板村さんの自動車で送っていただいた。ありがとうございました。→ 長崎県花き振興協議会

 9時のANA便で、羽田空港に2時間弱で。東京は雨。長崎からのANA便には外国人男性が多く乗っています。脚に入れ墨をしたスキンヘッドの人とかで、、、、米軍関係者と思われました。東京駅から東北新幹線で郡山駅。そこから磐越自動車道で会津坂下インター経由で昭和村に15時30分頃に帰りました。

■昨日、長崎県の関係者と多く会いました。県議会の方々、県庁の方々、生産者、、、、。鹿児島県沖永良部島に3年前に行ったようで、花き流通センターの差圧通風予冷の仕組み、立て箱保冷輸送が離島でも行われていることを知って驚いたようです。また木製の防風のための「平張りハウス」(木製)の視察をしたそうです。

 台風の通過路にあたる沖縄・九州は、沖縄本島で暴風・防虫のための角形の平張りハウスが増えています。

20090606odsc02523 宿の窓から諫早公園の高城跡山頂の大クスノキが見える。

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あら

■2009年6月6日(土)

■6月5日、長崎県諫早市での夜の夕食会で、大皿に「魚の甘煮」が出た。これまで食べたことのないものだったので、何か?と聞いてみた。

 長崎花市場の張本伸一郎さんから聞いた話では「刺身を取った後の骨、頭、ヒレの付け根などを小さく切って甘く煮付けたもので、刺身が出て、、、、、最後にこれが出てくると、宴会は終わり、、、ということになる」「海魚のあらを煮付けたもの」

 釣った魚は、そのいのちのため、捨てるところ無く食べ尽くす、という。

■昨日は、午前中に数時間の余裕があったので宿のフロントに行き、諫早市の地図をもらって散歩した。中世末の山城である高城跡が整備され諫早公園となっていた。高城回廊とよぶ諫早高校、市役所などを取り囲む散策路も整備されていて、あじさいがきれいに咲いていた。高城回廊の舗道は、樹皮・樹木片と思われる植物質破片を接着剤で固着した道となっていて、柔らかい地面で、歩くとふかふかする。

 高城神社の義民碑 高杉霊神に参詣し、アエル中央商店街を歩いた。アエルいさはや、という商業施設のアエルまるたか、という食品スーパーに入った。予備知識なしで、近くにある2階の喫茶店しゃろむに入ってみた。スターチス・シュニアタのドライフラワーがかごに入って多く飾ってあり、アジサイの大きな花をつけた鉢が各テーブル脇に置いてあった。シュニアタは25年前、花作りをはじめたころから10年ほど栽培していたことがあり、たいへんなつかしくなった。

 水の流れていない本明川の飛び石には子どもが水遊びをしていた。シーボルトが宿泊した安勝寺と諫早観光物産館の間にかけられた橋には、犬を抱いた少女が、高城跡を眺める塑像や、本を読む塑像がある。

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2009年6月 5日 (金)

長崎県花き振興協議会総会

■2009年6月5日の午後1時から20時まで、長崎県諫早市の道具屋で120名ほどが集まり行われ、先ほど終了しました。会食の場となった情報交換会では、佐世保市の生産者である、ワイルドプランツ吉村の吉村人志さんと再会し、IFEX2007でのセミナーの失礼をわびました。コーディネイト(司会)役としていたのですが、結石入院となり、当日に参加できなかったのです。5年目になる花束加工事業は順調になってきたそうです。産直加工、産直花束、という長崎県内の花をできるだけ使用した花束にしていく計画です。

 また私の隣席は、吉村さんの兄である、吉村敏男さんで、はじめてお会いして話をうかがいました。佐世保花き園芸農協の組合長もされています。栽培はバラ、グラジオラス、百合類です。小さな舟を持ち、海釣りが趣味だそうです。かならず冬の寒い日は夜にハウスを見回るそうです。寒くて花たちが凍っていないか?を心配しているのです。

 11年目に入った長崎県花き振興協議会は生産者(個人・JA)、行政機関等で構成しており、たいへん大きな組織であり、総会・表彰式は盛大に開催されるので驚きました。

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長崎県

■2009年6月5日(金)

 

 昨日、朝、苗植え等をしたあと、福島県金山町の県立川口高校の風土体感プログラムで、2時間(3,4校時)に講話した。3年目。今年はかすみ草、カラムシ(苧麻)、猛禽類保護について話した。

 夕方上京し、夜に羽田空港から長崎空港に。

 今日(5日)、午後1時より長崎県諫早市金谷町の諫早観光ホテル道具屋で開催される、長崎県花き振興協議会総会で講演する。長崎県の花き生産額は67億円。キク、カーネーション、バラ、蘭類などが中心。

 「バラ少量土壌培地耕の生産技術確立」長崎県県北振興局技術普及課 菅伸子係長

 「(第38回)日本農業大賞を受賞して」JAながさき県央諫早カーネーション部会

 「選ばれる産地になるために ~産地から提案できること~」菅家博昭(15時25分から、90分)

■午前、諫早市の高城跡公園を散策した。カラムシがあった。樹齢600年のクスノキ。

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2009年6月 2日 (火)

記録する人々:沖永良部島17

■この四日間の旅では、まず、

 東京農業大学出版会が出版した『沖永良部島100の素顔』(二〇〇八年十一月)が、沖永良部島(鹿児島県和泊町・知名町)の今を伝えている。沖永良部島に暮らす人たちが原稿を書いている。鹿児島民俗学会の代表幹事の所崎平先生が、この本を贈ってくれた。この本を読むなかで、「市来政敏之碑」があることを知った。まず、「いちき まさとし」を調べることにした。

 疑問に思ったのは、昭和四十六年に顕彰碑が建てられた理由と、その場所?建てられる場所には、石碑文には書かれない多くの意味がある(考古学的方法論)。そのために、場所を教えてもらうために和泊町歴史民俗資料館をまず訪問した。

 偶然、えらぶ郷土研究会の新納忠人さんがおられて、まず初日に石碑に案内してくれた。和泊と知名を結ぶ島の東部側海岸沿いの県道脇で、いちばんの主要道の東手(海岸側)に碑があった。この碑の敷地の草刈りなどの管理はだれが行っているのか?鉄砲ユリが一輪残り咲きしていたが、だれがこの管理をしているのか?市来政敏の生まれ、没年、墓碑、遺族への聞き書き、、、、できなかったことだ。

 和泊町歴史民俗資料館では、鹿児島県のユリ栽培の技師であり、定年退官された小林正芳さんの収蔵図書一三〇六点が一括して収蔵整理されてあり、それを見せていただいた。小林さんは鹿児島で健在とのことで、話を聞かなければならない人の一人。著作に『テッポウユリ栽培六十五年誌』の報告書がある。

 奄美群島が日本に復帰して二十五年の記念で出版された『郷土の先人に学ぶ』(昭和五十四年)は刊行委員会編。そのなかに沖永良部島の市来政敏について執筆したのが玉起寿芳さん(故人)。「エラブユリ育ての親 市来政敏」として書いた文章を、玉起さんは平成六年に『沖永良部島の先人に学ぶ』を私家版として発行し、昭和五十四年の市来政敏についても所収している。この本は、和泊町立図書館で拝見した。教師であった人だ。

 購入した『和泊町誌(歴史編)』(昭和六十年刊)には、玉起寿芳さんは和泊町の元中央公民館長であったことと、写真が一二二六ページに町誌編集委員として掲載されている。

 『えらぶユリ栽培 百周年記念誌』(平成十一年刊)もあり、磯村信夫さんが島内で開催されたシンポジウムに参加した記録が掲載されていた。

■→→→  えらぶ郷土研究会

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えらぶゆり:沖永良部島16

■昭和六〇年(一九八五)六月に鹿児島県大島郡和泊町教育委員会の和泊町誌編集委員会により発刊された『和泊町誌(歴史編)』の四七〇ページから「ゆり事情」が掲載されているので抄録してみる。

 欧米諸国においては、キリスト教徒は十二月のクリスマス(降誕祭)と、四月上旬のイースター(復活祭)に、家庭で白百合を飾り、切花・鉢花・庭園、祭礼・葬儀など四季を通じて愛用されている。そうした需要に対して百合根(球根)が居留外国人により輸出が行われた。江戸時代の慶応年間から明治二十二年頃までのことである。

 明治二十三年(一八九〇)から日本人の手により百合根が輸出される。

 明治三十年(一八九七)、奄美大島名瀬村において、百合(球根)の取引が始まる。当時、名瀬村で奄美大島海運を取り扱っていた池畑回漕商店が、山野に自生している百合を採集させ買入した。採集依頼者は横浜植木株式会社、新井清太郎商店、高木作太郎商店、田中幸太郎商店・ポーマ商会など。

 明治三十二年(一八九九)から三十三年(一九〇〇)ころ、鹿児島市生まれの市来崎甚兵衛は、帆船で沖縄と鹿児島や大阪間で黒砂糖や雑貨品の輸送を行い、晩年、沖永良部島の和泊に移住して雑貨店をはじめた。奄美大島の名瀬で山野に自生している百合が高値で売られているのを知り、百合栽培の有利さをしり、島内の和という地域で栽培をはじめる。横浜百番館の英国人アイザック・バンディングと明治三十五年(一九〇二)と取引を開始した。この横浜市山手百番地に営業所を設置しているアイザック・バンディングの仕入主任・伊沢九三吉が沖永良部島に来島し、市来崎甚兵衛が百合を集めた。島内の大里宮元が百合根を芋掘りザルに一杯で四十銭で売れた、との話は一両日中に島内一円にひろがった。島内の大山のすそ野をはじめ、山野の自生百合の採集は盛んになった。当時卵一個が五厘。

 その後、明治三十七年(一九〇四)、英国人アイザック・バンディングは、横浜杉田村の伊沢九三吉仕入主任と沖永良部島にやってきて、市来崎甚兵衛と会う。輸出では、日本からの輸送で球根が傷むことがあり、サツマイモの枯葉を充填剤として梱包する方法を工夫したり、栽培の助言もしている。取引は相対取引。その後バンディングは昭和二年(一九二七)の取引を最後に、カナダに移住している。

 明治三十六年(一九〇三)には、百合栽培者も増加してくる。和泊の隣の喜美留地域ではキビルアンゴとして、国頭地域では国頭根太青軸として栽培されていく。明治三十八年には、沖永良部島内の喜美留、和泊、玉城、和において、百合の栽培、鱗片利用の増殖が盛んになっている。

■エラブユリとは沖永良部島等に自生する百合で、テッポウユリとして販売されていく。島内には形質を異とする自生種をもとに、選抜育種がすすめられ集落ごとに特色がある品種が作出されている。それがキビルアンゴ、国頭根太青軸などである。

 この間、栽培・生産・販売等で様々な経過を経て、大正二年(一九一三)の百合景気、輸出先のアメリカが球根の輸入禁止(一九一八年)などを経て、第二次世界大戦に突入し、百合根の栽培は禁止され、食料増産を強要される時代になっていく。

■昭和十七年(一九四二)、百合根の輸出が出来なくなり、栽培も禁止された。このころ、沖永良部島内では、百合栽培はスパイ行為とか国賊とか言われ軍部の圧力を受けた。しかし玉城の大里宮元、和泊の市来政敏、知名の神川盛重、新山の松吉など(知名の高山守美)、心ある人々が軍の圧力を受けながらも、サトウキビの畑や芋畑、ソテツ山の空き地などの、見つからない場所に百合根の鱗片をまいて、戦時中に、百合が無くならないようにしていた。こうした百合の保護があり、戦後の百合栽培が回復する。

 一方、沖永良部産の百合根(球根)の販売先であったアメリカ(米国)では、戦争により入荷がなくなったことから自国での栽培、品種改良が進んでいく。

■昭和二〇年(一九四五)から昭和二十八年(一九五三)まで、九年間、奄美諸島の沖永良部島は米軍統治下におかれる。昭和二十二年(一九四七)に和泊の市来政敏は沖縄駐留軍農務担当官カトリン大尉と話し合い、軍政官エバレント少佐を動かして、米国のバークレイ商会あてに百合根を直接輸出しようとした。二万球を沖縄に出荷したが、交渉がまとまらずに、沖縄農協連の庭に百合根は野ざらしに積まれたままとなった。知名の高山守美も沖縄に百合根を運び、米国に売る交渉をしたが輸出はできなかった。

 これらのことで、臨時北部南西諸島豊島知事は米国駐留カトリン大尉と交渉したが、「今年は輸出を中止し、百合根は郡内に配布、栽培増殖をさせ来年度直接米国に輸出する」ことになる。

■昭和四十六年(一九七二)十一月、市来政敏顕彰碑が、沖永良部島和泊町和泊の南原(ヘーバル)の市来氏の旧家に近い県道側に、寄付金と永良部ユリ出荷組合により建てられる。

 エラブユリ守りの親 

 市来政敏之碑

 元鹿児島県知事金丸三郎書

(石碑裏面)
 市来政敏は明治二十年和泊字に生まれた。エラブユリ栽培に全生命をかけ、大東亜戦争の悪条件下で球根を死守し、百合生産の土台を作った。

■鹿児島県沖永良部島産のテッポウユリなどの百合球根は、現在は国内の百合切り花生産産地向けとして出荷されている。

 沖永良部島を含む琉球列島弧、、、南西諸島は日本のテッポウユリの原産地である。その球根栽培・販売には最初から輸出の対象として島内で多くの人々が栽培し、いま百年余の歴史があり、フリージアの球根生産をはじめ、切り花ではソリダゴ、グラジオラス、キク類等、新しくトルコギキョウなど草花類の切り花も行われ、台風来襲時を避けた栽培作型が定着している。

 昨年(二〇〇八年)夏に雑誌『会津学四号』(奥会津書房刊)に日本原産ユリのひとつであるヒメサユリ(オトメユリ)の唯一の球根生産農園である南会津町南郷の山口字台の月田農園を紹介した(私の月田農園物語)。月田茂・禮次郎の親子二代がどのように百合の原種を山野から畑に降ろし栽培化したかを詳しく聞き書きした。そのような克明な聞き書きは鹿児島県沖永良部島(和泊町、知名町)ではできなかったが、滞在した四日間には関係する多くの人々に多くの助言を得ました。 (福島県大沼郡昭和村大岐 農業 菅家博昭)

■ →→→ 鹿児島県の花

■沖永良部島内のユリ栽培関連の石碑は、昭和四十六年建立の「エラブユリ守りの親・市来政敏之碑」は、和泊から県道を知名方面に向かうなかで、警察署、花き流通センターをすぎると左手に農協のAコープスーパーがあり、その先にみどり薬局があり、その隣にある。

 沖永良部空港から和泊の間の喜美留の笠石海浜公園がありその入り口に平成十年に建てた「永良部鉄砲ユリ百周年記念碑」と「永良部ユリの花歌碑」(昭和六年、山口禎善作詞)。県道沿い。

 笠石公園の南部に隣接して、県道と海岸の間の喜美留に平成四年建立「発祥の地」碑がある。ここはなかなかわかりずらいところにあります。

 

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2009年6月 1日 (月)

春蝉の抜け殻

■柳沢峠のブナ林に入ってみた。蝉の抜け殻が20個ほど見つかった。エゾハルゼミ。いまだけ鳴き声が聞こえる種。

 ブナ、ミズナラ、コナラ、、、、新しい葉は少しずつ堅くなってきている。

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雲がキレイな日

■2009年6月1日(月)会津・昭和村。曇り、冷たい日。

 風があり冷たい一日でしたが、エゾハルゼミやツツドリは鳴いています。川原のカジカガエルもよく鳴いています。昨年定植しこの春にネズミに食べられた、、、大田圃場にオミナエシの補植えをしました。モズは同じ場所で鳴いています。

 雲がとてもきれいに見えたのは、これまでの雨で空気中のチリが無いからでしょう。

 食卓には野のフキが出て来ています。

■明日、2日は午前9時から、かすみ草の生育調査・圃場巡回を仙花の上原さんと行います。開花がはじまったところが出て来ています。会津美里町(会津盆地)で生産をしているJA会津みどりかすみ草専門部会の出荷は6月4日(木)からスタートするようです。昭和花き研究会では7日(日)から仙花向けでスタートする予定です。出荷数量を見ながらになりますが、15日頃が東京向け開始予定です。

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字誌(あざし)  :沖永良部島15

■集落の歴史である「字誌」が出版されている。集落はシマと呼ぶが、字(あざ)と呼ぶ。シマオコシとは地域を活性化すること。会津では大字が集落単位なので、それに似る。

■ 記事

 →→→ 沖永良部島ガイド えらぶ

 →→→ 遠矢農園のマンゴー園

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ランチ:沖永良部島14

■昼食で2ヶ所の食堂でランチを食べた。知名の「てふてふ」。玄米ご飯。

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■和泊のカレー店 カレーハウス アクル Akuru 。五穀米のカレー。

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薩摩侵攻400年:沖永良部島13

■今年は鹿児島県の前身である薩摩藩(島津氏)が、南西諸島から琉球王国を侵略して支配し400年になる。その催しが各地で開かれている。

 沖永良部島も薩摩藩に侵攻された歴史があり、伝として浜辺に鉄鍋に煮えたぎったアワ鍋を置いて上陸を阻止しようとしたという話が『和泊町誌』に掲載されている。

■沖永良部島は中世の世之主統治時代は琉球王国の支配下にあり、その後、いわゆる江戸時代は薩摩藩に侵略され支配され、明治時代は鹿児島県に編入され、大戦後はアメリカ統治下にあった。そして日本に復帰する。地域的には奄美大島が行政域の中心になっている。

 いつも侵略される側の立場にあった地域、というのは奥会津と同じように思う。

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花の拡大:沖永良部島12

■沖永良部島では、ユリの球根生産と、ユリの切り花という組み合わせをして、ユリの球根が売れなくなった経過から、切り花のユリはできるだけやらないこととしていた。そのかわり高知県や千葉県を中心としてユリの球根を買ってもらえるように、という配慮だ。

 そのかわり、様々なユリ以外の切り花を導入してきた経過がある。

 生産農家を圃場(畑、平張ハウス、パイプハウス等)に訪問すると、決まって言われることがあった。それは、

 「この島でも、かすみ草は栽培していましたが、いまはありません」と、、、

 そして、周年生産に拡大している緑色の葉に黄色の小さな花のソリダゴは立て箱出荷、差圧予冷後、保冷輸送で高品質を維持しているし、ソリダゴでは鹿児島県知事のエコファーマー(環境配慮型農業)取得者もいる。冬のグラジオラスは露地栽培で低農薬でありソリダゴとともに日本第一位の市場占有率(シェア)を持っている。ほかにスプレー菊や大菊(輪菊)などのほか、最近ではトルコギキョウの作付けがはじまっている。

 テッポウユリ等の球根生産は、サトウキビとの輪作が好ましいようだった。またフリージアの球根生産も歴史がある。

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約束の橋:沖永良部島11

■2009年6月1日(月)13度、曇り。

 昨夜、鹿児島県南西諸島の沖永良部島から本州の東北地方の福島県会津に帰着した。

今朝は、昨日午前に訪問した沖永良部島のNさんの自宅前で撮影した3名の集合写真(Nさん夫婦、Nさんの姉)を写真版Lサイズに印刷して、昭和村大岐の柳沢峠を越えて村内佐倉のHさん宅を訪ねた。

老夫婦が在宅しており、婆様がよく語ってくれた。4歳年下の東京在住の妹がこの昭和村に夏に連れてきたのがこの人だ、という。その妹Tはおととしに亡くなってしまった、という。昨日、Nさんの奥様が揚げたての熱い菓子をいただいたので、それを佐倉のHさんに手渡した。ああ、これも昔、もらったことがある、、、と言った。ちょうどホームヘルパーさんが訪問してきて細かな話をすることなし私は家を辞去した。

 昭和村のHさんの妹Tさんと、沖永良部島のNさんの姉は、東京都内で戦後同じ職場で知り合った女性通しで、沖永良部島に帰ることが遠くて難しいので、昭和村に夏休みについていった、という。何回も夏に訪ねたので第2のふるさとだ、という。会津の昭和村の家の裏山にはよく行ったとN姉さん。Nさんの弟が、30日の午後の和泊町での研究会に参加して、私に声を掛けてくれたので、こうした縁があったことがわかった。

 昭和村のHさんから、カラムシ織りのネクタイをNさんは、いただいている、という。

 沖永良部で暮らし、勤め先の東京から昭和村の夏に来たときのことを80歳近いNさんの姉さんは昨日に私に語ってくれた。当時ともだちTのお父さんが「サカナ(魚)をとってくる」と出かけたそうだ。N姉さんは、「海も無いのにどうやってサカナを捕ってくるのだろうか?」と思った。かやぶき屋根の家のなかの居間のイロリ(囲炉裏)には、割った竹の串が立っていた、という。何もサカナは付いていないと思ったら、竹の串の先のほうに細い身サカナが刺してあった、という。川からサカナをとってきたものだということがあとでわかったそうだ。沖永良部では、海は畑のようなもので、必要なときに必要な量だけ、いつでも手頃な大きさの魚を採ることができる。

 奥会津で、裏山に山菜やキノコを採る、という山幸的感覚が、沖永良部島でイノーで魚を捕る、という海幸的感覚、位置づけに似ている。

■昨日訪問したとき、78歳になるNさんは言った。

「山のある暮らし、、、というのは、よくわからないし、想像できないねえ。この沖永良部島は丘のような山と草原のような野しかない。山の樹木の森、というのも身近にないからねえ、、、どんなところだろうか?」

 帰路、『和泊町誌』の千ページの半分ほど読んで感じたことだが、沖永良部島には樹木がとても少ない。したがって自生する食用のキノコの類も四種類しかない。また家を建てる木材、日常の生活の中で使う火を焚くための木材もとても少ない、、、、そこで先人は蘇鉄(そてつ)を植えた。正月あけに蘇鉄を植える慣習があった。蘇鉄が島民の命を救った、と書いてある。毒のある実を工夫して毒抜きし粉にし食べる。葉を乾燥して焚きつけにする、、、実も無くなってしまったときには茎を砕いて毒抜きして食べる、、、、奥会津のなかでは「トチノキ」(栃の実)のような位置づけに蘇鉄があるように思えた。

 樹木が少ない分、一年でぐいっと伸びるタケ(竹)の数種をうまく生活に利用してきている。

 奥会津は半年間、雪と向き合う暮らしが続く。しかし樹木、菌茸、草、、、獣は多くいる。南西諸島の沖永良部島は台風とどう向き合うかで、暮らしを決めている。台風の時期を避けて仕事・生業を組み立てている。

 和泊町手々知名の長浜館(地区公民館)での研究会が終わったあとに、玄関から帰る夜道である参加者が言った。

「雨のくにと、雪のくに、、、、だったな、今日の話は、、、」

雨のくには台風の島でもある。

 佐倉から小中津川の上田集落を通り柳沢峠に戻ったころ、陽光がさしてきてエゾハルゼミ(春蝉)がまた鳴き出した。沖永良部島では秋の虫が草むらで鳴き、ホタルが舞っていたが、日中にセミは鳴いていなかった。

■届けた手作り菓子↓ 約束の菓子

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MPSの花:沖永良部島10

■2009年5月29日に一人で島内の小売店(和泊町)を見て歩いたが、その時に、花き産業総合認証のMPSの包みの花を見つけた。岐阜県のバラの鉢物(ミニバラ)を生産している大西隆さんが作った花鉢だった。こんど6月12日に都内でMPSの参加者の学習会があるときに、お会いするので伝えようと思う。

 島内にはいわゆる大資本によるチェーン店であるコンビニは無かった。農協経営のAコープがあり、一般商店のセルフ方式(レジは1~2台)。

 沖永良部島(和泊町、知名町)は人口が約1万4千人。福島県の合併前の田島町が1万2千人。昭和村は1600人。島の面積93kmは昭和村の半分である。

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最後は皆で踊る:沖永良部島9

■沖縄本島に花仕事の出張で行ったときも最後は民謡酒場のようなところで皆で両手を挙げて踊る、ことをしなければならない。南西諸島では、まずその輪に入れるかどうか?が大きな試練で、それがいやな人は最初から参加しない。

 私は酒を飲まないので、最初に夕食交流会の時に、すすめられた酒を気持ちだけいただき、断るが、そのときがいろいろと奨めてくれる地元の人に失礼にならないようにする。

 最後は、かならず皆で立ってその場で踊るようになるので、それには参加して踊る。

 2日目の夜、知名町での新納さん宅での最後は、三線の名手であるジューテが自ら立ち上がって踊り出したので、私はその後ろに立って同じ手振りで踊った。

 人々を歓迎する、という気持ちに、どのように応えるのか?がいつも来訪者には問いかけがある。地の言葉は話せないし、壁は高い。今回の訪問では唯一、連日のパイプハウス建ての作業で空を見て働いているので顔が日焼けしていることで、あなたは地元の人?、と思われ、その1点だけが敷居が低かった。

 共同発表会で赤坂憲雄さんが語った境界論のなかで、「敷居」の問題が取り上げられた。それは私の言う敷居とはことなり、哲学的なもので、内と外をどのように区切るのか、、、ということで集落と集落の間をマタと呼ぶところが、折口信夫の古代論のなかであったような点という可能性も考えて、マタの所用を再度調べ直すことを提言している。境界は線と思うのは今のわたしたちであり、それが古くは点であり、その点を押さえることで災難や安全を確保したのではないか?という。

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沖永良部島8

■沖永良部島の和泊にある和泊町立図書館の郷土図書室。島内滞在中に2度訪問した。2名の司書のかたはとても親切であった。週末で子どもがたくさん来ていた。

 おおしま、というとここでは群島のなかでの奄美大島をさす。そこで編まれた『郷土の先人に学ぶ』は上中下続と4冊出ている。さらにそのなかの執筆者であるが和泊の玉起(たまおき)寿芳さんが自費出版で『沖永良部島の先人に学ぶ』(平成6年刊)でまとめている。この方に島内滞在中に会おうと思っていたが、すでに5年ほど前に亡くなっておられた。戦時中に百合の球根栽培を守った人々のなかから一人の人・市来政敏さんを調査され子どもが読める内容にまとめた人で、前著上巻と沖永良部島版の私家版に所収されている。

 島尾敏雄は沖永良部島出身。

 『群島 世界論』(2008年11月刊、岩波書店、545ページ)を出版した今福龍太も沖永良部島に来ている。

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世之主:沖永良部島7

■千四百年年代の沖永良部島の領主を、よのぬし(世之主)という。『和泊町誌』では世之主時代、というのが記述してある。墓地と城趾がある。

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沖永良部島6:決算

■2009年5月31日~28日 福島県→鹿児島県沖永良部島 1名

 30日前の予約で特別乗り継ぎ割引で、
 東京羽田空港から鹿児島空港25,000円×往復
 鹿児島空港から沖永良部空港22,050円×往復
 島内レンタカー 4日間 21,515円
 1周50kmの島、走行距離は200km
 レンタカーガソリン代 12.6リットル使用 (@161.7円) 2,037円
 宿泊4泊 20,520円
 郡山から東京新幹線7460円×往復
 郡山駅西口駐車場5日間 4,820円
 浜松町から羽田第一モノレール470円×往復

 以上 158,852円(旅費)

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 『和泊町誌 歴史編1228ページ』3,500円
 『和泊町誌 民俗編958ページ』3,500円
   2冊で3.2kg
 交流会費 2,000円
 沖縄とうがん(種)315円
 さんぴん茶ペットボトル108円
 さんぴん茶ペットボトル105円
 うっちん茶ペットボトル105円
 ミツヤサイダーオールゼロ140円

■島内で消費したものは、このほかに自動販売機の清涼飲料水。島内小売店に入って買い物体験調査で5店で購入した飲料水等は上記の通り。旅費を含め17万円ほどはすべて自費です。滞在中、60km走行中(速度超過20km)で取締15,000円(沖永良部警察署)、2点減点に。

 特に、ガソリンが会津地方は1リットル117円ほどなので、島内が161円と高い。また島民の方々は「日本でいちばん航空運賃が高い島」とよく聞いた。これは切り花の運賃も同じで、たとえば視察時のソリダゴの立て箱は、差圧通風予冷後保冷コンテナに入れ、沖永良部島和泊港から鹿児島本土まで船輸送(フェリー)、そこから陸路保冷トラック便で各地の卸売市場に輸送されるが、東京都内の卸売市場までの1箱の輸送運賃は約2千円。これは都内の共同荷受所までで、そこから各卸市場までの横持ち運賃が付加される。民間の各種宅配便は当然にこれより輸送費はかかり重量比例方式になっていた。島民の方は「運賃を支払ってくれるなら、果実でも野菜でも花でもなんでも送ってあげます」「運賃が負担なの」。

■「オランダ国は、国をあげて花を輸出している。球根についても事前に冷蔵し芽が出るようにしてすぐ植え付けられる冷蔵処理をしたものが日本の生産者のところに届く。冷蔵処理済という付加価値のついたオランダ産の百合の球根。沖永良部の自分たちは球根を日本国内の種苗会社宛に販売し、それが日本の生産者に」

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2006欧州視察

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    2006年11月 JELFA欧州視察の個人写真記録。菅家博昭撮影。

2006年12月冬の沖縄

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    2006年12月の沖縄県内。花の生産地や街の様子。菅家博昭撮影。

2007年1月から

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    2007年1月から奥会津などの風景、菅家博昭撮影。

2007静岡カスミサミット東京

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    2007年2月1日に東京都内・大田市場で開催。

2007年4月から

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    2007年4月から、奥会津の風景、かすみ草生産作業風景など、菅家博昭撮影。

2007年5月の風景

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    2007年5月の奥会津の風景、かすみ草生産。菅家博昭撮影。

IFEX2007_TOKYO_01

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    144枚、菅家博昭撮影。幕張メッセ花の展示会。

2007年11月

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    2007年10月オランダ、アムステルダムのホルティフェア、アールスメールマーケットでの印刷物資料

かすみ草写真集1

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    348枚。菅家博昭撮影。かすみ草生産地での撮影。

奥会津の風景01

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    387枚、菅家博昭撮影。おもに昭和村など。

2006北海道かすみ草サミット写真誌

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    2006年7月13日、14日。北海道夕張郡由仁町で開催された第4回全国カスミソウ北海道サミットinみなみそらち・ゆに

2006年夏の記憶

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    2006年の奥会津・昭和村、カスミソウ栽培の風景。菅家博昭撮影。

2006年秋の記憶

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    2006年秋の福島県奥会津の風景、カスミソウ栽培の様子など。菅家博昭撮影。
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