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2009年7月

2009年7月31日 (金)

出版日、延期のお知らせ

■『会津学5号』は8月15日発行で準備をしてきましたが、正式に8月末日の発行に延期になった旨、連絡が奥会津書房からありました。原稿入稿の遅れが発行の2週間延期になりました。

 8月22日(土)午後3時~7時に予定していた会津学のフォーラム(出版記念会・なかよしバンドコンサートの夕べ)は予定通り実施されます。場所は福島県三島町宮下のふるさと荘右隣の「旧・物産館」の予定です。

 →→→会津年間行事

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端境期へ(産地情報)

■2009年7月31日(金曜日)曇り。

 今日の卸売市場のかすみ草販売概況は、高騰した。80cm白のかすみ草で品種を問わず1本140~200円の相場展開となっている。

 越冬株の季咲が終了し、数量増加は無いことが確定し、5月下旬から定植している新苗かすみ草は、低日照、長雨、低温で生育遅延しており、季咲が終わってすぐ出る状況になっていないため、8月上旬の1週間以上は数量増加は無く、減少し、盆最中に盛りを迎えるような状況で、8月の10日までは端境期となり少ない。

■7月24日まで各社の盆前の予約注文が入っており、締切集計したが、引き当てが難しいほど受注があり、一方で、セリ一般販売向けは無いと思われる。

■かすみ草の白で出荷する8月、染め受注はお休みし、染め定期分のみの対応となる。染める白いかすみ草が無い状況だ。国内のこの状況では、輸入かすみ草(ケニア、エクアドル等)が活躍すると思われる。7月の数量減は、前年7月の採算割れ価格の2ヶ月間以上の継続が、作付け減退となって現れ、昭和花き研究会は作付3割減の対応で望んでいる。

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■2009年7月末実績は、3年前の2006年と同じ内容に近い。2007年、08年が最悪の年であったことがわかる。取り組みの成果についても反省をしなければならない。7月期の出荷数は、採算割れ防止のため、3割減産した(08年→09年)。減産しても、手間の関係で既存採花率があがるから、実際には15%ほどしか減産にならない。昨年7月は1本10円の相場が続いた。

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きのは(おちば)

■先に紹介した犬井正『人と緑の文化誌』(埼玉県三好町立歴史民俗資料館、1993年)には、『新編埼玉県史自然編』からの引用として、

 十三年生のコナラ林では、一年間に一ヘクタール当たり約四トンの落ち葉と枯れ枝が、木材として蓄積される有機物の量は乾燥重量で五トンであるという。すなわち、毎年一ヘクタール当たり約九トンもの生産力を持つ平地林の存否は、まさに開拓農民の死活問題でもあった。

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CO2

■日本政府のカーボンフットプリントの意見公募がはじまっている。手漉き和紙がPCR原案策定に入っている。施設栽培より露地雨除け栽培の価値を訴求できる時代になっている。主たる生産部会は考慮すべき事柄。商品価値のなかみが大きく変化している。→→→ウェブサイト

睡魔

■昨夜、東京・鹿沼からの帰路。80km規制の、雨の東北自動車道を運転して、眠くて、眼をあけていることができずに途中のパーキングで仮眠。気づいたら午前2時19分であった。それから2時間ほど運転して午前4時すぎに、帰宅した。

■今日はかすみ草の7月期の販売結果の数字をまとめる。8月6日に外部監査がある。

■栃木県鹿沼市の東武新鹿沼駅の展示品を見ると線香、花木の本(鉢物のセンター)がある。会津から自動車で2時間30分で、駅前の駐車場に車を止めて東武線で北千住から都内に入った。それを逆に帰ってきた。乗車客は1割程度と少ない。鹿沼麻の産地は、線香の産地でもある、というのは日光と関係している。

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栃木県鹿沼市 いわい生花店

■2009年7月31日(金曜日)

 昨日、都内から東武電車で春日部から雨、新鹿沼駅下車、鹿沼市内の岩井生花店3店を訪問しました。地元栃木県内のスプレーマムと昭和花き研究会のかすみ草のフェアを29日から開催しています。2007年7月に来村され、フェアを行ってから染め色かすみ草を岩井生花では「ロマンチックかすみ草」という名で陳列しています。産地のかすみ草の開花の様子を見て、奥会津から栃木県に帰ってくるなかで、自分が感じたことは「かすみ草はとてもロマンチックだった」という、自己分析した自分の心の感動で名づけたそうです。岩井生花ではロマンチックかすみ草とは「昭和花き研究会の染め色かすみ草」で夏だけの限定品、ということでした。そして「白」がとても人気です。理由はありました。店頭売価がロマンチック(染め色)も、白色も価格が同じ、という提案です。各店のスタッフと相談してでてきた結論だそうです。午前に訪問した新宿駅の生花店も同じ考えでした。店頭売価が持つ色の意味が、今年は大きく変わった年です。白も染め色も同じ価格で販売することが販売本数を伸ばしている秘訣です。染め色と白を一緒に並べることも必要です。白が好きな人が遠ざかっていたのが、今年は大きく変化して白を求める人が店頭に来ています。私たちの福島県内での量販店での7月の、のべ6日間の販売でも、店頭売価が同じだと、白を買うお客様は「男性」「子ども」がとても多い、ということがわかりました。白を差別しない、という提案です。仕入れ価格は異なりますがマージンミックスします。店頭の価格政策は商品価値の政策なのでたいせつです。直売所の100円のかすみ草と、量販店の300円、専門店の400円のかすみ草の価格の意味を考えます。価格の価値(つまり安値)だけでは売れない時代になっています。  →→岩井専務ブログ →→いわい生花 

 来店されたお客様のなかに会津高田出身の女性がいました。少しお話をしました。

 岩井専務は、今日(31日)の午後にラジオ中継が本店で行われる、ということでした。→→→ CRT栃木放送(AM)

 また29日には、地元のラジオ出演されています。

 23日に来日講演されたスタン・ポーマーさんは地域のラジオでの花の需要喚起の効果がとても高いということを話されていました。テレビよりもラジオが効率的(低コスト)で、パブリック・リレーションズに向いている、ということです。

■昨夜23時台にNHKラジオ深夜便(AM)に、奥会津書房の遠藤由美子編集長が出演されました。

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2009年7月30日 (木)

かがやくかすみ草

■2009年7月30日(木曜日)晴れ、暑い。首都圏小売店店頭訪問、営業中。

 今日は朝から、蒸し暑い首都・東京。中央花卉の中谷さんの自動車で都内の生花店を訪問している。いくつかのお店で、昭和花き研究会のかすみ草が陳列・販売されていた。1軒1軒訪問して、いま売れる色と、白、課題などについて店頭で話をうかがう。そしてこの秋に向けた営業。

 そのうちの1店、西武新宿駅ビルのぺぺ1階にある「西武フラワーショップ・プリンセス」では、白いかすみ草が3バケツ、染め色かすみ草が3バケツ陳列されていた。ギフト向け花束でどちらもよく出ている、という。

 暑い熱風が外から吹き付ける場所での花売り場であったが、白いかすみ草はとても白くまぶしく輝いていた。吸い上げ染色をしますが、ラメをふりかけることは和歌山県のJAみなべいなみ(冬春産地)と、昭和花き研究会(夏秋産地)は行いません。十分に白く輝くからです。

■午後1時30分に、中谷さんと別れ、私は新宿駅から山手線で西日暮里駅、千代田線で北千住。そこから東武線で新鹿沼駅まで向かっている。5時に鹿沼市のいわい生花本店を訪問する。

■中谷さんとは、店頭を訪問し、店頭の販売者からインタビューし明確になった課題をどのようにして対応、するかを相談し、秋口の取り組みについて日程等を話し合った。

■小田急フローリスト新宿本店を訪問し、七夕フェアの御礼。その後の動きを店長にうかがった。7月中旬に新店長で赴任された小菅直哉さんは、数年前の松山さんが企画してくれたショーザフローレの私のオランダのホルティフェア展示会の報告を聞いている、ということであった。話したことを克明に覚えておられて、話した私が忘れていて、少し恥ずかしかった。

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2009年7月29日 (水)

平地林を作る

■関東平野の武蔵野台地。その北部に川越藩が隣接していた。埼玉県の所沢市、狭山市、三芳町などになる。

 犬井正さんが、みよしほたる文庫2『人と緑の文化誌』(平成五年二月、三芳町教育委員会発光)を、三芳町立歴史民俗資料館で購入し読んでいる。獨協大教授の著者は、農業と林野の関わりを英国で学んだ地理学者で、十五年間この三富新田の開拓地域に通って調査をしている。

 →→→犬井ゼミ、清瀬市の横山農園訪問

 →→→犬井正の環境学

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2009年7月28日 (火)

続く雷雨

■2009年7月28日(火曜日)雨、雷雨。

 村の健康診断日。父母と、午前6時に行く。26番。並んで待つ。検診開始までの九十分の待ち時間で、ゲラ読み、二本校正終了する。46ページ分、8ページ分。

 終了後、11時に佐倉のからむし工芸博物館の世界の苧麻園で、『雑誌・会津学・五号』(八月十五日頃刊行予定)の、写真撮影し、メールで奥会津書房に送る。 

 夕方、宮下の奥会津書房にゲラ二本の校正原稿を届ける。

 かすみ草の調整・染色作業。

 ミヨシの本川氏がJAの斎藤君と来る。

 金山普及所の佐藤充技師と、来村する谷氏と訪問先圃場・生産者リストアップ。私は明日は視察者があるため充氏に依頼。花持ち試験のサイズは60~70cmを5本が一検体であるが、80cmのものを切って鑑賞期限を調査するのと、もともと60cmのものでは植物としての成り立ちが異なるため鑑賞期限が異なる、であろうという議論をした。いずれ家庭用での鑑賞価値を見るので、採花後管理の問題(断水時間を無くする)ことが、かなり先での花持ちに影響する。

 1昨日の日曜日、埼玉県内の量販店花売り場の花持ち保証の4店のうちの2店舗を視察し売り場の担当者諸賢から話をうかがったが、花売り場の環境で特に日中の来店客の多い店舗は、入り口自動ドアが開き続け、駐車場のアスファルトの40度を超える熱風が花売り場の花に当たってくる。スリーブの効果はあり、また異なる場所でコーナー展開している場所は影響が少ないように見えた。

 充技師は、「かすみ草の栽培後期にあまり水を切ってしまうと、離層ができて花落ちが多くなるので、適度な土壌水分管理が必要」と言う。離層は、落ち葉の原理と同じことで、寒くなり根の活動が低くなると、導管から樹冠の葉に行き渡る水分が少なくなり、そのことが引き金となって梢と葉の間に離層ができて落葉する。夏緑林に特徴的な秋の落葉原理だ。

 上京、30日は都内の生花店を中央花卉のナカヤ氏と訪問、その後一人で、夕方5時頃、栃木県鹿沼市のいわい生花店本店(明日からかすみフェア)。

 いつもより今日は早く、午後八時に夕食を採ることができた。その後、すぐ梱包作業を行う。23時まで62箱分を作った。すべて受注した染め色かすみ草の色組(3色、2色+白、5色、7色など)。明日朝いちばんで、雪の集荷所の予冷室に運ぶ。2回、は歩かなければならない。

 これから、24時に、夕方、染色中のかすみ草を液から引き上げ、STS前処理剤にて水揚げする。

■駅が大きくなると、タクシー乗り場が離れた場所にいき、遠くなり歩くのがたいへんだ。駅前で走行中のタクシーをひろって乗り込み「タクシー乗り場までお願いします」。

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いのち、のリレー

■昨日も雷雨、毎日雨と晴れ。

■いのちのリレー →→→ 百合の飾り方①   →→→その②

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2009年7月27日 (月)

平地に木を植える

■川越藩による雑木林を作り、その落ち葉で赤土畑を肥沃にする、という農業政策(仕法)は、調べてみると、1990年代のジャイカ(JICA)が砂漠化を食い止めるための南米チリのサンペドロ村での手法が、川越藩の三富新田の開拓手法を手本として進められている。

 →→→平成18年 埼玉県議会 三富新田の開拓

 40間(72m)×375間(675m)の土地の3割を雑木林にしている。5町歩(5ha)の区割りのうち2町歩を雑木林にしている換算である。残り1町歩が宅地、2町歩強が畑となっている。

■埼玉県三芳町立歴史民俗博物館に、三富新田の開拓について展示されている。三芳町(上富)、所沢市(中富、下富)。関越自動車道の三芳パーキングエリアから南(都内方向)に2kmほどの西域が上富地区となっている。

 5町歩(5ha)の土地のうち、2町歩を萌芽更新種(落葉広葉樹の雑木林)とする面積があれば、あとは水の確保で、持続した営農が営める、という「暮らしの規模」が明確になっている。そのなかで循環する有機質と、人々の働き。短冊状の土地が連なる空間は、はるか元禄時代にこのような仕組みが理解されていたことを示す。そして川越藩により実行されている。

■家を囲む屋敷林には防風と飢饉、用具、用材になるものとしてスギ、ヒノキ、ケヤキ、タケ、樫の木などが植えられる。

 雑木林になるところにはコナラ、エゴ、アカマツなどを植え、防風林として、また燃料となる薪に、堆肥(肥料)となる落ち葉の供給源として15~25年を1サイクルとして雑木の伐採と、育成が行われている。

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7月29日(水曜)販売数量確定

■2009年7月27日(月曜日)小雨、暑い。蒸れる。

 12時30分、分荷終了。

 29日(水曜日)販売分 629箱

 第①308箱、②62箱、③31箱、④228箱

 21世紀系(アルタイル含む)405箱。
 ニューホープ、ラブ、ベールなど

 BF系(ホワイトロード、ポラリスなど)79箱、

 雪系 70箱

 ピンク系(マイピンク、ピンクオリナ)25箱

 染め色かすみ草(受注)64箱

 その他草花類14箱

 ※以上のうち注文数152箱。

 ※SCLレンタル箱277箱、エルフ267箱、立箱99箱、横箱14箱。

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2009年7月26日 (日)

雷雨、増水

■2009年7月26日(日曜日) 午後、雷雨。増水。

 埼玉県内の量販店花売り場を訪問。東日本板橋花き(卸)の清水常務の案内で、Y社南古谷店、山田店、狭山店を訪問しかすみ草・染め色かすみ草の販売状況と課題をうかがう。川越市のブーケメーカーを1社訪問。35度Cと暑い。

■19時に帰宅した昭和村は雷雨後の増水。これまででいちばんの水量。濁流。

■27日(月)午後・病院。28日(火)村の健康診断受診で不在。

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2009年7月25日 (土)

会津山ノ内氏

■雑誌『会津史談』(会津史談会、昭和六年創刊、第83号、2009年4月刊)に、ふたつの記事がある。

 酒井哲也「会津藩家中の山ノ内一党」、平成16年頃のもの。

 水澤繁雄「蝦夷地・北方警備に殉じた会津藩士を偲ぶ旅」

■橋本捨五郎著発行『会津藩、ロシアに対峙す ~苦難の樺太派兵』(2008年、自費出版)

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マーケティング入門(日経):小川教授最新刊

■7月24日に、法政大小川孔輔教授著『マーケティング入門』(日経 3800円)が発刊された。780ページ、執筆に一年を費やした内容は、読みやすさ、日本の最新事例が多く納められている。アマゾンではすでに品切れになっている。

 先日の23日、法政大25階の食堂で、JFMAセミナー前の打合会時に、小川先生から著作をいただいた。『会津学』を毎年献本している返礼、とのことであった。大学院生向けの授業で使う、ということであった。

 自らの産地がどのように変遷してきたかを見直すきっかけになる本で、考えながら読むことで、地域の生産の課題が明確になってくる。問題解決のために、まず課題の掘り起こしのためには必読書であろう。

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発雷

■7月25日、17時25分から志津倉山方向で雷鳴はじまる。雷注意報が出ている。降雹が懸念される。パソコン関係の電源、プラグをすべて抜く。

栃木県の人たちが食べる。採りに来る。 → 盛夏のきのこ・チタケ出る。

■日本の産地の夏 →→→ ほりのうち  →→→岩手県へ

■環境劣化、苗用培土ピートモス →→→ イギリス

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暑い日へ

■2009年7月25日(土曜日)晴れ。30度と暑い。

 雨が続いたが、今日は晴れている。

 昨日から気温が高くなって開花が促進されている。

 27日(月曜日)販売のかすみ草は今季では最大量相当の916箱(①495箱、②89箱、③10箱、④322箱)。①は大岐地区、④は小野川地区で、越冬株の盛り。

 出荷先卸へは、15社向け出荷。品種は雪系、アルタイル系、ニューホープ、ラブ、ベール系と多彩。フェア用の染め納品は一段落。今回から宇都宮花き・いわい生花のフェア用納品がはじまる。木曜夕方頃に鹿沼市のいわい生花に行く予定。

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■出荷先

仙花96

大田215

板橋81

世田谷33

宇都宮45

群馬29

埼玉33

柏8

福島3

福岡129

北九州11

沖縄32

姫路127

広島花満22

中越32

■7月26日(日曜日)埼玉県内の量販店のかすみ草フェア視察。川越市周辺。東日本板橋花きの清水常務と。

■今日、大田市場の中央花卉の中谷さんから電話があり、納品先の染め色かすみ草の販売状況について話をうかがった。30日(木曜)に中谷さんの案内で付いていき、首都圏の量販店・専門店の納入先店舗を訪問調査することとした。

■7月30日(木曜)18時頃に、栃木県鹿沼市のいわい生花訪問予定。翌日よりかすみ草フェア開催。本店ほか各店を訪問します。

■7月29日(水曜)午前、産地視察あり、応接予定。

2009年7月24日 (金)

沖縄:みんなだいすき、かすみ草

■ 夏の沖縄、かすみ草。7月19日に開催されました。昭和花き研究会の染め色かすみ草を提供いたしました。→→→ 沖縄県花卉(卸) 市場まつり

地球の星

■2009年7月24日(金曜日)小雨、曇り。

 雨の降らない間に作業を進めています。

 作業をしながら、昨日の講演会(JFMAセミナー)で聞いたことを反復して考えています。

 オランダのフレッシュリテイル社のファン・ドンゲン師、アメリカのスタン・ポーマー師がユーラシアとアメリカの大陸の巨頭だな、と感じています。

 今年のオランダ・アムステルダムでのホルティフェアで、フラワーカウンシルはどのようなメッセージを出してくるのか?それが待たれます。時代をどのように読んでいて、どのような手を打っていくべきかを、考えている「機関」は少ないからです。

 そうした人々と実際に会って話ができる時代になっている、ということがたいへん不思議なことです。

■28日夜に計画していた会津MPS連絡会の例会は、出席できない人が多いため延期にしました。時期は未定です。

2009年7月23日 (木)

良心的消費の時代へ

■2009年7月23日(木曜日)曇り、小雨

  →→かすみ草POP 

     →→産地の写真などダウンロード

 首都・東京。市ヶ谷の法政大学の26階スカイホールで、アメリカのスタン・ポーマーさんの講演を聴いた。恐るべし、と思った。言っていることは、哲学者である。日本人が得意とする商人道に通じることを話している。とてもおおきな啓示を受けた講演であった。講師が語ったことを理念と、それをかなえる実際の手法に分けて考え直している。広島、京都、東京をめぐりアメリカに帰るようだ。終了後の交流会ではオランダから帰省中の、のりこさんにもお会いしたが、子供を連れて広島に行くと語っていた。

  →→→クロスオーバー

 ポーマーさんの講演のなかでは、昨日見たのだが日本の生花店はなぜ花に価格(プライスカード)を表示するのか?そんな価値しか花にはないのですか?というような語り方で講演がはじまった。

 大多数の小売業者は、ほんとうの花の力ではなく、価格の価値に焦点を当てている。大多数の小売業者は、花の情緒的・心理的な恩恵ではなく、花というモノを、ある価格で売っているだけ。

 花を消費者の日常生活とライフスタイルの一部にする。価格的な価値ではなく、花の恩恵を伝える。花は不安、威嚇要因を軽減する。

 時代は、これまでは見栄の顕示的消費の時代であったが、これからは分別ある良心的消費の時代になる。そして倹約の時代(これは思ったよりも長く続く傾向)。

■パネルディスカッションのなかで、ひととおり私たちパネラーが話した後でのポーマーさんのお話は、

 日本では消費者は変化を受け入れる余裕があるのだが、しかし花の業界は変化を受け入れることができないほど硬直しているのではないか?消費者はきちんと社会の変化を受け入れられる。このまま、価格競争を続けないで、それから離れることを考えていくことがいまいちばん必要だ。安さとの競争を続ける、ということは、いちばん頭の悪い競合者との競争をしていくことになり、それは十七世紀のアメリカのように変化はいやだ、ということに似てしまう。

 消費者へ伝えるこころに響くメッセージを作るときに考えることは、花の価値とはなんだろうか?それは私たちが考えたとしてもお客様が反応してくれること、お客様が聞いてくれるメッセージを作らなければだめだ。アメリカではフォーカスグループを作ってインタビューし、お客様の考えていることを調査するが、この場合、いま花を買っていない人たちを集めて話を聞くことをしなければ意味がない。ギフトをうまく育てようとするCCC(カリフォルニア・カットフラワー・コネクション)のインターカードのような工夫、あるいはマミーブロガーにリンクしこれまでマーケティングしてこなかった世代への花の効用を考えていくためのタネをまくことなどが必要になる。

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上京

■2009年7月23日(木曜日) 曇り

 これからJR郡山駅まで自動車で行き、新幹線で上京します。

 昨日午後に首都・東京にあるJFMA(日本フローラル・マーケティング協会)事務局の村上直子さんから「明日は12時30分に市ヶ谷の法政大の25階に来て下さい。パネラーの打合会があります」との連絡があった。大阪の市場の藤原さん、東京の花屋の井上さん、そして東北の切り花(かすみ草)生産者の私、アメリカの花振興協会のスタン・ポーマーさん、進行役のJFMA会長小川孔輔教授。

 →→→小川先生

   →→→ JFMA事務局スタッフのブログ

 昨日の夕方にJFMAの事務局の専務理事の松島義幸さんからも上京の確認の電話があった。集客に苦労している、ようでした。27日午後に「JFMA鮮度流通販売プロジェクト」も開催する、とのことで、私は長雨続きで、畑への苗の定植ができないため、いろいろな作業が遅れてしまい、現在から7月末までは、定植優先の繁忙期のため、プロジェクトには欠席することを伝えた。

■2001年にJFMAに加盟し、海外視察、国内視察、セミナー等で学んだことを2002年からの「かすみ草フェア」(店頭販促)や、生産地の取り組み、環境負荷低減プログラム(MPS)に参加している。現場で考え、補正し、新たな仮説を持ち店頭で、あるいは生産で応用する、というのがこの10年間。エルフバケツの協会(JELFA)にも加盟し、同じように花の流通品質の確立に寄与しようとしている。こうした活動は、活動自体が目的ではなく、私たち地方で生産に関わるものは、新しいトレンドが「地産地消」であることから、これまでの人口密集地での取り組み経験を、地元の地域で時間差を持っても応用できることがある(かつてうまく行かなかったことが、社会変化により認知され、受容されていく)。セミナーは言われたことを聞く、のではなく、自分の取り組みやこれからを照らす光なので、その話を自分の取り組みにどのように連関させるか、つまり考えるための受講である。一方、講演者(パネラー)は、そうした聴衆への気づきと具体的事例による示唆が得られるように語るべきで、自己主張する場ではない。そのためには前提として、共通の時代認識が必要で、小川先生は冒頭にそれを語る、と思われる。生産者として求められることをすでにまとめ事務局には資料提出している。

 オランダから夏休み帰省中の たがも さんも聴講され、終了後の交流会にも参加される。

 今日(7月23日、午後2時~5時、法政大ボアソナードタワー最上階)のJFMA国際セミナーは、会員でなくとも聴講参加可能です(有料 2万円)。原則として事前申し込みが必要ですが、当日受付で聴講できます。

 →→→ JFMAセミナー

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2009年7月22日 (水)

かすみ草、夏物語

■入り口の左手で私は呼び込みの声を出している。7月19日の昼下がり。

 花に引き寄せられる蜂のように、黄色い半袖の服を着た少女が染め色かすみ草の前に停まり、じっと見つめたあとで、その右手でかすみ草の花をなでた。頭一つ背が高い少年が、後ろから駆け寄って、少女の右手を制した。この妹兄は、3歳と7歳くらいだろうか?少女はかすみ草の前を左右に移動するが離れることはない。

 少年は母親のところに行って千円札1枚を持ってきた。あさかのフレッシュの五十嵐さんが少年の話を聞いて、好きな色のかすみ草を選んだ。ピンク、イエロー、ロイヤルブルーを1本ずつ、選んだ。それを花売り場のカウンターに持って行き、SVの中川さんが10cmほど茎元を切って、透明フィルムにたいせつに、ていねいに包んだ。少年はそれをじっとみつめ、少女は兄の背中に隠れるようにしてその作業をながめている。

 茎もとは保水紙で包み、アルミホイルで包む。売り場の女性がピンクのリボンを茎もとに付けて、中川さんが手渡しした。少年が受け取って、私の前を通過して母親の所に行ってかすみ草だけの花束を見せている。少女は後から蜂のようについていく。

 五十嵐さんに聞くと、「おじいちゃんの誕生日だから、何かプレゼントしよう、、、ということで、3色の染め色かすみ草になった」のだという。

■ ピンクに染めたかすみ草だけの花束を求めた若い女性。右側の出口から出て行った。少し時間をおき、カメラ(写真現像)売り場の前でしばらくいた老齢の女性は、ピンクの染めかすみ草だけを6本求めて左側の出口に向かっていった。

■長い髪をポニーテールに結った女性は、そのリボンは赤。選んだかすみ草の染め色は赤。

 水色の服を着た50歳代の女性が選んだ青いかすみ草。

 携帯電話と同じ、白い色のかすみ草。

■和歌山県からきた、かすみ草栽培の若い生産者ら三名の男子は、かすみ草売り場で来客が質問すると、すぐに折ったヒザを床に付けて低い姿勢になって話を聞いている。

 僕らは染め色かすみ草を置いた3店舗で7月に、のべ6日間(50時間ほど)の店頭で1万人の人々に声をかけた。

■少年と少女は、なぜ、染め色かすみ草をおじいちゃんの誕生日に選んだのだろうか?私が、あれから、ずっと考えていることだ。

 今回は、東北のチーム編成です。SV(量販店のスーパーバイザー)の中川さんと私がC店を担当した。一方のH店はバイヤーの加藤さんと開成生花の林さん、本名君と愛美さん、祐子さん。農業や生産者への理解、心配りがいつも感じられ、僕らはこの夏・店頭で、来店する人々の心を学ぶことができる。午前中に一人、午後に一人、、、、じっくり話を聞くと、働くこと、仕事をすること、人々の暮らしのなかで花の果たす役割、、、、を見つめることができます。

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■ミスターチルドレンのアルバム『スーパーマーケット・ファンタジー』に「東京」という歌がある。作詞作曲を担当し、ボーカルでもある桜井の声は少しせつない。 

 バイパスに架かる 歩道橋からよく見える

 ベランダに咲いた 彩とりどりの花

 甘い匂いが この胸にあふれ出す

 あの人に 手紙でも書こうかなあ?

非GM製品認証プログラム(アメリカ)

■7月7日、アメリカ最大の有機食品販売業ホールフーズマーケットが、非GM製品認証プログラムをはじめています。農業情報研究所による7月8日のピックアップにて知りました。→→→Whole Foods Market Partners With Non-GMO Project To Label Company's Private Label Food,Cattle Network

GMとは、経営破綻した自動車会社ではなく、Genetically modified organismの頭文字からGM作物、GMOとも呼ばれる。

  →→→遺伝子組み換え作物

 「遺伝子組み換え」ではありません、というのが「非GMO」。身近なところでは食品量販店で販売している「納豆」の大豆の記載欄や、豆腐のパッケージに書かれています。遺伝子組み換え作物ではありません、ということを認証しなければならないほど、遺伝子組み換え作物が出まわってきている、ということです。これまでは、有機栽培や農薬低減という「作り方の問題」であったものが、「育つ作物自身」の出自が問題となる時代です。GM(遺伝子組み換え)植物の場合、花粉の散布や、植物残渣、植物が枯れて、腐ってまた土などに戻ることの影響が懸念されています。これまでの戦後の使い捨てる日本社会は、法制の変更により「堆肥化する社会」へ転換しています。GM作物が堆肥に混入して土地に蓄積する懸念があるわけです。安全性は一過性の物ではなく、循環のなかで評価されることが多くなってきました。堆肥にして農地に還元、という取り組みが流行していますが、その野菜や植物類が広範囲に集められて来て堆肥化する、ということは多くの危険性をはらみます。

 その土地の周囲の有機物(植物の落ち葉や草類)を畑に入れる、という哲学は、「堆肥を×トン畑に入れる。有機質投与」という名称にすり替えられています。その堆肥の内容物の「履歴」こそが問題になっているわけです。

 販売店が売れ残った野菜や総菜類を堆肥化して、直営農場の堆肥とする場合、仕入れる農産物や加工食品の「非GMO」のチェックが必要になります。堆肥=有機質=良いこと、、、、という印象と物質の循環は異なり、廃棄される履歴不明(たとえばGM0が混在した)な食品残渣の堆肥がもたらす負の循環が、大きな制度として地球上ではじまっていると感じています。

 その土地で生まれたものをその土地に還すのが、堆肥の哲学です。その土地とは、伝統的な言い方で言えば「四里四方」でしょう。一里は約四キロメートルで徒歩で一時間圏内。徒歩で四時間という距離感は、人が半日歩いて行き、半日かけて帰る道を示しています。つまり歩いて日帰りできる範囲の山岳・河川・原野という山野河海のものを利用するから数百年、数千年単位での集落が維持できているわけです。集落が維持されることは生命の維持につながります。通常、日本の集落は1里おきに設置されています。4kmごとに一集落があり、その集落が抱える山塊や原野の規模が、その集落の戸数になっています。季節性の移動地が点在する場合は「出小屋」と呼びます。それは「泊まり込む」ことを前提として労働が組み込まれています。

 堆肥として畑に野菜などの廃棄した由来不明な物質を入れ、それで育ったものをまた人が食べる、という行為に安全な保証ができなくなっている、ということです。それは牛に与える餌(えさ)を通じて新しい病気(たとえば狂牛病)が発生してくる、という構図の、牛の部分が「畑」になっていると考えるとわかります。堆肥は植物類が腐って(腐植)が次の生命を生む、という『風の谷のナウシカ』のメッセージですが、その腐植となる植物の来歴が問題になっています。物質の循環のはらむ長期的な汚染は、日本が経験したこれまでの公害病でも自明です。

7月14日の朝5時30分に、昭和村のある集落のデポ(一次集荷所)かすみ草の目揃え会を開催しました。そのときに、「ホームセンターから育苗用土を買ってきて植えたかすみ草の苗は育ちが悪く、裏山から集めてきた落ち葉を堆肥にして3年かけて熟成した土を用土にしたかすみ草苗はとてもしっかりと生育している」と老農は語っています。自らの落ち葉集めし3年熟成という時間コストよりも、ホームセンターで数百円で買える堆肥・腐葉土・育苗用土は「便利」です。しかしそのことが「作物」や地域の土の微生物群にとって良いことだけではない、ということが、利用してみてはじめて「伝統農法の価値、尊さ」が理解されていきます。

■安い商品群のPB開発が盛んですが、その製造や生産の来歴を吟味する認証としてのプライヴェート・ラベル(PL)は、本来、生活者協同組合の本旨であったはずです。それが失われつつある、ことは理念を社会通念にすり寄せすぎたための逸脱で、これは農業協同組合でも同じことが言えます。第三者認証だけが正しい、ということではなく、つまりそれぞれの経営主体の倫理が問われる時代には、自らの理念の公開化が必要になっている、とみるべきです。そうした後に、第二者認証の意味と、さらに第三者認証の意味が理解されます。それぞれに補完する役割を担っています。(昭和花き研究会 カンケヒロアキ)

気温低下へ

■2009年7月22日(水曜日)皆既日食

 →7月24日出荷数

 昨日の雨から気温低下。15度台で肌寒くなっています。当分続くと気象台。

  雨続きで苗の定植ができない。晴れ間には畑仕事が待っています。

■豊島区南長崎のアスターさんでも、かすみ草フェアがはじまりました。→→→フラワーショップ アスター

 →→→FFCフェア

■明日、7月23日の14時から東京都内市ヶ谷の法政大ボアソナードタワーにてJFMA国際セミナーが開催されます。花の需要喚起の対策についてアメリカの講師スタン・ポーマーさんが講演されます。

  採花作業が間に合わないので23日は午後のみ日帰り参加(パネラーとして報告)、24日会議は、欠席することになりました。

■かすみ草の定植の晩限が25日とせまっており、採花作業をあわせて加重負担な毎日です。来週になれば一息つけます。

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■7月23日、24日都内葛西市場にて「会津みどりの花」の展示が行われます。→→→ 高尾嶺農園通信

■自分で使う道具は、自分で手入れする。研ぐ。→→→花の工房

 →→→マックで農業(月形)

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2009年7月21日 (火)

森のカラー:月田農園(南会津町)

■2009年7月21日(火曜日)

 午前6時より雨になる。

 昨日(7月20日)は、南会津町(旧・南郷村)の月田農園を訪問しました。禮次郎さん、洋子さん、高一の息子さんが「森のカラー」の選別・結束作業をされていました。

 JA会津みなみ(西部)の山内さんが分荷を担当し、大田花きなどに出荷されています。

 山道を伝って農園に上がってみると、すでに乙女百合(ヒメサユリ)はつぼみが大きくなっていました。カラーは7月に入ってから採花・出荷しているそうです。畝間(うねま)には農園を囲むコナラ林の落ち葉(きのは)が敷き詰められています。土着菌が畑に移行します。ウネ(畝)には今年は友人から分けてもらったというモミガラで被覆していました。

 禮次郎さんの経営を見ると、森林と農園を一体のものとして維持・管理しています。今日、圃場(ほじょう、畑)を歩きながらうかがったのは、「カンケ君、ずいぶん前に、江戸時代の川越藩の農法が、植林をして雑木の森や林を育てそこに畑を作る、森林の落ち葉で畑を肥やす、というものがあったんだ。それがずっと頭の隅に残っていて、この農園でも行っている」という。

   →→→川越藩 三富開発

 露地栽培。天と直接結びついた経営は、自然災害からの防御という点では被害があることを想定しなければならない。

 今年はカンバツ(旱魃)だという。冬の雪が少なかったから、地下水が枯れつつある、という。いま降っている雨は川に流れてしまって地面にしみこむことはない、という。森を守り花を育てる、ビー・グリーン be green ないとなみの代表が月田農園です。

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2009年7月20日 (月)

ホタル

■2009年7月20日(月曜日)曇り。27度。

 今日の出荷・梱包作業を終えた20時、自宅玄関でホタルが3頭玄関引き戸に止まって発光している。今年はじめてのホタル。

 眠いので、休みます。

■今日は雲がきれい。本土の雲は灰色と白のグラデーション、沖縄の雲は純白。FFCのフェアの様子が伝わってきています。→→→ フェアFFCかすみ草夏物語

■埼玉県内のトステム・ビバホーム(加須店、鴻巣店、埼玉大井店、三郷店)で水曜・週末からかすみ草フェア。新潟県内のホームセンター・ムサシでもフェア開催していただきました。人気色は売れてしまったようです。週末は埼玉県川越市に本部を置くヤオコーにてかすみ草フェア開催。投入数が確定しました。

■首都圏の生花店・オランダ屋ブルーミスト16店でも昭和花き研究会の染め色かすみ草をお求めいただけます。 →→→ オランダ屋

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手から手へ

■2009年7月20日(月曜日)曇り。

 天候不順(雨)が続いています。

 今朝は5時台から圃場(ハウス)で採花している生産者3名をまわり、今週に沖縄、埼玉等でのフェアに納品する染色のお願いをしてきました。大量です。また昨日までの郡山の店頭の様子も語って伝えました。

 当村でのからむし織の里の催事での、生産者のかすみ草販売の様子も聞き取りました。購買客の集客範囲(他県)と反応と購買行動です。

 今日は午前から午後3時まで山中移動のため連絡がつかなくなります。東京から来客された人を南会津の月田農園に案内します。

■定植晩限が近づいています。7月25日頃まで、当地のかすみ草は畑に植えないと、開花しません。10月下旬には、雪が降ってくるからです。採花作業と定植作業が一緒にあり、生産者の疲労度も増しています。定植作業は今週で終わってしまうので、来週から、採花中心の日々となります。品種も切り替わり時期で、出荷量も不安定、60cmは出なくなる時期になっており、受注でのお断りが多くなっています。期間(7月~10月10日)の長期予約相対(定価販売)で60cmはほぼ手一杯の状態です。

■1本のお花(かすみ草)を、売り場でていねいに説明して、、、、そして手に取っていただくことが、いま必要なことです。「手から手へ」そのことが求められています。そうできない理由をたくさん考慮しても、私たちの栽培・生産したお花は、そのようにしてしか家庭のなかに入ることができません。一人の人を顧客にする、ということはどのような取り組みを通じてなしえることなのか?それを毎日考えて、時に花売り場の店頭にいます。花売り場の人たちを支援できるような、生産地がなしえる仕組みも考えています(リテイル・サポート)。店頭ではたらいている人たちと同じ場所であるひとつの時間を共有した中で考えることは、有用です。

■人々はその時代のあらゆる仕事を通じて、働くことで、社会・世間とつながっている。働くということは厳しいこと、でもたいせつなことをいつも教えてくれます。そのことで人々は人々の労働を認め、支え合うことができます。はたらく、ということは素晴らしいことです。 →→→ 思い深く

2009年7月19日 (日)

支え合う人々

■2009年7月19日(日曜日)雨曇り、蒸し暑い。

 午前10時から午後6時30分まで郡山市内のYBコスモス通り店で、マネジャーの折笠さん、花売り場の皆さんと、SVの中川さん、あさかのfreshの五十嵐さんにかすみ草フェア開催御礼を申し上げ退店しました。夕方、副社長が来店されました。

 その後、やつやまだ(八山田)店に行き、お店の方々と花売り場の方々、加藤さん、林さんに御礼を申し上げ退店しました。夕方、社長と部長が来店され、花売り場のみんなをねぎらったようです。トップの仕事はねぎらいと励まし、という要諦を分かった人たちが職場を作っていることを強く感じました。染め色かすみ草は写真で見るよりも売り場で見るととてもきれい、と語ったそうです。ありがたいことです。

■雨続きの日となり、販売には苦戦しました。売り場の陳列を変更したり、呼び込みの立ち位置を細かく変えたり、いろいろと試行しました。2日間を終えてみると、とても充実感があります。時に短い休憩のときに、立ち話ながらこの売り場に集う仲間のことを少しずつ知ることができています。

 来店される人々の支え合うしぐさ、助けあう日常を遠目に見ていると、とても自らの日常との比較で、自分も優しくありたい、とお客様の立ち居振る舞いから学ぶ日々です。花を購入される場合、買った商品を入れたカゴ、マイバッグ等をだれが持つのか?という問題があります。女性は男性に荷物を持ってもらい、親は子に荷物を持ってもらい、、、、そういうやりとりを見ないつもりで注視していました。助けあう、支え合う、、、、そうした日常が買い物行動のなかで確かめ合う、ということを繰り返し見ました。庶民は立派だな、といつも感じます。

 そして、お花を一輪購入できる「心の構え」がある女性は、年齢を問わず魅力的でした。生きることとは、何か?を思うとき、この夏の思い出はかすみ草とともにあることが幸せだと思います。今回の2日間の思索が、まだ、まとまらないのでこのへんで報告といたします。ありがとうございました。

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店頭2日目へ

■2009年7月19日(日曜日)

 18日は雨でした。

 私の担当したコスモス通り店。午後に、思いがけず来客がありました。愛知県田原市の荒木芳人さん、渡会さんです。昭和村のからむし織の里フェアを見て、きたそうです。MPS参加者の荒木さんは、JA愛知みなみ カスミソウ出荷連合の代表です。かすみ草フェアの様子を見て、JR郡山駅から新幹線で帰りました。

 また、和歌山県の主産地である印南町南部町のJAみなべいなみ花き部会のカスミ部の部長真田さん、村上旭洋さん、JA営農指導の大野さんは、18時30分まで店頭販売支援をしてくれました。彼らを、これから会津若松から昭和村のかすみ草圃場視察、集荷所視察へ案内してから、郡山市に戻ります。

■18日に8時30分にコスモス通り店に行き、入店証を得る手続きをしてバックヤードから店内、花売り場に行き驚いたのは、フェアの告知板やレジ先のサッカー台というのでしょうか、買った商品を詰める場所にかすみ草フェア予告のPOPがたくさん貼られていました。花売り場のスタッフの皆さんに挨拶をして私の準備をしました。折笠マネジャーにもお世話になりました。

 大田花きの小林さんが八山田店で販促活動を支援してくださいました。

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2009年7月18日 (土)

雨の日

■2009年7月18日(土曜日)雨。

 朝8時30分、郡山コスモス通り店につきました。すでに開成生花の林さんらがカスミソウの箱を搬入し終えたところでした。9時を待ち、陳列します。

 昨夜は2時まで日曜出荷の準備に時間がかかりました。今朝は5時に起きて、来た本名敬君と打ち合わせをして分かれて出発しました。雨です。郡山ジャンクションで事故があり高速が渋滞していました。

2009年7月17日 (金)

明日は福島県郡山市内で会いましょう

2009年7月17日(金曜日)晴れ、午後雨、夕方曇り。通り雨が昨夜未明と、午後に。

 今日は通院日。

 17時すぎより川流圃場の中ハウスのアルタイルの採花、もう終盤。80cmも60cmも無くなる。来週は70cmと60cmは少なくなります。晩霜後に定植したものが開花するからです。これは短いため根本から切ります。いまのかすみ草は伸びていて120cmほどあり、80cmで切ってもいくつか枝があり、しっかりしたものだけを60cmとして出荷しています。

 夕方採花したものは板橋市場の自由が丘フラワーズの入船さんから事前発注いただいたもので、月曜(20日)納品分の1箱。その分だけ採花して、先ほどまで葉取り、結束し染色中。

■18:20 仙花・上原さんが染め納品規格の件で確認のための連絡があった。また午後、数回、世田谷花きの木幡さんから染めかすみ草のことで電話があった。

 染め色かすみ草の受注(納品日の4日前正午締切、4Day)

 月曜日 金曜納品分の染め色かすみ草の受注締切(正午)。各生産者に染色指示ファクス送付(15時)。

 火曜日 生産者早朝採花分を、受注色で染色作業開始(終日)。染色後、一定時間STS前処理(花長持ち処理のため糖類を十分な時間すわせる)。

 水曜日  11時、パソコン上で分荷作業開始。正午決定、午後ファクス。生産者へ出荷先の指示ファクス確定(15時)。生産者、前処理液からかすみ草を引き上げ梱包作業し、集荷所納品。 

 木曜日 朝8時、冷凍輸送車で各卸市場向け出発。夜、市場着。

 金曜日 朝、卸市場納品

※月曜納品分は水曜正午締切、水曜納品分は金曜正午締切、金曜納品分は月曜正午締切。

■19時、大岐の隠れ里で、大岐では今年はじめてのヒグラシ(蝉)が鳴いた。そしたら、大岐の金比羅様の尾根の杉林で2声めが鳴いた。ヒグラシは誰かが鳴き出すと連鎖して鳴き交わす。ステレオで立体的な音像が来る。

 夕暮れの谷間にヒグラシの鳴き声は響き渡る。

 もうカエルの鳴き声もあまり聞こえない。川床からは時折、カジカガエルの鳴き声がしていたが、ヒグラシの声がとてもよい。

 5月の連休明けの陽光が出たときだけ鳴くエゾハルゼミ。それが6月で終わり、夏の蝉はいま日中鳴く。ヒグラシは夕暮れ時とか、雷雨が来そうになる急に世の中が暗くなったら鳴く。暗くなる直前に盛んに鳴く、、、涼しさとともに夏の音で、私の携帯電話の着信音にもなっている。

■17:18 郡山市の開成生花の林隆さんから電話があった。明日、18日(土曜日)からのかすみ草フェアの確認。毎回、適切な助言と、細かな電話連絡で花売り場と生産現場をつないでくれている。花売り場はヨークベニマルの仕入れを担当されている加藤謙一さんが統括しているが、夕方までに連絡があり、郡山での販売会後には、8月29日(土曜日)、30日(日曜日)にヨークベニマル福島西店、南福島店で染め色かすみ草フェア(販売会)が開催されることが決定しました。

 かすみ草フェア(染め色かすみ草、白かすみ草の販売)18日、19日

 7月18日(土曜日)午前10時~ ヨークベニマル八山田店(郡山市)。この土曜日だけは「どまんなか得の市」で、店頭価格がレジで2割引きとなります。19日もかすみフェア価格ですが、18日は特にお得だと思います。昭和花き研究会からは副会長の本名敬、菅家愛美が店頭販売支援します。またフラワーフード(花瓶水の品質保持剤)クリザールジャパン社の山口さんも店頭で対応致します。生産者2名は16時まで店頭にいます。19日は10時~16時、昭和花き研究会鈴木祐子・菅家愛美、山口さんが担当します。

 一方、コスモス通り店は午前10時~午後6時まで菅家博昭が担当します。昼食時に不在になりますが、対応致します。午後2時頃?和歌山県のJAみなべいなみのカスミ部長真田君、村上君、営農指導員の大野さんの3名が店頭で販売支援してくれます。夜、会津若松に移動し宿泊後19日の朝4時半に昭和村に行き圃場視察、6時半に集荷所視察し、郡山に10時~13時くらいまでコスモス通り店。その後帰郷します。菅家は19日も10~18時、店頭にいます。

日時:7月18日(土曜日)、19日(日曜日)

 場所:ヨークベニマル 八山田店、コスモス通り店の2店舗(いずれも福島県郡山市内)

■八山田(やつやまだ)店
  〒963-0551
  福島県郡山市喜久田町字四十坦12-13
  TEL.024(991)8801
  営業時間/10:00~23:00

■コスモス通り店
 〒963-0201
  福島県郡山市大槻町字御前5番地
  TEL.024(962)4911
  営業時間/10:00~23:00

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■ 次回のヨークベニマル福島市内2店での、染め色かすみ草フェア。8月29日(土)、30日(日)開催予定。生産者が店頭で皆さんのかすみ草夏物語を、うかがいます。

福島西店 〒960-8056
福島県福島市八島田字琵琶渕29番地
TEL.024(555)2449
営業時間/10:00~23:00

南福島店 〒960-8153
福島県福島市黒岩字田部屋40番地
TEL.024(545)1171
営業時間/9:00~23:00

かすみ草・夏物語 FFC首都圏の生花店で開催へ

■夏のかすみ草フェア用 3様式あります。PDFファイル。A4カラー版。店内掲示用

 →→→ かすみ草、夏色の思い出

 →→→ 夏がくれば思い出す、かすみ草

 →→→ 夏の日、かすみ草の思い出

■FFCで、かすみ草共同フェア開催。世田谷花きを通じて、昭和花き研究会のかすみ草・染め色かすみ草が、あなたの暮らす街の生花店で、お求めいただけます(7月17日、18日~ 開催予定)。各店にお問い合わせください。

 →→→ 蕨市 シードシードnew

 →→→八王子 ル・シェル・フラワーズ

 →→→佐倉市 花の店・萌木new

 →→→松戸市 稲留園芸

 →→→三鷹市 コテージガーデン   →→ブログ new

 →→→板橋区成増 オカダ花店

 →→→世田谷区 パフューム

     同 パレット

     パンクな、くぼたさんのブログ new

 7月20日~の開催→→豊島区南長崎 アスターnew

  →→→FFC(稲留園芸)new

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■奥会津三島町で7月19日に開催される写真展、催事。野本寛一先生、赤坂憲雄先生に師事している川合正裕さんが出演。→→→いまここネットPDFチラシ

2009年7月16日 (木)

ひぐらし

■2009年7月16日(木曜日)晴れ、曇り、夜に雨。

 朝5時30分から目揃え会を3カ所で。昼に第3地区(川井)で中間慰労会。

 16時、滝谷川を遡上する道路沿い、柳津町琵琶首の集落対岸(左岸)で今年はじめてヒグラシを聴いた。夕方、柳沢峠を抜けて折橋・上田の所でもヒグラシを聴いた。診療所から右折してしらかば荘まで行ったが、下中津川・野尻の右岸域はヒグラシの大合唱となっていた。数日前から野尻川中流域でも日暮れに鳴いているようだ。

 大岐ではまだヒグラシ(蝉)は鳴かない。ホトトギスが今日は鳴いていた。

 越年したかすみ草が咲くとき、ヒグラシが鳴くのだな、と思う。

■夕方、酒田市のロータスガーデン畠山さんから、今日のかすみ草を使用したこどもたちとの行事が終わったという、よかったそうだ。→→→ロータスガーデン

トキを見た

■今朝、5時30分からかすみ草の目揃え会を3カ所で行った。最終の野尻中向の雪の集荷所で、猪岐一朗さんが「ナカツガア(下中津川)で田んぼにいるトキを見た」という。10日ほど前というから、七夕前後だ。春に隣町の只見町に佐渡から放鳥されたトキ1羽が飛来している。→→→放鳥トキ情報

Be Green → Go Forest いのちを見る

■2009年7月16日(木曜日)

 社会のなかで人々とお花をつなぐ役割をする「前衛的」提案者の一人が私たち奥会津と同じ、雪とブナのくに東北地方の酒田市に拠点を持つ「ロータスガーデンの畠山」さん。イヌワシが棲む鳥海山と、山霊が棲む出羽三山を望むところにある。

 昨年(2008年)は、「干すことで生まれる新しいいのち」の問題を「干し(星)かすみ草」として、酒田市内の山居倉庫の対岸のレストラン・ラヴィの天井装飾という技法で、人々に実際に星になったかすみ草のいのちを見せてくれた。

 山国では、日本の場合、干す技法がうまみを育て、魚介類のダシではない「干したキノコのダシ」の文化を創生している。秋に収穫したキノコは塩蔵されるほか、干して貯蔵される。その干しキノコは、正月や仏事にかかせないダシを取るたいせつな素材となっている。ダシには魚介類しかないと思っている「料理本」には載らない、日本人の伝統技法である。

 ブナ林のなかに自生するミヤマカンスゲ。つまりヒロロという草であっても、二百十日前後に引き抜き干す。それを人間はふたつある手で寄り合わせ「ヒモ」にする。そのヒモでカゴを作れば、永年使える。また撚らずに、その形態を維持して編めば、雨をよけるミノ(簑)になる。思想としてとても深いのは、ブナの森で人々のいのちを支えた山菜を採るカゴは「ヒロロ製」である、という点である。これは「てっぽうぶち」と呼ばれる狩猟でも、山行きのリュックサックはすべて「ヒロロ製」である。つまり、その森で採ったヒロロで作ったものを携帯して森に入る、、、、森の側から見れば、ブナの森が育てたヒロロのいのちをたいせつにできる人間かどうかを「査定」できる。毎年、同じカゴをたいせつに使う。森で生まれた草で編んだカゴに、森で生まれた山菜をおさめ、森から出る、という伝統的な人々の行為は、森に入るための作法として、重要な示唆を与えているように見える。

 昨年(2009年)7月に大田市場で七夕展示したかすみ草に、ヒロロや、ヒロロで編んだカゴ(三島町製)を展示した意味はそこにある。そして、かすみ草のいのちを支えている「花瓶水」から離して、逆さにつるした。干すことでその植物のいのちは永続されるからだ。

 今年(2009年)の七夕かすみ草のテーマは「ビー・グリーン」とした。「緑でいようね」という意味だ。来年2010年のテーマは「ゴー・フォレスト」(森へ行こう)と決めている。

 沖縄であれば、街路の辻にあるガジュマルの根元に真っ白なかすみ草を置いた写真がいい、と思う。

 それが、東北のブナ林のなかであれば、、、、そうしたトライアルをしたのが今回の山形県酒田市のロータスガーデン畠山さんだ。玉簾(たますだれ)という山中の滝の前で、かすみ草を並べたのだ。撮影後、そのかすみ草は持ち帰られ、今日、地域の子どもたちの花の事業に使われる。かすみ草は私たち生産者の手から離れ、どのようないのちにふれあえるのか?→森で花を

 2009年の7月の店頭販売(プロモーション)は、「花瓶水がお花(かすみ草)のいのちを支えている」ということを伝えることに絞っている。そして生けてから7日とか10日経ってから、逆さに干してドライフラワーにしましょう、、、という提案だ。なぜ採花日を付けるのか?なぜすぐ水揚げするのか?冬の雪を貯蔵しておいたやさしい冷房でかすみ草を冷やすのか?すべて「植物のいのち」にかかわる問題だからだ。モノではなくいのちという視座は、本来欧米人ではなく、東洋人の私たちの得意分野であったはずだ。いのちの問題に敏感な英仏が切り花の日持ち保証をしている(ベイズライフ・ギャランティー)。

 かすみ草は、野で育てる。露地で育てる、という行為は、生産者が育てているという枠をはずれ、「地球が育てた花」として見えてくる。それは、ブナの森に生きる植物群と同じいのちだ。施設ハウス、つまり人工環境下で育てる場合は、自らが「神」となる錯覚をもたらす。

 野で雨や風の中で生きてきたかすみ草をどのように扱うかは自明だろう。限られたいのちをたいせつにして下さい、と願う私たちの声は、日本の花を扱う流通や小売業の人々には届かない。しかし、「世間(社会)」には届く。なぜなら、いのちに敏感なのはその業界をしらない普通の人々であるからだ。

 花瓶水にフラワーフード(品質保持剤)を入れることは、生活者がお花(かすみ草)のいのちを受け取った義務として、行う儀礼である。お花がいのちを持っている、ということを私たちに教えてくれたのは、7月上旬、福島県会津若松市のヨークベニマル一箕町店の昭和花き研究会MPSの花・七夕かすみ草フェアに来店されたちいさな子ども(女子)である。あたらしく生まれたいのちを祝すため、おばあちゃんと病院に行く、という。しかし「花は枯れるから、きらいだ」と言った。子どもはお花をいのち、として見ていることがわかる。

 私たちは言葉の力で生きている。

 お花に、かすみ草にいのちがある、と子どもは思っていたのだ。

 大人は誰もそのように感じない。感じないから大人になっている。

 お花にいのちが宿っていると考えることができるとすれば、いのちの問題を扱っているのが、私たち農民であり、小売業に携わる多くの人々ではないだろうか?「いのちのリレー」が、今年のビー・グリーンのひとつの現場で見つけた思索のひとつである。何日持てばよい、ということではなく、授かったいのちを大切にすることが、つまりJFMAが主導する鮮度保証(日持ち保証)販売の真意である。多くの生活者が、どのようにお花のいのちと向き合えばよいのかを求めているのが、「花瓶水の科学(フラワーフード・イノベーション)」の店頭講演でわかったことだ。(昭和花き研究会 会長 菅家博昭)

2009年7月15日 (水)

698箱

■2009年7月15日(水曜日)晴れ、32度。たぶん梅雨明け。いきなり蒸し風呂状態の湿気と暑さになっています。

 昨夜から今朝、首都圏の生花店8軒によるFFCでのかすみ草フェアのための催事資料を作成して、各店向けヤマト便で送付しました。

 11時からPCの前で分荷作業。今日は七夕フェアに次ぐ、染め色かすみ草の受注があり、特に週末のヨークベニマル郡山2店用56箱と、世田谷(FFC)30箱、沖縄91箱、中越33箱などへの色確定等のチェックをていねいに行い、分荷した。698箱のうち染め色かすみ草は220箱、白を入れた注文分は316箱で半数となり、卸各社一般販売分は少ない状況が続く。

 昭和村の矢ノ原や、小野川地区がこれからのかすみ草の開花の中心となります。標高の低いところから高いところへ、開花地帯が移っています。旬とは、かすみ草が自分自身で咲きたいと感じる時期です。高温期には早朝の涼しい時間帯に花を切ります(採花)。それが夕方には咲きすぎて出荷できないようになるのが、梅雨明けからの高温期です。花の開花に合わせて、早め早めに仕事をしていきます。これからが採花後20分以内の水揚げ処理(STS)が効果的となり、品質(花持ち性)が問われる時期になります。植物は気温に合わせて呼吸しています。早く採花して涼しい環境で呼吸を押さえるのが大切になります。

 大岐標高730m第①242箱、矢ノ原標高650m②316箱、三島標高300m③47箱(ほぼ終了)、小野川標高760m④93箱(出荷はじまる)

 明日は新日本流通の井尻さんが来村され、各集荷所で使用する茶色のSCLレンタルバケットが納品されます。

■10:44世田谷花きの西尾さんから、販売状況について連絡があった。品種間の価格差と、染めの要望等について話をうかがった。

■11:23クリザール・ジャパン社の山口氏より電話があり、18日、19日の郡山市内での販売支援に来県される、という。持ち場店についてどこに行けばよいか指示を仰がれた。和歌山県のみなべいなみ農協の大野さんからメール連絡があり、18日、19日の郡山コスモス通り店の確認と参加者3名の氏名の通知があった。

■13:30東日本板橋花きの樋口博紀部長から電話があり、川越市に本部を置くヤオコー(SM)での7月25日からのかすみ草フェア(埼玉県内4店程度)が決まりました。

■週末に横浜で海の船上(クルーザー)で婚礼をあげる方が春から昭和村のかすみ草を使用したい、ということで中央花卉から80cmで300本、臭いの少ない白のニューホープ種かすみ草をあさって納品する。花嫁の母がかすみ草が大好きなので、かすみ草だけで船内を飾り披露宴とする、ようです。

■今日も、テレビ放送を見たという30歳代の男女(夫婦)が遠路来村された。かすみ草が大好きで、染め色かすみ草があることをはじめて知って、近くのお花屋さんでは、白いかすみ草もまったく売っていないので、、、、という。週末に郡山市内の量販店で2日間、7色のかすみ草を販売しますから、そのときおいで下るようお願いいたしました。

 1昨日に福島市からFMふくしまの収録で見えられた歌手の吉田慶子さん、その他男性お二人も、かすみ草が好きという。どうして花屋さんはかすみ草を売ってくれないのだろう、と語る。白いかすみ草だけを花瓶に入れて飾るのが好き、という。でも、お化粧したかすみ草も飾ってみたい、という。

15時、今日初めての食事をとる。これからかすみ草の定植作業がある。

■生花店用、店頭POP「夏のかすみ草」フェアのPDFファイルを、夜までには、公開する予定でいます。A4で1枚、プリンタでカラー印刷し、ご利用下さい。→→→ ファイルデータ「20090715pop01natu1.pdf」をダウンロード

■15:33福岡花市場の市丸さんから注文品種の確認と、販売の現況について報告があった。

■16:05 酒田市のロータスガーデン畠山氏から興奮した電話をいただいた。山中の滝の近くで7色のかすみ草を1000本(昭和花き研究会染色品)を使用された。昨年はラヴィさん(レストラン)の天井にかすみ草を下げたが、今回は緑の森の中での仕事だ。→→→ロータスガーデン

■夕方、岩下上圃場の1棟、摘心。マイピンクと鉢物用かすみ草が開花していた。父上は境の沢圃場にかすみ草定植。

 18時、今日明日の染め対応で急な追加分を大量に対処してくれた会員宅2箇所を訪問して御礼を述べ、メロン1個ずつを届けた。

 出荷梱包作業が終わったのは22時。その後、伝票補正をして、22時30分に今日の仕事を終える。眠い。

■19:18宮崎県日南市の、はまゆう農協の販売担当の村上さんから電話があった。17日に宮崎県内の花の勉強会で講演されるようだ。当方のブログも見られているようで、4日、5日の一箕町店での販促の記事(かすみ草を継ぐ)について感想を話された。

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2009年7月14日 (火)

増えない出荷量

■2009年7月14日(火曜日)曇り。

 3割削減した7月販売分の作付のことがあるが、雨天・冷涼な天候で開花が進まない。→→→7月14日までの出荷数前年比

■7月16日(木曜日)朝、目揃え会。

  午前5時30分・④小野川

  午前5時50分・①大岐

  午前6時30分・②中向雪室

  ※花持ち試験用70cmかすみ草を持参のこと

  正午・第③川井は中帳場

■埼玉園芸納品のトステムHCは、かすみフェアが、17日~埼玉大井店、24日頃~三郷店・埼玉大井店。鴻巣・加須店は定期販売。販促資料添付。

■7月18日、19日のヨークベニマル郡山市内店舗でのかすみ草フェア。やつやまだ店は18日が本名敬、19日鈴木祐子が担当し販売支援が1名付く。コスモス通り店は菅家博昭が担当し、18日午後2時頃から和歌山県JAみなべいなみカスミ部長の真田君ら3名が付く。いずれも10時から16時頃まで生産者が店頭で来店の人々とかすみ草について対話します。花のいのちをたいせつにする販売促進活動です。

■同日、昭和村では、からむし織の里フェア開催。

■昨日、世田谷花きの西尾さんからファクスがあった。FFCのフェアの発注です。夏色の思い出かすみ草。→→→ かすみフェア

■8月22日(土曜日)15時頃から、大沼郡三島町名入等にて会津学+なかよしバンドの夕べを予定。第5号発刊記念の座談会と18時頃から佐藤孝雄+菅家博昭による30分自作曲のアコースティック・コンサート。無料。現在、会場予約と内容の詳細を検討中。

■八王子八日町甲州街道沿いの日本フラワーの阿部憲資さんから「金曜日に仕入れたかすみ草が、今日で完売した」という連絡があった。よく売れたそうです。7月2日に店頭を訪問しました。お店のスタッフのお子さんが小学6年生で「かすみ」さん、という話をうかがいました。かすみ草フェアを開催していただきました。8年前に阿部憲資さんの敷いた道を私は進んでいます。報恩感謝。

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花売り場の店頭フェアと入り口商品

■2009年7月14日(火曜日)

 午前1時起床。これから出荷梱包作業。7時には集荷保冷車が来る。

■大田花きの磯村社長が、花の売り場の構成について語っている。季節感、催事(イベント)と通常売り場の組み合わせをどのように考えるか、よく理解できる内容です。→→→磯村社長

■7月16日(木)正午、季咲ほぼ終了とのことで、第3川井で中丁場と角田亀好さんから電話がありました。敬君も、お願いします。私は参加します。

■7月16日にレンタルバケット納品、第①500,第④1000,第②300,第③1200。

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2009年7月13日 (月)

生業複合

■地域の社会環境、自然環境に対応し、あるいはその時代の社会環境、経済環境に対応した生業を組み合わせて、人々は暮らしを立ててきた。いわゆる「専業」というわかりやすい概念ではなく、様々なことを行ってきたのが歴史の中での人間の有り様だった。

ポスターセッション

■2009年7月13日(月曜日)雨、寒く、夕方は15度に。

 大岐の裏山の「山の神」に祭礼の白旗が立った。父は母を病院に連れて行ったので、祭礼準備を欠席するのは悪いからと、昨日、「きだはし」の草刈りをしていた。会津若松市内にある病院は大きく中が変わっていて迷った、という。

 私は半袖Tシャツのうえに寒いのでフリースの長袖を着た。夕方採花したかすみ草の葉取り調整作業は今日は早く20時30分に終えた。いま染色液につけてあるが、雨のため上がらない。特にラベンダーは湿度が高いと花びらの芯で液が動かなくなる。

 テレビニュースは衆院解散と、今日は38度のところがあったという。こたつに電気を入れないと室内ではいられないほど、今日は寒い。

■午前中のFM番組の収録、その後のテレビ撮影とも「会津学研究会」の取り組みについて、であった。奥会津書房の遠藤編集長の人脈の広さ、による。福島県の教育委員もされているし、地元三島町西方の西隆寺で生まれ育ったため、人の広さがある。ただ、編集者としては厳しさがある。8月15日刊行の『会津学5号』がほぼ入稿が終わった。私は朝倉さんとの対談と、大松川のお不動さま直売所について書いた。朝倉さんからの校正も今日上がってきたので、すべて遠藤編集長に送付した。一方、奥会津書房では、子どもの聞き書きの募集が今日から各学校宛にお願いに行っている。

 FM取材は3名で来られ、2名が男性、1名が吉田慶子さん。3名とも、かすみ草が好きだそうで、実は、私はかすみ草を作っています、と収録後に話したら、たいへん驚かれていた。そのうち番組を作りましょう、ということになった。

 福島テレビは30分の全国放送ということで、相当量の取材をされている。今日は、奥会津書房の事務所で、中丸さんと遠藤さんと私の3名で、打ち合わせをしているところが撮影され、インタビューもあった。聞き書きで教えていただいた古老が次々と亡くなっていく、、、、ことを思い、一方で聞き書きが進まない(時間が無い)という思いから、インタビュー途中で言葉が出なくなってしまった。遠藤編集長が言葉を継いでくれたが、この場面はカットしてもらいたい、と思った。一期一会であり、そしていつも時間との闘いである。限られた時間しかないなかで、どのように人々の想いをすくいあげることができるのか?

■7月18日、19日の郡山の販促店頭のポスター制作の原稿が送付されてきて、それを決定した。コピーは「夏の日、かすみ草の思い出」とした。写真が3MBでも解像度が悪く制作は難しいということであったが、それで進めていただく。重いとファイル転送できない、、、

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収録終了

■2009年7月13日(月曜日)雨。寒い日。

 14時に、かすみ草の分荷終了。チェック中で、15時30分以降、各取引先卸にファクスします。今日の半数の451箱。第①100,第②224箱、第③88、第④39。第③地区の季咲がほぼ終了し、第②の矢ノ原地区雪系に。第①は咲き待ち、第④は促成無加温がようやく出はじめ。少ない。染め受注は17日(金)が今季・最大量で、すでに受注締切としています。白が無い状態になります。

■午前中、宮下の奥会津書房で収録が2社分終わりました。8月中旬放送予定のふくしまFMの一枚の写真から(3回ほど放送予定)。歌手の吉田慶子さんが来られた。マイク付きの録音機、手のひらに載るもの1台での収録です。

 この土曜日に福島県内で行われた普天間かおりコンサートに、昭和村の染め色かすみ草とヒマワリの花束をプレゼントした人がいた、という話をうかがいました。

 吉田慶子さんのCDをいただきました。

■FM取材後、すぐ11時より、福島テレビの10月下旬、11月の全国枠の30分番組、会津学研究会の聞き書きの取り組み。発見人間力。

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1992年:忘れられた東北

■2009年7月13日(月)

 昨夜は21時に就寝し、1時に起床。夕食後は、今日の午前が「雑誌:会津学研究会」への取材があるため、2003年の赤坂さんの福島県立博物館長就任からの経過をふり返りながら、赤坂憲雄著『東北学へ1 もうひとつの東北から』(作品舎、1996年)を読み返した。

 1992年に山形市の東北芸術工科大学の教員として東北に拠点を据えた赤坂さんは、講談社のPR誌『本』(通常100円とか、レジ脇で無償配布される)の同年11月号から「忘れられた東北」という連載を開始する(94年8月号まで)。その原稿が『東北学へ1』の底本となっている。

 会津若松市内にかつて存在した書店・宝文館(ほうぶんかん)、現在の会津若松市民会館・会津風雅堂の西隣に「タカラ書房」として前身の小さな間口の書店があり、大きな交差点に移転した。会津工業高校に通っていた時代から、寮に近かったこともあり、10代後半から40代までの約30年間、通った書店である。

 当然、私の一人娘・克織が生まれて通ったのもこの書店になる。店主武藤さんが亡くなり、その葬儀の通夜には克織と行った。数年書店は経営されたが、閉店することが決まった。書店の2階が文具と子どもの本売り場で、そこのおばさんにも克織は10年間以上、たいへんお世話になった。閉店することが決まった日に、書店に行って、克織が、2階のレジで本を買うときに、おばさんが泣かれていたのを今も思い出す。

 私にとって宝文館が、赤坂さんとの出合いの場、であった。高校を終える頃、藤森栄一のような独学により考古学者になる立志をたてて挫折した経緯が私にはあるが、エスノグラフィー、民族学、民俗学、考古学、文化人類学、歴史学、民衆史、地域学、社会学、自然保護、自然科学と乱読、私の嗜好をよく知ったこの書店は、こうした新刊書は必ず取っておいてくれた。筑摩書房から刊行された柳田国男全集、南方熊楠全集、岩波の社会学全集などもここで薦められて求め、農業のかたわら、それを読んだ。店主から薦められた書籍はすべて買った。その書籍の年間購入額が百万円を超えた時期もある。30代は、すべてを本に費やした時代だ。どのように社会を見たらよいのか?ということを考え続けた時代だった。置ききれなくなった書籍のうち東南アジアに関する1000冊を昭和村公民館に数年前に寄贈した。

 各出版社が出すPR誌を発行されるたびいただいた。その講談社の月刊『本』といううすいPR誌のなかに赤坂憲雄さんがいたのだ。1992年11月から94年8月号まで連載されている。かすみ草が最盛期となる夏は本を読めないが、うすい本は寝ころんで10分間ほど1章を読める。日本民俗学の創設者の柳田国男が歩いた東北を、まだ若い赤坂さんが歩きながら柳田が構想した日本人論を考える、という斬新なものであった。この短文連載「忘れられた東北」という連載は、近世会津藩領(幕府直轄地の御蔵入領内)に多くいた木地屋の存在をどのように考えたらよいのかを模索していた当時の私の思索に大きな影響を与えた。この赤坂さんの思索は、1986年3月28日から周東一也先生の自宅ではじまった繋ぐ塾(つなぐじゅく)が、1993年3月で終わった後を引き継いで、私のなかでは大きな支柱となった。繋ぐ塾は、遊塾の菅敬浩君、方丈舎の江川和弥君、村山英司君らとで周東先生を囲み、日本を構想した柳田国男、折口信夫、南方熊楠、伊波普猷らの全集を原著にあたる読書会が基本で毎月周東邸で開かれた。周東先生の長野県への移住で繋ぐ塾が終わる。

 赤坂さんは1996年に『本』の「忘れられた東北」を柱にして作品舎から『東北学へ 1 もうひとつの東北から』を刊行する。その年、勤務する芸術工科大学の教授になっている。

 20世紀末の1999年10月に『東北学』が赤坂さんにより芸術工科大学の東北文化研究センターから創刊される(年2回発行)。2000年9月に『別冊・東北学』が創刊される(年2回発行)。

 2003年3月に赤坂さんは、会津若松市にある福島県立博物館長に就任され、2004年4月より日本民俗学、特に『会津農書』の研究者である佐々木長生学芸員との公開対談「会津学事始」をはじめる。その月、4月10日に昭和村公民館で赤坂さん、佐々木さんを招いての「奥会津再考」という学習会を主催した。10月7日、勧めがあり三島町宮下の奥会津書房(遠藤由美子編集長)を拠点として「会津学研究会」がふるさと荘で、設立され10年間継続して年に1冊雑誌『会津学』を、地域での聞き書きという手法により発刊していくことを決めた。

 1992年の書誌のなかで出会った赤坂さんが、東京から山形市に来て、10年後の2003年に会津に来る。だんだん私たちに近づいてくる、という感じがあった。あとで知るのだが赤坂さんの父は、福島県白河の近く鮫川村で炭焼きをしていた。そして一家で上京している。

 2004年は4月に『東北学』は10号、8月に『別冊・東北学』は8号で終刊。引き継いで10月に柏書房から『季刊・東北学』が刊行される。そして2005年8月に雑誌『会津学』が奥会津書房から創刊され、現在4号まで発刊している。

 私は1989年に創立された「博士山ブナ林を守る会」に参加し、翌年に会長に就任し十余年、ブナやクマタカ・イヌワシの調査・保護活動に参加し、21世紀初頭に退任した。1995年に私たちの守る会で『ブナの森とイヌワシの空』(はる書房)を出版した翌年に、赤坂さんの『東北学へ 1』が発刊されるのだが、日本政府(林野庁、森林開発公団、資源エネルギー庁、電源開発)による暴力的な森林生態系の破壊をどのように阻止し、対峙し、食い止めるのかという、当時の抵抗運動を担った人々の精神的支柱を地域論がになったのは間違いない。いわゆるバブル経済が破綻し、経済対策投資として税金を使用した公共事業投資が国内の森林地帯の破壊へと向かった(ダム建設や発電所建設の公共事業)。それは建設業優位の時代の最後のもがきであった。1997年発刊した『イヌワシ保護1000日の記録』(はる書房)に私は事実経過を中心にそのことを詳述した。パブリシティ、つまりマスメディアに無償で取り上げてもらうことは、私の30歳台の10年間の自然保護活動のなかで学んだ。

 内発的発展論が社会学の鶴見和子さんらにより提唱され、随分時間がたつのに、そうした思索は無視された時代が長く続いた。

  たいせつなことが書かれている本は、時に色違いのマーカーペンで線を引きながら何度も、読む。考えるための読書だから、過去に読んで気づかなかったことに気づくことは多い。つまり、そのときの自分にまだ囚われている、ということがわかる。著者の主張する提案は引き受けられないと思いながら、でも魅力的な提案なので、どのようにしたらそれが生かせる社会になるのか?を、対話しながら考える読書である。

 赤坂さんの『東北学へ 1』の200ページからの木地屋に関する論は、滋賀県の橋本鉄男先生の当時からみて30年前の論考「君ガ畑と東北の氏子狩」に拠っている。木地屋の拠点・会津への言及がある。

 1980年3月、三島町宮下等で周東一也先生が開催された「地域文化の見直しと継承ワークキャンプ」に当時20歳の私は参加した。翌年の1981(昭和56年)年3月20日~22日の第2回目のワークキャンプに、そのとき、宮下温泉ふるさと荘で、参加者は少なく数名で、まる2日、座卓をはさみ橋本鉄男先生から対面対座、膝詰めの口頭伝授だった。初日は「木地屋の宇宙その自然観」、2日目が「民俗調査の目的と方法」、座談「日本文化の基層」。橋本先生は法政大学出版会から『ろくろ』という本を出版していた。私が生まれた翌年の昭和35年から5年間ほど、山国会津の木地屋集落をフィールドワーク調査して歩いている。そしてその後の20年間の思索。地元に暮らす私たち以上に、奥会津の諸相、基層文化を熟知しておられた。橋本先生は、昭和35年山口弥一郎先生と南会津郡舘岩村の保城(高杖原)を調査し、翌・昭和36年頃に田島町から昭和村に入り、大芦の畑小屋を中心に木賊(とくさ)平を調査し船鼻山へ抜けた。昭和37年は西会津町を中心とした耶麻郡を調査している。

 橋本先生は、「トビ(飛)」をする木地屋のほかに、山間漂泊の民についても話された。炭焼き、金売り吉次が義経を連れて行くように、木地屋と近江商人が通った道はほぼ同じであること、民間薬を持ち歩いた修験が錬金術師として山を拓く役割を負ったことなどに言及した。地名呼称について考えるときは平凡社の知里真志保著作集の別巻のアイヌ語の辞書が参考になる、という。炭焼きは金属精錬に必要なもので、「いものこや(鋳物小屋)」にも言及された。言われた本は宝文館に発注して買い、巻末の参考文献もまた購入し読むという生活になっていく。

 →→→雑誌・会津学研究会

 →→→奥会津書房

 →→→東北文化研究センター

 →→→福島県立博物館

 →→→昭和村・からむし工芸博物館

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2009年7月12日 (日)

Raindrops

■2009年7月12日(日曜日)雨。

 午後3時より、岩下上圃場でスミカの試作かすみ草苗の定植作業を開始。すぐに降雨となる。90分、雨にぬれた。

 FFCの注文書を作成し萌木さんに添付メールで送付。

■13:04、首都圏の花良品の本部仕入担当の栗山さんから、七夕フェア納品での御礼の電話をいただいた。2002年からの七夕かすみフェアのある実績企業で、各店が白いかすみ草をパレス科学のファンタジーで染色してフェアを行っている。色乗りの問題でいくつか課題がある、ということで、後に技術的課題の解決のための助言を約束した。7月2日に八王子店、東急スクエア店のフェア店頭を見てきたが、後者の5色染色はとてもよい色乗りで、前者も3色あった店頭品はよいできだった。

■13:24、仙花の上原部長から電話があり、今後の市況展開について意見交換をした。現況の分析をうかがい、今後の量的販売をお願いした。

■明日、父母は病院へ。

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AOSO(青麻の精神性)

■2009年7月12日(日曜日)小雨。

 11時、採花したかすみ草の調整・染色を終え、大岐から柳沢峠を越え、下中津川の本名敬君宅へ。週末の店頭販促の染めの分担を協議した。彼の家の裏手には小山があり(塚と思われる)樹木が立ち、そこに石の祠が2基祀ってある。「青麻(あおそ)神社」である。あおそ、とは緑色の繊維をしたカラムシ(苧麻)のことを言う。植物のカラムシを製繊したものが青麻(青苧)である。「そ」とは大麻や苧麻の総称で、「を」とは大麻(アサ)をさすことがおおいがいずれ混在した使用法があるが、黄褐色の大麻繊維と比較した場合、うすい緑色のカラムシ繊維はまさに青麻である。イメージできる分別した呼称である。

 造名を見ると「文化八年七月二十九日」とあり、一方は明治二十九年九月七日再建とある。江戸時代後期の文化八年は1811年、198年前のもの。2011年には200年を迎える。

 7月18日、19日が、昭和村佐倉のカラムシ織の里で、おまつりがある。24回目となるが、カラムシひき、の時期がこの1ヶ月だけなので、それに合わせての催事で、18日の14時30分~16時、19日の11時から12時30分の2回、かすみ草の畑見学(矢ノ原等)も行われる。

 からむし工芸博物館をたずねると平田尚子さんが今日から、カラムシ挽きを館内ロビーで行っていた。独特の音、力強さと、繊細な力加減で、繊維の光沢「きら」を生み出す作業。

 館脇の苧麻(カラムシ)見本園には、世界中から64種のカラムシが集められ60cmほどに伸びている。通常葉裏が白だが、昭和村の繊維採取のための在来品種は葉裏が緑であるのが特徴だ。

 現在、上杉藩を経済的に支えたカラムシ(苧麻)、越後、会津、米沢と移封するなかで文献を中心にパネル展示している。そのなかで、「よりそ」という記事があった。

  今年は国際天然繊維年 →→→ ウェブサイト

 色の持つ精神性から考えると、古来、植物の緑(グリーン)は、「あお AO」とよんできたから、その緑を繊維に残したままの光沢が「きら」であるから、つまり鮮度、フレッシュな、時間の節約内にいかに繊維に仕上げるか?が、その力量であったのだろう。それが青の意味と思う。アサ(大麻)の繊維取り出し方法は、乾燥する、水浸し腐らせる、あるいは煮るという手法で光沢よりも繊維そのものを効率的に取り出す技法を採用している。からむしだけが、フレッシュ(鮮度)を意識し、早朝に畑から切り出し、清水(流水)に漬け、、、という工程を見ると、地域の地勢と、その適期に労働を集約的に投入する手法であり、競合産地を排除する意図もある。つまり地の力をうまく利用して、ブナの森から流下する清浄な流水を使うなど、たくみに地勢を利用している。そのことが大芦地域の地形の構造を見て、うまく圃場と家屋を配置し、その土地の力を引き出すことに成功している。まさに、天地人、が昭和村(当時は野尻郷)の「青麻」である。製繊で使う冷水が豊富なことは、雪がつもる山岳があり、山があるから風が遮られる。昭和2年に合併し昭和村となる野尻村・大芦村は、その10ある集落の地形学的構造により繊維の秀逸がわかれる。それだけ、繊維の見極め、つまり目利きがある、と思う。トレードオフという概念が無かった古代の人々から受け継いだ手仕事は、時間を商品素材に織り込む知恵があるが、カラムシに限って言えば限られた時間内での製繊技法が、青の固着(緑色光沢を繊維内に押し込める)の技法である可能性が見える。それは、細く裂くことで限られた繊維から長い糸を取る、作られた布は、長持ちさせることで、より大地からの収奪を防ぐ意味がある。 考え抜かれた植物から製繊の作業工程は、実は、地域のもつ力を産業の基層に据える先人の優れた思想を読み解くことができる。「どこでもできない、ここでしかできない」という「場の持つ価値」ということを、いま私たちは気づき、そして学ぶ時期にきている。青い水田と青麻神社↓

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キュウリと茄子(なす)

■2009年7月12日(日曜日)曇り。

 今朝は4時に起きて、発注受けたかすみ草出荷箱の納品数を確認した。1個、K社宛60cmが1箱不足なので、5時に会員生産者宅を訪問して内容を確認した。親族の葬儀があり、忙しく忘れた、という。補充できるかどうか聞いたが、間に合わないので、他社分から引き当てすることにした。

 昨夜は未明午前1時までに宅配便の伝票(B2)打ち出しをした。深夜は稼働しないシステムなので、夜の空いた時間にやる、ということはできない。

 その後、春植え無加温促成栽培のカスミソウの採花。終盤で60cmが多い。露地のカスミソウの生育も進み、摘心(ピンチ)をしなければならない。倒伏防止のためのフラワーネットも伸展する必要がある。

 涼しいうち、6時30分には輸送車が集荷に来るため、輸送車が来てから少し待ってもらい「奥会津 かすみ草通信」の1号、2号、染め色かすみ草のPOP、新聞記事を封筒に入れて8個に出荷容器上部紙枠(段ボールスリーブ)に添付した。

 昭和花き研究会は7月は前年比30%作付を減らしている。昨年の6月~7月の相場は採算割れの安値が続いた。それは、ときに1箱300円(30本入)という相場で、そのための出荷経費(運賃・箱代等)が1箱あたり千円近くかかっている。出すたび700円の赤字が続いた。したがって6月の生産、7月の生産を減らすことで前年秋から生産者会員で協議をして1月に3割減とすることにした。そのため千箱を超すような出荷量はなく、700~800箱という、これまでは計画通りの推移で、販売単価も、染め色かすみ草や七夕かすみ草フェアなど販売促進(プロモーション)と、そのための受注・納品での取り組み成果により、乗り切りつつある。ただ今後は量的増加、千箱を超すような状況になることから、さらなるかすみ草フェアの販拡営業を予定している。生産とポストハーベストでは品質を上げる、店頭販売では量的販拡を図る、花生け技法(フラワーフード・イノベーション)の普及等が大切になる。顧客は不特定多数ではなく、量販店の場合、その店舗周囲から来店する特定固定顧客であるから、品質の充実や花瓶水の管理が伝わると再来店顧客が固定客化できる。今週はすでに手配している首都圏の量販店(GM、SM、HC)と沖縄県内でのかすみ草フェアがはじまる(ヨーカ堂関東、サティ関東、トステム埼玉一部店舗、ヤオコー四店、沖縄サンエー、かねひで、等)。七月は積極的な需要喚起と消費者向けのプロモーション月間で、「販促の取り組み」が販売結果を左右する。村内のもうひとつの生産部会は1600箱と量的増加となり、今後二千箱超となる見込みだ。

■昨日から自家野菜の茄子、キュウリ、ズッキーニが食卓に出はじめた。一夜漬け、煮浸し、油炒め、、、、千切りに突いて味噌和え、など。煮浸しにしたズッキーニ。ズッキーニは "summer squash"(サマー スカッシュ)とも呼ぶ。カボチャはウィンター・スカッシュ。→→→ 大岐の暮らし

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2009年7月11日 (土)

五万字

■2009年7月11日(土曜日)涼しい日。

 23時に梱包したかすみ草を地区集荷所に搬送し、今日の作業をようやく終えた。

 今朝は2時に起きて5時まで『会津学』5号の原稿の最終手直しをした。春から書き継いできたもので、5万字分を書いたのだが、編集部に昼に電話してみると、すでに編集は終わり印刷屋に昨日出稿した、とのことで、この原稿は来年の6号への掲載になる。この原稿がサーバー不調で送られなかったのだ。ファイルも重かった、、、のだ。400字詰め原稿用紙で125枚ある。A4版で40文字・40行で、400字4枚がはいるとして、打ち出してみると31ページ。

 対談の校正も同時並行で行っていて、上がった原稿はその枠が保持されているので、よいのだが、、、5月末締切のものを70日も遅れてしまったのだからしかたがない。

 私の分としては、お不動さま直売所と、かすみ草フェアのことが掲載される予定である。

 かすみ草の仕事が本業なので、優先順位が決まっており、市場対応、自家の農作業、そして聞き書きの執筆。執筆は誰から依頼されたものでもなく、主体的に行っている。

■あるいみ、原稿が掲載されることはないが、脱稿したことで精神的にもらくになった。

  1983年に朝日新聞社から出版された本田勝一『ルポルタージュの方法』を当時読んだ私は、まず1本の記事は「400字詰原稿用紙で100枚(40000字)」を必ず書くこと、ということを守るようにしている。

 藤子不二雄の『まんが道』でも手塚治虫が1000ページ書いたものを半分にして出版している(ネクスト・ワールド、来るべき世界)などを見ても、まず大量に書いてから、それを削る、ということが行われることを小学生の時にしって、テキスト(文章)も同じであることを本田勝一の本で知った。

 かつて長野県で民族文化映像研究所の映画と姫田忠義さんの講演の際に、弥吉さんと一緒に、朝日新聞社を退社された本田さんにはお会いしたことがあるが、雑誌『ビーパル』の取材で本田さんの息子さんが取材に博士山のイヌワシやブナのことで来られた縁もある。

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■隣国越後魚沼のケンイチ君が、育種家の鈴木和太郎さんのことにふれている。未来を継ぐもののなかに先人の仕事をきちんと評価しておくことが必要で、ケンイチ君は『花時間』編集部の取材で同地のシャクヤクの育種家の翁を今回押してくれて、とてもよいはたらきをしたと会津側からも見ていた。月田農園のような化石燃料不使用の園芸が時代の芯になるときがこなければ日本の花の生産は滅ぶと私は見ている。仕事の評価を行える市場人がいなければ、民間人が出てくるだろう。→→→思いは継がれるもの

■本日より、埼玉県内の量販店においてJFMAの鮮度プロジェクトがはじまっている。10:41、店頭より法政大経営学部の小川孔輔JFMA会長から電話があり、「カンケ君、かすみ草は白も染め色も、結構売れているよ」ということであった。学生がインタビュー調査を行っている。これまで25度Cでも花持ち試験(6月に2回)、東日本板橋花卉の樋口博紀さんを通じて、採花日明記して保冷輸送し納品している。継続して実施され、11月11日からのIFEXのJFMAブースで調査結果が公開される予定になっている。昭和花き研究会は2001年からこうしたプロジェクトに参加している。

 →→→8年ぶりの 切り花 鮮度保証販売

 →→→小川先生   →→→JFMA

■ビー・グリーンのビジョンを読んでいただいて、、、→→→7月4日、楽山舎通信(二本松市)

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卸市場宛、産地情報ファクス2枚送信

■現在の昭和花き研究会のかすみ草の開花状況、販売単価情報、出荷先市場の個数等を含めた「産地情報」をA4で2枚、ファクス配信しています。ファクスを市場関係者は、ご覧ください。

■7月13日(月)は午前から午後2時までFMラジオ収録と、テレビ局取材応接のため三島町宮下の奥会津書房におり、電話等を受けることができません。昭和花き研究会事務所の祐子さんが対応します。

■18日、19日は会津坂下町でグリーンツーリズムの学習会があり、会津学研究会も協力することになっております(菅家は郡山市のフェアへ)。遠野市長が基調講演されます。私は当日は、ビデオレター出演で、先日、遊塾にて数分間のインタビューを撮影していただきました。古川利意先生も参加されます。縄文遺跡の発掘調査を古川先生が行い、そのもとで菅君がいたのですが、それが彼は、土器から、陶芸へ進んでいます。→→→菅君のブログ

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メール不具合

■昨日からOCNのメールが到着しない状態になっています。プロバイダの障害だと思われます。花仕事関係はファクスにてご連絡ください。050~、、、、、あるいは0241-57-2346ファクスまで。

■17時30分、甚氏よりファクスにてメールサーバの調整をするよう指示があり、そのように対処しました。メール不達の状態は改善したでしょうか?

■19時、都内の甚さんから電話をいただき、それまで対処したサーバーからのファイル削除によりメール着信が可能になりました。ありがとうございます。この間、7月10日夜から11日19時までの間にメールを送付された方、重要なものがある場合は再送ください。昭和花き研究会 菅家博昭

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出荷数は少ない

■7月10日(金)の販売単価はもちあい相場で安定している。80cm100~120円、60cm40円。雪系が弱く80cm85円~100円、60cm35円。次回分荷終了796箱と少ない。 → 7月13日(月)の販売数・確定

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眠る日

■2009年7月11日(土曜日)曇り。

 昨日午後、東京駅から東北新幹線に乗車した。盛岡行きであり、指定席は空席で、自由席は満席だった。20番ホームから出発する新幹線に飛び乗ったので、そこは誰もいない指定席車両(階段の近くはグリーン車)で、自由席車両まで車内を歩いて行った。

 新幹線は2列・3列と通路をはさんで座席がある。

 2列の通路側の1席が空いていたので、そこに「失礼します」といって座った。

 窓側の座席の老人は、すぐに声を掛けてきた。

 「どこまで?」

 「ああ、郡山駅です」

 「近いな、、、私は水沢江刺」

 「そうですか、、、、岩手県ですね」

 「仕事か?」

 「東京で日帰りで仕事し、福島県会津に戻るところです」

 「・・・・・・」

 私はそれですぐ眠っていた。

 気づいたら駅で降りようとしたら隣の老人が言う。

 「おい、まだ宇都宮だぞ」

 「ああ、すみません。ありがとう」

 これまで、起きがけに宇都宮駅で降りたことが2回ある。

  カバンに入れている『諫早菖蒲物語』を読む気力は今回の出張でもなく、移動車中は眠りの場である。行きも郡山駅で乗車し眠り、起きると東京駅。帰りも同じ。 

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2009年7月10日 (金)

ほおづき

■2009年7月10日(金曜日)曇り

 早朝より自動車で郡山市のJR駅に行き、新幹線で上京。JFMA事務所にて7月23日のセミナーのための資料を作成し、事務局に提出する。パブリック・リレーションズのなかで、生産地のある地域でできる地域でのパブリック・リレーションズ(おもにプレスリリースの仕方と対応)と本年の七夕フェア(卸・仲卸での)店頭プロモーションの事例をまとめてみた。

  →→→ 7月23日 都内・JFMAセミナー(菅家はパネラーとして出演)

 パブリック・リレーションズは、2007年に宣伝会議が出版した入門書が、新しい考え方を提示しており、自治体広報も視野にいれている。→→→アマゾン

 マーケットインではうまくいかない。生産者はプロダクトアウトを志すことが必要だ。この本も重要な示唆を与えてくれるので、自分の産地の品目の現状をどのように見直すのかを考えながら読むべきだ。その際、品目は変えずに社会対応するには、環境負荷低減プログラムMPSへの参加や、リテイルサポートができる産地像をすぐに行動すべきだ。1年に1回の総会で対応を決める時代ではなく、4半期に1回、自産地の根本を見直さないと生き残れない。花を作る仕事をしている生産者と、それを全量委託販売している販売団体の、販売団体の社会対応が問われている。→→→ アマゾン

 農協が出している日刊の日本農業新聞のほかに、農業委員会が出している全国農業新聞を購読している人は多い。この3月21日と4月8日に松嶋憲さんが「リテイルサポートを考える」として①②の連載をしている。たいへん重要なことが書かれている。メーカーの販促と、生産者の産地フェアのどこが違うのか?を言っている。この資料は今日JFMA事務局に渡した。販売支援の意味と、販売促進の手法について具体例で詳述している。

■午後1時、小田急フローリスト新宿本店に高野店長を訪ね、本年はじめて行っていただいたかすみ草フェアの御礼と、結果について話をうかがった。また今後の定常時のかすみ草の仕入れ等についても意見をうかがった。店内は朱色のほおづきフェアに模様替えされていた。タグの出来もすばらしいものだったので、ひとつ求めて会津に戻ることとした。

 →→→ 小田急フローリスト

■オーストラリア産の花についての米田さん、田中順子(なおこ)さんによる学習会が開催されています。→→→切り花普及協会6月28日

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かすみ草プロモーション七夕催事・プレス対応の結果

■2009年4月〜7月、七夕かすみ草フェア・MPSの花、、、の昭和花き研究会の新聞記事掲載・テレビ放映の結果。(リンクはPDF2MB程度)

1.読売新聞首都圏夕刊2009年4月1日(水曜日)、2面に掲載
「明日へ 地域の力3」「かすみ草 奥会津に咲く」5段記事・カラー写真1枚

2.福島民友 2009年4月17日(金曜日) 全県版
「カスミソウ市場を調査 昭和村長と生産者代表 都内で関係者と意見交換 今後の戦略探る」3段記事・カラー写真1枚

3.同内容の福島民報

4.福島民友 2009年6月26日(金曜日)、1面に掲載
「人生もカラフルに 染め色かすみ草 昭和で出荷」4段、カラー写真1枚

5.読売新聞福島版 2009年6月30日(火曜日)
「カスミソウ県内に販路を 生産者グループがフェア 来月に第一弾 首都圏では人気・昭和産」6段・カラー写真1枚。
※この記事を見てFCTテレビが7日7日の午後4時、4時20分に各3分間、七夕に昭和村大岐から生中継する。

6.福島民報2009年7月1日(水曜日)
「昭和の染色カスミソウ 4、5日に若松で販売 店関係者ら栽培視察」
5段・カラー写真1枚。

7.福島民友 2009年7月4日(土曜日)
「カスミソウ県内販売へ 昭和花き研究会 ベニマルとタイアップ」
3段・カラー写真1枚(2008年10月のテスト販売の様子・八山田店)
MPSに言及した記事

8.福島民報 2009年7月5日(日曜日)社会面
「カスミソウ七色の誘い 若松で昭和フェア」3段記事・カラー写真
馬場村長

9.福島民友会津版 2009年7月6日(月曜日)
「若松 カスミソウを地元にも 昭和花き研究会がフェア 地産地消の拡大を図る」
3段・カラー写真1枚。

10.日本農業新聞2009年7月7日(火曜日)1面記事(全国版)
「願いはカスミソウに 東京都内でフェア展開」
7段記事、カラー写真1枚。

 小田急フローリストのリーフレット:再会の花束ミルキイウェイブーケ

11.テレビ放映2009年6月25日(木曜日)18時台、福島県内テレビ局。
(1)FTV 約1分間
(2)FCT 約1分間
(3)KFB 約1分間

12.テレビ放映2009年7月4日(土曜日)17時台、福島テレビ。5日の朝にも放映。数分間。

13.テレビ中継2009年7月7日(火曜日)16時台、3分間2回放送。福島中央テレビ。昭和村大岐の菅家宅より放送。

■創立25年、会員28名の生産組織・昭和花き研究会が、このように取り上げられたのは、2009年の昭和村花き振興協議会(県・村・JA・研究会)で、村長に消費者との対話の場である量販店店頭での販売促進活動(消費推進)に出席していただく、ということが大きな契機になっている。時代のテーマは地産地消である。プレス対応は協議会事務局(村役場)が行った。村長には卸(市場)への年数回の表敬訪問から、店頭への消費宣伝活動への転換が、社会に広く受け入れられた。会津地域での活動、とういうところが取材者も生産者も店頭に参加しやすく、プレス対応では、最大の要諦となっている。

 プレス対応の要点は小さな記事でも継続して取材してもらえるような「催事の全体像」を示した上で「経過のリリース」に価値がある。プレスリリースは催事終了後に掲載されることが多かったのは、その催事が決まる過程を非公開にしてきたからである。小さな記事が時系列に並んで行くことで、読者・聴取者の期待感が高まり、かつ参加への意欲が湧く。また「公的な場」「開かれた場」で行われる社会的な意義付けも求められる。パートナー企業の広報部の事前了承も必要になる。次のために催事での写真、資料を集め次年度のプレスリリースの資料写真として使えるものを催事のなかで撮影しておく。一般的に顔の写った写真は本人の了解を得ずには使用できないことから、後ろ姿、価格カードが見えない構図などになる。カラー写真が新聞にそのまま掲載される時代なので、構図のなかの色組みもよく配慮して撮影しておく。

 地産地消の目的は何なのか?を良く考えておく。人々の暮らす地域社会のなかで生産された農産物がすべて首都圏に吸い寄せられて、地域社会は海外産の農産物を食べる、鑑賞するという時代を、少しずつ見直してもらう「運動」だからパブリックな開かれた場での取材を行う報道機関が出てくる、のであって、生産部会の利益のためには誰も支援してくれない。そして鮮度管理、リターナブル容器の使用、花の科学的な生け方・管理の普及を目的とする。花のいのちを守るのは消費者(生活者)であり、花作りの物語の前に、その花の合理的な家庭内での管理をきちんと伝えることが大切だ。花を長持ちさせるのはあなたの取り組みです、ときちんと伝えないと、なぜ花が持たないのか、花を見分ける知識が付いていかない。

  →→→役立つ本

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2009年7月 9日 (木)

梁(はり)に下げられた「かんじき未製品」

■気づく人はいなかった。

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■2009年7月9日(木曜日)雨。

 昨夜は午後7時30分に就寝し、午後11時30分に起床した。母屋北側の作業小屋にて朝までの作業となった。

 午前0時に開始したかすみ草の出荷用梱包作業が終了したのは、明け方の午前4時。SCLレンタル箱、エルフ箱。軽トラックで搬入し4時30分に終了した。すでに外は明るくなってきている。我が家では今季では最高数の65箱。注文分の色組などが多いため、ひとりで4時間かかった。このうち染めが60箱あり、八王子八日町の日本フラワーのかすみ草フェア納品、板橋JFMA鮮度流通納品、大田花き(開成)納品、、、などである。

 大岐地区、午前4時40分には、最初の採花行き軽トラックが圃場に出て行った。

 来週は大田花きからの発注での関東地方量販店向けY社、愛知県向け、酒田市ロータスガーデン向け、沖縄県花卉向けフェア(市場祭り含む)、FFC向けなどの染め色かすみ草の納品となる。雨が多く、染色には留意して対応している。

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2009年7月 8日 (水)

通常業務へ

■疲れたので19時30分に就寝し、23時30分に起床。これから出荷用花・かすみ草の梱包作業を朝まで。9日の午後は、会津若松市内の会計事務所にて定期外部監査。10日は早朝に上京し市場調査し日帰り。8日は雨の合間に岩下上圃場に父上がかすみ草苗の定植。JFMA鮮度流通販売のテストがはじまる。そのための採花(8日)・結束調整・前処理を白かすみ草4箱、染め色かすみ草8箱(4店舗分)の受注があり、それもこれから梱包作業し、東日本板橋花き(卸)の樋口博紀さん宛送る。7月11日(土曜日)の販売から鮮度保証販売が開始される。花持ち試験も終了している。

■2009年7月9日(木曜日)は30分後からはじまる。これから作業場に。FCTの生中継を見て来家された方が昨日(8日)午後あった。よく染めかすみ草を会津若松市内のJAの直売所でよく購入されている、と語っておられた。会津若松市内の生産者の染めたかすみ草、ということで、今日はテレビを見たので昭和村へ来られた、という。とても、かすみ草が大好きなそうで、染め色かすみ草を10本ほどおわけして差し上げた。お金をいただくことはできない、、、、と語ると、最中(もなか)を置いて行かれた。当村内の直売所(織りの里)にも、一箕町店のフェア後、染め色かすみ草を購入したいという照会がある。

■5日は昭和村役場職員が姉妹提携している草加市にてかすみ草を販売している。

■昨日のこと、大岐でかすみ草を栽培している生産者が夕方、我が家に来て言ったそうだ。「テレビで、かすみ草が、なんだって、きれいに映っていた。たいしたもんだな」

 これは、翌日、電話をいただいた昭和花き研究会・会員農家にも聞いた言葉だ。テレビのディスプレイ(ブラウン管、、、は少なくなり、平板な液晶テレビが多い。液晶テレビはデジタルカメラで撮影できる)の進化、から来ているが、身近な地域がテレビの小さな画面に映ると、それは美しい。

 → ごじてれチュ  →じねんと録

■ 「なんだってこのサイダーは、そわそわしねえな」と母上。

 「あ、それは博士峠で汲んできた清水だ」

 そわそわ、とは、炭酸飲料のシュワッとするアワの感じをいう。父上も同じ表現をする。

 過日の夜、花の営業で訪れた際に、Sさんに連れて行かれたのは、首都圏の綾瀬駅近くの「花招」という魚刺身のうまい店であった。私は酒を飲まないので、Sさんは店主に言った。「この人は、お酒は飲めない人だから、親父、なにか飲み物を出してくれ」

 「ノン・アルコール飲料は何がありますか?」と、私もそのあとに続けて言った。

 カウンターのなかの調理場から返ってきた返事は、

 「ウーロン茶と、リポビタンDがあるよ」

 「リポビタンDはいらないから、ウーロン茶を下さい」とオーダーを通した。

■日本農業新聞1面の小田急フローリスト新宿本店(エース北店地下1階)の写真は、以下の店外側ディスプレイの内側の写真。水色の小さなパネルは説明文が書かれている。18店の店頭で配布している無料のカラー印刷のB5判型の2折リーフレット(フリーペーパー)にかすみ草・天の川ブーケが掲載され、多くの首都圏の人々に配布された意味はとても大きい。「七夕に再会のかすみ草の花束を」という「コトの提案」もさすがだ。

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テレビ出演余波

■2009年7月8日(水)雨。 蒸れる。

 花の染色技法について、福島県金山普及所を通じて、福島県民から意見が寄せられた。67歳の女性からで、今日の午前中、カーナビに電話番号を入力してその人の待つ街に行き(片道120km)お話をうかがってきた。20年前に3年間かけて2年前に亡くなったご主人と開発した花の染色技法で、それまでにいたる苦労を2時間うかがった。蘭類、カラー、かすみ草などを染色されていたようだ。染めたかすみ草がテーブルに飾ってあった(下の写真)。ピンク、黄色、「あじさいブルー」という名を色に付けていた。

 「見れば見るほど、かすみ草はきれいだよね。そしていつまでも持つからね」

 女性が染めたかすみ草を3束あずかり、雨の高速道で会津に戻った。

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いのちの坂

■中年期は身体におこるさまざまな衰えに加え、自分の能力を知って果てしない可能性をあきらめる、あるいは方向転換の最後のチャンスともがく時期ではある。60~70歳以後に幸福感が回復するかのように見えるのは、ハッピーな人ほど長生きするからかもしれないし、同年代の知り合いが病気などで亡くなる経験をして自らの幸運を確認するのかもしれない。いずれにせよ高齢者が相対的に悲観的な感情よりもポジティブな感情を抱く頻度は高いという示唆は複数の研究で報告されている。(内田亮子『生命をつなぐ進化のふしぎ~生物人類学への招待』ちくま新書、2008年、176ページ)

■長い人生のなかで、迷わずに、かすみ草を選ぶことができる人は幸福である。

 カスミソウが並ぶ前で、立ち止まった人と目があうと、来店客が、ほほえむのはなぜだろう。

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2009年7月 7日 (火)

ドライ

■2009年7月7日(火曜日)午後雷雨。

 朝、出荷作業。調整・染色。午後1時より4時30分までテレビ中継に出演。本番は4時、4時30分の2回。その間に雷雨となる。

 リハーサルの最初はカメラ無しで本番と同じように行う。それを「ドライ」というらしい。「では、ドライ、、、、」、、、、トライかも、、、、そしてカメラを入れたリハーサル。最後に本番。

 かすみ草の生産では、2007年秋にNHK、昨年7月に朝のNHK全国放送が大岐から、そして今年の七夕はFCT(日本テレビ系列)が県内放送。年間行事(七夕)と連動すると催事は固定化しやすい。歳時記となる。大岐でテレビ局が来て衛星通信を利用して2年連続で生中継するなど、有史来なかったことでしょう。

 放映後、舟鼻峠、羽鳥を越え郡山市内へ。下郷町は降雹でもあったような樹木の葉、枝が散乱していた。18時30分から20時30分まで、先日のかすみ草フェアの検討と今後について関係者で、あさかのフレッシュ社にて、協議しました。来る7月18日、19日の投入本数と色別本数を確定しました。それに基づき染色していきます。

  昨年10月に郡山市内のYB八山田店で2日間、かすみ草フェア(トライアル)をしている。7月18日、19日はコスモス通り店でもフェアが行われることから、開成生花の林さんの案内で、同店を21時頃訪問し花売り場を下見した。八山田店には初日・本名敬君、コスモス通り店には私が2日間店頭でかすみ草を販売する予定。

■雑誌『フローリスト』8月号、発刊。昭和花き研究会のかすみ草が2ページにわたり紹介されています。マツヤママコト氏の連載は水あげについて、土井先生の湯上げ理論について紹介しています。

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次回のかすみ草フェア開催店決まる

■次回、福島県郡山市内のヨークベニマルさんの2店舗でかすみ草フェアを開催することが今日決まりました。取材される場合はヨークベニマルさんの広報部まで照会してください。私たち生産者は分担して、それぞれのお店に午前10時の開店から午後6時くらいまで店頭にいます。

 日時:7月18日(土曜日)、19日(日曜日)

 場所:ヨークベニマル 八山田店、コスモス通り店の2店舗(いずれも郡山市内)

■八山田(やつやまだ)店
  〒963-0551
  福島県郡山市喜久田町字四十坦12-13
  TEL.024(991)8801
  営業時間/10:00~23:00

■コスモス通り店
 〒963-0201
  福島県郡山市大槻町字御前5番地
  TEL.024(962)4911
  営業時間/10:00~23:00

たなばた

■2009年7月7日(火曜日)曇り。七夕。

 本日の日本農業新聞1面に「願いはカスミソウに」東京都内でフェア開催、と記事掲載。写真は小田急フローリスト新宿本店(小田急エース北館地下1階)が掲載されています。昭和花き研究会では2002年から首都圏の花良品(当時7店)と七夕カスミソウフェアを開催、現在まで継続しています。本年は、小田急フローリスト全店(18店)でも開催いただいています。→→→日本農業新聞

■午後4時、4時20分 福島中央テレビFCTで、大岐から染め色かすみ草の生中継があります。白い花が咲き続けるための、花瓶でのフラワーフードの使用の仕方もお伝えいたします。

■7月3日に東京都板橋市場の仲卸店頭でかすみ草フェアを開催しました。そのときに、開催店ではありませんが、自由が丘フラワーズ松村さんとかすみ草についてお話をしました。雪が育てるやさしいかすみ草、、、、販売していただくことになりました。→→→ はなどんやブログ

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2009年7月 6日 (月)

明日、七夕中継

■明日、7月7日午後4時~4時30分の間にFCTテレビが昭和村の大岐から七夕の七色かすみ草について中継する予定です。1回3分程度で2回。1時からリハーサルと、今日の午前に打ち合わせがありました。

■本日の福島民友新聞会津版に、昨日の会津若松市内でのかすみ草フェアのことが紹介されています。

■板橋市場で会った埼玉県蕨市のシードさん。→→→ かすみ草

■全農福島管内のかすみ草フェア →→→ 京橋 兄貴の花道

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2009年7月 5日 (日)

かすみ草が継ぐ物語(長文)

■2009年7月5日(日曜日)曇り、晴れ、通り雨、曇り。暑い日。

 かすみ草と人々の出会う場を提供していただいた法人に感謝し、二日間、来店された人々の小さなつぶやきや願いを聞き取るように、対話しました。朝8時に納品・陳列。開店の午前9時半から午後7時まで初日は多人数、2日目の今日は昭和花き研究会から代表の私と、生産者の娘さん、SV(スーパーバイザー、仕入れ担当者バイヤーとお店をつなぐ人)、ショップのスタッフ、納品加工業者、卸、そして大きくはお店の人たち、野菜売り場の人々。取材する報道機関、その報道を見て来店する人々。これまで経験したことのないような経験でした。仲卸の林さんは2回、昭和村に追加のかすみ草を引き取りに行った。

 私は、数値管理、売り場のとても重要な経験則をこの催事で教えていただいた。午前中の販売点数が終日の販売点数に占める割合、土曜日の販売総数と日曜の販売総数の経験則。それにしたがって仕入れ責任者のバイヤーは指示を出した。結果はそのとおりに動いた。初日は売上推移が気になって人々のしぐさを読み解く時間も余裕も無かった。初日に予算数を大きく消化できたので、2日目は人々の心をできるかぎり読み解こうとした。

 共同作業、チームによる仕事であることが、つまり多くの人々をまきこみながら、渦のような日々を無事終えることが出来た。最終日の解散時に、SVに「カンケさん、今日は早く寝てくださいよ」という。「あ、はい」とお別れした。私のこのブログを読んでいるのだ、という。

 花を人々にお届けするという仕事をして、とてもよかったと思った。

 かすみ草の売り場を遠巻きにして、卸・加工・販売と生産の私たちはかすみ草の心をどのように市民や社会に伝えるかを議論した。販売者は言う「安く売るか、価値のあるものを売るか、そのふたつしか量販店には無い。僕は価値のあるかすみ草を売りたいからMPSにこだわる」「でもそれを言葉で伝えるのは難しい」「どうすればよいのか?」。私たちはそれに応えられない。どこかにそれはあると思うけれども、まだそこまで至らないのだ。それは共同でひとつの仕事をしながら見つけ出すしかない。確信しているのは、来店されるお客様の語る言葉のなかにそれはあるはずだから、このチームとしてそれを聞き逃さないようにすることしかない。僕らは社会に学ばなければならない。人々の声に真実があると信じて人々の小さな思いを聞き取る作業を続ける必要がある。それを言葉にして表現しなければならない。詩人の仕事にちかい作業だ。社会の雰囲気を鋭くきりひらく言葉が必要な時代だ。

 通算で休憩を入れながらも農作業とはことなる環境のなか、のべ8時間も花売り場で立ち続けるということは脚に大きな負担を受けた。初日に店頭支援した生産者の一人は昨夜脚がつった、という。

 私はできるだけ人々の買い物行動、視線の動き、いつ声掛けするか、、、売り場全体への呼び込み、お店のスタッフに聞いていただきたいかすみ草の管理方法を大きな声で2日間語った。初日は口の両脇が乾いたが、二日目はなんとかこなすことができた。2日目に、売り場の皆さんが統一したかすみ草の生理生態と家庭での管理方法をトレードオフした語り口でぱっと語ることができるようになったのを夕方に感じた。私たちの目的は、これで達した。門前の小僧プロジェクトで、だれでも耳で聞いて、対応できるフラワーフード・イノベーションが伝授できたと思う。人々のかすみ草への物語のはじまりを注意して耳をそばだてて、そのしぐさから、気づけるかどうか、、、、語れない言葉をじっと見つめる作業が店頭での大きな作業でもある。それは語られた言葉と、語られない言葉を見極める人間力が求められる。それを、洞察力、という。

  花瓶にフラワーフードを入れることは、ソーシャルデザイン論からみて、つまり消費者が主体的に花の開花に関与する、ことを意味する。あなたの働きが花を長持ちさせる、、、、ということを伝えることに真意がある。家庭で花を飾るあなたの協力が必要である、ということをうまく語れないけれども、それを「鮮度保障販売」という。つまり花の新しい飾り方とは、デザインそのものではなく、生活者がどのように花と、花のいのちを支える花瓶水の科学的な関係を伝えるかにある。その基本が、十数年前にはじまった欧州でのフラワーフード・イノベーションなのだ。数年前からは花瓶の内壁を浄化する塩素タブレットを付けた花束が出て来ているのは、人々のさらなる花瓶の中の環境改善をすることを強要している。そのはたらきかけで一日、花が咲き続ける、というのは、「花のいのち」に関与する生活者に自覚を求める行為だ。花が持つことは、市民が主体的に関与し、その反射的利益を生活者にもたす。花だけの問題ではないところに、つまりロイヤルカスタマーをお店と来店者の相互交通のなかで育てることが、固定客を相手にする地域での商売のかなめになっている。

■10年ほどの間、毎年、JFMA(日本フローラルマーケティング協会)が主催する欧州花産業視察に同行し、花売り場(専門店・量販店)を考えながら見てきた。人々の購買行動・ショッピングの科学という、店内での私の参与観察は、30代のほとんどを費やしたイヌワシやクマタカという猛禽類の観察手法・動物生態学から独自に学び、創出したものだ。私たちが「かすみ草」を作っていてよかったと思うのは、かすみ草が人々の大切な記憶の楔(くさび)となるからだ。

■お下げ髪の小さな女の子が祖母と来店し、あさかのフレッシュの五十嵐さんが染め色かすみ草が並べられた前で、女の子の目線までヒザを折って腰をかがめて、お話を聞いている。それを右後方で私は店内野菜売り場方面に呼び込みの声をかけながら時折見ていた。

 私の口上(店内呼び込み)は次のようである。再現してみよう。

 「今日は昭和村の七夕かすみ草フェアです。夏の夜の銀河のような、たくさんの小さな花をつけたかすみ草をお家にかざっていただくと、お部屋に銀河が降りてきたような涼しさができます。かすみ草はとても優しいお花です。自己主張しませんが、とても豊かな気持ちをいざなってくれます。この色は染料を吸い上げて染めました。中性洗剤をつけたスポンジで洗った花瓶に水道水をたっぷりいれて、今日、お買い上げの際にお渡ししているこの小袋、品質保持剤、フラワーフードを溶かしてください。その水に活けていただくと、かならずつぼみが咲きます。染めた色は変化しませんが、新しく咲いてくる花はすべて白で咲いてきます。その白と染めた色、、、2色が一本のかすみ草で楽しめます。そして1週間以上、花持ちします。十分に楽しんだら、花瓶から出して、風通しのよい直射日光の当たらない場所で2週間ほどつり下げて、逆さにして乾燥させます。そうするとドライフラワーになります。それは1年以上持ちます、、、、皆さん、是非ごらんになって下さい。かすみ草は人生をとても豊かな気持ちにしてくれます、、、、。昭和村は夏場のかすみ草の生産地では日本一です。生産量、シェアは日本の約7割を占めます。私も25年間、かすみ草を作り続けています。品質の良いかすみ草とは、茎がしっかりして堅く、枝がからまず取扱いしやすく、そしてつぼみがきちんと咲き続けます。25度の室温で花持ち試験をした本会の最新の結果はこのかすみ草で二十日も持ちました。通常は1から2週間持ちます。昭和村のかすみ草は私たち生産者がMPSという認証を受けながらしっかりと栽培しています。そして昭和村の私たちのかすみ草を家庭で飾る皆さんにも手助けをしてほしいのです。かすみ草をきれいに咲かせるためのお手伝いは、皆さんの仕事です。それは簡単にできます。そのためにも皆さんに花瓶に入れる品質保持剤をこの機会に試していただきます。糖類が入っています。そして酸性にするお薬が入っています。酸性、PH4にするとバクテリアの動きが鈍くなるのです。その主成分は各社によって異なりますがクエン酸など安全なものです。1週間は水替えせずに、水が減ったら水道水を加えてください。夏の夜の星空のようなかすみ草。満天星(まんてんほし)とは中国や台湾でのかすみ草の呼び名です。七夕にとっても似合う花はかすみ草です」

■その女の子は、ママに赤ちゃんが生まれたので、病院にいくのでピンクに吸い上げ染色した染め色かすみ草を1本×××円で購入し25cmくらいの花束にしてもらっていた。連れ添っていた祖母と思われる女性に、「かすみ草の英語名は、あかちゃんの吐息といいます。ベイビイズ・ブレス。かすみ草がぴったりですね」。五十嵐さんは、女の子が、そのピンクのかすみ草1本に決めるまで10分間以上、女の子の目線に身体を折って、話を聞いていた。わたしが呼び込みをしながら、耳をそばだて聞いた、女の子の主張はこうだった。「私は花はだいきらいなんだ。なぜって、枯れてしまうんだもの。それが悲しいから。バラでも、チューリップでも、かすみ草でもお花はみんなきらい」

 売り場は混雑し繁盛したので、私はその後どのように五十嵐さんが女の子にピンクの染め色かすみ草を進めて、それに決めることになったのか、後で聞こうと思っている。人々がかすみ草とすごした豊かな時間、つまり、かすみ草の記憶は、自分でドライフラワーに加工して「保管」できる。時折、遠目にそのドライフラワーをながめれば、その豊かなかすみ草の記憶が引き出される。1色の花を贈る、名前のわかっている花を贈るのが、「記憶に楔(くさび)を打つ」ことにつながり、あのときのことを思い出すしおり(インデックス)になる。

■かすみ草の表情を見て、とても幸せな表情で帰る人たちが多かった。簡易包装された花束のいちばん上のほうを両手で持って、花束の真上からその花をじっとながめながら、脇目をせずに、じっと染め色のかすみ草の花だけを見て、歩いて帰る人々がとても多かった。花に関わる仕事をしていてとても充実感を感じる、この仕事をしていてよかったと思う瞬間が、今回の催事では、とても多かった。時に、気持ちが詰まって、呼び込みの大きな声が出なくなった。

 売り子としてはじめて参加した生産者の娘さんは、毎日家の仕事を手伝っていつも見ているかすみ草なのに、「来られた方の、かすみ草が大好きなの、とても優しい花だもの、、、という話を脇で聞いていると、私も、とてもかすみ草の花がきれいに見えてきて、自分自身も買おうかなとなんども思った」という。

■老齢の夫婦は、親のいる老人ホームにかすみ草を持って訪ねるのだという。どんな色が好きなのか・・・・・対応した人が時間をかけて染め色かすみ草を1本ずつ見ていただきながら3色を決めた。それを会計してもらうなかで、ご夫婦は次のようなことを口にしていた。

 「これは、自分たちの家にもかざった方がよいな、、、、、また訪ねたときに染め色かすみ草のつぼみが白く咲いたかどうか、、、語れるから」

 同じ色の組み合わせ3本1束を、ギフト用とご自宅用に求められ帰られた。

■買い物を済ませた祖母と女の子がまた売り場に来た。祖母が自宅用にかすみ草を2本求められた。女の子が店内を持ち歩いていたピンクの染め色かすみ草1本で作った小さなブーケ(花束)をみて、思いついたようだ。

 そうだ、自宅にもかざってみよう。

■今朝の新聞で見てきたのだけれど、私はかすみ草をお庭で育てているから、悪いけれど買わないけど、染め色かすみ草を見せてね、、、、、という女性。ずっと生産者さんの娘さんと会話している。そして帰られた。数時間後、また来られて、1色ずつ異なる色を3本買われていった。

 染め色かすみ草を販売してきた8年間をふり返ってみても、会期中のなかで、たとえば今回は2日間で再来店する人々がとても多い。初日に3回、2日目に2回来られた女性も少なくない。理由をうかがっていると、帰って家にかすみ草だけをかざってみたらとてもきれいで、優しいから、お友達にも差し上げようと思って、、、、、という。

■7月18日、19日も福島県内の数店舗で、昭和花き研究会の染め色かすみ草フェアが開催されます。またカラムシ織りの里フェア、昭和村会場でも、生産者グループ等によるかすみ草も販売される予定です。7月は七夕をスタートとして夏のかすみ草の販売促進が続きます。

 販売促進活動(消費宣伝を含む、店頭プロモーション)にはじめて参加した昭和村の若い女性2名も、事前学習・当日の販売、小さな補正を続け、2日間を無事終えた。お客様からあずかった「かすみ草物語」を生産者である昭和村の人々に伝えるための小さな報告書の提出を私は求めている。

 私の報告書はこの記事で、これで終える。

 人々はほんとうに価値のある花をきちんと見分けている。

  いまだに、人々が求めているかすみ草が、花屋さんの都合で、仕入れ禁止になっていたり、時代遅れだから花屋さんは置かないという。人々の求める価値のある花より、「花屋が儲かる花」しか花屋さんは店頭に置かなくなってからというもの、街の人々が花屋や量販店の花売り場から遠のいていったことにいまだに気づけない。心にかわわる問題は変化を必要としないこと、そして精神文化を支える「お花」とは、なにか?デザインとは何か?を考えている人がいない。

 人々はかすみ草を暮らしに必要としている。そのかすみ草とはどんなかすみ草なのか?それは、品種や色ではないだろう。まして切り刻まれたデザイン性のあるという作り込まれたかすみ草では決してない。たくさんのかすみ草の壁の前にたちすくんだ人々は、ひとつ大きな決心を必ずするのだ。それは、見ていて分かる。そのとき、深呼吸して、曲がった背もピンと伸びるのだ。その意味を私は2日間ずっと考え続けている。欧州方式の色別の縦陳列は私は今回主張しなかった。なぜなら、そのことが立ち寄り率や、買い上げ点数を落としているからかもしれないからだ。流れにまかせた。

 地産地消をうたって昭和花き研究会のかすみ草の最初のフェアは、まず会津若松市内になったのだ。それは身近な人々が、身近な人々の仕事を見つめる場所なのだ。金山町出身の女性が「あっちのほう(奥会津、つまり山奥の村を指す)から、ここに(会津若松をさす)、こうしてやってくれて、わたしはとってもうれしいの。テレビや新聞で何度も見たの。あっちの出身で、私はよかったと思ったの。ありがとう。そして今日はかすみ草を見れてよかった」と、私に語った。新聞で知り、昭和村から、街まで花を届けに来てくれたから助勢する、という意味だ。

 花職人Aizuの手代木明美さんが初日の午後の会場を見ていて語っていた。「みんなかすみ草が大好きなの、お店にかすみ草をおいていないだけなんだ、、、、私たちが作っているトルコギキョウは、こんなに多くの地元の人々に必要とされていないかもしれないな、、、」「花の気持ちの伝え方を見直さないといけない、、、、」とつぶやいた。

■2007年に日本でも始まった環境負荷低減プログラム:MPSに参加している昭和花き研究会の生産者のお孫さんが二人で来店された。会津若松市内に住んでいる小学生。おじいちゃんの顔写真の写ったPOPを見つけて、じっとみていた。「おじいちゃんだ、、、、」

 私は、ここがMPSの社会的な意味を伝える重要な場であることにすぐ気づいた。

 そして花の認証制度MPSは消費者のためにあるのではなく、つまり未来の農業を担う後継者のためにある。そして私が構想した「未来につながる花」 「ビー・グリーン」のブナの樹が博士峠にある意味は、そうか街と村を結ぶ峠が人をつないでいる。かすみ草の黒いプラスティックのポットに入った苗は未来の人々を示す。この小学生に渡すためにこの1枚のチラシを私は今年作ったのだと直感した。そして小学生の目線にまでかがんで、腰を折り私は話した。

 「花の世界の中心はオランダで、そのオランダで、森の緑や、環境に配慮した花を作ろうというのがMPSっていうんだ。日本では160人しかいない。その一人が昭和村のおじいちゃんだよ」と話した。そして大田花き展示で配布したかすみ草のテーマ、ビーグリーンのフライヤー(チラシ)を一枚手渡した。

 「この写真のブナの樹は、会津若松と昭和村を結ぶ博士峠のブナの樹だよ。ブナの落ち葉でかすみ草の苗が育つ、、、、昭和村の人たちがブナの森をたいせつにまもり、そのブナがかすみ草の苗を育て、その花が街に暮らす人々の心の健康をまもっている」「かすみ草の花言葉は清い心だからね」

 小学生の彼は、、、、、つぶやいた。

 「僕がおじいちゃんのかすみ草作りを継ごうかな、、、、」

 そして走っていった。

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七夕かすみ草フェア・最終日

■2009年7月5日(日曜日)曇り。

 朝8時、YB一箕町店に染め色かすみ草を納品、SV中川さんが陳列終了。9時30分の開店待ち。午後7時まで店頭におります(昼食時不在)。

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天候不順

■2009年7月5日(日曜日)雨。

 7月4日は朝8時から準備、9時30分から19時に花売り場での販売を終了し、染色する内容を詰めて、雨の博士峠を越えて昭和村に21時に到着した。気温15度。明日販売するかすみ草の染色作業を未明の1時まで行う。この1週間の夜の睡眠時間は3時間。

 明日も朝4時に起きて、出荷作業を行い、6時には軽ワゴン車に染め上がったかすみ草を詰め替えて、会津若松市に行き、8時より搬入・店頭陳列、9時30分より販売する。

 昨日は、会津MPS連絡会の例会に参加してくれている渡部亮平君、千葉さん、手代木夫妻、湯田夫妻などが会場に来てくれた。感謝します。

 写真などを取り込む時間がないため、フェア終了後にいろいろとアップします。

 7月4日はFTVと、福島民友、福島民報の取材を会場内で受けました。

 来店客の皆さんから、今日、店頭デビューした販促体験の生産者氏の2名の若い女性もよくがんばってくれました。前夜打ち合わせた、お客様のお話をていねいにうかがうこと、フラワーフード(品質保持剤)の使用ルールの共通内容での説明等、きちんとできました。かすみ草はつぼみを咲かせるためには生産者の適正前処理・バケット使用・店頭管理・そして消費者の協力が必要です。今日はまたお客様からあつめた意見のなかで、あたらしい商品開発につながる提案もありました。またいちにち、店頭で、新しい顧客を開拓し、継続してかすみ草を購入していただけるための「品質のよいかすみ草の提供」と「心に残るかすみ草の飾り方」を提案します。お客様に対する最大のサービスは、品質と花の管理の仕方の共通情報提供です。トレードオフを考えた情報提供は、確実にお客様を増やします。 

■先日の中央花卉店頭では、レット・イット・ビーが流れていた。「ビー・グリーン」の「ビー」は、ああ、これだったのか?と今日、ふと思いました。

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2009年7月 4日 (土)

染め色かすみ草好評

■初日、一箕町店は午前中で200本近くお買い上げいただき、店頭在庫が無くなりそうなので、開成生花林社長が昭和村の保冷庫まで200本染色分を集荷に。とてもありがたいことだ。

かすみ草の会津若松

■2009年7月4日(土曜日)小雨のち、曇り。

 朝4時から出張でたまった文書の管理と、染め作業。午前6時に昭和村を出て、会津若松市内へ。午前8時より、ヨークベニマル一箕町店でかすみ草フェア(~5日まで)。本名敬副会長と私(菅家博昭)は朝8時から店頭準備。本会生産者さんの娘さんの菅家愛美(まなみ)さん、役場の花担当の上杉幸子さんは、9時30分の開店から店頭で、一人一人に「かすみ草の心」を伝わるようにていねいに家庭での取扱い、花瓶へのフラワーフードの使い方を話しながら販売作業。かすみ草のつぼみを咲かせるためには塩素殺菌した水道水とフラワーフードが必要。今回はクリザール・ジャパン社の提供で全購入者にフラワーフード(小袋、品質保持剤)をお渡ししている。また小さな説明書き文のフライヤーもお渡ししている。

 ヨークベニマルの花の関係者の皆さん、あさかのフレッシュの五十嵐部長、開成生花の林社長・近藤君、新日本流通の井尻さん(レンタルバケット)。今日のかすみ草はMPS2名の生産者・本名敬と私の染めた物。400本。白100本。

 今朝発刊された福島民友新聞の会津版に3段記事のカラー写真付きで、昭和花き研究会・かすみ草県内販売へ、と報道されたので、開店から多くの市民が来店下さっており繁盛しています。模様はFTVが取材中で今夜18時のニュース枠で放映されます。関係者、生産者の店頭販促支援は、おおむね6時くらいまで。

 明日は、私1名で店頭を担当します。午前9時30分から18時(かすみ草が無くなれば終わりです)。

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2009年7月 3日 (金)

大田花き催事掲載

■2009年7月3日(金)雨

 大田花き 催事に掲載されました。「ミズイロ」×→「ブルー」。「ブルー」×→「ロイヤルブルー」、「パープル」×→「ラベンダー」です。催事の展示では大田花きの加納哲子さんにたいへんお世話になりました。ありがとうございました。→→→ 大田花き催事

■明日、7月4日(土曜)は、会津若松市内のヨークベニマル一箕町店で、七夕かすみ草フェアです。5日まで開催。私は陳列のため午前8時から会場設営。午後9時から10時の間に役場産業課上杉さんら。午後3時に馬場村長、普及所長らが30分、消費宣伝。FTV、福島民友が取材予定。5日まで開催されます。5日の店頭は私のみ。皆さん是非初日においでください。

■7月2日は都内生花店を新宿2店、八王子7店、綾瀬1店訪問。取引先と、非取引先。3日は朝4時から大田市場中央花卉店頭に8時まで。移動し、9時より板橋市場仲卸すずき商事店頭、10時より仲卸フラワーロード店頭。12時終了。18時、昭和村大岐帰着し、20時より翌日の店頭販促参加者の打ち合わせ。花瓶に入れる消費者用品質保持剤の説明のしかたの口頭説明の共通化。首都圏の某社に依頼した4日に使用する店頭POP(B5版横と、その1/4)の2種ができて佐川急便で届く。

 福島市内のN店では、染め色かすみ草が完売して行ってみたが買えなかったという連絡があった。

■酒田市のロータスガーデンの畠山さんから電話があり、16日頃の催事の件についてかすみ草の納品数(白、染め)について照会有り。

■7月7日の七夕に、17時から大岐からFCTテレビによる「染め色かすみ草の作り方・実演中継」の予定。6日に打ち合わせ有り。

2009年7月 2日 (木)

美しい白い雲

■2009年7月2日(木曜日)

 那覇始発便で羽田に向かい、首都圏内の生花店の訪問。

■7月1日(水曜日)は、午前10時に沖縄県花卉市場の平社長・かすみ草担当の前田さんが投宿先に来られ、その自動車に同乗し故・中村剛さんの墓参をした。花と線香は平社長が準備された。大きな墓だった。熱い風、真白な雲。

 卸売市場事務所で、前田さんと7月中旬に開催するかすみ草フェアの打ち合わせをおこなった。市場祭りがあるので、そこでも販売促進を兼ねた消費宣伝をすることになった。

 半そでシャツ1枚で、両腕にまとわりつく湿気は、サウナにいるような暑さ、だが、「今日は風があって涼しい」と皆、言う。首筋にすぐ汗が噴き出す。

 市場内で昼食・ソバを食べた。沖縄そばではなく、ヨモギそば。

 午後1時30分、市場隣接地にある太陽の花の事務所・集荷所に行く。2時までに時間があるので、とてもきれいな白い雲の写真を50枚ほど撮影する。ビデオカメラでも撮影した。夜に、松島義幸さんに「今日は、雲がとてもきれいでしたね」と話したら、「カンケくん、僕も、そう思って、ほら、デジカメで撮影したよ」という。かすみ草の白い花より純白の低い雲、、、紫外線が強いからだろうか、コントラストが強い。「太陽の花」とは、沖縄産の花を意味しているが、とても素敵な名前を考えたといつも感じる。

 撮影していると、Kさんが来られたので、事務所棟に戻ると松島さんが講演のために会場にやってきた。2時から4時までMPSの社長・松島義幸さんの講演があり、その後6時まで雑談した。世界の花き業界の現状と日本の課題を的確に整理され、そうしたなかでMPSが果たす社会的役割を明確に語っておられた。

 夕食は、太陽の花の組合長さん、園田さん、兼島さん、平社長、松島さんらと一緒であった。組合長さんらは、花の専門農協となった祝賀を兼ねて明日(2日)に本部港から船で、鹿児島県沖永良部島に行き、理事交流会をする、という。5月末に私も会津学研究会で訪問しており、話がうまく合った。エラブユリの百年と、会津の月田農園の乙女ゆりの60年について私が取材して感じたことを話した。原種の価値、つまり数万年、数十万年のその自生地での形質はかえるべきではない、ということと、その将来への保全についても議論になった。園田さんは伊江島での事例を話された。公園化して保全しているところがある、という。私は以前、兼島さんにお願いして海洋博公園の植物の専門家に琉球列島の植物の人間の利用について、昭和村からむし織の里開館記念での講演を依頼したことがある。現在、日本列島でカラムシ(青麻・苧痲)という植物から繊維を取り出す伝統的活動をしているのは、宮古島や石垣島などと福島県奥会津の昭和村だけになっている。古層を人間の意志で残せたのは、日本列島では奥会津と琉球だけなのだ。

 品種改良しない、といっても、自然環境のなかで淘汰され生き残った種は、何万年もの自然の変化に対応できる緩衝力を保持している。組合長さんが集めているドラセナ100種を見るために、2月28日に中央花卉の斧田社長・中谷さんと沖縄本島中部の組合長の圃場を見る機会があった。組合長に今日、沖縄自生種のドラセナについて聞いてみると「色は派手ではなく、冬の寒さにも耐え、葉先が枯れない」という。今年の冬は3度まで冷えこんだことがあったそうだ。栽培種では、凍害で葉先枯れになったものがあったようだ。小菊、大菊に次いで熱帯葉物などの栽培を開発している。中央花卉の店頭で常時販売している池原さんのタマシダなども自生種を集め栽培化したものだ。

 自生種、原種を守る仕組みを考えることは、その種を将来にわたりどのように地域のなかで生かすのか?ということを考えることにつながる。刹那的な栽培では、それはできない。百年続く産地になるためには、地域の植物資源の利用価値と、利用しないまま保全する価値、つまり時代に適合した種を群として保全しておく価値が問われる。その種は、そのままで生き残れるはずはなく、連関した生態系のなかで均衡がとれたなかで数万年の生存が保障されている。人にとっての価値ではなく、地域の財産としての価値は利用価値だけではない意味がある。植物を支える植物の存在だ。

 園田さんによれば、島内の植物を網羅した図鑑がある大部大冊であり、その記載植物以外の種が発見されることは、まず無い、という。植物図鑑、動物図鑑という記載生物群は、地域の宝の目録であり、その目録搭載種は相互に生存を支え合っている。

■お墓参りで使った6本の線香を融着させた黒いもの、、、平社長にたずねてみると、「ひらうこう」というもので香りがとてもよい、という。はじめて見る線香の形式だった。

 日本列島内では地域のなかで神聖視される特別な葉、樹枝が、神に供えられる。この「神様(かみさま)リーフ」は、沖縄では「チャーギ」と呼ぶイヌマキの一種で、地元量販店でも販売されている。臨席された皆さんは、屋敷周りに植えたもの、という。それが現在はミカン圃場などの防風林として植えられたものから採取して束ねて販売されている。床柱にする例もあるそうだ。

 ホームセンターで安売りされている「神様リーフ」はサカキやヒサカキだが、原産地表示により中国産であることが消費者に伝わると、古来から地神に供えてきたその土地本来の「神様リーフ」が見直されている。神が求めるものは古来からその土地の「精」を吸った植物であり、隠された意味がある。形状だけ似たものを備える行為は尊いのだけれども、それに違和感を感じる本邦国民が多い。長崎県佐世保市のワイルドプランツ吉村を1昨年秋に訪問したときも地元産「神様リーフ」が復権している、という。

 紀州熊野の「ナギ」もそのひとつだ。

2009年7月 1日 (水)

沖縄の風

■持参したノートパソコンが使えないため、投宿先のロビーに設置してあるデスクトップPCから。

 那覇市で、感じる風は海の湿気を含み温かい。朝、宿から沖縄県花卉市場の平社長に電話をして、先年に心臓病で若くして亡くなった中村部長の墓参を希望した。10時ころに迎えにきていただき案内していただくことにした。沖縄と会津の私たちを結んだのが中村剛さん。首里の生まれで幼い時から伝統芸能の獅子舞団にいて、成人してからも子供たちの育成等に尽力していた。8月末に急逝し通夜に訪沖したまま、墓参をしていない。

 MPSジャパンの松島義幸社長と朝、ロビーであって予定をうかがうと、午前の企業訪問後、午後2時から太陽の花事務所(浦添市伊奈武瀬)でMPSの説明をするとのことだ。私も、沖縄県花卉市場を訪問したら、その会場を訪ねることとした。

■7月4日、5日にかすみ草フェアが開催される福島県会津若松市一箕町の、一箕(いっき)とは、古代東北では最古の前方後円墳である大塚山古墳にちなむ。箕(み)でひとつづつ土を運んで塚(墓)を気づいた由来による。

 その大塚山古墳に隣接して量販店がある。古墳は山頂部にあり、史跡となっている。大和朝廷に関する鏡が出土している。

 →→→ 会津大塚山古墳

Be Green テーマ展示(大田花き)6/29-7/4

■2009年7月1日(水曜日)

 6月30日は出荷のための梱包等で、29日の夜から30日の未明までかかった。30日の朝に保冷車がかすみ草を集荷していったのを確認して、採花作業に。雨である。涼しい。19度。父母に後はお願いして、出張に。

 自動車スバル・フォレスターを運転して会津坂下インターチェンジ入口の711店で、読売新聞を購入してみると、25日の現地取材・撮影、その後の電話取材が29日夕方まで何度かあった。それがカラー版で、福島版に紙面の25%ほどを割いて、大きく掲載されていた。2部購入し、一部を切り取りカラーコピー(A5版50円)し、今日の検討時に配布する。この読売新聞福島版の「染め色かすみ草」の記事を見た福島県内のテレビ局の制作担当から、電話があり、七夕に、昭和村から生中継の可能性について打診があった。出張から帰って、量販店フェアが終わる7月6日(月曜)に再度打ち合わせがあるかもしれない。

 →→→ 読売新聞福島版(6月30日)掲載記事 カスミソウ

 12時1分、福島県郡山駅発のJR東北新幹線で東京駅乗り換え、浜松町までモノレール。JR郡山駅では、売店KIOSKで、読売新聞を3部買った。乗車とともに眠った新幹線車中で、気づいたら大宮駅に着いていた。モノレールの流通センター駅からからタクシーで大田市場花き部の北門に。2階中央通路の加納さんによる展示を見ることができた。とてもよくできていた。今回は時間がなくて、すべてお任せすることになった。担当上司の宍戸純さんには何度も展示のやり直しを指示されたようだ。写真を撮影していると、宍戸さんが来て、事務所に向かった。

  ⇒⇒⇒ グリーンとかすみ草の展示

 今回は、いつも脇役であるかすみ草とグリーン(葉物)の展示。脇役通しをガラス花器に入れて展示をするのはとても難しいと思う。昨年、私の暮らす標高730mの大岐地区に自生するヒロロ(深山寒菅)や、ウスバサイシンの葉とかすみ草を生けたことがあったが、とても難しい。白と緑の花をバランスよく、ということは、グリーン(葉物)の形の多様さや魅力を伝えるのはどうしたらよいのだろう、と考えてきた。

 今年2月28日に沖縄本島北部の葉物生産農家を訪ね、太陽の花の中村さんの案内で島内の葉物農家を見せていただいたときにも、なかなかかすみ草と組む形が見えずにいた。母の日の開けた5月上旬に、クリザールジャパンの植松さんと東さんの訪問に同乗させてもらって常陸野の木村さんというお宅のリキュウソウ栽培現地を視察させていただき、とても親切にグリーン(葉物)への取り組みを聞かせてもらった。リキュウは福花園種苗(名古屋)の松永課長にお願いして4年ほど前に栽培したことがあったが、私自身はうまく作りこなせずにいた植物であるが、1000坪のリキュウソウ栽培(たぶん本邦では最大)は、とてもインスパイアされた。オランダのフラワーカウンシルが昨年秋に発表した2009年のインスピレイションは、「GO GREEN」。オランダ在住の鈴木のり子さん(当時日比谷Gでオランダ便りをウェブ連載)の報告でも、ナチュラルな自然志向をトレンドとしているのは、「地球の未来」を考えると、花の生産も持続可能な手法によることが求められている。小さなハガキ大のゴーグリーンのインスピレイション・ブックを、木村さんに差し上げたときに、今年のかすみ草の7月のテーマが確定した。

■午後2時から40分間、雑誌『農耕と園芸』編集部の新出康博さんと、大田花きの宍戸純さんと打ち合わせがあった。それを終えて(中座するかたちで退出したので、夜に宍戸さんからその後の話し合いの要点が示された)、市場建屋から外の道路に出てタクシーをひろって羽田空港第2ターミナルまで。午後3時に綱渡り的なチェックインをし、セキュリティチェックして、走って変更になった52番搭乗口から、3時30分発ANA機に乗ることができた。那覇空港に6時20分ころに到着した。途中は厚い雲の上で景色は良くなかったが、奄美群島上空あたりから青い海の上と列島弧の上に沿った雲の列を見ることができた。5月末にたずねた沖永良部島を探した。航空機は400人乗り2階建ての747で、私は左翼前方列の窓側から左下方の海に浮かぶ島々と島にかかる雲列をビデオとデジタルカメラで撮影した。いつもは沖縄本島の東側を飛び、南側から空港にランディングするが、今日は、西側の伊江島のほうから、つまり北側からまわりこんで着陸した。沖縄本島の北西部海上すれすれに高度を落とし飛行しながらみる那覇の街は白い街に見える。緑の樹海・青い海の間の人の建造物は白、という印象。白はかすみ草の色。空港から1500円くらいのタクシー料金で宿まで向うが、乗り込んだ個人タクシーの運転手氏によれば「たしか土曜日に梅雨明けしたから、雨は降らないよ」ということで、空梅雨だったそうだが、梅雨明け直前に大量の降雨があった、という。JAおきなわの花の部会等での講演があったMPSの松島社長に電話で連絡して、明日の予定をうかがった。

■昨日は、ブログ運営のニフティから連絡もなく、サーバートラブルによるブログアップができなかった日となった。そのためココログの記憶の森をあるく、にはアップできないため、こちらに大田花きでの展示は掲載した。そしてその後、持参したノートパソコンが起動しなくなってしまった。この記事は宿の1階ロビーにあるデスクトップPCからアップロードしている。

■7月1日(水曜日)から、全社出荷となります。広島市の花満に5箱、かすみ草を昨日出荷している。出張中の分荷作業は、本名敬副会長が担当します。よろしくお願いします。2日は午前に戻り、昼から首都圏の生花店(花良品、小田急フローリスト)の七夕かすみ草フェアの店頭をめぐります。

 →→→ 本名敬のブログ(昭和村 雪の集荷所から)

 2002年の夏から、花良品の店頭で「七夕かすみ草フェア」を創造してきた経過から、花良品の場合は、2008年からは、白いかすみ草を各店が吸い上げ染色してかすみ草フェアを展開しています。2001年のJFMAの鮮度保証販売プロジェクトの実施店舗としてお世話になった花良品の当時の阿部憲資社長の発案によりはじまった「七夕かすみ草フェア」は、当時花の事業展開を考えていたKFCの大河原会長を交えた池袋の無印良品本社ビルでの勉強会で、「クリスマスにフライドチキンを」というもの、本来七面鳥であったものを、日本的に変えて店で独自に提案してはじまったもの、という催事は自ら創るものだ、七夕にかすみ草という提案は広く国民に受け入れられるでしょう、という示唆を当時は受けました。そのとおりになっています。

 2008年、花良品の鈴木社長、仕入れ担当の栗山さんから新しく「七夕かすみ草フェア」の継続を打診され、新体制では、今年で2年目になります。私自身、花良品の各店でのこれまでのかすみ草フェアでたいへん多くの来店客の皆さんへの面接アンケートで、多くのことを教わりました。控え目なかすみ草は、私自身の人生と同じ、という人が多かったこと、自己主張しないけれどつつみこむようなあたたかさがある、というかすみ草の姿。そうしたことはすべて花良品の店頭に来られたお客様から聞いた言葉です。当時の私たちは、千名以上の人々から言葉「かすみ草物語」を集めました。「染めたかすみ草は、おうちで白い花が咲いてくるのよ、それが次々と、、、それがきれいなの。そして咲き切ったら逆さに干してドライフラワーにする」という話も、花良品の新所沢パルコ店の店頭の七夕かすみ草フェアをしているときに来店客(消費者)から教わったことです。

 →→→ 花良品・首都圏

■数年前の1月下旬、冬の英国・フランス・ドイツ・オランダを中心としたJFMA欧州の花産業視察で、同行された小田急ランドフローラのKさんと量販店の販売と、専門店の販売のMDについてバスのなかで何度も話すことがあった。それがご縁で、この6月下旬から小田急フローリスト全店でのかすみ草フェアが実現した。この天の川ブーケの写真をウェブサイトで見た方が、ちょうど昨夜お会いした沖縄の花の関係者が見ておられて、とてもかすみ草の魅力を引き出すことに成功していて参考になった、と語られた。花の専門店の役割、というのは、やはりある、という。

  →→→ 天の川ブーケ

 フランスの量販店カルフールの花売り場を作り上げたギシャードさん、という男性の主任バイヤーに、パリ郊外のユリス店で話を聞いたことがあるが、パリの生花店の独創性を数段に翻訳して量販店化している、という。つまりモデルがパリ市内のフローリストが創造するブーケにある、ということだった。専門店が専門店らしく、つまり詩人のように社会の空気を花束や花の装飾で表現し、それにインスパイアされ、価格調整し普通の人々が家庭に自ら飾ることのできる形態にして量販店は花を提供する、という分担が、両者を成立させている。つまり専門店の弱いところは、量販店も成立しにくい、ということになる。同じように見えてても国際性と地域性は連動しながら独立したモードとスタイル(様式)を持っている。当時のギシャードさんに次のトレンドを聞くと、「パリの朝市の、マルシェのブーケ」と応えた。

■ →→→ 大田花きショーケース

 →→→ 大田花き催事

■今日は午後、沖縄県花卉市場の前田さんと、昨年からはじめた7月のかすみ草フェア納品について打ち合わせます。沖縄の花市場は那覇市の北に隣接する浦添市にある公設市場に卸が2社、仲卸が6社あります。セリは午後4時からはじまります。

 →→→沖縄県花卉

 明日(2日)は都内の生花店の七夕フェアの店頭訪問。

 7月3日(金曜日)は午前4時~7時、大田市場 仲卸・中央花卉店頭かすみフェアの場にいます。午前9時~11時は、板橋市場の仲卸・すずき商事、フラワーロードの店頭にいます。東日本板橋花きには、フェア用の染ミックスかすみ草を多めに納品していますので、すずき商事の石井さんに、フラワーロードの国井社長には、ぜひお願いします。

   ※初日の店頭の様子 →→→大田市場 仲卸・中央花卉 かすみ草フェア実施中

  →→→ すずき商事・シリムフローリスト →ショップ

  →→→ フラワーロード

 7月4日(土曜日)は朝8時から会津若松市内一箕町にある量販店で行われるかすみ草フェアの準備、開店後も店頭にいます。午後3時から30分間、昭和村の馬場村長、県の会津坂下農業普及所の佐藤所長が店頭で地産地消の消費宣伝を行います。レンタルバケットの回収・洗浄を担当している新日本流通の井尻さんも来店されます。 

 持参したノートパソコンが使用できないので、ファイルやメールなどは、3日の夜に帰宅してからのチェックになります。

■ →→→ 樋口博紀さん、、、、新潟の生産者訪問

 

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2006欧州視察

  • 20061101dsc00245
    2006年11月 JELFA欧州視察の個人写真記録。菅家博昭撮影。

2006年12月冬の沖縄

  • 20061203img_3812
    2006年12月の沖縄県内。花の生産地や街の様子。菅家博昭撮影。

2007年1月から

  • 20070401img_9892
    2007年1月から奥会津などの風景、菅家博昭撮影。

2007静岡カスミサミット東京

  • 20070201img_9619
    2007年2月1日に東京都内・大田市場で開催。

2007年4月から

  • 20070426img_5713
    2007年4月から、奥会津の風景、かすみ草生産作業風景など、菅家博昭撮影。

2007年5月の風景

  • 20070520img_0193
    2007年5月の奥会津の風景、かすみ草生産。菅家博昭撮影。

IFEX2007_TOKYO_01

  • 20071011ifexdsc02602
    144枚、菅家博昭撮影。幕張メッセ花の展示会。

2007年11月

  • 20071108dsc04006
    2007年10月オランダ、アムステルダムのホルティフェア、アールスメールマーケットでの印刷物資料

かすみ草写真集1

  • 20061010img_3904
    348枚。菅家博昭撮影。かすみ草生産地での撮影。

奥会津の風景01

  • 20060801img_4064
    387枚、菅家博昭撮影。おもに昭和村など。

2006北海道かすみ草サミット写真誌

  • 20060715img_0143
    2006年7月13日、14日。北海道夕張郡由仁町で開催された第4回全国カスミソウ北海道サミットinみなみそらち・ゆに

2006年夏の記憶

  • 20060913img_9418
    2006年の奥会津・昭和村、カスミソウ栽培の風景。菅家博昭撮影。

2006年秋の記憶

  • 20061114img_1169
    2006年秋の福島県奥会津の風景、カスミソウ栽培の様子など。菅家博昭撮影。
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