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2009年7月 5日 (日)

かすみ草が継ぐ物語(長文)

■2009年7月5日(日曜日)曇り、晴れ、通り雨、曇り。暑い日。

 かすみ草と人々の出会う場を提供していただいた法人に感謝し、二日間、来店された人々の小さなつぶやきや願いを聞き取るように、対話しました。朝8時に納品・陳列。開店の午前9時半から午後7時まで初日は多人数、2日目の今日は昭和花き研究会から代表の私と、生産者の娘さん、SV(スーパーバイザー、仕入れ担当者バイヤーとお店をつなぐ人)、ショップのスタッフ、納品加工業者、卸、そして大きくはお店の人たち、野菜売り場の人々。取材する報道機関、その報道を見て来店する人々。これまで経験したことのないような経験でした。仲卸の林さんは2回、昭和村に追加のかすみ草を引き取りに行った。

 私は、数値管理、売り場のとても重要な経験則をこの催事で教えていただいた。午前中の販売点数が終日の販売点数に占める割合、土曜日の販売総数と日曜の販売総数の経験則。それにしたがって仕入れ責任者のバイヤーは指示を出した。結果はそのとおりに動いた。初日は売上推移が気になって人々のしぐさを読み解く時間も余裕も無かった。初日に予算数を大きく消化できたので、2日目は人々の心をできるかぎり読み解こうとした。

 共同作業、チームによる仕事であることが、つまり多くの人々をまきこみながら、渦のような日々を無事終えることが出来た。最終日の解散時に、SVに「カンケさん、今日は早く寝てくださいよ」という。「あ、はい」とお別れした。私のこのブログを読んでいるのだ、という。

 花を人々にお届けするという仕事をして、とてもよかったと思った。

 かすみ草の売り場を遠巻きにして、卸・加工・販売と生産の私たちはかすみ草の心をどのように市民や社会に伝えるかを議論した。販売者は言う「安く売るか、価値のあるものを売るか、そのふたつしか量販店には無い。僕は価値のあるかすみ草を売りたいからMPSにこだわる」「でもそれを言葉で伝えるのは難しい」「どうすればよいのか?」。私たちはそれに応えられない。どこかにそれはあると思うけれども、まだそこまで至らないのだ。それは共同でひとつの仕事をしながら見つけ出すしかない。確信しているのは、来店されるお客様の語る言葉のなかにそれはあるはずだから、このチームとしてそれを聞き逃さないようにすることしかない。僕らは社会に学ばなければならない。人々の声に真実があると信じて人々の小さな思いを聞き取る作業を続ける必要がある。それを言葉にして表現しなければならない。詩人の仕事にちかい作業だ。社会の雰囲気を鋭くきりひらく言葉が必要な時代だ。

 通算で休憩を入れながらも農作業とはことなる環境のなか、のべ8時間も花売り場で立ち続けるということは脚に大きな負担を受けた。初日に店頭支援した生産者の一人は昨夜脚がつった、という。

 私はできるだけ人々の買い物行動、視線の動き、いつ声掛けするか、、、売り場全体への呼び込み、お店のスタッフに聞いていただきたいかすみ草の管理方法を大きな声で2日間語った。初日は口の両脇が乾いたが、二日目はなんとかこなすことができた。2日目に、売り場の皆さんが統一したかすみ草の生理生態と家庭での管理方法をトレードオフした語り口でぱっと語ることができるようになったのを夕方に感じた。私たちの目的は、これで達した。門前の小僧プロジェクトで、だれでも耳で聞いて、対応できるフラワーフード・イノベーションが伝授できたと思う。人々のかすみ草への物語のはじまりを注意して耳をそばだてて、そのしぐさから、気づけるかどうか、、、、語れない言葉をじっと見つめる作業が店頭での大きな作業でもある。それは語られた言葉と、語られない言葉を見極める人間力が求められる。それを、洞察力、という。

  花瓶にフラワーフードを入れることは、ソーシャルデザイン論からみて、つまり消費者が主体的に花の開花に関与する、ことを意味する。あなたの働きが花を長持ちさせる、、、、ということを伝えることに真意がある。家庭で花を飾るあなたの協力が必要である、ということをうまく語れないけれども、それを「鮮度保障販売」という。つまり花の新しい飾り方とは、デザインそのものではなく、生活者がどのように花と、花のいのちを支える花瓶水の科学的な関係を伝えるかにある。その基本が、十数年前にはじまった欧州でのフラワーフード・イノベーションなのだ。数年前からは花瓶の内壁を浄化する塩素タブレットを付けた花束が出て来ているのは、人々のさらなる花瓶の中の環境改善をすることを強要している。そのはたらきかけで一日、花が咲き続ける、というのは、「花のいのち」に関与する生活者に自覚を求める行為だ。花が持つことは、市民が主体的に関与し、その反射的利益を生活者にもたす。花だけの問題ではないところに、つまりロイヤルカスタマーをお店と来店者の相互交通のなかで育てることが、固定客を相手にする地域での商売のかなめになっている。

■10年ほどの間、毎年、JFMA(日本フローラルマーケティング協会)が主催する欧州花産業視察に同行し、花売り場(専門店・量販店)を考えながら見てきた。人々の購買行動・ショッピングの科学という、店内での私の参与観察は、30代のほとんどを費やしたイヌワシやクマタカという猛禽類の観察手法・動物生態学から独自に学び、創出したものだ。私たちが「かすみ草」を作っていてよかったと思うのは、かすみ草が人々の大切な記憶の楔(くさび)となるからだ。

■お下げ髪の小さな女の子が祖母と来店し、あさかのフレッシュの五十嵐さんが染め色かすみ草が並べられた前で、女の子の目線までヒザを折って腰をかがめて、お話を聞いている。それを右後方で私は店内野菜売り場方面に呼び込みの声をかけながら時折見ていた。

 私の口上(店内呼び込み)は次のようである。再現してみよう。

 「今日は昭和村の七夕かすみ草フェアです。夏の夜の銀河のような、たくさんの小さな花をつけたかすみ草をお家にかざっていただくと、お部屋に銀河が降りてきたような涼しさができます。かすみ草はとても優しいお花です。自己主張しませんが、とても豊かな気持ちをいざなってくれます。この色は染料を吸い上げて染めました。中性洗剤をつけたスポンジで洗った花瓶に水道水をたっぷりいれて、今日、お買い上げの際にお渡ししているこの小袋、品質保持剤、フラワーフードを溶かしてください。その水に活けていただくと、かならずつぼみが咲きます。染めた色は変化しませんが、新しく咲いてくる花はすべて白で咲いてきます。その白と染めた色、、、2色が一本のかすみ草で楽しめます。そして1週間以上、花持ちします。十分に楽しんだら、花瓶から出して、風通しのよい直射日光の当たらない場所で2週間ほどつり下げて、逆さにして乾燥させます。そうするとドライフラワーになります。それは1年以上持ちます、、、、皆さん、是非ごらんになって下さい。かすみ草は人生をとても豊かな気持ちにしてくれます、、、、。昭和村は夏場のかすみ草の生産地では日本一です。生産量、シェアは日本の約7割を占めます。私も25年間、かすみ草を作り続けています。品質の良いかすみ草とは、茎がしっかりして堅く、枝がからまず取扱いしやすく、そしてつぼみがきちんと咲き続けます。25度の室温で花持ち試験をした本会の最新の結果はこのかすみ草で二十日も持ちました。通常は1から2週間持ちます。昭和村のかすみ草は私たち生産者がMPSという認証を受けながらしっかりと栽培しています。そして昭和村の私たちのかすみ草を家庭で飾る皆さんにも手助けをしてほしいのです。かすみ草をきれいに咲かせるためのお手伝いは、皆さんの仕事です。それは簡単にできます。そのためにも皆さんに花瓶に入れる品質保持剤をこの機会に試していただきます。糖類が入っています。そして酸性にするお薬が入っています。酸性、PH4にするとバクテリアの動きが鈍くなるのです。その主成分は各社によって異なりますがクエン酸など安全なものです。1週間は水替えせずに、水が減ったら水道水を加えてください。夏の夜の星空のようなかすみ草。満天星(まんてんほし)とは中国や台湾でのかすみ草の呼び名です。七夕にとっても似合う花はかすみ草です」

■その女の子は、ママに赤ちゃんが生まれたので、病院にいくのでピンクに吸い上げ染色した染め色かすみ草を1本×××円で購入し25cmくらいの花束にしてもらっていた。連れ添っていた祖母と思われる女性に、「かすみ草の英語名は、あかちゃんの吐息といいます。ベイビイズ・ブレス。かすみ草がぴったりですね」。五十嵐さんは、女の子が、そのピンクのかすみ草1本に決めるまで10分間以上、女の子の目線に身体を折って、話を聞いていた。わたしが呼び込みをしながら、耳をそばだて聞いた、女の子の主張はこうだった。「私は花はだいきらいなんだ。なぜって、枯れてしまうんだもの。それが悲しいから。バラでも、チューリップでも、かすみ草でもお花はみんなきらい」

 売り場は混雑し繁盛したので、私はその後どのように五十嵐さんが女の子にピンクの染め色かすみ草を進めて、それに決めることになったのか、後で聞こうと思っている。人々がかすみ草とすごした豊かな時間、つまり、かすみ草の記憶は、自分でドライフラワーに加工して「保管」できる。時折、遠目にそのドライフラワーをながめれば、その豊かなかすみ草の記憶が引き出される。1色の花を贈る、名前のわかっている花を贈るのが、「記憶に楔(くさび)を打つ」ことにつながり、あのときのことを思い出すしおり(インデックス)になる。

■かすみ草の表情を見て、とても幸せな表情で帰る人たちが多かった。簡易包装された花束のいちばん上のほうを両手で持って、花束の真上からその花をじっとながめながら、脇目をせずに、じっと染め色のかすみ草の花だけを見て、歩いて帰る人々がとても多かった。花に関わる仕事をしていてとても充実感を感じる、この仕事をしていてよかったと思う瞬間が、今回の催事では、とても多かった。時に、気持ちが詰まって、呼び込みの大きな声が出なくなった。

 売り子としてはじめて参加した生産者の娘さんは、毎日家の仕事を手伝っていつも見ているかすみ草なのに、「来られた方の、かすみ草が大好きなの、とても優しい花だもの、、、という話を脇で聞いていると、私も、とてもかすみ草の花がきれいに見えてきて、自分自身も買おうかなとなんども思った」という。

■老齢の夫婦は、親のいる老人ホームにかすみ草を持って訪ねるのだという。どんな色が好きなのか・・・・・対応した人が時間をかけて染め色かすみ草を1本ずつ見ていただきながら3色を決めた。それを会計してもらうなかで、ご夫婦は次のようなことを口にしていた。

 「これは、自分たちの家にもかざった方がよいな、、、、、また訪ねたときに染め色かすみ草のつぼみが白く咲いたかどうか、、、語れるから」

 同じ色の組み合わせ3本1束を、ギフト用とご自宅用に求められ帰られた。

■買い物を済ませた祖母と女の子がまた売り場に来た。祖母が自宅用にかすみ草を2本求められた。女の子が店内を持ち歩いていたピンクの染め色かすみ草1本で作った小さなブーケ(花束)をみて、思いついたようだ。

 そうだ、自宅にもかざってみよう。

■今朝の新聞で見てきたのだけれど、私はかすみ草をお庭で育てているから、悪いけれど買わないけど、染め色かすみ草を見せてね、、、、、という女性。ずっと生産者さんの娘さんと会話している。そして帰られた。数時間後、また来られて、1色ずつ異なる色を3本買われていった。

 染め色かすみ草を販売してきた8年間をふり返ってみても、会期中のなかで、たとえば今回は2日間で再来店する人々がとても多い。初日に3回、2日目に2回来られた女性も少なくない。理由をうかがっていると、帰って家にかすみ草だけをかざってみたらとてもきれいで、優しいから、お友達にも差し上げようと思って、、、、、という。

■7月18日、19日も福島県内の数店舗で、昭和花き研究会の染め色かすみ草フェアが開催されます。またカラムシ織りの里フェア、昭和村会場でも、生産者グループ等によるかすみ草も販売される予定です。7月は七夕をスタートとして夏のかすみ草の販売促進が続きます。

 販売促進活動(消費宣伝を含む、店頭プロモーション)にはじめて参加した昭和村の若い女性2名も、事前学習・当日の販売、小さな補正を続け、2日間を無事終えた。お客様からあずかった「かすみ草物語」を生産者である昭和村の人々に伝えるための小さな報告書の提出を私は求めている。

 私の報告書はこの記事で、これで終える。

 人々はほんとうに価値のある花をきちんと見分けている。

  いまだに、人々が求めているかすみ草が、花屋さんの都合で、仕入れ禁止になっていたり、時代遅れだから花屋さんは置かないという。人々の求める価値のある花より、「花屋が儲かる花」しか花屋さんは店頭に置かなくなってからというもの、街の人々が花屋や量販店の花売り場から遠のいていったことにいまだに気づけない。心にかわわる問題は変化を必要としないこと、そして精神文化を支える「お花」とは、なにか?デザインとは何か?を考えている人がいない。

 人々はかすみ草を暮らしに必要としている。そのかすみ草とはどんなかすみ草なのか?それは、品種や色ではないだろう。まして切り刻まれたデザイン性のあるという作り込まれたかすみ草では決してない。たくさんのかすみ草の壁の前にたちすくんだ人々は、ひとつ大きな決心を必ずするのだ。それは、見ていて分かる。そのとき、深呼吸して、曲がった背もピンと伸びるのだ。その意味を私は2日間ずっと考え続けている。欧州方式の色別の縦陳列は私は今回主張しなかった。なぜなら、そのことが立ち寄り率や、買い上げ点数を落としているからかもしれないからだ。流れにまかせた。

 地産地消をうたって昭和花き研究会のかすみ草の最初のフェアは、まず会津若松市内になったのだ。それは身近な人々が、身近な人々の仕事を見つめる場所なのだ。金山町出身の女性が「あっちのほう(奥会津、つまり山奥の村を指す)から、ここに(会津若松をさす)、こうしてやってくれて、わたしはとってもうれしいの。テレビや新聞で何度も見たの。あっちの出身で、私はよかったと思ったの。ありがとう。そして今日はかすみ草を見れてよかった」と、私に語った。新聞で知り、昭和村から、街まで花を届けに来てくれたから助勢する、という意味だ。

 花職人Aizuの手代木明美さんが初日の午後の会場を見ていて語っていた。「みんなかすみ草が大好きなの、お店にかすみ草をおいていないだけなんだ、、、、私たちが作っているトルコギキョウは、こんなに多くの地元の人々に必要とされていないかもしれないな、、、」「花の気持ちの伝え方を見直さないといけない、、、、」とつぶやいた。

■2007年に日本でも始まった環境負荷低減プログラム:MPSに参加している昭和花き研究会の生産者のお孫さんが二人で来店された。会津若松市内に住んでいる小学生。おじいちゃんの顔写真の写ったPOPを見つけて、じっとみていた。「おじいちゃんだ、、、、」

 私は、ここがMPSの社会的な意味を伝える重要な場であることにすぐ気づいた。

 そして花の認証制度MPSは消費者のためにあるのではなく、つまり未来の農業を担う後継者のためにある。そして私が構想した「未来につながる花」 「ビー・グリーン」のブナの樹が博士峠にある意味は、そうか街と村を結ぶ峠が人をつないでいる。かすみ草の黒いプラスティックのポットに入った苗は未来の人々を示す。この小学生に渡すためにこの1枚のチラシを私は今年作ったのだと直感した。そして小学生の目線にまでかがんで、腰を折り私は話した。

 「花の世界の中心はオランダで、そのオランダで、森の緑や、環境に配慮した花を作ろうというのがMPSっていうんだ。日本では160人しかいない。その一人が昭和村のおじいちゃんだよ」と話した。そして大田花き展示で配布したかすみ草のテーマ、ビーグリーンのフライヤー(チラシ)を一枚手渡した。

 「この写真のブナの樹は、会津若松と昭和村を結ぶ博士峠のブナの樹だよ。ブナの落ち葉でかすみ草の苗が育つ、、、、昭和村の人たちがブナの森をたいせつにまもり、そのブナがかすみ草の苗を育て、その花が街に暮らす人々の心の健康をまもっている」「かすみ草の花言葉は清い心だからね」

 小学生の彼は、、、、、つぶやいた。

 「僕がおじいちゃんのかすみ草作りを継ごうかな、、、、」

 そして走っていった。

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2006欧州視察

  • 20061101dsc00245
    2006年11月 JELFA欧州視察の個人写真記録。菅家博昭撮影。

2006年12月冬の沖縄

  • 20061203img_3812
    2006年12月の沖縄県内。花の生産地や街の様子。菅家博昭撮影。

2007年1月から

  • 20070401img_9892
    2007年1月から奥会津などの風景、菅家博昭撮影。

2007静岡カスミサミット東京

  • 20070201img_9619
    2007年2月1日に東京都内・大田市場で開催。

2007年4月から

  • 20070426img_5713
    2007年4月から、奥会津の風景、かすみ草生産作業風景など、菅家博昭撮影。

2007年5月の風景

  • 20070520img_0193
    2007年5月の奥会津の風景、かすみ草生産。菅家博昭撮影。

IFEX2007_TOKYO_01

  • 20071011ifexdsc02602
    144枚、菅家博昭撮影。幕張メッセ花の展示会。

2007年11月

  • 20071108dsc04006
    2007年10月オランダ、アムステルダムのホルティフェア、アールスメールマーケットでの印刷物資料

かすみ草写真集1

  • 20061010img_3904
    348枚。菅家博昭撮影。かすみ草生産地での撮影。

奥会津の風景01

  • 20060801img_4064
    387枚、菅家博昭撮影。おもに昭和村など。

2006北海道かすみ草サミット写真誌

  • 20060715img_0143
    2006年7月13日、14日。北海道夕張郡由仁町で開催された第4回全国カスミソウ北海道サミットinみなみそらち・ゆに

2006年夏の記憶

  • 20060913img_9418
    2006年の奥会津・昭和村、カスミソウ栽培の風景。菅家博昭撮影。

2006年秋の記憶

  • 20061114img_1169
    2006年秋の福島県奥会津の風景、カスミソウ栽培の様子など。菅家博昭撮影。
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