« 2009年8月 | トップページ | 2009年10月 »

2009年9月

2009年9月30日 (水)

雪、ひとおろし

■ここ大岐(おおまた:福島県奥会津昭和村)には、あと1ヶ月もたたずに初雪が降る。そして初雪の頃はタイヤを冬用に交換しておいたとしても、やはり運転感覚が冬用に替わっていないから事故も多くなる。20年前、、、、

 1989年12月23日に、父上の清一(せいいち)が言った言葉だ。

「ゆき、ひとおろし降っとせ、くるま、運転すんのもラクになる」

「雪を1回下ろすくらい長さの時間降れば、冬道の自動車を運転するのも慣れる」という意味だ。

「ゆき・ひと・おろし」という時間の単位が使われている。

茅葺き屋根の雪下ろしだと3尺(1m)くらいの量になる前に一回は下ろす。11月中旬から根雪になれば正月前の頃を意味する。

■現在の感覚で言えば「かすみ草を1棟育て上げ採花し終えれば、前年の感覚が戻ってくる」

人の見のこしたもの

■2009年9月30日(水曜日)曇り。

 10月13日からオランダ・アムステルダムで開催されるホルティフェア(国際園芸博)、出展700社。フローラホランド・トレードショー 600社。生産者が立つ。→→→オランダ情報

■1978年に民俗学者・宮本常一が文藝春秋から『民俗学の旅』を上梓した。そこには、地域を旅する、あるいは調査の原点が書かれている。

 子どもの頃から宮本が父からよくいわれたことは「先をいそぐことはない、あとからゆっくりとついていけ、それでも人の見のこしたことは多く、やらねばならぬ仕事が一番多い」

 そして大正時代、小学校を卒業して瀬戸内の島から大阪に出るときに宮本が父に教えられたことが十箇条書かれている(37ページ)。

(1)汽車へ乗ったら窓から外をよく見よ、田や畑に何が植えられているか、育ちがよいかわるいか、村の家が大きいか小さいか、瓦屋根か草葺きか、そういくこともよく見ることだ。駅へついたら人の乗りおりに注意せよ、そしてどういう服装をしているかに気をつけよ。また、駅の荷置場にどういう荷がおかれているかをよく見よ。そういうことでその土地が富んでいるか貧しいか、よく働くところかそうでないところかよくわかる。

(2)村でも町でもあたらしくたずねていったところはかならず高いところへ上って見よ、そして方向を知り、目立つものを見よ。峠の上で村を見下ろすようなところがあったら、お宮の森やお寺や目につくものをまず見、家のあり方や田畑のあり方を見、周囲の山々を見ておけ、そして山の上で目をひいたものがあったら、そこへはからなずいって見ることだ。高い所でよく見ておいたら道にまようようなことはほとんどない。

(3)金があったら、その土地の名物や料理はたべておくのがよい。その土地の暮らしの高さがわかるものだ。

(4)時間のゆとりがあったらできるだけ歩いて見ることだ。いろいろのことを教えられる。

(5)金というものはもうけるのはそんなにむずかしくない。しかし使うのがむずかしい。それだけは忘れぬように。

(6)私はおまえを思うように勉強させてやることができない。だからおまえには何も注文しない。すきなようにやってくれ。しかし身体は大切にせよ。三十歳まではおまえを勘当したつもりでいる。しかし三十すぎたら親のあることを思い出せ。

(7)ただし病気になったり、自分で解決のつかないようなことがあったら、郷里へ戻ってこい。親はいつでも待っている。

(8)これからさきは子が親に孝行する時代ではない。親が子に孝行する時代だ。そうしないと世の中はよくならぬ。

(9)自分でよいと思ったことはやって見よ、それで失敗したからといって親は責めはしない。

(10)人の見のこしたものを見るようにせよ。その中にいつも大事なものがあるはずだ。あせることはない。自分のえらんだ道をしっかりあるいていくことだ。

---------

  ※庶民、生活者のディシプリンのほうが、専門性をこえる。それはなぜか?こたえは宮本が自身の父の教えを記したなかにある。

■1989年12月5日号の『アエラ』52号(朝日新聞社)に、「ソ連をつき動かす民族の炎」という特別報告記事が掲載された。

「人民戦線の一番の問題は戦略と戦術です。ある同志は集会をすれば何でも解決できると思っているが、私は自分の体験を彼らに話すのです。~すぐ結果を求めるのでなく、外交交渉のようにやるべきだと。暴力より、情報を広めることで勝利が得られるのです」

ソ連モルダビア共和国のゴオルギー・ギンプ氏(52歳)の言葉だ。1960年代、キシニョフ技術大学で物理学を教える。民族愛国戦線(非ルーマニア抵抗運動)、72年逮捕。6年間強制収容所。「この国に自由、民主主義はない。活動すれば検察庁がしっかり取り締まることがよくわかった」当時のメンバーの名はいまも明かさない。

-----

※モノを広めようとするこれまでの展示会が、縮小する経済社会のなかで転換をはからなければならない時代になっている。情報を広めることはインターネット社会でこそ、F2F(フェイス・ツー・フェイス)が生きてくることを示唆している。

677箱

■10月2日(金曜)販売分は677箱です。平常数量で、少しおちつきました。昨日は雨、今日は曇り。

20091002hako

エレキギターによる表現

■2009年9月30日(水曜日)

 日本農業新聞9月29日市況欄にかすみ草の記事有り。

 昨夜、福島市からの帰路の運転している自動車中で、21時5分から50分間、NHKラジオで「こうせつと仲間たち」(隔週火曜日)を聞いた。徳武弘文さんが出演しエレキギターによる表現方法や故レスポール92歳?との競演、レスポールが果たした技術革新などについて語った。

 →→→徳武弘文

 それと土曜の朝のFMラジオのサタオンが先週で最終回となってしまった。

■裏山の天然発生茸。「もたし」と「あかたけ」

 モタシ、というのは数種類あるが、キノコの古語のような気がする。

20090929dsc00736

20090929dsc00735

2009年9月29日 (火)

地域の新しい調べ方(試論)

■9月29日・雨。

■10月13日、15日、19日に福島県大沼郡三島町宮下のいまここカフェで開催する。ディシプリンの問題が基底にあり、それを乗り越えるための新しい地域学の手法を考える。→→→ 会津学研究会

ディシプリン【discipline】

1 訓練。しつけ。規律。

2 学科。学問。

 専門領域の訓練によって調査法・抽出法が明確になる。しかしそのため見落としが多くなり、大切な全体像や地域そのもののモチベーションを見逃すことになる。調査のための調査、研究のための研究となり、それと社会の課題の解決への示唆ということは無くなり、現実からはかけ離れていく。

 高校を卒業して農家をやっている我々のような専門教育のディシプリンを受けてこなかったものは、どのようにして地域を掘り起こし、認識し、継承していけばよいのかを考える。『雑誌・会津学』が5年目(5巻)、これからを展望します。そのためにも地域研究の現状を理解したうえで、普通の暮らしの豊かさや意味を考えます。8月22日に開催した出版記念会からの発展系です。

 資料はA4横組で190ページ作成した。

 参考図書類

20090928dsc00694

20090928dsc00696

20090928dsc00697

20090928dsc00700 

■ →→→棚橋賞(岐阜県図書館)  →→→日本博物館協会

■社会をどのように分析するか?というのは、実際には日常で行っていることです。たとえば昨日(9月28日・月曜日)に、かすみ草の卸価格(花市場)は先週までの価格の半値から3分の1の値段に急落しました。

 日本では、ひとつの産地が一年中農産物を供給する、市場出荷するということは少なく、夏から秋(かしゅう産地といいます。夏秋)にかけては高冷地と呼ばれる北海道・東北・中部日本などが農産物を生産します。なぜかといえば、この地帯は冬から春は積雪があるため露地では農業生産ができないためです。それに替わって秋から春にかけては暖地と呼ばれる東海・四国・九州等の産地から農産物が出荷されます。この高冷地と暖地の構図は、かすみ草生産でも同じです。

 はしり、つまり出荷を開始する産地を優先して販売します。これからは暖地産を優先して引き当て、出荷終盤の高冷地は次の扱いになります。今年、かすみ草の暖地のトップ熊本県はかすみ草作付の9割がアルタイルになった、と言われています。雪ん子を作る高冷地と対照的です。そのためアルタイルを高冷地も栽培していますが、同じアルタイルでも9月28日から優先順位が替わりました。暖地→高冷地となるわけです。

 そのなかで、雪ん子系かすみ草は、販売優先順位が①暖地産アルタイル ②高冷地産アルタイル ③高冷地産21世紀系品種群 ④雪ん子系となります。価格でいえば秀品の80cm2L級で、①200円 ②100円 ③80円 ④50円です。

 月末は締め後支払いサイトが短いため、仕入れを控える買参人が多くなります。

 これに入荷数量が変動要因として加わります。7月からの長雨・低温・低日照と台風等自然災害が無かったので、産地には潤沢にかすみ草があります。遅れていたかすみ草が高冷地からまとまって9月28日に出てきた。生育が順調な暖地産かすみ草は前進開花で草丈も確保されている(この時期のみ、アルタイルLG・ロング種は伸びる)。

 とすれば、競合しない独自品種を9月末~10月は引き当てしないと産地間競争には残れないということになります。昭和花き研究会では臭いの少ないニューホープをその位置にして日本国内で唯一生産しています。そして来年以降のフォレスト(10月には同時開花性が劣るので、ベールスター等が良い。8月末のベールスターは花の大きさが異なるため)。そして低温や乾燥でピンクに発色せず採花本数が多く、無加温でも次々と咲く、ポラリスが10月の主役。ポラリスは晩生種のためロゼットも多くなりますが、9月はじめに茎立ち処理をすれば採花率は高まります。

 昭和花き研究会では10月1日と9日に来年の品種選定の協議をします。1日は販売責任を負っている役員の会6名、9日は会を運営している幹事会15名です。それぞれに品種には長所・短所があり、時期によっても形状差異が出ます。そのため同じ品種を産地リレーして周年供給という時代では無くなりました。高冷地の当地・昭和花き研究会としては6月・7月・8月・9月・10月の5時期ごとに、その時期にもっともふさわしい品種をそれぞれに3種選択し、それを国内供給します。どの品種を作るか?ではなく、自らの顧客が必要としている機能を持つかすみ草を切れ目無く半年届けることが目標です。そのなかのひとつに「栽培方法」の要求があります。25年間のかすみ草生産のなかで、一度も土壌消毒をしてこなかった取り組み。環境負荷低減プログラム(MPS)による生産(28名のうち8名が登録)、そして土着菌(微生物)を利用した伝統を生かした新しい価値を生む「木の葉(落ち葉)プロジェクト From Forst」。品種から生産方法や栽培の取り組みに価値を付与するように、産地の取り組みを伝えることが求められます。

 それはつまり生産農家が持っている、あるいみでの農家としての専門領域・ディシプリンからの解放を、自らが気づいて主体的にそれを大切にしながら社会とすり寄せできるかが問われている時代だと言えます。その文脈で大きな政治転換が2009年8月末に起こり、流れてくる報道は、決めたこと、続けてきたことの「見直し」であり、見直すのは「自然と人」「人と人」「地域と人」「世代間」などの見直しと原点回帰です。花の国際化のなかでの流れも、そこに遷っています。そのために、どのように自らが動けるのか?オン・ザ・ムーブ(動き出そうよ)が2010年のトレンドです。商品(モノ)ではなく行為・行動です。

 オランダの花市場(機能・建物)が昨年1月に合併したのは、花の市場が縮小するからです。アールスメールとフローラホランドはそれぞれに200人、180人のマーケティング要員(職員)を抱えていました。それが合併すれば半減できる(人的コスト削減)。つまり縮小しようとすると、規模は拡大しなければなかったわけです。そして今年からオン・ザ・ムーブを掲げたフラワーカウンシルが縮小します(人的コスト削減)。自らの身を縮小することは、拡大することなのです。

 日本の農山村では、これまでのようにいまも未明から深夜まで山野田畑で働く高齢者。農山村は変わっていない。しかし一方、都市では意思を失った働けない若者が増えている(人的コスト削減等で社会に昨年12月からこの春に放出された)。社会は縮小に向かうのではなく、本来あるべき姿に復元されていくと思います。変わるべきは都市の暮らしのあり方になります。身を縮小すると未来は拡がるのです。それがディシプリンの問題とにている構図になります。ディシプリンを捨てると(生かして視野を広げると)、そのままの存在が見えている。まさに「レット・イット・ビー」、音源リマスタリングの再発売の世界になります。作るモノを変えないで、売り方を社会に合わせてビートルズは1963年から半世紀以上、再生産されています。そしてその再発売されたCDに合わせて9月の音楽雑誌はビートルズを特集しています。そのテーマカラーは「グリーン(緑)」でした。

 方法論としても社会調査は、都市の側から遅れているとする農山村を調査してきました。また先進国が後進国(一方的に未開と言われる伝統を残す人々)を調査する、ということが多いわけです。とすれば、これからのあり方は、農山村から都市を考えるというなかで新しい見方ができます。それが比較の基礎となるとすれば、自らの地域をきちんと空間と時間、自然系と人間系をつなげて考察していくことが必要になります。こうしてみると、モノ(かすみ草自体)からコト(取り組み)に遷っている、といっても、もう少し具体的に行動計画を練る必要があります。

20090928v451dsc00666

20090928v451dsc00665

20090928v451dsc00663

便利店調査

■定期的に近くの便利店に行ったときに、用事のない売り場を見るようにしている。最近でいちばんショックを受けたのは711グループの便利店の文房具売り場にあったもの。マーケティング(販促)というのはこういうことなのだと思った。花で真似るとしたらどんなことだろうかと、それ以来考え続けている。

 製造しているものは変えずに、どのように売り場や社会変化に対応するのか?がこの三十年来の就農しての問題意識だ。たとえば青苧(あおそ)、たとえば炭焼き、そしてかすみ草。組み合わせ方は社会生活を助ける支えになるような解決策を商品として提案することが求められている。

 それは青山フラワーマーケットの店頭配布フリーペーパー『hanashi はなし』9月号が特集しているが、原点であるレディメイドのライフスタイル・ブーケ(いわゆるミニブーケ)。→みんなの仕事場

1枚目の写真は、その便利店販売の、助かるセット。360円。新発売。2枚目以降は都内より。東京駅構内の柱巻き写真。大森駅、恵比寿駅。液晶ディスプレイが安くなり、店頭(スタンド・パン店)で製造過程を流している時代になっている。

20090928dsc00692

20090928dsc00676

20090928dsc00678

20090928dsc00671

20090928dsc00673

20090928dsc00669

神様とんぼ

■2009年9月29日(火曜日)

 今日は早朝より、岩下圃場のかすみ草の採花作業、調整・結束作業をしてから、昼に福島市に子どもを送っていく。大学生の夏休みは9月末まで。

■昨日、JFMA専務理事の松島義幸さんに電話した。26日(土曜日)の都内六本木でのMPSの花の販促プロモーションの様子をうかがった。今日、成田空港から南米コロンビアの花の調査で渡航するので、昨年は時間や費用も相当に無理をして私も参加したが、今年は松島さんに現地で見てきてほしいことを電話でお願いした。追加して必要な調査事項があればいつでも電子メールで連絡してくれ、ということになった。

 JFMAの小川孔輔会長はMPS生産者の富山県に行っている。

■10月2日(金)に、小田急F仕入の宮西陽郎さんら3名が、新潟県魚沼すずきの百合視察し六〇里越えで会津入りし昭和村視察し、北会津の山内君のラナンキュラスを見る、という。夜は会津若松市に泊まるというので、夜に会合を会津若松市内で開催することにした。ただ稲刈り最盛期であること、田島の湯田君らは来家した市場関係者の応接もあり、都合が悪いということで、菅家がいつもの場所で対応することにしている。場所がかわるかもしれないので参加希望者は連絡をお願いします。

 なお、花職人Aizuの山内君も薬液に頼らない土壌管理をしています。手代木先輩も。 花職人Aizuは加盟生産農家全員が環境負荷低減プログラム(MPS)に参加しています。

■先日、静岡県のかすみ草産地JAハイナンの杉山さんから電話があった。「かすみ草の全国規模の勉強会・サミット」についての照会であった。現状としては2010年の4月に昭和村でダンジガーのミハ社長の講演について実現可能かどうか、11月に渡航するスミカの永島さんに調整をお願いしている。開花したかすみ草がある時期、という制約をはずしてできるところで集会を、という予定で考えています。→ かすみ草生産者国内外情報

■日曜日の夕方、会津図書館で調べ物をしてきた → 会津藩家世実紀・クマ皮   →→→ 会津学5号(8月刊)

■雑誌『会津学』3号に書いた記事について、そのときの話者・只見町の渡部さんから遠藤由美子編集長に連絡があり、恐縮した。「ナデ橋はとても危険なもの」ということで、現在では渡ったり、その下をくぐったりしてはならない、ということを付記されている。ありがとうございました。

■先日(9月25日午前9時54分)、作業小屋でかすみ草の調整作業(葉を取り、選別、結束)していたら、緑色に胴部が輝く、神様とんぼが花に付いて出てきた。大岐には数種類の神様トンボが、いるが、そのなかの1種。羽根を合わせて止まる(赤とんぼ・アキアカネなどは羽根を水平に広げて止まる)ので、その止まりは両手を合わせた合掌に似ていることと、集落の飲料水を供給する後背地渓流に生息するから「神様」をつけて、世代間伝承してきたのだろう、と思われる。

 この日の採花は岩下圃場(滝谷川沿い)と、境の沢圃場(博士山から西に流下する境の沢、、、、地図では大岐沢と誤記され、林道は不動沢林道と志津倉山の不動沢と誤って命名されていた)。

 秋に、気温低下で体液が不活発で、動けない神様トンボが、かすみ草に付いてやってきたのはどうしてか?を考えている。

 水田の周囲で夏に生まれたトンボ(アキアカネなど赤とんぼ)は、いったん山に上がり、これから集落付近に降りてくる。こうしたトンボは、明治生まれの祖母トシ(故人)は、「アキツ」と呼んでいた。トンボには「アキツ」「ヤマトンボ(オニヤンマ)」「カミサマトンボ(渓流の糸トンボ類)」の3種しか無かった。アキツはトンボ類の古語。そしてヤマトンボのヤマの意味である。

20090928dsc00680

2009年9月28日 (月)

試作種住化FG450、福岡花市場展示へ

■試作種のFG450(大輪系)を10本、80cmで9月30日着・展示で送付する。

20090928v451dsc00703

20090928v451dsc00708

20090928v451dsc00711

20090928v451dsc00717

20090928v451dsc00716

20090928v451dsc00713

かすみ草・急落

■2009年9月28日(月曜日)小雨、曇り。

 今日、かすみ草は国内各地で急落した。これまでの半値から3分の1に下がる。特に、雪ん子系が80cm2L級で60円にまで低下。当会では今年はじめて100円台を割り込んだ。

 21世紀系が100円台、アルタイルが150~200円。

■熊本県の主力産地は今年の作付の9割をアルタイルにしており、今後10月以降主力となる。

 また、本年極めて新種試作では評価の高かった新種かすみ草「ベールスター」(住化)も、当会では第3・角田さんから出荷がはじまる。明日出しは1箱。これまで愛子さんが沖縄向け出荷を継続していました。北海道での試作出荷でも高い評価でした。高冷地の夏場から秋はこの「ベールスター」に変化するかもしれません。ホワイトベール、マリーベール、スノーベールの3種のベールシリーズのなかで最高の品質というのが「ベールスター」です。

 20090928vsdsc00723

20090928vsdsc00722

20090928vsdsc00725

■9月30日(水曜日) 635箱

  草花類は出荷終了へ。

20090930hako

■2009年9月28日、販売額がようやく前年同額になった。出荷本数は79%、単価は122%。昨年度の販売実績に対する現在高は83%。あと1ヶ月余の出荷。

 149万本出荷済み(3万箱)。昨年は3万7千箱・182万本の出荷。

日本の森が枯れる

■2009年9月28日(月曜日)

 9月25日の日本農業新聞(日刊・全国紙)の裏面全面に、福島県南会津町田部の湯田浩仁さん、江美さんのトルコギキョウ農園が紹介されています。農文協の『月刊雑誌・現代農業』にも春から栽培(直根トルコギキョウ)連載記事が掲載中です。

 冬期間は味噌づくり、そのためのお米の収穫もはじまる時期です。平成15年に福島県農業賞(県知事表彰)授賞しています。

 →→→土っ子田島味噌通信

■MPSの切り花、首都圏プロモーション →→→ 松島社長

 51歳、福島市の知人は52歳、、、自分は50歳。

■会津地方、特に只見川下流域から侵入してきた森林帯の自然林のナラ枯れ(コナラ・ミズナラ)は、柳津町、三島町、金山町などから河谷添いに広がっている。昨年から大量に枯れている地区ではすでに樹木は白くなり、今年に葉を付け夏に枯れたものが葉を赤褐色にして立ち枯れている。大量に枯れている斜面ではヤマザクラなど他種にもキクイムシが入り枯れている。

 全国の様子は、農業情報研究所が追跡している。→→→ 全国ナラ枯れ情報

 ダム建設による人為的な破壊は、ダム建設予算を凍結すればことたりるが、この日本の森が枯れる現況については打つ手無く、未曾有の経験を21世紀に暮らす私たちは共時体験している。樹木は枯れた後に、土壌緊縛力が無くなる10~15年後に斜面崩壊をひきおこす。それまで土を押さえていた生きていた根が果たしていた役割がなくなるからだ。特に急斜面の尾根付近や、上方斜面に群として生育しているナラ類がすべて枯れている。

■写真は福島県河沼郡柳津町砂子原・黒沢・五畳敷の湯の岳(西山温泉郷の北西山塊、滝谷川左岸)

20090918img_3174

2009年9月26日 (土)

ヤマとは農用林

■犬井正『人と緑の文化誌』(1993年、三芳町教育委員会)

 37ページ

 雑木林、それは農民が名づけた名前ではない。(埼玉県)三芳(町)をはじめとして関東平野の農民はこの平地林を「ヤマ」と呼び、決して雑木林などとはいわない。いや、平地林をヤマと呼ぶのは関東平野にかぎらず、鹿児島県のシラス台地でも、北海道の石狩平野でも同じである。ヤマというのは山地を指しているのではなく、農用林を意味する言葉なのだ。

出荷量 増加へ

■2009年9月26日(土曜)晴れ。

 7月の長雨・低日照で遅れていた分のかすみ草がこのところの晴天・高温続きで、ようやく開花しはじめました。6月から出荷がはじまり、今季はじめて1日の出荷量が1000箱を超えました。

 9月28日(月曜)1127箱

 仙花156箱、大田266箱、板橋104箱、世田谷78箱、宇都宮50箱、群馬36箱、埼玉69箱、柏20箱、福島14箱、福岡105箱、北九州14箱、沖縄33箱、姫路84箱、広島花満58箱、中越27箱。

 出荷所別①434箱(↑増加)、②375箱(↑増加)、③173箱(↑急増)、④167箱(→横ばい)

 品種別 雪系249箱、21世紀系690箱、BF系97箱、マイピンク等67箱、染め色受注分48箱。

 ※なお、スポット注文、定期注文等は10月9日が最終納品となります。一部卸分は9月末で終了のところがあります。

■9月23日、25日と販売価格は安定しています。

---予定---

■9月30日(水)夜、村内で歓迎会を予定。

■10月1日(木)午前10時、南郷・月田農園訪問。

■10月1日(木)19時より、事務所にて取締役会を開催します。

■10月3日(土)、4日(日)白河市、いわき市でかすみ草フェア(最終フェア)。

■10月6日(火)午前、あさかのフレッシュ様来村予定。

■10月8日(木)つくば市 農業者大学校

■10月9日(金)19時より、大岐センターで会の幹事会・役員会を開催します。10月27日(火)に予定されている柳津かわちでの総会・反省会についての相談です。

■10月10日(土)全国花の仲卸協会設立(東京六本木)

■10月13日(火)、15日(木)、19日(月)19~21時、三島町宮下のいまここカフェ(交渉中・予定)にて、会津学研究会の菅家による講話「地域の調べ方講座」開催予定。入場無料。照会は奥会津書房まで。参加者5名程度で開催。

■10月16日(金)花き研究所主催シンポジウム(都内)

20090928hako

■明日、9月27日(日曜日)午後1時、福島市内の「アルファクラブさがみ典礼:さがみ福島ホール」で、福島民友新聞社事業局出版室副部長・斉藤哲雄さんの葬儀があります。20年ほど前、福島民友新聞社会津坂下支局勤務時代に昭和村の取材によく来られました。9月23日に、52歳での急死でした。喪主は妻・えい子さん。謹んでお悔やみ申し上げます。

2009年9月25日 (金)

2009年夏

■2009年8月30日、日本国内の政権が変化した。その後、9月、組閣され流れる報道ニュースは新内閣の仕事が、「マイナーチェンジ」経済であること、過剰な山野の改変工事を中止し、自然回復へ向けたことに税金を使っていくこと。「山野河海の再生・回復・修復」と「人々の精神文化の修復」など、不要なことをまず明確にする作業が行われていることを知らされる。

 一方、地球上での花の大国オランダの頭脳でありトレンドをコントロールしているフラワーカウンシルが花売上減から予算縮小となり組織が縮小されることに大きな期待を持って、日本の山奥の村から注視している。それは「スリム化して本来の活動に回帰する」と思われるからだ。

 昨日、都内でJELFAの理事会があり、10月中旬に欧州花視察団を派遣する(20余名)なかで、大きな変化そのところを調査していただくよう要望した。

  日本エルフ(ELF)システム協会 →→→ JELFA

 オランダのアムステルダムで毎年秋に開催されるホルティフェアも縮小、一方商談会であるフローラホランドのトレードショー(アールスメールマーケットとして過去開催してきた市場敷地内での展示会・10回開催)も、ホルティフェアと共時開催は今年限りとなり、来年は別々の時期に開催される予定である。オランダ国内の生産者が組織するのがオランダの花市場であり、そうした生産者主体の商談会がアールスメールマーケット(フローラホランドのトレードショー)であったが、ここにも外国産地がブース(展示枠)を持ってきて国際性が出て来ている。

  →→→ オランダ情報拾い読み

  →→→ JFMA会長・法政大小川先生

    →→→ JFMA

山 やま  yama

■2009年9月25日(金曜日)

 昨日は、日帰りで首都・東京に。帰宅は22時。

 乗換時間に20分ほどあったので、東京駅構内の書店で9月に出た新刊書を2冊購入してきた。

 鷲巣力編『加藤周一が書いた加藤周一』(平凡社) サブタイトルが中味を示している。「91のあとがきと11のまえがき」。著作には前書きと後書きがあり、そこに著者が示したかったこと、経緯などが示される。

 池永陽『占い屋 重四郎 江戸手控え』(徳間書店)

■農繁期は出張の移動路でしか本が読めないが、今回の上京に持参し、行き来の列車中で読んだのは、『山と漁師と焼畑の谷 ~秋山郷に生きた猟師の詩』(白日社、1983年初刷り、93年4刷)は白日社の故・志村俊司さんが取材した聞き書きをまとめたもの(昭和58年)。長野県下の秋山郷に暮らす山田亀太郎さん・ハルエさん夫妻の口述である。この巻末の註記に注目している。

 254ページの「註」より

 山田亀太郎さんは山という言葉を非常に広い意味で使っている。地形としての山は勿論、山の地理・地形、狩猟の場としての山から狩猟そのものまでを山と言い、また焼畑耕地としての山から転じて現在耕作している元は山であった自分の農地までを山と呼んでいる。元来農村では林や森を地形に関係なく山と呼ぶが、亀太郎さんの口からも、私が話を聞いた限りでは、ついに林も森も一度も出なかったし、それに該当するものはすべて山であった。「ここらの山は、、、、、」という場合は山そのものであり、「山をやる」はクマとりをするのであり、「山を知る」「山を覚える」「山を習う」の山は狩猟の場としての山の地理・地形であると同時に狩猟そのものまで含まれる。「山へ行く」は単に山へ行く場合もあり、クマとりに出る、昔は山だった所を開いて作った田畑へ行く、と様々に用いられる。また「あっちの山」と言った場合は向こうのナワバリのことである場合もある。

■新潟県奥三面を映像記録した民族文化研究所の映画は『山に生かされた日々』である。

■奥会津昭和村での話法も、婆様が「山さ行ってくる」という場合は「畑のことが多い」。

---

■今日の午前は新聞社が福島市から来家し取材応接する。夕方は子どもの送迎で福島市。

20090923dsc00636

↑便利店のおにぎり。↓昭和村産野生茸トビタケの油炒め

20090923dsc00637

 

2009年9月24日 (木)

グローバリゼーション

■2009年9月24日(木曜日)晴れ

 9月23日は雨が、午後は一時止み、後半に小雨であったが、家向の圃場で畑作りをした。ハウス2棟分、耕耘、施肥、ビニルマルチを被覆した。研修生Kさんにも体験してもらった。

■昨夜から今朝まで、10月8日につくば市の政府系・農業者大学校の資料を作成した。9月はじめに花き研究所で事例報告をした関係で、引き続き依頼があり引き受けた。専修科セミナーコース「先端的花き経営発展コース」。10月7日には農水省花き産業振興室長の表さんが講義する。8日は花き研究所の佐藤衛主任研究員。午後が花き実践者でそのなかの一人として参加する。

 5ページ報告資料 PDF(85kb)→→→「20090924kanke_p7.pdf」をダウンロード

20090923dsc00654

2009年9月23日 (水)

雨、9月25日(金)出荷数

■2009年9月23日(水曜日)雨のち曇り。寒くない日。

 午後は、来春促成分の圃場作り。

 昼に分荷作業。明日朝集荷トラック保冷便に乗せる。

 9月25日(金曜日)747箱

 第①309箱↑
 第②277箱→
 第③ 92箱↑
 第④ 86箱→

 遅れていたアルタイル、ベール系の2回摘心栽培型がようやく開花をしはじめた。80cmが出てきている。

■言葉の壁がある。はうすぶっくし→ハウス解体。

20090925hako_3

きずな再生社会へ

■2009年9月23日(水曜日)

 昨夜、父上と話して、雨も降らないようなので23日は大岐の滝谷川右岸、家向圃場の畑作りをすることになった。来春の除雪促成栽培用のための耕耘、施肥、マルチ作業を研修生Kさんに見てもらうためである。

 22日は朝に雨が天から数滴落ちてきたが持ち直し曇りのまま推移した。

 24日は帰省中の長女を福島市に送り、そのまま上京する。午後、JELFAの理事会がある。

■会員制サイト「みくしい」でマツヤマさんが、日経9月18日の連載記事「経済教室」からの図と、重要なコメントを記載していた。

人々は社会を意識した消費に向かっている。絆や質が重視される。細かい品種やモノに執着し過ぎると見誤る可能性が高い。

1290545522_55

■これまでは、分離されて、いわゆる分業されて効率化、人と人が見えない関係が商品価値を高め、一方で価格を下げる効果を高めてきた。それが特に開発輸入の場合には、見えない、行けそうもない場所で生産される。

 今年の夏に国際人工衛星で長期滞在した邦人が話題になったが、その頃のラジオの朝の番組(文化放送配信ラジオ福島放送・吉田照美ソコダイジナトコ)でゲストのアーサービナードが、見えない場所、検証できない場所で巨額の税金を使用している宇宙開発を批判した。彼は、「消費者が行けない場所、宇宙で行うことは、情報の一方通行で管理しやすいからその批判ができない。普通ならどこかのおばちゃんが訪ねていって、そのことが行われている場所で裏表を見られてしまうのだが、宇宙までは行けない」

 生産・消費の分離が、これからは生産・生活者(消費)の融合と概念規定したときに、生産に求められる機能は異なる。これはJA(地域農協)が運営する直売所や公営・道の駅が、かたちを変えた産地市場の機能を持ち出していることに留意したい。それは見せかけの「市場風」な装いを持ちながら開始した直売所・道の駅などが、実質の機能が見せかけの装いに近づいていくということを意味する。

 一方、本来の卸市場は、商物分離、あるいは仮想空間取引(インターネット取引)により、脱市場化している。現在、一部の卸では、JA直売所や道の駅に出荷される「規格外」切り花を、規格は不要とし「量販店規格品」として集荷する動きが出て来ている。そうしなければ地域の量販店とJA直売所の「物日決戦」に勝てない、という事情がある。出まわる商品を元から集荷しなければ、JA直売所がホームセンター物日花売り場機能を超えてしまうことになる。

 8月15日に福島県内に配布された日本農業新聞(JA機関紙)では、福島県須賀川市内のJAすかがわの直売所「はたけんぼ」では、8月11日と12日で2万人が来店し、4300束の盆用仏花が売れ、2100万円の売上になった、と報じている。これまでくるのに七年間経過しているが、JA直売所が二日間で、日本の平均的花小売店の年間売上額を売っていることになる。

 この背景には、生産・生活者の融合が間違いなくある。

 特にコモディティ化した商品ほど、価値は大きく出て来る。つまり人々に浸透した名前のわかる花、コモディティ化した草花こそが、生活者と生産者・小売店を結ぶ新しいボンド・クロップ(絆植物)になる。

 社会のありかたと生活者の消費行動の変化を見つめる作業が、切り花生産農家の仕事のなかでも、とても必要になっている。今年は七月、八月と福島県内量販店店頭で地産地消のノボリを立て・環境負荷低減プログラム(MPS)の生産・対面販売(パックせずに、一本ずつ説明して手渡す)をしてみて、いろいろと気づくことが多い。ラベル(社会認証)が機能するのはラベルに頼らない自らの活動による主体性があってこそ生きる。それはみずからの言葉や表現で地域に通用する新しいコトバやイメージ(写真・POP)が持つ社会性を要求していることがわかってくる。

 社会変化に対応する部分の「変化への対応の仕方」がこれまでの対応の仕方ではなく、新しい対応の仕方を見直し、工夫し店頭で現場で試行錯誤しながら新しい技法あるいは立ち居振る舞いの仕方を考案する時期が来ている。その際、ベーシックなところを不動のものにしておく必要がある。そうしないと最重要顧客を失うことになる。

■分析科学が発達すると、社会観が大きく変化する。そのための分析科学が花業界には無い。オランダのフラワーカウンシルが唯一世界のなかでそれを行っていたが、その予算縮減のなかで、本質を見極めた今後の活動が期待される。なぜなら肥大化した組織は、組織自体の問題への運営が多くなり、本来行うべきことが見えなくなる。

 この数年の土器付着物の炭素14年代の研究から、九州北部において本格的な水田稲作が始められた頃(弥生早期)に、それを行わない縄文文化段階にある集団が東日本のみならず九州にも存在していた。従来の年代観では、水田稲作などの弥生文化は列島内を比較的速やかに伝播したとされていた。しかし開始年代がさかのぼったことでその速度に余裕が生じ、新しい年代観のもとでは、縄文文化との共存とその緩やかな受容が想定される(前掲2007坂本論文)。

 0hansokukatudou

 

2009082920090830hana2

6a0c434b61022ee8af02f70eee98f451

炭素社会(カーボン ソサエティ)CS

■坂本稔「弥生時代の開始年代 AMS 14C法のはたす役割」2007から引用。

  →→→歴博  →→→配布試料

■炭素14年代法(14CBP)は、西暦1950年の大気中14C濃度を基準とし、14Cの半減期を5568年として得られた経過時間を西暦1950年から遡った年数で現したもの。1950年以降は大気圏内核実験の影響で14C濃度が上昇し不均質なため基準にすることができない。

 試料の14C/12C比は同位体分別効果を考慮して、13C/12C比を平均的な森林樹木の値に規格化して補正される。

 炭素14年代を暦上の年代に直す「較正年代」は、年輪年代法により実際の暦上の年代が判明した樹木年輪などの炭素14年代と比較して、未知試料の炭素14年代を実際の年代に修正することである。

■2003年5月、春成秀爾ほかが日本考古学協会第69回総会にて行った研究報告は、弥生時代が従来考えられていたよりも500年早く始まっていたというものだった。AMS(加速器質量分析計)による炭素14年代法(AMS-14C法)が大きな役割をはたしている。2004年から5カ年計画で、「弥生農耕の起源と東アジア 炭素年代測定による高精度編年体系の構築」の研究が国立歴史民俗博物館(歴博)で実施中である。

-------

■一方で現在は、二酸化炭素の削減目標が社会的話題となり、政府のすすめるカーボンフットプリントの表示等商品も12月から登場する。

20090922img_3276 

2009年9月22日 (火)

新訂:会津歴史年表

■会津史学会編『新訂 会津歴史年表』(歴史春秋社 2009年刊)をてもとにおいて、時折見る。古い時代から少しずつ読んで、昭和村に関する事項にマーキングをしている。1994年に初版が発刊され、今年の春に改訂版が出版された。

■9月22日午後、大田(下)圃場の3棟ハウス解体。

20090922dsc00630

20090922dsc00631

20090922dsc00634

ドングリの実の落ちる秋

■2009年9月22日(火曜日)曇り。

 朝は10度と、とても暖かい朝だった。曇りで気温も肌寒くない。

 朝、研修生Kさんと木の葉堆肥(落ち葉堆肥・腐葉土)を見て、堆肥の持つ意味について説明し、ポット苗の用土の意味などを話し、朝のかすみ草調整作業へ。土壌消毒を全くしていない昭和村の農業の意味も伝えた。日本国内では、クロールピクリンなどの土壌消毒で被爆被害を受けた農家も多い。

 朝、孝雄君のブログで知ったので、午前10~12時まで帰省中の甚さんを小中津川の昭和館に訪ね、博士峠を散策した。夫婦岩清水、ブナ清水(枯れていた)、旧路博士峠の山の神、、、、直売所、小野川の猫沢・丸山・館林、権現様。大岐経由で柳沢から小中津川へ。

 博士峠のブナ林では、時折ミズナラの実(ドングリ)がポトッ、と落ちて林床で音を立てている。キツツキ類の鳴き声しかしていない。博士峠の山の神様がある第二旧道は1589年(天正十七年)に伊達軍が野尻牛首城を経て横田中丸城を攻めるために通過している。第一旧道は松倉越口。現道はおおむね第二旧道に添うが猫沢から深山口、鋏館(はさみだて)から現博士峠頂部を通過する。

 小野川の水芭蕉としらかばの杜の空き地では、今日のみ農産物直売所が3店出店していた。

20090922dsc00627

20090922dsc00614

20090922dsc00615

20090922dsc00616

20090922dsc00617

20090922dsc00618

20090922dsc00623

20090922img_3280

地域の調べ方の開発

■この1週間に考えていること。

 <地域の調べ方の新しい技法の開発>

■火山噴火→噴出物の分析
 砂子原カルデラ、沼沢火山

■地震 → 古文書の調査、活断層の土層調査
 会津盆地西縁断層帯、1611年の会津地震・城天主崩壊

■年代見直し。伝播論の見直し → AMS調査、C14の補正、年輪年代法
 弥生時代開始の見直し、縄文時代の見直し。
 土器付着炭化物の分析化学 →雑穀類の調査

■踏査 → 旧石器時代の原石山地の調査
 栃木県高原山の黒曜石
 会津西部

■調査項目以外の調査 → 水田漁労の調査・着想・展開
 遊び仕事(田でさなかを採った楽しみ)を聞いていく。

■調査以外の主体化
 イモと日本人 → 故・坪井洋文の仕事。イネ作主体の日本人感の転換。
 東北学 → 赤坂憲雄の仕事。みやこ中心史観の転換。縄文・民俗等歴史学の統合。聞き書き手法の再開発と教育。
■植物学の進歩 → 土壌微生物の役割、森林の役割の変化
■実より幹(茎) → 米よりも、稲ワラ(藁)。森野からの植物採集(素材加工)と、圃場からの植物幹採集の意味合い。野の草カヤ(茅・すすき)と、藁、アサガラなどの違い。
20090922img_3275
20061218dsc02037

古文書から過去の地震を調べる

東京大学地震研究所の宇佐見龍夫名誉教授は、日本各地の古文書を調べ、過去の地震について『日本被害地震総覧』をまとめた方として有名である。

 →→9月14日 京都新聞 古文書から震源域を考察

 →→ 活断層学会

■会津盆地の西の丘陵は、活動周期が3800年の活断層であることがわかっている。最近では、1611年(慶長十六年)の会津地震のマグニチュード7.4の震源であり会津若松城天主閣が倒壊している。死者3700人。

 →→→会津盆地西縁断層(地震調査研究本部)

 →→→地震湖発生による集落の移動(会津坂下・喜多方)

 →→→会津盆地西縁断層帯(喜多方市役所PDF)

 9月23日は会津若松市内で歴代藩侯行列(会津まつり)が開催される。

-------------------

■9月23日(水曜日)販売数500箱。

■2009年は900箱を超えた日は2回(7月20日・922箱、7月27日・916箱)しかなく、8月以降は8月10日が817箱、9月11日が828箱であり、これまでのように1000箱を超えるような数量が出ていない。

 昨年同期比で現在のところ出荷箱数は73%であり、27%少なくなっている。販売額は91%、単価は122%。あと1ヶ月ほどの出荷を経て、昨年と同じような販売額に達するかは未定。現状で昨年販売結果の75%である。

 昨日、共選情報でビニルハウスの被覆、保温を進め採花率を最終的に上げるように生産者会員に再度連絡しました。現在、低温のため、つぼみから1花咲くまで1週間の時間がかかり、さらに第2段の花が咲くまで1週間かかっている。いまつぼみのものは採花できるのは10月6日頃になる。ビニルスソをまわして午後3時頃にハウスを閉め切り保温すれば、9月29日頃に採花でき、半分に短縮される。これからは日中のハウス妻部換気のみでよい。

 15社市場のうち、9月末で出荷を終了する卸市場、10月9日で終了、10月16日で終了する市場と予定している。19日からは天候がよければ週3回出荷を拠点市場には行うが、月・金出荷の予定。11月の上旬までは出荷は継続されるが、最終的には関東・東北で終了します。10月下旬には初雪が降ります(昨年は10月29日夜)。

■北海道の冷夏 →→→ 井野農園

20090925hako_2

20090729hako2

20090828hako

Junkan2

10月3日(土)~4日(日)かすみ草フェア(最終回)

■9月24日13時都内・JELFA理事会。

■9月25日午前、日経取材来村。

■10月1日、かすみ草産地視察者来村。

■10月13日~16日、アムステルダムでホルティフェア(園芸博)。花市場のフローラホランドはアールスメール時代からこの大規模園芸博に時期を合わせて場内で商談会を10回開催していたが、12回目の来年は11月に分離開催となる。日本からも2つのフェアへの参加者が渡欧する。

 →→→ トレードフェア・フローラホランド

 →→→ホルティフェア

 →→→ オランダ花き情報

 一方、9月末から南米コロンビアの花の展示会プロフローラにも視察団が渡航。  →JFMA

■→→→ 信州片桐花卉園

-------------

■昭和花き研究会が生産したかすみ草(MPSABC)のヨークベニマル福島県内店舗でのフェアは10月3日、4日で最終となります。7月に会津若松、郡山2店、8月に福島2店、今回の2店で各2日、のべ14日間のフェアとなりました。

メガステージ白河店
〒961-0853
福島県白河市字新高山19番地
TEL.0248(31)1149
営業時間/10:00~22:00(店頭販促は17時頃まで)


いわきエブリア店
〒971-8133
福島県いわき市鹿島町米田字日渡5番地
鹿島ショッピングセンター内
TEL.0246(46)1210
営業時間/10:00~21:00(店頭販促は17時頃まで)

ジャガイモ収穫

■2009年9月22日(火曜日)

 前日と同じ作業(午前、採花・調整、午後・ハウス内残茎整理・解体)。

 →→→ 出荷明細 九月二十三日

■ 主役が替わろうとしている →→→ 大田花き・磯村信夫社長のコラム

■ 9月24日よりインパックは大田市場花き部北棟に移転 →→ インパック

■ →→→ 板橋市場の花仲卸

■9月21日午後は快晴。高畠での作業を17時まで。研修生Kさんと、実弟と作業。父母は大畑のジャガイモ掘り取り。

  パイプハウスは1間(いっけん・1.8m)単位で数え、2間半(にけんはん・4.5m)間口で長さ20間(36m)が標準。1畝(うね・1列)に35cm株間でかすみ草が100本植わっている。これが4畝(列)あり、400株。1株5本仕立で80cm2000本(40本入立て箱で50箱)を目標としている。

 

 角畑のいちばん端(東側)のハウス内のかすみ草のフラワーネットをはずし、ネット押さえ支柱を引き抜き、芽切りハサミでかすみ草株の残茎を切り取る。ほぼ植え穴の直径分の枝を残す。5~10cmに葉が詰まりロゼットしている緑枝(力枝)は降雪前までの葉から根に栄養分転流のために残す。

 9月20日は大畑1棟(かすみ草・オーバータイム)、角畑1棟(かすみ草)を解体している。21日は角畑の残った4棟と、川流畑の右手(三号、西側)ハウスを解体した。川流二棟は春の促成用として骨組みは残し冬期間は雪下ろしをする。

 パイプハウスは22ミリメートル鉄パイプが使用されているので、肩部の金具を外し、妻部を外し、曲がりのあるアーチ部を地面から引き抜き天井部から抜く。最後に天井部を外して畑の立て孔付近に置く。

 パイプハウスは冬期間、降雪により鉄製の骨組みだけでおいても一晩に1m降る重い雪で倒壊する。また春には2m積雪が溶けながら斜面に沿い氷河と同じように流れるため、仮にパイプが残ったとしてもハウスが雪の流下で傾く。そのため収穫が終わったパイプハウスは屋根ビニルを外し、骨組みも解体し畑に寝かせ冬を待つ。来年の5月連休後の雪融け後に再度、再建することを繰り返す。

■21日はマイタケご飯であった。敬老の日なのでテレビは高齢化率が昭和村が福島県一位になったことを報道していた。昭和村55.54% 金山町55.52% 三島町47.0%。いわゆる奥会津の隣接三町村がベスト3を独占。

■2009年の小野川地区(博士山等)はブナの実の成り年。数年おきに春に花が咲き実が付く。

 2008年の博士山の初雪は10月29日夜。

20090921dsc00594  

■高畠からは東側に博士山山体が見える。右手には奈良布集落、岩下、大田、川前の水田。左手には大岐集落。

 県道柳津昭和線が博士山西麓の等高線に沿って、奈良布と大岐地区の間にあるが、そこから北方を見ると志津倉山。その手前が場良山。大岐集落の後背山地の「ショウハチハヤシ」の尾根部のブナは黄色く色づき始めた。

20090921dsc00577

20090921dsc00576

20090921dsc00581

20090921dsc00588

20090921dsc00590

20090921dsc00586

20090921dsc00573

20090921dsc00572

20090921dsc00574

20090921dsc00591

村道大岐一号線の舗装はほぼ終了した。

2009年9月21日 (月)

soba

■2009年9月21日(月曜日)晴れ、朝5度C。

 早朝の会津盆地の白い花咲くソバ畑(新鶴)。磐梯山遠望。

 昭和村でも稲刈り。岩下でも稲刈りがはじまっている。

 朝、Kさんと、岩下(下)圃場で採花、午前調整。

 明日22日は博士峠(小野川・水芭蕉としらかばの杜)で大字区の直売所開店する、ということで父上はカボチャを出品。

20090921img_3265

20090921img_3255

磐梯山遠望(新鶴)

20090921img_3246

縄文時代のはじまり

■10月14日から千葉県佐倉市の歴史民俗博物館で、「縄文はいつから」企画展が開催される。 →→→ 歴博

■炭素14年代の見直しを進めている歴博。2007年に学生社より『歴博フォーラム 弥生時代はどう変わるか 炭素14年代と新しい古代像を求めて」が刊行されている。この本のもとになったのは、2006年3月に第53回歴博フォーラム『弥生の始まりと東アジア』。

 1999年4月、縄文時代の開始年代が16500年前ごろまで遡及する、これまでの考えより4500年ほど古くなると発表。次いで、弥生時代の開始をほぼ500年ほど遡り、弥生早期は120年間で従来とほぼ変わりないが、前期が460年となりこれまでのおよそ100年間に比べ、前期の大幅な間延びが明らかとなった。水田稲作と金属器の製作・使用というふたつの要因が、かなりの時間を経ていたことを明らかにした。

 はじめに、で、広瀬和雄さんは次のように言っている(11ページ)。

 「縄文文化のいきづまり、弥生文化救済論」はもはや成立しない。これまでは食料生産が支配的でない縄文文化を、生産性の高い水田稲作を携えた弥生文化が各地で救った、という通説が流布されてきた。近年では「縄文文化は豊かだった」が敷衍されだしたが、そうだとすれば、コメ栽培もふくめた網羅型獲得経済の縄文文化の側に滅びの原因はなかったことになる。そのほうが弥生文化の東漸に要した時間の長さを理解しやすい。(略)実際には水田稲作の拡大力は従来考えられてきたほど強力ではなかった蓋然性が高い。日本列島での開始から数百年ほどかけて緩慢に、日本列島各地に普及・定着していったのが実情のようだ。

■精度高まる歴史の物差し →→→ 2009年8月6日

■体験しながら学ぶ「収穫したマメは、日の当たる方に多く」の発見。→→→ いまここネット(福島県三島町)

■2009年9月21日(月曜日)晴れ。

 午前、岩下(下)圃場のかすみ草・ポラリスの採花、葉取り調整結束作業。午後はハウスあとかたづけの継続を予定。昼には分荷作業(昭和花き研究会)。数量が少ないので、分荷は苦労する。

 となりの産地の様子 →→→ 高尾嶺農園   →→→会津っ子  →→→たくみの就農生活

20090915img_3061

20090915img_3063_2  

2009年9月20日 (日)

はうすぶっくし

■2009年9月20日(日曜日)

 午後、高畠(たかばたけ)の大畑の残茎整理、、、ハウス解体の第1号。角畑の上より1棟目のハウス解体2。

■ かすみ草が無い →→→ 札幌市 薄木さん

■夕方、先日に続いて、会津若松市内の量販店の彼岸の花売り場の観察。昭和花き研究会の染め色かすみ草は新しい丸いPOPが付けられていました。

20090920dsc00554

20090920dsc00543

20090920dsc00553

20090920dsc00555

20090920dsc00550

20090920dsc00559

20090920dsc00561

真壁仁が見た会津

■山形県生まれの詩人真壁仁・文、東京生まれ、岩波写真文庫を経て独立した薗部澄・写真 『カラー会津の魅力』(淡交社、1980年刊)。238ページ。

 カラー写真で会津の人々のいとなみを活写した84ページまで。川口では簑(みの)が映っている。下谷ヶ地(会津高田町松阪)のゼンマイ干し。昭和村大芦のカラムシ焼き。からむしひき。檜枝岐村の歌舞伎の舞台はクレグシが映っている。

 真壁仁による文章は、からむし織りの里、として224ページから独立した章をもうけている。大芦を訪ねたあとに、博士峠を越えて会津高田に出ている。

 あとがきで、「桐下駄のつくり手がおり、からむしや木綿の織り手がいる。高い生産性を持つ稲作農民がいる。一所不在の山の民である木地師が集団として定住したのは会津であった。定住を可能とする条件が会津にはあったのだ。会津にはまた暖簾をかかげて昔ながらの味を売る店とそのたたずまいがある。町並みがある。これは疑似文化、まにあわせの品物の氾濫する今日では、決して懐古的なものではなく、ほんものの文化をまもっていく先進性、未来性をもつものとしてみたい

  20代で農業に就いたときに真壁仁の著作はよく読んだ。『野の文化論』が5冊組で出ている。その系譜に有機農業の高畠町の星寛治さんたちがいる。

20090920dsc00539

20090920dsc00540  20090920dsc00537

 

■9月20日の午前8時30分から岩下(下)圃場の6月27日にプラグ苗を植えたポラリス(かすみ草)の採花講習をKさんと。その後、採花したものを葉取り選別、結束(午前中)。午後1時30分から高畠(たかばたけ)の大畑圃場で残茎整理、フラワーネットと支柱をかたづけ、ハウス1棟の骨組みを解体する予定。

 昨日より彼岸の「ほとけおがみ」に来客が絶えない。昨夜、自生しているマツタケを採ったという小野川の親戚F姉が持ってきたので、今日の昼はマツタケご飯となった。それと我が家で収穫したマイタケの吸い物(味噌汁)。朝、母上は茶碗1杯の米粉で団子をつくり、ほとけさま(仏壇)に上げた。

奥会津からみた大正昭和史

■1997年12月20日に東京都国分寺市の新風舎から『奥会津からみた大正昭和史』が発刊されている。編者は猪岐和夫で以下の5編を収録している。はじめに(解題)から、

 「私にとっての女の一生」(猪岐ヤチヨ・吉野せい文学賞入選)は、野尻村(現・昭和村)に明治45年生まれた著者が書いた自伝である。

 「消えゆく年中行事を惜しみて」(栗城千里・うえいぶ賞入選)は、猪岐ヤチヨが若くして亡くなった妹の名で発表したもの。

 「歌集 獨り歌へる(抄)」(栗城一二)はヤチヨの生家の二男が出征前に記した遺稿で、死後44年目に土蔵から発見され、序文の遺言にしたがって印刷されたものの一部。

 「水不足とスーパー林道に思う」(猪岐英吉・うえいぶエッセイ賞入選)

 「人間と自然の相互関係について」(猪岐和夫・龍ヶ城美術館懸賞論文入選)

■2009年9月20日(日曜日)曇り、気温10度。

 今朝は10度と暖かかった。午前5時30分より大岐集落の上流対岸側の大田(下)圃場で昨日午後の続きのかすみ草圃場のフラワーネットと支柱の後片付けをした。1昨日の午後、大田(上)圃場での作業中にノスリ1羽が高畠のあるクイナ(山)方向からワンナ沢・新田・ゆわのわきを経て岩山前から上昇した。尾羽と両翼の羽根が一部抜けている個体であった。「ピーッツ」と力強く、後の声が高く、よく鳴いて飛んだ。

 昨日午後は大田(下)の圃場の東手の樹林でヒヨドリが騒いでいた。脇の県道に車が停車したりしている様子で、それに反応している。

 いまの朝は小鳥も鳴かなくなっている。今朝は聞き慣れない鳴き声で中型の鳥類が羽ばたきながら、ゆわのわきから新田のカラマツ林に近づき、カラスの攻撃を受けていた。カラスは7羽ほどでいま群れている。

 水田に夏の間引かれていた用水路には水が流れておらず、堰が落とされている。稲刈りが近いためだ。畑の仕事を終えて、汚れた手を洗う場所が無くなってしまった。

■ 中野さん →→→ 東京新聞6月19日

くれぐし  kure-gushi

はる書房から1983年に刊行された 安藤邦廣『茅葺(かやぶ)きの民俗学~生活技術としての民家』。

 117ページから「くれぐし」(芝棟)についての記載がある。

 芝棟は野芝の生えた土の重みでおさえると同時に芝の根が棟にからみつくことで棟を固定するという数多い棟仕舞の中でも最も野趣溢れる特異な棟仕舞である。芝棟をくれぐしと呼ぶ地方が多く、ぐしとは棟、くれとは土くれの意味で根土ごと掘り起こした野芝をさす。

 みの茅で棟を覆った上に野芝の根に土のついた状態のものをのせ、その野芝がうまく根づけばほとんど手入れをする必要のない丈夫な棟ができあがる。野芝を植える前に杉皮を防水層として敷き込む場合と直接みの茅の上に植えて根をからませる場合の二通りある、前者は芝土の重みで棟をおさえ、後者はそれに加えみの茅に直接からみつくことで固定されることを意図している。この棟仕舞の欠点は植えた野芝が風雨でずり落ちる心配のあることで、その対策として棟の両脇に丸太や竹等が配される。

 棟に草がぼうぼうにのびた様は、一見原始的で荒れ果てた印象を与えるが、良く繁っていればそれだけ根がはっている証拠であり、棟仕舞として十分機能していることを示しているのである。

 屋根に土をのせ草を生やすのは、日本では珍しく奇異に見えるが北欧ではよく見かける光景である。白樺の皮等で屋根を葺き、その固定のために屋根全面に土をのせ、それが雨や風に流されたり吹き飛ばされたりしないように草を生やすのであり、屋根全面に生えた草と土は屋根の断熱材としても重要な役割を果たしているのである。

 日本の芝棟は断熱材としての機能はないが、色鮮やかな野の花を楽しむ空中花壇でもある。野芝の間にやまゆり、のはなしょうぶ、のかんぞう等のゆり科の花が植えられた棟は、とくに開花期には見事な景観を呈する。

 このような花を棟に植えるとくれ持ちが良くなるといわれ、人々はせっせと花を植えるのである。実際棟に花を立派に咲かすには、それなりに丈夫な棟仕舞であることが必要であり、花が咲き続ける間は安泰なのである。

 関東山地では棟をおさえる植物として野芝の替わりにいわまつを植える。この高山植物は晴天にはその葉を閉じてしぼみ雨天の時に葉が全開になるという機構を備える故に乾燥に極めて強く、棟に植えるにはうってつけの植物である。残念なことに採集できる場所が限られるので広く普及できるものではなかったが、いったん棟に植えられたいわまつは、成長してその実生を北側の屋根面で育てる。この実生の苗は屋根を葺き替えるころには大きく育ちすぎて屋根仕舞には不向きになった親木に替わって棟に植えられるのである。建築に生きた植物を使うのはなかなか難しいことではあるが、その特性を見極めた芝棟はなかなか奥行きの深い技術であることがお分かり頂けよう。

■著者は1948年宮城県鳴子町産まれ。専門分野は建築構法、建築生産、日本およびアジアの伝統的住宅の生産技術の研究。

■会津地方の南会津郡、伊南川の流域(檜枝岐村から舘岩・伊南・南郷)では、「くれぐし」で造られた民家が並んでいた。茅葺き屋根の頂部であるぐし(棟)には、ユリが植えられた。

 1984年に五十嵐キヌコ『くれぐしの里』(書肆舷灯社)がある。

■ →→→ 只見の自然に学ぶ会

20090920dsc00510

20090920dsc00509

20090920dsc00513

沼沢湖火砕噴火

■2009年9月20日(日曜日)

 早朝、出荷作業。採花作業(岩下上下、境の沢)。

■奥会津金山町の沼沢湖。縄文時代前期末5400年前の噴火。 →→→活火山・沼沢湖  →→→沼沢湖地質陰影図  →→→山本2003論文

 奥会津柳津町西山温泉・砂子原。砂子原カルデラ →→→ 東北南部、会津地域周辺における中期更新世テフラの層序と編年、2004年 PDF

118_g_0

2009年9月19日 (土)

研修2日目

■2009年9月19日(土曜日)晴れ。

 昨日・18日の午後より、かすみ草栽培研修でKさんが我が家で農作業を行っている。

 18日(金)午後1~5時。大田(上)圃場の左側(南)ハウスの後片付け(品種オーバータイムの残茎整理、フラワーネットと支柱除去)。

 19日(土)午前8時30分~12時。作業小屋内でかすみ草出荷調整作業。品種は試作種のFG450を2コモ。午後1時~2時、継続でかすみ草ポラリス1包み葉取り結束調整作業。午後2時~5時、大田(下)圃場の山側から2棟目のハウスの残茎整理作業(品種は左畝(うね)よりダブルタイム・カネコ試作種・ニューホープ)。

 明日から23日(水曜日)まで、我が家で作業を行う。大田や高畠の残茎整理、ハウス解体まで行う予定。

■かすみ草分荷作業は昼に実施。夕方取引先市場宛産地情報をファクスしました。昨日金曜日は80cmが350円(福岡)、平均220円くらいになっていました。

FFCのコテージガーデンより7月のかすみ草フェアの終了お手紙が届きました。8月にいただいた分の追加のものです。ありがとうございました。

■山に囲まれた村は、秋は話題が豊富だ。→→→集荷所ブログ

 →→→ 中央花き 彼岸セール盛況

20090921hako

20090919img_3212

20090919img_3223

2009年9月18日 (金)

注目している人々

■2009年9月18日(金曜日)晴れ。

 午前、通院日。午後1~5時、研修生Kさんと大田上圃場左ハウス内の後片付け(残茎整理、フラワーネット・支柱除去)。村役場産業建設課担当上杉さん来場。

■大量のマイタケが採れた。

■会ってみたいと思っている人たち。

①『季刊東北学第十五号』(柏書房、2008年春)に所収されている国武貞克「高原山黒曜石原産地遺跡の発掘」 

 国武氏は一九七五年生まれ。奈良文化財研究所研究員。考古学専攻。

②『季刊東北学第十九号』(柏書房、2009年春)の石川日出志「北陸・南東北の変動期~弥生集落の成立状況」

 石川氏は一九五七年生まれ。明治大学教授。考古学専攻。

③犬井正『人と緑の文化誌』(埼玉県三芳町教育委員会、1993年)。1947年東京生まれ、獨協大教授。理学博士(筑波大学)。農業と林野(平地林)の関わり。

④湯川洋司『山の民俗誌』(吉川弘文館、1997年)。『変容する山村 民俗再考』(1991年、日本エディタースクール)。1952年神奈川県生まれ、山口大学教授。大芦の調査をしている。前著には大芦の五十嵐利吉さん、野びき、つばくろ祝いが紹介されている。

⑤安室知(やすむろ さとる)「水田の環境史~なぜ日本人は稲を選んだのか~」(『環境史研究の課題』吉川弘文館、2004年)。「復活、田んぼの魚捕り ~現代社会の水田漁撈」(『環境民俗学』昭和堂、2008年)。「くらしと食農」「農のあるくらし」(『日本の民俗4食と農』吉川弘文館、2009年)。1959年東京都生まれ、国立歴史民俗博物館助教授、総合研究大学院大学助教授。

⑤川口正代司「根における共生のいとなみ」(『植物の生存戦略「じっとしているという知恵」に学ぶ』朝日選書、2007年)。1961年生まれ、東京大学大学院理学系研究科准教授。植物と微生物の共生に関する研究。

20090918img_3207

苧麻と型染め

■今日、2009年9月18日(金)から11月15日まで、昭和村佐倉のからむし工芸博物館で企画展「苧麻と型染め ~会津が産んだハレ着」が開催される。昭和村の苧麻布、田島の染屋、喜多方の型紙。午前9~午後4時30分まで。入館有料。

 10月31日(土)午後1時30分~ 昭和村佐倉からむし織りの里 織姫交流館にて、「昭和と田島の染め織りばなし~染屋 芳賀文助さんに聞く」(無料)。

故・志村俊司さん

■2009年9月18日(金曜日)

■志村俊司編『山人の賦』(1~3巻、白日社)。

 第1巻は1984年に刊行されている。1996年に5刷。

 1984年は、昭和花き研究会が設立された年。

 20090917dsc00488

■1995年から檜枝岐村、只見町など奥只見(福島県・新潟県の県境)にある電源開発株式会社の発電所増設事件での猛禽類(イヌワシやクマタカ)の調査・保護活動で当該地域を幾度となく訪ねた。1989年に勃発した昭和村の博士山リゾート開発計画への抵抗運動が収束し、同地の大滝林道建設問題後、奥只見の発電所増設問題が起きた。1989年から20世紀末までこれら奥会津一帯で発生した自然破壊の阻止のための活動にかかわった。

 1985年9月22日の、いわゆるプラザ合意により日本とアメリカの円ドルルートの大変化から不況となり、内需拡大策が国策によるリゾート開発が山野の大規模破壊を巻き起こし「ゴルフ場やマンションなどのリゾート会員権」が一般国民に売りつけられ、最終的には90年代破綻した。これが日本のバブル景気であり、国内各地の山野が乱開発された。輸出依存の経済を内需に転換する目的があった。政府はその後、景気回復の御旗をたて、国内の公共事業投資に転換していく。つまり不要なダムや発電所、林道建設を矢継ぎ早に「景気回復名目」で税金が投入されていった。

 90年代の私の30歳代の10年間は、農業のほかに山野での猛禽類の調査をしそれをまとめ、政府への申し入れ、衆参国会へのロビイングで議員会館を訪ねる、ということの繰り返しであった。与野党を問わず、理解を示して政府に働きかけてくれる国会議員は少ないながらも存在した。

 1985年は国家のスリム化のために臨調等により日本専売公社が民営化し、JTとなった。それで戦後昭和村の経済を支えた葉タバコ栽培は「廃作命令」となった。不採算地の昭和村など会津地方の葉たばこのほとんどは作れなくなった。そのことで昭和村は福島県の助勢を受けて「切り花産地」特に、かすみ草が導入されることになり、現在に至っている。葉たばこ農家百余軒がかすみ草栽培に転換し、2つの販売団体を結成した(昭和花き研究会と農協生産部会)。

 山間地域は中央政府の諸外国との調整の結果発生してくる政策決定による時代変化の津波が大きく押し寄せてくる。私が高校を卒業して家の農業を継いだ1978年から見ても、以上のような大変化があった。

 1985年プラザ合意→葉タバコ廃作命令

 1989年バブル景気→博士山リゾート開発

 1995年不況→公共事業投資→奥只見発電所増設等

■2005年夏、奥会津書房刊行の雑誌『会津学』創刊号が発刊された。河北新報の佐藤昌明記者が同紙に1994年8月に連載した「檜枝岐~開拓村の風景」を許可を得て『会津学』創刊号に掲載した。白神山地の取材をしていた佐藤記者は会津若松支局に勤務となり、博士山リゾート開発や大滝林道、大規模林道問題へ私たちの取材がはじまり、そこで知り合った。

 1984年に志村俊司『山人の賦1』で平野惣吉さんが語った世界である檜枝岐村の開拓村がいまでも生きている、ということを1994年の夏に彼から教わった。

■昭和村役場を定年退職された昭和村野尻の小林弥吉さんから依頼され、『山人の賦」全3巻を古書店から入手して届けたことがある。2009年(今年)の9月2日に伊南村高柳(現・南会津町)で哲学者・内山節さんの講演会があり、佐藤孝雄君の運転する自動車で弥吉さんとともに同乗して、大芦と南郷を結ぶ新鳥居峠を経由して会を聴講した。その際、弥吉さんが『山人の賦』のことを語った。ここのところ思い出すことのない書名だった。

 9月3日に福島民報新聞1面で県農業賞特別賞受賞が報じられ、奥会津書房の遠藤由美子編集長から、11日に取材したい、と連絡があり、午後3時に奥会津書房に行くことになった。花の仕事(農業)のことが取材の中心だが、雑誌『会津学』のあと5巻(10巻だけ発刊するという趣旨で年1冊刊行している)のあり方が問題意識にはあり、第5号が「聞き書きの現在」というテーマであったので、それを含めて1984年に発刊された奥会津檜枝岐村出作村(開拓村)の聞き書き『山人の賦』の志村俊司さんの仕事から、現代の私たちがいかに学ぶか?ということを、弥吉さんの言葉から引き継ぎ、考えていた。

 9月10日、福島県庁から帰ってから『山人の賦』三巻を読み直してみた。

■そして編者の志村俊司さんのことを調べてみた。いつでも会える、とそのときは思っていた。志村さんは東京大学文学部フランス文学科を卒業して図書新聞、総合雑誌『日本評論』の編集長、紀伊国屋書店編集部長、竹内書店編集部長を経て白日社を創業、代表取締役、と白日社のウェブサイトには記載されてあった。

 1991年9月発行の『現代の脇役』(朝日新聞社アエラ編集部編・新潮社発行)に、「志村俊司さん・山人の暮らしを語り継ぐ出版人」として紹介されている。

 1995年4月1日NHK総合テレビ放送の「にんげんマップ」で「山人の暮らしをつづる」で杉山隆男さんと出演していることが、NHKアーカイブス保存番組に掲載されている。

■9月11日午後3時、9月15日午前10時、奥会津書房をたずね、遠藤編集長からの取材を受け『山人の賦』の果たした役割についても言及した。また雑誌『会津学』にも志村俊司さんへのインタビュー掲載を依頼した。

■『山人の賦1』を学習会のために使用する目的で10冊、白日社に電子メールを送ったら、9月15日11時に返事が来た。そして冊数確認の留守番電話があったので、同日午後4時11分に私から白日社に電話をした。鳴瀬久夫さんという方が出られた。

 私は、機会を見て会いたいと思っている『山人の賦』の編者の白日社社長である志村俊司さんのことを鳴瀬さんにたずねた。

 「社長ですか、、、、、志村は3年前に亡くなりました、、、、、」

■雑誌『会津学』に、福島県内在住の茅葺き研究者の菅野康二さんの取材を、と計画したときも、福島県立博物館の佐々木長生さんから、すでに亡くなったことを知らされた。私たちは奥会津に関わる仕事をしてきた先輩とその仕事を紹介し、これから奥会津について関与していく仕事をしていく若い人たちに、つなぐ仕事をしなければならない世代にいる。しかし時間は限られている。

2009年9月17日 (木)

地域の調べ方

■今日早朝より集荷所を4カ所巡りながら、車を運転していて考えていたことを以下に記す。

■現象を観察していくと、起きている事象が a+b であるにもかかわらず、興味のある a しか見ていない、理解していないことが多い。実は、b にその a の意味を説く鍵があることが多い。特に研究者はディシプリンに拘束されa方向からしか人間活動や自然の姿を見ることが多い。一般の人々はabが見える位置で見る。しかしbまでまわりこんでみることが必要になる。

 たとえば人々のいとなみ。あるいは製品の姿。それを例示すれば

 ①からむしとアサ

  民族文化映像研究所(民映研)の姫田忠義さんが、奥会津昭和村の人々の農業文化について指摘したこと。人々は「からむし」と「アサ」を同時に栽培しているのに、研究者は「からむし(青苧)」しか見ていない。ふたつを共存して成り立たせてきたところに産業が永続してきた鍵がある、と指摘し、そうした記録映画を成立させた。このものの見方には20歳台の私はたいへんに大きなものの見方を教わった。

 ②知りたいことと語りたいこと

  聞き書き(インタビュー)をしていると、私たちが聴きたいこととは異なり、話者には話者が語りたいこと・伝えたいことがある。そうすると会話はすれ違う。しかし、話者の語りたいこと・伝えたいことがなぜ生まれるのかを考えてみると、その語りが後に重要な示唆を持っていることに気づく。

 ③石器と剥片(はくへん)

  通常の石器時代の研究者(旧石器時代)はこれまで石器(利器)そのものの調査・発掘を行ってきた。しかし、その破片の分布と、破片の接合により母岩がどのように割られ石器が作られるのかといった製造過程と破片の集中等により作業者の位置などから社会関係までを考察しようとした新しい研究が生まれてきた。これをみると、製品と屑(くず)の関係で、屑のほうに着目した研究が持つ意味に新しい社会性が生まれることを示唆している。

 ④カヤとササ

  家の屋根を葺(ふ)く素材はススキ、、、つまりカヤが多い。しかし民映研による田島町(現・南会津町)針生の木地屋の山中での小屋掛けの記録を見ると、ササ(笹・ブナ林のチシマザサ)で周囲を多い屋根も葺く。つまりその場所に豊富な草などを利用する、ということがわかる。

 ⑤ディシプリン

  ある研究の訓練を受けるとディシプリンから離れられなくなる。そのことで b が見えていながら a しか見えなくなる。方法論は共通言語で概念規定を行わずに同業研究者のなかで意思疎通が容易になる反面、bを見落とす可能性が高い。bを認識するような新しい調査技法・研究方法を創造しなければならない。聞き書きという編集のしかた、まとめかたはa+bを言語表現を含めて語りで(オーラルヒストリー)提示することにある。そのなかで調査a、あるいは調査bが成り立つ。

 ⑥バラとかすみ草

  バラしか見えない社会と、かすみ草も見える社会。私たちかすみ草生産者はかすみ草しか見ていないかもしれない。花瓶水も見えるようにならないといけない。

 ⑦主役と脇役

 ⑧森と野

 ⑨人工と自然

 ⑩山と川

 ⑪水田のイネと魚

 ⑫雪と無雪期間

 ⑬落ち葉と木の葉

 ⑭ワタクシとシタナミ

20090917ab

20090917ab

三島宿(尾瀬街道)

■奥会津三島町の尾瀬街道 道の駅・三島宿で、会津学1~5号、奥会津書房出版物がお求めになれます。

20090917dsc00483

20090917dsc00481

20090917dsc00478

奥会津で流行中の赤かぼちゃ(300~500円)。川口駅内の売店では赤かぼちゃようかんも販売。

20090917dsc00472

三島町から金山町川口までの只見川左岸の楢枯れも進む。

20090917dsc00473

山が枯れていく(ナラ枯れ)

■2009年9月17日撮影。福島県柳津町西山温泉・湯の岳。キクイムシによるナラの枯れ。葉を展開したあとにキクイムシの穿孔により樹幹蒸散、葉がしおれ赤褐色となり樹が枯れ込む。山が焼けたような状態になる。すでに昨年枯れたところには枯れた樹があり白く見える。紅葉したのではなく、楢(コナラ、ミズナラ)が葉をつけたまま夏に枯れたところが赤くなる。

 湯の岳は約22万年前に噴火した砂子原火山の火口壁になる。

20090917img_3174

20090917img_3163

20090917img_3183

未知を行く

■ここから、あそこまで行くための道。道路は手段となる。しかし移動していくなかでの未知との遭遇が人生のなかの目的だとすると、たんに移動路とするだけではもったいない。そのために、路傍の自然や人々のいとなみによる野・畑・田・集落の変化、花、、、、などをじっと見つめてみる。何度も自動車を停車しエンジンを切って立ち止まる。目的地に行くための時間が2倍かかるとしても、それが日々の暮らしの基層精神を支える。

■今朝(9月17日午前5時5分)、野尻湖の発掘遺物の月と星ような形で払暁の東の空に出ていた。山は猿倉が岳。三日月の左45度上方に星がある。

20090917img_3122

20090917img_3131

20090917img_3134

20090917img_3144

20090917img_3179

舟鼻峠・積入山トンネル開通(国道400号)

■今日、奥会津の昭和村から田島(現・南会津町)を結ぶ舟鼻峠の積入山(つみいりやま)トンネルが10月16日午後2時に開通する、という印刷物が配布された。峠部の舟鼻トンネルはすでに開通しており、最終のトンネルの開通とまり、積雪による冬期間通行止めが無くなり通年通行が可能になる。先立つ10月7日には防災訓練と見学会が開催される。

20090917dsc00491

20090917dsc00490 

秋の日

■2009年9月17日(木曜日)晴れ、朝の気温5度C。寒い。奥会津では稲刈りがはじまった。

 午前5時30分から9時30分まで4カ所を巡回して目揃え会を実施しました。朝は5度と寒く、手が硬直するぐらい(かじかむ)の寒さでした。

 アルタイル、ベール系は圃場での2回目のピンチ手法の正否で80cm(2L)率や芽数が変わります。しかし順調に芽吹きしても低温等の影響で生育が遅延して開花にいたらず、開花待ちのまま低温期になってしまいました。

 参加した生産者一人一人に今後の出荷予定をインタビューし、結論として、①今日からビニルすそをハウスにまわし保温体制を早急に取る。妻部での換気とし午後3時には密閉し夜間保温を図る(これで終了期が1週間早めることができる。これをしないといまつぼみのものでも10月末の降雪で切り終えずに終わってしまう)。

 いま1花咲いて、次の2段目の開花まで1週間かかっている。これまでは1日で次の花が咲いた。そのため保温措置(無加温なので)が有効であり、通路にアルミ蒸着の反射シート(果樹の発色促進で使う)が有効なので、それを過去に購入した人は敷設する。

 出荷時期があと1ヶ月しかないので、その期間内に咲かせる。いま咲いていても切り終わりは1ヶ月後になると幹枝が剛直、黒色化、花びらが8度より気温低下により「紅葉化(ピンク発色)」するので保温等、措置を取る。

 来期(2010年)の品種構成は、「アルタイル・ベール系3割・フォレスト等独自品種3割・自分が満足できる品種3割・試作(研究開発)1割」で意見の集約をお願いした。自分が満足できる品種とは、新種・早生系の登場で芽が出ない、草丈が伸びずに開花する、、、など高冷地・夏出荷の生産者は、大きなストレスを抱えている。そのため自分が生育・管理でモチベーションが維持できる品種(それには栽培管理に慣れた雪ん子系が含まれる)でもよいこととした。ただし社会からの発注は無い、ということを理解していただいた。

  →→→ 本名敬(ホンナタカシ)の集荷所ブログ

■「ゴー・フォレスト・プロジェクト」(森の木の葉プロジェクト)は「フロム・フォレスト」と呼べるような栽培上の取り組みをするので、この秋から集落・圃場の周囲四里四方の範囲のブナやナラの落葉(木の葉)を集めて、来年以降のポット用土に使うことを、巡回先の小集会で提案し、決めた。地域の森林の土地の微生物(土着菌)と有機物をかすみ草苗の育苗に活用し、それを畑におろす。栽培そのものを「フォレスト化(森系の一部化)」していく。

■今日、山梨県の八ヶ岳からミヨシの谷さん、本川さんが来村。午前中は東京の新日本流通の井尻さんがレンタルバケットの納品で来村。昨日は大阪本社から住化(すみか)農業資材の永島さんが渡欧・渡イスラエルの前打ち合わせで来村、『会津学5号』(2009年8月刊)にイスラエル訪問記を書いたので、それとともに、ダンジガー社長へのメッセージを託した。

■福岡花市場の小川さんから16時に電話があった。100箱要請されていたのだが出荷数が少ないため半数しか今日発送できなかった。インターネットで300円で上場してすでに完売の様相だという内容だった。月曜日(21日)の増量を依頼された。

 午前11時、大田花きの松永剛志さんから電話があり、出荷量の増量依頼だ。大量の受注に対応出来ない。

 昨日は姫路生花の田寺常務から出荷数増量要請、沖縄県花卉の前田さんからも最低50箱の要請(20箱しか送れない)、広島市の花満の杉本さんからも出荷量増量の要請、、、、、、対応できない。仙花の上原部長からも、同じ内容。

 開成生花の林社長と電話で彼岸染め納品についてお話した。欠品と増えて染める分の調整を依頼。10月2日には最終フェア納品がはじまるので、彼岸あけに色別発注数を確定することになる。フェア(いわき・白河)終了後、10月6日頃にあさかのフレッシュの五十嵐部長らが来村される。

■今日の昼前、馬場村長が来家された。母上が75歳になり敬老の記念品の授与であった。9月10日の県農業賞授与等についてご鞭撻に御礼を申し上げた。

   →→→ 昭和村

■10月10日に首都東京の六本木ヒルズにて全国の花の仲卸協会の会合が開催され、参加要請があり、参加する。詳細は後日。

2009年9月16日 (水)

18日(金曜)600箱と少ない

■2009年9月16日(水曜日)晴れ

 18日(金曜日)の販売数はかすみ草600箱、草花類30箱。

 定期予約相対には納品。この数日の注文には1割程度の対応しかできない。

 雪ん子系200箱、21世紀系100箱、その他。

 今日は晴天ですので、来週月曜日分は少し増加すると思われます。これまで雨・低温で開花遅延状態が続いています。

■明日、17日(木曜日)朝、目揃え会。

 午前5時30分 小野川

 5時50分 大岐

 6時45分 中向(雪室)

 8時30分 三島町川井

■東京から、昭和村に新規就農するKさん(30歳台)が夫婦で、あいさつに来岐された。6月のかすみ草栽培体験キャンプに来られ、その後離職され、昭和村役場に申込み、審査があり受理され今日に引っ越された。役場産業課の星君、上杉さんが案内し、18日から菅家清さん宅で一緒に農作業を手伝いながら仕事を覚えていく。住まいは大芦地区の一軒家。

■大岐で春から続いていた道路工事が、18日に全面通行止めとして舗装を行いほぼ終了する。そのため18日は自宅前も道路は通行できなくなる。

20090918hako

2009年9月15日 (火)

花から見える景気(日経)

■ マツヤマさんに教えていただいた記事 →→→ 9月1日 日経ネット

■今日は朝から携帯電話を置き忘れてしまいました。不便ですが、無くとも大丈夫(自分は、、、、)。夜に家に戻ってから着信履歴を見るのが、、、、、、

20090915dsc00438

20090915dsc00437

動かない生き方

■ ~ 動くことにエネルギーを使わず、太陽のエネルギーを変換して最小限のエネルギーを有効利用しながら、地球上で何億年もの時を生き抜き繁栄してきた、ヒトの大先輩である「植物の知恵」に、ヒトが学ぶことはないのでしょうか~

 「植物の軸と情報」特定領域研究班編『植物の生存戦略』(朝日新聞社、2007年刊)のはじめにに、福田教授は書いている。

樹木と草、木の実と山菜。

■共有地、私有地にプラスティック製のテープがえんえんと貼られ、立ち入り禁止の表示が増え始めた。天然キノコの発生で、所有地立ち入り禁止を明記、明示して盗難から守っている。

 二百十日を過ぎると、木の実も熟す。

20090911dsc00155

マリモではなく、緑のガーベラ グリーンスパイクでもなく、緑色のスプレーマムのヨーコオノでもなく、「栗(くり)」

20090911dsc00152

あと1ヶ月で天から雪が降ってくる

■2009年9月15日(火曜日)雨。

 寒い雨の日が続いている。1ヶ月で雪に変わる。

 9月15日~10月16日くらいが、当地域の最終出荷時期になる。その後は週2回ほどの少量出荷で11月上旬で終了する。一部卸市場は9月末で今期出荷は終了。10月は西南暖地からかすみ草の出荷がはじまる。

 9月18日(金)まで、たくさんの受注があり、うまく納品できるかどうか?という段階で緊張した毎日をすごしています。9月21日(月)から30日(水)と過ぎると、10月3日(土)、4日(日)が最後のかすみ草フェアが白河市・いわき市の量販店店頭で行われます。

 福岡花市場には全国から花が出荷され、また九州は生産地でもあるので、高冷地や暖地の各産地の状況を聞き、あと1ヶ月出荷方針を考えた。

■農協経営の福岡花市場。日本で唯一、荷さばき場所を含め全館空調(冷房)。オランダでは通常常識的な空調施設が、日本ではここにしかない。オランダも花き生産者(農協)経営の市場。日本では中国・四国・九州に農協経営の花市場は多い。沖縄2社も花の生産農協が設置している。

 →→→ 棚町バラ園 福岡

 →→→ 宮崎花ブログ

 →→→ エフエフシー

 →→→ お花とはなそう

■天候不順 

  →→→魚沼 すずきの百合

  →→→魚沼 ひからび

  →→→水稲のワラ

■GAPの問題→→→MPSj

 →→→9月9日京王プラザ・前野氏3周年

■ →→→ 坂下の菅君

  →→→ 大芦の孝雄君

  →→→ 山都早稲沢

  →→→ 宮下・いまここネット

  →→→ 森林里山

20090914dsc00296

20090914dsc00228

荷札を持って出張に行き、タクシーの運転手氏にこれを見せる。

20090914dsc00297

20090914dsc00326

2色のライティング

20090914dsc00322

オランダのデリフロール社の日本法人が浜松市に。

20090914dsc00392

20090914dsc00350

20090914dsc00349

20090914dsc00366

20090914dsc00382

20090914dsc00373

2009年9月14日 (月)

低温、開花せず

■低温、雨。

 かすみ草は光草。咲かない。

 →→→高尾嶺農園(にいつる)

 →→→会津っ子 立川さん(本郷・昭和)

 →→→たくみ君(矢ノ原突風)

 →→→本名敬ブログ(下中津川)風被害

■2009年9月15日時点での前年比は、9月前半は前年比67%しか出荷できていません(箱数、本数とも)。

20090915taihi

草が支えた社会

■2009年9月14日(月曜日)晴れ。

 朝、福岡空港始発便で羽田空港、新幹線を乗り継ぎ、昭和村大岐に午後1時30分に到着し、分荷をしました。528箱(うち注文40%)。少ないです。

20090916hako

■昨年、ヒロロ(ミヤマカンスゲ 深山寒菅)のことを会津学4号に書き、なおその号に月田農園について茂さんの記録ノートを読み込んでみて、草(ススキ・かや)の果たす地域社会への役割、それを生産した「野(の)」の役割を強く意識してきた。

 ひらがな地名表記、平成の大合併で「ひらがな市町村」が増える。しかし、「野」という文字だけは「漢字で表記」するところが多い。今日、郡山市内走行でも「安積野」→「あさか野」となって、「野」は野のまま。

 野にこだわる感性がまだ日本人に残っている。

 野の持つ意味、郷愁、共通の記憶がある。

 いろいろと考えて機内でノートを作ってみた。

20090914dsc00407  

20090914dsc00199

20090914dsc00200

20090914dsc00157

20090914dsc00168

20090914dsc00210

20090914dsc00360

20090914dsc00361

20090914dsc00362

20090914dsc00368

20090914dsc00217

井草展示

早朝、福岡花市場の荷物を確認して、他産地の花も調査しました。担当者の小川さんと情報交換。仲卸の青木さんにも挨拶、10月10日の会合への参加について聞かれました。船越さんに空港まで送っていただきました。

福岡空港0710発ANAで羽田空港着。0901モノレールで浜松町乗り換え、東京駅出発東北新幹線で郡山。

福岡空港の手荷物検査を出たら畳の井草の展示があり、素晴らしかった。

福岡花市場に北海道産地のカボチャ展示キットを見ました。これも商品になっていました。

20090914dsc00341

20090914dsc00331

20090914dsc00255

20090914dsc00260

20090914dsc00286

20090914dsc00270

20090914dsc00385

20090914dsc00397

2009年9月13日 (日)

福岡花市場訪問

■2009年9月13日(日曜日)小雨、強風。

 出荷終了後、午前11時に福島県奥会津の昭和村大俣(昔はこうした表記)から磐越道経由、JR郡山駅13時1分発の東北新幹線に乗車。東京駅から京浜東北線で浜松町、モノレールで羽田空港第2ターミナル駅下車。15時20分、チェックイン。手荷物検査を受け搭乗待合室へ。40分搭乗開始。

 羽田空港16時発のANA機は福岡空港に17時50分頃到着。空港近くの福岡花市場を訪問。昭和花き研究会の主要取引先で打ち合わせ。

■機内で読んだ日本経済新聞には、

 3万年前 最古級の糸 狩猟採集生活解明の糸口 グルジア

 とあり、昭和村大芦(当時は大芦村)から明治時代にグルジアに青苧栽培に2カ年滞在した五十嵐善作がいたが、そのグルジアの洞穴から亜麻糸の断片が発見された。糸は染色もされており、黒、灰、青緑、赤、黄、緑色に。

 その新聞の3面には、けいざい解説として

 「農の安全」数字より中身

 GAPへの対応を義務化するとした民主党の政策集と、農水省のGAPの現況が書かれている。農業生産工程管理GAP。

■明日は早朝に花市場に行き、着荷状況、入荷量調査をしてから福岡空港から始発便で帰り、昭和村に戻り分荷を13時に行う。

1282288216_161

20090914dsc00183

20090914dsc00189

機内誌・翼の王国9月号 リスボンのかすみ草。

20090914dsc00195

20090914dsc00192

20090914dsc00383

20090914dsc00208

20090914dsc00233

20090914dsc00230

20090914dsc00232

2009年9月12日 (土)

雨で気温低下12度

■今日9月12日は雨。10月並の気温で寒い日。

 14日(月曜日)の出荷数量が確定し、紙上分荷し輸送手配しました。明日朝集荷、各社に配送されます。彼岸の受注が大量にあります。受注のすべてに対応できませんでした(70cm@150~180円)。

 →→→ 782箱(11日・金曜日より1割減)

■9月10日(木曜日)、昭和村役場の自動車に乗せてもらって福島市内の県庁に。運転は産業建設課の佐々木和義さん。昭和花き研究会の本名敬副会長と同乗した。

 車中で、ハクビシンの話になった。外来種で本来、会津地方には生息していなかった。この20年くらいの間に生息し、畑作物を食べる被害が出ている。特に「実がいった」(熟したという意味)トウモロコシを食べる。奥会津昭和村ではトウモロコシのことは「とうみぎ」という。

 敬君は「明日、畑のトウミギが実が入ったから採って来て煮て食べる」と語ると床下か天井裏でハクビシンは聴いたその言葉を理解し、その日の夜のうちに畑に行き、実が入ったトウミギを食べてしまう」と言う。

 和義さんは「そうだ、そうだ」と納得する。

 和義さんは「おらいの家の裏にはずっと猿がいる」という。

 ニホンザルはあまり見かけないのだが、松山集落には最近ずっと棲んでいるのだという。

■大岐集落の我が家では、この盆前に、家の床下にホンドタヌキが巣くっていたのがわかった。タヌキは「むじな」と呼ぶ。タヌキに似た小さなアナグマも一帯には昔から棲んでいてこれは「まみ」と呼ぶ。

 さてムジナは、だいたいが冬の間、家のすぐ裏手の山の斜面で越冬していて、そのムジナ一家に我が家の父上と母上は餌付けをしていたのだった。残飯を雪の上に置いて食べに出てくるのを日中、家のなかから窓越しに見ていた。

 家の裏手は10mほどで山の斜面になっていて、水路が1本切ってある。しかしこれは今は水が流れていない。ここには雪融けとともにツキノワグマ(熊)が来て「ベエコノダンベ」(牛の舌)と呼ぶ水芭蕉に似た植物の葉を食べに出てくる。

 いまから800年前に、大岐に家が一軒建てられ、先祖が暮らし始めた。一軒の時代が長く続き、すこしずつ分家を出して400年前に七軒になり、明治時代に八軒になった。戦後十五軒と増え、現在は九軒。

 その大岐の一軒家のながい時代には、ムジナが家のなかに入り込んでイロリ(囲炉裏)にあたっていた、という伝承がある。

 七軒の時代には火車猫(かしゃねこ)の伝承がある。猫を箱に入れて現在集落の前を流れている滝谷川に流したところ、下流に流れずに、上流に流れていった、という伝承である。

 ムジナが家に来る、クマが出る、、、、そうした話は父母によれば「昔話での出来事であって、現実のものではない」と思ってここで七十余年暮らしてきた、という。しかし、いま人が減り、村の周囲の野が無くなり、結界もあいまいになり、森が集落を侵略しようとしている時代になっている。

 「いま、村は、昔語りの時代になった」とつぶやく。

 八百年間の歴史の、最初の一軒であった時代の、その家は昭和花き研究会の生産者の菅家愛子さんの家で、大岐集落の総本家である。稲ワラで編んだカマス(袋)に入れられた祖先のすすけた木製の位牌がたくさんあった、という。

 奥会津で庶民の墓石が建てられるのは江戸時代になってから、である。戦国時代から江戸時代のはじめに各地の城を築いた石工が、藩営の仕事が無くなってから民生需要を求め、各農村に渡り石工として逗留し、冬に切り出した地域の石材を刻んだ。時に神社の石鳥居は、時の藩主の故郷である信州高遠藩から石工が来て造営したことが脚部に刻んであるものが昭和村にも数基ある。 

20090911img_2867

 

kaya-kari:kaya-bocci

■2009年9月12日(土曜日)雨。

 奥会津・柳津町西山地区(冑中)。二百十日を過ぎるとススキ(かや)を刈り、立て乾燥する。カヤカリ、円錐形のカヤボッチ。

 冑中地区は、田形に生やしたススキを、毎年、ていねいに刈っている。個人により束ね方、立て方の技法が少し異なる。

   早朝、雨であったが七カ所を撮影。

  ワラなどを使わずに、カヤだけで結わえて作られ、穂を折り込んだ立て方のものは、とても美しい姿であった。現在も続く、こうした野の仕事の有り様は、私たちにどのような意味を持っているであろうか?耕耘機も大切に使い続けている集落である。

20090911img_2741

20090911img_2757

20090911img_2814

20090911img_2856

20090911img_2875

20090911img_2926

20090911img_2934

20090911img_2873

2009年9月11日 (金)

商品の価値

■2009年9月11日(金曜日)晴れ

 集落を包囲する野(の・カヤバ)や広義の里山(二次林)、水路・水田は集落を森の攻撃から護る緩衝地帯として存在しているのではないか?と最近考えている。攻撃手はネズミや小動物、熊などである。

 出版社白日社を創業した志村俊司さんによる福島県会津の檜枝岐村の古老3名の聞き書き『山人の賦 1~3』(やもうどのうた、1984年、85年、88年)を読むと、1983年12月から5年間に20回ほど東京から檜枝岐村に通い、150日ほどの取材をして3部作としてまとめている。

 いずれブナ年と呼ばれるブナの実の豊作の翌年は野ネズミが大発生して、ブナ林の山中に拓いた出作り小屋やその圃場が壊滅する「ねずみ年」という記憶が語られている。3~5年毎に山中の畑ではそれがおしよせてきて「餓死年(がしどし)」になる、という。

■商品の価値 →→→ 小川先生

 →→→ オランダの最後の共時展示会

  →→→ 二本松市武藤さん

 →→→ Mac de 農業

 →→→ 井野農園

20090911img_3018

20090911img_3026

20090911img_3022

20090911img_2688

2009年9月10日 (木)

立ち寄り率をあげる道具

■2009年9月10日(木曜日)雨

 今日は福島市(杉妻会館)。

■9月9日、午後に首都東京・麹町のJFMA、MPSjを訪ねた。その後、新宿の京王プラザホテルで開催された「花匠前野3周年」。中央花卉の斧田社長、中谷さん、茨城の枝物生産職人柴田さん、兼島さんと参加した。

 言葉を人の心に生ける、という挨拶があった。

20090909dsc00116

20090909dsc00122

20090909dsc00126

20090909dsc00106

20090909dsc00107

20090909dsc00112

20090909dsc00113

20090909dsc00098

20090909dsc00101

2009年9月 9日 (水)

キャビテーション

■2009年9月9日(水曜日)

 上京。首都東京の新宿の京王プラザホテル地階で開催される花匠前野3周年に中央花きの中谷さんらと出席。前野さんには、昭和花き研究会の染め色かすみ草を使用いただいている。

■9月7日(月曜日)の茨城県つくば市の花き研究所の花の普及員(各都道府県)の研修会、夜の懇親会が終わり、20時前に会場を出て、途中仮眠をして8日の未明・午前2時に常磐道から磐越道を経由して昭和村に5時30分に帰宅。常磐道は貨物トラックのみ走行し一般乗用車は郡山JCから見られた。

 7日は、市村一雄先生、湯本弘子さん、宍戸純さん、私が各1時間お話をした。8日は中山真義さん。宍戸さんと私が外部講師で、あとは花き研究所員。一昨年もこの研修会でお話をしたが、そのときの植物の導管への空気侵入について市村先生は取り上げており、今回もそれを「キャビテーション」として取り上げた。

 湯本さんは、北海道から輸送された段ボール横箱と水入り容器の航空機・トラック便の温度調査等について述べられた。発表された試験データを見ると、段ボール室内はトラック庫内温度より五度高いことがグラフから読み取れた。これは段ボールに孔をあけ差圧通風予冷をしないと段ボール内が思った温度に調節できないことを示唆していた。切り花の品質保持剤についても使用段階と使用目的により分類してフラワーフード(消費者用品質保持剤)にも言及された。

 中山さんの講義は聴けなかったので、配布された資料を読んで、懇親会でお話を聴いた。色素(臭素)の出現について品質研究をしている。熊本県菊地から来られた渡邊普及員がかすみ草の臭いについて対話していたので、横から入って、その話を市村先生とともに聞いた。新しい脱臭方法を中山さんは研究されたようでそれを試験することとなった。

 マックノートを持参してプロジェクタ接続して講演した宍戸さんは、独自のトレンド展開と現状の課題を明確に話された。マックをつなぐ人はほとんどいない、と事務局にいわれつつ、「動画処理は便利ですから」と。七月一日に発刊された『フラワーインテリアのアイディア』(世界文化社)の花の本の監修をされたようで、そこにトレンド分析をしている。

 私は朝にさらに六〇枚までスライドを減らして、生産地の現状を報告した。

 岩手県、大分県、長崎県から参加された花の普及員はこれまでその県を訪問した際にお世話になった方々であり、再会しました。各地域での取り組みについていろいろと教えていただきました。

■市村先生は11月の第6回 IFEXで講演されます(11月11日 F2)。いまチラシが配送されています。また筑波書房から刊行されている花の品質保持についての旧著の改訂版を出すそうで、その書き換え作業をされているようでした。→→→専門セミナー

 11月13日のIFEX専門セミナーは北海道の薄木さん(F7)、私も講演をする(F8)ことになっています。

■取引先卸市場各社にファクス版産地情報を配信しました。

20090907dsc09970

20090907dsc09971

20090907dsc09972

20090907dsc09973

20090907dsc09975

20090907dsc09981

20090907dsc09969

20090907dsc09960

2009年9月 7日 (月)

つくば市 花き研究所

■2009年9月7日(月曜日)

 今日は終日、茨城県つくば市にある 花き研究所。出荷関係は昭和花き事務所、本名副会長が対応いたします。

 2日間の農政課題研修に全国の花の普及員諸氏が集まる。今日は市村一雄先生、大田花きの宍戸純さん、昭和花き研究会の菅家博昭(私)が事例報告する。

 今朝2時から5時まで150枚のスライドを準備しました(パワーポイント)。テキスト原稿は8月11日に10ページ分送っているので、それを補佐する写真です。産地における花の品質管理事例を報告することになっており、自産地の取り組みを紹介するほか、私が行ったこの10年間の10数回の諸外国の産地調査事例も紹介します。

 品質を支えるモチベーションと科学性。花持ち試験と店頭でのプロモーション、フラワーフード(品質保持剤)の主体的利用による消費者の覚醒。店頭フェアでの物語の聞き書きの仕方。時代の要請にあった「組織としての取り組み」も「産地品質」として重要になっています。それがエコファーマーや、環境負荷低減プログラム(MPS)などの生産者の取り組みになります。そこからあたらしい商品開発が可能になります(マーケティング)。そのためのパブリシティのあり方や、印刷物・店頭ポスター・ウェブサイトなども「産地の品質」になっています。

20080924e35dsc09147

20090829dsc09729

2009年9月 6日 (日)

go forest

■2009年9月6日(日曜日)午後、博士峠(昭和村小野川側)で撮影。ポット苗が開花したかすみ草新種・フォレスト。

20090906img_2432

20090906img_2460

20090906img_2489

20090626bg

2009年9月 5日 (土)

9月2日の記事

■日経本紙9月2日の記事。企業総合面(福島県内だと11面)。

 「ジョイフル本田」に出資、ホームセンター、三菱系ファンド、200億円

20090902dsc09937

20090902dsc09894

20090902dsc09890

20090905dsc09933

9月7日(月曜日)672箱

■2009年9月5日(土曜日)雨のち晴れ。

 9月2日(水曜日)444箱

 4日(金曜日)611箱

 7日(月曜日)672箱 微増

■ 9月7日(月曜日)仙花151箱、福島7、大田153,板橋75,世田谷36,宇都宮33,群馬20,埼玉28,柏6,福岡73,北九州18,沖縄11,姫路48,広島26,中越2720090907hako

花の奥に何を見ているのか?

■2009年9月5日(土曜日)

  今日は午前9時に宮城県仙台市の卸・仙花より3名来村し9月10月期の取引協議を圃場巡回しながら行う。

 9月7日午後は茨城県つくば市の花き研究所へ。生産者の品質保持の現況を1時間講演することになっている。

 9月9日午後、都内の三菱総研で農水省のカーボンフットプリントの会合が予定されている。MPSの宮原さんと出席する予定。

 9月10日は福島県福島市。本名敬副会長と県農業賞表彰式。

 →→→ 8月18日のオランダ国内のブルーメンクラント7月28日号の記事

 →→→ オランダ国のオーガニックフラワーとMPS 花束構成比率のタグ化

 →→→ 大量生産のいくつくところ(コモデティ化しないために)

 →→→ 取り組みの活動の継続がウェブサイトを作る

 →→→ カボチャを売るのではなく、ハロウィンを売る容器

 →→→ 7月27日の記事 品質を再考する、輸送を見直す

首都圏の花屋さんたちが7月に開催した昭和花き研究会のかすみ草フェアの御礼の手紙が届きました。ありがとうございました。

■地球上の大地を耕して、お花を作る人々が、どのようにそのいとなみを伝えるのか?あるいは伝えなければならないことは何か?ということを考えることがいちばん必要な時期になっている。

 資源は有限である、という前提をまず認め、そのことに思いすることをサスティナブル、サスティナビリティ、、、、持続性という。それを認めたうえで、どのような農業をいとなむか?

 そうしたことを、日々の作業からウェブログ(ブログ)で伝えることになる。つまり経営者としての哲学が問われている、ということである。

 環境負荷低減プログラム(MPS)は、記帳を行い、それを同業他者・同品目と比較し、前年・次年のあり方を変更することに価値がある。つまり、変化(投入化学物質の低減)することを前提として記帳をしているので、考えるために記帳している。何を実現したいのか?が問われている。

 カーボンフットプリントも、生産物の大陸間輸送を問うのではなく、生産資材の地域内確保・流通に視点があり、土産土法(どさんどほう)的ないとなみの復活がある。地域にある有機質資材を環境負荷を与えずに利用するようなことであり、海外の格安なピートモスを利用することではない。また遊休農地が増えるということは、それだけ土を休ませ、地域内で移動しながら農業を行うことで土壌消毒等の回避を可能とする。これを巨視的に見直すと、「日本の伝統的な焼畑農法」の土地利用に似てくる。そうしたちいさな取り組みを1畝(1アール)くらいで実験しながら、つかんだ技術の創育にたよりながら経営規模の3割くらいまでをそうした農法で行えばよい。そのことを通して、かつて地域社会が産み出し育て継承してきた「伝統農法の記憶の復活」があり、それの持つ意味を考えることで地域の新しい農法が確立していく。そうすると単作では成り立たず、生業複合、あるいはコメと花、山菜と花、広葉樹保全活動と花、、、と連関することが多くなる。その連関する「手」が多いほど、農業経営と、作られる作物の品質は安定する。作物の品質だけにとらわれると、作物を産み出す仕組みは破綻する。作物を育てる仕組みを取り囲む地域の伝統技法に学んだ新しい手法を考え、社会から求められる品質の7割の品質を50年間継続できるような経営体を目指すべきだ。

 社会から求められる品質のひとつが「環境負荷低減プログラム」であり、県知事が認証しているエコファーマーである。エコファーマーの取得もできないような農業経営には永続性がまず無いと行ってよい。

■課題は、生産技法や販売技法にあるのではなく、大きく変化する気象や経済環境に耐えてきた伝統農法のもつ社会的な意味を自ら発掘しながら、考え続けることにある。たとえば江戸時代に多くかかれた農書、、、、会津農書の勉強会が会津若松市内の福島県立博物館で館主催で3年前から毎月1回開催され、公開されている。しかしそれに参加している農業者は無い。民俗学に興味を持つ人々だけが集まっている。民俗学徒が学ぶべき内容ではなく、未来の農業者こそ学ぶ内容になっている。

 稲わらや、カヤ(すすき)、落ち葉をどのように使うのか?

 土の保全はどのようにするのか?

 20090905blog1

2009年9月 4日 (金)

拡大するナラ枯れ

■広葉樹が枯れていく。楢の木。コナラ、ミズナラ。阿賀野川下流から只見川、滝谷川と遡上してきている。下流から上流側の山塊のナラが枯れていく。→→→楢かれ

 柳津町西山地区、西山温泉の北西の湯之岳南麓(砂子原火山北側火口壁)。

20090903img_1966

20090903img_1961

20090903img_1971

20090903img_1975

20090903img_1982

20090903img_1988

20090903img_1956

柳津中心街から南方に見える白煙は西山地熱発電所の排気。

20090903img_1953

20090903img_2032

石取山南東麓↑琵琶首の獅子落トンネル付近から

20090903img_1994

産地情報 9月7日(月)~

■2009年9月4日(金曜日)雨のち曇り。気温15度。

 午前10時より矢ノ原高原にて、昭和村花き振興協議会主催の第2回目のあぜ道講習会が開催され金山普及所の佐藤充技師が担当された。昭和村の隣、金山町の測候所での7月から9月1日までの60余日間気温、日照は相当少なく、かすみ草の生育に影響している(長雨も)。

 平年値 日照246時間→今年207時間

 平年値 積算気温1422度C→今年1384度C。

■9月7日(月曜)からの出荷数は今週並の日量400~500箱程度で、受注の半分にも答えられない量になる。

 低温から一転、盆明けの日照りの影響で短茎開花し、80cmになるものが、70cm、60cmM(元切り)となっており、地際部から切っており、そのため60cm(枝S)の出荷は無い。今後、定期60cmについても欠品が予測される。

20090904img_2370

20090904img_2355

20090904img_2364

20090904img_2361

20090904img_2354

20090904img_2380

20090904img_2392

20090904img_2358

2009年9月 3日 (木)

花持ち試験

■2009年9月3日(木曜日)晴れ曇り。15度。

 採花。

 8月15日朝に採花し、16日に常温の宅配便でバケツ輸送。8月17日に到着。9月3日まで調査した。依頼したかすみ草5種の花持ち試験結果がクリザール・ジャパン社から届いた。供試した品種と家庭での日持ち結果は、

 ジョニー 10.8日間

 アルタイル 11.2日間

 ダブルタイム 11.4日間

 フォレスト 14.0日間

 オーバータイム 16.2日間

 ニューホープ 16.2日間

 25度C、湿度60%、1000ルクス12時間日長。フラワーフード液で鑑賞評価。30%以上の花が萎縮した時点を寿命とし、それまでの鑑賞日数を日持ち日数としている。

 今年は6月~7月に2回の各品種を花持ち試験、今回は3回目。

 ニューホープは1999年の発売開始依頼、栽培し、毎年試験しているが、いつも長期間の花持ち結果となっている。

------

20090903img_2215

20090903img_2205

↓われもこう(吾亦紅)

20090903img_2259

20090903img_2183

20090903img_2107

20090903img_2304

2009年9月 2日 (水)

持続することが農業の本質

■2009年9月2日(水曜日)晴れ。

 午後6時30分から2時間、福島県南会津町(旧・伊南村)の青柳集落の生活改善センター2階で、哲学者の内山節(うちやま・たかし、59歳)の講演会が開催された。この地域の方々による主催で、地域の皆さんが30名ほど集まった。

 伊南川の左岸にある青柳集落の南方には隣接して河原田氏の中世の山城である久川城趾があった。

 群馬県上野村と東京を行き来しているなかで、上野村の暮らしについて語りがはじまり、世界の金融危機の本質、フランスの農業政策、日本のこれからのあり方についてと話題は移っていった。これからほんとうの危機がやってくる、という認識を語っている。

 企業の農業参入について、参入してもよいから50年、100年とその農業を継続できなければ参入してはいけない、と主張されている。親会社が厳しい経営になったから農業経営から撤退する、というような理由は通らない。そして地域を成立させるための取り組みにも参加することが求められる。そうしていけば、儲からない農業は、小規模な家族経営でしか100年単位の持続は難しい。農業の第一目的は継続して50年、100年といとなむこと、そのためには小規模であるべき、家族経営でしか成り立たない、という。

  作る作物を変えたり、作り方を変えたり、時代にあうようにしてやりくりしていく。そういう意味では兼業農家というのは新しい農の実験を行いながら時代に適応する持続性を持つことができる。

■佐藤孝雄君が参加申込みをしてくれて、野尻の弥吉さんらと一緒に聴講した。弥吉さんはかつて内山さんを昭和村に招聘されたことがある。40戸ほどだという青柳集落の区長さんが会場の受付で「会津学を読んでいます」と話してくれたのがとてもうれしかった。集落の人たちむけの講演会なので、集落外の人たちは会場の定員の関係から、事前予約が必要であった。

■9月2日、福島民友新聞文化欄に会津学5号発刊が紹介されました(3段記事、カラー写真)。

20090902img_1920

20090902img_1907

20090902img_1916

20090902img_1917

20090902img_1940

9月4日(金)591箱 少ない

■2009年9月2日(水曜日)晴れ、曇り、風有り。

 ※今日は午後6時30分より南会津町(伊南村)の古町対岸の青柳地区で、哲学者の内山節さんの講演会があります。青年農業者の皆さん、参加しましょう。どのように農山村で暮らしていけばよいのか?その自立した考え方をつかむことができます。夕方、佐藤孝雄君の自動車に乗せてもらって聴講に行きます。

9月4日(金曜日)の出荷数量はかすみ草591箱、草花類31箱。

 分荷終了。各社希望数の半数の納品数。

20090904hako

↓8月期の出荷箱数・出荷本数。6~8月末の合計出荷数。100万本出荷終了し、20万本少ない。販売額は前年同額。

20090831uri

2009年9月 1日 (火)

今日から9月

■2009年9月1日(火曜日)台風11号、北上中。雨。

 今日から9月。かすみ草は7月の低日照・長雨と、盆明けの高温が影響し、不安定な出荷、かつ数量は昨年の半減のままの推移しています。昨日(31日)の11月並の気温(低温)、台風雨から、増える見込みはありません。

 昨年の9月はじめは800箱、今年は400箱です。

20090902hako_2

■会津の各地の状況

 新鶴→→菊池さん

 昭和・本郷→立川さん

 昭和・下中津川→敬君

 昭和・大芦→孝雄君

■岩山(岩下山)は紅葉がはじまっている↓

20090831img_1858

20090831img_1859

■インターネットで販売する時代は、逆説的に言うと、「直接対面して販売する」ことの価値が高まる時代になっている、ということになる。その意味は、花の持つ意味により異なる。自分のための花か、家族のための花か、ギフトか、、、、特に自分のための花の場合(素材としての花)は、意味が異なってくる。

« 2009年8月 | トップページ | 2009年10月 »

June 2019
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            
フォト

KANKE/リンク

2006欧州視察

  • 20061101dsc00245
    2006年11月 JELFA欧州視察の個人写真記録。菅家博昭撮影。

2006年12月冬の沖縄

  • 20061203img_3812
    2006年12月の沖縄県内。花の生産地や街の様子。菅家博昭撮影。

2007年1月から

  • 20070401img_9892
    2007年1月から奥会津などの風景、菅家博昭撮影。

2007静岡カスミサミット東京

  • 20070201img_9619
    2007年2月1日に東京都内・大田市場で開催。

2007年4月から

  • 20070426img_5713
    2007年4月から、奥会津の風景、かすみ草生産作業風景など、菅家博昭撮影。

2007年5月の風景

  • 20070520img_0193
    2007年5月の奥会津の風景、かすみ草生産。菅家博昭撮影。

IFEX2007_TOKYO_01

  • 20071011ifexdsc02602
    144枚、菅家博昭撮影。幕張メッセ花の展示会。

2007年11月

  • 20071108dsc04006
    2007年10月オランダ、アムステルダムのホルティフェア、アールスメールマーケットでの印刷物資料

かすみ草写真集1

  • 20061010img_3904
    348枚。菅家博昭撮影。かすみ草生産地での撮影。

奥会津の風景01

  • 20060801img_4064
    387枚、菅家博昭撮影。おもに昭和村など。

2006北海道かすみ草サミット写真誌

  • 20060715img_0143
    2006年7月13日、14日。北海道夕張郡由仁町で開催された第4回全国カスミソウ北海道サミットinみなみそらち・ゆに

2006年夏の記憶

  • 20060913img_9418
    2006年の奥会津・昭和村、カスミソウ栽培の風景。菅家博昭撮影。

2006年秋の記憶

  • 20061114img_1169
    2006年秋の福島県奥会津の風景、カスミソウ栽培の様子など。菅家博昭撮影。
無料ブログはココログ