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2009年10月

2009年10月31日 (土)

不意の来客

■2009年10月31日(土)

 明日夕方より雪予報。

 →→→雪対策  →→→紅葉の変化

■17時30分、田島の湯田浩仁君から電話があり、千葉県から生産者氏が来るので、会津若松で会食しましょう、ということで、19時着で会津若松駅前に。22時まで、懇談した。とても学ぶことが多かった。薬品を使わない、環境に配慮した土作り、販売の工夫、交流する意味、など多岐にわたった。

 一度、数年前の9月に山形県酒田市でお会いしたことがある方で、詰めて話すのは今回がはじめてでした。たいへん重要な示唆を受けました。

  →→→花と緑の会

■JFIフェアはMPSを含めた、新しい時代に生産地が行わなければならない取り組みの進度を見ることができる場になっています。いくつかの参加者、あるいは訪問者の報告も読んでみて感じたことです。

 →→→ 長野県の鈴木さん

 →→→ 花職人Aizu

 →→→ 京橋花き

 →→→ 中央花き

 →→→ 報告

■ →→→ホルティフェア:オランダのエコフラワー

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花の道草会(山形県月山で)

■10月31日(土曜日)

 明日から日本海側平野部でも降雪の予報(3日まで)。

 昨日午後から夜は山形県の月山の麓での学習会に参加しました。34名の参加があった。寒河江市の生花店・花泉さんが主催者の一人。福島県郡山市のトルコギキョウ生産者2名も参加された。山形県内の若い生産者から産地を作り上げてきた生産者まで多彩な顔ぶれでした。

■今日までFAJで開催されているJFIフェア。唯一、生産者以外で出展している花の生産の認証、環境負荷低減プログラム:MPSの松島義幸さんと朝、電話で様子をうかがった。昨夜は230名の交流会であった、という。また昨日の会場内でのMPSのミニセミナーにも多数の人が聴講されたそうだ。

 先のMPS参加者ネットワーク協議会で、豊明花きの担当の方が、展示会でのMPS表示の明示を、という提言を受けて、今回JFIフェアでは、MPS生産者ですと、明示している出展者が多かった。

   →→→JFIフェアの様子   →→→

 社会変化が激しい時代は、「栽培技術中心主義」だけでの、施設整備は大きなリスクを負う。できるうるのは自らの仕事を見直すための「課題発見」のための、「施設整備以外の取り組み」だ。そのひとつとしてMPSはとても有効なツール(道具)であろう。なぜなら、社会との調和を取ろうとしたときに大切になるのは、「ソーシャル消費」が何を軸に今後動いていくのか?を考えることにあり、そうした取り組みを考えることにつながるからだ。そのために自ら行動をすべきは、リターナブル容器を使用して品質維持をはかったり、栽培方法を環境負荷低減方式に変更したり、顧客を誰として取り組みを進めるかの見直しであってcustomer satisfaction 、見直すべきことは、品目や規格ではない。その顧客には見えにくい取り組みを、見えるようにすることを考えることからはじめたい。採花日を表示したり、自らの商品の鑑賞期間を含めた「仕様書」の拡充と、栽培履歴から商品を作るための技法になる。

 11月11日~3日間、幕張メッセでのIFEXでは、私は小間番号10-02 JFMA・MPSブースにて、生産者来場者の皆さんの抱えている課題をうかがいます(13日の13時~1時間の講演時を除く)。お声掛け下さい。課題が明確な方は、その課題を克服するための取り組みが明確にできます。課題の掘り起こしが、栽培技術なのか、販売技術なのか、、、、販売技術なら環境負荷低減プログラム・MPSは有効で、栽培技術の見直しを可能にします。

■ →→→ オランダの動き(展示会)

■ 昨日より、東京都三鷹市のコテージガーデン(生花店)にて、会津の花フェアが開催されています。昭和花き研究会も依頼のあった、かすみ草を納品しています(フォレスト)。 

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東北・伝統の食用菊の季節。秋にキクの花をゆがき酢で食べる。

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2009年10月30日 (金)

レイン

昨日、有楽町の無印良品二階のミールムジで琉球紅茶を飲んだのですが、同店ではカエル印認証ラベルのレインフォレスト・アライアンス・フェアを開催してました。

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↑東京。

↓会津若松

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JFIフェアはじまる

今日朝6時から大田市場FAJにおいて、トレードフェアが開催されている。朝に視察しました。切り花58、鉢花など69、MPSジャパン。計128生産地が出展しています。
 オーガニックフラワーが2者、福島県切り花は花職人Aizu岩渕さんら会員、郡山農協。
 明日まで。新幹線より携帯電話から投稿

 →→→松島さん

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2009年10月29日 (木)

白い国

■東北電力広報に『白い国』というのがあり、607号(11月1日発行)は、漫画編集者加藤謙一の志を特集している(マツヤマさん、送ります)。マツダトシツグ(英語表記)が文を書いている。「昭和(時代)のこどもたちと東北」

 宮城県登米市の石ノ森章太郎ふるさと記念館が資料を提供している。

 漫画少年の編集者、加藤は青森県弘前市出身。『白い国』は東北を語る。

 10月24日から12月6日まで、文京ふるさと歴史館で、「実録漫画少年誌 昭和の名編集者・加藤謙一伝」が開催されている。11月7日には加藤謙一氏の息子氏が講演する。

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産地情報

■2009年10月29日(木曜)

 →→→産地情報

  地球上の花の生産・流通大国のオランダでは、来年から展示会が10月ホルティフェアと11月卸主催のトレードショーに、分裂開催となる。景気悪化にともなう卸の力が強まっており、また卸によるプロモーションもはじまりそうな気配のなか、B2BからB2Cで、欧州主要4か国でのプロモーションにフラワーカウンシルは転換するようだ。

 こうしたなか、10月23日に、来年11月にオランダでHPPが新しい花の展示会を開催する、と発表している。11月開催のトレードショーに新しい展示会が開催日時を合わせると、10月開催のホルティフェアの苦戦が予想される。→→→10月23日Nieuwe internationale tuinbouwbeurs

■今日から木の葉さらい(落ち葉集め)をはじめます。

■福島県白河市から西郷村、甲子トンネル近くの奥甲子温泉・大黒屋。→→→大黒屋

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死に急ぎの進化

■小川真『森とカビ・キノコ 樹木の枯死と土壌の変化』(築地書館、2009年)208ページ。

 植物を個体として見ると、総じて「死に急ぎの進化」をしているように思える。

 上に挙げたスギ、マツ、ナラやクリ、ウメやヤマザクラなどの寿命と生活の仕方を見ると、このことがよくわかる。

 起源の古いスギ科の植物は、カビと共生して樹形が大型化し、寿命が長く、根の再生能力が高く、散布する種子の量も多い。針葉樹の中でも比較的新しいマツ科樹木は、他種類のキノコと共生して大型化しているが、根が弱く、純林を作りやすく、個体としての寿命も短い。

 ナラやクリなどのブナ科植物もキノコと共生して大木になり、大きな種子を作り、病害虫に弱く、寿命も短い。より多くの花を咲かせて実をつけるバラ科のウメやヤマザクラは新しい植物群に属しており、昆虫の助けを借りて受粉して果実をならせ、ブナ科同様、病害虫に弱く短命である。ただし、これらの新しい植物群は、多くの繁殖手段を持っており、自然状態では種子だけでなく、萌芽やひこ生えなどで殖え、挿し木や取り木、接ぎ木など、どこを取っても容易に殖やすことができる。いわば、全身が万能細胞でできているのである。

 さらに、きれいな花を咲かせる顕花植物ほど短命になり、独立性が低くなって、他の生物に頼る率が高くなるように思える。草本植物になると、宿根性の多年草でも樹木に比べれば、総じて短命で、球根やランナー、塊茎や根茎などによって寿命を保っている。一年生や二年生草本類になると、さらに寿命が短く種子でしか繁殖できず、無数の種子を散布するようになっている。

 なかでも、新しい部類に属するラン科植物は、幼植物の間は共生する菌から栄養をもらって寄生状態で育ち、例外なく根の中に菌根菌を取り込んでいる。それぞれの種が特定の菌を必要とするので生息範囲が限られており、特殊な環境に限って繁殖するものが多い。

 

 (略)

 実は、動物のなかでも最も進化したと思われているヒト科ヒトも一個の生物として見ると、危なっかしい生き方をしている。ヒトは自分の食物を手に入れるために、ムギ、イネ、マメ、イモ、トウモロコシ、野菜や果樹などの作物を育て、ウシやウマ、ブタ、ニワトリ、ヒツジ、ヤギなどの動物を飼ってきた。今では魚介類やキノコ、海藻まで養殖したり、栽培したりするようになり、すっかり他の生物に頼り切って生活している。我々はこれを栽培と呼び、飼育と称しているが、考えてみれば、これらの生物に養われていることになる。(略)

 共生というのは、一見美しい関係に見えるが、かなり危険をはらんだ生き方で、共生即共倒れなのである。少なくとも、これまでの進化の過程を見ると、ある環境に適応して変異を繰り返し、高度な適応を示したものほど、絶滅しやすいといえるだろう。太古から現在まで生き残ってきた生物は、いずれも小型化して繁殖力が強く、環境の厳しい変化に耐えることができるものだった。

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↑ミズナラ(昭和村大岐)

↓ブナ(昭和村大岐)

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10月末~11月予定

■2009年10月29日(木)

 ※11月19日(木)19時、会津若松市内・会津MPS連絡会。ゲストは種苗会社ミヨシ本川氏・谷氏、住化永島氏ほか。場所交渉中。

 ※11月20日(金)午前9時30分、大岐センター・昭和花き研究会定例会。

■10月30日(金)午後3時~第11回花の道草会。30名。山形県西川町志津 月山の宿かしわや。寒河江市の花屋さん花泉の大泉高利さんからお誘いを受け参加します。昼に同店を訪問します。

■11月4日(水)午後、郡山市あさかのフレッシュ(五十嵐部長)にて今期のカスミソウ取り組みについての反省会(YB、開成生花等)。

■11月6日(金)午後3時、千葉市美浜区浜田1-1市町村職員中央研修所にて特別講演「世界に通じる環境商品~かすみ草の取り組み(環境負荷低減プログラムMPS)」菅家博昭。聴講者研修生300名。

■11月7日(土)午後4時より、山形県小国町岩井沢 おぐに開発センター集会室。柳沢悟君・茜さんの結婚を祝う会実行委員会。草刈広一さんの依頼で、佐藤孝雄氏と出演(なかよしバンド)。

■11月11日~13日、千葉市・幕張メッセにて国際フラワーエキスポIFEX会場滞在(10-02JFMAブース)、13日13時~F8生産者向けセミナー「生き残る産地として必要な取り組み ~花を育てる物語の伝え方から環境負荷低減プログラムMPS、産地フェアまで」菅家博昭

■11月17日(火)午後1時~5時、宮崎県宮崎市山崎町浜山 サンホテルフェニックス国際会議場。200人。みやざきの花グレードアップ研修会。13時30分より富山県のジャパンフラワーコーポレーション・はなまつの松村社長講演。15時より90分菅家講演。主催:みやざき花で彩る未来推進協議会(事務局:JA宮崎経済連マーケティング戦略課)。

■11月27日(金)MPSネットワーク協議会。都下浜松町貿易センタービル浜松館。10時。13時。 →→→MPSジャパン

11月2日、福島テレビ放映

■11月2日午前10時25分~55分、福島テレビ発見人間力で奥会津書房の遠藤由美子編集長が紹介されます。全国では10月31日より各局それぞれに放映されます。→→→明細   →→→民間放送教育協会

■11月7日 →→→講座 三島町を学ぶ いまここネット

疫学的調査

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■素因:病気にかかる体質を持つ植物→個体素因と種族素因

■主因:植物を侵すことができる病原

■誘因:病気の発生に必要な環境条件→気象条件(温度、湿度、光、風、雪)、土壌条件(種類、ph、肥料、土壌微生物)

■誘因が病害発生に最も影響を与える。

2009年10月28日 (水)

エコグリーン

■ →→→ 福井先生・松島さん

   →→→福井先生ウェブサイト(日本花き生産協会の危機)  →→重油価格の低落とエアコン

 →→→クロスオーバー

 →→→小川先生

 →→→資産は環境  →→→地下水サミット11月10日

 →→→風力発電を受け入れない

■ →→→エコグリーン

 →→→ 花材染色技術

 →→→ 出口戦略

■大田市場花き部 JFIフェア2009年10月30日・31日

 →→→ オーガニック 出展

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25

■ →→→カーネーションの25年連作 →→→萎縮叢生病

  →→→ トルコギキョウ赤色光  →→遠赤色光  →→受粉

 →→→ 施肥量と覆輪発現

 →→→ デルフィニウムの前処理適正濃度の必要性

 →→→ ユリの栽培温度

 →→→ 間伐材・木柱平張り

 →→→ 重油高騰へ  →→→屋根

 →→→ 5年

■組織のデザイン

 →→→ アンブレラ型組織  →→実例ひょうご →→実例流山市

■耕起法、輪作、土壌、前作

 →→→ イチゴ菌根菌  →→→アーバスキュラー菌根菌   →養分吸収機構

■→カーボンフットプリント

■→オランダ・デコラム(鉢物)

■11月7日、奥会津・三島町発掘 →→→いまここネット

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10月30日(金)販売分

■2009年10月30日(金)販売分、384箱

 ①198、②84、③69、④33

 沖縄県花卉・姫路生花・第一花き柏支社は今回が最終出荷となります。ありがとうございました。

■→→→ 土壌消毒論

■→→→ 昭和花き研究会総会

■値段を下げない →→→ JFMA小川先生

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羽田最終便

■2009年10月28日(水曜日)

 明日朝発送のかすみ草、羽田空港行きは最終となります。姫路生花、沖縄県花卉の2市場はこれで今季の出荷終了となります。よろしくお願いいたします。

 以後、月曜・金曜の週2回の販売は、東北(仙台・福島)、関東地方の保冷直送便となります。

■板橋カップ↓

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↑小学生の作品

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樹木の枯死と土壌の変化

■先日、首都・東京の書店で出会った本を読んでいる。JR郡山駅から自動車で会津に国会の鳩山演説をラジオで聞きながら帰ったが、以下の本は多くの示唆を与えている。

 小川真『森とカビ・キノコ』(築地書館、2009年8月10日発行、2400円)

 夏よりアーバスキュラー菌根(A菌根)など、森の土壌の菌類・微生物のはたしている機能・役割について一人独自に調べている。『エコソフィア』(昭和堂)の16号(2005年)に、千葉県中央博物館の吹春俊光さんが「菌類がはぐくむ森」で菌根菌を紹介している。おなじ本で、筑波大学大学院生命環境化学研究科の阿部純一ピーターさんが「生きた化石、アーバスキュラー菌根菌(VA菌根菌)」について解説している。

 私は、農研機構・花き研究所の研修会での事例報告と、農業者大学校での報告で、この秋に2度、茨城県つくば市を訪問している。その際、面識は無かったが、筑波大の阿部先生に連絡をして、会うこととしたが台風18号等が来て大学が閉校になったりした関係で、会えずに終わっている。しかし先生から電子メールで菌類に関する関連図書を紹介していただき、アマゾン・ドットコムから購入していくつかの本を読んだ。

 奥会津に侵入してきたナラ枯れについて、都内書店の林学・植物・昆虫などの書棚をずっと調べてみたなかに、本書があった。

 ユーラシア大陸から飛来する化学物質を含んだ水蒸気(雪)を受け止める日本海側の多雪地帯。地面のなかで、菌と根が共生している樹木が枯れていく。菌が化学物質により汚染され減少し、根が弱り、樹勢が衰え、そこに木喰い虫が侵入する。

 著者は林野庁の付属機関であった森林総合研究所(森林総研)の土壌微生物研究室長であった人。

■↓福島県柳津町西山温泉付近の岳の山のナラ枯れ。地熱発電所営業が原因の震度5弱(牧沢集落では墓石が倒れ、サッシ戸が割れ、冷蔵庫が倒れた)の地震が10月12日午後6時42分に発生したが、地熱発電所からの排煙・廃棄(異臭が伴う)による、発電所周囲の排煙降下物で、土壌悪化により樹木の根が弱まり、その結果、キクイムシの被害にあったと思われる。

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■世界中で拡大する森林の枯死に、土壌の菌類層が変化しているのではないか?というのが小川真さんの気づきであり、その調査をまとめたものが本書である。大気汚染、雪の汚染、多雪地帯で起きるナラ枯れ、、、と疫学的調査による分析には説得性がある。そのなかで、炭(カーボン)が果たす役割、、、など森の土壌(つまり落葉)と炭の組み合わせは、「ポット用土」そのものであることに読んでいて気づいた。またカヤ場の山焼きなどの意味、カラムシ焼きなどの意味も多くの着想を与えてくれる本であった。木本(草植物)と二次成長する樹木では簡単には援用ができないけれども、多くの示唆を受けた。

 →→→ 木炭で温暖化防止(日経)

 →→→ 10月17日、秋としては17年ぶりに黄砂が日本に飛来

 台風による農作物の塩害も今年は発生しており、大気循環、地球をかきまぜる台風や雪の「移動」が大地に蓄積しており、「地球は系、絆で結ばれている」ことがよくわかる。

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半年しか、もたない

■2009年10月1日に福島県南会津町の月田農園を訪問した。

 そのときに畑のなかで、立って聞いた話に、次のようなことがあった。

 「土壌消毒をしても、その効能は半年しか持たない。そんな短期利益のために化学薬品を大量に土に入れても、すぐ雑菌が入れば意味がないから、菌のバランスが取れるような畑を考えると、つまり、良い菌も悪い菌も一緒に住める土で育てる育て方を考えることが大切だ。連作しない、休む、輪作するとかハウスを建てないことで見えていることがたくさんある。施設(ビニルハウス)を建てると管理する効率は良いが、それは長期的な経営には向かない。カネ(銭・金)ばかりかかるようになる。どこか忘れたが若いときに見た本で川越藩の雑木林をまず作り、その落ち葉で作物を育てる江戸時代の農法のことが頭にずっとあったから、この農場では畑の周囲の雑木林(コナラ)の落ち葉を「敷藁(しきわら)」として通路に敷いている。森は自分で葉を時間をかけて腐らせるから、堆肥作りとか、落ち葉を使う場合には、性急さをもとめてはだめだ」

■奥会津では、落葉がはじまっている。コナラ類はブナより10日ほど遅く落ちる。今度、落ち葉を集める月田農園に行ってみよう。11月22日に会津若松市内の福島県立博物館で月田禮次郎さんは講演される(NPOはるなか主催)。

 月田農園の森のカラー↓(大田花きに出荷しています)

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さく(作)がちがう:saku

■2009年10月28日(水)

 10月27日、台風20号余波の大雨のなか、柳津町西山地区、乾燥したカヤ(すすき)を小さく切っておいた山の脇で、木枠などに堆肥に積む作業をしている人が、いずれも離れた2カ所で同時に見られた。いずれもリヤカーを付けた耕耘機でそこまで移動しており、かたわらにはその耕耘機(こううんき)があった。腐植をすすめるために水をかける手間がはぶけるから雨中に作業をしている、ことは自分が就農した30年前にも同じようにしてカヤやヨシを積んだ経験からすぐに理解できた。

 ガソリンエンジンも自分で分解掃除しながら、とても長い間、同じ耕耘機を大切に使用している農家(生活者)が、これまでと同じようにカヤを刈り、乾かし、堆肥にしている。軽トラックを購入して農業に使用するようになると市街地の郊外にあるホームセンターに出かけることから腐葉土・堆肥など製造生産由来が不明な地域からのとても安価な素材を畑(圃場)に投入するようになってしまう。そうした安易な移動手段を持っていない耕耘機派が、地域の伝統農法を守っている。

 できるだけ、その作業をしている現場で、その作業の持つ意味の話しを聞くようにしている(フィールドワーク、聞き取り調査)。

「おじさん、なんのために、カヤを刈って立てて干しているんですか?」

「昔は屋根とか、馬にやるためだったが、いまは堆肥にして畑に入れるためだ。なんでそんなこと聞く?」

「あ、いや、いつもこの道を通っていて、カヤが立っていて気になったものですから。堆肥にして畑の土を作って、その後で野菜とか作って、できた農産物は販売しているんですか?」

「売るための野菜なんか作っていない。自分や近所に分けたり、親族に送ったり、身内で喰う分だけの野菜作りに決まってっぺ」

「そんなに手間かけて土作って、作ったものは、売らないんですか?」

「ああ。あのな、キンピ(金肥、いわゆる化学肥料、お金で買うので金肥という)で野菜なんか育てたって、途中でこえぎれ(肥切れ)して秋になってからうまくなんねだぞ。キンピは2ヶ月くらいしかもたない。そのかわり、昔のようにカヤ刈って作った堆肥を畑に入れっと、いまの時期まで野菜は実をならせたり、長持ちする。さくがちがう(作が違う)」

「そんなにできる野菜の品質も、畑の肥持ちも違うんですか?」

「そうだ」

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定期総会終了

■2009年10月28日(水)

 昨夜(10月27日)、福島県奥会津・昭和村大岐センターにて第25回の昭和花き研究会・定期総会が終了した。原案通り承認された。留任となった現役員全員は新たに2カ年を担当する。昨年試作、今年営業試作と試験販売を行った昭和花き研究会創立25年記念・独自かすみ種のフォレストについて、この種苗の提供会社である住化農業資材の西川部長・永島氏に臨席いただき、来年度の販売戦略等について聞いていただいた。苗生産能力との調整をしていただき、来年度は導入苗数の25%がフォレストとなるため本年試験販売程度の数量しか納品できなかった取引先様には、量的な納品が可能になると思います。栽培上の季節的課題もあるため、11月20日午前10時~11時30分に、フォレスト学習会を大岐センターで開催することが決まりました。ポット用土の調整についても標準型を検討します。

 「森が育てたかすみ草」(From Forest)プロジェクトは、明日から、それぞれ会員農家のすむ集落・地域の周囲にあるブナやナラ類の落葉(きのは)を集めることからスタートすることで総会合意を得た。前年以前に集めた木の葉があれば良いが、来年以降のことを考え、この秋から「木の葉」を集める。

 新種フォレストかすみ草は、苗の育て方とそのポット用土(ゆりかご)を、そのかすみ草が育つ地域の周囲から、自ら集めて(購入することなく)調整することが第一の要点。落葉には、その地域の森の安定した微生物層由来の菌類が付着しており(土着微生物)、それを落ち葉を通じて苗の根とうまく出会うような仕組みを作る。おもに、気相改善と微生物(菌類)の住処となる炭、、、栽培イネのモミガラを焼いて作るモミガラクンタン、地域の無菌の心土の3種を調合したポット用土は、これまでも伝統的に葉たばこ栽培時から使用しているが、その持つ意味を明確にして用いることとした。

 海外の大地を掘り起こしたピートモス資材を使うことなく、ホームセンターで販売されている腐葉土も使わずに、東南アジアで調整されたモミガラクンタンも使用せずに、その地域で生まれた素材を自ら加工・調整して使用することで、「出を少なく」、地産地消の時代の生産手法(域内のものを使用して生産すること)を考えることに「取り組みの」意味がある。「出を少なく」とは、購入したもので生産しない、つまり生産資材は購入しないで節約する、ということだ。野山から集める、という作業がもたらす田舎立地の精神の確認作業にも役立つ。つまり「原点」はどこにあるかを反復しながら考えることができる。「お金をかぼう(お金をかばう、節約する、出費しない)」ことが経営である。

 会の創設より25年、四半世紀たったことで、原点に立ち返る意味がある。購買される消費者に直接、白いかすみ草フォレストを手渡しすることが来年の店頭プロモーションの中心課題となるので、生産地の取り組みが理解されやすいような物語性(口頭で伝えるための表現)が求められる。白いかすみ草はフラワーフード入りの花瓶水で鑑賞後に、乾燥花(ドライフラワー)として花と過ごした記憶を固定化する機能があるので、「ドライフラワーにすると白いかすみ草は、黄金色にうまれかわります」と伝える。

 畑(圃場)での生産でも同様な考え方で今後取り組んでいく(環境負荷低減プログラムMPS)。短期的利得を得ない伝統的栽培技法に学ぶ。有機質多投(地域で生まれたゴミをすべて土に入れるような)に陥らないようによく考える。

 品質管理は科学的に対応する。

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2009年10月27日 (火)

ススキとカリヤス

■会津地方でススキはカヤ、あるいはオオガヤ(大萱)とよぶが、滝谷川流域の冑中(柳津町西山)や大岐(昭和村)ではボウガヤ(棒萱)と呼ぶ。

 一方、コガヤ(小萱)も知られており、これは植物和名だとカリヤスに想定される。

 ススキには地域によりオギも知られている。

 このように、現在でも一般的に会津ではススキには2種類(あるいはオギを入れて3種類)あることが知られている。

 植物の民俗利用における、植物和名の植物分類による調査はほとんど行われていない。

■奥会津の昭和村のイネ科には、ヒメノガリヤス、オオヒゲナガカリヤスモドキ、キタササガヤ、ススキ、オギ、ヌマガヤ、ナガハグサ、クサヨシ、ヨシ、オオバザサ、オゼザサ、ミヤマアブラススキ、シバ、アカオモジグサ、ホガエリガヤ、メヒシバ、アキメヒシバ、イヌビエ、ケイヌビエ、カゼクサ、オオウシノケグサ、トボシガラ、オオトボシガラ、チゴザサ、アシボソなどがある(『図説昭和村の歴史』1973年)。

■会津北部の喜多方市山都町ではカヤを刈る場を「カヤノ」。

奥会津では「カヤバ」(茅場)とよび、動物用の乾燥植物は「カッポシ」(刈干)とよびその作業は「カッタテ」(刈立)と呼ぶ(大岐)。5把(わ、束)立である。

南会津では一般に「カヤカリバ」で、動物用には「ヒクサ(干草)」、「ヒクサカリ(干草刈り)」と呼ぶ(下郷・田島)。下郷では4把一段で立てる。

これらの地域の屋根材としてのカヤはすべてススキであり、オオガヤ(大萱)、ボウガヤ(棒萱)と呼び、いずれの地域も6把で立てる。3把を立て、3把を重ねる、という乾燥技法から来ていると思われた。

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カラムシ栽培用のコガヤ(小萱)。↑昭和村。

オオガヤ(大萱)↓舘岩

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↓柳津町西山・冑中のボウガヤ(棒萱)。現在は堆肥として使用。

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草が支える社会

■首都・東京の大型書店の書棚を数店まわり、現在の調査テーマについて関連する図書を書棚のゼネラルサーベイをして、いくつか購入してきて読んだ。

■山川出版社から2003年に日本史リブレットとしてブックレットの様式で出版された、京都府立大学教授の水本邦彦『草山の語る近世』(800円)は、近世、いわゆる江戸時代の日本各地の文献調査のなかで、牛馬の肥育のための餌としての草、水田や畑に施用するための堆肥としての草、家屋等の屋根材にするための草などを採取する草地が春先の山焼き(野火)で草山循環を強制維持し、それが広大に広がっていた、という内容のもの。これらに加え、柴、薪(たきぎ)などを採取する里山を含めた地域が共同利用する入会山(立会山)の利用について文書から復元している。

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カシオペア

■2009年10月27日(火)

 昨日は雨でした。

 都内も雨。

■10月26日(月)雨の朝、日本国の首都・東京都の花の中央卸売市場の入荷調査(フィールドワーク:定点調査)を荷受会社・仲卸店頭で行った。

 北海道・東北(福島会津、山形庄内)・長野県(諏訪みどり、塩尻)等いわゆる夏秋(かしゅう)高冷地からのカスミソウと、これから冬春産地である熊本県・和歌山県・愛知・静岡県・大分杵築などの暖地のカスミソウが入荷している。そのほか海外産のカスミソウが入荷している。

 エチオピア産のカスミソウ・ミリオンスター(70cm50本、段ボール水入立箱)。

 ケニア産のミリオンスター(エルフバケツ入、80cm50本)。

 ケニア産のカシオペア(エルフバケツ入、80cm50本)1900本上場。

 変化としては冬春に入荷していたエクアドル産のカスミソウが昨日は見あたらず、ケニア産のホワイトファイアー(日本名ではホワイトフェアリー)にあたる分が、カシオペアに置き換わっていた。

 カシオペアはアルタイルに似た形状で、仲卸街店頭では80cm1本80円で販売されている。ミリオンスターは65円。日本産カスミソウの相場価格の半額。

 2008年にダンジガー社が2種の新種カスミソウを国際市場に展開したが、そのひとつがステラマリスstella marisで日本国内でも少量が栽培・生産されている。もうひとつがカシオペアCassiopeiaでこちらは、今年輸入され国内に出まわっている。ダンジガー社の2008年10月のニュースレターによれば、フルブライトホワイトで冬は10mm、夏は9mmの花。海外ではカスミソウの生長調整剤として秋冬期には、ジベレリンを生育中に散布し使うことが日常であり、200~250ppm。

 実際にカシオペアを仕入れて使用している人にインタビューしてみると、品質・使用感はアルタイルと同じで遜色無い、という。

 現在の日本は国内育種・日本産アルタイル一色にシェアを拡大するなかで、同じテイストのカスミソウである、アフリカ産のカシオペアが投入されている。

 仲卸街で買い出し人に聞くと、開花具合を見て買うので「品種よりも切り前・ボリューム感・花持ち性」を優先して買っている、という。一方、インターネットによる事前購買が多くなっているネット仕入顧客は、花持ち試験を定期的に行っている産地(つまり切り前の管理や品質管理が季節変動で調整されている産地)、環境負荷低減プログラムMPSラベルを取得している産地、染色等の発注に適切に対応してくれる「絆をたいせつにする産地」が優先して仕入されている。特にサイズは80cmでも下枝が咲いていない産地、あるいは黒花が混じっている産地など、一度のクレームから仕入産地を変えることなど、安定した品質管理が仕入の価値につながっており、産地規模では評価されない。品種も価格が表現する価値と、サイズ価値が優先し品種価値を訴求しない(意見を言わない)など、流通・仕入現場を微細に観察して歩かないと見えないことが多くなっている。いま時代は大きく変化してきている。

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2009年10月25日 (日)

花の社会的役割

■2009年10月25日(日曜日)曇り、都内小雨。

 午前に福島県内から埼玉県に。郡山駅から新幹線で大宮駅で埼京線に乗り換え武蔵野線乗り換えで、新座(にいざ)へ。埼京線はヤオコー本社がある川越に向かっているが、新座は反対方向。午後1時、JR新座駅南口で東日本板橋花きの樋口博紀部長が運転する自動車に乗ってヤオコー新座店へ。同店は9月末に開店したスーパーマーケットで、花売り場は5日間の花持ち保証販売を行っている。同社の木村バイヤー、花担当の山崎さん、KIFA(キーファ)の担当者に店頭で挨拶と本年の取り組みへの御礼を申し上げた。、、、、なお1時30分から華道家の大久保姉妹の花育(キッズプログラム)が行われた。

 その後、板橋市場にて行われている市場祭り、花の作品展・第1回板橋カップの作品展示を見た。昭和花き研究会もカスミソウを提供したので、主催者団体の役員の北東京花き事業協同組合の太田勝康理事長と平井義章副理事長にも挨拶をしました。

  →→→ 板橋カップ

 東日本板橋花きでは夏より花持ち試験を開始しており、その担当者の久保麻理子さん(東京農大卒)と夕方まで懇談した。オランダやスイス、フランス、イギリス、アメリカ、中南米の花持ち試験などの調査の内容を伝えた。

 新高島平駅より巣鴨駅で山手線に乗り換え、東京駅で下車し、八重洲南口から八重洲ブックセンターで3時間ほど、植物・民俗・社会学の書棚を調査した。東京駅地下街の沖縄料理店で夕食を一人でとって、東京駅から京浜東北線で大森駅へ。タクシーで大田市場内の宿(ホテルコムズ大田市場)に21時着。タクシーは1610円、宿代は5400円。アジア人(台湾か中国系)の団体でロビーは混雑していた。子どもはネズミの黒耳をつけていたので湾岸の観光施設からの帰りのようだった。

 新幹線から一般の電車もすべて自由席で、座れた。混雑はしていない日曜日であった。

 明日は早朝、太田市場仲卸街と荷受2社の入荷量調査。熊本産は入荷中だが、和歌山は遅れている、という話を現場で確認する。輸入カスミソウも調査する。

■車中では上條典夫『ソーシャル消費の時代』(講談社、2009年4月刊)を読んでいる。

 93ページに、中学校教員だった父に上條少年がなぜ教師か?と、聞いたことに次のように答えている。

 「たとえば、毎日通る道の脇に花が咲いているのを見つけたとするだろう。そういうとき、急いでいても、ちょっとだけ足を止めてその花を見ることができる。そういう人に生徒たちを育てたいと思って教師を続けているんだ」

 この答えも、やはり当時の私にはよく理解できなかった。しばらくはこの会話自体も忘れていたが、20年以上経って華道家池坊の花展を訪ねたとき、「花は人の心を映す鏡のような存在」という言葉を聞いて不意に思い出した。花は人の心。だから花に目を留められるのは、人にやさしい心を持っているときだ。

ーーーーー

 本書はこのような書き出しで始まる。

 現代社会において、「消費」とはまず、個人の生き方を映す鏡である。

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タイムオーバー

■2009年10月25日(日曜日)

 オランダのアムステルダムで10月13日から16日まで開催されていたホルティフェアでは、品評会も行っており、カスミソウではエクアドルのエスメラルダ社の「オーバータイム」が1位となっている。

 日本ではキリンアグリバイオ社が、エスメラルダ社のカスミソウを昨年・今年と日本国内での販売をしたが、来年はキリンはカスミソウ苗は販売しないことが決まっているため、日本国内での栽培は不可能となった。ダブルタイム、ファンタイムも同社育種品なのででまわることはない。

 昭和花き研究会でも昨年・今年とこの3種を栽培し、顧客からの人気もよかったが、残念である。

 ホルティフェアでイスラエルのダンジガー社(最大の育種会社)は、試作種を番号品で展示している。早生の3576と大輪3999。

■ ホルティフェア → 昨年より2ヘクタール(2ホール)減少、出展者と入場者減少

    →→→ブルーム・ジャパン

 →→→ オランダのお花ブログ

 →→→ ホルティフェア

 →→→ PDFユリ育種

■ 北海道 →→→ マックで農業

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2009年10月24日 (土)

10月26日(月曜)の出荷数391箱

■2009年10月24日(土曜)曇り、

 明日朝の輸送する10月26日(月)の出荷数(かすみ草)は391箱

 第①201、②43(減)、③107(増)、④40(減)

 市場は12社。

■10月26日(月曜)出荷、

   28日(水曜)休み、

  30日(金曜)出荷

11月2日(月曜)出荷   となります。

■台風が北上しているため、沖縄・姫路は明日は発送していますが、今後は、数量と輸送量減となると出荷終了となります(羽田行き早期出発トラック借り上げができなくなるため)。羽田行き、10月30日(金)は出荷予定でいます。

■東日本板橋花きの樋口さんから連絡があり、板橋カップの審査が終了し、グランプリにはかすみ草を使用した作品が選ばれたそうです。

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ヨセ、コサバ・ノヒキ

■ 畑のヨセ(畦畔)
  コサバ・ノヒキ(畑周辺の山続きになった空閑地で20m前後の幅がある)

 に生えた草やカヤを刈る。秋にはクゾズル(葛蔓)や雑草雑木を刈り取ってカヤによく陽がさすよう手入れをする。またノヒキではカラムシ(苧麻)を栽培し、その繊維で布を織った(南会津郡の旧・南郷村山口)

(『ふるさとの茅葺き屋根』(福島県田島町教育委員会、2005年)36ページより)

■遺伝子組み換え作物GM→→→フィンランド   →→→ブラジル

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ヒクサ(干草) hi-kusa

■ヒクサ刈り。

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クゾ kuzo     葛(くず)

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2009年10月22日 (木)

白河市

■2009年10月22日。

 カスミソウフェアを開催し、いわき地域のお店にて店頭を担当したため、唯一訪問できなかった白河店を午後に訪問し、花売り場の担当者に御礼の挨拶をしました。その後の花の動向もうかがいました。10月3日、4日にフェアを開催し3週間ほどになります。

 県内で展開してきた定期納品分も今週末で染めについては終了となります。

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■白河市白坂一里段の福島県文化財センター白河館では、10月24日から磐梯町の法正尻遺跡からの縄文時代中期の出土品展が行われます。7月10日に国の重要文化財に指定されました。住居129軒、土坑759基、26万点の遺物が出土しています。

 1月23日(土)分布調査の方法、2月13日(土)考古学と地方史研究(大内宿・下野街道)、2月25日(水)史跡保存専門研修(郡山市の大安場古墳史跡公園で)、3月7日(日)文献資料と地方史研究(白河)

消費観の変化

■先日、めんつゆを購入した。最高位のものを800円で買ってみた。198円からあるなかで、両端を試してみる。

 →→→列強総崩れ

■10月12日、大岐集落の北東の集落位置より上位標高にある「サアケンサ」(境の沢)と呼ぶ圃場(かすみ草の畑)で、冬前の仕事をした。かすみ草の茎を切り取り、雪に負けないような形にする残茎整理。株が割れてしまったりするのを防ぐ。そして花茎を倒伏から防いできた15cm3目のフラワーネットをはずす。それを支えた鉄製支柱を抜く。パイプハウスを解体する、、、、

 イップク(休憩)のため、圃場内の草の道中央に座った。

 研修生Kさんがいるので、父上は、山のことをいろいろと語っている。

 こんな話が出て来た。

 「ブナにはフタヨある(この地域の樹木のブナには2種類ある)」

 無雪地帯にはイヌブナ、というものがあるが、それは当地には無い。ブナしかない、と思っていたが、父上の話は展開していった。それは「タツ」の問題だ。タツとは性質や系統を意味する。

 炭焼きをしてみてわかるのは、割れるブナと割れないブナがある、というのだ。二人で丸太を「イイワリ」する、という。聞き慣れない言葉だが、最初に木口に一打入れた後に、交互にヨキ(斧)を入れていく。割れないブナは皮が網(あみ)になっているので割れない、という。そして、割れない木の割り方がある。

 そのなかで、人の数え方が出て来て、

 ヒトリ、フタリ、サンニン、ヨッタリ、ゴニン、、、、、

 四人はヨニン(死人)と呼ばないようであった。深く聞いていないが、四人だけは「よったり」と呼んでいる。

 18日の夜に学生のHさんが来たときにその続きを聞いた。

 イイワリ、のこと。木の根元はモト、地上から離れる上位の梢側(こずえ)はウラ(末)という。

 「話はモトから、木はウラから」という。

 木はウラから、梢側から割っていくのだ、という。

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日常の暮らしを思う

■2009年10月22日(木曜日)晴天の昨日から今朝は大霜が予想され、霜注意報も出たが、未明から雨となり、雲の暖房効果により気温低下とならなかった。これからの時期の霜は、かすみ草に凍害を与える場合がある。

■ちくま新書745、内田亮子著『生命をつなぐ進化のふしぎ~生物人類学への招待』(20089年10月10日発行)は、巻末の英文の参考文献だけでも19ページ分ある。

 70ページから「失われた社会の証拠」という段落がある。

 約1万年前に農耕が始まるまで、私たちの祖先は食糧探索型の生活、つまり狩猟採集生活をしてきた。したがって、チンパンジーなどの近縁の霊長類とともに、現代の狩猟採集社会を理解することは「みんなと生きる」ことがどのような進化の過程をたどってきたのかを知る参考となる。

 1960年代にジェーン・グドールをパイオニアとして始まった野生チンバンジーの行動生態学的調査は約6地域、10を越える集団で行われ、未だ不十分ではあるものの、確実にデータは蓄積されてきている。一方で、人間の文明との接触および介入前の狩猟採集社会、あるいは定住や農耕を始めたばかりの社会についての行動データは限られ、今後増やすことは残念ながら難しい。そのような社会を対象に研究してきたのは主に民族学だが、その豊かな記録は各研究者がめずらしいと思う儀礼などの定性的な記述は多いが、集団間で比較可能な日常生活についての定量的なデータは限られたものしかない。

 たとえば、食糧を積極的に分配する行動は人間に特有なものだが、人間社会ではあまりにも普遍的なため調査の重要性は認識されていなかった。したがって、私たちの人間理解に重要な状態の社会データはすでに永遠に失われてしまったといえる。それでも、限られたデータにもとづく現生の狩猟採集民とチンパンジーの比較分析からは貴重な示唆が得られる。

■多様な種の葉が積もりゆく博士峠のブナの森。↓10月21日午前撮影。やがて降り来る雪から地下の多様な菌類・微生物の生態系をやさしく守る。森はこの時期、とても明るくなっている。葉が徐々に落ちてくると陽が林床まで差し込むことと、明色に森が染まる、、、、その先に、色はなくなる「白(雪)」の世界が待っている。白は初原の色無き色であり、かすみ草の色だ。

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10月31日の只見町長浜 湯ら里で

  ■2009年10月31日(土)13時30分~16時、福島県南会津郡只見町長浜上平50の季の里・湯ら里で、21ふくしま森林文化フォーラムが開催される。申し込み締切は10月16日、主催者まで。まだ参加は可能のようです。

1.基調講演「ブナ林の恵み」
  赤羽正春さん(新潟県岩船小学校長)。著作には法政大学出版会より『採集~ブナ林のめぐみ』『熊』『鮭・鱒Ⅰ、Ⅱ』がある。

2.パネルディスカッション「ふくしまの森に学び、森に生きる」
 赤坂憲雄さん(福島県立博物館長)
 佐々木長生さん(福島県立博物館専門学芸員・民俗学)
 赤羽正春さん
 新国 勇さん(只見の自然に学ぶ会)

 →詳細・主催者・申込書PDFファイル

 →ふくしま食・農通信


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■2009年10月21日午前撮影。博士峠↑昭和村側。
↓会津美里町側の天狗岩。右側岩穴上部階に木製の社が入っている。

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日程があえばいつでも参ります(会津学研究会読者会)

■会津学研究会(事務局・三島町宮下・奥会津書房)では第5号発刊を機に、読者会、あるいは交流会を進めることとしています。数名でも参りますのでよろしくお願いいたします。

 二本松市の楽山舎通信では毎号、発刊される雑誌『会津学』を取り上げて下さっており感謝します。

 →→→ 10月10日 922号 楽山舎通信(会津学5号①)

 →→→ 10月13日 924号 会津学5号② 

■3回連続講座に参加された山都町早稲谷の浅見さんらが、山都町で集まりを開いてくれるようになりそうです。→→→ひぐらし農園の、その日暮らし通信

■2009年10月21日午前、博士峠(昭和村小野川)のブナ黄葉に。ブナ実も成り年。 20091021dsc01505ドングリは大量に落ちています。コナラ、ミズナラとも、、、早稲谷・本木の大谷地でもそうでした。

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かすみ草の現況

■ →→→ 10月1~15日は前年比で、単価3割安に。

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2009年10月21日 (水)

福島県喜多方市山都町早稲谷、本木上堰を訪ねる UWA-ZEKI

■2009年10月18日撮影 画枠内をダブルクリックするとユーチューブ画面に移ります。

  会津と米沢を隔てている飯豊山塊の南麓の一ノ戸川(いちのとがわ)の右岸に合流する支流である早稲谷川(わせだにがわ)。そこから堰で水を取り込み、約6kmの山間地をぬって用水路(上堰)が水田耕作を江戸時代から支えてきた。取水口から上流には人が住まないため、源流水を利用した稲作であり、この用水路の水で生産されたお米は「うわぜき米(上堰米)」というブランドになっている。浅見さん→→→ ひぐらし農園

10月23日(金)421箱出荷カスミソウ

■2009年10月21日(水曜日)晴れ 朝1度。

 降霜はこれまで3回。

 10月23日(金曜日)販売分は、421箱。

 2回摘心の関係から出荷遅れ分で、量的にはありますが、気温低下で出荷量が増えてきません。圃場には開花直前のものがかなりあります。

 染め関係定期分は23日ですべて終了となります。

 来週から水曜出荷休みとなります(数量が少なく輸送車借りあげの関係)。

 月曜・金曜の出荷で11月16日頃まで出荷は継続しますが、降雪次第です。

 ブナの黄葉は落葉がはじまりました。

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台風18号

■ →→→ 東愛知新聞

■ →→→ ほのちゃん日記

■2009年10月8日~9日 台風18号 → 農水省まとめ被害

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昭和花き研究会 定期総会について

■2009年10月21日(水曜日)

以下のように変更し、縮小開催としました。

①10月27日(火曜日)の総会は、午後7時より8時まで、大岐センターで、生産者と昭和村行政機関のみで開催します。

10月26日(月曜日)の会津若松市での前泊会合も中止、27日(火曜)の柳津町かわちでの総会後交流会も中止といたします。延期ではないので、本年は後日に出荷終了反省会が開催されることもありません(新型インフルエンザ流行にともなう対策)。

 ※会津MPS連絡会の26日の例会も中止となりました。よろしくお願いします。

 以上、参加申し込み関係者に20日にファクスにて連絡いたしました。

 昭和花き研究会 会長 菅家博昭

講座終了

  ■会津学研究会による「地域の調べ方」講座は、3回目を無事終えた。

 三島町宮下 川合さんの報告 →→→ いまここネット

 喜多方市山都町早稲谷 浅見さんの報告 →→→ ひぐらし農園

■ 10月22日19時、遠藤さんは欠席となります。→ 白河学研究会

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コガヤのオバカリ、ナエバカリ

民族文化映像研究所製作『からむしと麻』(1988年)という記録映画には昭和村大岐でのアサ栽培(今は行われていない)があり、→ 昭和村生活文化研究会1990年

 アサの種を蒔いた畑を鍬で均してから畑の中心に150cmほどの長さのカヤ2本(あるいはアサガラを2本)、穂部分は切り取ったものを挿す。これをオバカリ(麻はかり)という。この長さに伸びてほしい、という願いと目安だ、ともいう。

 最近に父母に聞いたところでは、家の冬垣(冬囲い)に使ったコガヤを持ってきて挿した、という。

 また、父・清一は大岐では、イネの苗を作る苗代(なわしろ)を耕し土を均して作った後に、小正月(一月一五日)にだんごさしに使ったミズノキの枝(長さ40cm)をとっておき、それを挿し、その脇にヨシ(芦)を2本(長さ40cm)さした。土の中に10cmほど挿すので、地上に見えているのは30cmくらい。長い苗代になると、こうしたミズノキ1本とヨシ2本を2ヶ所に挿したという。母・ミヨ子が生まれ育った小野川本村ではミズノキだけしか挿さないという。また清一によれば、この苗代に蒔いた発芽したモミ(籾)はヤゴメ(焼き米)にして、この苗代のみなくち(水口・取水口)にまいて、苗に病気が出ないまじない(祈願)とした。ヤゴメは小さなヒョウタンに入れ、首からヒモでさげて子どもの時に食べた、という。

 土を均した後に植物(樹木や乾燥した植物幹)を挿す、というのは類例が会津地方にはある。

■筑波大学民俗学研究会『福島県大沼郡昭和村 大芦の民俗』(1990年)の56ページに、

 五月に種を蒔き、その年の麻の成長の目安にするオバカリ o-bakari を立てる。オバカリとは、その前年の麻殻のことである。

■石川純一郎さんがまとめた『会津舘岩村民俗誌』(舘岩村教育委員会 1974年)の67ページには、稲作の種蒔きとして、

 苗代の中に萱(かや)などをもって×型のナエバカリ(苗計り)を立て、四十センチメートルばかりの高さにしておいて苗の生育を測る。

 

■『田島町史 第4巻 民俗編』(福島県南会津郡田島町歴史編纂委員会 1977年)45ページには、イネの種蒔きのことが載っている。

 八十八夜のころに種蒔きをする。床面に平らに種籾を蒔き、中央にナエバカリを立てる。これは蘆(あし)の幹を地上に四十センチばかり出して×状に立て、苗丈の目安とするものである。折衷苗代(せっちゅう・なわしろ)ではヤキヌカ(籾殻灰)とさらに土を薄くかけ、油紙でもって畝を覆い、十二、三日後に取り除く。

 種蒔きには酉(とり)と午(うま)の日をよしとする一方、申(さる)の日はよくないとして嫌った。

 蒔き終わると水口に田の神のハタを立てる。蘆(あし、ヨシのこと)の幹の先に割れ目を入れ、そこに半紙を二分して、二つ折りにしたものを挟む。このハタを二本立て、上からオサンゴと称してヤコメ(焼米)をふりかけ、田の神に苗の健やかな生育を祈る。ヤコメは蒔き残りの種籾を炒って唐臼にかけ、籾殻を除いたものである。「ハタを手首に巻けばソラデにならぬ」、あるいは「髪に結べば毛が伸びる」といい、誰かがハタをすぐ取ってしまう。農繁期にはいると、田植えだ、草取りだといって手首を酷使するばかりである。もしソラデになったりして痛みでもしたら困るので、そうならぬようあらかじめ呪っておこうという気持ちのあわわれである。

■『南郷村史 第5巻 民俗編』(福島県南会津郡南郷村村史編さん委員会1988年)の155ページには、苗代作りとして、

 種蒔は八十八夜すぎ、田植えを六月四日を目標とすれば、四十日苗では四月下旬鍬入れが出来ればよしとし、早春残雪の見られるころ、一日でも早い除雪として木灰や土を撒布の上、後日平鍬で耕起の上化学肥料を施す。通し苗代ではカッチキをすき込んで肥料とする。

 翌日砕土の上、苗代締をする。この時やがて種籾播種の目標として、苗代の中央には二本のオガラを立て、その先端には土をのせる。

■さて水田稲作の中心地会津盆地ではどうか?『北会津村史 第1巻 民俗編』(会津若松市史研究会編 2007年)の62ページに苗代作りとして掲載している。

 苗代は秋の取り入れが終わってから耕して準備しておいた。苗代にする田圃は毎年決まっていて、家の近くで便利の良い田圃を使用した。振り付けといって下肥を春先の堅雪を利用して運び、田圃に撒いておき、また、雪が早く消えるようにと、苗代の上に土をかけておいた。

 肥料が早く効いて苗の根張りがあまり深くならず、苗が取りやすいように、苗代の田はあまり深く耕さないように手で耕した。まず馬で代(しろ)をかき、エンブリでならした。その後、みんなで横に並び手で(前年の)稲株を中に入れて後ろにさがりながら、自分の足跡を消した。さらにその後、十二尺くらいのならし棒で丁寧に平らにした。作業中に腰にさしていたアシの棒を田の神の依代(よりしろ)として田の真ん中に三角に立てた。

 (六十三ページ)肥料の主なものは堆肥で、その他にカッチキ(刈敷)といって、若草や木の若芽などを刈って田圃にまいた。カッチキは遅くなって腐食するので、肥料が必要な稲の成長期に効果的に働き、貴重なものであった。

本木上堰 uwazeki 喜多方市山都町早稲谷・本木

■江戸時代、1736年から12年かけて約6kmの用水路(堰)が作られた。それがいまも補修されながら使われている。早稲谷川の取水口から末端の大谷地までの高低差は50mほど、という。ひぐらし農園の浅見彰宏さんに案内してもらった。

 →→→ 動画で紹介2009年10月18日午後撮影。

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カヤのオオダレ(大簾)oodare 喜多方市山都町堰沢

■山都町堰沢集落では、三年ほど前まで集落を囲む原野から採取したカヤ類で冬囲いのためのオオダレを編んでいた。

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カヤを30cmほどに切ったものを二折りにしてスイカなどのつる押さえにする。

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ウマノモノガヤ uma-no-mono-gaya 南会津町舘岩地区

■南会津町(旧・舘岩村)の茅葺き屋根の前沢集落。

 ウマノモノガヤとは、馬には多様な草を食べさせるため、朝草刈りではクゾッパ kuzo(クズ、葛の葉) やハギ(萩)とカヤ(ススキ類)を分離せずに刈り取り束ねたもの。ウマヤ(厩)の踏み草にもする。対して屋根のカヤは「スガヤ su-gaya」と呼ぶ。これはヒトシメ(一締)、フタシメ(二締)と呼ぶ。

 堆肥枠も、カラムシ畑の囲い(垣)のように細木で組まれ、カヤが使われていた。

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水路には川原石が敷かれている。クゾ(葛)のツル(蔓)で穂部は縛る。

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カヤマキには芯に細木が使われる

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舘岩赤かぶ(後方)と、刈り取って干しているアワ(粟)の穂

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クレグシ(芝棟)

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この秋のトレンドは、茅刈り(kaya-kari)

■先日、南会津郡内のカヤ(ススキ類)の利用について歩いてみた。

 南会津町糸沢字西山沢の南会津町総合歴史民俗文化財施設・奥会津博物館(星洋一館長)を訪問した。

 2005年に行った企画展の資料集『ふるさとの茅葺き屋根~家作り文化と会津の茅手』(奥会津地方歴史民俗資料館編集・福島県田島町教育委員会 平成17年7月31日発行)が発刊されている。本書は旧・田島町出身で静岡県在住の石川純一郎さん(常磐学園短期大学名誉教授)が調査・執筆している。それぞれの地域には自治体ごとの歴史(主に民俗編)が過去に編纂されているので、住居・農業・植物利用等のところを調べることができる。本書は茅慣行に焦点をあてているので、山焼き、茅の呼称、利用、古文書など奥会津地方についての近世から昭和30年代頃までのカヤ利用を概観できる良書である。

 奥会津博物館の文化財等活用調査員の渡部康人さんには現況の話を聞き、同館の展示物や保存家屋を見た。また、この8月に旧・舘岩村に開館した奥会津博物館・舘岩館を紹介してもらい、次にそこを訪問した。南会津町(旧・田島町)針生のもと朝日新聞記者の岡村健さんが朝日新聞福島県版に隔週金曜日に連載している「風のまにまに南会津雑記」で、この舘岩館を「初めて知った畑作文化」として紹介している。江戸時代の舘岩地区はのしど組と呼ばれ24の集落があったが、畑(焼畑も含む)の1割しか水田が無かった。

 舘岩総合庁舎(もとの役場・公民館)のなかの2階に資料展示室が1室あり、カノ(焼畑)や樹木伐採運搬炭焼きなどに関する資料が展示してあった。この施設の1階入り口に置いてあった、山村集落再生塾(東京都豊島区東池袋)の山村だより第3号(7月1日)を入手した。10月31日、11月1日に茅刈り体験が舘岩地区の水引集落にて行われる。雑誌『会津学1号』(会津学研究会編・奥会津書房2005年刊)に河北新報記者の佐藤昌明さんが「水引の風景」として紹介している集落である。これは1995年2月に河北新報に連載されたルポルタージュを再録したものである。

 埼玉県在住の建築士の藤木良昭さんが2005年12月からの平成18年豪雪で被害を受けたことを、2006年のNHKテレビのクローズアップ現代で水引集落を知り訪問、2008年6月22日、23日に雪害民家(五十嵐セツエさん宅)の茅葺き家屋の解体、今年2009年5月1日からモトノさんの家の茅屋根の補修が行われた。5月10日の朝日新聞福島県版に「かやぶき再生の息吹 南会津・水引集落」として足立朋子記者により取材・紹介されている。

 2009年10月31日、11月1日の「水引地区(金子克雄区長)」主催の「茅刈りツアーと郷土芸能」は、南会津町観光協会舘岩観光センター0241-78-3050が取りまとめている。→南会津やまなみ泊覧会(やまはく)。

■→ 山村集落再生塾 

→ 朝日新聞5月11日 南会津・水引集落 かやぶき再生の息吹

→ やまなみ泊覧会

■この日の最後は、南会津郡只見町大字只見字新町2059の民宿ふる里に新国勇さんを訪ねた。にっくにさんは、只見の自然に学ぶ会代表で、只見町教育委員会で只見町史編さん事業の事務局員を長く勤め退職されて、雑誌『会津学』(奥会津書房2005年刊)1号に「水辺を考える」として河畔林について執筆し只見町のユビソヤナギの発見について紹介している。『会津学3号』(2007年刊)には「雪がつくった奥会津の自然」として雪食地形アバランチシュートとブナ林、クロホオヒゲコオモリの国内最大の生息地であることなどを紹介している。

 この春(2009年3月)に、奥只見研究会・住民の地域活動分科会編で『奥会津自慢SEE MAP』(三島町役場が事務局となっている只見川電源流域振興協議会)が発行されている。それを新国さんにいただいた。

■舘岩地区の前沢集落(茅葺き屋根保存地区)。石川純一郎さんが執筆した『会津舘岩村民俗誌』(舘岩村教育委員会昭和49年発行)に貝原集落として紹介されている。

■雑誌『会津学5号』(2009年8月刊)の表紙は、水引集落(2006年撮影)の民家です。

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上棟式に使われた矢先に書かれた「カブ(蕪)の絵」。

カブはカノ(焼畑)で作られ、また会津若松の十日市でもカブが神棚に供えられ風車が挿される、主役だ。「カブが上がるように」と願うのは今の株式経済でも同じだ。

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じゅうねんをまぶした「はっとう」と舘岩の赤かぶ。

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■金山町中川のこぶし館・資料館も夕方に見る。只見町の新国勇さんから、川漁の漁具(奥会津博物館ではウツボ、オオウツボは細竹で作られていた)について聞いたが、只見では広葉樹の切り株からのひこばえ、萌芽した1mほどの長さで細い樹枝(幹)を「ズエイ zuei」といい、その徒長枝を利用してムジリなどの据え付け漁具(かご)を製作した、という。クリ(栗)や柳のズエイを利用し、人の背丈ほどのムジリにはネマガリタケ(細竹)を使用しマス(鱒)を捕獲した、という。これはマスドウと呼ぶ。

 金山町の中川のこぶし館にあったものは、ドジョウをとるためのもので樹の徒長枝と思われた。

 同じようにコナラの切り株等からの萌芽(徒長枝)は水田に入れる緑肥のカッチキ(刈敷)として利用されている。

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2009年10月17日 (土)

堰守

■2009年10月17日(土曜日)曇り、小雨。

 夕方より福島市。通夜。多くの花市場の経営者が参列した。

■ →→→ 人は人に思いを託す 

喜多方市山都町早稲谷

■先日の会津学研究会②で、浅見さんが堰守(せきもり)の話をしました。本木上堰。

■ →→→ひぐらし農園(浅見さん)

 →→→本木・早稲谷 堰(せき)と里山を守る会

 →→→ 

 →→→ 参加記録

台風とキノコ

■台風が来る時期を選んで、キノコは出てくる。胞子の散布のため。林床におけるレイノルズ数が乱流になる。

かさわら kasa-wara

■2009年10月14日の夜に、大岐の自宅で電気の入ったコタツに入りながら、卓上にカレンダーの裏紙を広げて、そこに地図を描きながら「大岐でのカヤバ kaya-ba 茅場・萱場)の話しを聞いていた。午後5時を過ぎると暗くなるので、夕食を終えて6時から8時まで。

 話者は父・清一と母・ミヨ子。昭和10年代から40年代の頃の日常生活の記憶を聞いた。聴き手は二人。13日の午後に天然マイタケを採りに行って採れずに帰った夕方に、同じようにして聞いてから2回目のことであった。1回目に2時間ほど聞いたことを整理し、不明な点と新しく展開されてきた話を中心に2回目には1時間ほど聞いた。集落内の家のある場所と、集落周囲に複数ある採草地(原野・萱場・朝草刈り場)との移動距離と徒歩での時間が、採草地の分布に関連性がある、という想定から2回目は話しを聞くことになった。そして具体的な体験のディテール(細部)を、たとえば道具、草の刈り方、出ている草の形状・色・匂い、作業時の天候、風、音、、、野に咲いていた花、一回の作業で採集した草の数量等である。集団の場合はその決まり(ルール)なども聞いていく。

 採取した草類の乾燥の仕方、何束でどのようにして立てるか?などは、この季節に同じような風景が見られる(カヤボッチあるいはカヤマキ)がまだいくつか奥会津には残っている)。翌日の15日にはこの4人で、自動車で移動し江戸時代のままの集落が保存されている大内宿に行く車中で話しを聞いた。カヤボッチは下郷町の赤土から木地小屋に向かう橋を渡ったところに数個あった。16日はこの先のトンネルが開通し舟鼻峠は冬期間も通行できるようになる。

■畑hatakeは定畑zyoubataのほかカノkanoがある。大岐においてはカノは雪崩地で木が生育できない急斜面(ヒラ)の草を夏に刈って乾燥させ、焼いた後に、ソバなどを蒔いた。

 畑では食糧にする野菜類とアサ、カラムシ(苧麻)を栽培した(記述は、近世から昭和40年代までを想定している)。昭和30年代には葉タバコ栽培が導入され、アサやカラムシの畑が転換されていく。日本専売公社(政府)が民営化しJTになった1985年、この地の葉タバコは廃作となった。栽培禁止ということに近い決定で、切り花の栽培に切り替え、グラジオラス、リンドウなどの生産のなかから、数年後に宿根カスミソウが定着し現在に至っている。

■集落の対岸の河谷平野には、主河川である滝谷川(往事は六沢川 musawa-gawa)岩下yuwazitaに堰sekiが作られ取水し用水路で水田に水が引かれた。一部は対岸斜面である博士山西麓楢布原の水なども利用した。

 田んぼ(水田 suiden)にはイネ(水稲 suitou)が植えられ、一部の畑地にもイネ(陸稲rikutou、通称オカボ)も植えられている。品種が違う。

 水田と定畑には集落の周囲で採取した植物(草)と馬の糞尿で作られた堆肥taihiが運ばれ施用された。馬を飼養するためにも植物(草)が必要であった。何年かに一回、少しずつ茅葺き屋根の補修のための野草(カヤ)と、十年に一回くらいの屋根の四面のいくつかの葺き替えも必要とした。冬期間の積雪から家を寒さから守るため、あるいは吹雪で雪が室内に吹き込まないように母屋の軒下から土台までの壁面を乾燥した植物(カヤ)で多い冬垣fuyugakiとした。冬囲いのことである。晩秋、雪を待つ家は屋根も壁もすべて茶褐色の乾燥した植物カヤで覆われて長い冬を春まで過ごすことになる。

 冬は雪が降り、冬垣に使用している素材も乾燥する。春には雪融けを見ながら、一部からこの冬垣のカヤを外し、馬の餌として与える。そして雪の吹きつけが無くなる頃の3月下旬~4月に、,集落後方の山塊から採取したオンノレの木で作った橇(そり)にカヤを載せて集落上流の高畠に、堅雪の上を引き上げる。これはカラムシ焼きと、垣kakiに使うためだ。また冬の間に溜まった馬の堆肥も橇で常畑や水田に運ぶ。母屋にある馬屋から近い室外に「肥出場koidasiba」があり、ここで堆肥は時に切り替えされ熟成されている。この堆肥が唯一の肥料であった。

 カノkano(焼畑)には、堆肥は入れない。堆肥を運ぶことも不要なので集落より離れた場所の、上方斜面が使われる。また耕作のための管理に頻繁に通うこともない。冬期間にユーラシア大陸から吹く西風により、奥会津地方の積雪は、尾根筋の東側に雪庇seppiが発達する。この雪のせり出しは、大岐では「ふっかけ」と呼ぶ。ふっかけの雪が落ちると雪崩が発生し、雪崩常襲地は土もはがされ雪崩地の下部は肥沃な土が溜まることになる。樹木も育たないため、この場所がカノになる。雪崩には2種類あり、冬期間に発生する表層雪崩を「い i」と呼び、春先に起こる全層雪崩は「なで」と呼ぶ。我が家の祖父は博士山の西側山頂付近で狩猟中に「い」(表層雪崩)に巻き込まれたことによる頭部損傷で半身不随となった。

 畑には馬の堆肥が入れられ1年草のアサが作られ続ける。ふかふかの最良の土となった時にカラムシの根が植えられる。カラムシは根が混み「うせくちがたつ」(パッチ状にカラムシの根が腐り生えなくなる)ようになると、その場所にアサがまかれ栽培が続けられるが、5~7年で植え替えの時期となり、アサを作りながら肥やした畑にカラムシを移植する。毎年少しずつ植え替えするようにアサとカラムシでブロックローテーションを組んで輪作体系としていた。

 カラムシは多年草(宿根草)であるので、施肥技法には限定がある。雪融け後の萌芽に焼き草としてコガヤを掛け火を付け焼くのがカラムシ焼き。灰を押さえるために家から天秤棒で肥桶に便所の尿(ヒトのおしっこ)を水で薄めてまき、そのうえに灰押さえとして稲藁(ワラ)を散らす。ワラは敷藁として土の乾燥や直射日光から植物体の根を守る。乾燥も防ぎ、最終的に敷藁は土に還る。尿は肥料分のチッソ分を補填するものとして考えられ、前年までにアサ作りで投入した馬の堆肥(厩肥)の地力を前提としている。

 カラムシ焼き後に、畑の周囲に垣を結いコガヤを立て防風・防獣とする。このコガヤは7月からのカラムシの収穫時に取り壊しながら畑の刈り取ったカラムシの根に、ほとり側に敷く。

 家の屋根材にはボウガヤとアサガラ(おがら)を半分ずつ使用する。屋根葺き時のオシガヤとしてコガヤも使用する。家の冬垣(冬囲い)はコガヤ。カラムシ畑で焼く草はコガヤ、垣もコガヤ(コガヤが少なくなると一部の垣はボウガヤになる)。乾燥させない生育中のコガヤは朝草刈りで採取し馬を飼養する。9月になりコガヤをカッタテしたものは2週間乾燥させカッポシとして家の天井裏に保管し冬期間の馬の餌とする。これが5把立で、それ以外はすべて6把立で乾燥する。

■水田で栽培されるのはイネ(水稲)であるが、ワラ(藁)を使うために栽培していた、と考えられる。現在までの近代農法は収益性を重視する思想が優先されるため、いわゆる反あたり収量(10アールあたりのコメの収穫量)が問題になる。大岐は標高730mの高冷地にあり、収量は少ないし、冷害の年は全く獲れない年もある。十数年ほど前の平成の大冷害時には一粒の米も実らなかった。

 ワラを収穫するためにイネを栽培する、ということが実相であったと思う。なぜならワラはすべて圃場(水田)から運ばれ母屋の天井(屋根裏)や小屋に格納されたからだ。1本のワラも捨てないことは、子どもの時から最近までの稲刈り後の作業で経験している。

 大岐の稲刈りは手刈りがバインダーという機械に変わった時代までは、水田脇や集落近くの「干し場 hosipa」などに細木hosokiでネリ(稲架 hasa)が作られ(ネリユイ)、そこに1束ずつ干された。台風で倒れないようにフンバリをしつらえ、強度を増すために、平行に結わえた細木に斜めに筋交いも入れている。これはワラ(稲藁)を撚った縄nawaで結わえて作るが、この結束技法は「いぼ」と呼ばれる。

 刈り取ったイネはこのネリに下段から掛けられ乾燥する。

 イネの乾燥が終わればネリから外して脱穀機で脱粒し「籾 momi (外皮はモミガラで、なかみは玄米)」とに分離する。このときに「ワラ wara」が生まれる。籾は貯蔵され、あるいは籾すりをして玄米ができる。玄米は精米で白米と米ぬか(こぬか)に分離する。大岐では、モミガラのことを「ヌカ」と呼ぶ。このヌカを焼き、灰になる前に水で消化し炭化させたものがモミガラクンタン(燻炭)である。ヌカは焼くときに盛り上げると円錐状になるため、これを糠塚nukazukaと呼ぶ地域もある。

 さて、ネリから外され脱穀後に生まれたイネの幹であるワラは、保管中にかびないよう細心の管理がされる。そのためにワラとなる部分の乾燥が目的の乾燥法がネリ掛けの手段による、と思われる。母屋の屋根裏で保管されたワラは生活のなかで使用する様々な道具や衣類(履き物など)、縄類、ムシロ、コモなど多方面に利用した。たぶんに山野の樹皮やヒロロ(深山寒菅)などの草で利用していたものが、稲作開始からワラに置き換えてきたものと思われる。イネが作れない(コメが作れない、のではなくワラを生産する植物としてのイネの栽培こそが重要である)地域、たとえば尾瀬を擁する奥会津の檜枝岐村では村外、下流域の集落から稲ワラを毎年秋に買っていた。それは生活の道具類に加工するための原料として、必要であったからである(白日社の聞き書きシリーズに詳述されている)。

 前年に干したワラを、打って柔らかくして結束材料として使うが、稲刈りではこのワラで刈ったイネを束ねる。ワラ(イネ)でイネを束ねるという同種でまとめるという行為がある。これがネリで乾燥するのだが、いちばんてっぺん、上部に掛けたイネを「カサイネ」と呼び、この場所に干したイネは別に扱う。雨をいつも受け下段のものとワラの質が異なることと、結束部が乾燥しないのだそうだ。そのため、このカサイネを脱穀した後に「カサワラ」として隔離して扱うことになる。カサワラは母屋の天井(屋根裏)に入れるとカビ(黴)やすい、という。そのため、稲こき(脱穀)の時に別にしておいたカサワラは、カラムシ畑のほとり(周囲)に積んでおく。雪の下になり、翌年の春には湿気を帯び、少し柔らかくなり、重みもあり、焼いた灰を押さえるにはいちばん効率が良かった、という。そして5月の強い風にも吹き飛ばされることが無かったという。しっとりとして重さがあるため、土の表面の凹凸に沿って密着した。それは遅霜からもカラムシの芽を守った。

 カサワラは、焼いたカラムシ畑に「ちらす」(散らす)ために使う。

 ということをはじめて聞いた。

 下段に干されたイネを雨から守る傘としての役割を持つイネである、という意味からカサワラと名付けたのだろう。

 雨から他のイネ(ワラ)を代表して守る傘としての役割を持ったカサワラは、雪のなかでじっと待ち、最後はカラムシの芽の出を守る役割で終わる。他のワラは冬の間、母屋のなかで過ごし、人々の暮らしのなかで使われ、あるいは馬の餌となった。コメ(白米)はヒトを養い、そのヒトの足にワラのくつ(草鞋やオソフキ、雪踏みの俵やゲンベとなりヒトを包む役割を果たした。ワラスグリで出た「くただ」は古くは布団のなかに詰められて使用された。

 ワラは土間に据えられた石の上で打たれ、柔らかくされるが、そのときに空気を含みやすくなり暖房効果を持つ。

 これらの、かつてワラを素材としたものは、ワラが無かった時代には山野の草や樹皮でまかなわれている、としてみた場合、山野の草や樹皮がそのまま残ってきた用具、たとえばヒロロで山菜やキノコを採るカゴを作る、、、簑(みの)など、、、置き換えができなかったものの「精神性」を、この数年思っている。

 裏山のブナ林に山菜採りに行くときには、その森から採取した(いただいた)ヒロロを干して縄にして作ったカゴ(他所ではスカリともいう)を付けて森に向かう。その森で仕留めたカモシカの毛皮を着て冬山の防寒衣として山に入る。森の側から見ると、森で生きているものを奪うヒトが、奪った物をまとって森に再来することになる。背にはヒロロの簑を着ている。縄はモワダ(しなのき)の樹皮で作ったものだ。森に向かうときは、森からいただいた森のいのちを大切にしているということでそうしたカゴや簑は何年も、十数年も着用する、という「気持ち」を森に伝えているように見える。そのことで再び森のいのちを集落に持ち帰る、と思えてならない。

(菅家博昭、この文章を書くのに要した時間は10月17日の未明からの4時間。5248文字で400字詰で13枚、A4版打ち出しで4ページ分。構想メモや下書きなしで書ける文字数。インターネットに接続してオンラインで書いており、校正はしていない。原稿化する場合はこのあと打ち出し原稿を見て3度くらい補正する)。

■ネリの写真は柳津町芋小屋(西山地区)で10月15日午後に撮影。ネリは稲刈り時に建て、終われば解体し、建てて円錐状にして翌年の使用時期を待つ。これは「ホソキマキ(細木巻)」と呼ぶ。

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2009年10月16日 (金)

スノーフォレスト・アライアンス Snow Forst

■2009年10月16日(金曜)曇り、小雨。

 研修生のKさんと、境の沢圃場の道下の下より2号ハウスの残茎整理・ネット除去・ハウス解体。午後は、沢側上の3棟のパイプ運搬、ハウス外へ運ぶ。道下1号ハウスの半分の解体。これで岩下(下)4棟、境の沢4棟、家向1棟にビニルが被覆してあり継続採花中であるのみで、あとはハウス解体は終わった。明日は苗用の2棟のハウスを解体する。

■夜大岐自宅にて、夕食後に父上が言った。

「家の前の川の上を、ヤマセミが飛びはだった(飛び始めた)」

 そういえばこの数週間、カワガラスが水面すれすれに「ギャッ、ギャッ、、、」と鳴きながら飛ばなくなっている。家の前の橋の下水面にいたカルガモの子ども4羽も見かけなくなった。これらは、台風18号以来、、、、であろうか?

 また10月12日18時42分、震度5弱の地震があった。柳津町西山温泉近くの奥会津地熱発電所の蒸気利用が原因で何度も発生している直下型群発地震の発生もあったため、であろうか?震源地に近い牧沢は墓石が倒れ、サッシ戸のガラスが割れ、室内の冷蔵庫が倒れ・移動している。一時避難している(翌日の新聞)。

■明日17日は福島市で通夜、18日は葬儀

■オランダではホルティフェア

レインフォレスト

■10月14日、福島県大沼郡昭和村大字下中津川の昭和村公民館入り口にあるフードショップくりき(栗城)で、レインフォレスト・アライアンスのチョコレートを「発見」した。我が村にも「ラベル(環境認証)」商品が入ってくる時代になった。エクアドル、コロンビアではコーヒーや切り花類に、このラベルが多くなっている。

 環境認証は、たとえば、2007年より昭和花き研究会は1名から取り組み、今年は6名の生産者、来年は8名で、切り花の環境負荷低減プログラムMPSのラベルをかすみ草の出荷箱等に表示する。

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草(コガヤ)が支えた社会

■13日から3日間、ススキ類、、、、大岐ではカヤと呼ぶが、、、特にカヤ(屋根材を総称するのがカヤであるが、、、)のうち屋根材にはボウガヤと、かつて栽培して製繊するなかで発生し乾燥したオガラ(アサガラ、とも呼ぶ)を半分ずつ使用していた。ボウガヤを取得する場所は2ヶ所あり、いずれも個人所有地で1ヶ所は「ボウガヤばたけ(畑)」として畑の転用である。秋に刈り取り6把(ろっぱ)で1束(いっそく)、1ぼっち(カヤマキ)とする。

 一方、晩秋に家をカヤで包みフユガキ(冬囲い)にしたあと、翌春雪融け後にからむし焼き(焼畑)の焼草に使用するのはコガヤ。これは「カヤバ」が2ヶ所あり、秋の彼岸後に刈り取り時期が決まっていた。これは6把(ろっぱ)立てで乾燥し、カヤの引き下ろし(2本の棒でそりとする)をした。

 日常、馬を飼っており、この飼養するための草は、「朝草刈り場」(まぐさば、馬草場、秣場ともいう・原野)で1頭の馬が1日に食べる料である6把(わ)を最低数として刈り取る。数束多めに刈る、という。人間だと一人3把しか背負えないので2回歩く。馬を引いては6把を馬の背に付ける。伸び始めたコガヤや、谷地草(やちぐさ)のクゴ(kugo)。朝草刈り場は共有地であり誰が刈ってもよい。そして時期が進み伸び出した自家の水田のヨセクサ(畦草)を刈り、馬の餌とする。馬にはフレッシュな朝露がついた状態で刈り取り、食べさせるが、前年に収穫しねりがけして乾燥しておいたイナワラも押し切りでこぎってカイバオケで食べさせる。朝草刈り場は3ヶ所を刈った草が伸びた頃にまた刈るという循環利用をしているが、そのほか、個人で入って刈る場所もあった。

 冬用の馬の餌は、9月になり、決められ刈り場が分割されていた「カッタテバ」でコガヤをカッタテをし、5把立て(5把1束)で2週間ほど乾かすと「カッポシ」となり、母屋の天井(屋根裏)に保管し、冬に1日5把(わ)1束分を、馬に食べさせる。「カヤカリはろっぱだて(6把立)、かっぽしはごわだて(5把立)」という。

 これら草地には「原(はら)」という名がついていたり、カヤバという呼び名が付いている場合があり、たいがい数年に一度、春に草原が焼けあがることが多かった。そのため、草を採集する野原では、秋にホンシメジ(茸)がよく穫れた。またこの野から8月の盆の花を採集し家の中の仏壇に供えた。オミナエシやキキョウ、百合類である。

■地域での植物の呼び名を優先して表記しています。標準和名と植物自体が異なる場合もよくありますが、地域での伝統的呼称を尊重します。

■朝草刈りについては拙稿『会津学4号』(2009年)の、「私の月田農園物語」に、詳述しています(152ページ~)。

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秋の大内宿(福島県南会津郡下郷町)、お不動さま直売所

■2009年10月16日(金)

 15日。取材でお世話になった下郷町大松川の「お不動さま直売所」に『会津学5号』を届けた。お話をうかがった室井定男さんのお宅は、稲刈りのようで不在であったのでメモを書いて本を置いてきました。夜に奥様から電話があり、みんなで回覧して読みます、ということでした。

 週末が葬儀のため日程を前倒しに変更し、カヤの調査を15日に行うため大内宿や中山地区を見ました。大内宿の叶屋さん前にはカヤの鉢物があり(写真)、よかったな、と思いました。

 夕方、西山温泉の地熱発電所を震源とする地震被害で罹災した牧沢集落をたずね、天野昭一さん、江久子さんからもカヤ(すすき)の話を教えていただきました。そこから宮下いまここネットで開催される会津学研究会の「地域の調べ方②」で22時まで。

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大松川には新しいソバ屋さんが開店していました。そば屋なかい。

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2009年10月14日 (水)

カヤを調べる kaya

■今日(10月14日)、午後1時、奥会津・昭和村佐倉の「からむし工芸博物館」に、来村調査中の学生Kさんを案内した。からむし栽培圃場で、コガヤを使うからである。その流れで、博物館近くにある、実際のカラムシ畑(2ばんぽきが120cmくらいに伸びて、上位30cmほどの緑葉を残しほとんどが落葉しかけていたカラムシ畑の北側に、刈って建てて干されたコガヤが35束ほどあった。

 案内・説明された工芸館の平田尚子さんに、この萱刈作業のときに、地元の作業をしたTさんから「「ブスガヤ」というものでもよいから刈れ」と言われたそうだ。カヤにはカラムシ焼きなどの焼草に使うコガヤ(細く短い)、屋根葺きなどに使うボウガヤ(太く長い)はカラムシ畑を囲うカキ(垣)に使う。その中間の形状のものが「ブスガヤ(ぶすがや)」というものがあり、実際にそれも少し刈った、ということであった(誤謬があれば後日に修正します)。

 このコガヤは、本来6把立(ろっぱだて)にするが、数えやすいように5把立てにした、そうで、コガヤとブスガヤを分けずに、コガヤが少ないのでブスガヤも合わせて束ねた、という。

■大岐に帰って、学生Kさんとともに、夜にカヤカリ(萱刈)をするカヤバ(萱場・茅場)について父清一と母ミヨ子から聞き書きをしたが、このブスガヤについてはそのようなものは大岐には無い、ということであった。「いぶす(燻す)」から来ているのかもしれないと思ったが、、、、

 カヤにはあとひとつ「オギ ogi」と呼ぶ物が小中津川などにある(柳沢の出口)が、それは父母も知っているが、大岐には自生していない。

■これらのことは、明日の夜(10月15日・19時)に、三島町宮下のふるさと荘右隣のいまここネットで開催される「地域の新しい調べ方②」で一部報告・検討する。明日は、村外の「カヤ」の調査を行う予定。

■10月14日(水)は、花の出荷作業・梱包作業。午後は、境の沢(道下)圃場のハウス2棟を解体し、夜に出荷作業。

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10月16日(金)かすみ草出荷445箱

■2009年10月14日(水曜日)晴れ

 10月13日・初霜。14日朝は3度。日中も寒い。

■10月16日(金曜日)販売分・445箱。今回で出荷終了市場は、福岡花市場・北九州花市場・広島花満となります。ありがとうございました。

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カヤを調べる

■2009年10月14日(水曜日)

 1昨日より植物生態学等を学んでいるKさんが来県し三島町・昭和村でフィールドワーク、聞き書き(聞き取り)を行っている。

 昨日午前、滝谷川流域を歩いた。午後は大岐で裏山に天然マイタケ採り(出ていなかった、、、、)、カヤの聞き取り。夜は三島町宮下のいまここネットで「地域の調べ方①」で22時まで。

 私が感動したのは「カマス」の底の両端を「補修」したものにクリを干していたものを「発見」したこと。さらにその補修糸がプラスティック、また補修部がまた破損していたことが使われ続けた時間の長さを示している。モノを大切にする、ということの現代的意味を考える。柳津町西山地区。

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この地区で「カヤぼっち」と呼ぶのは台風18号(10月8日)で倒れていた。只見町史によれば「カヤマキ」と呼ぶようです。大岐ではイネを干す「ネリ」の木材を立てて円錐状にするものは「ホソキマキ」と呼びます。

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2009年10月12日 (月)

ハウス解体作業続く

■2009年10月12日(月)

 今日は寒かった。手と足、頬・耳が冷たくなりました。

 午前8時30分から11時まで岩下(上)圃場の8棟のパイプハウス解体。研修生のKさんと二人の作業のためとてもはかどりました。そのため大田(上)圃場のネット・支柱を取りはずし2棟のハウスを解体。

 午後1時30分より2時15分までで、大田(下)の3棟を解体。移動休憩し、境の沢の4棟を解体。道上縦1棟・休み場1棟・沢側下より1と3棟。陽光が雲で遮られると零下のような寒さ、山陰に入ると日光が当たらないため寒い。

 22ミリの鉄製パイプを抜く作業で、左手の親指と人差し指の間にできた水ぶくれ(水泡)が破裂しました。それと右手の手のひら。

■夕方、福島市中央卸の福島花きの橋本栄市さんから電話があり、病気静養中であった同社阿部社長が朝に亡くなられたという。土曜に通夜、日曜に葬儀、という予定であるとのことでした。ご冥福を祈ります。 

地域の歴史

■2000年、山川出版社から「地域の世界史(全12巻)」が刊行された。

 8巻は「生活の地域史」で、石毛直道・川田順造編である。

 川田順造は「序章 生活の地域史」のなかで、

 生活領域は、地形、気候、動植物相などによる地域ごとの特性を、きわめて強くおびながら形成されてきた、といえるだろう(3ページ)。

 だが、改めていうまでもなく、もっとも日常的な、したがってもっとも人間の奥深く根づいている生活文化の諸相や身体をめぐる慣行は、それが日常的であるがゆえに自覚してとらえられず、記録もされないことが多い(5ページ)。

 住は共住者の社会関係を、しばしば複数世代にわたって造形する物的装置でもある。住は衣とともに、ある場合には衣以上に、自然条件に二重の意味で左右される。まず住をつくる素材において。そしてその素材によって作られた柱が、その土地の風土に適合して、住む人間に最大限の快適さを与えるように工夫されるという意味において。それでいてなお、住はすぐれた文化の装置であり、文化に条件づけられる面がきわめて大きいのである(8ページ)。

 日本の住文化を貫くこの潔癖感が、明治以降の和洋折衷の日本の住文化のなかで、スリッパの驚くべき多用という、日本独自の奇異な現象を生んだのである。しかも、スリッパのまま座敷の畳の上や、まして座ぶとんや寝具の敷ぶとんの上に乗ったら、日本人の私たちは耐えがたく、「キタナイ」と思うだろう。けれども裸足や足袋だったら、板の間や廊下をあるいてそのまま畳やふとんの上に乗っても何とも思わないのだから、住生活におけるこうした潔・不潔の境界のひき方は、まったく文化的なものだといわざるをえない。

 家族が一緒に、あるいはかわるがわる溜めた湯にひたり、流し場でからだに湯をかけてからあがる日本式入浴の習慣は、個別にバスタブのなかでからだを洗い、流さずにタオルで拭いてあがる、日本人の感覚ではむしろ「キタナイ」と思われる入浴法と、やはり文化的な潔・不潔の境界線で分けられている(9ページ)。

 漢字で文化のもとになる意味をあらわす「文」という文字も、からだに瘢痕(はんこん)文身(いれずみ)を施した人を描いた象形記号に由来するという。ブラジルの先住民カデュヴェオ人は、なぜ顔に文様を描くのかと外来者に尋ねられて、そうしなければ他の動物たちと区別できないではないかと答えたというが(レヴィ=ストロース『悲しき熱帯』、川田順造訳)、からだにある加工を施すこと、つまり身体変工は、ヒトを他の生物から区別するもっとも初次的な手段であるだけでなく、ヒトを他のヒトから区別する、いわばヒトのなかのしるしづけの基本的なやり方でもある(10ページ)。

 集落からみた住文化の地域的特徴が、社会構造だけでなく、人間の思考や感性のあり方とも深いかかわりをもつことを示している。地域の集落史から地域の精神史とでもいうべきものを考える可能性は、大きいに違いない(15ページ)。

 日本の旅館では、洋式の高級ホテルでも、浴衣=寝間着が必ず部屋に置いてあるが、こういう他人と共通の衣服をたとえ洗濯してあるにせよ、身につけて眠るというのは、西洋の文化の「個人」の感覚からは考えられないことだ。(略)他方、日本では家族の箸(はし)はめいめいのものが決まっているが、西洋ではナプキンは個別に決まっているが、ナイフ、フォークは家族共用だ(17ページ)。

■新版・博物館学講座 第6巻『博物館調査研究法』(2001年、雄山閣出版)では、地域学について総合学としての位置づけで紹介している。また、

 桑原武夫(出典は1983年)は学問には素人性を必要とすることを指摘している。それは、ものに驚く素直な人間性が大切であるとしたうえで、次のように述べている。(194ページ)

 私は、学者は、玄人にして素人であり、素人にして玄人である、という境地がなければいけないのではないかと思っています。すべて新しい創造、新しい考え方、オリジナリティというのは、矛盾の意識からしか生まれない。あるいは既存のものに新しい何ものかが交錯することによって安定が乱れる、もう少し露骨に言えば、大小いろいろありますが、あるひとつの学問の領域が他の異質なものによって侵入される、あるいは侵略される、そういう過程において新しいものが生まれる。

■私は20歳代のときに、民間ユネスコ運動の大会で桑原武夫先生にはお会いしたことがある。

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■たとえば宮本常一『民具学の提唱』(1979年、未来社)では、

 これまでの民俗学の調査は時間をかけない調査が多かった。その場合はどうしても項目主義というか語彙主義というか「こういうことはありませんか」「こういうことばはありませんか」というような、こちらから聞きたいことだけを聞き出し、それを項目的に整理していく方法が多かった。多くの報告書を読んでもほとんどそうなっているし、私などもそうした調査を行ってきたことが多かった。そころがそのような民俗誌を読んで現地へいってみると、印象がまるで違っていることがはなはだ多いのである。これまでの民俗誌では正しいイメージも描けないものが多いというのは、資料としては価値の乏しいものであるといってよいのではないかと思う。正しいイメージの描けるような民俗誌を書くためには、その地域の全体像をまずつかんでいなければならないと思う。と同時に聞きたいことを聞いてきただけの項目主義的な調査でも十分ではなく、相手をして語らしめ、物をして語らしめることが重要である(105ページ)。

 事象はそこにあるのである。長い歴史を持って生活の中に存在している。なぜその中から民衆の意志を読みとろうとしなかったのだろうか。生きるということはどういうことなのか。生きるためにどのような方法と手段を必要としてきたのか、民衆の学問はたえずそこから出発し、この問いに対する答えをもとめてゆかなければならないように思う。(略)

 人間の歩いてきた道が久しいように、歩いてゆかねばならぬ道もまた長い(255ページ)。

  

ユリの長い花束

■10月10日午後、首都・東京の港区にある六本木ヒルズで開催された会合が終わって、たいへんだったのは会場の40階から地上階に降りるエレベータ待ちの長蛇の列。とても時間がかかりました。災害時はだめですね。

 地上階で道路に出ようとしたときに、長さ90cm~110cmの白いユリ(たぶんオリエンタル系)を数本束ね、透明のラッピング1枚で包み、茎もとに20cmくらい銀色のアルミホイルを巻き、そのところに緑色の幅1.5cmくらいのリボンで簡単にまとめた花束を持つ女性とその隣に数名の女性の列の、後ろについた。

 六本木交差点まで歩き、JFMAの小川先生、松島さん、井上さんらと少しの時間懇談し、分かれ、私はタクシーを探して外交資料館の方の道路を東に向けて歩いた。そこでは向かい側から、同じような白いユリの長い花束を抱えた集団(ユリを持っていたのは女性2名、男性1名)。

 とてもシンプルな花束で、開花は数輪で、おしべの花粉もきれいに除去されていました。

10月16日 都内

■2009年10月16日(金曜日)

テーマ:農研機構シンポジウム「消費拡大による国内花き生産の振興を目指して」
日 時:平成21年10月16日(金)13:00~17:00
場 所:新宿明治安田生命ホール
    (住所)東京都新宿区西新宿1-9-1 明治安田生命新宿ビルB1 
    (電話)03-3342-6705
内容:花き業界各層から講演をいただき、消費の拡大に基づく国内花き生産の振興に関わる今後の方策を探ります。

 →→→花き研究所

■10月20~22日、京都。新しい流域概念。地下水の役割。 →→→地球研シンポジウム

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花持ち試験の意味

■切り花の花持ち試験がオランダは20度、日本は25度になった経過は、2001年からのJFMAの鮮度保証販売研究会で、国内の品質保持剤製造販売会社の参加とJFMA会員企業の協力を得て2カ年の店頭・消費者家庭の実証試験で決まった。

 当時の花良品の3店舗で購買されたお客様群に、デジタル温度計測タグを装着しレンズ付きフィルムをお渡しして毎日の家庭での開花撮影と温度記録を計測した。購入者は首都圏の一般家庭の皆さんで、特に日中に留守になる家庭では締切になるため室内温度が30度~40度にもなっていた。また冬期間の暖房のことを考慮に入れ、それまでの社会調査などで季節性、地域性があることで道州制のような試験環境の議論にもなったが、最終的に25度になった。

 オランダでは20度で育種会社・生産農場・流通市場・花束加工会社それぞれに同じ環境設定でそれぞれに目的に応じた花持ち試験を行っている。それを可能にしているのはオランダの卸の協会が持っている「開花経過と鑑賞期限を明明示した」冊子。

 一般家庭の場合を想定するため、試験を行う花瓶水には消費者用後処理剤(品質保持剤、フラワーフード)を必ず使う。水の水深も、その吸収量も計測できる。毎回、水交換をしているようだと吸収量が変化する(冷水と夏の気温に近づいた温水では水の粘度が異なるため)。

 25度、湿度約60%、12時間日長、花瓶水にはフラワーフードを入れる。そして開花具合を観察するとともに、供試花の重さも計測する。60cm長さ、5本で1花瓶。この結果と、育種・生産・流通・加工等で引き出す現場で考える使用データは異なる。たとえばスイスのチューリヒにあるアグロトロピック社(花束加工、写真 2004年11月1日JELFA欧州視察調査。同社は量販店納品のほかフェアトレードのマックスハベラー・のバラを専門店で1本売りしている。MPS農園をスリランカで経営(葉物生産)すぐれた企業)は、量販店店頭環境で3日間(陳列販売期間)はつぼみが堅く開かないが、4日目から開くバラを調達している。花持ち保証販売をしている量販店に納品しているが、店頭調査の結果、納品してすぐ店頭で開花するバラはスイスの消費者は選ばないからだ。家庭でフラワーフードを入れた花瓶のなかで花が咲くような開花特性を持つバラを、自らの花持ち試験のなかで開花速度を計測し独自のまとめ方をして、そうした品種を選んで購入している。

 カスミソウで言えば、吸い上げ染色を昭和花き研究会は行っているが、蒸散による水揚げ法を生産者が作業小屋の日常環境で行うため、そうした環境下(外気温、湿度に影響を受ける)で、エチレン対策としてのSTS前処理と染色を行った上、つぼみ開花対策としてのスクロースなど蔗糖類の長時間補給を可能にするような水揚げ体系が求められる。

 こうしたときに、経験的に、現在導入されている35品種の白いカスミソウのなかで、染めやすい花と、染まらない花(水揚げが鈍い花)が品種により明確に異なることがわかっている。色は目で見えるため、生産者でも簡単に理解できる。新しい昭和花き研究会の品種フォレストは染色力が高いカスミソウとしても選定している。すうーっと染料(STS)が上がり、そして25度環境下での花持ち試験結果もアルタイルよりも4日ほど長い。晩生種のため到花日数がとても長くなり、草丈もとても伸びるので寒い暖地作では作れない欠点があるが、夏場の高冷地には向いている。

■ →→→ 花持ち試験環境 JELFA

■ →→→ バケット低温流通

 →→→ PDFバケット低温流通を核として切花流通における品質管理マニュアル

 →→→ 農水省

 →→→ エチレン非感受性の花

■仲卸業(問屋)が専門店向け仕入れのほか、量販店への原体納品(パックせずに納品)や花束加工での納品をするなかで、自ら小売業を始める事例が多くなっている。それは量販店と専門店の中間の業態が多い。スイスのアグロトロピック社は、量販店向け花束加工・納品のほか、小売店を経営している(チューリヒ空港内にあるブルーム3000)。→→→2004年秋調査

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風で木の実が落ちる

■2009年10月12日(日曜日)

 強風は、森のすみずみまで風を送り込む。木の実は落ち、葉は裏返しになり気孔から蒸散がすすむ。林床に風が吹きあたりキノコの胞子が吹き飛ぶ。

 夏枯れしていた沢に、降った雨がしみこんだ数日後から水が戻ってきた。沢から引く水が池に出るようになった。

 210日を過ぎれば山のクルミを採って良い。

 野生の熊も畑を横切る足跡が多くなっている。

■南会津町田島 水無川に水が流れる瞬間の貴重な写真 →→→湯田君

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手による技法。

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2009年10月11日 (日)

渥美半島のかすみ草

■台風18号の直撃を受けた愛知県。渥美半島でかすみ草を栽培している生産者荒木さんも被害を受けている。

 →→→ カスミソウの主張

 →→→ バラ生産

 →→→ キク生産

 →→→ 日本農業新聞 愛知県81億円被害

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ひまだれ

■2009年10月11日(日曜日)寒い日。曇り。

 会津盆地は時折雨であったが、昭和村は曇り。とても寒い、風の強い日であった。午前は、家向圃場の畑整理(残茎)、午後は岩下(上)圃場のネット外し、残茎整理、支柱抜き(父、Kさん)。

■先日、愛知県海部郡の鉢物生産者(60代)のお話を聞く機会があった。そのときのなかで「ひまだれ」という話が出てきた。

 農業委員とか地区の役員とか「公務」を多くやっておりとても「ひまだれ」することが多い、という挨拶であった。

 昭和村でも同じような内容で使う。

 海部郡は50年前、昭和34年9月の伊勢湾台風で海水に浸かった海抜マイナス1.5mほどの地域がある。もとはトマトなどを栽培していたが、この海水浸水による塩害で畑の土はだめになったため、ポインセチアなどの鉢物生産に転換したところが多い。今回の台風18号はそうした地域も被災した、と聞いている。

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全国花卸協会

■2009年10月10日(土曜日)午後5時30分から8時まで、首都東京・港区の六本木ヒルズ40階で、全国花卸協会設立記念レセプションが開催され、出席してきた。

 花の仲卸業社が99社集まり結成された同会は、売上税・消費税対応のために昭和62年結成され、20数年が経過し法人化した、と設立経過が出田会長から報告の挨拶が冒頭にあり、たいへん重要な挨拶の内容であった。広島市の中央卸市場に仲卸として出店している出田生花の社長は、宮崎市内で同会の総会が開催されたときに会長に推挙されている。2006年6月17日の宮崎の会合で私は記念講演をしている縁があり今回も招聘された。

 全国の荷受会社(卸)、仲卸、生産者、小売店、関係機関、報道などが300名以上参集し、盛会でした。

 全国からの参集者よりそれぞれに、私自身は、今回の台風18号の被害現況をうかがった。またJFMAの9月末の南米視察に行かれた人々にも話を聞いた。コロンビアのラ・プラゾレッタ農園の社長が11月のIFEXのために来日される、という。「パーフェクション」の農場だ。

 →→→2008年9月 人が伝える花の魅力

■いわゆる日本で数年前から長野県のフラワースピリット上條信太郎さんらにより提唱・行われている大輪完熟なラナンキュラスやトルコギキョウのコサージュを一段と生産・流通までの枠で拡げた意識が「パーフェクション」で、日本的技法を越えたものになっている。

  →→→2004年10月 アグロトロピック社

 スイスのアグロトロピック社がマックスハベラーのフェアトレードのバラを、生協系(ミグロス・スーパーや、コープ)の十数本の束販売のMDを、1本タグ付け売りにばらし専門店で販売するような発想の革新に向いている。マテリアル消費を減少させサスティナブルに向かう情報社会の新しいソーシャル消費に結びつける役目がパーフェクションには潜在しており、その可能性にはまだだれも気づいていない。

 見田宗介が『現代社会の理論』(岩波新書、1996年)の第4章で提案していることが(この本は1997年10月27日に読んだ)、たとえば信州・コロンビアで同時に発生しているとすれば、全国仲卸会の新たな役割がそうした、これまでに存在していなかった花を新しい顧客に届けるような意義付けも出て来ると見ている。

 2009年9月18日の日本経済新聞の経済教室に、「ソーシャル消費」として電通の上條典夫氏が提案しているが、講談社から4月に発刊された上條典夫『ソーシャル消費の時代』は3ヶ月で、すでに3刷になっている。

  同じ電通出身の岡本慶一ら訳の『経験経済』(初版は2000年、改訂版は2005年にダイヤモンド社より)とあわせて、花の品質を追求する時代が質的転換を経て、花を大切に扱う意味や、1本の花がもたらす社会・個人生活の豊かさへの価値などが、いまとても大切な問題として想起されている。

■2009年11月12日、幕張メッセで開催される第6回国際フラワーエキスポ IFEX(アイフェックス)の専門セミナーの特別講演はパネルディスカッションで「暮らしを豊かにするためにできること ~質的転換の時代に向けて花の消費を拡大するには~」

 私(菅家博昭)は、11月13日のF8生産者向けセミナーで「生き残る産地として必要な取り組み~花を育てる物語の伝え方から環境負荷低減プログラムMPSや産地フェアまで」として今回の全国花卸協会の設立を踏まえて、日本の人々(消費者)が求めている花の実像について提案する。

 さまざまな取り組みが渦を巻いており、それは指向性を持ってきている。機は熟している。

  コロンビアのパーフェクションの農場の提携先は北米の花問屋群で、フローリストが相手で、量販主体の花束生産農場とは異なる志向を持つ。

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日本農業新聞10月11日↑記事

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2009年10月10日 (土)

寒い朝に 気温3度

■2009年10月10日(土曜日)晴れ、朝3度C。

 台風18号が通過し、その後雨が続きましたが、今朝は冷え込みました。そろそろ奥会津の山岳地帯にも初冠雪になる時期です。今年は雪が早いと見ている人が多いようです。台風19号が発生、今回、台風の道ができているので懸念しています。

 昨夜、大岐センターで19時から昭和花き研究会役員会を開催しました。27日の総会、品種選定等、金山普及所佐藤充技師の出席を得て協議を進めました。

 台風18号のハウス被害は少ないのですが、ハウス破損を防ぐため、被覆していたビニルを除去してしまったため「かすみ草」の被害があります。昨日日中の現況調査では出荷予定数の30%程度の被害と見込んでいます。

 現況では11月上旬まで出荷が継続されますが、天候次第での出荷数増減となります。西南団地産が出ているため、九州・中国地方の卸市場への出荷は10月16日を最終と予定しています。

 その後は仙台・福島・関東の取引先を中心として11月上旬までの出荷となります。

 染めかすみ草等の予約相対は10月9日で終了しました。

■1ヶ月ほど沢の水が枯れていました。それがようやく昨日から流れ出るようになりました。

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2009年10月 9日 (金)

強風続く

■2009年10月9日(金曜日)午前中強風続く、曇り。午後より雨に。

 8日の台風18号は、正午に昭和村の直上を目が通過しました。

 8日の早朝の強風で矢ノ原、小野川、大岐でハウスビニルが破損、あるいは被害防止でビニルを除去したためのハウス内かすみ草被害が出ています。

 9日午前10時現在も、強風が吹いています。

 昭和村と福島県(金山普及所)が、村内被害調査で巡回中で、大岐には10時に来ました。

  ※出荷中、今後出荷予定のかすみ草の30%程度が被害にあったと思われます。

 ※今夜(9日)7時、大岐センターで昭和花き研究会役員会(幹事会)で被害状況のとりまとめをします。

■からむし(苧麻・カラムシ)の社会的役割。2005年8月4日、大岐に文化人類学者の川田順造さん

2009年10月 7日 (水)

台風による出荷休止

■2009年10月7日(水)曇り

 台風18号が北上しています。

 羽田空港からの輸送は難しいと判断し、沖縄県花卉・福岡花市場・広島花満・姫路生花については9日(金曜日)の出荷は休止とします。ファクスにて連絡いたしました。

台風対策をしています。ビニルを外してハウスを守る、花を守るか思案します。直撃ルートなので被害は出るので被害を少なくするために。

2009年10月 6日 (火)

残った団子

■ 10月26日(月)夜、会津MPS連絡会例会を会津若松市内で開催します。菅家まで連絡を下さい。→→→ 会津MPS連絡会

■ 我が大岐の家から、一里(4km)上流の小野川に嫁いだ、父の叔母が、彼岸の仏参りに大岐に来た。

「小野川の墓場に、あげ申した団子をカラスが食べない」ので話題になっている、という。菓子ばかり食べ、味のないだんごは残っている、という。

■→→→ 作曲講座

■台風18号が接近・北上中 →→→ デジタル台風

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ふうきがうまい

■2009年10月6日(火曜日)曇り。

 昼に、郡山市のあさかのfleshの五十嵐信一さん、石井光雄さん、松本信予さんが来村された。佐倉の苧麻庵でそれぞれに昼食後、中向の集荷所を本名敬君の案内で見た。その後、下中津川から矢ノ原高原の佐藤充先生の試作圃場で品種群を見た。矢ノ原の代官清水では役場職員2名が仕事で水くみをしていた。舟鼻峠のトンネル内覧会で使用する、という。

 大芦から、小矢ノ原の昭和の森キャンプ場の「森の駅」を見て、赤坂峠を両原に抜け、喰丸峠から小野川地区、大岐に向かった。たいへん熱心に圃場、作業場などを視察された。午後4時少し前に解散した。

■先日、いわき市の商業施設で、カスミソウフェアを行ったときに、昔に昭和村を訪問したことがある老人から「昭和村は空気がうまい」という話を、帰宅後、大岐の両親に話した。

「いわきの人は、昭和村のくうきがうまいって言っていた」

「少し塩漬けにすっと、もっとうまいべな」と父上。

「ふうき(蕗・フキ)はうまいべ」母上。

「ふうきではなく、くうき(空気)だ」

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総会通知ファクス・メール発送(27日開催)

■2009年10月6日(火曜日)

 10月5日(月)は曇り。台風北上中で今週末に大雨の予想。

 5日(昨日)は、大田(下)圃場に定植してあるオミナエシの晩生種(いま開花中)をすべて採花して調整・今日出荷。植草さんからの注文は300本だったが、250本しかなかった。東日本板橋花き宛送る(立て箱3箱、170cm草丈)。

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■取引先各社に10月26日(月)19時・前拍者懇親会(会津若松市内)、27日(火曜)午前10時から柳津町柳津 料理旅館かわち で昭和花き研究会の定期総会・反省会(昼食会)の案内ファクス、電子メールを送りました。14日締切。生産農家約40名、行政機関・種苗・資材・卸等から20名の予定です。今年のトピックは県内量販店での地産地消の取り組み、来年に向けての独自品種かすみ草・フォレストの販拡戦略についてが課題になります。10月9日の夜7時から役員会(幹事会)で総会進行等の相談をします。

■気温が低くなり、また台風接近でハウス被害が懸念されるため、8割程度採花が終えたハウスのビニル除去が進んでいます。そのため、出荷量は増えません。染め対応は10月9日までを基本としています。白かすみ草は10月23日頃までが品質保持、それ以降は品質劣化していきます。出荷そのものは11月上中旬まで週2回出荷の予定ですが、積雪次第になります。

■10月5日(月)の読売新聞福島県内版に、いわきでのかすみ草フェアのカラー写真と記事が掲載されました。4日に来店取材された記者は、購入者にもインタビューしていました。この記事を見て福島県内のテレビ局から電話があり、電話で取材を受けました。来村して取材するようになるようです。

■今日(6日)午前~午後、郡山市のあさかのフレッシュの五十嵐部長ら3名が産地視察に来村。

■明日(7日)午後は定期外部監査(会津若松にて)。

■8日はつくば市の農業者大学校です。台風接近します。

■9月28日(月)から、かすみ草販売は、6月から経験しなかった安値が続いています。

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2009年10月 5日 (月)

503

■2009年10月7日(水曜日)販売分は503箱

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グルーピングによる卸のMD

■どのように素材にいのちを与えるのか?→→→ FAJのグルーピングMD

 10月末にFAJではJFIトレードフェアが開催される。

 豊明花きでは9月下旬に開催された→→→豊明花き

空気がおいしい???

■明日、10月6日(火曜日)午前、
郡山市の花束加工の「あさかのフレッシュ」から3名の人が来村し、カスミソウ圃場を案内する。昨日まで、量販店店頭で販売したチーム。これまで社員の皆さんが交替して今年2度来村している。今年3回目の来村。

商品理解と地域性の理解。

店頭で、「昭和村って?」聞かれることが多い。
カスミソウのお話以上に聞かれている。

−−−−−−
3日に来店された、フェア開催地いわき市内の女性(60代)は、
かなり以前にカラムシ織りを見にからむし会館のある昭和村を訪問したそうで、
「空気がとてもおいしかった」と
昭和村観光協会の青いはっぴを着た私に語った。

「空気がおいしい」などと、
これまで考えたことがなかったので虚を衝かれた思いだった。

その話を、4日の帰路の夕方、同乗させてもらったあさかのフレッシュの五十嵐部長の車で話したら、
「カンケさん、僕らが昭和村に行くのは、空気がおいしからですよ」
「行って、村に着いたら、クルマから降りたら最初に大きく深呼吸するんです。あさって行ったときもそうするつもりです」

■11月13日の幕張メッセでのIFEX(国際フラワーエキスポ)にも来場し、13時からのF8の私の専門セミナー「生き残る産地として必要な取り組み〜花を育てる物語の伝え方から環境負荷低減プログラムMPSや産地フェアまで〜」を聴講するのだという。

資源への文化適応

■1994年12月5日に発行された『資源への文化適応~自然との共存のエコロジー』(雄山閣出版)は、京都大学の福井勝義さんが編集代表「講座地球に生きる」の全5巻の第3巻目で、東京大学医学部の大塚柳太郎さんが本巻を編集している。特徴は巻末に総合討論(座談会)がある。

 座談会最終段で大塚さんと、京大の掛谷さんがサスティナビリティ(持続性)について言及している。

「(大塚)自然とのかかわり、あるいは資源の限定性という、基本的な環境への理解が足りない点が目につきます。一方で生態学者はサスティナビリティ(持続性)ということを一所懸命いっています。サスティナビリティというのは、必ずしもはっきりしないし、魔術のように解決をもたらすはずはありませんが、その背景には、あまりに無駄というか、ほとんど意味のないものを生産するシステムがまかり通っている、という現実があるからだと思います」

「(掛谷)資源のサスティナビリティというより文化のサスティナビリティが問題といった方がよい側面もありますね。生きかたのサスティナビリティを、資源のサスティナビリティのみで云々すると、それぞれの地域で生きている人たちの文化を破壊するようなことも起こってくるわけです。

 繰り返しになりますが、自然のサスティナビリティだけを問題にしていると、文化の破壊ということになりかねない。自然や資源をめぐるサスティナビリティの概念は、文化のサスティナビリティとリンクした形で意味を持つと、強く主張したいですね」

■この本は発刊されてすぐの1994年12月31日~1月1日に一度読み(304ページ)1995年の2月5日に再読して、今回3回目になる。

2009年10月 4日 (日)

秋色かすみ草

■ →→→ 中央花き

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フェア終了

■2009年10月4日(日)晴れ

 今期のかすみ草フェアの最終日。無事に終了しました。五十嵐さん、菅野さん、千駄木さん、小林SV、大滝さん、福田さんなどお店の皆さんお世話になりました。

 今日は朝8時に郡山市からあさかのフレッシュの五十嵐さんの自動車に乗せてもらっていわき市に(追加分のかすみ草を積んで)、フェア後に郡山市に夕方帰着。白河店とも、ほぼ完売しました。

 店頭の事前告知チラシなど、フェアが終了したので、了解を得て記念にいただいて帰りました。

 10月3日は白河店に福島民報新聞社の取材があり、4日はいわきに民友新聞社、読売新聞社、日本経済新聞社のフェア取材がありました。

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商品を買っていただくということ

■2009年10月4日(日)

 昨夜遅く会津に戻り、今朝早くまたいわき市に向かう。福島県の東端・太平洋に面したいわき市と、西端の日本海に近い奥会津・昭和村の走行距離は片道200kmで3時間かかる。高速道を使っても3500円だが、今年の春からの週末1000円で助かっている。2日間の高速代だけでも、往復7000円×2往復で14000円が4000円になっている。

 白河店を担当した本名敬君ら3名は昭和村→下郷町→新・甲子トンネル→白河で山路の峠2ヶ所の往復だ。

 初日の3日の11時に、開店から1時間の両店の販売状況を見て、色の補正が行われ、販売している7色のうち、今回夕方まで店頭で動くであろう2色を160本(80cm40本4箱)と80本(80cm40本2箱)追加することとし、昭和村にいるチームに染色依頼をして、今朝まで染め上げてもらうことになっている。朝5時にそれを2店に仕分けして、白河店といわき店に店頭販促に行くときに持参することになった。土曜日の午前の販売点数が①土曜日終日全体の販売点数、と②日曜日終日の販売点数の予測関数ができあがっているので、7月4~5日の会津若松市1店、7月19~20日の郡山市2店、8月29~30日の福島市2店のかすみ草フェアでもそのようにしてきた。

 ここまでの合計5地域7店で各2日間、のべ14日間の店頭販売促進活動をしてきたが、小売店側は仕入にかかわるバイヤー・地区SV、店舗スタッフ(店長、売り場)、仲卸社長・担当者、荷受社担当、花束納品加工社の部長・スタッフ、生産(昭和花き研究会)が毎回分担・店頭を交替しながら対応してきて、時間単位で現場でおきていることをその場で対応しながら次の展開に結びつけている。思ったよりも店頭でのハンドリングでかすみ草の結束部(茎)が折れる品種があり、今回私がいる店頭ではそれが問題になっている。特にそうしたことは店頭で接客しお客様にかすみ草を渡している開成生花の林さんが気づいたたびに私に「カンケさん、このかすみ草の品種名は?毎回、茎が折れますね」と教えてくれる。色を染めているので花の特徴が見えにくいが、今回染めているのは3品種だけなので、帰ってからの10月9日の役員会で品種検討の際に生かす。

 通行者に立ち止まってもらう(立ち寄り率)を上げるためのPOP、旗、呼び込みのしかたなど、、、、その後の説明でお客様の「商品特性の発見(驚き)」→「理解」→「好きになる」→「購買」がだいたいわかってきている。生産者は毎日店頭にいることができないので、通常業務をしている有人スタッフにそれが見えるように店頭では対応している。

 今回の店舗では店長の福田さん自ら開店からずっと店頭で来客を呼び込み、私たちの接客・会話を見ていて、そのように応接されていた。通行客に売り場に立ち寄ってもらう「自然さ」には、同じ場所にいてとても学ぶことが多かった。通行客が途絶えたときに、売り場前で、話をうかがってみると、過去に、赴任したお店の地域の茸(しいたけ)を売ることになり毎週末生産農家と店頭に立ったのだという。

 多様な客層があり、就学前のこどもと、小学生二人の別な2組の花の色を選ぶお手伝いをした。選ぶ色の共通性があり、メディアの影響が大きいことがわかった。いわば「花屋さんしか選ばない色」を選ぶ。

 いくつか課題が残ったので、販売開始1時間の動きでそれを補正し、2日目の対応で変化させる。予想と逆に動くのは、陳列法や応接により変えることができる。ほんとうに来店客がほしいものは、今は色で遡及しているが、その奥にあるものがあるので、それを店頭で参与観察しながら来店者の言葉の表現やしぐさのなかに探している。とても得難い機会を与えていただき、今年は店頭で学んでいる。

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店内では今日のかすみ草フェアの事前告知が多くの場所で行われていた。お店の大滝さんの作成されたすてきなPOP。

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開店1時間前に集合して売り場(催事)が作られる。

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2009年10月 3日 (土)

762箱

10月5日の出荷762箱。

本日はいわき市でカスミ草フェアです。

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■10月2日午後、首都圏で16店を展開している小田急フローリスト(運営はランドフローラ社)の仕入課の皆さんが来村され、圃場を案内しました。特に昭和村ではかすみ草栽培を開始してから土壌消毒を25年間一度も行っていない意味を伝えました。

 →→→花職人Aizu 手代木さん   →→→山内さん

 →→→魚沼・鈴木健市さん

かすみ草フェア(いわき市、白河市)

■今日、10月3日、4日、いわき市内でかすみ草フェア(菅家博昭、店頭)。3日白河市(本名敬店頭)。

 →→→ かすみ草フェア

カヤ:野分

■2009年10月2日午前撮影・福島県昭和村大岐(高畠)。強風に揺れるススキ(カヤ)。画枠内を2回クリックするとユーチューブのサイトに移動します。3件アップロードしました。

2009年10月 2日 (金)

たがく  tagaku

■10月2日は雨でした。

 夕方、籠太でお花の来県者と懇親会を持ちました。

 母語(方言)の話が出て、菊地敏夫さんが「米袋をたがく」という話をしました。「その米をたがって車に積んで」という「たがく」が通用しない、というのでした。

 たがくとは持ち上げる、持ち運ぶなど、である。Lift

 たとえば、カスミソウの箱をたがってください、と言えば、かすみ草が入った箱を持ち上げて下さい、持ち上げて運んで下さい、という意味になります。

 タガク tagaku

 濁音をとれば「たかく」takaku

 日常的に無意識に使っている基本用語が、実は、他者に通用しない、ということがある、ということを知りました。

 →→→高尾嶺通信

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■10月2日午後、首都圏で16店を展開している小田急フローリスト(運営はランドフローラ社)の仕入課の皆さんが来村され、圃場を案内しました。特に昭和村ではかすみ草栽培を開始してから土壌消毒を25年間一度も行っていない意味を伝えました。

 →→→花職人Aizu 手代木さん   →→→山内さん

 →→→魚沼・鈴木健市さん

秋の実

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アケビ(昭和村:苧麻庵)。マイタケ(大岐)。キハダの実(黒・月田農園)、ヤマボウシの実(月田農園)

露地栽培(ろじ・さいばい)

■空を見て育つ花。

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秋の月田農園

■2009年10月2日(金)

 明日の土曜日と日曜日、私はいわき市のヨークベニマル・エブリア店でカスミソウフェア担当。白河店は本名敬副会長らが担当する。→フェア情報

 昨日、納品業者のあさかのフレッシュの五十嵐部長からメールがあった。今季最後のフェアなので頑張りましょう、という内容でした。

 昨夜、役員会が終わった後の夜遅く、大田花きの松永剛志さんから電話があった。週末のカスミソウフェアに行く予定でいたが、都合がつかなくなった、という連絡でした。大田花きを通じてカスミソウを納品しています。

■10月1日(木)晴れ。早朝、土曜日からのカスミソウフェアのための納品数を集荷所で確認。夜は大岐で7時から役員会を開催し、9月までの販売結果の検討と、10月期の販売方針と来年の営業方針について6名で検討した。

 午前、大岐から柳沢峠、大芦から新・鳥井峠を経由して南郷村界、左折して月田農園に。大芦からの狭い道路(国道401号線)では道路に落ちた野生の栗を拾う人が車を停めていた。月田農園の周囲の栗、禮次郎(れいじろう)さんが植えた大きな実のクリも茶褐色のイガを開いてたくさん道路に落ちていた。禮次郎さんによれば普通なら夜の内に熊が出て来てきれいに食べてしまう、ということだが今年は出てこない、という。

 禮次郎さんはカラーの球根を畑から掘り上げ、それをビニルハウス(パイプハウス)内に干していた。茎が乾燥したら球根を分離し冬季貯蔵にする、という。

 7月に禮次郎さんに聞いた、川越藩の雑木林を造林した開発について、それを何か本でよんで、月田農園の手本にした、ということについて、7月下旬にその埼玉県三芳町の民俗資料館に行ってきたことを伝えた。詳しい本も入手してきて読んだので、その内容を伝えた。「ああ、俺も行ってみてえなあ」と。

 「カンケ君、県の農業賞おめでとう。新聞で見た。俺たちも冬に時間が取れるようになったら、時間を作るからオライ(我が家)で祝ってやるから来い」と言われた。

 「ところで、テレビの天気予報の長期予報は今年は暖冬だ、なんて言ってっけどなあ、ここらの年寄りたちは、今年は雪は早いぞって、みんだ言ってる。年寄りの言うことだけどな、それ聞いて秋の仕事を急いでんだ」

 「今年は沢の水も枯れるぞ」と今年の春に言っていた禮次郎さん。その通りにいまの奥会津はなっている。冬に降る雪が少ないから、地下水が無くなる、と言っていた。夏に降る雨はいくら降ったって草を伝って沢から川に出て海に流れてしまう。冬の雪が地温で溶けて地面にしみこむのが山を支えているという。

 農園を歩いた後、新・鳥井峠から大芦に入る左側の台地上では2組の労夫婦が、手に持つ鎌でソバ刈りをして束ねて立てていた。

■禮次郎さんが聴講に行くという只見で開催されるふくしま森林文化フォーラム。赤羽正春さん、佐々木長生さん、新国勇さんなどが登壇される。→→→PDFファイル10月31日

■2009年9月30日から埼玉県内の量販店、ヤオコー新座店で切り花の鮮度保障販売がはじまりました。昨日(1日)11時7分、その店頭に花き研究所の市村一雄先生とJFMA会長の法政大の小川孔輔先生が訪問し、小川先生から電話をいただいた。東日本板橋花きを通じてヤオコーには花持ち試験をして規定日数花持ち期間を保証できるMPSのカスミソウの白と染め色を7月から納品している。「染めカスミソウが売れていますよ」という電話だった。午後6時13分にも小川先生から電話があり、店頭の様子を詳しくうがかった。

 →→→小川先生

 →→→10月1日の日本農業新聞に掲載されています。

■今日(2日)の午後は、首都圏から関越自動車道で、魚沼の鈴木健市君の露地栽培の草花(シャクヤク、ナルコユリ)、ユリ類の栽培地を見た後で、会越国境の六十里峠を越え、昭和村大岐に小田急フローリストの仕入担当者宮西陽郎さんら三名が来村される。カスミソウの栽培圃場や採花後管理、環境負荷低減プログラム(MPS)の取り組みなどを大岐集落周囲の現地圃場を案内しながら語る。ただ雨になる予想で、寒いと思う。

 夜は会津若松市内に泊まる、ということで会津MPS連絡会の数名で応接することになった。会津盆地は稲刈りがはじまり皆忙しい、、、、。場所は籠太。十八時三十分~十九時頃に開会。ギター持参のこと。

 参加者は、私(カンケ)と、花職人Aizuの手代木進一さん、山内庄一郎さん。いずれも切り花生産の環境負荷低減プログラムMPS参加者で、化学薬品クロールピクリンなどの土壌消毒剤を使わない土の管理をこの夏試行しているので、話を聞く。

 小田急フローリストではこの7月に全店で七夕カスミソウフェアを行っていただき、その後、世田谷花き市場から昭和花き研究会産のカスミソウの定期納品がはじまり、店頭の様子をうかがう。

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■昭和村と接する南郷の月田農園(現・南会津町)5ヘクタールには今から約8千年前の縄文時代早期の常世式土器(沈線文、貝殻腹縁文)を出す場所が数カ所確認されている。昭和村にもこの時期の遺跡が多い。月田農園から見える黒岩は、重要な岩場であり、目印であったと推定している。現在の月田農園を経営的に支えている露地栽培の切り花「森のカラー」は大田花き(東京・卸)等に出荷されている。通路に農園を囲むコナラ林の落葉を敷き、畝(ベッド)にはもみ殻を被覆して、いずれも有機質素材で土を覆い、土を守っている。贅沢な農法だ。

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↑畑の土の中から掘り上げられたカラーの根部。

↓6月上旬の農園の出荷切り花となるオトメユリ(ヒメサユリ)は種子になり、播種するための種子採取の時期になっている。1個のサク(実)に約60片の種子が詰まっていた。

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2006欧州視察

  • 20061101dsc00245
    2006年11月 JELFA欧州視察の個人写真記録。菅家博昭撮影。

2006年12月冬の沖縄

  • 20061203img_3812
    2006年12月の沖縄県内。花の生産地や街の様子。菅家博昭撮影。

2007年1月から

  • 20070401img_9892
    2007年1月から奥会津などの風景、菅家博昭撮影。

2007静岡カスミサミット東京

  • 20070201img_9619
    2007年2月1日に東京都内・大田市場で開催。

2007年4月から

  • 20070426img_5713
    2007年4月から、奥会津の風景、かすみ草生産作業風景など、菅家博昭撮影。

2007年5月の風景

  • 20070520img_0193
    2007年5月の奥会津の風景、かすみ草生産。菅家博昭撮影。

IFEX2007_TOKYO_01

  • 20071011ifexdsc02602
    144枚、菅家博昭撮影。幕張メッセ花の展示会。

2007年11月

  • 20071108dsc04006
    2007年10月オランダ、アムステルダムのホルティフェア、アールスメールマーケットでの印刷物資料

かすみ草写真集1

  • 20061010img_3904
    348枚。菅家博昭撮影。かすみ草生産地での撮影。

奥会津の風景01

  • 20060801img_4064
    387枚、菅家博昭撮影。おもに昭和村など。

2006北海道かすみ草サミット写真誌

  • 20060715img_0143
    2006年7月13日、14日。北海道夕張郡由仁町で開催された第4回全国カスミソウ北海道サミットinみなみそらち・ゆに

2006年夏の記憶

  • 20060913img_9418
    2006年の奥会津・昭和村、カスミソウ栽培の風景。菅家博昭撮影。

2006年秋の記憶

  • 20061114img_1169
    2006年秋の福島県奥会津の風景、カスミソウ栽培の様子など。菅家博昭撮影。
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