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2009年10月21日 (水)

コガヤのオバカリ、ナエバカリ

民族文化映像研究所製作『からむしと麻』(1988年)という記録映画には昭和村大岐でのアサ栽培(今は行われていない)があり、→ 昭和村生活文化研究会1990年

 アサの種を蒔いた畑を鍬で均してから畑の中心に150cmほどの長さのカヤ2本(あるいはアサガラを2本)、穂部分は切り取ったものを挿す。これをオバカリ(麻はかり)という。この長さに伸びてほしい、という願いと目安だ、ともいう。

 最近に父母に聞いたところでは、家の冬垣(冬囲い)に使ったコガヤを持ってきて挿した、という。

 また、父・清一は大岐では、イネの苗を作る苗代(なわしろ)を耕し土を均して作った後に、小正月(一月一五日)にだんごさしに使ったミズノキの枝(長さ40cm)をとっておき、それを挿し、その脇にヨシ(芦)を2本(長さ40cm)さした。土の中に10cmほど挿すので、地上に見えているのは30cmくらい。長い苗代になると、こうしたミズノキ1本とヨシ2本を2ヶ所に挿したという。母・ミヨ子が生まれ育った小野川本村ではミズノキだけしか挿さないという。また清一によれば、この苗代に蒔いた発芽したモミ(籾)はヤゴメ(焼き米)にして、この苗代のみなくち(水口・取水口)にまいて、苗に病気が出ないまじない(祈願)とした。ヤゴメは小さなヒョウタンに入れ、首からヒモでさげて子どもの時に食べた、という。

 土を均した後に植物(樹木や乾燥した植物幹)を挿す、というのは類例が会津地方にはある。

■筑波大学民俗学研究会『福島県大沼郡昭和村 大芦の民俗』(1990年)の56ページに、

 五月に種を蒔き、その年の麻の成長の目安にするオバカリ o-bakari を立てる。オバカリとは、その前年の麻殻のことである。

■石川純一郎さんがまとめた『会津舘岩村民俗誌』(舘岩村教育委員会 1974年)の67ページには、稲作の種蒔きとして、

 苗代の中に萱(かや)などをもって×型のナエバカリ(苗計り)を立て、四十センチメートルばかりの高さにしておいて苗の生育を測る。

 

■『田島町史 第4巻 民俗編』(福島県南会津郡田島町歴史編纂委員会 1977年)45ページには、イネの種蒔きのことが載っている。

 八十八夜のころに種蒔きをする。床面に平らに種籾を蒔き、中央にナエバカリを立てる。これは蘆(あし)の幹を地上に四十センチばかり出して×状に立て、苗丈の目安とするものである。折衷苗代(せっちゅう・なわしろ)ではヤキヌカ(籾殻灰)とさらに土を薄くかけ、油紙でもって畝を覆い、十二、三日後に取り除く。

 種蒔きには酉(とり)と午(うま)の日をよしとする一方、申(さる)の日はよくないとして嫌った。

 蒔き終わると水口に田の神のハタを立てる。蘆(あし、ヨシのこと)の幹の先に割れ目を入れ、そこに半紙を二分して、二つ折りにしたものを挟む。このハタを二本立て、上からオサンゴと称してヤコメ(焼米)をふりかけ、田の神に苗の健やかな生育を祈る。ヤコメは蒔き残りの種籾を炒って唐臼にかけ、籾殻を除いたものである。「ハタを手首に巻けばソラデにならぬ」、あるいは「髪に結べば毛が伸びる」といい、誰かがハタをすぐ取ってしまう。農繁期にはいると、田植えだ、草取りだといって手首を酷使するばかりである。もしソラデになったりして痛みでもしたら困るので、そうならぬようあらかじめ呪っておこうという気持ちのあわわれである。

■『南郷村史 第5巻 民俗編』(福島県南会津郡南郷村村史編さん委員会1988年)の155ページには、苗代作りとして、

 種蒔は八十八夜すぎ、田植えを六月四日を目標とすれば、四十日苗では四月下旬鍬入れが出来ればよしとし、早春残雪の見られるころ、一日でも早い除雪として木灰や土を撒布の上、後日平鍬で耕起の上化学肥料を施す。通し苗代ではカッチキをすき込んで肥料とする。

 翌日砕土の上、苗代締をする。この時やがて種籾播種の目標として、苗代の中央には二本のオガラを立て、その先端には土をのせる。

■さて水田稲作の中心地会津盆地ではどうか?『北会津村史 第1巻 民俗編』(会津若松市史研究会編 2007年)の62ページに苗代作りとして掲載している。

 苗代は秋の取り入れが終わってから耕して準備しておいた。苗代にする田圃は毎年決まっていて、家の近くで便利の良い田圃を使用した。振り付けといって下肥を春先の堅雪を利用して運び、田圃に撒いておき、また、雪が早く消えるようにと、苗代の上に土をかけておいた。

 肥料が早く効いて苗の根張りがあまり深くならず、苗が取りやすいように、苗代の田はあまり深く耕さないように手で耕した。まず馬で代(しろ)をかき、エンブリでならした。その後、みんなで横に並び手で(前年の)稲株を中に入れて後ろにさがりながら、自分の足跡を消した。さらにその後、十二尺くらいのならし棒で丁寧に平らにした。作業中に腰にさしていたアシの棒を田の神の依代(よりしろ)として田の真ん中に三角に立てた。

 (六十三ページ)肥料の主なものは堆肥で、その他にカッチキ(刈敷)といって、若草や木の若芽などを刈って田圃にまいた。カッチキは遅くなって腐食するので、肥料が必要な稲の成長期に効果的に働き、貴重なものであった。

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