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2009年11月29日 (日)

おくのほそ道(新庄紀行)、そがき sogaki

■2009年11月28日(土曜日)晴れの朝7時16分、JR(ジェイアール)東京駅の東北新幹線21番ホームから、終点の山形県新庄駅行き「つばさ103号」が発車した。途中福島駅で分離され、新幹線は狭い在来線レール幅に調整され走行することになる。細道、である。山形新幹線、と呼ぶが在来線の特急である。同じように盛岡駅から分離する秋田新幹線がある。

 福島駅から北西に入ると、奥羽山脈の山塊の近く、落葉が積もる斜面を間近に見て米沢市のある置賜地方に入る。雨になりそうな低い雲がたちこめている。11月のはじめに降雪が平野部まで広く降った東北地方だが、現在は山稜の尾根が白くなっているだけで平野部には雪は見えない。そこから山形市を経由し村山地方、最上(もがみ)郡の中心都市で終点である新庄駅に10時54分に到着する。東北新幹線の山形線が新庄駅まで延伸したのは平成11年12月4日。最上郡は二千年国調で九万五千人で、その中心都市である新庄市は約四万人。私は一日しか滞在しなかったが都市の規模は喜多方市街と同じ、郊外の大型店の出店企業の様子は会津若松市規模であった。

 いわゆる江戸時代、俳人の松尾芭蕉と曽良が「おくのほそ道」紀行のため江戸深川(現在の東京)を出立したのは、元禄2年3月27日(現在の新暦だと1689年5月16日)である。歩いての旅は、5月28日(新暦7月14日)には現在の山形県大石田では3泊し、陸路歩いて6月1日に新庄に入る。3日に本合海の船着場から川船に乗って庄内へ。関川の関で船をおり、陸路羽黒山に向かう。

 大石田から新庄で詠んだ句を後に手直しし「五月雨を あつめて早し 最上川」と、詠んでいる。

 この新庄では渋谷甚兵衛宅(風流亭)に2泊し、甚兵衛の本家の九郎兵衛ら地元の俳人6名と交流している。

■私はJR新庄駅東口にあるビジネスホテル(ルートイン)の1階のフロントに荷物を預け、地元の花農家である赤間初男さんを待った。私と同年代である。環境負荷低減プログラム:MPSの登録農家である。

 ライトイエローのハイエース・ワゴン車の助手席に乗った。ディーゼルエンジンである。シクラメン等の鉢花生産をしているクリタ園芸を視察したあとに、夕方までMPS登録農家(国内最大級のバラ農園の熊谷園芸、安彦園芸)を訪問し、懇談した。→登録農家

 クリタ園芸で、郡山市のアグリプランの専務の中村さんという方にお会いしたが、お話をうかがうと、福島県喜多方市山都町早稲谷(わせたに)の出身の方であった。早稲谷は、11月29日に会津学読者会in山都町を主催してくれる「その日暮らし、ひぐらし農園」の浅見さんが暮らす地区だ。

 赤間さんはJA新庄もがみ花木生産者協議会(MPS)に所属しトルコギキョウ等を生産・販売している。昼食を鳥越の信夫俊一さんと、その後、赤間さん宅の作業場で、加藤卓也さん、安達さんたちと懇談した。昭和元年に開拓農家として入村した赤間家。そのため、ここは「新庄昭和」地区という。私の暮らす奥会津の昭和村は千年以上の村落であるが昭和2年に合併したため昭和村を名乗っているがもとは野尻村(郷、組)である。

 暗くなった午後6時に、新庄市内の万場町のハナヤ花店まで送っていただき赤間さんとお別れした。軽部望(かるべ・のぞむ)さんの父、耕行さんから開業時のお話をうかがった。望さんと、新庄駅前で午後10時過ぎまで会食し、赤間さんが花仕事が終わって合流された。

 →花まるプロジェクト(新庄)

■新庄市内を赤間さんの運転する自動車からながめたなかで、民家の庭の植木の冬囲い(雪から樹木を守るための防護柵)の細密さがとても目についた。人々の仕事や暮らしの流儀の質がよく見える構図になっている。夜に、日本民俗学を専攻していた軽部望さんに、そのことをたずねると、「そがき sogaki」と呼ぶという。家廻りの冬(雪)への備えも含め、庭木の防雪技法は、細木か、幅一寸(約3cm)厚み1cmくらいの細長い板をイナワラの縄で編み込む。あるいはプラスティック製の白い縄で編む。

 →そがき1,→そがき2

 尾花沢市では、雪囲い(そがき)大賞、コンテストが過去6回行われている。そがきを生活文化として見直そうということで尾花沢市民雪研究会(事務局 市役所内企画課)が平成15年から一般家庭の最優秀1点、優秀5点を表彰している。そがきの機能性、芸術性、普及性、景観性、独創性を総合的に審査する。

  雪が降り積もるから植木を守ることは雪国の日常であるが、雪が深ければある程度植木を植えなくなる。なぜならその加減がたいへん難しいからだ。永年性のある樹木を植えると10年、50年の大雪に対応しなければならないから、歴史的経過のなかだと庭木を植えない方向に向いていく。

 雪害救済運動のなかで生まれた、現在の独立行政法人 防災科学技術研究所長岡雪氷防災研究所の新庄支所がある。また雪の里情報館が設置されている。

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