会津学

2009年12月31日 (木)

奥会津の鐘(かね)

■12月31日、吹雪になってきました。

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2009年12月29日 (火)

カヤ(ススキ)の雪囲い

■12月29日(火)は曇りでおだやかな一日でした。

■2009年12月28日、福島民報新聞より。

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2009年12月27日 (日)

現代のむら

■坪井伸広・大内雅利・小田切徳美編著『現代のむら ~むら論と日本社会の展望』(農文協、2009年11月刊)。

 編者のひとり、坪井は序章で以下のような数字を紹介している。日本社会における「郡部(むら)や、農村の割合」である。

 1930年代 市町村数の99.1% 人口の76.9%が郡部。世帯数の44.4%が農家、就業人口の47.1%が農業が占め、第一次産業の国民所得は16.8%

 1970年代 郡部町村数は82%、郡部人口は27.9%、農業世帯は20.0%、農業就業人口は17.9%、第一次産業の国内総生産は6.0%。米の過剰在庫を抱えた政府は、70年に減反政策(コメ)を導入。

 2000年の郡部町村数は34%、郡部人口は13.7%、農家世帯は6.4%(販売農家は4.8%)、農業就業人口は4.4%、第一次産業の国内総生産は1.5%。水稲作付面積は1970年の284万ヘクタールが、2000年には176万ヘクタールに減少した(減反政策の30年の成果)。 

■日本政府の1970年からの農業政策・農村政策により、現在のような農山村の状況に至ったのだが、強制的な農村縮小政策発動の結果が成果をあげ、しかし結果として都市部の疲弊に至っている。

 日本の世帯数に占める販売農家は4.8%であり、花き生産農家といえば、さらに、かなり少なくなる。

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失業と山村崩壊

■2009年12月27日の朝日新聞福島県内版。足立朋子記者が「失業 が招く山村崩壊」(3段記事)を書いている。抄録する。

 昨秋からの世界不況で会津若松の半導体産業は、派遣1000人、正社員1300人が職を失った。多くの人に実家や田畑があり、地縁・血縁のセーフティネットが機能している。だがこの安全網も長くはもたない。そもそも農林業が食えないから跡継ぎが働きにでたのだ。高卒後30年間勤めた半導体企業をクビになった男性は、収益のあがらない先祖代々の田んぼの維持をあきらめる。外から来ても懐かしいような山村の風景は、彼らの現金収入がやっと支えていた。

 先んじて、基幹産業の建設業が倒れた奥会津では、空き家や耕作放棄地の増加で多くの集落が消えようとしている。

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小水力発電の可能性

■2009年12月27日(日曜日)

  松島さんが紹介しています → 『現代農業』1月号 花職人Aizu

■農村計画学・地域資源管理学が専門の小林久さん(茨城大学農学部地域環境科学科教授)が、雑誌『世界』(2010年1月号、岩波書店)に、「小水力発電の可能性」を書いている。論文の前半の要旨は以下のようである。

 日本では集団的利水行動(かんがいシステム)に、昭和10年代には全国で精米・タービンなど農事用水車が8万台稼働していたので小水力発電の立地は多くある。

 退耕環林(耕地を森林に戻す)で燃料代替小水力発電を水利事業の重要分野として位置づけるようになった中国。一方日本では2002年に「電気事業者による新エネルギー等の利用に関する特別措置法(RPS法)」が交付され、出力が1000kw以下の電力が新エネルギー等電気相当としてカウントされるが、2008年から太陽光発電や風力発電と同じように各種の支援が受けられるようになった。

 熊本、大分、高知、和歌山、岐阜、富山、山梨、長野、栃木、福島などで小水力発電施設の整備を検討しはじめた市町村がある。

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 かつて日本では、平野の需要を満たすために、山からモノが運ばれ、人が動いた。かつての山村は平野の消費と結びつくことで、活発な経済活動の中心にいた。狭小な農地で細々と農産物をつくり、場所によってはコメさえつくれなかった山村が、中世以降の長い時代にわたって栄えた理由は、平野に対する資源供給地であったからである。

 建設可能な小水力発電所の数万ヶ所が、再生可能エネルギー資源の生産・供給の場所が、山間地になる。

 小水力発電は、わたしたちの先祖が農地を開発するために水路を引き、拡大してきた定住域のサト(里)とヤマ(山地森林域)との境界部での開発が、とくに有望である。それは、地形の傾斜が大きいために容易に高度差を確保でき、引いた水が使える。限界集落(里のフロンティア)こそが小水力の適地なのである。

2009年12月26日 (土)

布を使う

■12月26日、グランジュテ(NHK教育テレビ23時25~)バングラディシュのジュートのバッグ、ネパールの織物のバッグ。素材を理解する。

 → マザーハウス 山口絵理子

 → マザーハウス

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■kioskでも、POSレジが導入され、それはスイカ対応に。駅には、情報・ニュース(新聞)も売っている。

 素材がアイデンティティを示す、、、、テレビを見てそう思った。新宿御苑での取材で、前野さんの事務所に中谷さんと行くときに立ち寄ったことを思い出した。

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会津藩 てしろぎ すぐえもん かつとう 

■日露開戦の明治37年、岡山市でひとりの老人が死んだ。76歳。その名は手代木直右衛門勝任。もと会津藩公用人。実はこの老人こそ京都守護職松平容保(かたもり)の側近として幕末政局をデザインした人物であった。そして、ここが重要だが、彼は龍馬暗殺を実行した佐々木只三郎の実兄でもあった。死ぬ数日前、手代木は恐るべき事実を告白した。その内容は手代木家が私家版で出した『手代木直右衛門伝』に記されている。

 読売新聞2009年12月25日の文化面に、岡山県出身の茨城大学の磯田道史さんが「龍馬暗殺 実行犯と黒幕」(4段記事)で書いている内容である。年明けの2010年1月からNHKの日曜夜8時の大河ドラマが「龍馬伝」で、歌手の福山雅治が主演するため坂本龍馬関係の本がいま書店店頭に平積みされ、特集されている。

 現在店頭で販売されている『現代農業2010年1月号』(農文協)に環境負荷低減プログラムMPSに全員で参加している、花職人Aizuの会津若松市の手代木(てしろぎ)さんなどが掲載されている。

   会津若松市役所ウェブ → 手代木勝任

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2009年12月24日 (木)

屋根の雪が落ちてよかったなア

■今日午前、病院の待合室で聴いた老婆の言葉。

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菅家博昭へのコメント・意見・メールは

kaken(アットマーク)cocoa.ocn.ne.jp

(アットマーク)にはを入れて下さい。

カケン@ココア.オーシーエヌ.ジェイピー です。

カンケではありませんので、、、、自動送付メールをさけるために上記のような表現にしています。

たまには顔見せろ、、、

■むかしは、よく、よりより したのに、ちかごろは ひとっつも よんねえな。

※よりより、、、、より×2、、、たいへん頻度多く、、、、現代語では似た言葉に「いきいき」「どんどん」とか、「ばんばん」とか、、、、良くあの山に山菜を採りに行った、、、という行為に立ち会った経験を現すときに、×2話法が使われる。あの山に、よく、いきいきしたあだ、、、というように。

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写真はクリックすると拡大します。

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また、タバコ値上げだ

■病院の待合室で。老翁は語る。

「タバコなんか、吸いたくて吸ってるんじゃない。兵隊(第2次世界大戦)に行ったときいっつも配給されっからな、しかたなくてな、タバコ吸うしかなかったあだ。あれから70年も吸ってんだぞ、いまさら止めっとことねえって家族は言う」

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2006欧州視察

  • 20061101dsc00245
    2006年11月 JELFA欧州視察の個人写真記録。菅家博昭撮影。

2006年12月冬の沖縄

  • 20061203img_3812
    2006年12月の沖縄県内。花の生産地や街の様子。菅家博昭撮影。

2007年1月から

  • 20070401img_9892
    2007年1月から奥会津などの風景、菅家博昭撮影。

2007静岡カスミサミット東京

  • 20070201img_9619
    2007年2月1日に東京都内・大田市場で開催。

2007年4月から

  • 20070426img_5713
    2007年4月から、奥会津の風景、かすみ草生産作業風景など、菅家博昭撮影。

2007年5月の風景

  • 20070520img_0193
    2007年5月の奥会津の風景、かすみ草生産。菅家博昭撮影。

IFEX2007_TOKYO_01

  • 20071011ifexdsc02602
    144枚、菅家博昭撮影。幕張メッセ花の展示会。

2007年11月

  • 20071108dsc04006
    2007年10月オランダ、アムステルダムのホルティフェア、アールスメールマーケットでの印刷物資料

かすみ草写真集1

  • 20061010img_3904
    348枚。菅家博昭撮影。かすみ草生産地での撮影。

奥会津の風景01

  • 20060801img_4064
    387枚、菅家博昭撮影。おもに昭和村など。

2006北海道かすみ草サミット写真誌

  • 20060715img_0143
    2006年7月13日、14日。北海道夕張郡由仁町で開催された第4回全国カスミソウ北海道サミットinみなみそらち・ゆに

2006年夏の記憶

  • 20060913img_9418
    2006年の奥会津・昭和村、カスミソウ栽培の風景。菅家博昭撮影。

2006年秋の記憶

  • 20061114img_1169
    2006年秋の福島県奥会津の風景、カスミソウ栽培の様子など。菅家博昭撮影。
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