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KANKE/リンク

2006欧州視察

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    2006年11月 JELFA欧州視察の個人写真記録。菅家博昭撮影。

2006年12月冬の沖縄

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    2006年12月の沖縄県内。花の生産地や街の様子。菅家博昭撮影。

2007年1月から

  • 20070401img_9892
    2007年1月から奥会津などの風景、菅家博昭撮影。

2007静岡カスミサミット東京

  • 20070201img_9619
    2007年2月1日に東京都内・大田市場で開催。

2007年4月から

  • 20070426img_5713
    2007年4月から、奥会津の風景、かすみ草生産作業風景など、菅家博昭撮影。

2007年5月の風景

  • 20070520img_0193
    2007年5月の奥会津の風景、かすみ草生産。菅家博昭撮影。

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  • 20071011ifexdsc02602
    144枚、菅家博昭撮影。幕張メッセ花の展示会。

2007年11月

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    2007年10月オランダ、アムステルダムのホルティフェア、アールスメールマーケットでの印刷物資料

2010年1月

  • 20100131dsc00811
    2010年1月25日~27日、熊本県

2010年02月 かすみ草栽培

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    2010年2月12日 かすみ草ファンタイムの砂あげ苗のポット仮植作業。撮影菅家博昭。

かすみ草写真集1

  • 20061010img_3904
    348枚。菅家博昭撮影。かすみ草生産地での撮影。

奥会津の風景01

  • 20060801img_4064
    387枚、菅家博昭撮影。おもに昭和村など。

2006北海道かすみ草サミット写真誌

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    2006年7月13日、14日。北海道夕張郡由仁町で開催された第4回全国カスミソウ北海道サミットinみなみそらち・ゆに

2006年夏の記憶

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    2006年の奥会津・昭和村、カスミソウ栽培の風景。菅家博昭撮影。

2006年秋の記憶

  • 20061114img_1169
    2006年秋の福島県奥会津の風景、カスミソウ栽培の様子など。菅家博昭撮影。

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2011年3月31日 (木曜日)

福島県による土壌調査はじまる

■ → 3月30日、福島県災害対策本部決定

3月の終わりに

■2011年3月31日(木)

 今日締め切りの月刊雑誌『農耕と園芸』(誠文堂新光社)の5月号の原稿を1200字、書き終え、編集部宛メール添付送付しました。編集部からの要望もあり原発震災と農業についてです。連載の往復書簡「花事放談」を、大田花きの宍戸純氏と行っており、3月11日の地震後の現況を書きました。4月23日に発刊されます。

 3月30日に昭和村役場は村内5ヶ所の簡易水道の放射性物質の検査結果を「小走り」で配布しました。「検出されず」安全です。

  3月30日の昭和村役場(原発より西に126km)の環境放射能測定値は0.18マイクロシーベルト/時間。東京の新宿区のレベル同等です。

  会津地方のガソリンスタンドは8割ほどが通常営業していますが、日中のみの営業で、街路灯が点灯前の夕方には、どこも閉店しています。給油は日中であれば可能になっています。便利商店・量販店とも夜間営業はせずに早期時間に閉店しています。

■11月開催予定の鹿児島民俗学会との会合は今般の震災により来年開催に延期となりました。→会津学研究会

 3月29日の日経新聞に、福島県立博物館長の赤坂憲雄さんの震災によせる記事が掲載されています。「広やかな記憶の場を」→ PDFファイル1枚

■大田花き(卸)の磯村信夫社長は、震災後、6月までの花き販売の見通しを解説しています。→ 3月28日(月)コラム

■福島県庁の農業技術情報(東京電力の原発事故対応)。花き生産についても書いてあります。毎日更新。(1)共通事項と(6)花きを参照。 → 最新版を(第6報 3月30日)

■3月30日(水)午後1時30分~3時、奥会津:昭和村大岐センターで昭和花き研究会定例会を開催しました。生産者で、上記第5報を読み合わせしました。

 今日(31日)は会津みどり農協かすみ草専門部会の役員会も昭和村下中津川で開催されるようです。

■明日から4月。昨日から燃料(ガソリン・灯油)事情がようやく回復したことと、今後の対応策が明らかとなったことから、明日から促成栽培のハウス予定地の除雪をはじめます(圃場は昨年秋に耕起しマルチ被覆している)。

■現況では、7月から越冬株の開花でのかすみ草の出荷の計画です。それ以降は新苗の6月定植分からの開花。

↓3月1日にポット仮植したかすみ草苗。4月1日に摘芯します。地震後燃料不足で暖房できず、室内ですが、零下に2回なり凍みました。現在の積雪深は80cm。

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2011年3月30日 (水曜日)

こがねはな(黄金花)咲く

■2011年3月30日(水)晴れ

 午後1時30分~3時まで、大岐センターで昭和花き研究会定例会を開催しました。

■喜多方市山都町沼の平地区の福寿草が開花をはじめました。震災のため第15回福寿草祭りは取りやめとなっていますが、春の陽光を受け黄金色の花が咲いています。まだ残雪が60cmくらいありました。

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↑フキノトウ   ↓ノスリ(鷹)

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2011年3月28日 (月曜日)

昭和花き研究会・定例会開催します(30日)

■昭和花き研究会・定例会を開催いたします。

 2011年3月30日(水)午後1時30分~3時。昭和村大字小野川字大岐:大岐センター。

 内容、金山普及所・長谷川さんより、「東北地方太平洋沖地震及び東京電力福島第一原子力発電所の事故に伴う農作物等(花栽培)に関する農業技術情報について」

  →福島県庁(第4報)

 3月11日の原発震災後、様々な課題があり、これまで対応してきたことを含め、今後の産地の対応について協議します。新潟県境に近い奥会津地方は距離も離れ、安全地域なのですが、福島県産農産物には風評被害が相当発生しており、今後のかすみ草作付け等をどのようにするか検討します。

 会員諸賢の参加を求めます。

■本日も卸・仲卸・量販店と取引先の皆さんからお電話をいただきました。ありがとうございました。

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↑左側が博士山。その向こうが昭和村。会津若松市より望む。

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↑赤瓦に修復した会津若松城。27日より公開がはじまった。

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東京電力第一原発事故に伴う農作物等管理 第3報

★平成23年3月27日 東 北 地 方 太 平 洋 沖 地 震 及 び 東 京 電 力 福 島 第 一 原 子 力 発 電 所 の事故に伴う農作物等に関する農業技術情報(第3報)
福島県農林水産部 PDFファイルです     http://bit.ly/eAKqhw

若草色の蕎麦

■先日、会津北部の北塩原村北山の松陽台に蕎麦屋(あらさと)を訪ねた。地の蕎麦(種子)をていねいに外皮をむいて打つ蕎麦は、うすみどり色をしていました。カラムシの「キラ」に似ていました。それを炒ったものを食べました。またフキノトウの蕎麦味噌も春を感じました。

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店内にあった書籍より↓猪苗代町惣座遺跡から出土したソバの実。

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2011年3月27日 (日曜日)

父上の農業日記(18歳)

■身辺整理をしている78歳の父上は、戦後すぐに書いた自らの『国民日記(農業日記)』を発見した、と私に見せた。いまでは、書いた記憶は全くない、という。水稲の播種技術について書いている(写真)。加えて当時の大岐青年会の記録。

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おばあさんの 山里日記

■現在、首都圏のポレポレ東中野で上映されている『森聞き』に登場している宮崎県の椎葉クニ子さん。その語りを佐々木章さんが聞き取りまとめたのが本書『おばあさんの山里日記』(葦書房、1998年)。

■ → 森聞き →柴田昌平監督ブログ

 鹿児島ガーデンズシネマでも上映がはじまっています。

 宮崎キネマ館は5月28日から。

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1999年の原子力災害(臨界事故)

■2011年3月27日(日)雪

■『福島民報』26日14面では、会津地方の水道水源の調査も、ようやく26日からはじまると25日の県の対策本部に報告された(29日まで)。これまで、検査・分析しないで、会津は安全だ、というツイッター上での感情論がとても多いが、冷静に対応したい。販売者責任・飲食業であれば提供・供給者責任をきちんと考えることが求められる(たとえば米国の安全に特化したハサップ HACCP)。

  農作物を購入される第3者への被害を予防することがたいせつで、そのため数カ年、休作(農業を休む)となっても農業者としては自らの原因ではなく東京電力による原因だとしても、それはしかたがない。いまのままの農業を継続しないことが現状での判断としては適切になっている。また自ら食する農作物としても安全性を確認したい。

  → 変わる風景(飯豊の空の下から)3月26日

 1999年9月30日の茨城県での住友金属鉱山の子会社の核燃料加工会社の事故(東海村JOC臨界事故、死者2名、被爆者667名)では、事故収束後、茨城産の農作物の風評被害が2カ年継続している(風評被害は係争となったものもある)。

 今回の東京電力による福島第一原子力発電所事故(原発震災)の放射能排出は現在も継続しており、収束の目途は全くたっていない。仮に収束に向かうとしても炉冷却には1カ年はかかり、その間に新たな大規模放射能漏れも懸念される(3号機は昨年10月からプルトニウム燃料)。完全に収束してから後、2カ年は風評被害が持続する。現状でさえ、野菜から放射能が検出された関東地方+東北地方の農作物は仕入れしない、というところが多くなっている。これは放射能影響調査等が進まない現状では、消費者の健康被害予防原則からみれば販売者責任からみて極めて妥当な判断である。

 「遍界かつて蔵さず(へんがいかつてかくさず)」。 世界は隠すことなく現れている。

■日本国内での原子力発電所建設に抵抗をしている人たちに注目していただきたいのは、県域を超えて大きな被害が発生することを、東京電力の福島第一原子力発電所事故の放射能汚染は示している。立地先の県知事が同意して建設が政府から許可となる制度そのものが、すでに非現実的である。稼働中の原子力発電所および建設中、予定されているすべての原子力施設で行われたこれまでの環境影響評価審査は破綻しており、無効であろう。 

 お手盛り団体が安全審査 → 土木工学的にも無効 

 土木学会 → 原子力土木委員会 : 津波評価部会

 冷却海水取水不可能となる指摘(4)→ 2007年7月24日、津波で事故を予見

福島県の方針と異なるチラシ配布

■2011年3月27日(日)雪

 3月11日の原発震災にともなう農業への重要な対策が25日に福島県庁により決定された。東京電力の福島第一原子力発電所の事故に伴う環境への放射能の排出が続いている。

 3月25日に福島県庁(農林水産部)は、すべての農産物の作付け延期を県下全農家に求め、田んぼや畑をトラクター等でたがやす耕耘作業も行わないよう指示した。→ PDFファイル3月25日、26日(第2報)

 3月26日に会津みどり農協は管内農家宛て、県庁とは異なるチラシを新聞折り込みで配布した。内容が異なるのは農協側が機関決定して印刷・封入・配布依頼した時期に県の決定がなされたためである。

 → 朝日新聞3月26日14:11の組合長のコメント(以下掲載参考)

 《春の農作業は予定通り進めてください》。福島県西部の会津盆地にある会津坂下町の農家には26日朝、こんな新聞の折り込みチラシが配られた。

 作ったのは、約8千戸の農家が加盟するJA会津みどり。農家からの問い合わせが相次いだために出したが、県の要請と行き違ってしまった。木村志美男組合長は「農家を元気づける狙いもあってチラシを出したのだが……県の方針にはがっかりした」。

■現在、福島県は健康被害予防原則に基づき、適正な決断をしている。JA会津みどり農協は、配布チラシ内容を訂正し、県の指示を再度チラシ等で配布することになるだろう

2011年3月26日 (土曜日)

東京電力の原発事故(放射能)への対応

■福島県庁が2011年3月25日に発表した原文です。

 → 福島県農林水産情報ネット

 PDFファイルが3つ公表されています。放射能対策についてご一読下さい。花についてのみ以下に掲載します。

平成23年3月26日  福島県農林水産部
東北地方太平洋沖地震及び東京電力福島第一原子力発電所の
事故に伴う農作物等に関する農業技術情報(第2報)

1 営農に関する考え方
県におきましては、原発事故に伴う放射性物質による土壌汚染及び営農への影響等に
ついて、国等と連携しながら鋭意検討を進めているところです。
これらの状況を踏まえ、農家の皆さんには予定している農作業を延期し、しばらく様
子をみていただくようお願いします。
作業の遅れに伴う技術対策については、随時、情報を提供しますので、これらの情報
を参考に営農計画を立てていただくようお願いします。
2 農作物等に関する当面の技術対策
(1)共通
ア)県内の土壌の状況については、国と連携をはかりながら放射能濃度の分析を実施する予定です(実施時期や実施方法は検討中)。各作物の作付けや栽培管理については、その結果等をふまえて判断してください。
イ)耕耘作業については、現在、放射性物質が地表面に存在している状態と思われることから、これ以上拡散させないため、当面は耕耘を行わないでください。今後の対応については、情報が入りしだい、随時、提供していきます。
ウ実施した生産に関する記録については、記帳しておくようお願いします。

(6)花き
ア)施設栽培は、施設の風下を開けるなど、風向きに注意して換気を行ってください。
イ)露地栽培は、当面、作付け晩限までほ場準備等を遅らせてください。

福島県庁、農作物作付け延期要請(2011.3.25)

■2011年3月26日(土)雪

 福島県庁は、以下の発表をした。→ 農業技術情報PDF

  重要な記事なので朝日新聞より転載します。

■福島県内全農家に作付延期を要請 原発事故で県庁から(2011年3月26日5時29分   朝日新聞インターネット版より)

       
 東京電力福島第一原子力発電所の放射能漏れ事故を受け、福島県災害対策本部は25日、県内の全農家に田植えや種まきなどの農作業を当面延期するよう求めた。県内各地で土壌汚染の恐れがあるためだ。国と協力して土壌の分析を進め、農地が安全かどうかを判断したうえで作付けの指示を出す。

 農協(JA)などの組織を通じて農家に伝える。また、25日から県のホームページなどで県内の全農家に作付けの延期を呼びかけ始めた。農家が被る損失は、国や東京電力に補償を求める方針だ。

 福島県内では4月以降に田植え作業が本格化するが、県はできるだけ遅らせることを要請した。また、大豆やソバなどの畑作物も種まき時期を遅らせること、花類も露地栽培について作付け準備を遅らせることを求めている。畑を耕す作業は放射性物質が広がる恐れがあるため、取り組まないことも求めた。

 政府は福島県に対し、葉物野菜などの摂取制限や出荷停止を指示している。農家には出荷できない野菜がたまっているが、県は焼却処分などをすると放射性物質が拡散する恐れがあるとして、そのまま保管するよう求めた。

 福島県で栽培が盛んな桃や梨などの果樹は病害虫防除などの管理をしないと翌年以降の収穫に影響するため、樹木の管理は例年通り取り組むことを認めた。

 福島県はコメ生産が全国4位と盛んで、農業産出額は全国11位の農業県。しかし、放射能漏れ事故の影響で、原発から半径20キロ圏内は避難指示が出ており、農作業に手がつけられないままだ。20キロ圏外でも県内各地で葉物野菜から放射性物質の検出が相次ぎ、農家から「作付けはどうすればよいのか」との声が相次いでいた。

でんきにたよる農業

■化石燃料高騰、電気も高騰、計画停電 → 岐阜大 福井先生3月13日

 → 直営農場とレストラン

■企業によるすばやい危機管理。事故後、ウェブサイトの同社関連企業から「いわき小名浜菜園」(従業員170名)を削除している。。 → ウェブサイト

 いわき小名浜菜園 → 平成22年3月期決算短信12ページ PDF

  東京電力 日本最大の10haの農園 → いわき小名浜菜園 

    → 2006年鹿島建設プレスリリース

■→農業情報研究所

2011年3月24日 (木曜日)

放射性物質の拡散図

■→ 3月23日 原子力安全委員会公表PDF 

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地球汚染へ

■2011年3月24日(木)晴れ

 東京電力の福島第一原子力発電所事故による放射能汚染は広がりを見せている。

 政府は3月17日に基準を改訂(改悪?)し、23日に東京都内の水道水から基準値を超える放射性物質(ヨウ素)が検出されたので乳幼児には摂取させないよう告知した。

 → 政府の3月17日 放射能汚染された食品の取扱いについてPDF

 → 安全性、基準値への反論

■東京都内、茨城県内、福島県内(郡山等)でも今日から水道水の乳児への飲料制限が告知されている(NHKテレビ正午前)。赤の背景画面。

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2011年3月23日 (水曜日)

土湯峠(国道115)

■2011年3月23日(水)雪

 朝発で、福島市に行き、午後に帰った。軽トラック。大学生の子どものアパートの散乱した部屋の整理(震災後行っていない)。

 猪苗代町から国道115号、土湯峠は吹雪、圧雪。トンネルを越えて道の駅つちゆまでは圧雪。自衛隊演習場付近の道路が数カ所地震による道路が破損していた。

 帰路猪苗代町の白木城(一ノ野山西)の雪が溶けた水田でコハクチョウ群がいた。採餌と飛行。北に帰るのが近い。

■今朝未明から農産物の放射能汚染品目が広がった報道がなされた。注目しなければならないのはセシウム、半減期が30年。40km地点の土壌もセシウム汚染されている、という。セシウムが出て来れば広範囲に農業そのものがができなくなることは明らかである。半減期8日程度のヨウ素の比ではない汚染になってきている。

 そして午後になり、東京都の水道水からも放射性物質(ヨウ素)が1歳以下の許容摂取量以上検出され、23区と三鷹市など多摩地区の数市では幼児に与えないよう会見が行われた。東北、関東地方、首都圏に広範囲に東京電力の原子力発電所から放出された放射能が拡散していることが明らかになっている。

 福島第一原子力発電所3号機は昨年10月にプルトニウムを原料としたMOX燃料でプルサーマル発電。ほかの事故のウラン炉心と異なり、環境影響がいちばん懸念されている。しかし報道では一切そのことはふれられない。地元の人は皆知っている。前福島県知事がずっと危険性を主張し拒否し続けていたプルトニウムの燃料である。地元自治体の要請があり、昨年それが装填された経緯がある。

 → 2010年10月26日 東京電力プレスリリース

■放射能は見えない、というが、それを放出している発電所は40年間ものあいだ、地上にあり、目に見えている。発生元が見えているのだから、想像を豊かにすれば見える。見えているものを見えなくするのも「コトバ」(広報、プロバガンダ)の力だ。

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2011年3月22日 (火曜日)

とめる、ひやす、とじこめる

■2011年3月22日(火)曇り 雨へ

 朝、村の防災無線広報で、下中津川の農協スタンドにガソリンが入荷したので午前9時30分より営業する、ということであった。大岐から下中津川までは20分ほどかかる。熊野神社裏通りから役場東、公民館後から車列が続いた。私は84番。一人、10リットルの給油。燃料が逼迫しそうな人のみ(燃料系半分以下の人)。

■給油後、昭和村役場に馬場孝胤村長を訪ねた。先週からの暴落した花の相場を含め、今後の花の震災対策など、情報交換・意見交換をした。その後、かすみ草の担当課をたずね渡辺稔雄課長とも懇談した。

■燃料不足で除雪車での、村のかすみ草圃場の半分がある矢ノ原高原行き道路の除雪ができないため、矢ノ原組合の役員が村に要望をしている。いま積雪は1m。

■燃料を入れた軽トラックで、午後、春彼岸の「ほとけおがみ(仏拝)」に行く。「ほとけまいり(仏参)」とも言う。雪が深く墓参はできないため、例年、親戚宅の仏壇に線香を手向け祈る。

 整いましたので吟じます。

   雪深く 祖先の墓は 守られる

■会津盆地の平地の雪は消え、盆地周辺部の圃場も雪の下から土が見えるようになっています。 → ネズミ食害

■数年前からテレビ、携帯電話宛てに「緊急地震速報」の音が流れるようになった。特に、今回の311の地震以降は頻繁にそれが流される。テレビからその音が聞こえると恐怖におびえる幼児が増えている、という親戚のおばさんの話を聞いた。

■311震災後、1箱0円という彼岸前の首都圏の花の価格。安く仕入れられてよかった、という花屋さんたちのツブヤキ。私たち生産農家はだまってそれを聴く。農家の立場で行動してくれる人はいない現実をいつもみせつけられる。いつも唱える「業界がヒトツになって」、とはいったい何をさすのか?

■切り花4割減 → 3月22日の記事 PDF

  引受先はアフリカ・ケニアの会社 → オランダの花企業倒産

■首都圏の生花店オザキ・フラワーパークで花職人Aizuフェア → 花職人Aizu

土っ子田島味噌通信

■愛知県内の生花店「ほうかえん」の横井君は、昭和村でのかすみ草サミットでの装飾をボランティアでやってくれた青年だ。今回も、すぐにフェアを開催する。応援する。http://twitter.com/houkaen

RFCラジオ福島で、福島県南相馬市在住で被災し避難所を移転しながら猪苗代まで来た「川又啓蔵」という人のレポートは、人々の声を、人々の立場になって音声で伝えている。報道としては秀逸だ。時々現場からの携帯電話での実況中継が行われている。

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2011年3月21日 (月曜日)

イン マイ ライフ

■1965年、10月18日に英国ロンドンのアビイ・ロード・スタジオで録音され、12月3日にリリースされたビートルズの「イン・マイ・ライフ」。ジョンレノンがリヴァプールでの少年時代を想い作詞している。

■2005年9月30日に東芝EMIからジョンレノン・オフィシャル・トリビュート・アルバム『ハッピー・バースディ、ジョン』日本のミュージシャン14組がジョンの曲を歌っている。

 このCDの歌集に高野寛がイン・マイ・ライフを歌っていて、その歌詞の対訳は奥田祐士という人が行っている。

イン・マイ・ライフ

生涯 忘れられない場所が いくつかある

なかには変わってしまった場所もあれば

取り返しがつかなくなってしまった場所

なくなった場所、

昔の場所もあるけれど、、、

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■311東北大震災の被災者の報道で、家族も家も失った、三陸海岸の女性が語っていた。

 「海なんか、

 なければ

 よかったのに」

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■彼岸(写真↑) → 大芦家(奥会津:昭和村)の佐藤孝雄のブログより

■昭和村 → 下中津川の本名敬君

■会津盆地西部 会津坂下町のスガ君 →ガソリン難民

■3月20日の会津から発信されるツブヤキTWITTERを「ながめていると」、喜多方市北部(飯豊山)で地震が続いていて、それを報告している人に、直接電話があり、扇動するなと、、、会津地方で店舗経営されている方のツブヤキにも、その会社に電話があり、被災者のことを考えろ、、、と。今朝(21日)は喜多方市山都町で住宅火災があったが、それもツイートされた。

 ヤフー地震サイトで調べてみると、福島県喜多方市北部(飯豊山付近)を震源とする地震は、10時間おきに発生している。

 3月19日12:12 M2.9 深さ20km 震度1 震央:北緯37.8度 東経139.9度

 19日22:51 M2.8 震度2 深さ10km 震度2 震央:北緯37.7度 東経140.0

 20日07:33 M2.7 震度1 深さ10km 震度1 震央:北緯37.7度 東経139.9度

このような情報はかつて入手できなかったであろうが、さて書かれたツブヤキ(ツイート)をそのままにしておいてよいのか?ということを、このところずっと考えてきた。

 チャットとか、ネット上の対話の流れの仲で発っしられたコトバであっても、責任を持たねばならない。途中に、ある事象が書かれていて、そのことに苦情が来る、あるいは心象を悪くする、、、、

 さて、ツイッターをしている人はだれであろうか?読者は誰であろうか?ツイートしている人たちのみである。現在、被災地の情報を懸命にネット検索しているであろう人たちが多く存在し、311以前とは情況が異なっている。

 また避難者自身も携帯電話でツイートを閲覧している。これまでとまったく情況が異なる。

 閉鎖性のSNSは、検索エンジンからシェルターされているが、ツイッターは容易に検索にヒットする。

■以下、私の試論としてツイートしてみた。

ブログよりツイッターは『炎上』しにくい、と言われた。しかし鮮度の落ちたツイートをタイムラインに延々と保存される『仕組み』。そこに社会を崩壊させる落とし穴がある。よく考えてほしい。なぜ過去のつぶやきを保全し続けるのかを。会員制閉鎖サイトと異なり容易にツイッターは検索される。

 ツイッターは、個人的な電話がいつも録音されており、それが世界中に公開されており、容易に検索可能と考えればよい。書いたツイート記事は3日もあれば多数のロボット型検索エンジンに保存される。便利にも本人が入力してくれる。

 言葉は、ツイートには言霊が乗るから炎上せずとも人格そのものが公開される。タイムラインを読めばそれがよくわかる。漢字には特にそれが乗る。西洋で『開発された仕組み』を東洋的文化背景に生きる人間が『使用』する場合、熟慮が必要。

 原子力発電所事故から学ぶことは、自ら制御出来ないものを便利だからといって、その与えられた『仕組み』に個人生活が憑依されないこと。言い放つ、つぶやき(ツイート)は世界中のコンピューターサーバー、シリコン(半導体、つまり石碑)に記録保存される。 すすめたいのは、ツイッターを使用しても、過去のツイートは定期的に削除すること。『つぶやき、ツイートを垂れ流しし、地球を汚染』してよいのでしょうか?使用料金も負担せず、しかし特定私企業にあなたの人格という情報が蓄積されていく。

  相撲の八百長問題の疑惑解明に携帯電話提出を求められるように、シリコン、半導体という『石』への記録は『見えない』だけで保存されている。

東京電力の原子力発電所事故が原因の農産物の被害

■ハウス栽培を含む野菜類(ホウレンソウ、かき菜、シュンギク)は千葉県・茨城県・栃木県・群馬県産、福島県は原乳から検出。 → 朝日新聞3月21日

■3.11から、地産地消が安全・安心を示さない時代になった。

■持ち込まれた農産物をどのように検査して直売所等は、販売者責任をはたすのだろうか?

 農産物の検査は強化され、トレーサビリティ原則が原則となる(ロット管理)。ロットの追跡の管理することは、生産農場ハウス・圃場名と収穫日を明確にすることになり、収穫した物を「共選的」に混合することが課題になってくる。小規模生産団体・JA単位なら可能なことが、広域JA(農協)になると、その被害対応も全量に及ぶ。

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春分の日

■2011年3月21日(月)春分の日

 今日から、日が長くなる。日中の時間が長くなり、夜の時間が短くなる。かすみ草は12時間日長で花芽を持つ条件(花芽分化)になります。

■3月19日16時に政府より発表された農産物への放射能汚染は、千葉県・群馬県・栃木県・茨城県・福島県に拡大が確認されました。暫定基準値以下であっても影響が拡大していくことが懸念されています。(21日ウェブ)

■昨日は日曜日で3月21日の月曜日販売分のインターネット等による事前販売(D1:まえうり、という)は、18日までの首都圏花卸市場の安値を受け、入荷が激減し、午後の前売り開始20分でウェブ販売が閉鎖されたようです。総合すると中京・関西に生産地は出荷した花を仕向けられたようです。大田市場の仲卸2社のツイッター記事は以下のようにありました(3月20日午後現在)。

京橋花き 江口晃社長)明日3月21日の入荷があまりにも少なくて、WEBの配信がとまり相対のできない状態です。先週の相場からしても当然の結果でしょう。これで思ったより早く相場が回復するといいのですが..生産あっての販売です

大森花き 渡邉武彦社長)
大田花卉 オリーブ配信ストップです。 入荷激減につき、相対枠終了です。 今こそ冷静に、先を見据えた動きをすべき。あの相場ではそうなります。関西暴落しない事を祈るのみ。災害時ですから色々ありますね。早く物資、特にガソリンが行渡れば落ち着くのでしょうか。

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2011年3月20日 (日曜日)

炊きだし(おにぎり)は続く

■2011年3月20日(日)曇り、雨。

 私たちの奥会津・昭和村では、ガソリン・灯油が無いことから、移動制限が多くなり、方式を変更し、集落ごと輪番での炊きだし方式になっています。→ 昭和村役場

■かすみ草の生産地として昭和村は春の作業に入りたいところですが、降雪が続いています。東北関東大震災(東日本大震災とも)の3月11日以後、お花の市場の相場は、首都圏で1箱が0円、1円、10円というような信じられない相場が続いています。首都圏もガソリン不足、計画停電等で動きが止まっています。被災地も広域ですから、たいへんです。3月21日(月)は安値の首都圏に荷が来ず、前日のインターネット販売も途中で中止になるような状況で推移しています。昭和村のかすみ草は6月下旬からの出荷になりますが、今年は厳しい年になります。

 昭和花き研究会では、今週、いくつか新苗を取り消す人はキャンセル連絡をするように今日午後、全会員にファクス・メールで情報を伝えました。購入苗は2割くらい減ると見込んでいます。3月24日までそれぞれ購入先(JA等)に。

■昨日夜遅く、東京消防庁のハイパーレスキュー隊の3名の隊長が会見しました。それが今日、何回か、19時台のNHK等で流れました。準備して、訓練して、現地でさらに調整して仕事を成し遂げる人々の作業にはたいへん感動しました。彼らは放射能についてきちんと知識を持っているだけに「現場に入るにあたり恐怖感を持った」といいます。知らないことが危険に陥ることを示唆しています。震災後の原子力発電所事故から出動を想定して計画を練り16日頃から訓練をしていた。事実をしったうえでの恐怖と、それを乗り越える「士気」。

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2011年3月19日 (土曜日)

日本の焼畑(やきはた)

■佐藤洋一郎監修『ユーラシア農耕史』(隣川書店、2010年)に福島県立博物館の佐々木長生さんが「農書にみる農業の姿」(72~82ページ)を書いている。

 「たとえば畑の草の根が多くはびこってしまった畑に、あわててソバをまけば、その畑はなかなか取りきれるものではない。(略)焼畑も、からむし(苧麻)が多く生えすぎたとき畑を焼くのも火耕である」 近世江戸時代に会津の農民・佐瀬与次右衛門の『会津農書』が言っている(日本農書全集第19巻)。

  先日(大震災前)、首都東京の映画館で「森聞き」を見たあと、制作者の柴田昌平監督らと話しをすることがあった。国内4ヶ所の取材地のうち、宮崎県椎葉村の焼畑を続ける椎葉クニ子さん(大正13年)生まれ)という人をはじめて知った。帰宅後、聞き書きの著書がある、というので入手した。
  しかし、注文後、すぐにこの大震災となり何も届かない状態になっているなか、郵便で1冊の本が古書店から昨日届いた。『おばあさんの山里日記』(葦書房、1998年刊)がそれである。学生時代から椎葉村に通い聞いた話を佐々木章さん(1949年生まれ)がまとめている。佐々木章さんは宮崎大学大学院農学科修了、現在、大分短期大学助教授(著作の1998年時点)。水田イナ作のプラントオパール(細胞の化石)の研究、発掘調査現場での土壌分析や焼畑の調査をしている。農耕の起源とその発展に興味を持って折られる(奥付より)。

  柴田監督は「この撮影が行われた年は雨が多く、刈り払った草が全く燃えない年で、そのため斜面下部から火を付けることになったのです。周囲は杉林になっており林床の緑の草も多く、類焼も心配がなかった」と語られた。昨年(2010年)、春の山焼き(野焼き)の話しを奥会津で聞いて歩いた。
  尾根に残雪が残っている5月はじめころに行う、共有地の茅場(からむしの焼畑等に使用するコガヤ生産に必要な場所、集落から離れている山塊斜面)の山焼きは、斜面下部から火を付けることを知った。椎葉村の夏の「やぼ焼き(焼畑)」映像はそれに似ていた。そのことを柴田監督と話し合った。
  映画『森聞き』は、富山県の五箇荘の合掌造り屋根のコガヤ(カリヤス)のカヤカリ風景が出て来る。山の急斜面の茅場(かやば)での作業だ。焼き、そして夏にコガヤ以外の草を刈る作業が行われる。先の宮崎県椎葉村では栽培しているのは主にソバ。奥会津昭和村は繊維作物(からむし)。しかしそのからむしの焼畑のためにコガヤが必要である。それは山の斜面を焼く奥会津昭和村は繊維作物(からむし)。しかしそのからむしの焼畑のためにコガヤが必要である。それは山の斜面を焼く。昭和村のからむし栽培はふたつの焼畑が組み合わさっている。

 なお、椎葉村のやぼ焼きで栽培されている蕎麦は原種の小さなソバである。その種子を守るため仕事が継続されている。

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2011年3月18日 (金曜日)

携帯電話で読める公開された機能(ツイッター)

■仮に登録せずとも、記事だけは読めるのがツイッター。

ツイートというのが書かれた記事(140文字以内) → 会津若松市

 これは自治体からの防災無線で読み上げ報知した内容を圧縮して要点だけを掲載すると、防災無線を聴けなかった人々が後から読める。不要になった記事は数日後、削除すればよい。

■わたくしのツイート(記事)→ hカンケ

■花の団体であるJFMA。私も関わっているが、JFMA会長の小川孔輔・法政大教授(マーケティング論)の今朝の記事を読んで、先生にメールを送った。

  → 最初に読んだ記事(3月18日朝)

 それを受けてメールで私の感想を小川先生に送った。

 → その後の記事(3月18日午後)

■ → 小川孔輔教授のウェブサイト

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昨日午後に昭和村大岐から会津若松市内に移動しています。昨日午後と今日、徒歩で会津若松市内の便利商店・スーパーマーケットを見てみました。

■会津若松市内は千石町のファミリーマートは開いていますが、ほかは完全閉店が多いようです。711は開いていますが品物は少なくなっています。

■閉店していたガソリンスタンドは会津各地で3月18日午前から販売を開始したところがあり、午前中で完売しています。並んでも給油できないような状態です。灯油はありません。これを何回か、何日か繰り返して給油状態の安定につながるのでしょう。10リットルのガソリン缶(鉄製)を持って行ってもそれは認められないところが多く、車両のみ10リットル、あるいは制限量の給油量になっているようです。

■スーパーマーケットは会津地域に関して言えば、野菜・肉・冷凍食品は大量に陳列され買う人もいません。一時無くなった米は並んでいます。マスク、電池、パン類、カップ麺、水(お茶類ペットボトルは便利商店でも残っている)。特に店内ベーカリーは一人一個と制限を設けているところが多いようです。

■会津若松市内は毎週2回の生ゴミ・燃えるゴミ回収を車両燃料不足から週一回に。

■会津若松市内の現況は以下のツイッターで

 会津大学卒業生らが運営 → 会津TV

 福島県全体のリスナー情報 → RFCラジオ福島ツイッター 携帯で

 福島県内放射能値・県内自治体・緊急・病院等 → RFCラジオ福島ウェブサイト PC、携帯 災害後、わかりやすく編制され福島県内のポータルサイトになっています。

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 私たちの世代は、高校時代の放課後のクラブ活動、アマチュア無線(ハム)で、雑音のなかから特定の相手の声を聴く訓練をされられました。ラジオが山間地は聞こえにくい、夜になるとフェーディングで音量が大きくなったり小さくなったり波打つ、、、しかしある特定の声を聴くことを努力すると聞こえるように(話している内容が理解できる)なります。クリアなFMラジオに慣れた世代ではAMラジオの雑音のなかから情報をつかみ出すことは難しいのですが、でも聴こうとすると聞こえてきます。

 RFCラジオ福島、NHK福島のラジオ、、、、24時間放送(ラジオチャリティミュージックソン)などはこうした震災時に対応するためのアナウンサー・スタッフの訓練であったと思います。各地の中継をスイッチする技術。

 ラジオは視聴者の側にたった情報を放送しています。そして中央や専門家の情報も、インタビュー録音して、そのまま聴かせてくれます。ラジオの意味が、問われている時代でしたが、311以後はその意味が再確認されると思います。苦しいラジオ局の経営のなかで災害時にスポンサー枠を超えて(CMを一切流さずに)、購買情報・店舗情報が流れるのは唯一現在のラジオではないでしょうか?ラジオが市民(地域のみんな)に愛される時代というのは、時代が豊かな時代だと思います。それは311以後、復権しています。トランジスタラジオradioが社会の中心に置かれる時代がいま来ました(奥会津・昭和村大岐 農業 菅家博昭)。

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被災地向け、炊きだし当番(奥会津・昭和村)

■参集する自動車(ガソリン)が無理になり、大字集落(旧村)単位輪番で対応へ → 本名敬君のブログより

■被災地向け炊きだし(おにぎりつくり)。現状の予定。各地区の公民館・集会所・地区センターで早朝実施。6班編制。毎週1回強の分担。

3月17日(木)中向

18日(金)喰丸・小野川

19日(土)下中津川A(中坪、新田)・小中津川

20日(日)下中津川B(上坪、住宅地区)・松山・野尻

21日(月)下中津川C(阿久戸、下坪)・佐倉

22日(火)大芦・両原

23日(水)中向

24日(木)喰丸・小野川

25日(金)下中津川A(中坪、新田)・小中津川

26日(土)下中津川B(上坪、住宅地区)・松山・野尻

27日(日)下中津川C(阿久戸、下坪)・佐倉

28日(月)大芦・両原

29日(火)中向

30日(水)喰丸・小野川

31日(木)下中津川A(中坪、新田)・小中津川

4月1日(金)下中津川B(上坪、住宅地区)・松山・野尻

2日(土)下中津川C(阿久戸、下坪)・佐倉

3日(日)大芦・両原

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↑(写真)2011年3月14日、昭和村ウェブより

春の、彼岸入り

■2011年3月18日(金)

 燃料不足のため、会津若松市は来週からのゴミ収集を週1回にする(月・火)。

 昨年10月の千葉県幕張メッセで開催されたIFEX(花の展示会)で、知り合いになった、東北産の花をプリザーブド加工して世界へ販売しようと取り組んでいる秋田県のフラワート社の嶋さんからメールが来た。秋田県内にも福島県内の相馬市や福島市から避難されている人々がいる、、、という。

■「アビシニアで見た日本の未来」。2ヶ月ほど前、世界のかすみ草生産地の調査の一環で私はアフリカ東部のエチオピア・ケニアを訪ねた。バンコクで乗り継ぎ、アディスアベバの空港に到着して、スーツケースをひいて駐車場に向かった。会津若松市の規模の都市が首都である。

 バスはガソリンスタンドの無いところを走行する。そして首都郊外からは未舗装道路。揺られ、砂塵をまきあげる。小学生の頃の昭和村の姿がそこにあった。なつかしい過去がそこにあった。

 しかし、あれから2ヶ月後、2011年3月11日の東北の大地震・津波・福島県浜通りの原子力発電所事故、、、、、ガソリン・灯油などの燃料不足、、、、アフリカで見た現実は、いまの日本の姿であった。

 バスの屋根に燃料を積むことは危険なことなんだろうけれど、帰りの燃料、スタンドが無いところを走行する、、、、、アフリカの装備。日本は、行きの燃料しか積んでいない。帰りの燃料を持たない社会が「いまの日本」。

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小規模水力発電所。福島県柳津町 滝谷川発電所。大正9年8月、445kw。私たちはこの電気を戦後から使用している。

2011年3月17日 (木曜日)

灯油、軽油、ガソリン 無くなる

■2011年3月17日(木)吹雪

 奥会津・昭和村大岐では昨日からの新雪が30cm積もった。消えつつあった雪は、積雪深150cmに逆戻りした。気温も零下である。

 昨日、会津若松~会津坂下~柳津町~昭和村の国道49号・252号・県道、、、で営業しているガソリンスタンドは1店(柳津町JA)であったが長蛇の車列で最終尾には「終了」の文字を持った人が立っていた。今日はそこも品切れ休業している。

 昭和村の除雪作業も今朝の除雪で除雪車燃料は無くなるような状況であると聞いた。燃料の入荷予定は無い。

■かすみ草の圃場の除雪も除雪機(エンジン)なので、できなくなっており、無加温促成栽培のかすみ草・春植えの苗はキャンセルする農家が多くなっている。もっとも地震後、宅配便や郵便も来ないので、受け取ることもないのだが、、、、

■3.11の大震災直後から、太平洋側福島県の浜通り向け被災地への炊きだし(おにぎりを作る)を行っている昭和村は、村内中心部小中津川地区の「すみれ荘」(村診療所や福祉課がある)にて朝4時から7時まで70人の村民ボランティアで行っていたが、ガソリンが無くなり、村内ガソリンスタンドも15日で休業となったため、村内各集落から中心部に自動車移動が困難となったので、大字集落ごとに分散・輪番で炊きだしをすることに変更した。明日(18日)は朝7時30分から喰丸地区等で炊きだしが行われる。

昭和村ウェブサイトより転載

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■奥会津・昭和村は放射性物質の測定器は無いものの、会津若松や田島(南会津町)のデータを見ると0.4~01マイクロシーベルト/時間と自然状態にちかい数字で安心して皆暮らしている(福島市と飯舘村が少し高い値になっているが健康被害は懸念不要の安全な値)。昭和村は原発立地の太平洋側からはいちばん遠い日本海側の新潟県境付近にあるためだ。

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■情報過多となっており、現在、私はNHKテレビ・NHKラジオ・ラジオ福島だけを見ている。インターネットでは、ツイッターの以下の信頼できる情報だけを見ている。特にツイッターはRT(リ・ツイート)といって誰かが根拠もなく出典や原著者を明らかにせず転載したものを、ただコピーして出まわるものが多い。必ず原著(出典)にあたり、その組織なり個人の過去の主張業績を見てRTしたものだけを信用している。

 記者発表したものでも、それを確認して、自分でその記事が妥当かどうか判断している。かかれたものをそのまま信用していない。自分が考える判断のひとつとして情報を見ている。考えるために情報を見ている。

 フォローしている2者 → カンケツイッター

 具体的には、つぎの人です。

  → 早野龍五さん

  → 東大病院放射線医療チーム

   早野さんは数日前に6万人くらいのフォロワー(読者)がいましたが、今日は14万人です。東大チームもできたばかりですが、早野さんが呼びかけたので、同じ人(14万人)が読者になっています。

■ 3.11(地震発生日時)は大きな社会転換となることは明らかで、それまでの日本や世界と、それ以後の日本社会は明らかに異なることは明白で、その推移を見ながら、次の時代の構想を考慮している。ちょうど、今日で1週間が経った。

 昭和村は吹雪で、3月1日にポットに植えたかすみ草の苗は、なんとか灯油無し無暖房のなかで、ひっそりとしている。村を囲む1400mのブナ林、ミズナラ林、コナラ林の広葉樹の落ち葉を自分で集め3年かけて腐熟した腐葉土と、この地で栽培された水稲のもみ殻をクンタンにしたもの、この山の土を合わせた用土に根を張ろうとしている。

↓写真は今日撮影(2011年3月17日午前)昭和村大岐(ohmata)

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↑カスミソウの苗(2.5寸黒丸ポリポットにプラグ苗を仮植)

↓ 2重被覆・無加温で 5度。

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2011年3月16日 (水曜日)

小さな村の 小さな取り組み

■2011年3月16日(水)雪

 奥会津・昭和村では、今日も朝4時より8時前まで、村民約70名により被災地へのおにぎり(炊きだし)を1600個てづくりし、南会津町経由で被災地に届けられます。

 昭和村のNPO苧麻(ちょま=からむしのこと)倶楽部の尾崎君のツイッターより

泣ける強さを

■沖縄県(石垣島)の音楽旅団:Bigin。『ビギンの一五一会』(CD2003年)の二曲目に収録されている「海の唄」にはこうある。 

  一人 空を見上げれば

  いつか悲しみは影となり

  光の中で道に変わる

  泣ける強さと、

    負ける優しさ

  また大人に変わっていく ・・・・・・・

■地震直後のRFCラジオ福島の大和田アナウンサー(男性)もリスナーから寄せられる声に、声を詰まらせてよく泣いた。NHKの東北(仙台)の男性アナウンサーも、同じだった。

■3月15日(火)東北大震災から5日目、30km圏内まで福島第一原発事故の放射性物質飛散に関する退避指示が出された。NHKラジオ(第一)。佐藤雄平福島県知事が菅首相と電話会談。「長きにわたり首都圏に電気を送り、国のために尽くした福島県民の被災・避難民を、福島県以外の県等に受け入れ体制を取るよう、政府が努力してほしい」(意訳)。ラジオは福島県知事の意志を唯一伝えている。

 同じく、朝のRFCラジオ福島は、福島市自治会館にある対策本部から。福島県知事の会見を放送。原子力災害について。国(政府)、事業者(東北電力)に強く原子力災害に対策を要望している。全力で対策する、と佐藤雄平福島県知事。
  福島県知事の会見(メッセージ)はラジオからの肉声の音声を聞く限り、決断に満ちた、厳しい物であった。その決断というのは福島県内のすべての原子力発電所は廃炉と、県民は受け取っている。

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2011年3月15日 (火曜日)

地球市民と コトバ

■JFMAの小川孔輔会長のブログから転載します。

■ 大震災から4日目の朝を迎えた: 日本も捨てたものではない(あるサイトのメッセージから)
院生の三浦都さん(大都会本館)から、地震当日からの経験を綴ったサイトの紹介があった。記録を転載したい。わたしも、大地震の直後、麹町から東京駅まで往復した。みなさん、整然と歩いていた。他人を押しのけたり、大声を上げるひとは誰一人としていなかった。

「地震当日からの出来事」(詳しくは、関連サイトの http://prayforjapan.jp/をご覧ください)

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"駅員さんに「昨日一生懸命電車を走らせてくれてありがとう」って言ってる小さい子達を見た。駅員さん泣いてた。俺は号泣してた。" @oka_0829

"M9.0 世界最大級となったのか。じゃ、今後復興のためのエネルギーも愛も、世界最大級にしなくちゃ。" @junyaishikawa

"Operation Tomodachi" 米軍による救援活動作戦名

"家屋に取り残され、42時間ぶりに救出された高齢の男性の映像。「チリ津波も経験してきたから、だいじょぶです。また、再建しましょう」と笑顔で答えていた。恵まれた環境にあぐらをかいてきたことに直面しなきゃって思った。私たちが、これから何をするかが大事。" @mameo65

"千葉の友達から。避難所でおじいさんが「これからどうなるんだろう」と漏らした時、横に居た高校生ぐらいの男の子が「大丈夫、大人になったら僕らが絶対元に戻します」って背中さすって言ってたらしい。大丈夫、未来あるよ。" @nekoshima83

"NHKの男性アナウンサーが被災状況や現況を淡々と読み上げる中、「ストレスで母乳が出なくなった母親が夜通しスパーの開店待ちの列に並んでミルクが手に入った」と紹介後、絶句、沈黙が流れ、放送事故のようになった。すぐに立ち直ったけど泣いているのがわかった。目頭が熱くなった。"@bitboi

"暗すぎて今までに見たことないくらい星が綺麗だよ。仙台のみんな、上を向くんだ。" 現地での会話 @smzasm

"ディズニーランドでは、ショップのお菓子なども配給された。ちょっと派手目な女子高生たちが必要以上にたくさんもらってて「何だ?」って一瞬思ったけど、その後その子たちが、避難所の子供たちにお菓子を配っていたところ見て感動。子供連れは動けない状況だったから、本当にありがたい心配りだった" @unosuke

"外国人から見た地震災害の反応。物が散乱しているスーパーで、落ちているものを律儀に拾い、そして列に黙って並んでお金を払って買い物をする。運転再開した電車で混んでるのに妊婦に席を譲るお年寄り。この光景を見て外国人は絶句したようだ。本当だろう、この話。すごいよ日本。" @kiritansu

"国連からのコメント「日本は今まで世界中に援助をしてきた援助大国だ。今回は国連が全力で日本を援助する。」" @akitosk

"一回の青信号で1台しか前に進めない中、譲り合い穏やかに運転している姿に感動した。交通が5分以上完全マヒするシーンもあったが、10時間の間お礼以外のクラクションの音を耳にしなかった。日本がますます好きになった。" @micakom

"昨日の夜中、大学から徒歩で帰宅する道すがら、とっくに閉店したパン屋のおばちゃんが無料でパン配給していた。こんな喧噪のなかでも自分にできること見つけて実践している人に感動。心温まった。東京も捨てたもんじゃないな。" @ayakishimoto

"韓国人の友達からさっききたメール。(日本語訳後) 「世界唯一の核被爆国。大戦にも負けた。毎年台風がくる。地震だってくる。津波もくる……小さい島国だけど、それでも立ち上がってきたのが日本なんじゃないの。頑張れ超頑張れ。」ちなみに僕いま泣いてる。" @copedy

"ホームで待ちくたびれていたら、ホームレスの人達が寒いから敷けって段ボールをくれた。いつも私達は横目で流してるのに。あたたかいです。" @aquarius_rabbit

"サントリーの自販機無料化softbankWi-Fiスポット解放、色んな人達が全力で頑張っててそれに海外が感動・協力してる。海外からの援助受け入れに躊躇したり自衛隊派遣を遅らせたりしてた阪神淡路大震災の頃より日本は確実に強い国になってるんだ。みんな頑張ろう。" @dita_69

"終夜運転のメトロの駅員に、大変ですねって声かけたら、笑顔で、こんな時ですから!だって。捨てたもんじゃないね、感動した。" @tadakatz

"都心から4時間かけて歩いて思った。歩道は溢れんばかりの人だったが、皆整然と黙々と歩いていた。コンビニはじめ各店舗も淡々と仕事していた。ネットのインフラは揺れに耐え抜き、各地では帰宅困難者受け入れ施設が開設され、鉄道も復旧して終夜運転するという。凄い国だよ。GDP何位とか関係ない。" @resaku

"日本全国の皆さん。やさしさを失わないで下さい。弱い人をいたわり、互いに助け合い、許そうとする気持ち失わないで下さい。あなたが不安な時、きっと周りの人も不安なはずです。これが私達の願いです。私達も同じ気持ちで頑張ります。" ウルトラマン&スタッフ "2歳の息子が独りでシューズを履いて外に出ようとしていた。「地震を逮捕しに行く!」とのこと。小さな体に宿る勇気と正義感に力をもらう。みなさん、気持ちを強く持って頑張りましょう。" @hirata_hironobu

"4時間の道のりを歩いて帰るときに、トイレのご利用どうぞ!と書いたスケッチブックを持って、自宅のお手洗いを開放していた女性がいた。日本って、やはり世界一温かい国だよね。あれみた時は感動して泣けてきた。" @fujifumi

"日本全国の皆さん。やさしさを失わないで下さい。弱い人をいたわり、互いに助け合い、許そうとする気持ち失わないで下さい。あなたが不安な時、きっと周りの人も不安なはずです。これが私達の願いです。私達も同じ気持ちで頑張ります。" @yoh22222

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以上のサイトは、以下のURLから、、、

http://prayforjapan.jp/i/tweet.html

#prayforjapan は、海外の人たちから日本に送られてくる応援メッセージのハッシュタグです。
1秒に1回以上のペースで、地震発生時から現在まで地球上のあらゆる地域から寄せられています。 prayforjapan.jp は、避難生活を余儀なくされている方、不安に押しつぶされそうな方に、すこしでも勇気をもってもらえたらと思い、このメッセージを受け取ってもらうために、つくりました。
公開にあたり悩みましたが、一人でも希望を持ってもらえたらと思い、国内で投稿された心に残るつぶやきや、海外から寄せられた応援メッセージをまとめています。このサイトは、栃木県の避難所にて、停電のなか最初の夜を明かしている20歳の学生によって作られました。現在、FacebookやTwitterで賛同してくれた有志により、運営と多言語化などのプロジェクトが進んでいます。また、paperboy&co社のご好意により、特別にサーバーを提供していただいております。ご連絡等ございましたら、mocchicc[at]gmail.com までお願い致します。
| Kosuke Ogawa | 08:37 |

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経済を中心にしない生き方 『百姓学宣言』 宇根豊(農文協) 

■宇根豊さんの新著が出た。農文協シリーズ地域の再生21『百姓学宣言~経済を中心にしない生き方』(2011年2月25日刊)。

 東北の大震災後に、科学、技術、仕事などを考えるのには適している。

 宇根さんはあとがきに書いている。

 正直に告白すると、私には稲の声がまだ聞こえない。(略)しかし、いつか聞こえるだろうかと、ひそかに期待もしている。

 たぶん、表現しようと待ちかまえているから、声が聞こえないのだと思う。もっと無心にならなくてはならない。しかし無心になったら、たぶん表現することなど忘れて、どうにでもよくなっているだろう。

■かすみ草と仕事をして30年になるが、いくら耳をすませても、まだ、その植物の声は私に聞こえない。この冬、沖縄県北部やんばるの森の喜如嘉の芭蕉布に生涯を尽くしている平良敏子さんにお会いした。「いくつになられましたか?」とうかがうと、「まだ90歳です、、、、」と語り、「最近は芭蕉(植物)はイノシシに食べられたり、地球の温暖化で栽培が難しくなっているのですよ、、、」と。実の芭蕉はバナナであるが、繊維を採る芭蕉は糸芭蕉。自然布である。

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奥会津 昭和村 72人

■2011年3月15日(火)

 本日は確定申告最終日。

 南会津町の大西琢也さんのブログによると、奥会津・昭和村に72人の被災者受入が福島県から要請されていることがわかりました。3月11日午後2時46分に発生した東日本大震災による一連のものです。

 → 大西琢也さん

 → 昭和村では被災地向け炊きだしをしています。

 → 時田さんツイッター記事

 → 尾崎さんツイッター記事

■ 菅家博昭 → ツイッター(古い記事は、3日たてば削除しています)

 →NHKニュースの原発事故報道まとめ(毎回更新)

■3月15日未明から福島原発から放出されている放射性物質を含んだ空気塊は北風により、原発立地より南方の茨城県から南関東方面に拡散している。関東各地(茨城県内、神奈川県内)の放射性観測地点の測定値が上昇している。13日は西からの風で太平洋上に放射性物質は飛散している。→ 花粉症の花粉のような移動

 → 風下への移動(読売新聞3月15日ウェブ 早野さん)

 信頼できる。徹夜で対応している。放射性物質の飛散→早野龍五さんのツイッター

■今朝、菅首相は東京電力本社を訪ね、同社内に政府と東京電力の統合対策本部を設置した。

■関東地方・首都圏に原発からの放射性物質を含む空気塊(霧)が及ぶ事態になってようやく原発事故対策が一元化される。

■物資(食料・水・燃料)が無い被災地への人的支援ではなく、被災していない地域では被災民を受け入れる活動を、という主張が多くなっている。物資が不足し避難所での食料供給等が間に合わない(1日に一人あたりおにぎり1個、、、)現状では、被災地の負担を減らすため被災していない地域で被災者を受け入れる。被災地での現状での人的支援は自衛隊が担当し、落ち着いてから一般人ボランティアをという論調。

 大きな被害ではなかった地域(会津等)でさえ、物資(食料・水・燃料)が無くなっています。それは首都圏でさえ食料不足になる状況です。

■放射性物質を含む空気塊、、、、霧が漂うような、、、、過日、首都東京で観た『森聞き(もりきき)』は、多くの高校生が「霧に包まれた現代社会は視界が見えない」と語っている。

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昭和村喰丸・両原の間にある舘腰山

2011年3月14日 (月曜日)

山口県の原発建設工事

■山口県知事、中国電力に上関原発の建設工事見直しを要請 →日経記事3月14日15:31

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3月16日、村での花セミナー中止

■2011年3月16日に福島県昭和村公民館で予定されていた以下の行事は震災のため中止となりました。

昭和村花き振興協議会第2回学習会

9:00~11:00 花育体験
講師 高倉なを氏

11:00~12:00 土づくり講習会
~米ぬかを使った自家製ぼかし肥料の作成実演 他~
講師 福島県農業総合センター
有機農業推進室 専門研究員 横井直人氏

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東日本大震災(311)

■2011年3月14日(月)

 東日本大震災の被災お見舞い申し上げます。 

 
 3月11日(金)14時46分に発生したマグニチュード9、震度7の東日本大震災。福島県会津地方の当地・昭和村も震度4~5弱で棚から本や物がおちたりしましたが、大きな被害はありませんでした。まだ積雪が130cmあります。

 しかし福島県の太平洋側の東京電力の原子力発電所が被災しその後事故となり放射性物質が大気中に放出され、発電所周辺での被爆汚染も確認されています。事故推移に予断できません(事故中の福島第一原発・3号機はプルトニウム・ウラン混合酸化物(MOX)燃料によるプルサーマル発電)。

 会津地方は、ガソリンスタンドは品切れ閉店、各所便利商店も水・パン・おにぎり・カップ麺は品切れです。JR全線運休、新幹線運休、高速道通行止め、福島県内の一般道も寸断され通行も難しくなっています(昭和村は大丈夫)。被災地は停電・断水が続いています。

 地震後、取引先卸売市場・仲卸・生花店等から安否確認、お見舞いのファクス、留守電、メール等をいただきました。ご心配をおかけしたうえ見舞いをいただき感謝しております。現在、有線電話回線、携帯電話、携帯メール等を含め、ようやく復旧しつつあります。

 輸送便(宅配便)が止まっていることから、春のプラグ苗(カスミソウ苗)の入荷に懸念がありますが、雪を消す作業を含め予定通り6月中旬には開花したかすみ草を皆様にお届けすることができるよう、ていねいな仕事を開始いたします。

                          昭和花き研究会 会長 菅家博昭

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3月13日午後、福島県昭和村大岐

311 殉職

■2011年3月14日(月)

 「311」(東北大地震 震度7 M9)以後は日本社会の意味が変わる。現在31万人余が避難中。今後M7級の余震が懸念される。

  殉職 → 「早く逃げて」命をかけた防災無線 岩手県南三陸 遠藤未希さん(25歳) 毎日新聞

■被災地は停電・ネット環境悪化のため連絡がとれない。

■環境負荷低減プログラム(MPS)、宮城県の梶農園(バラ生産)の安否 → 岐阜大学福井博一先生の記事

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■3月14日(月)福島民報新聞の1面と最後面。

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↑福島県内の被災者等の避難民(市町村別)。原発事故20km(第一、第二)からの避難民八万人は掲載されていないと思われる。NHK21時テレビより。

↓東京電力社長のはじめての会見。原発事故で「お世話になっている地元に大きな迷惑をかけている」と語る。→毎日新聞 東京電力社長清水正孝社長陳謝20110314dsc04576

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↑3月13日の20時台の首相官邸からの会見ではじめて同時手話通訳が行われるようになった。

↓宮城県南部の避難者。仙台市は9万人。20110314dsc04552

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2011年3月13日 (日曜日)

炊き出し(おにぎり)

■3月11日から大地震・原発事故で、非常事態年です。

■奥会津・昭和村(「すみれ荘」)では、被災地向けの炊き出し(おにぎり)を作っている。3月13日昼の村内向け広報(無線)では、明日からの炊き出しボランティアを募っている。

 → 浜通り向け

■ → 本名敬君(下中津川)

 → 尾崎君(小中津川)

■2011年3月13日(日)昭和村大岐↓

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■3月13日現在、会津地方のガソリン不足。どこのガソリンスタンドも「品切れ」閉店している。開いているところは車列で事実上給油不可能。JRは運休。高速道は通行止め。新幹線運休。8万人に避難命令。

3月13日、朝

■2011年3月13日(日)晴れ

 福島県会津地方でも携帯電話は12日より圏外でメールも不通・有線電話はつながりにくくなっている。ガソリンスタンドは閉鎖(燃料が無い)、便利商店でもパン・おにぎり・カップラーメン・水は売り切れで補充されません。

 午前6時30分、福島市の福島県庁・原子力災害対策本部。福島第一原子力発電所の1号機、20km圏内の双葉町の住民160人が被爆した可能性がある。また3号機の冷却水位が下がりはじめ燃料棒が露出しはじめ1号機と同じ様相になり、蒸気を外気に排出する作業を午前、開始する。この作業は放射性物質を大気に排出する作業になる。

 安全保安院は被爆60人(浜通りの病院入院患者等が避難のために双葉高校グランドでヘリコプターを待っている間の被爆)。大気に放射性物質が浮遊していることを示している。

■13日朝の新聞(福島県内)

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2011年3月12日 (土曜日)

15:36福島第一原子力発電所 1号機

■↓FCTテレビ → FCTテレビの映像

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↓NHK(写真上午前・下午後4時過ぎ、骨組みのみ)

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2011年3月11日(金)午後・東北大地震

■2011年3月12日(土)

   東北地方太平洋沖地震(M8.8)

 3月11日(金)午後2時46分の大地震発生(M8.8)後、不通となっていたが、午前3時過ぎ、有線(NTT)でのインターネット回線の接続が可能となった。

 その後も電話は通じない状況が続く。携帯電話からメールにてツイッター投稿は可能だが、それをウェブで読むことは困難な状況。

 

福島県の原子力発電所での放射能値が高くなっている、という報道。原発周辺の5800人に避難指示。停電により炉心の水位を維持できず、バックアップのディーゼル発電機も故障した、という。

 → 東京電力

■RFCラジオ福島は地震後から継続した報道を行っている。福島県庁も被災し、隣の自治会館の会議室に災害対策本部を設置している。

 福島県内は太平洋に面した浜通りが甚大な被害。東北自動車道沿いの中通りも震度6強で、停電。倒壊も、道路も損害。会津地方は震度5、棚のものが落下・本も落下。各所での被害もラジオでは報じている。地震発生後会津地方は吹雪になっている。鶴ヶ城の石垣の一部が崩れたというラジオ報道や、南会津町の駒止トンネル内が崩壊、各所の橋の金属音がした、という(いずれ未確認)。

■テレビとラジオ。テレビは宮城県内の火災、津波。

■民放テレビは福島県内の原子力発電所の問題、政府は3時に、6時に首相官邸から首相がヘリコプターで福島県内の原子力発電所に向かい、その後上空から沿岸側を視察して首相官邸に戻る、と発表した。

菅家福次日記:1943年3月12日(金)歩きながら足跡を見る

■3月12日(金)晴
 小屋にて唱議論まあ討論会のやう広兄一郎君等来て語りつつ昨日と同じ藁靴を作る。今日も二足半と云ふところ。午後兄が福江姉を送って来る。途中見つけて来た栗鼠(りす)を射ちに行く。二人してやっとのこと二発かけて射止めた。夜それをむいて食べる。明日か明後日中津川に医師が来るようだから明日にでも行かふ。

2011年3月11日 (金曜日)

丸の内キャピタル

■2011年3月11日、日経MJ(流通新聞)5面(7段記事)。成城石井 三菱系ファンドが買収 イオン・ローソンと連携も 商品供給や出店戦略で。

 三菱商事が50%出資する丸の内キャピタルは、ジョイフル本田、タカラトミー、成城石井に出資。三菱商事はライフ、イオン、ローソン、菱食に出資。(図有り)

福島県の昭和村 ツイート

■3月12日 首都 → 苧麻倶楽部 尾崎さん

 → 時田さん

 → 大芦家 佐藤孝雄さん

■ → 菅家博昭ツイッター

菅家福次日記:1943年3月11日(木)藁靴作り

■3月11日(木)風
 昨夜窓を打つ吹雪の音が眠りを破れる時があった。「今日は駄目だな」藁仕事をしよう。藁靴二足余寧日座居しての仕事。全く嫌になる。唯居のみのやうでうとうとして居られないのだ。小屋で一郎広兄等来て皆で大騒ぎの動きが疎になる位の話し。夕食時福江姉の御馳走にと粳餅を搗く。

※3月3日にも「粳餅」を搗いている。

2011年3月10日 (木曜日)

かすみ草マトリクス

■→ ミヨシ ルミナ

 → スミカ ベールスター

■→ハモグリバエ予察法

 → 会津盆地・かすみ草定植

 → 雪続く 会津盆地

 → 奥会津・昭和村

■→エコ・ファーム

 → もみ殻くんたんの覆土

 → 旅立ちの春

 → FFCNは八王子から、学習会へ

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花時間227号、163ページ

■店頭発売となった『花時間』227号(2011春、エンターブレイン・角川)の163ページに、「拝啓、花の故郷から」に福島・奥会津のカスミソウが紹介されています。

 会津若松市内の書店では、南千石町の「ブックスなにわ」会津若松店で発売されています。『季刊:花時間』『月刊:フローリスト』を置いている書店はとても少ないため地方都市での入手は困難になっています。

■3月8日都内でJFMAセミナーが開催されました。1月のアフリカ視察報告会です。 → 松島さんブログ

 3月9日は都内でJELFAセミナーが開催されました。近日中に講演内容が掲載されます。→JELFA

■3月10日は吹雪です。前日からの新雪は30cm。積雪深は150cm。奥会津・昭和村大字小野川字大岐。

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もりきき

■2011年3月5日から東京・東中野駅の西口(北側)のポレポレ東中野でドキュメンタリー映画「森聞き」の上映が行われている。10時30分、13時20分からの上映後には柴田昌平監督とゲストによるトークが15分ほどほぼ毎回行われる。

■森の聞き書き → 映画

 →大道映画人柴田昌平さん

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菅家福次日記:1943年3月10日(水)おしどり

■3月10日(水)雪
 「今日は山遊びに行ってとってこようか」この予想も子産沢(こなしさわ)まで風積雪のために破れてしまった。十一時頃より窯に行き荷造り、その他片付けて来る。行く途中川前でおしどりを見つけ命中せず。全く漠然色をなくした。一時帰宅後、夕方まで炬燵の中にて一眠り。

2011年3月 9日 (水曜日)

菅家福次日記:1943年3月9日 兔巻狩り 川谷大岩裏山

■3月9日(火)雪
 製炭はあと一寸荷造りをのこして、一時打ち切りと云ふのは、今日は炭焼き。連、彦、喜、広兄貴僕と五人(一寸利春氏と一緒になる)して川谷大岩裏山方面兔狩発砲三発。巻きの中にうまく入らず皆遠き所であったので命中せず。全く落胆。彦兄が一匹射止める。二時頃帰宅後広兄と川上へおしどり射ちに。駄目。夜喜八宅にて兔を食ふ。

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韓国産の花の日本への影響

■韓国産の花の日本への影響 → 岐阜大学 福井博一先生3月8日

■→葬祭用一輪菊

■決算説明会→大田花き2月23日

■3月9日の朝日新聞。「会計士:融資先の監視、銀行に要請へ」 銀行の甘い融資審査が、粉飾決算を続けた岡山のバイオ企業・林原と同じような違法企業の存在を許している、、、日本公認会計士協会が銀行に対し、融資先の監査がきちんとしているか監視を徹底するよう異例の要請をする。

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2011年3月 8日 (火曜日)

菅家福次日記:1943年3月8日(月)見沢・松阪(高田)

■3月8日(月)
 窯が昨日の辛が急にとめて澱んで居ったらしい「くど」(煙道、煙突)を一気に引いて広兄と共に山中に行った。仙造兄等を明日兔狩りに誘ふわけだ。行ったら不在宅だ。松阪方面に仕事に行ったといふ。昼前山中にて休む。帰って見たがやっと日没に出炭した。夜、彦兄の家に兔食へに招かれる(夕食)。福江姉泊まりに来る。

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2011年3月 7日 (月曜日)

菅家福次日記:1943年3月7日(日)

■3月7日(日)
  昨日の炭の荷造りをしてから補助たきをする。終わって木を小屋に入れる。辛煙になれば仕事なしと云ふわかだが中々ならず。午後三時頃やっとのことになる。家の光を読みつつ窯の前についてたいて居る。もう明日きりだ。後は一寸休んで狩りでもせう。帰宅後帯及を修理する。夜は一郎君の散髪顔そり。衣料切符配布される。

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2011年3月 6日 (日曜日)

田芋のある街

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労作展(昭和村)

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菅家福次日記:1943年3月6日(土)炭四俵超える

■3月6日(土)
 今日は天気かと少々思ったが午後は雪となった。夜の積雪二寸位で彦兄が兔狩りに行き一匹とって来たと云ふ。窯は煙猛桜、全く良好。出炭は二三時頃重量は開業以来最高記録を作った。四俵突破。全く驚愕に値する。午前中に木を割る。いま一窯半はあらう。昨日二窯出炭したが取り消しだ。明後日までの辛抱。新八君写真一枚贈る。

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2011年3月 5日 (土曜日)

菅家福次日記:1943年3月5日(金)炭焼き続く

■3月5日(金)
 後の窯まで一まづ終了と云ふ処なれど、少々木不足なる故今日伐る運ぶ。細木と雑木。午後割って見たが一窯の三分の一程過たので夕方になってもう一窯焼くこととするとの意決める。今日窯は朝行くと辛煙危介なし。天候は風っぽく寒さは酷く肌に感ずる。今日窯には二人の御客様あった(午前西選兄、午後経義兄)。母完全に風邪治る。

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ゴルフ場開発

2011年3月 4日 (金曜日)

子どもの目

■2011年3月4日(金)

 3月3日は会津地方は吹雪になり、昭和村は20cmほど新雪が積もった。午後、下中津川の昭和小学校の鉄筋コンクリート校舎3階の図書室で、全校生を前に地域を知る学習会で話した。そして演奏。

 安藤先生とも話す機会があった。インドに3カ年滞在している。

 今回は話のプロットは準備していたが、どのように伝わったのだろうか?小さな人たちに語るのはたいへん難しい。このような貴重な機会をいただき感謝しています。

  → 佐藤孝雄氏(大芦家)

 終了後、すぐ自動車にて磐越道経由で郡山。そこから新幹線で上京。出張。23時に都内旅籠着。

■3月2日の朝日新聞に池澤夏樹が広場の規模と民主化について書いていた。

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菅家福次日記:1943年3月4日(木)愛宕山の松

■3月4日(木)小雪
 今日の天気は大際雪の時もあれば、全く降らない時もあるが相当寒い。次回の木を割る(少々)。朝行くと青煙午前中に出炭を終る。量は少量だが重さは三俵半で普通以上と云ふわけ。荷造り終る。一俵学校に背負って行く。夕方暗くなる迄、学校に休む。夕方大雪で今は風となったらしい。愛宕山の松風にうなって居る。

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2011年3月 3日 (木曜日)

菅家福次日記:1943年3月3日(水)スキー乗り

■3月3日(水)小雪
 今日は節句と云ふわけだが、村では餅搗き関係もあり旧とする由だが家では朝粳餅を搗いた。今日は木伐りはなく炭窯も骨休みと云ふ立まへ。辛煙にするに相当苦心する。澱むのだ。明日は出炭だ。加減が面倒だ。明日の分の木を割ってしまふ。夕方は早く帰宅。広兄と共に、高畑でスキー乗り。全く愉快。雪が減異常なし。房子五畳敷泊りで帰宅。土産マフラー。

※粳餅(うるちもち)→バンデイモチのことか?

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2011年3月 2日 (水曜日)

伝えるなかみ

■2011年3月2日(水)

 午前、会津若松市内の会計事務所にて定期外部監査。昼は来県する名古屋のフクカエン種苗の松永課長とかすみ草について懇談。午後は昭和村大岐でかすみ草苗仮植作業。夕方、大芦家へ。福島大学学生らと懇談後、佐藤孝雄氏と演奏(なかよしバンド、1980年結成・自作自演曲)。

 明日の午後も、昭和小学校で、30分お話、その後演奏がある。

 話す内容は要請があってからずっと考えているが、小学1年生から6年生までに語ることはとても難しい。ライフワークの未来、というのがコンセプト。「ていねいな暮らし」を、伝えることなのだが、観念的にならず具体的な事例を踏まえないと伝わらない。行持道環。

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菅家福次日記:1943年3月2日(火)村送り

■3月2日(火)曇
 今日は午前、良きかと想ひ大急ぎで行って見たが煙は辛く澱んで居るかのやうに見受けられる「何出せ!!」一気にクドを払って出したが余り遅くはなく、夕方まで口(くち)を絞めてしまふ。午後小野川の四一氏が村送りに窯まで来て行く。少々木立込み等やって行く。広兄川口より帰って今日より仕事始む。房子等帰宅する由入電。製炭四俵。

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2011年3月 1日 (火曜日)

花の品質管理

さきほどメール配信された3月1日GWJニュースレター65号を読んで気になった記事。

■宇田先生 → 灰色カビ注意報

■開花調整 → 花き研究所ニュース

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美ら海

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丸の内キャピタル

■三菱系ファンドの丸の内キャピタルが、首都圏のSM成城石井を400億円で取得すると、2月28日の讀賣新聞、日経等で報じられた。牛角を展開するレックスホールディングスが売却するもの。社長の大久保恒夫氏は昨年9月1日に退任し、この3月1日にセブン&アイ・フードの副社長に就任している。

 丸の内キャピタルは、2009年にHCジョイフル本田の33%の株取得もしている。

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2009年5月の沖永良部島(鹿児島県)

■2009年5月29日 沖永良部島1

 5月30日 2百合を守る島

 5月31日 3 集会

 4 集会後2011年に再開を

 5 たいらさん

 6 決算

 7 世の主

 8 群島世界論

 9 踊る

 10 MPS

 11 約束の橋

 12 百合・ソリダゴ

 13 薩摩

 14 ランチ

 15 字(あざ:集落)誌

  16 えらぶゆり

 17 記録する人々

 18 セリヨサ島

 19 レンタカー

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トキワ荘

■アマゾンから藤子不二雄A『満賀道雄の青春 愛、しりそめし頃に 10巻』(小学館、2011年3月3日発行)が届いた。

 トキワ荘でマンガを描いている日常を描いている。時代は少年マガジン、サンデーが週刊創刊した1959年3月17日からはじまる。昭和34年。

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花き生産・販売最新事情

■農山村漁村文化協会(農文協)の『農業技術体系 花卉編』追録第13号(6000円)が2011年2月27日に届いた。本編は全12巻(15万円)で、追録は各号がその都度支払う。

 追録第13号は、

 柴田道夫(花き研究所)「花き産業振興方針と技術開発」

 宇田明「本格化する切り花の日持ち保証販売」

 薄木健友(札幌市)「産地歩きから学んだ品質管理」

 鈴木義啓(長野県)「土壌環境を良くしてオーガニックフラワー栽培」

 吉村圭(ワイルドプランツ吉村:長崎県)「時代を見据えた販売戦略」

 などが本人執筆で掲載されている。現在、花き産業が抱えている課題を明確に捉え、解決策を明確に提示し、実践している。

■同じくして、日本農業市場学会編集『農業市場研究』2010年9月号、12月号が届いた。後者は2010年大会シンポジウム報告集となっている。2010年7月に三重大学で開催され、テーマは資材価格高止まり、農産物価格低迷下の農業市場と政策課題。

 個別報告要旨で、

 東京農大大学院田中真由紀「カリフォルニア花卉市場における切り花輸入の動向」

 岐阜大学大学院水野勝義・福井博一「アジア諸国における花卉園芸植物の育成者権保護について~中国・韓国・日本における国際比較を中心として」

 北海道大大学院橋本直史「国内青果物産地におけるGAP導入が農家に与えた影響~北海道とうや湖農協を事例に」

 日本農業市場学会2011年度大会は7月3日、4日に鹿児島大学農学部で開催される。

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今日から3月、作業開始へ

■2011年3月1日(火)

 今日から、かすみ草のプラグ苗(セル苗)が入荷する。明日から2.5寸の黒丸ポットに植える(仮植)。用土は3年腐熟させた博士山系のブナの落葉。

 定植予定のハウスは、2月下旬より、除雪中。

■3月2日、午前監査。昼、フクカエン種苗松永課長。18時大芦家、福島大学清水修二ゼミ。→ 大芦家

■3月3日午後、昭和小学校で講演、なかよしバンド演奏。

■3月4日より8日、出張。

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■2月28日(月)雨の首都・東京。3ヶ所で会議・商談。日帰り出張。

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菅家福次日記:1943年3月1日(月)雨

■3月1日(月)雨
 昨夜見沢に医者が来たと云ふ話を聞いたので一寸小野川まで出迎へて目齢検査して貰ふとして行った。善次兄も重態の身を以て行ったが医者は小中津川まで来て来なかったのだ。馬鹿な目に遭った。帰って荷造りをし午後、兄貴と共に木を運ぶ(奈良布際より)橇が走り大捗だ。終わらないだらうと云うのが早く終わった。製炭作業、兄貴午後より。

■福島県大沼郡昭和村大字小野川字大岐の当家の菅家福次(20歳)が昭和18年に残した日記を、2011年の同時日に翻刻している。毎日、炭焼きをしている。赤目(白炭)で毎日出炭する「日窯」。現在は、1週間ほど晴天が続き、2011年2月28日はやはり雨であった。が雪になった。

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