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KANKE/リンク

2006欧州視察

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    2006年11月 JELFA欧州視察の個人写真記録。菅家博昭撮影。

2006年12月冬の沖縄

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    2006年12月の沖縄県内。花の生産地や街の様子。菅家博昭撮影。

2007年1月から

  • 20070401img_9892
    2007年1月から奥会津などの風景、菅家博昭撮影。

2007静岡カスミサミット東京

  • 20070201img_9619
    2007年2月1日に東京都内・大田市場で開催。

2007年4月から

  • 20070426img_5713
    2007年4月から、奥会津の風景、かすみ草生産作業風景など、菅家博昭撮影。

2007年5月の風景

  • 20070520img_0193
    2007年5月の奥会津の風景、かすみ草生産。菅家博昭撮影。

IFEX2007_TOKYO_01

  • 20071011ifexdsc02602
    144枚、菅家博昭撮影。幕張メッセ花の展示会。

2007年11月

  • 20071108dsc04006
    2007年10月オランダ、アムステルダムのホルティフェア、アールスメールマーケットでの印刷物資料

2010年1月

  • 20100131dsc00811
    2010年1月25日~27日、熊本県

2010年02月 かすみ草栽培

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    2010年2月12日 かすみ草ファンタイムの砂あげ苗のポット仮植作業。撮影菅家博昭。

かすみ草写真集1

  • 20061010img_3904
    348枚。菅家博昭撮影。かすみ草生産地での撮影。

奥会津の風景01

  • 20060801img_4064
    387枚、菅家博昭撮影。おもに昭和村など。

2006北海道かすみ草サミット写真誌

  • 20060715img_0143
    2006年7月13日、14日。北海道夕張郡由仁町で開催された第4回全国カスミソウ北海道サミットinみなみそらち・ゆに

2006年夏の記憶

  • 20060913img_9418
    2006年の奥会津・昭和村、カスミソウ栽培の風景。菅家博昭撮影。

2006年秋の記憶

  • 20061114img_1169
    2006年秋の福島県奥会津の風景、カスミソウ栽培の様子など。菅家博昭撮影。

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2011年5月31日 (火曜日)

文禄三年大沼郡中津川喰丸検地帳

■2011年5月31日(火)

 昨日は雨、風でした。

 今日は、昼頃、MPS現地審査官が来村され対応いたします。今日の午後に大岐で1件、明日の午前に中向で1件。

■昭和56年(1981)に田島町から発刊された『田島町史 第5巻』643ページから663ページ、文禄三年大沼郡中津川喰丸検地帳(昭和村喰丸 山内久雄所蔵)の全文が掲載されている。また689ページ694ページに文禄三年大沼郡大芦村検地帳(大芦 五十嵐朝良所蔵)も掲載されている。

 前者には付箋が付いており、「文禄三年より嘉永五年迄弐百六拾六年相成申候」、また『福島県史 10(下)近世資料』の一部脱漏を補った、と田島町史編纂委員会により記載がある。

 文禄三年(1594年)の前者検地帳には、家数45軒の掲載がある。また田畑所在地が書いてある。そこに小中津川が出て来る。また「うわた」「をりはし」「やなきかさい」「ぶんどうさうり」「ししふしさわ」などは現在の小中津川所在小字である。また両原となる「はら」「でとあかくら」も見え、下中津川の「あくと」「まち」、小野川の「おの川」が見える。また喰丸の小字「ひかげ」「下向」、佐倉の「上ノ山」などが見える。現在の両原から喰丸、佐倉、小中津川、下中津川にあたる。小野川は土地所有者に付記しているだけなので、小野川村と、野尻から松山まで、大芦と現在昭和村域で4地域に分けて検地が行われたと思われる。

 この検地帳に小中津川という地名は出て来るが、下中津川は出てこない。

■この文禄三年の大芦村検地帳については、昭和60年(1985)の『田島町史 第1巻』328ページから詳細を表を作成し検討している。町史編纂室室長・室井康弘氏による。

2011年5月30日 (月曜日)

文禄三年(1594)十月十日

■2011年5月30日(月)台風2号由来低気圧の風雨。

 29日も雨。田植え休みの日。夕方、田島へ。田部の浩仁宅。舟鼻峠から22時30分帰宅。峠の樹木の枝・葉が風雨でアスファルト舗装道路上に落ちていた。

 日中は、旧・市民会館跡に会津稽古堂の3階に新装開館した会津若松図書館で福島県史・会津若松史・南郷村史・柳津町史などを閲覧、複写。現在、下中津川、を調べている。

■1594年(永禄三甲午年)の夏、蒲生氏郷は会津領内の検地を行う。現在の昭和村域でも10月10日、検地が行われ、喰丸中津川で96名と大芦村12名が登載されている(『昭和村の歴史』67ページ)。現昭和村域のかつて山ノ内氏と蘆名氏の領地(近世、1600年代に野尻郷と呼ばれる現昭和村域の中世1500年代の郷組名は不明)は、蒲生氏の直轄地(蔵入地)と、七人の家臣(給人)に分与された。計2447石。

大芦(277石)御蔵入

小野川(209石)御蔵入

松山(70石)木本左平次

野尻(689石)結城十兵衛

喰丸(650石)平新左衛門、多田紀平二、大塚太郎介

中津川(550石)竹田矢助、横田八郎兵衛

■1500年代までに、現在の昭和村行政区域内の基本集落はほぼ成立している。大字単位の集落を近世は村(むら)とよんでいた。9ヶ村。

 大芦、小野川(大岐を含む)、松山、野尻(中向を含む)、喰丸(佐倉、両原を含む)、中津川(小中津川・下中津川を含む)と考えられる。

 私の住む大岐(おおまた)は小野川の端村(はむら)で、住所的には大字小野川字大岐といい、近世は小野川村である。母村が小野川で、その分村・衛星村の形を行政上取っているが開村伝承は異なる。

 松山も大芦もそれぞれ一村としての構えを維持している。

 野尻村の端村としての中向(なかむかい)は集落数も多く、『大沼郡誌』では野尻中向と表記している。本来、中向が自然村として成立し、その後に山ノ内氏が入村開拓したのが野尻と考えられ、軍事拠点として整備されるなかで、中向は野尻の端村に行政的に変更されたまま母村(一村)としないままで現在に至っていると考えられる。

 1600年代になり、両原は喰丸の端村の原と、佐倉の端村の原を合わせ両原として大字(村)として独立している。この間、土地の交換等が行われていることから考えると、広義の喰丸(くいまる)から行政的な佐倉、両原が分村していったと考えらえる。

 さて中津川は、現在上流域に小中津川、下流域が下中津川で「こなかつかわ」「しもなかつかわ」となっている。

 さて、境界は河川「柳沢(やなぎさわ)」で、その南域に現在、昭和村の老人ホームや診療所、すみれ荘などがあり、小中津川領域となっている。柳沢は近世の会津藩編纂の『新編会津風土記』では「折橋沢(おりはしさわ)」と言っており、本流の野尻川は「内川(うちかわ)」と表記している。折橋は当時から小中津川村内の集落名としても存在し、現在も4軒ある。現在の野尻川の河川名はもとは中津川であったと推定できる。

 小中津川・下中津川は近世の呼び方、領域であることが推察される。つまり中世には「中津川」といい一帯のものであった。私は中世には「中津川郷(なかつかわごう)」が現在の昭和村域の呼称であったと考えている。それが近世になり「野尻郷」あるいは「野尻組」として会津藩、幕府直轄領としての呼称である。

 我が家の明治時代に大岐で生まれ育った祖母らは、中津川をいつも「ごうのほう(郷の方)」と呼んでいた。大岐からは柳沢峠を二里(8km)行けば中津川に着く。

 中世の中津川郷は原則として中津川(現在の野尻川)の右岸域の山際に自然村が成立している。そこに山ノ内氏が入り、中津川中心ではなく河谷平野北端の野尻に山城と居館(舘ノ内)を構成し左岸の湿地を開墾を進めていったと思われる。

 中津川郷の中心は現在の小中津川の気多神社所在地と私は考えている。土塁で囲まれた館跡に現在の神社は営まれている。これは高校を卒業して村内を歩きはじめた30年ほど前にはじめて現地を見たときに感じたことで現在も変わっていない。ますますそのことは強くなっている。山にあった社が火災にあい、現在の地に移転した。この土塁に囲まれた場所に屋形(館)があり山ノ内氏以前に支配(行政)権等を所持していた人が住んでいたと考えている。屋形が廃止された跡地に神社を移転建造したものであろう(続く)

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上:左の杉林の茶褐色屋根が気多神社域。中央奥の山は舘裏山(通称へのじ山)右が小中津川集落。野尻川。

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南方に残る土塁。東方には壕。

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2011年5月28日 (土曜日)

かねもち とは?

■先に紹介した問いの答えは以下の通りです。→ 問い

■平成4年(1992)8月に奥会津・金山町中川の渡邊良三先生が復刻された『金山谷風俗帳 解読解説』のあとがきに次のように書かれている。

 この文書は『文化四年卯三月 風俗帳 大沼郡金山谷四ヶ組』(32枚)で、近世・江戸時代の奥会津の民俗・習俗・行事などをまとめたもので、昭和村松山の故・佐々木太市さん(佐々木家は名主)が大事に保管されていたもの。

 田畑にガソリンエンジン搭載の耕運機が入らない昭和30年代のはじめまで、この『風俗帳』にある暮らしがあった。

 往事の「カネモチ(金持ち)」とは、「コメ」「ミソ」「タキギ」という暮らしの三条件の備蓄だった。日常は三年越しの古米を食べ、玄関(通りの間という土間には塩舟の上に塩俵が五俵も積まれ、土蔵には数個の桶に味噌が満ち、屋敷には薪が幾棚も積まれている。家の構えと共にこれらの物が備蓄されていれば一見して「カネモチ」とみられたわけである。

■コメはモミ(籾)で保管しており、いつでも蒔けるし摺れば食べられる。味噌は米と豆と塩で自家製する。薪は春木山で確保する。

 2011年3月11日以降、特に東京電力の原子力発電所事故による地球の放射能汚染の広がりと深刻さを見れば、かつてどこにでもあった自給的な暮らし、カーボンニュートラルなエネルギーの自給での薪炭林(再生利用、木炭も含む)と節度ある暮らしは、日常の備蓄にこそあった。

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上:三島町  下:昭和村両原

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失われた手仕事の思想

■2011年5月28日(土)

 昨夜(5月27日)19時、大岐地区の田植えが終わったので「おこもり(お籠もり)」が行われた。本来は村の背、高台にある「やまのかみさま」のお堂で行われるが、電気が無いこと、高齢になっていること、石段を登るのがたいへん、、、近年、集落内にある集会所・大岐管理センターで開催される。田植え休み日どりや今後の集落の行事を決める。

■台風2号が北上している。30日頃、東北地方を通過する。少ないながらビニル被覆したかすみ草栽培圃場があるので、気がかりである。

 天候は今日から雨続きの予報で、気温も低い。

■私のブログの記事は何度も書き直しています。また写真も随時追加しています。写真はその日(前日)に日々の暮らしや農作業のなかで撮影したものを載せる(100枚撮影し5枚程度)ようにしています。

■塩野米松『失われた手仕事の思想』(草思社)は、2001年9月に初版が出ている。本の装丁は田村義也。秋田県生まれの著者はかつて小学館の雑誌『ビーパル』などに職人の聞き書きを掲載していた。西岡常一棟梁などの聞き書きも有名である。

 本書には、多くの手仕事のなかに、山形県温海町関川のシナ織りのことが紹介されている(62ページ)。この町でも布に織るための体験制度があり、昭和村のからむし織り体験生として来られた方や、隣町の役場に就職された女性もいる。

 さて、奥会津では「モワダ」と呼ぶシナ(標準和名は科の木・シナノキ)は著者の塩野さんの秋田県では「マンダ」と呼ぶ、という。

 私がいま、かすみ草栽培用のパイプハウスを建てている境の沢圃場の脇にはこの「モワダ」樹木がようやく葉を展開してきたところで、それを見ながら仕事をしている。6月が樹皮の剥ぎ取り時期になる。

 奥会津の只見町ではシナ皮を相当に他邦に産物として出しており、1993年に発刊された『只見町史 第3巻 民俗編』にその詳細が紹介されている(43ページ、806ページ)。

 さて、塩野さんの著作では、「木には背と腹がある」ことをシナ布のことで紹介している。

■背は斜面に立つ木の谷側をいう。腹は山側。背は樹皮が薄く、腹は厚い。皮は背から剥ぐ。使うのは甘皮と呼ばれる内側の部分、外側の粗い樹皮は使わない。ここらはクズ(葛)と一緒である。靱皮(じんぴ)から繊維を取るのである。甘皮を剥ぐ前に外皮の付いた樹皮を叩き、折りたたむ。こうすると甘皮が剥ぎやすい。この作業を「木殺し」という。見事に甘皮が剥ぎ取られていく。

 シナ布に必要な糸は2万メートル。幅36センチ、長さ60メートルで一反である。

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■5月26日午前10時35分から12時25分、奥会津・金山町川口の川口高等学校で「奥会津風土体感プログラム」授業があり、講話しました。今回は私の話のなかで、広島県から昭和村のからむし織りを学びに来ている赤木洋子さんに村でのからむし挽き、染め、糸作り、織りまでの体験の話しを少しだけ紹介していただきました。スライド写真の投影による説明だけでは伝わらない内容も伝わったと思います。

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2011年5月27日 (金曜日)

6月8日夜の会津MPS連絡会参加者決まる

■6月8日(水)18時30分、会津若松市内(会場未定)。会津MPS連絡会の例会。

 会津MPS連絡会は地元6名参加します。昭和花き研究会(本名敬、菅家博昭)、花職人Aizu(手代木夫妻、湯田夫妻)、渡部さん、長谷川さん。場所は連絡します。まだ確定していません。

■県外の卸関係は14名の参加です。→ 詳細会津MPS連絡会

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磐越道新鶴P

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雨前の曇り

■2011年5月27日(金)曇り

 週末は雨天の模様。台風2号も北上している。

 昨日は午前が川口高校、午後通院、夕方境の沢ハウス1棟建て、夜は大芦家で15名で歓迎会を開催しました。

 今日は、午前・境の沢ハウス建ての継続。父は大田(上)の2棟の施肥・耕耘・畝立て(マルチ)。母はゼンマイもみ。

 午後は岩下(下)2棟ハウス建てました。大田(下)に移動。

■5月26日かすみ草栽培者歓迎会開催の大芦家の様子。

 → 大芦家

 → 立川さん

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からむし織りのギターストラップ

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2011年5月26日 (木曜日)

かねもちとは?

■2011年5月26日(木)

 今日午前、金山町川口・県立川口高校で話します。中川の渡辺良三先生の『金山谷風俗帳 解説』のあとがきに「かねもちとは?」が紹介されていました。江戸時代、奥会津の民俗や行事、暮らしぶりを会津藩に提出したのが風俗帳です。「かねもち」の概念は、近世・江戸時代から昭和30年代まで通用した概念です。

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2011年5月25日 (水曜日)

かすみ草栽培用パイプハウス建て、終盤へ

■2011年5月25日(水)

 当地(昭和村)の、かすみ草栽培では積雪による倒壊防止のため栽培生産終了後の秋にパイプハウスを骨組みまで解体しています。同じようなハウス解体再建農法は新潟県魚沼地方の百合栽培等でも行われています。

 我が家のパイプハウス再建も終盤になってきました。地域では田植えが終盤で、田植え休みの日程が議論になってきています。

■一方、かすみ草の苗の入荷(苗は購入しており、コスト構造では輸送費・種苗費が経費のほとんどを占める)も6月からが本格化する。

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苗の中心芽を手で引き抜き摘芯(ピンチング)する。

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5月26日(木)19時:大芦家

■2011年5月26日(木)午後7時より、昭和村大芦のファーマーズカフェ大芦家において、新規就農・研修生等の歓迎蕎麦会を開催することになりました。すでに役場産業係よりお願いして参加者は協議会立川会長・菅家副会長、関係機関担当者を含み15名で確定しました。皆様、よろしくお願いします。参加者は会費1名千円です。

2011年5月24日 (火曜日)

コナラ葉の淡い緑とジュウイチ鳴く(境の沢)

■2011年5月24日(火)午後より晴れる。

 朝、岩下(下)のかすみ草栽培用ハウス建てを午前も、1棟済み。大田(下)1号棟のかすみ草定植植え穴にモミガラクンタンを敷設。境の沢圃場でその後は作業。

 境の沢ではノスリが飛翔、鳴く。午前はツツドリ、午後夕方はジュウイチが鳴いた。馬鈴薯(じゃがいも)植え。

 境の沢(道上)2棟ハウス建てる。1棟の越年株の古枝整理を剪定ハサミで、株草除草(芽切りハサミで)。道下2号屋根ビニル被覆・スソ白い寒冷紗被覆ハウスの株(植え穴)草除草。

 コナラの林、集落を取り囲むかつての薪炭林(里山ともいう)の淡い緑がうるうると盛り上がってきている。晴れわたると夜は集落を保温する雲が無くなり、降霜がある。

 正午前、かすみ草2種のプラグ苗(セル苗とも)が到着。繰り返し洗って使用している黒丸ポリポットに仮植。18時には終了。

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BARA-YAMA   KONARA   UP:1200  DOWN:1700

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SAKAINOSAWA   KONARA

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MPS-A 92.8点

■昨日、環境負荷低減プログラム MPSの評価書が届いた(6月13日から有効)。92.8点でA評価です。昭和花き研究会より参加者は98.7点が最高得点でした。

5月23日、朝仕事を終え帰宅。毛糸の帽子で耳を隠す防寒。境の沢圃場かすみ草の生育を見に行くと、7時20分頭上をノスリ1羽、鳴きながら飛去。2羽となりコナラ林に突っ込む。鳴きながら対岸に向かう。キョッ キョッと鳴くので、しゃがんで目立たないよう双眼鏡で見るとオオアカゲラ1羽、探餌。

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気温七度

■2011年5月24日(火)気温7度、雨が降りそうな曇り。

 昨日(5月23日)は通院日。父らはかすみ草苗の馴化ハウスを池の隣の作業小屋脇に建て、仮植した苗で活着したものから運搬しました。雨が続く天候になっています。

  川口高校に電話しました。奥会津風土体感プログラム担当の教頭先生に、スクリーン・プロジェクタの準備をお願いしました。5月26日(木)午前10時35分から12時25分までの3・4時限目で講演します。3年生24名が対象です。私の取組のほか、奥会津ではどのようにして持続可能な生活をいとなんできたのか?再生(循環)エネルギーの利用など多岐にわたる人々の工夫と、言葉による行為の表現、自然(ヤマ yama)に対する観念・哲学などを紹介する予定です。エネルギーの地産地消が求められる時代に311以降我が国は転換し、まだ身近に記憶が残る奥会津が果たす役割には大きなものがあります。

 夕方、岩下(上)圃場の2棟のかすみ草栽培用パイプハウスを建てました。ホトトギスが数回、岩の脇で鳴きました。6月になればカッコウが飛来します。すでにツツドリ、ジュウイチ、ホトトギスと3種の仲間が来ています。夕食後、7時に大岐の家を出て、軽自動車で柳沢峠から小中津川折橋を経て、下中津川の酒屋台の本名春雄さん(昭和13年生)宅を訪問。お話を1時間ほどうかがった。前回はカヤバ(共有地コモンズの草地・茅場)に聞いていて、これで2回目。

 今日(24日)は、早朝より岩下(下)圃場のパイプハウスを建てます。5月5日より再建しているパイプハウスは39棟建て終わり、あと16棟を5月末まで建てるつもりです。腕は太く、握力も強くなりました。このなかで越冬株は11棟で管理していますが、野ネズミに雪のなかで根株を食べられたところ、春になってもアルタイルは特に芽吹きが悪いため越冬株で残していますが様子を見ています。だめなときはトラクターで耕してしまいますので8棟ほどになるでしょう。購入して苗管理して植えたのは5棟。そして昨年秋に堀上株を3月にポット仮植し発芽措置して定植したハウスが1棟あります。5月下旬から天候回復をみて順次定植していきます。かすみ草には早く咲く早生(わせ)、遅く咲く晩生(おくて)、その中間の中生(なかて)があります。早生は到花日数が短いため草丈も短くなります。時期を選ばないと、盛夏に早生を栽培すると50cmほどで咲いてしまいます。3月から4月植えに早生種を使用し6月出荷、7月は越冬株、8月から10月は中生・晩生種を利用しますが、晩生種は7月定植で秋の低温・低日照でロゼット(枝が伸びず、地面を這うこと)して抽台(枝がまっすぐ上に伸びてこない)しません。燃料高騰になった5年ほど前から冬期間の栽培には燃料少量でよい早生種(アルタイル)が導入されましたが、夏秋作型では短く咲くため使用できません。現在おもに栽培されているかすみ草は、早生種より早く咲く極早生(ごくわせ)を含め、

 極早生種 メレンゲ・みやび等(高冷地で6月出荷)

 早生種 アルタイル・マリーベール・ホワイトベール

       スノーベール(新植で中生・越冬で早生7月上旬)

 中生種 ホワイトフェアリー、アルタイル・ロング、ベールスター(新種)、セレクタ社の銀河・セレブレイション(新種)

 中晩生種 フォレスト(新種)

 晩生種 雪ん子系(360,スノークイン等)、ブロッサム(新種)

 またこの2週間はかすみ草苗もたくさん来ます。それを75mm直径の黒色ポリポットに植えて管理します。火曜(720本、2種)、水曜(1000本、1種)、木曜に苗が来るように発注しています。

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5月22日午前、父は裏山にゼンマイ採り。綿取りは母。太いものと細いものに分けて綿を取り、別々にゆでる。その後乾かす。乾き方が太細一緒だと均一にならないため分ける。そして天日で乾かしながら一日数度手で体重をかけて揉む。雨は降るようになればビニルハウス内に干す。

2011年5月23日 (月曜日)

山から下りた

■2011年5月23日、19時30分から1時間、奥会津・昭和村下中津川のHさん(昭和13年生)宅で、同地の地名呼称(俗称も含め)聞き取りをしました。第2回目です。わかる範囲で聞いていき、なにか思い出したことをまた聞いていきます。地名を調べることが目的ではなく、山野で具体的にどんないとなみをしたのかを再現。

 今年の7月28日(木)に昭和村で開催される奥会津大学第2期の講座のための「下中津川」で聞き取り調査をしているわけです。フィールドワーク(午前)、講義(午後)と下中津川地区と昭和村公民館で開催されます。チョマ倶楽部が事務局。あと5回ほど聞いて、現地踏査をしながらまた聞いて、歴史を埋めます。

 矢ノ原周辺の楢林(コナラを主体とした広葉樹)を政府から払い下げ残雪のある春に切り、雪ソリでそれを引き下ろし、現在のJAスタンド付近に棚(タナ、貯木)を作ったようです。矢ノ原周辺には「セキドテ」(堰土手)とよばれる等高線に沿って造作した水路があり、それをソリ道に利用したようです。

 春木山(ハルキヤマ)とは薪(まき)にする作業です。薪を切らない人は炭に焼いたようです。野尻川対岸の左岸から矢ノ原高原、玉川流域の新田付近が薪炭林のようです。

 下中津川の後背山地は高舘山(847m)山塊で、こちらは民有林(個人所有)と山頂付近が国有林です。かつて折橋川と呼ばれた柳沢、中村沢、ウバガミ様の沢、ムジナ沢、イデエリ沢、不動沢(高橋沢?)、滝ノ沢、不動沢(上平集落)。特に、中村山・上村山・花坂山からそれぞれに現在の家屋地に移動。

下中津川、ここには中世・野尻山ノ内氏の猿舘山・高舘山の山城のほか、折橋側から御伊勢の山舘(柵)、野尻川左岸(下中津川対岸)に堂の沢舘、下中津川の柵、川原田の舘(柵)があり、小中津川には柳沢ゴーシ沢の舘、愛宕山の柵があります。

■『田島町史』第1巻 昭和60年(1985) 261ページ
大永元年(1521)、長帳は、「みなみの山勢桧玉に入り、ことごとく焼き候、皆々打死つかまつり、一騎も返らず候」「4月26日、屋形(芦名盛舜もりきよ)さま南の山へ御馬を出され候、5月上旬に御父いたて(伊達)よりして、御扱いにて御馬を入れられ候」とある。桧玉村は近世の福永村で、長沼勢の特攻隊のような一隊は大内から峠を越して桧玉村まで出て来て民家を焼き戦を挑んだ。芦名方の対応は早く、長沼勢一騎残らず討たれた。これが4月20日前後で、26日には盛舜は大内峠を越して南山へ侵入した。このしらせを聞いた伊達植宗(盛舜の妹を妻とする)は和睦を斡旋して芦名勢を返させた。(略)
 この戦闘が長沼氏が芦名氏に対する抵抗のはじまりで、この後たびたび小戦闘が行われる。大永四年(1524)には「旧事雑考」だけであるが「南山平らぐ」がある。

■『大沼郡誌』大正12年(1937) 大沼郡役所編纂
喰丸一戦 大永五年(1525)南山長沼、野尻山内を亡ぼさんとて、勢二百余騎を引率し来たりて、喰丸舘の越に陣す。野尻勢聞くより、山内藤八郎実俊、手勢五十騎を以て向かい、喰丸猿舘(注・下中津川)に陣し、激戦す。南山勢室井、湯田、猪俣等敗北して走る。実俊時十八歳なりきという。いまこのところを陣場(喰丸の小字に有り)ととなえ、矢鏃を拾うことあり。その後、道信、実俊父子黒川(会津若松)に赴くをうかがい、南山勢堂本上総、堂本左近等を大将とし、再び野尻を襲う。道信弟道盛勢を集め、渡部河内、栗城清三郎、五ノ井隼人、小林與治右衛門、菊地三郎左衛門、斎藤佐治右衛門、布沢太郎佐衛門等をはじめとし、牛首城に籠もり防戦し、上総及び左近を打ち取る。長沼勢、火を民家に放って退く。野尻中向より下中津川に通ずる旧道の傍、字八幡と唱うるところに塚五個あり、左近塚という。
583ページ 杉林中塚五個あり、左近塚という。このあたり牛石(生き石様か?)あり、形状相似たるを以て云う。また下中津川新田に七塚あり、いま麻畑となり六個を余す、何人の塚なりや詳ならず。春日神社 大字中向字上ノ山に在り。

『昭和村の歴史』44ページ。大永五年、田島の長沼勢が野尻領に兵を出し、野尻勢と喰丸の猿舘で合戦したとき、、、、、、合戦の後、道信、実俊父子が長沼勢の暴状を、十五代芦名もりきよ(盛舜)に訴えるため黒川に行った留守中、また長沼勢が野尻に来襲した際、盛通(野尻山ノ内三代道信の弟)は野尻勢を指揮し、栃尾沢城に拠って奮戦し、長沼勢を走らせている。

■天正十七(1589)博士峠・喰丸峠を経て下中津川経由で、 伊達政宗家臣大波玄蕃ら野尻入り。

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↑下中津川高舘山、駐在所前付近より東方。イデリ沢。左(北方)が花坂山、右(南方)がウワムラ山。

↓手前が花坂山、左方後方が猿舘山と地蔵岩。

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↑中村山と熊野神社の杜

↓御伊勢山の柵(舘)の右は柳沢。左方遠方が高舘山(下中津川のオアタゴ様)。

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新編会津風土記、大沼郡誌にある中世野尻山之内氏の立てこもった「猿舘山」。中央は地蔵岩。集落は気多淵(けたぶち)。上平(うわだいら)。山を背負う、集落の通常の立地。 近くに阿久戸(あくと、開戸)も山を背負う。野尻川河谷平野の狭隘部は上流から両原・小中津川折橋・気多淵。写真遠方は志津倉山南面。2010年10月27日の記事(菅家)

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かすみ草苗の納品遅れ

■2011年5月23日(月)

 5月20日に到着すべきかすみ草苗セ(プラグ・セル苗)が、22日(日)の昼頃に届いた。午後、2寸5分の黒丸ポリポットに仮植した。

 22日の朝仕事は岩下(上)にかすみ草栽培用のパイプハウス建て2棟(継続)、午前中は9時より雨のため4月21日等定植のビニルハウス内で2棟、かすみ草圃場に倒伏防止のフラワーネット(15cm3目)を地上高20cm位置に張った。我が家でいちばん早いかすみ草は草丈が約40cm。6月末開花予定。

 5月22日(日)は会津若松市内の福島県立博物館で福島県中世研究会に出席する予定であったが、かすみ草苗の到着待ちと、その仮植作業のため欠席した(事務局を担当されている会津坂下町曲田の柳井壽彦先生に電話した)。

 夕方6時まで、西方の西隆寺にて9名で会津学研究会(311震災後、4月17日(日)に続き2回目例会)。『g2』(vol7、4月講談社刊)「いま、東北ルネサンスが始まる」、『群像5月号』(4月7日講談社刊)「海のかなたより訪れしもの、汝の名は」の赤坂憲雄さんの掲載原稿を読み合わせた。

■5月21日(土)、22日(日)は奥会津各地では田植えが行われている。

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↑4月21日定植・5月22日40cm  ↓4月22日定植・5月22日40cm

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2011年5月22日 (日曜日)

ブナの森のアカショウビン

■2011年5月22日(日)曇り

 早朝、標高1000mの博士峠のブナの森を定点観察しました。アカショウビンが盛んに鳴いていました(今年はじめて聞きました)。南から繁殖のため日本に渡ってきています。ウグイスやコルリも鳴いています。春蝉の抜け殻も3個体分見つけました(ブナ約150年樹1本に1頭、地上高1m地点)。大きなナメクジも樹上に向けて移動。

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大芦家マンスリーライブ from日光市

■5月21日(土)19~21時に、奥会津・昭和村大芦の大芦家にて開催。日光市のサムシング+グリーンズ。

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2011年5月21日 (土曜日)

新かすみ草:銀河定植 GYP-P.GINGA

■2011年5月21日(土)曇り

 午前、一人でかすみ草を畑(圃場hozyou)に定植しました。かすみ草の新種の銀河。2間半間口の長さ20間ハウスに4ウネ(畝)、1ウネに100本、株間35cm。畝間(条間)110cm。1間 ichi-ken は1.8mです。

 雨になりそうな厚い黒い雲。雨の前に植えることができました。

 銀河は、ドイツのセレクタ社が開発した新しい白いかすみ草で、2010年・11年は都内卸市場の大田花き(仲卸は中央花き)にのみ出荷・販売されます。

 今日植えた苗は8月1日頃に開花し、8月10日頃まで大田花きに出荷されます。

 植えた圃場(水田転作畑)の呼称は「大田 ohta」という大岐集落の対岸上流の場所です。大田(下)1号ハウスに植えました。滝谷川 takiya-gawa 上流域右岸の河谷平野の第1段丘です。

 近世・江戸時代後期に我が家の重兵衛爺様という人が拓いた水田が大田です。昭和44年の水害以降、耕地整理が行われ、乾田化し葉たばこを長く栽培していました。そこに現在はかすみ草を栽培しています。大岐集落付近は600年ほど前から開拓されました。

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大岐集落の水田は代掻き。コナラの淡い緑。エゾハルゼミが鳴いています。

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↑からむし畑のある「カミッテンディ(上手台)」の梨の木が白い花を咲かせました。この花が咲いたらカラムシ焼きをします。(大岐高畠)

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からむし焼き karamushi-yaki

■奥会津・昭和村内では5月20日より、からむし焼き(焼畑)がはじまっている。今日を中心に数日間、各所で農家ごとに行われる。

 写真は20日に焼かれた畑(R地区)。藁を散らしている。

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↑柳津西山地熱発電所の硫化水素排気(5月21日午前5時)。

5月20日、かすみ草生育調査・あぜ道学習会

■2011年5月21日(土)

 今日は午後7時より、大芦家にて日光市のブルーグラス・バンド2組のライブがある。空席あり。

■昨日、5月20日(金)は晴天。暖かい日で道路等看板の気温表示は27度になっている。終日、奥会津三町村内の昭和花き研究会・生産者会員圃場を巡廻した。走行距離130km。金山普及所長谷川先生と。

■今日、5月20日(金) 越冬株の管理が出そろったので、以下の通り圃場巡回をします。開花は7月上旬からになります。

■地区別、参集可能な方は参加して下さい。(菅家博昭担当、金山普及所・長谷川浩先生同行)→終了しました。実際の時間(次回調整可能)

 無加温促成栽培の生育調査、越冬株利用作型の管理等を見ます。

 5月20日(金)午前8時30分 三島町川井地区・集荷所前集合。その後名入、大石田。

    午前11時(10:30) 金山町太郎布・上の原 栗城市朗さん圃場

     午後1時30分 昭和村中向上の山地区・一朗氏圃場ほか

    午後2時20分(2:00) 昭和村下中津川地区(熊野神社裏・正さん圃場)

    午後3時(2:30) 昭和村矢ノ原地区 桑原氏圃場・悌三郎氏圃場

    午後4時30分(3:45) 昭和村小野川地区・渡部忠雄宅裏手圃場

■ → 2008年5月23日生育調査

 → 2009年5月20日生育調査

 → 2010年5月14日生育調査

 → 2010年5月19日生育調査

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1943年5月24日、青苧焼き:karamushi-yaki

■一九四三年五月二十日(木)雨
 朝より雨だ。朝食をすますと外には種々仕事はあるが、出たくない日だ。雨は益々なので座敷の中で洋傘なほし(修繕)をはじめた。3本よくよくこわれたのを作る。四時頃までかかる。午後家へ小野川より栄俉兄区長(清次)渉兄と三人来て村人と種々相談。当部落にて二拾二俵の供出をすることと決定。家は四俵、家の十七年度産これで拾俵。

■五月二十一日(金)曇り時々雨
 一時より役場に於いて徴兵検査通達書公布並びに其の心得べき事項の素協議等のため十一時に家を出発。叔母の家にて馬に産後あきの後で赤飯を戴き、一時一〇分前に到着。式は意外に暇とり五時頃までかかる。中津川は目下田のくろとり、夕方遅く、帰宅。家出発前は藁小切(馬糧、一時間)、気温は低下した。
 受信四月二十六日写した写真来る。家でで村長さんが来て又米三俵。
 山本五十六元帥戦死公表。

■五月二十二日(土)
 新田畠の馬耕、今朝降雪あり。寒さ身にしみ朝食後も仲々出られない位。午前畑のどて等を伐り払い帰宅。午後、麻蒔き新田へ。糞尿を天秤にて運ぶ道が悪くて全く危険だ。麻蒔き終わって西瓜、胡瓜、大白瓜等蒔種。麻蒔全部終了。今年は植上で多植の予定。兄はぜんまい取り。カレンダー小満。

■五月二十三日(日)晴れ
 大田を房子と共に馬耕する。午前は六枚支切り、午後は下二枚で道下全部終了したわけは干なくて六枚支切りなどは水があり代掻きのやだが耕え方は美点。馬はこはさうだ。今日は昼休に魚釣りをやって見た。四匹釣り夜食べる。午後、廣兄とこへ動■が来た。夜は散髪、普通とは違ふであらう夢のやう。
 母、大芦へチヨノ叔母が危篤なるに依って行く、令状持っては一夫君来る。

■五月二十四日(月)風、曇
 昨日の岩魚、夕と今朝食べた。自分としては初物だ。生魚だけあってうまい。昨日より天気がぼやけて雨模様となった。早く青苧焼き(からむしやき)をせねばならぬ。風が出だ灰がとぶ。煙の中をむせむせ、下肥振り全くこんな日はないのだが、どうしても今日やらねばならなくなった。昼食どころか一時頃雨となった。雨は止んだ風はあるが青苧焼は終了。
 受信手一、昭三より写真在中。

(解説)二十四節季の第八が小満(しょうまん)。この日記では五月二十一日だが、二十二日の欄外に福次はペンで「カレンダー小満」と書いている。水田の馬耕に忙しく、また天候不順、雨、二十二日は雪が降ったりして、二十四日にカラムシ焼き(青苧焼き)をしている。現在ハタヤキなどと語る若い人が多いが「青苧(からむし)焼き」が古来の村人の言葉である。からむし焼きは、焼畑のひとつであるが常畑で行われ麻との輪作のなかにある。そして「からむしの芽を焼く」時期を選んでおり、「からむし焼き」の意味や目的は芽を揃える、早くでるオヤソになる強い芽や、生育の早い「野からむし」を焼くことで、カゲソを優先的に育てる強い意志を含む言葉である。「からむし焼き」であり「はたやき(畑焼き)」ではない。芽の時期をよく観察して焼いている。

 → 2008年5月23日のからむし焼き(野尻)

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2011年5月20日 (金曜日)

6月8日に、会津MPS連絡会(参加締切5月27日)

■2011年6月8日(水)18時30分から21時まで会津若松市内にて、会津MPS連絡会を開催いたします。9日の奥会津・昭和村でのかすみ草取引会議に参加される全国の卸・仲卸・加工等にかかわる担当者が15名ほど参加されます。なお会場は未定ですが、会津地区の会員から参加申込を受け付けます。申込は5月27日締切です(菅家博昭まで)。申込者に後日会場と参加費をお知らせいたします。参加費は5000円(会食・資料代)の予定です。

 参加予定県外者・北海道フラワーネットワーク(薄衣さん)、宮城県仙花(上原さん・木村さん)、クリザール・ジャパン(佐々木尚義さん、海下さん)、中央花卉(中谷さん)、小田急f(宮西さん)、福岡花市場(小川さん)、住化(永島さん)。深水さん・セレクタ社リチャードさん。姫路生花(田寺さん)、名古屋花き(水野さん)。

 会津MPS研究会より昭和花き研究会(菅家博昭、本名敬)。南会津町(花職人Aizu湯田浩仁さん)が現在参加確定。

■5月26日(木)午前10時35分から12時25分、大沼郡金山町大字川口字蛇沢2434-2 福島県立川口高等学校で、「奥会津風土体感プログラム」で「奥会津に生きる」というテーマで講演します。毎年この時期に開催され、私も今年で4回目となります。そのための準備・今年用の原稿を書いています。

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2011年5月19日 (木曜日)

奥会津大学、、、、第2年次も開催へ

■2011年5月19日(木)14~17時、昭和村下中津川の生活改善センター2階で、平成23年度 奥会津大学 第2回カリキュラム作成会議が開催され、実行委よりアドバイザーとして要請があり参加しました。9名。

 6月30日から10月末までの第Ⅱ期のプラグラムの大要が議論されました。6月30日午後に昭和村公民館で開講の渋澤寿一さんの講演を皮切りに、7月6日、20日、28日、8月3日、24日、9月7日、28日、10月7日、26日と開催されます。2年次の特長はフィールドワークが6回セットされたことです。

 私の担当は7月28日(木)午前10~午後1時フィールドワーク(昭和村下中津川地区での野外調査を予定)「地域遺産の調べ方」、昼食休憩後、午後2時より5時まで昭和村公民館で講座(室内)「地域の文化や歴史を調べる方法」となります。

  → 2011年1月31日に開催された講座の私の担当分「地域の調べ方」

 各回参加、全日程参加とコースが分かれます。

 詳しくは今後決まっていき、6月中にリリースされます。事務局は昭和村のNPO苧麻倶楽部が担当します。

■今日の実行委に参加しましたが、金山町と柳津町から参加された2名の方とははじめてお会いしましたが、ともに魅力的な方々でした。奥会津大学の実行委員の諸賢そのものがとても魅力的です。「ふるさと」をたいせつにするためにも、その魅力を深く広く知ろうとする意志が感じられます。

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新・かすみ草:銀河を植える

■ブナが花を終え、コナラ類が葉を展開するいま、カジカガエルやエゾハルゼミが鳴き出した2011年5月19日、奥会津・昭和村大字小野川字大岐地区の高畠・川流圃場のパイプハウス内に木陰マルチ(白黒)で畝立てしたところに、かすみ草苗を定植しました。開花予定は7月28日頃から8月7日頃まで、この品種は大田花き宛出荷。

 独セレクタ社・銀河gingaという新しいかすみ草(日本国内では宇都宮市の深水孝明さんが扱っています)。4月20日に砂上げ苗が広島県内の業者より届き、20年ほど繰り返し洗浄して再使用している2寸5分の黒丸ポットに3年かけて腐熟させたブナ・コナラ等の広葉樹葉と自家製籾殻クンタン、地域の深土(赤土)の用土で仮植。ポット内摘心を経て、5月19日に定植しました。35cm株間。

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明日(5月20日)、昭和花き研究会・圃場巡回

■2011年5月19日(木)晴れ。

 朝、岩下(上)圃場でかすみ草栽培用のパイプハウス建て。

 8時、本名敬副会長と会員圃場・矢ノ原に葬儀見舞い。途中で正あんにゃに会ったので明日の熊野神社裏のハウス内カスミソウを見せて下さいとお願いし承諾される。

   これから高畠の川流畑の川側のハウス内にカスミソウを定植します。かん水まで。品種はセレクタ社の銀河。

■今日の午後2時、昭和村下中津川の生活改善センターで開催される奥会津大学運営実行委に出席します。7月28日(木)午前講義・午後フィールドワークで「地域の文化や歴史を調べる方法」「フィールドワーク、地域遺産の調べ方」を予定。

■5月20日(金) 越冬株の管理が出そろったので、以下の通り圃場巡回をします。開花は7月上旬からになります。

■地区別、参集可能な方は参加して下さい。(菅家博昭担当、金山普及所・長谷川浩先生同行)

 無加温促成栽培の生育調査、越冬株利用作型の管理等を見ます。

 5月20日(金)午前8時30分 三島町川井地区・集荷所前集合。その後名入、大石田。

    午前11時 金山町太郎布・上の原 栗城市朗さん圃場

     午後1時30分 昭和村中向上の山地区・一朗氏圃場ほか

    午後2時20分 昭和村下中津川地区(熊野神社裏・正さん圃場)

    午後3時 昭和村矢ノ原地区 桑原氏圃場・悌三郎氏圃場

    午後4時30分 昭和村小野川地区・渡部忠雄宅裏手圃場

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↑ 矢ノ原高原(奥会津・昭和村)2011年5月19日菅家博昭撮影

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2011年5月18日 (水曜日)

菅家福次日記:1943年5月17日、18日、19日 脱走者

■1943年5月17日(月)雨
 雨多、近頃聞き馴れない雨雲より音が窓の外に。青年学校十五日分の召集日。延期となって今日なのだ。友と(村では昨年まで三、四人であったが今年は六人だ)小中に行く。喰丸校生等が来るわけであったが、雨天の為、来なかったが授業訓練は要領よくやられた。終わって有金所分の相談、銃分けなほし。自分は単発銃。夜は木炭組合で補助を貰った祝事御馳走になる。
 青年学校授業内訳。午前、執銃各個教練、銃の名前。午後、国語修会(密集教練要領と歩哨(衛兵)の守るべき事項。

■1943年5月18日(火)晴
 雨が降りさうであったが、漸次晴れた。朝四時頃あやしき者が清作宅に来たと云ふ。広兄のどなり追っかけて確かめる。宮下発送電より脱走者を追いかけてきたものなりと云ふ(つかめてかへる)。仕事は喜八氏の屋根ふき手伝いへと行ったが、明日と云ふ。向の■ひ、前の畑の耕起。■壇の整理。午後は麻畑に人糞尿を■ぐ。夕方、厩肥運び。

■1943年5月19日(水)晴
 南瓜蒔き。種目は会津早生成金。青皮黒皮菊南瓜(関東、■春的より種受く)。等外夕顔、東京半白胡瓜蒔種。麻畑に人糞尿ふり。姉と二人で布晒場の畑と他一枚に太麻蒔種。高畠へ豆を蒔く等が主なる作業。兄は寅喜氏と「コゴミ」取り。姉等は毎朝ぜんまい取りに出て居る。苗代今日、実干を行ったが発育良好五分位。
 麻蒔き、豆蒔き、麻畑中耕、南瓜蒔

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(解説)18日に隣町、現在の三島町宮下発電所の建設現場から脱走者が逃げてきたと書いている。朝鮮人を強制連行して作業させていた。種まきがいそがしい。アサは種子で育て、カラムシは根で育てる。

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↑ブナの花  ↓ミズナラの葉

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(2011年5月18日、奥会津・昭和村柳沢峠で菅家博昭撮影)

奥会津・昭和村柳沢峠

■ブナの新緑。

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↑ブナの幼木。5年生くらいか?

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↑カクマ(ヤマドリゼンマイ)の雌。 ↓雄

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↑ブナの実(雌)

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↑ブナ林に取り囲まれた異種樹林(中央)

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↑博士山西麓。(左が山頂、右が王博士)

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遠野物語を読む(福島県博)

■明日(5月19日)午後1時30分、会津若松市の福島県立博物館で、赤坂憲雄館長の継続講座が開催されます。→ 県博

■5月21日(土)19時、大芦家のライブ。日光市からバンドが来ます。

■5月22日は会津若松市内で県中世研究会に出席し、その後、三島町西方・西隆寺での午後4時から5時40分までの会津学例会に参加します。

午後6時より、「山びこ」で、映画会があります。

「幸せの経済学」 ヘレナ・ノーバーグ=ホッジ監督(『ラダック 懐かしい未来』の著者)


とき 5月22日(日)午後6時~7時30分
ところ 三島町交流センター山びこ(大沼郡三島町名入字諏訪ノ上、生活工芸館向かい)



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柳沢峠の流域(標高550m)エゾハルゼミ鳴く

■2011年5月18日(水)晴れ

 大岐の前を流れる滝谷川の川床で、カジカガエルが鳴き始めた。今日は朝5時、堰上げ(岩下の堰)。

 大岐から小中津川折橋・上田に抜ける柳沢峠では、エゾハルゼミが鳴き出した。定点観測しているところではコナラが葉を出し始め、ブナの花がたくさん林床に落ちている。茎に綿毛をまとったカクマ(標準和名・ヤマドリゼンマイ)も出ている。

■午前、大畑にカラムシ根植えを終え、落葉と昨年秋に刈ったカヤ、ヨシを敷藁とした。70-40本、25ウネ。無水期間が続くようなので動噴で水を散水。

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小中津川・柳沢左岸。コナラの新緑。奥の集落は折橋。その右手の尾根が山城跡。

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↑落下したブナの雄花

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↑コゴミ(クサソテツ)  ↓カクマ(ヤマドリゼンマイ)

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新しい現実、震災後の社会変動

■2011年5月18日(水)

 本日朝5時、大岐集落の堰上げ。ようやく水田に取水可能になります。集落まわりのサクラも終わり、家庭の八重桜が満開。他種の広葉樹の葉が展開しはじめる気配です。

 昨夜よりカエル鳴く。

■5月17日(火)は寒い日でした。小雨、曇り、時に陽光がさしましたが、風がとても冷たい。カラスが12羽、高畠の圃場まわりにいます。トラクターで畑を耕起した後を歩いています。4km下流の琵琶首の葬儀が柳津であったため、集落内のほとんどの家がヨバレたため、圃場に人が居ない一日でした。

■311後の社会変化についてマーケティングの立場から→法政大 小川孔輔先生5月15日、新しい現実

■日経MJ5月16日号5面。日本ホームセンター研究所長の高橋直樹さんが「変わる消費者意識」。

 生活を楽しみたい、といっても無意味なもの、無駄なもの、無益なものに対する消費の意欲はゼロで、「実質的であること」や「機能的であること」が求められている。キーワードは「つつましく楽しむ」「生活を工夫する」。

 商品を購入したりサービスを利用したりすることは、消費者にとっては自己表現や自己確認の手段でもある。その意味では、「今、何を買って、何を買わないのか?」がこれほど意味をもったことは今までになかった。消費者は買い物や食事や娯楽を通じて、震災後の社会とどのように全体に貢献しながら自分の生活を維持していくのかを模索している、、、、

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6月の会議の参集者決まる

■昭和花き研究会ではこの5年ほど取引会議を開催していませんでした。来村される取引先の方々を個別に圃場に案内し対応をして深い理解をすすめるような形での対応をしていました。今回3月11日の大震災や原子力発電所事故等の大きな社会変化があり産地の対応をきちんとひとつの場所で同じ内容で説明することが必要になりました。福島県による安全性の確認等、産地のこれまでの対応と今後の変化時への対応等を協議します。原則として6月休み・7月から平常出荷・平年並作付となっています。そのためすでに取引先にはご案内の通り6月9日(木)午前に昭和花き研究会は取引先と7月上中旬からの出荷の取引会議を昭和村で開催します。すでに、参加される回答が来ています(5/18締切)。すでに4月から5月に来村され打ち合わせを終了した卸については参加されません。
  当日来村6名:福島花き(橋本社長)、柏(石橋氏)、宇都宮花き(山野井氏・上原氏)、埼玉園芸(予定)、世田谷花き(西尾氏)、郡山運送会津若松

 前日来県13名:仙花(上原氏、木村氏)、クリザール・ジャパン(佐々木尚義氏、海下氏)、中央花卉(中谷氏)、小田急f(宮西氏)、FN(薄衣社長)、福岡花市場(小川氏)、住化(永島氏)。深水氏2名。姫路生花(田寺氏)、名古屋花き(水野氏)

 ※6月8日の前日来県者は宿泊は、以下等をそれぞれ予約下さい。
 会津若松市 ホテル・ルートイン〒965−0026会津若松市平安町1−5電話0242−28−3370
 ※なお8日は18時にホテルロビーに集合下さい。前泊者の懇談会を開催します。

 ※9日、会津若松から昭和村へはレンタカー等車をそれぞれ手配、あるいは参加者で相談して乗り合わせ午前9時まで参集下さい。

■日時:2011年6月9日(木)午前9〜11時 昭和花き研究会取引会議(昭和村公民館において開催)
場所:〒968−0103福島県大沼郡昭和村大字下中津川字住吉415電話0241−57−2114
内容:2011年の出荷計画等について

2011年5月17日 (火曜日)

カラムシ(青苧・青麻)植え

■2011年5月17日(火)小雨、曇り

 今日は朝から、大岐集落の南南西後背地にある高畠。その大畑にカラムシの根を植えています。唐鍬で根株を堀上、ランナー状に伸びた「イイネ」を20cmにカットし、株もとに近い側を上にして傾斜付けて置き、覆土は、ほっかけ植えとします。午前中は8ウネ(条)半、1ウネ約60~80本。500本植え。半分ほど植えたので、午後いっぱいかけて終了予定。根は1000本。

■追記:午前は2人、午後は3人でも終了せず翌18日午前も作業。

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↑根株掘り

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芽の出るランナー(匍匐枝、あるいはサッカー・吸枝)は予想以上に深部(15cm~20cm)にあり、そこからさらに栄養吸収根(基部が細く中位が太いバオバブ状)が垂直に伸びている。大芦で1988年に故・五十嵐初喜さんから教授されたときは、カラムシの株そのものは「タッコネ」、木の切り株などをタッコというので株そのものを言う。タッコネから垂直に伸びた根・栄養を吸収・貯蔵する根を「ゴボウネ(ゴンボネ)」といい牛蒡のような根という意味である。株から横に水平に伸びる匍匐根を「イイネ」(良い根)といい、これを15から20cmに切り植える。

今回の大岐で父・清一(78歳)は、株近く側がウラ(天にして植える、つまりこちら側を上にして畑に伏せる)で、揃えて植えるという。しかし匍匐して発芽している芽の出方でからなずタッコネ側(本株)がウラになることでもない。根の様子を見ながら、切り、ウラを揃えて、苗を作る。

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ホッカケウエ(掘り掛け植え)。鍬を使う。

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↓ウセクチ(失口)の根。腐植している根、これが地中で一部乾燥したまま残る。ウセクチの株から伸長したカラムシ植物は茎に赤褐色の傷が出る。圃場に植えたカラムシも2年目のものまでウセクチ様の赤褐色の傷が繊維に出る。

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菅家福次日記:1943年5月16日(日)、青苧(カラムシ)植え

■1943年5月16日(日)
 皆、朝食前にぜんまい取りにでかける。自分はそれ等より一寸遅く起きて温床をこはし等の後、布晒場畠に厩肥運び拾四駄。天気はこの間からハッキリした天気になって見ない。風が強い曇空である。雲は、西よりどんどん流れて居る。青苧を植える。鍬の柄を入れる。こんなことが仕事である。ぜんまいはさかりらしい。
 ぜんまい取り朝食前村人盛。厩肥運び・馬・布晒場。青苧植(三人)。麻畑中耕(四人)。

■2011年3月11日に発生した東日本大震災から、当家の故・菅家福次の1943年の日記を翻刻していない。1月1日からその日その日を68年前の同じ日にたどってきた。

 2011年5月16日(月)に、父・清一がからむし(青苧)を植える畑、高畠の大畑をトラクターで耕起した。同日夕方、高畠のモトコ姉のカミッテンデイ(上手台)のカラムシ根を一部掘りあげた。子息・進さんに父・清一が頼み、根株を少しいただくことになった。17日に高畠の大畑に植える予定。同日夜に菅家福次はかつての1943年の今日に何をしていたのか、日記を見てみると、「青苧(あおそ・カラムシのこと)を植える」と書いている。
 さかのぼって1943年の5月の日記をたどると、雪融け、日々の天候、風の具合、山々のブナの新緑、農作業と現在と変わらない。圃場(畑)の呼び名も今も68年前も全く同じである。どの畑に何を栽培していたのかが復元できる。また、山火事とあるのは春のコモンズ(共有地)のコガヤの萱場(かやば)の山焼きの延焼であろう(くっつけ放し)。現在は4月12日に行われている天狗様祭りは5月15日に行われている。

 5月1日、4月29日に善次氏が永眠し5月1日に埋葬、帳付け。
 5月2日「夕方青苧畑へ萱(かや)を背負う」とある。冬がきはづし。
 5月3日、苗代耕し終わって又萱背負。
 5月4日、大田に行き「くろ」取り。
 5月5日、大田に行き堆肥積み。背戸の薪積み。
 5月6日、毛欅(ブナ)の木は若芽を萌出し緑色を色した。大川向の日向の1本桜は三から四分咲き。木積み。川流れ畑の桑を掘る。
 5月7日、川流れ畑の桑を掘る。苗代掻く、馬があばれる。午後、川流れ畑で青苧堀。午後、裏山の蔭より煙出て驚く、山火事のようだ。
 5月8日、休業・青年学校(喰丸)。
 5月9日、苗代うない、代掻き地ならし。角畑馬耕。ハタ山の山火事。母上等が善光寺詣で帰宅。
 5月10日、ワラジを馬にはかせ「シシュウテ」まで行く。馬橇を見た。角畠を馬耕して種蒔き。兄等は早朝コゴミ取り。善次氏宅の桜満開。
 5月11日、種蒔今朝終了。旧の4月8日で村では休日。縄を綯いビクを作る。博士山は真っ白。風は数日前より定期のように吹く。夜、粳餅、トマト茄子の発芽。兄上等はコゴミ取り。
 5月12日、大成沢へ蹄鉄、鞍を借りて行く。霜降る。午後馬耕。村人は苧(を・麻か?)蒔きをはじめた家もある。
 5月13日、馬耕。布晒場の畑とその他を耕起。最後に角畑を馬耕した。馬は馴れて良く歩く。午後芋畠(イモを植える角畠)に厩肥を運ぶ、拾三駄。琵琶の七郎兄が戦死(四月二十二日)の報。唐モロコシ蒔き。兄はコゴミ取り。
 5月14日、雷の音。芋蒔き。午後青苧堀り(川流れ畠)。朝、ぜんまい取りはじめ。
 5月15日、大枝澤天狗神社のお祭り。朝食前に旗掛。一日農事は休み。

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葬儀続く

■2011年5月17日(火)

 一里下流の集落・琵琶首の葬儀が本日午前に柳津町柳津の葬祭会館であり父が参列する。本村の下中津川でも葬儀が出来た、という。

 今日は午前、カミッテンデイ(上手台)のカラムシの根を堀取り、大畑にホッカケ植えで植える。『福島県昭和村におけるからむし生産の記録と研究 からむしを通してみた植物と人間の共生』(昭和村生活文化研究会、1990年)を読み返した。1988年に大芦の故・五十嵐初喜さんに教えられた内容で進める。5月29日に作業した。23年前にやった作業を再現する。

■5月15日(日)の福島民報2面日曜論壇に県立博物館長の赤坂憲雄さん「自然エネルギーの拠点に」 → 記事PDF

 → 3月29日の日経文化欄の記事PDF:広やかな記憶の場を

 → 4月30日、政府復興会議:鎮魂と再生のためにPDF

 → 政府復興会議

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2011年5月16日 (月曜日)

ホトトギス鳴く

■2011年5月16日(月)晴れ、曇り

 ホトトギス鳴く。ツツドリも。ジュウイチは先日に喰丸峠で鳴いていた。ウスバシロチョウ。

 岩下(下)ハウス建て1棟。

 角畑の3棟の越冬株の古枝を剪定。

 大畑に馬鈴薯を植える。

 カラムシを植える畑の準備、明日植える。

■4月21日に取材を受けた。その雑誌が送付されてきました。『コロンブス 535号:2011年5月号』(東方通信社)の11ページから3ページ。モノクロ写真。撮影は藤枝善亮さん。

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↑コゴミ  ↓白い花はタムシバ、緑葉はブナ(柳沢峠)

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カタクリが咲き出した

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5月14日・15日

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2011年5月14日 (土曜日)

姫田忠義さん

■2011年5月13日(金)午後1時25分、私の携帯電話に着信があり、先方の044、、、、、と電話番号がディスプレイにありました。登録していない、ということは知らない人からの電話であろうと、出てみました。聞き慣れたやさしい太い声でした。

 「ひめだです」

 民族文化映像研究所の姫田忠義さんからの電話でした。

■越後奥三面の『山に生かされた日々』の撮影と、奥会津の大芦と大岐での『からむしと麻』の撮影は同時期に行われました。「三面の縁(えん)」ということを姫田さんは語られました。

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atプラス 08号(2011年5月号)

■2011年5月14日(土)

 本日は、岩手県へ。

■5月13日の福島民報13面のくらし欄に、赤坂憲雄さんが『群像』5月号に「海のかたより訪れしもの、汝の名は」で沖縄でかつて天然痘を「美(ちゅ)ら瘡(かさ)」と呼んだことを紹介している。身の丈に合った暮らしの知恵や技を復権し、根底から世界観の組み替えを提案している、という。この雑誌を買って読もうと思います。

■既刊の雑誌『atプラス』08号(2011年5月号)は、編集中に3月11日の東北大震災・東京電力福島第一発電所事故が発生し、一部原稿がそのことを書いている。

 なぜ原発否定派が過半数を超えないのか?について大澤真幸「可能なる革命第2回:友愛のコミューンと偽ソフィーの選択」

 大塚英志「戦後文学論:高揚と喪失」は、原発事故から離れた首都圏に暮らす人々が、せっかく事故で高揚していたものが、峠をこし、この程度の事故で終わってしまったことへの喪失感、、、、を分析している。リスクを福島の人々に負わせてきて、東電の管内に生きる人々に被害者面をする資格は無い。首都圏の人間は原発事故の「被害者」ではなく、福島周辺の人々への「加害者」である。原発の被害回復の一部を増税した都税で贖うべき。そして原発は東京につくる。オリンピックのかわりに。

 山折哲雄「現代の往生試論 最終回 デクノボー往生」は東日本大震災と原発事故を見る中で、山折氏と同郷の人である宮沢賢治の人生と仕事について考察している。失敗者賢治の未完性と可能性、そしてその予言性に注目すべきではないか?今回の地震・津波は「これは無常ではない、地獄だ」という山折氏の宮城県の旧友の言葉を紹介しています。

■これまでJR東北新幹線の新・花巻駅に近い宮沢賢治記念館には開館当時から何度も訪問しています。

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2011年5月13日 (金曜日)

前野博紀さん

■2011年5月13日(金)

 昨日は午後より大雨・強風でした。

 カスミソウの苗が来て、午後から夕方にポット仮植しました。午前中は岩下(上)圃場のかすみ草越冬株の古枝剪定と(下)圃場のハウス建て。昨日午後は雨で山菜採りに行った父は岩下圃場のハウス天井部の金具直し。

 世田谷花きの西尾さんと、昼に大芦家でお話ししました。カスミソウ圃場を案内しました。

■板橋市場の仲卸・自由が丘フラワーズが運営している通販サイトはなどんや、に前野博紀さんのレッスンが掲載されています。→はなどんや

 前野博紀さんは5月10日より護国寺で催事を主催しています。 → 前野さん

■圃場視察する↓

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2011年5月12日 (木曜日)

昭和村の苧麻倶楽部の週末ワークキャンプ(カスミソウ)

■5月14日(土)、15日(日)と、5月21日(土)、22日(日)に昭和村のNPO苧麻倶楽部主催で、週末体験ワークキャンプが開催されます。かすみ草栽培用のパイプハウス(ビニルハウス)建てなど野外作業のようです。定員は各回6名。

 → 実施要領

■知人が21日のコースに申し込みました、と連絡がありました。21日の夜は大芦家で日光市のブルーグラスのバンドの演奏会があります。 → 大芦家

■苧麻倶楽部の体験ワークキャンプは支援・体験・ボランティア・交流型のもので新しい取り組みです。

  → (動画)ハウス建て

 地元役場が窓口となって(昭和村花き振興協議会)、プロのカスミソウ農家育成のためのプログラムもあります。

 → 昭和村役場

 6月18日(土)、7月9日(土)、7月30日(土)の3回でそれぞれの開催です。19日と24日はJA生産部会、昭和花き研究会は10日を担当します。カスミソウ苗の畑への定植作業、可能な場合には花の収穫調整作業などが行われます。

 → (動画)苗の植え付け

 昭和村が進めている就農プログラムは上記6~7月の一日体験を通じ、翌年に1年間(実質的には雪があるため4~11月まで)の農家研修を経て独立就農するプログラムがあり、1昨年1名、昨年2名と就農独立、本年3名の年間体験研修がはじまっています。

■本年度はまた金山普及所の長谷川浩氏が中心となり協議会主催で、仲卸・買産人向けの、カスミソウ産地視察型のプログラムも準備されています(7月中旬頃?開催)。

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本:からむし畑、昭和村のからむしはなぜ美しい

■2011年5月12日(木)雨模様

 昨日は、雨天で寒い中、多くの方々に来村いただき今後の花の仕事の進め方について、確認と議論をしました。品質管理が基本ですが、社会変化に対応した取り組みも重要になってきます。

  つくばの花き研究所の市村一雄先生からも電子メールにより連絡がありました(10月20~21日の研究会)。

■ファクシミリにて案内済みですが、6月9日(木)午前に昭和花き研究会は取引先の卸市場と7月からの出荷の取引会議を昭和村で開催しますが、参加される回答が来ています(5/18締切)。

■奥会津・昭和村佐倉にある「からむし工芸博物館」の報告書14号は32ページ、3月末の年度末刊で、『昭和村のからむしはなぜ美しい からむし畑』。栽培の要諦が、村人からの時間をかけた聞き取りと栽培実践により紡ぎ出されている。拙文も3ページほど寄稿しました(「カラムシ栽培におけるコガヤ(カリヤス)の重要性」)。博物館で頒布しています。共有地の山焼きとコガヤ草地の育成、バンカープランツや連作障害回避のための輪作体系など未解明なことが、また新たに出てきている、という主旨です。

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2011年5月11日 (水曜日)

会議の日

■2011年5月11日(水)雨

 朝、4時58分 携帯電話へのエリアメールで緊急地震速報が届いた。2ヶ所同時で地震が発生すると震度5弱以下でも速報されることがある。

 3月11日の東日本大震災から2ヶ月目。

   雨の午前、大岐でもカエルが今季はじめて鳴きだした。

■5月10日は雨。大学通学再開のため、子どもを福島市内に送る。福島市中央卸市場内に、福島花き橋本栄市社長、仲卸・花みらいを訪問。近況をお伝えしました。

■今日(11日)は、午前10時・輸送社来村・敬君と対応、11時・金山普及所長谷川先生(10日発表の土壌検査結果)。

午後1時30分より大岐センターにて、YB打ち合わせ会。郡山市より来村される方々と、(有)昭和花き研究会の取締役と事務方で会合。都内より大田花きより松永剛士さん、クリザール海下さん、住化永島さん等。

 6月下旬に開花前のカスミソウ圃場の現地確認会を昭和村で行い、出荷・7月2日からのフェア等に進む。

■午後はJA生産部会も下中津川等で市場取引会議があるようで各社来村され、12日に解散するようです。部会長の立川さんの圃場ではカスミソウが発蕾したようです。最初の出荷となるでしょう。

■台風1号がフィリピンから先島諸島、沖縄に今日明日に接近。熱帯低気圧となり本州を北上する予想。

■5月11日(水)雨間の小康状態の朝に、スミカ試作カスミソウ5種を定植。大岐の高畠・大畑。早生系統の新種でうまくいけば、このなかから3年後に生産がはじまる。

 ツツドリ、ホオジロが野のソングポストで多数、カラス類、ウグイス、カワガラス。カエル初鳴き。

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↓福島市

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2011年5月 9日 (月曜日)

水の循環

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↑5月8日  ↓2月8日

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↑大岐センター ohmata

柳沢峠のブナの花

■2011年5月9日(月)晴れ。

 大岐と小中津川を結ぶ柳沢峠のブナ群も花を咲かせています。

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2011年5月 8日 (日曜日)

博士峠のブナの花 hakase buna

■2011年5月8日(日)雨、曇り、強風

 奥会津の博士峠(国道401号)の西南麓、昭和村小野川側の広葉樹のブナ群集は、標高800mから1000mまでの花を咲かせ、葉を展開しはじめている。道路沿いからもよく見える。山頂まではこれから咲く。数年に一度の下垂した球状の花。

 大岐のサクラが開花。

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↑岩山と、岩下圃場。雪は7月まである。

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↑高畠圃場  ↓大岐・坂の上圃場  山塊の緑は全部ブナ林。

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↑博士山と奈良布集落  ↓中央山塊が志津倉山、右手はバラヤマ(場良山)

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2011年5月 7日 (土曜日)

カスミソウ配置図

■昭和村 大岐 ohmata

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南からの寒風 台風1号発生

■2011年5月7日(土)曇り、晴れ、強風

 終日南風だが寒い風であった。トビ1羽、ハシブトカラス10羽、カモ類、カケス、キツツキのドラミング。

 今日は大岐集落の南西にある扇状様地形の高畠(taka-batake)で、カスミソウ栽培用のパイプハウス(φ22mm)を再建。大畑1棟、角畑3棟。6月分等減産していますが、今日まで、今期再建したハウスは19棟で、残り26棟を明日からの5月中に建てます。

  前年同期は12棟でした。5/14ツツドリ、5/17ジュウイチ、5/18エゾハルゼミ→ 2010年5月8日

 2009年は26棟。5/9ツツドリ、5/10カジカガエル鳴く、5/11エゾハルゼミ鳴く→2009年5月9日

 次弟が帰宅する、というので昼は大芦家(ooashi-ya)に行き、高遠蕎麦を食べた。

 南方海上では台風1号が発生。台湾、沖縄を経由し本州には5月13日の金曜日頃上陸予定。

■明日早朝は集落の共同作業。

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↑大岐  ↓残雪の博士山と、右手は奈良布(近世は楢布原と言った)

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↑大岐集落と後背山地の「クイナ(喰名)」山。ブナの新緑。

↓柳沢峠と川谷。ハウスは坂ノ上。

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↑柳津町JR滝谷駅(中野)薬師    ↓入田沢と磐梯山

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干して滋味(jimi)

■春は前年に干した、あるいは厳冬期に軒先で凍結乾燥させたものが出てくる。「ほしたもの煮物」。乾物。

 干しシイタケ、かんぼし(寒干し)だいこん、凍み豆腐。

 下味は、身欠き(みがき)ニシン。

■野生フキノトウは旬を過ぎ、野のアサヅキが旬。これから野生のコゴミが出てくる。

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かすみ草新苗・定植後2週間

■4月21日、22日に定植したかすみ草。現在の生育は順調です。7月はじめの開花予定。大岐(標高730m)、無加温。ビニルハウス内。

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↑フォレスト。2010年開花株を晩秋に堀上、冬期常温貯蔵。3月にポット上げ(仮植)し、4月21日定植。草勢がでてきた。

かすみ草の古枝剪定(sentei)

■2011年5月7日(土)曇り

 雨になりそうな雲。明日と火曜日は雨の予報。

 

 5月11日(水)13時30分〜15時頃、大岐センターで取引会議(開成生花・あさかのフレッシュ・YB・大田花き)。

 5月12日(木)15時、定期外部監査(会津若松市内)

■5月6日(金)は、昨年6月に定植し9月期に開花・出荷した宿根(シュッコン)カスミソウの越冬株の、株もとから出て。木質化している古枝を剪定しました。おおむね直径6cmほど残して、それ以外を切り外し、採った枝は圃場外に持ち運びます。中心部や残した枝の節から新芽が出て来ます。

 大田(下)3号、境の沢道下2号、沢側2号の3棟。

■パイプハウス建ては朝4時40分から大田(上)2棟、午前に大田(下)2棟、午後に境の沢沢側1棟の計5棟を再建。

■奈良布(県道)で土手で何かをしていたノスリ1羽が飛び立ちパイプハウス妻部に止まっていました。大田・境の沢で作業中にツツドリの鳴き声を何度も聞きました。大岐では今年初認です。カケス、カラス、ウグイス。5日のようにたくさんの鳥類は出て来ない日でした。

 吸血蚊のメナグリが出て来ました。風があると身体に接近しませんが、無風・日照が無くなり曇ると出て来ます。

■夕方、YBの加藤さんから電話があり、5月11日の午後の希望時を聞かれ13時30分に昭和村大字小野川字大岐の大岐センター(菅家自宅集落にある)、とお伝えしました。遅くとも14時に会議を開始。同日15時よりJA生産部会の会合があるため、普及所・役場等の参加者がそちらに参加するためです。

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2011年5月 5日 (木曜日)

かすみ草栽培用のパイプハウスを再建する

■2011年5月5日(木)晴れ、寒い風。朝1度、降霜有り。

 大岐の水田・畑など(圃場・hozyouという)の雪はほぼ消えました。ブナも新緑葉。

 川流圃場の3号、境の沢道下2号・3号、岩下上の下3号・4号のパイプハウスを建て直しました。昨年秋に積雪前に解体したものです。

 トビ2、カケス10、カシラダカ20、ホオジロ、キジバト、ハシブトガラス、ウグイス、ムクドリ、カワガラス、カモ類。

 今季はじめてヘビを見ました。アオダイショウ。カエル類はまだ鳴いていません。川の流れ音だけです。

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■連休。5月3日、父は末弟とカンジキの輪になるタケを採取に裏山へ。

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2011年5月 4日 (水曜日)

ようやく雪融けへ

■昭和村内のサクラ、ヤマザクラもようやく咲き始めています。キクザキイチゲ、カタクリなども路傍で咲いています。ブナも花を付け、新緑もはじまっています(ブナがほきる)。

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会津若松市内はサクラは散り始め。↓

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↓北海道

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5日まで、からむし市(ichi)

■からむし織の里にて5月5日まで開催。連休中は来場客も多いそうです。博物館内と織姫交流館で開催。→からむし市

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昭和村喰丸kuimaru 古民家カフェ

■苧麻倶楽部(ちょまくらぶ)アトリエ・カフェ・プロジェクト主催で5月8日まで開催。奥会津:昭和村大字喰丸字三島904-1の体験住宅。からむし織の里から南方、田島舟鼻峠方向に約2km。

 → 喰丸体験住宅

 → 苧麻倶楽部

 喰丸のソバ・食堂「いわしろ」近くです。

 地元昭和村内の来客も多く、にぎわっています。建物前に駐車場有り。私はアカシソジュースをいただきました。

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2011年5月 3日 (火曜日)

強風雨

■2011年5月3日(火)

 5月2日(月)の道央の気温は8度から5度に低下、強風雨。道内の峠は降雪、みぞれ。

 朝は札幌市白石区流通センター7丁目、かすみ草サミット等でお世話になった市場、札幌花き園芸(株)のセリを見学しました。田嶋副社長に荒木隆二社長を紹介いただきました。母の日前のセリで活気がありました。道内産と熊本・和歌山産のかすみ草を場内仲卸で確認しました。

 厚別中央3条3丁目の(株)フラワーネットワークを訪問。薄衣修也社長に再会しました。最近のお仕事の様子をうかがいました。

 当別町にレンタカーで移動し井野さんにも再会しました。かすみ草ベールスターが栽培されている22番ハウス内でした。

 かすみ草サミットが開催された由仁町に向かい、窪田真澄さん宅を訪問しました。

 さらに雨、風は強まり、みぞれになる雨粒を受け、札幌市内に戻り、夕方に西区西野のフルーロン花佳を訪問しました。

 皆さん、多忙ななか、ありがとうございました。

■道内の民放テレビのCMは中国語が目立ちました。ウィンザーホテル洞爺など、、、、

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2011年5月 2日 (月曜日)

札幌市

■2011年5月2日(月)雨

 昨日、会津より磐越道、新潟空港からairdoにて新・千歳空港。空港レンタカーにて札幌市内に到着した。2日午前、大田・中央花卉の取引先の厚別中央3条の(株)フラワーネットワークの薄衣修也社長を訪ねる。震災でいろいろとご心配をおかけしましたので、7月からの出荷等について説明します。→フラワーネットワーク

 1日の道央は雨で気温8度。昭和村とほぼ同じ気温推移。道ばたには雪が無く、フキノトウが20cmほどに成長している。コブシの白い花、少し芽吹きかげんのヤナギ類。

 千歳空港近くのアウトレットモール・レラでの母の日のイベントを視察。ここはちょうど6周年、中国・台湾等からの観光客が多い(現在は少ない)。雨にもかかわらず、正午時点で第4駐車場まで満車になっていました。

■札幌市内では、道立近代美術館の南にあるD&D札幌を見て、そこにあったチラシで大通西23丁目1の2、ライフストックの野菜販売を見ました(フードセンター隣)。「とかち八列とうきび茶」180gを購入しました。

 このパッケージは秀逸で、手漉き和紙ラベルが付いており、また「八列とうきびを絶やさぬために種を贈ります」として種子が数粒付いています。煎ったトウキビ種子は発芽しませんが、煎らない種子は発芽します。

 パンフレットには「北海道の開拓期を支えた作物」として、以下のような文章に出会えます。

 八列とうもろこし(とうきび)は、食料としてだけでなく、「心情的にも北海道の開拓期を支えた」貴重な作物なのです。(企画・生産・販売 地野菜・家庭料理シアンルルめぐみ&crops)

■ライフストックのニュースペーパー2011春号は「流行よりも、旬がすき。」「雪どけまで、甘えていいですか」雪中貯蔵した「寒いも」(カラー4ページ、B5版縦)。

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博士峠水芭蕉広場で販売(5月3日、4日)

■2011年の5月3日と4日、午前9時?ころから午後3時?ころまで、国道401号・博士峠、昭和村小野川地区のしらかばと水芭蕉の杜、付近の広場(駐車場)にて、地区有志の人たちが、物品販売をするようです。この冬に加工した凍み餅や、凍みダイコン類。4日は大岐地区の婦人らが担当するそうです(照子姉情報)。

 本来、地区をあげての水芭蕉祭りが4日に行われる予定でしたが、本年は震災自粛としています。しかし有志でちいさく物販のみ行うものです。

■奥会津:昭和村佐倉のからむし織の里では、からむし市が開催されています(5日まで)。

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4月30日 祖母13回忌

■2011年4月30日(土)曇り、小雨

 故・祖母トシの13回忌を3月の春彼岸に行う予定であったが、3月11日の東日本大震災・福島第一原子力発電所事故の放射能放出により、ガソリン不足等ですべての行事が中止となった関係から、今日、大岐地区の親族(親戚)で墓参を行った。奉じる卒塔婆は会津若松市内南域の寺の僧侶に描いていただき自宅仏壇前で読経いただいた。

 その後、高畠・川流圃場の川側ハウスのパイプハウス建てを行う。除雪した場所。それ以外のところはあと数日で雪は溶ける。籾殻くんたんを散布した角畑は土が出ている。

 水田は土手が出て、圃場面は「雪がみずぐむ」。

 午後1時より帰宅された首都圏在住のeさんと、雨ではあったがブナの花咲く柳沢峠から喰丸峠を散策し、佐藤孝雄氏の「ファーマーズカフェ大芦家」(おおあしや)に行き、休息した。その後、下中津川の江戸時代からの3基の石碑・庚申塔を見て、折橋と下中津川境界にある山城跡を見た。

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ほおづえをつく如意輪観世音菩薩

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↑もみがらくんたん、を散布した場所は、一週間ほど早く土が出てくる(雪が溶ける)

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