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2012年12月29日 (土)

研究報告書 ネグロというオクノカンスゲ(ヒロロ類)

■2012年12月29日(土) 曇り

 早朝より10時まで、6時間ほど休みなく、研究報告書を6冊読んだ。植物繊維や考古学、民俗学、歴史(中世・幕末)に関する文献。一息いれ昨日便利店で購入した菓子パンを1個食べる。

 午後は会津若松市内へ。

■1985年に刊行された『新・宮川ダム水没地区 松坂(谷ヶ地)民俗調査報告書』(会津高田町)。

 しん・みやかわダムは現在湛水されているが、その湖底にあった「ヤカヂ」集落。

 57ページ。屋根葺材料としてボーガヤ(ススキ)と、コガヤ(オオヒゲナガカリヤスモドキ)を秋彼岸過ぎに刈り取る。ボーガヤはスゴを作るのにも用いる。コガヤは養蚕のマブシの製作にも用いる(ワラも用いる)。

 ヒロロ(ミヤマカンスゲ)は秋の彼岸前に収穫、ネグロ(オクノカンスゲ)は夏の土用に葉を引き抜いて束ね乾燥したものを蓑(ミノ)を作るに用いる。

 イワスゲ(タヌキラン)もスカリや縄を作るのに用いる。

 82ページ、博士峠の物資の中継地・桑沢には4軒の家があった、としている。野尻組(昭和村)からは木炭や原麻(アサ)が運ばれ高田ではアサを製して高田麻として布を売り出している。高田からは、博士峠を越えてコメ、味噌、魚などが野尻組に運ばれた。

 84ページ、大正三年から昭和初年まで博士軌道(トロッコ道)が作られ、五輌編制一日に一回、運転者が一人乗り自走した。博士峠を伐採した木材や木炭を運んだ。トロッコ(トロという)には炭スゴや縄、食糧を積み、馬に引かせて博士峠まで上った。

 86ページ。桑沢にも木地挽がいたが、昭和十五年頃に若松に引っ越し廃村となった。木地挽の土倉集落は昭和はじめに北海道に引っ越し、入植した。

 54ページ。畑作は常畑とカノ(焼畑)がある。常畑の作物は麻(アサ)。アサを作る畑をオバタケ(苧畑)といって強風の当たらない山あいの畑をアサ作り専用にして、毎年、同じ畑に作った。選別はホンソ・ナカソ・根キラズ。販売用は前二者、根キラズはワラの代用で自家用。

 アサの収穫後の畑にはオバタケナ(苧畑菜)をまく。二百十日前に播かないと大きくならない。平らな畑に二尺にせびって畦を作り播く。秋に収穫して縄で編んで干葉として、カテメシ用とする。オバタケナは柔らかく味もよいので干さないで調理しても美味なので進物用としても喜ばれた。アサはたいていの家で二斗まき畑、約二反歩作付けしたが、五反歩も作っている家もあった。

 40ページ。山に自生している「ヤマカラムシ」は、たけが長いので丈夫な糸がとれた。エラからも繊維がとれる。エラは柔らかいうちは山菜として珍重されるが、長くのびたものは皮をはいで糸にすることができる。

■私(菅家博昭)は2008年に刊行した『会津学 第4号』(会津学研究会編、奥会津書房刊)で「ヒロロ(深山寒菅)の今」として70ページにネグロのことを追記した。昭和村小野川ではネグロ(根黒)とよぶヒロロがあり、7月末頃までの採取、乾燥して使用とし、通常のヒロロ収穫日は「秋の彼岸の中日に、ヒロロは抜けて待っている」と言い、いちばん収穫しやすい採取日にしており、それを過ぎるとまた根を張ってしまう、という。

  またヒロロに対応してオクノカンスゲは奥会津ではウバヒロロとも呼ぶ。

 これら山中にある草を暮らしの道具に利用していた。谷ヶ地と小野川は博士峠で結ばれた峠の麓の村である。谷ヶ地はイネを栽培していない。

 また博士山の山中に自生している「やまからむし」と「えら」(山菜、アイコ)からも繊維を取っていることが明らかになった。

■これは、野尻組の会津戊辰戦争(当地では会津戦争と呼ぶ)のことを調べるなかで眼に止まった。

 1868年9月11日、野尻組の喰丸峠で新政府軍と会津藩兵の戦争があり、12日までに会津藩兵は小野川村を経て博士峠を敗走退却した。新政府軍の遊軍隊(御親兵)二小隊は追跡。下谷ヶ地で戦、討ち取り一人、生け捕り一人(桑取火峠から田島方面へ会津藩兵は退却と推察)。この時の会津藩兵の死者(あるいは生け捕り)は会藩服部留吉37歳(会津藩江戸藩邸上屋敷御書簡所役人・服部安之進の弟)。

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