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2013年1月26日 (土)

高崎藩の記録

■2013年1月26日(土) 会津は大雪警報

 1月25日は大雪の会津より自動車にて300km走行して群馬県前橋市文京町3ー27-26 群馬県立文書館を訪ねる。二子山古墳の西にある建物で、30年になる。

 今日(26日午後)、明日(27日終日)は山梨県笛吹市石和町四日市場1566 帝京大学文化財研究所で開催される「紡織の考古学 紡ぐ・織る・縫う」に参加聴講する。主催は山梨県考古学協会。→開催チラシPDF

 初日は、苧引金(おひきがね)、紡錘車、縫い針、紡織具の出土史料について報告と検討がなされる。

 2日目は文献史学より織成技術、渡来系氏族、紡織生産体制など古代日本の様子が検討される。

■前橋より高速道経由でさらに150km走行し、あの、事故のあったトンネル脇を経由して甲府盆地に夜に到着した。

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■高崎市教育委員会編の5冊目となる『高崎史料集 藩記録(大河内)2』に大芦戦争に関する史料の一部が掲載されていた。

 大河内家文書群(高崎市立図書館蔵)の「高崎藩記録」は最後の藩主大河内右京亮輝声の代の記録で、大正年間の筆写本ではあるが、明治二十二年(一八八九)十二月に完成された明治政府による『復古期』に引用されているため、明治初年代に成立したものとされている。

 本文解説によれば、明治政府の太政官修史局の記録類を現在所蔵している東京大学史料編纂所の図書目録「第二部和漢書写本編の十」に「大河内輝声家記(上野高崎)大河内輝声差出 原本 明治七年(一八七四)九十五丁 二十七cm 原題 諸御達願窺届写」(番号四一七五~九六〇)があるが、これとの照合は行っていない、とする。編纂上必要な主要記録のみが『復古記』に引用されている。

 高崎藩には分領(飛地)として越後国蒲原郡などに領地を持ち石高八万二千石であったが、それが戊辰戦争期の動向を左右した。高崎藩兵一小隊を北越方面に出兵させたのは「越後国蒲原群一ノ木戸村」に領地があったためで、会津藩側についたり、新政府軍についたりと旗幟が決まるまでの経過の史料がある。ただ字句・日付・人名等に異同が多いので利用にあたり注意が必要としている。

■『新編 高崎市史 通史編 第三巻』や『同 資料編5』でわかるのは、

 高崎藩は慶応四年(明治元年)五月十一日に、二小隊、およそ百人の部隊を編成し、三国峠越で越後に入り、一ノ木戸陣屋に出陣、尾州藩と協力し小千谷周辺村々の警邏の指示を北陸道総督府軍岩村精一郎より受ける。

 五月二十六日、妙見村(長岡市)に進軍し、以後総督府の命により越後の各地で戦い、九月十一日に野尻村(福島県昭和村野尻)に高崎藩一小隊(五十人ほどか?)が進軍する。さらに小中津川村(昭和村)で加賀藩兵、御親兵の遊軍隊に会い、十五日の喰丸峠の戦闘後、大芦村の守備につく。二十四日に会津藩兵の急襲を受けることになる。

 十一月十五日、大芦の戦いに参戦した部隊一小隊が高崎に帰る。

 十一月二十五日、高崎藩は神祇官に対し、北越戊辰戦争で戦死した藩兵の月日と名前を報告。それは朝命を受け出陣し、不幸にも戦死した兵士の招魂尊式を行うためで、高崎藩の戦死者は四名としている。

 三国峠の戦いで深田竹次郎、大芦村の戦いで小隊司令の岡登嘉藤太、兵卒の関口長三郎、歩卒の嘉十郎。

 深井寛八に率いられて会津藩町野源之助隊に合流し小松の戦いで戦死した矢島太郎の名は無い。

 新政府軍側として戦死した藩士、従軍者のみである。

 高崎藩は大芦村在陣時は、隊長浅井権十郎。その宿営に会津藩兵が急襲。死傷者については大河内右京亮家来 深井繁之助が戦死者報告を出している。

 西山秀五郎隊 討死 小隊司令官 岡登嘉藤太、兵士 関口長三郎、歩卒 嘉十郎

■これらは「大河内輝声華族家記 全」 東京都千代田区 国立公文書館蔵 としている。

 

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