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2013年6月25日 (火)

「よく、おがんもせよ」(会津戊辰 大芦戦役 供養墓の草刈り)

■2013年6月24日(月)午前9時から、農協大芦支所前にある大芦区長事務所(もとの保育所)で、「野尻組の会津戊辰戦争展(からむし工芸博物館)」(9月より開催予定)の懇談会が開催された。

 これまで、訪問してお話をうかがう、ことが一段落したので、小さな伝承(記憶)を持っておられる方々の来場を待つかたちで聞き取り会となった。事前に吉田有子さんが大芦区長と日時等を決め、場所をお借りし、A4版のチラシ1枚を「小走り」で、大芦地区全戸配布していただいた。

■大芦中組、明治44年生の父・友實(ともみ)さんは、大芦集落の北方にある矢ノ原湿原の代官清水脇にある会津藩士野村新平之墓のまわりの草刈りを続けてきた。息子のアキマサさん(昭和31年生)は、小さいころ、この場によくついていくと、父から「よく、おがんもせ(拝申せ)」と言われたという。膝を折り、しゃがみ、墓前で手を合わせ、拝んだ、という。

 中組にある鎮守・山の神様(大山祇神社)の脇の墓地にある「官軍戦死九人之墓」の墓前でも、父から「よく、おがんもせ」と言われたのだ、という。

 野村は明治元年の会津戊辰戦争で9月24日午後の金沢藩今枝隊との戦闘で亡くなった会津藩朱雀三番寄合組隊の半隊司令士と言われている。

 この墓石は、コナラ林のなかに、後の村人が建てたものだが、誰が建てたのかは伝わっていない。私が工業高校を卒業した18歳で、昭和村文化財保護審議会委員となったときに、雪から護るための家屋を造ることとなり、設計した上屋がある(施工は金子建設の故山内吉美君)。

 近世大芦村の名主家であった古家(ふるや)の星家は、高崎藩の本営となり、戊辰の大芦戦争で家を焼かれている。その後、類族の豆腐屋に名主職と、昔は五十嵐家で星に改姓したことを伝える「五十嵐勘解由之墓」の守りも譲っている(五十嵐文『わが昭和村』1995年)。

 今回聞いた話から、ほのかに感じるのは、会津藩主に忠実であった大芦の名主家「古家(星家)」の末裔が、明治2年~あるいは30年代に会津藩士野村新平之墓を建てたものと思われること、それを最近まで墓の草刈りを百年もの間、続けてこられたのだろう、ということだ。

 初代大芦村長の五十嵐伊之重が発起人となって建てた小屋ノ原の「会津藩戦死二人之墓」(矢ノ原戦死野村新平、屋敷原戦死角田五三郎)は大芦地内で亡くなった二人の藩士を合祀した供養墓であるが、伊之重没年の明治三十四年の建立と推察される。

 官軍戦死九人之墓(高崎藩士3、金沢藩士6)を祀る墓は中組のコシマキ墓地にあるが、靖国神社に祀られるとともに、明治九年に若松県庁(つまり明治政府)により合葬墓として建立され、1945年の終戦まで墓守料が下賜された。

 金沢藩士6名は今枝隊の小杉半蔵、春日隊の3名(小原、小嶋、村田)と半井隊の2名(石黒、杉江)の6名となっているが、実際には今枝隊では小杉の外、兵士7名(小川、吉田重、吉田余、多和田、山川、藤田、大館、宮嶋、金子)そして軍夫(卒)が6名亡くなっている。

 会津方(かた)は2名の藩士の外、蔵入役人(横田山内家)大島音之助、佐藤音之助、渡辺喜三郎が亡くなっている。

 あわせ大芦戦争では、27名の犠牲があった。そして集落内の29戸が炎上し、鎮守社殿も爆発焼失した。

 明治14年に鎮守の石段が造られるが、このころ大芦の戊辰戦争がようやく終わったといえよう。戦災からの復興、家を建て直すというのは大事業である。また木材を伐りだした山々の荒廃も想像できる。大工はどうしたのか?石工は?主たる産業の麻、カラムシの生産は、、、、

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