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2014年4月 2日 (水)

谷野(たにや)は、谷屋とも表記 羽州最上より会津に青苧苗移入

■2014年4月2日(水)

 
 会津藩が1809年(文化6)に編纂した『新編会津風土記』。全120巻。
 その巻之九十「陸奥国 河沼郡之五 坂下組」に、
 
 「谷野新田(タニヤシンデン)村」がある。
 1672年(寛文12)に谷野又右衛門が陸田を開き、羽州(山形県)最上より苧(からむし)根を求めて種植した。1674年(延宝2)に谷野新田と村名を附けています。
 会津若松市の歴史春秋出版『新編会津風土記』第四巻では、252ページに掲載されています(2002年刊)。
 これが、確認できる残された史料で、現在に続く会津青苧(現在の昭和村を含む)の導入時の確実な記録になると思います。千咲原を開墾し陸田に山形最上の青苧根を植えたようです。
 
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右は会津藩の正史『家世実紀』より引用。
『集落誌 せきざわ』(渡辺満編集、1988年刊)より。
『家世実紀』の原本を今後確認します。
 
 地域の調べ方 2011年1月31日 → 集落誌
 
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地元に残る資料(カヤ苅人別)では、谷屋(たにや)又右エ門とも記載されているようです。
南郷村界の延宝二年文書では、河原田 谷屋又右衛門とあり、間違いなく、現在の喜多方市山都町大字三津合字堰沢地区(四百苅端)の谷野家の祖先です。
 
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■会津盆地東部の雄国新田村(獅子沢?) → 1673年(寛文13)、最上に青苧根を買いに行く
 
■1674年(延宝2)寅年の八月七日、泉田(和泉田、旧南郷村・現南会津町)村の久太郎と簗取村(只見町)の助太郎が、青苧(からむし)の栽培の仕方について指南を受けた。
 教示したのは、河原田 谷屋又右衛門。→ 再掲資料
 
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■庄司吉之助編『会津風土記・風俗帳 巻二 貞享風俗帳』(歴史春秋社、1979年)で、
  1685年(貞享二年)会津郡郷村之品々書上ヶ申帳 伊南古町組(貞享二年)211ページ
飯田兵左衛門様御蔵入御仕(支)配以来、郷村御巡見之度々、又ハ郷頭肝煎罷出(まかりいで)候度々ニ 地下身持家業之筋 委細ニ御教ヘ被遊候ニ付、段々家業無油断風俗直り申候、郷村御巡見始候比(頃)より村々ニ而(にて)、からむしを植、漆之苗木を調植候へと被仰付、或ハ桑を沢山ニ植立蚕養を能仕絹紬を致習候ヘと被仰聞、、、
--------
 地下風俗覚書 会津郡楢原郷(貞享二年)252ページ栗林(略)、延宝二年(1674)寅年 飯田兵左衛門様被仰付候ニ付、村々ニて立林候
 
からむし作候様ニ右同人様(飯田兵左衛門)より被仰付候付、たね(※根)もとめ次第段々植申候得ハ、ゑき(益)に罷成候(まかりなりそうろう)。
 
 くわの木 右同断
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まとめると、南山御蔵入領を含む会津藩領では、保科正之の家臣等が、先任地の山形最上より青苧(からむし)の根を、1672年頃に、谷野又右衛門により会津に移入し普及した。それを会津藩は各村に植えるよう指示をした。その苗は最上より村の負担で購入し年賦で代金は払った(1673年、雄国新田村)。
 1674年、伊南川流域の和泉田村、梁取村から各1名、坂下組の谷野新田村(河原田)の谷野又右衛門を訪ねて、青苧栽培と繊維化技法を詳細に学んだ。それを指示したのは南山御蔵入奉行の飯田兵左衛門と考えられます。「青苧造様之覚」を各村の名主が写す、、、ということが行われました。
 
 
---年表---
 
1672年(寛文12)に谷野又右衛門が陸田を開き、羽州(山形県)最上より苧(からむし)根を求めて種植しています。1674年(延宝2)に谷野新田と村名を附けています。谷野は高遠、最上と藩主保科正之に随行した上級藩士で、会津で就農しました。
 
1673年(寛文13)、雄国新田村では、からむし・青苧根を最上に二名で行き、買ってきて植えた、その指示は会津藩(郡奉行)から出されていると思われることから考えると、会津に植えたからむしの根の供給地のひとつには山形県の最上地域であることがわかります。
 
1674年(延宝2)寅年の八月七日、泉田(和泉田、旧南郷村・現南会津町)村の久太郎と簗取村(只見町)の助太郎が、青苧(からむし)の栽培の仕方について指南を受けた。 教示したのは、河原田 谷屋又右衛門。この年、「谷野新田村」名付けられますので、その直前で、「河原田」となっているのだと思います。
 1667年(寛文7)から1686年(貞享3)まで南山御蔵入奉行を飯田兵左衛門はつとめていることから、この「青苧造様之覚」は、飯田奉行の指示により、伊南川流域の2名が代表して、谷野又右衛門の所に教わりに行っていると思われます。
 
1677年(延宝5)、黒谷組(現在の只見町)布沢村で、苧畑の肥料の文書が残っています。1675年(延宝3)の野尻組(昭和村)の文書資料としては、からむしとは異なりますが、会津藩の服部安休が来村し、神社仏閣の整理指導をしています(小野川村の雷電神社と大岐の山神社、小中津川村の気多神社、下中津川村の八幡神社への記録がある)。会津藩役人が村をたびたび訪れる、という契機がわかります。
1684(貞享元)年、会津城下に近い幕ノ内村の佐瀬与次衛門の『会津農書』にはアサと苧(からむし)の栽培技法について記述があります。これのカラムシ栽培は、谷野又右衛門からの指南かもしれません。
 
1685(貞享2)年の会津圏の風俗等の書上帳を見ると、南山領内で会津藩士の飯田兵左衛門がクリ・ウルシ・クワのほかカラムシの栽培を推進していることが「楢原郷(下郷町)」「伊南古町(南会津町)」に記録されています。この飯田は最上から保科正之とともに会津に来た人です。
 
1809年(文化6)、会津藩は『新編会津風土記』に谷野新田の項に、最上の苧(からむし)の根を谷野又右衛門が植えたと記載。
 
■以上のことから、南山御蔵入の野尻組(現在の昭和村)での青苧栽培が面的拡大(主業として産業化)をするのは、この会津藩による青苧奨励、1677年に飯田兵左衛門が代官になって以降のことと考えられます。
 現状で、野尻組(特に大芦村)で栽培・生産・販売しているという、この時期(1670~1800年頃まで)の文書の存在が、現在のところ確認できていません。
 当時までは、麻の栽培を主にしており、この契機で青苧の移植を勧め、1700年代後半に主産地となっていくのと思われます。1858年の「青苧仕法書上」(野尻組松山村)には、現在と同じ生産体系が確立しています。
 
 今後の課題は、保科正之の山形最上時代の青苧政策と今野又右衛門らが根を買いに行った相手方と場所(地名)と、その記録の発掘が必要になります。

 
 また全く調査が行われていない昭和村内の在家文書史料の、積極的な発掘により、これらの改訂が必要になってきます。1800年代からは確認できますが、1600~1700年代は確認できていません。
 

 
 

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