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2014年6月26日 (木)

晴れ 三島町間方(まがた)の長郷(なごう)

■2014年6月26日(木)晴れ


 かすみ草定植作業の予定です。

 昨日夕方、下中津川の本名正さん(かすみ草農家)から電話があり、若松市内の弥勒寺境内を見ました。なごう氏の碑。なごう氏は下中津川のタケノハラに10軒ほどで住んでいたのですが、尾根を越して間方(まがた)に引っ越したという伝承があります(『三島町史』)。現在も下中津川の正法寺の檀家(間方の菅家2家と長郷家)です。

■(6月27日追記)『三島町史』(昭和43年、1968年)の390ページから間方村。野尻領間方村、403ページより長郷氏系図が紹介されている。
 400ページに会津加藤家支配の寛永末年の凶作飢饉で、肝煎(名主)を先頭に14竈(軒)が逃散、ほか12竈は無跡化、16竈しか残らなかった。その後も売りつぶれ、死つぶれ(禿)が出て、わずか6軒になった、という。
 
 酒井耕造『近世会津の村と社会』(福島県会津若松市 福島県立博物館内、酒井耕造著作集刊行会編、2007年)の116ページから、「肝煎と惣百姓」について、117ページに寛永19年(1642)10月、会津郡古町組鴇巣(とうのす)村肝煎次郎兵衛は、百姓13竈を引き連れて越後国に欠落した。このため、翌20年2月14日、代官多加井太兵衛によって同郡和泉田村百姓徳左衛門が鴇巣村肝煎を仰せつけられた。(とうのすの、鴇はトキ)。徳左衛門は、野尻山内氏の子孫。

 会津藩の加藤家の圧政ではかなり多くの農民(百姓)が越後国等に逃散して抵抗をしているが、その後の空き家には同家家臣団により、近隣の村々の百姓が移入していることがわかる。
 下中津川村の集落北部の「タケノハラ」とよぶ現在は水田の広がるところ、対岸には雪室(昭和村農産物集出荷所)があるが、かつては「ナゴウハラ(長郷原)」と呼ばれていた、という(本名正さんが地区の古老から聞いていた話)。
 事情があり、ここにいた10軒ほどの住民は山をひとつ越えた間方村に移転した、という伝承を持つ。それらは、現在も下中津川の正法寺の檀家である。
 
 『三島町史』の長郷家伝承は781年に下中津川の原野開拓をして、その後782年に間方村木ノ松沢に開田し、舟木氏等とともにいまの居住地(間方居平)に移ったとし、美女峠(かつては美女帰峠と表記)伝説と類似をいう。
 
 1642年(寛永年中)の逃散は、会津各地で組織的に行われ、その後の村人移入は支配者側の要請で移住が行われていること、その後の保科家中の逃散者呼び戻し等もあることから、この時期に間方村の再形成が行われたものと思われる。
 その際、本名正さんが言うように、かつての居住地である「なごうはら」を名乗りの地として「長郷」とした可能性がある。
 同氏には、同じ名字でも、いくつかの系統があるのだと思います。

 間方村の伝承(『三島町史』)では舟木氏が肝煎(名主)を勤め、その後、大谷村から二瓶家(儀兵衛)としている。
 
 
 
■会津若松市 弥勒寺 境内。明治29年10月、長郷氏累代之塋域 供養塔
 
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碑文(裏面)は、長郷氏は筑紫長郷彦命、橘諸兄公の子孫が信濃の長郷為氏、佐兵衛尉。慶長6年に陸奥会津へ。300年祭で供養石碑を建てる。長郷四家。正五位 日下部東作 題

左右面は無くなった人の戒名と没年が書かれている。
 
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