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2014年6月15日 (日)

340年前、奥会津(只見町、伊南川流域)の、からむし栽培の始原は1674年。昭和村は258年前の1756年の記録が最古。

■2014年6月14日(土)午前、南会津町糸沢の奥会津博物館を訪ねました。その際、同館の文化財等研究員の渡部康人さんから、南山御蔵入(奥会津)の歌舞伎舞台等の古文書調査等のなかで、会津のからむし(青苧・苧麻)栽培についての記録を見つけたと、新資料の提供がありました。

 
■原資料については、これから調査しますが、翻刻出版された資料の写しをいただきました。

『只見町郷土史資料 第4集 寛文以来萬覚書 熊倉村 目黒吉右衛門 他著』(只見町史編纂起草委員会)

 本書内94ページの解説によれば、1966年3月3日 綿名米嶽夫 という人が文書解読(翻刻)を行ったようです。江戸時代の154年間の313件の記事が書かれています。熊倉というと喜多方市東部にもありますが、この熊倉は現在の只見町の地域です。既刊『只見町史』の通史編で現・只見町文化財調査委員の飯塚恒夫さんは、からむし栽培は1674年とありますので、その根拠資料と思われます。
 
 凡例には、只見町大字熊倉字居平352 目黒武男宅に所蔵されていた資料で、当家は明治維新まで歴代熊倉村の名主職を勤めていた。天明八年から文化六年までの記事が抜けている。文政以降の覚書も当家には残っているので、第5集として発刊したい、となっています。句点、読点は翻刻者による。一部を紹介します。
 

 
 11ページ。
 

(7)一、布 尺幅 先規之通 織出候へと被仰付(おうせつけられ)候ハ、寛文七年(1667)未ノ年ニ、御代官安田源兵衛様之時、被仰付候。

 
(12)一、安休様御廻り、宮々御改被成候ハ、寛文十二年(1672)子ノ年ニ御座候。
 
 
(13)一、御宮建立之義ハ、延宝元年(1673)丑ノ年ニ被仰付候。
 
(14)一、当村・長浜・荒嶋 大分ニ氷雨ニうたれ、麻種子を支度、蒔直しハ、寛文十三年(1673)丑ノ五月六日ニ候。
 
 
(15)一、当村用水堀、岩堀成候ハ、延宝二年(1674)寅ノ年、初而、岩堀ニ成候。
 
 
(16)一、からむし植候へと被仰付候ハ、延宝二年(1674)寅ノ年ニ候。
 
(17)一、漆かき候ハ、延宝五年(1677)巳の年、初而(はじめて)、かき候者参候而、かき申候。
 
■まず、1673年(寛文十三年)丑ノ五月六日に氷雨(雹・ヒョウ)が降り、熊倉村・長浜村・荒嶋村の畑に生育しだした麻は、氷雨に打たれて全滅したので、再び、麻の種を蒔き直した。このことで、すでに麻(繊維植物)の栽培が広域に各地で日常的に行われていたことがわかります。降雹被害はたびたび起こるため、このようにまきなおしをします。
 


 からむし(青苧・苧麻)という植物を植えなさいと言われたのは、延宝二年である、という点に注目したい。1674年に会津藩より言われた、指示されたことになる。この年は、『青苧造様之覚』の記録が南会津町界(旧・南郷村)に残された年と同じです。
 
会津藩のからむし勧農(飯田兵左衛門) → 青苧造様之覚(『伊南村史』三巻、610ページ)

 

 
 このことから、からむしの栽培は行われていなかった、ということがわかります。会津で、からむし栽培を勧農したのは会津保科正之家中(会津藩)です。 

 
■会津地域での、最初のからむし栽培のはじまりは、1669年(寛文9)から1672年(寛文12)ころ。現在の喜多方市山都町堰沢・千咲原。345年ほど前です。
 
 

 
 
 ※昭和村では、1756年(宝暦6年)にからむし畑・青苧畑があった記録が最古のものです。258年前になります。今後の村内在家文書の調査が進めば、調査事実により書き換えられることはあると思います。ただ会津地域のそれを越えることは無いと思います。
 昭和村(野尻組)でからむし栽培(青苧)の記録が確認できるのは、松山村佐々木太市家文書の1756年(宝暦6年)中向からむし・青苧畑証文三通が最古の文書です。また『昭和村の歴史』86ページに、大芦村の1851年(嘉永四年)の「青苧畑書入(質入)証文の事」が掲載されています。→ 質地証文
 

 

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『只見町史 第1巻』(福島県只見町、2004年) 942ページ。飯塚恒夫さん執筆。

 南山御蔵入地域(只見町・昭和村等を含む)では、延宝年間(1670年代)からカラムシの栽培がはじまり、小千谷縮の原料となる「会津青苧(青苧)」の生産が盛んになった(942ページ)。
 
 下の写真。
 酒井耕造執筆の681ページ。延宝5年(1677)7月「黒谷組 十八ヶ村 地下迷惑の筋書上ヶ控」(町史四 923~926)は、(略)
 田方の労働力を1とすると、普通の畑はその半分、麻畑は田方の1.6倍を必要とした。
 田には一反の肥やしとして、60荷余りの刈敷を入れる。麻畑には一反に80荷の厩肥を入れる。苧(からむし)畑には一反に120荷余りの肥やしを1年間に入れた。そのほかの普通の畑は、20から30荷の肥やしと刈敷が必要だった。
 
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