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2014年6月24日 (火)

マツの樹の倒れた音は村中に響いた(昭和村喰丸)

■2014年6月24日(火)朝の外気温10度、曇り。

 
 今日は、午前4時30分より、かすみ草の定植作業を一人で行います。
 6時30分に家を出て、三島町川井の昭和花き研究会第3集荷所に7時着で、目揃え会を行います。その後、坂下インターから郡山まで磐越自動車道、JR東北新幹線で上京。JFMAの国際セミナーを聴講し、都内を18時に発ち、日帰りです。
 
 
■6月23日の文化財巡りで、昭和村喰丸の南方端にある松の木平(まつのきだいら)の大嶋氏の供養碑を見ました。江戸時代後期、隣の田島町(南会津町)に幕府の代官所があり、平岡文次郎の配下が大嶋氏で、天保飢饉の際、年貢に配慮をした報恩に大嶋没後33回忌に喰丸の人々が建立したもの。
 
 松の木平ではその後明治維新の際、現在の群馬県より高崎藩、金沢藩、御親兵の遊撃隊などが台場(砲台陣地)を築き、博士峠から小野川村に駐屯し喰丸峠を進軍してきた会津方兵士と戦闘があった場所です。
 
 大きな松の木は、こうした歴史の証言者ですが、20年ほど前の台風で倒れてしまった、と言います。
 
 この地元から小中津川に嫁いだT姉は、このときのことを次のように語りました。「ここの大きな松の木の根元はうろ(空洞)になっていて、子どもは立っても頭がぶつからないので、よく中に入って遊んだ。この広場では昔、運動会や盆踊りも行われた。20年ほど前の台風で、倒れたが、倒れたときにドーンと大きな音がした。それと地響きは地震のようで、喰丸中(ぢゅう、くいまるのむらの家々すべて、という意味)が揺れたから、皆、わかった」
 
 現地解説者の村文化財保護審議会委員長の羽染兵吉(はそめひょうきち)さんは、自らが隣の両原で生まれ暮らしたなかで聞いたこととして、
 「喰丸集落から松の木平に来る路はすぐ分岐点になり、右に下がる路が両原道で、「坊主坂」と言いました。そして松の木平の南側は「堂屋敷」と言い、その中間に道路を造った時があった。それは昭和7年で、冷害の失対(失業対策)事業で地元の人々が働いたのです。収穫が少なく困るので、地域の公共土木事業に出役労働していただいて現金収入を得て暮らしを支えるための事業です。その時に、たくさんの人骨が出てきた、という話です。両原と喰丸の人々はそこに墓地があったとは聞かされていなかったし、知った人も誰もいなかったから、地名の「堂屋敷」にはお寺があり、人骨が出た場所は「はかしょ(墓所)」、そして喰丸を一望できる「坊主坂」あたりでよくこの寺の僧侶が景色をながめていたのではないか?
 
 T姉は、いま喰丸(集落)の野尻川の対岸にある延命寺は、新しい建物で、昔火災にあった。寺の北に、「寺の坂」という地名も残っている。

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松の木平(喰丸)
 
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左の細いマツは、2代目のマツ。倒れた後に植えた?もの。
 
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中央後方の石碑群のなかに「大嶋氏」があります。
 
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旧・喰丸峠。左の杉林は、最近植えたもの。中央が道路。

よく馬が喰丸峠を行き来した、通った、といいます。生活物資を積んでいたようです。
 
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左の坂の裏手を坊主坂とよぶ
 

 村を支えた、思い出の多い松の木平のアカマツの巨樹。村人は巨音で古木が倒れたことを知った。それが村人すべてに記憶された。倒れて亡くなった意味の深さは「地震のようだった」という心意からもわかる。高台にあったアカマツは、地名にもその名を残す。
 
 アカマツは道標として植えられたもの。特に冬の目印になっていた。喰丸峠には松の木平のアカマツ、喰丸峠を越えて、小野川の辻原の五本松。小野川村名主家(渡辺武清)のアカマツ、、、と並ぶ。
 




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