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2015年1月25日 (日)

かんびゃ(上琵琶)より、しんざくら(志津倉山)、ジンベイを望む

■2015年1月25日(日) 晴れ


 本日は午前・大岐のオミヤ(鎮守・やまのかみさま)のお堂の屋根の雪下ろし(父、出役)。
 
 
■柳津町琵琶首の「カンビャ(上琵琶)」をカンジキ付けて登り、西手に見える山塊を撮影。
 
 
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志津倉山の東麓(柳津町琵琶首)
 
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左は場良山 ばらやま。
 
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場良山東壁

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手前の稜線の裏が杉山沢、中央右手の尾根のピークが「じんべい」
(柳津町琵琶首) Jinbei-yama


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琵琶首方向
 
 
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昭和村大岐坂ノ上から東方を望む、博士山山頂。


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琵琶首集落より南方、志津倉山。
 
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杉山沢から望む志津倉山北東壁
 
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琵琶首、おそのさわ

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■琵琶首集落で、1938年(昭和13年)に生まれた亨(とおる)さんに、大岐の自宅で話を聞いた。76歳。1月25日、28日。
 
 戦中・戦後の食糧難のころは、オソノサワからジンベイ山までの一帯は、カノ(焼畑)苅ってソバを蒔いた。山中の小さな谷地(やち・湿地)まで稲を植えたひともいる。若松に行ったヨシイ兄などがそうだった。ソバを収穫したカノ跡地はいま杉が植わっていると思う。
 
 昭和29年に中学校を卒業して、炭焼きをした。ジンベイやまのソネ(尾根)の手前の木を伐って焼いた。
 昭和30年頃に大きなナラの木(話の前後から、ミズナラと思われる)を炭に焼こうとしたが、太すぎて切れずに、その枝を切って炭を焼いた。その木は今でも残っていてビヤ(実家のある琵琶首のことはビヤと呼ぶ)のセナ(兄)は、そこでいまもマイタケを採っている。
 
 その頃は黒消し(黒炭。炭焼きは赤目と呼ぶ白炭もある)を焼いていて、田畑がいっぱいあった人は冬のみ炭焼き、田畑が少ない人は一年中炭を焼いた。
 
 中学生の頃、道路が通って三輪トラックが通るようになったから、焼いた炭はそのトラックが運んだ。黒沢のニアンニャ、砂子原のマツノさん、温泉のキチシロウとかが炭を買った。

 炭はカヤ(ススキ)で編んだスゴに詰めて出荷したが、炭が4貫目(15kg)入る。

 ただ昔は、8貫目(30kg)だった。杉山沢で盛んに炭焼きやっていたころ、8貫目の炭を2俵(60kg)背負っていたのを子どものころ見たことがある。たいへんな、力持ちだ。杉山沢は民地(民間所有の土地、国有林は官地)だったので、木を出したり(伐採)、炭焼きをした。

 バラヤマの中の沢でもよそから人が来て炭焼きをしていた。ソガ(曽我?)さんとか、、、

 琵琶首の実家では、父親の鈴木一作(1902年・明治35年生)は漆(ウルシ)の木も植えて、樹液も採っていたし、漆掻きに来てもらって樹液を採らせたりした。ウルシの実を採ることはしていなかったと思う。
 
 琵琶首のたけつぐ兄の向かい(西手)の沢、オソノサワは昔から浅岐へ行く道(山道、峠)で、間方から琵琶首に嫁に来ていた人も、よくこの道を行き来した。オソノサワから尾根を抜けるとタロスケの沢。

 数年前に老人が行方不明になったが、それは学校前の入道沢(にゅうどうさわ)からジンベイ山を越えて浅岐分に迷って、入山沢沿いにある農作業小屋で泊まって、浅岐まで歩いて出て無事に見つかったことがある。

 オソノサワも、入道沢も、杉山沢もすべてジンベイ山に集まってくる。

 ジンベイ山(935m)は琵琶首向かいではいちばん高い山だから雪も早く降る。


 浅岐分の「中の沢」では、コクブンkokubunが木を伐って宮下まで出した。沢の中を木を出した。

  カンビャイリ(上琵琶の奥)には水車を動力とした木材の製板工場(こうば)があって、博士山の大場平(おおばでえら)で伐った木を板に挽いた。それが移転してから、木くず(オガ)が腐って、そこには蛇がいておっかなかったから近づかなかった。
 
 カンビャの清水が出ているところにはお不動様も祀(まつ)ってある。



 ※オソノサワと杉山沢の間にも沢があり未調査。後日、聞く。
 

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