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2015年2月 8日 (日)

かしゃねこ 伝

■2015年2月8日(日)

 
 昨日、下中津川の昭和村公民館で開催された『昭和学講座(最終回)』。2年次の特徴は本名幸平教育長による進行にあります。

 今回は冒頭に昭和村の歌を3曲、CDの音楽に合わせて歌う、ということが行われました。教育長の対談の相手である私は、こうした進行は聞いておらず、また会場内の講師席に一人、という構図で、少し恥ずかしく、、、、10~20数年前に大芦出身の五十嵐由人さんの縁で北島三郎さんが来村することが何度もあり、原譲二(北島三郎)さんの補作詞・作曲した曲が数曲残っています。

 新年度も継続する予定で、すでに5月7日(木)13時30分より、農学博士 本名俊正博士(鳥取大学名誉教授、下中津川出身)の講演「少年の日の夢、現在の夢(仮)」が開催されます。

 
■さて、2月7日は午後1時30分、開講30分前に会場に行きました。教育長からは三度ほど電話で本日の打ち合わせが行われており、主に長野県から来て神社の鳥居や石灯籠を造作した高遠石工の話が中心の予定でした。昭和村の文化財に指定しているからです。
 
 対談後、60分ほど参会者一人一人の感想、質問などがあり、文化財のうち天然記念物(矢ノ原湿原、駒止湿原、神社境内の樹木)についての言及が少ないのでたいへん不満であるという佐倉松平の石田さんの意見もあり、それは新年度でまた取り上げたい、という主催者回答でした。

 聴講されている人がほとんど、講師より年上の賢者のため、この地域の様々なことそのものの教示と、そうしたことの解釈への説明を求められる、ということが多くありました。
 
  野尻の盛雄さんからは、「切石」が土蔵の土台であることと、家屋の土台は自然石の丸石の上に柱が直接乗っていることなど、構造により石工が必要な土蔵の建設時期等の指摘と、そうした切石のすき間からネズミが入らない原則だが、ネズミが床下から入ってしまった事例の紹介がありました。

 佐倉の小源さんは、下中津川には、かつて石屋が二軒あって、そのひとたちを「いしきり(石切)」と呼んでいた。石工とか石屋ではない。主に墓石を製造していた。
 
 先日のブログでも紹介しましたが、両原の兵吉さんからは、江戸時代の高遠石工が作った鳥居がある両原の八幡神社は、社殿は越後の間瀬大工が作ったと記録が残っている。
 
 佐倉の政之さんは、佐倉の諏訪神社の石段は、川向にあったものを移したため少しゆがんでいる。幸平教育長によると佐倉は3つの神社の資材をあつめて移転している、と。
 
 また会場の数名の方から、佐倉観音寺境内の石灯籠(常夜塔)が高遠石工作とは知らなかった。かつてはきちんとした形状であったが、いつの冬か雪囲いをしない年があって、たぶん上部の笠石が破損して現在のような形状になったのだろう、ということ。もう少し、総合的な調査(寺内)も必要、、、という意見も。
 
■ さて、講座前に、会場で、奈良布の猪股良雄さんから聞いた話で、今回資料配付に「カシャネコ」の話があるが、俺の聞いた話と違う、という。

 大岐の寅さん(一夫さんの父)に聞いた、として、

 カシャネコは、奈良布のカラネコの松そね、松はそこにしかないから、松ヤニを背中に押しつけて塗って、そして岩下の川の砂場でころがって、その松ヤニに砂を付けた。そうすると鉄砲で撃たれても弾ははね返す、、、、岩山では暮らすのにちっと小さいということで、山を伝わってシンザクラ(志津倉山)に住み着いた、という。
 
 以前、三島町間方の人に会ったとき、おらほうにもカシャネコはいるから、その大岐のカシャネコは間方の猫の子分になったんだべ、と言われた。

 (※『柳津町誌』の集落編に、昭和村の奈良布はからむし、奈良からの布ということで古代に開けた場所だという記述があるが、誤り。楢布原という草刈り場で、『新編会津風土記』にも記載されている。戦後開拓時に楢を奈良に改名して奈良布とした)


■昭和村にはすでに指定文化財の5点の高遠石工の石造物があるが、以下が新しく確認されたもの。

20110724
昭和村佐倉観音寺境内の常夜燈。台席の左側に 「高遠 石子、、、」とある。

1816年 文化13年 


両原の八幡神社の石鳥居も「高遠 石子、、、」との表記。石工というものも村内にはある。

 
20110724_2

上部が破損
 
 
20110724_3
昭和村野尻中向の愛宕山石灯籠

1809年(1811年?)(文化6(8?)年) 信州石工
 
20110724rimg0004
右より
施主
菊地卯兵衛
菊地為?右衛門
□□□□□

村中寄進
文化六?   □天
信州石工□□□、、、、

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