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2015年3月31日 (火)

除雪の2 会津学7号配布

■2015年3月31日(火) 晴れ


 朝、南郷の月田農園の禮次郎さん宅を訪問し、『会津学7号』をお渡ししました。お世話になっていろいろ教えていただいて、また同地の古老も紹介いただきました。話をうかがった徳郎さんはお亡くなりになったとうかがいました。いつも研いで光るナタを腰に下げていたそうです。

 伊南古町の教委にも会津学を届け、駒止峠、船鼻峠と抜け帰宅。

 

 ひるまえ、午後は除雪作業の継続(かすみ草圃場)。

 明日は雨。明日の除雪は休み。
 
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土蔵の屋根の崩落
 
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母屋、土蔵の屋根の塗装が終わる
 
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月田さん宅で見た「ムジリ」。栃木産の竹で編むサンショウ取り用。
 
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刺突具

サンショウウオの頭をこれで刺す

2015年3月30日 (月)

各所訪問

■2015年3月30日(月) 曇り 晴れ


 昨夜は雨でしたが、午前には晴れました。

 午前中、東邦銀行の川口支店を訪問し、支店長と懇談しました。昭和花き研究会の解散、販売会社の休眠等について説明をし、これまでの御礼を申し上げました。
 
 昭和村役場、農協昭和総合支店を訪問しました。

 
 午後は、旧田島町糸沢の奥会津博物館を訪問。調査員の渡部康人さんと午後4時まで懇談しました。夏に奥会津地域の縄文展を行うということで、昭和村の縄文遺跡等の資料等についてお伝えしました。
 
 
■ 会津みどり農協・昭和総合支店からファクスがありました。
平成27年4月9日(木)午前10時より、かすみ草専門部会の平成26年度総会(通知)です。野尻中向のしらかば会館で開催されます。

 
■ 3月31日(火)午前8時30分、旧・南郷村山口台の月田禮次郎さん宅を訪問します。その後・伊南古町の役場教委。帰り10時30分ころより、かすみ草圃場の除雪作業の継続。

2015年3月29日 (日)

かすみ草栽培圃場の除雪をはじめました(大岐)

■2015年3月29日(日)晴れのち曇り


 
積雪150cm、まず50cmを掘り下げる、除雪。
 
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昔のパンフレット、2000年前から
 
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小野川の五本松    昔の昭和村のパンフレット1968年
 
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会津学 7号(最終号)

■ 『会津学 vol.7』 256ページ、2015年3月15日発行、会津学研究会:奥会津書房編(福島県大沼郡三島町宮下中乙田979)1543円
 
佐久間庄司 「時の狭間 会津若松市」巻頭グラビア
竹島善一×佐々木長生 「写真を読む 昭和50年代の奥会津」
災害の記憶「新潟福島豪雨災害」(2011年7月末)
鈴木克彦 「只見町の記録」
川口高校3年生「金山町の記録」
小林昭二 「紙芝居で伝える文政4年(1821)の大地震」(金山町沼沢湖を震源、2011年制作・2014年夏川口高校)
渡部サクヨ(渡部和編)「野菜帖 平成24年 85歳~86歳当時」
渡辺紀子「会津物語から見えたもの」(朝日新聞福島県版連載)
田沼隆之「金山町大字山入字山中集落の終焉に立ち会って」
舟木由貴子「昭和村の花嫁行列」
河原田宗興・菅家博昭 「対談:からむしと麻」
佐々木長生 「金山町鮭立の民俗 奥会津の山人・岩渕太門氏(大正4年生)聞書」
長瀬谷百合子 「桶作り 喜多方市 菊地貞吉さん(大正15年生)」
遠藤由美子 「問わず語りメモ 金山町八町 押部明郎さん談(大正13年生)」
菅家博昭 (講演記録、渡辺和テープ起こし)「都市はムラに、村は歴史に学ぶ時代」(2014年8月25日、奥会津大学 柳津ふれあい館)
柳内壽彦 「奥会津の中世」(2014年12月10日 奥会津大学 柳津ふれあい館)
菅家博昭 「地域の調べ方」
菅 敬浩 「上達しない聞き書き」
菅家博昭 「備忘録:草が支えた社会」
遠藤由美子 「終刊によせて」
 
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■  「会津の文化力を問い直す」
 
会津はすでにして、静かに偉大である。
徳一を見よ。
古代に、この東北の地に仏教を花開かせた徳一は、なぜ会津を選んだのか。
司馬遼太郎に耳を傾けよ。
近世の会津は、数本の指に数えられる文化と教育の藩であった、そう、くりかえし語られたのではなかったか。
会津農書、藤樹学、自由民権運動、美術倶楽部を、この喜多方は生んだのではなかったか。 だから、いまこそ、静かに、会津の文化力を取り戻さねばならない。(赤坂憲雄)
 
パネリスト:赤坂憲雄氏(福島県立博物館館長)
       五阿弥宏安氏(福島民友新聞社社長)
       五十嵐源市氏(磐梯町町長)
       菅家博昭 (会津学研究会代表)
日   時:4月24日(金)18:00~
場   所:大和川酒造北方風土館(喜多方市)
参 加 費:無料
懇親会費:3000円
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■ 4月5日午後、只見町にてシンポジウム 「太陽の女性」たちが語り合う
 只見町から日本と地球を見据えたエネルギー未来 (事前申込が必要) → 会津電力等主催
 
 
 星野恵美子 (水土里ネット那須野ヶ原 参事)
 河口真理子 (一般社団法人 社会的責任フォーラム 代表理事)
 石橋あすか (只見町町議会議員)
 井上保子  (非営利株式会社 宝塚すみれ発電 代表取締役)
 遠藤由美子 (会津電力株式会社 監査役)
 佐藤彌右衛門(会津電力株式会社 代表取締役)
 進行役:飯田哲也(認定NPO法人環境エネルギー政策研究所 所長) 
 

2015年3月28日 (土)

三島町の間方 magata の タネゲェシ(種返し)

■2015年3月28日(土)晴れ


 午前9時、三島町宮下の町民センター前駐車場で、鈴木克彦先生と待ち合わせ、大谷川沿いに道路を遡上し大谷、浅岐、から間方へ。
 午前9時30分から12時20分に1軒で話をうかがい、13時より16時まで2軒目で話をうかがう。その後、只見川を渡り名入の「山びこ」で、担当者と今後の打ち合わせ。17時解散。

 春の陽気でした。


  帰宅後、今日の初出言語の調査。

 「タネゲェシ(種返し)」自家採取種を蒔くこと。

 会津出身の増田昭子『種子は万人のもの、在来作物を受け継ぐ人々』(農文協、2013年)にて再検出を試みていますが、、、、無いようです。

 ネット検索では、借りた種を返す、という意味のものはヒットしますが、

 かなりの深い思想性を感じる言葉「タネゲェシ」。種を大地(畑)に返す。カノ(焼畑)や畑での用語。穀類、豆類、野菜。

 「ノラヤマ」(野良山)という表現。カノに桑を植えたような場所。「養蚕(ようさん)を飼う」という表現も。


■ 明日(29日)は、昭和村大岐のかすみ草ハウス建て場所の除雪作業の予定。

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トチモチ
 
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ウド
 

2015年3月27日 (金)

いよいよ春らしさ

■2015年3月27日(金) 晴れ

 
 今日は終日、昭和村でした。

 午前は、予約していた下中津川の製炭技術指導員をされて奥会津を巡回されていたHさん(昭和2年生)。詳しく話をうかがいました。

 午後は、下中津川1件、野尻の1件、中向2件で話をうかがい、役場・農協・郵便局等を訪問。

 
 
■ 晴天で春らしい一日でした。
 
■ 28日(土)は午前9時宮下集合で、鈴木克彦さんと間方の調査(終日)。

 
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シンサイ  ジツ資料の保存

■2015年3月27日(金)

 
 本日の午前は、下中津川新田の佐藤平喜さんを訪ね、奥会津(特に間方・浅岐)での炭焼き指導員時代の話を教えていただきます。26日の夜に電話で依頼しました。浅岐・間方の戦後の炭焼きの話を聞いていると昭和村から来た指導員に教わった、という話がよく出てきます。
 
 
■3月26日(木)午後1時30分~3時。会津若松市城東町の福島県立博物館の木曜の広場(無料講座)を聴講しました。

博物館の未来:ふくしま震災遺産保全プロジェクト、震災をどう未来に伝えるのか?という内容で、学芸員2名(高橋満氏、内山大介氏)が報告し、赤坂憲雄館長と話すという構成でした。3回目の最終。

 震災「じつ(実)」資料という言葉と、原発被害の表現(放射能汚染は数字の恐怖しか伝えられていない、工夫が必要)が鍵でした。
 
 
 
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水害及び震災の記憶を消滅させずに、
貴重な体験として次世代に伝え、
学習・研究などの地域振興のために
有効に活用する。(新潟県長岡市復興計画)
 
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開催されなかった催事のポスター
 
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高橋満氏

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ベジタブル・ファースト運動
 
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会津只見史談会
 
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デブリ
 
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滝ダム 水位低下へ
電源開発が豪雨対策 只見川の砂除去も
 
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会津学 7号


CD

■ 背景に伝統音楽を少し入れた現代音楽(歌無し)インスツルメント。


 
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デンパサール(ングラ・ライ)空港で購入したCD。8USドル。
日本円は島内の大きな土産物店では、通用しましたが、
ドル紙幣は6年(1996)記載は受取拒否(飲食店等)。
私の紙幣は2006年でしたが、6のため拒否。

空港のヴィザ査証代金等は同じドルで受理されています。

 
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成田空港から託送したスーツケースが届いた。
 

2015年3月25日 (水)

2014アワードのGA(ガルーダ航空) 1471枚

■2015年3月25日(水) 曇り


 深夜 0時50分頃、離陸し、安定飛行で午前8時すぎに成田空港に着陸しました。ガルーダ機内には、2014年のアワード(受賞)のPRのTV画面(液晶画面)に客室乗務員4人が映されている。往復とも新調された機体777を使用。空席は多い。日本とインドネシア・デンパサールは成田・羽田・関空を結ぶが、羽田が日中のフライト(デンパサール15時発23時着)でたぶんこれが混んでいるのだろう。

 京成線で上野駅下車、上野公園の桜を少し見て、JR東北新幹線で郡山駅に正午着。駐車場より自動車で会津へ。時折小雨、小雪が舞う猪苗代を経過。新雪が10~20cm昨日に降ったが道路には無い。

 撮影した写真は 1471枚。たぶん同型の4台目となる、スライドシャッターフードでレンズ部が出ないハンディカメラDSCTX20は予備バッテリー3台を使用(バッテリー1個で1枚2MB撮が400枚ほど)。欧州での花の展示会などでは1万枚を撮影する。
 
 HX30Vで152枚(印刷可能な記録 5MB)。
 
 
■ 帰宅すると『会津学7号』が来ていた。
 夜に奥会津書房の遠藤さんから電話があり、4月24日(金)18時より喜多方市寺町の大和川北方風土館で「会津の文化力を問いなおす 徳一から、司馬遼太郎へ」が行われる。奥会津書房主催。
 
 

 赤坂憲雄さんらによるパネルディスカッション。 

■三島町の川合さんから、金山町の五ノ井氏蔵資料について連絡メールがありました。浅岐村と沼沢村の山論(境界論争)の文書。『金山町史』で存在が示されているので、調査をお願いしていたものを探し出していただいた。
 


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ジャワクマタカ
 
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ガルーダ
 
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2014

 
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2013
 
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777-300ER
 
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昭和村にかすみ草生産団体が創設された1984年
 
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成田空港 第一ターミナル

 
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上野公園
 
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シャクヤク(ピオニー)を持つ
 
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切符の自動改札機 
 
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2015年3月24日 (火)

余録

■3月24日 余録

 水田は年に2回から3回作付け・収穫が行われることから、水路からの用水は一斉取水ではなく、分散型である。その内部調整のためにスバック水利団体が必要となっている。
 
 
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1本の竹を4つに割る
 

晴れ 33度

■3月24日(火)晴れ


 帰り支度。スーツケースに荷をまとめる。20時チェックアウトし、21時すぎにピックアップしてもらい空港へ。


ーーーーー

 
 今朝のブレックファストはレストランに行く。午前8時、客はいない。みな、ほとんどがルームサービスで朝食をしている。
 
 音楽について店員に訪ねると、CDではなく、iPod(アイポッド、アップル社)でダウンロードした音楽を流しているのだ、という。演奏者名とアルバムタイトルを教えてくれるように頼んだ。

 室内にもiPod用のスピーカー拡声器が備えている。

 テレビはNHKの著作権のあるものだけを見ることができる。ニュース、スポーツは一部のみ、相撲は完全中継。日本より1時間遅い(時差)。
 
 昼ご飯をたべに市内道路を片道3kmほど歩いた。バイク(50ccは無く、100cc以上)が多いし、自動車も多い。流しの、青いタクシーは必ず2回クラクションを鳴らし乗車をよびかける。帰国するのでスーパーマーケットに入って少しモノを買う。コンビニは多い。

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ウオーターメロン・ジュース
 
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ココナツ
 
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オープンカフェ。イヌとネコが入ってくる。
 
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水田
 
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白と黒のチェックは宗教的絵柄
 
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火山島

■3月24日(火)晴れ


 昨夜から今朝、大量の羽アリが室内に入ってきました。

 夜に旅行会社が空港行きバスで迎えに来ます。

 25日深夜零時に出発し、朝に成田に着く予定です。

 昨日(23日)は、島内北部のバトール山を見てきました。
 
 
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運転手、ガイド付きの自動車にて2時間。
黒いところは噴火の跡
 
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 ペネロカンの食堂
 

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スパイダーリリーの装飾
 
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生きているイヌ。日陰で休息中。なぜか左側を下に。

 
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水田のカミ   いたるところにある

 
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2012年世界遺産登録。

バリ州の文化的景観

トリヒタカラナ哲学のあらわれとしてのスバック(水利団体)体系


カミと人と自然の調和。トリヒタカラナ。

1966年にバリ・ヒンドウー教の改革運動で用いた概念。

水田の生態系が失われつつある。

『地球の歩き方 D26 バリ島』(ダイヤモンド社、2014年3月改訂21版)で、南山大学教授の吉田竹也氏は33ページで、
 
バリの水田は1985年から2004年までの20年間で、17,000ヘクタール(全体の15%)が消失、近年は、毎年1,000ヘクタール以上(5%)ずつ減少していると指摘する現地学者もいる、としている。

 

2015年3月22日 (日)

雷雨

■22日午後3~5時は雷雨。

 明日は、島内視察へ。

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魔除け

 

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39℃

■午後2時過ぎより雷鳴、風出て曇る。3時から2時間、強い雷雨に。

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  水田 稲刈り間近
 
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田植え前の水田。右手中央奥に苗代がある。
 
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生花店
 
 
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 39.2℃
 
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日曜の朝、29度

■ 日曜の朝 6時30分から8時

電子メールで『会津学7号(最終巻)』が印刷終えてできあがったことを知る。

奥会津博物館の渡部康人さんから電話があり、企画展の縄文遺跡の昭和村分の編年(位置づけ)について紹介があり、帰国後に対応する。
 
三島町の川合さんからメールで、近世資料の翻刻が進んでいることの連絡。

 
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焼き鳥の煙

 
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竹富島のように、朝はみな、路地の道を掃き掃除している
 
 
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    供え物、線香1本
 
 
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不揃いのピーナツを見て、日本のピーナツ(中国産)の手間を知る。

 
 
 
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架線の多さ
 
 
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歩道
 
 
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植物フェンス ガマ類
 
 
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金属製ワイヤーに竹を編む

植物造園施工の技術は高い
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電気を消す

■ 電気を消す。そのように。昨夜は部屋から光りが漏れていると宿の管理人が2名で入室して電気のスイッチを切りました。祭り後の外出禁止日は夜は光をつけてはいけないのです。

■ 午前2時すぎに雨、遠くで雷光。今朝は夜明けを待ち、街路散策に出ます。日中は陽光が強く、太陽が低い位置にあるうちにと思っています。


 午前3時ころ、イヌが鳴きましたが、30分ほどで静かになり、4時でもまだ明るくなりません。


 → 会津地方は、雪の予報、、、、


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昨日の宿の昼のレストランは客は私たちだけでした。新聞より

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宿は白人しかいません。白人はオーストラリアからが多いのでしょう。オン・デマンド新聞(当地プリント、製本)。

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午後3時すぎから、雲は積乱雲に。

 

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2015年3月21日 (土)

クワイアット、静かで、盛夏な一日

■テレビ放送チャネルもすべて休みです。宿のレストラン・カフェも18時で終了のため、夕食はルームサービスを。30度。


 グレゴリー・スミッツ・渡辺美季訳『琉球王国の自画像』は夕方までに全279ページ読了。


 ライシャワー・田村完誓訳『円仁 唐代中国への旅 『入唐求法巡礼行記』の研究』(講談社学術文庫)を読み始める。全480ページ。1963年に初版、1984年、1999年文庫版の13刷。

 

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おそなえ(供物) チャナン

 

 
 
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誰も通らない道

 
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湿度あり、30℃

■2015年3月21日


 3月20日、成田空港T1Nwingを1050発のGA881(B777)に搭乗。7時間余で赤道を越え空路インドネシア着。時差は-1時間。
 
 現地時間は夕暮れ、空港の入国審査前のゲートで35ドルで滞在ビザvisaを購入し入国。その後、スーツケースを回転台から受け取り、さらに自分のすべての荷物をレントゲン透視装置に入れてから、税関ゲートを通過し、18時に空港外へ。
 
 手配された旅行会社が準備した乗用車で40分、宿に。市内はタウール・クサンガ(ニュピ前日)、悪霊を追い払う儀式。
 そのため21日はニュピ当日で、すべての外出は禁止。本を読むには最適な環境です。


 
 航空機から出た瞬間、空港内は、高湿、30℃の高温。宿も同じ。夕食会場の小さな食堂では、アコースティックライブが行われていました。
 
 夜はかなりまとまった雨が降り、現地時間の3時ころに止みました。
 
 
■wifiが使えます。速度は遅いのですが、インターネットに接続。
 

■岩崎雅典監督 → ふくしまいきものの記録
 
 → 

 
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現地空港
 
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背の高い樹
 
 
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滞在査証(ビザ)を取得しないと入国できない。
35ドル。

 
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 ジャワクマタカ
 
 
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2015年3月20日 (金)

只見町塩ノ岐

■新幹線、電車移動中に読んだのは、


井上真、宮内泰介編 『コモンズの社会学 森・川・海の資源共同管理を考える』(新曜社、2001年)。

 
 農学博士の田村早苗「山村の暮らしから考える森と人の関係 雪国における森林利用とその変容」は、福島県南会津郡只見町の塩ノ岐の調査事例。


 
■通常読めない本を今回の出張では持参しました。5冊。調査方法の開発や、まとめかた、表現・伝え方のために必要と思われるものを、考えながら読むための本です。

 前掲書はゼンマイ採り、養蚕など、間方・浅岐等と生業構成が似ている場所です。
 
 
 今日からはグレゴリー・スミッツ著、渡辺美季訳『琉球王国の自画像 近世沖縄思想史』(ぺりかん社、2011年)を読みます。
 その土地の人の記録、、、、4人の評伝的な記述により、広い視野から記述しています。人の人生を通じて社会変化への生業の対応を見ることで、地域の変化が伝わりやすくなります。そして無名な人々ではなく、具体的な人々の記述が新しい集落誌には必要と考えています。記述スタイルの議論は今後行われると思います。


 
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時間、貸します

■2015年3月20日(金) 



 19日は雨。福島県内、郡山からJR新幹線。都内も雨でした。

 上野駅から秋葉原駅まで歩きましたが、御徒町駅と秋葉原駅間のガード下にできたクラフトのショップ街 2k540 を見ました。大阪堺の手ぬぐい染め にじゆら を見ました。540mのガード下街路に50店ほどあります。ただ地価(家賃)が高いのか、数店入れ替えがすでに行われていました。
 
 
 午後1時30分より 花き日持ち性向上対策実証事業の第5回検討会に出席しました。品質管理認証については91件の申請があり、3月中の審査と、次年度の審査分が確定しました。
 3月16日、17日に私が担当した分の審査表と結果については、事務局に提出しました。
 
 4時30分からJR市ヶ谷駅2階のイタリア食堂で会費制会食。2時間。
 花き研究所の市村一雄先生、宇田明先生、jfmaの小川孔輔先生。
 海下さん、樋口さん、宮西さん、、、、、、ほか皆さん。

  今回、松島さんにはたいへんお世話になりました。
 

 
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JR郡山駅西口
 
 
 
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おやまぼくちのつなぎのそば。ごんぼっぱ。
 
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東北新幹線の車中誌。北陸新幹線開業。石灯籠の冬囲い。
 
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JR上野駅
 
 
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タグ。彼岸のパネル
 
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伝える情報がコンパクトにわかる完成型
 
 
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ラナンキュラスの新しい販売方法 
 
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にじゆら
 
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いとまきの木製管。
かつて大岐の川谷で製造されていた。戦前。
 
 
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JR市ヶ谷駅
つりぼり


 
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名港FB花市場の橋本さん(右)。認証状を授与する市村先生。
 
 
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JR総武線車両の広告

2015年3月19日 (木)

彼岸のいり、ホトケオガミ(仏拝)。おえ草履

■2015年3月19日(木)雨


 本日より上京、出張不在。

 3月18日は夕方より雨。午後、昭和村の小中津川、下中津川の親戚宅のホトケオガミ。彼岸のイリで行き来が多い。

 野尻の佐藤庄市さん宅を訪問し先に聞いた地名地図の補正をしました。

 父・清一は大岐の家(母屋)の屋根の西側(裏側)のペンキ塗り。夕方に奈良布(もとは楢布原という原野で、奈良から伝わったからむしの布ではない)、小野川の親戚宅のホトケオガミ。
 
 
■ 3月18日の19時から21時30分、三番山下で、哲学者の鞍田崇さん(明治大)の進行による中沢新一さん、石倉敏明さん、成瀬正憲さんの座談が行われました。40名。


 
 日本の民芸運動、生活工芸運動と、現代の課題を「生活工芸と自然」という背景へのまなざしについての座談。山形の成瀬さんは「おえ(カヤツリグサ科のフトイ)」を利用した草履(ぞうり)について興味深い話題を提供されました。

 
 後半、中沢新一さんは、「民芸運動にかかわった人々の言葉の危うさ」を指摘。「鞍田さんは言葉を作ること、言葉を発明することが仕事」なので「うすっぺら」などという言葉の使用には注意が必要ではないか?と指摘。

 現代の哲学者の仕事の質が求められていることが明確になった座談会でした。




 → 成瀬さん


 
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オエの草履
 
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三番山下2階
 
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鞍田氏、石倉氏、中沢氏、成瀬氏

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近世の野尻 中央に制札場が見える(郷頭宅前)

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龍峯
 
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下中津川
 
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つむぎ



 

 

2015年3月18日 (水)

晴れ 春

■2015年3月18日(水) 晴れ


 昨日は、日持ち現地審査。金山普及所岩沢正浩さん立ち会い。

 
 
 本日の午前は昭和村。

 夕方より会津若松市の三番山下の催事(鞍田崇・中沢新一等)
 
 19日(木)上京、26日まで出張不在。

 19日(木)13時30分 都内市ヶ谷。平成26年度花き日持ち性向上対策事業実証事業の第5回検討会(16時まで)。年度の最終回。





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大岐 3月17日 屋根のペンキ塗り

 
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柳津・昭和の境の沢

 
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2015年3月17日 (火)

会津藩士 山内俊温の調査

■2015年3月17日(火)晴れ

 → マーケティングは顧客創造 JFMAセミナー


 本日は、昭和村。品質管理認証の審査。
 
  18日の夜は会津若松、三番山下の「生活工芸」と自然 中沢新一 × 石倉敏明 × 成瀬正憲 × 鞍田崇。立ち見入れ満席40名とか。
 
 
■ 山内俊温が蝦夷地警備のため藩の密命を受け、越後・佐渡両国の海岸警備を視察した時の行程や見聞を記したもの。『越佐行程記』(只見町の長谷部家文書(その2)74号。 33歳の俊温は僅か2名のお供を連れ、文化5年5月17日に叶津村を出立し、八十里越を通って越後国に入り、新潟・寺泊・出雲崎などの海岸部を視察している。→ 福島県歴史資料館 

 
■『福島県歴史資料館 研究紀要 第1号』(1979年3月)の誉田宏「諸国巡見使の研究 ~ 奥羽松前派遣巡見使を中心に」

 1713(正徳3)年 6月11日、御料巡見使が布沢から中津川迄行き、松山昼、川口泊。12日に名入昼、上ノ湯泊し、13日は上ノ湯逗留。その後冑で昼、北村泊。大庄屋、割元、惣代等の廃止命より郷頭が出ていない。

 
 1716(正徳6)年 3月15日に巡見使は松山村(昭和村松山)に泊まり、大谷組に向かった。通称「五左衛門目安」。本名五左衛門願書の写しとして、天保8)年に小中津川村の蓬莱亭安則が写したもの。15日の朝に、喰丸村覚右衛門が「正徳六年三月 乍恐書付ヲ以御訴訟 奥州会津郡野尻組八ヶ村百姓」を提出した。8カ村28名の百姓代の連名である。
 野尻組は9カ村あり、大芦村は入っていない。


 1717(享保2)年 滝谷組郷頭山ノ内吉右衛門が、会津藩預り支配を希望する訴状を提出。

2015年3月16日 (月)

税務申告日

■2015年3月16日(月)晴れ


 本日が税務申告の最終日。今日の午前にはまとめて提出する予定。
   → 午後2時30分に提出

 明日は昭和村→ 午後1時、JA(日持ち認証審査)。

 
 
 
■郡山駅15日。駅周囲の有料駐車場は満車でした。

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旅する花屋 猪苗代 はじまりの美術館
 
 
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ミモザ
 
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2015年3月15日 (日)

希望の重さ(秋田県出身の小川孔輔先生)

■ 「希望の重さ」  名文です。JFMA会長  → 小川孔輔先生のコラム



 
 
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私の机。間方の調査記録のまとめ。

三島町 角田ツヤ子さんのモワダ(しなのき)樹皮の細工 受賞

■2015年3月15日(日) 晴れ


 本日は確定申告書作成。午後は郡山駅。


 今朝の福島県内の新聞では、
 三島町で開催している第14回 全国編み組み工芸展で角田ツヤ子さんが受賞との記事。モワダ(シナの木)を利用したもの。


 → 編み組み展
 


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3月14日の昭和村公民館での上映会
 
 
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只見川ダム水害
 
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修羅(シュラ)による材木搬出、、、、ダイジンゴウ様の御札

■2015年3月15日(日)


 未明より昨日の午前のフィールドワークのまとめ。

 他所での調査後、その内容を、父・清一(せいいち)に話して、大岐のかつての様子との比較をしています。

 今回、シュラ(修羅)という材木の搬出方法が出てきたので、14日の夕方に父に聞いてみました。「シラを架けて出す」(水を流す)。

  → 修羅   →修羅2


 大岐でもシュラによる搬出があったが、それは「砂子原(柳津町西山地区)ていが伐って出した」という。ていは達・衆という意味。
 カアタニ(川谷)の山を買ったとき、それを伐ったときに我が家を含む三軒分の木を出すときに樋状に皮向いた丸太を縦に並べて、その上を材木をすべらせた。


 赤目(白炭)のヒガマ(日窯)は8貫目2俵くらい出る。
 トメガマ(黒炭)

 棺桶に入れる杖(つえ)は「ノデッポー」(ヌルデ、ヌルデッポウ、ふしのき)。無いときはウツギ。
 
 アカゼンマイが良い。綿の黒いタツもある。

 また喰丸峠のダンザア(壇の沢)は、中向の春日神社のタユウサマの土地で、その左の本沢の木にコクワ(つる)があって、夜明け前の「くらいうちに」そこの近くに隠れてヤマドリが来るのを待つ。昔のトヤマチというやりかた。

 明るくなるとすぐヤマドリはコクワの実を食べに飛んでくる。
 遠くから飛んできたヤマドリはいったん樹下の雪上に着地してから、樹冠に飛び上がる。
 ちかま(近く)にいたヤマドリは直接、樹冠のコクワに向かう。 
 
 
 前坪山は、おらほう(大岐)では「ネコナキ」(猫啼)と呼ぶところではないかな?

 
■ 今日の父の話を、詳細について書いておきます。


 昭和二十六年(一九五一)五月三日、大岐の父・清一は十八歳で消防団に入ったばかりだったそうです。大岐の高畠の南のシモワンナ沢で村の人々10人ほどと春木山(薪伐)をしていたところ、空の異変(煙)に気づいて、春雄あんにゃと雪の残るクイナ山の尾根・シカブチまで登ってみたところ佐倉と喰丸の間にある大仏山から煙が見えたそうです。「山火事だ」と思ったようです。雪の尾根にはコブシの花が咲いていたそうです。

 父は集団で木伐り、木割りをしたのはこのときがはじめてくらいの時で、「イイワリ」という技法を教わったそうです。ノコギリで切り倒したコナラ・ミズナラ等の木を3尺ほどに玉切りして、それを割ります。一人でヨキ(斧)で割り、ヤ(矢、木製と鉄製がある)を入れ、割っていきます。これだと時間がかかるそうです。

 この時の技法は、木の両端から二人でヨキで交互に割っていくのでヤを入れる時間を省くことができます。
 
 若くはじめてだったので、いちばん「トシタカ(年令が上)」の「じあんにゃ」(利道)が付いて教わりながら二人でやったそうです。じあんにゃは見沢の木地挽きで、戦後に楢布開墾(地名改称して奈良布)に出て、当時、ワンナ沢でカタブチをしていました。

 共同作業での春木山(はるっきやま)は「モウシキ(燃やす木)」にする薪を雪上伐採・搬出し割り乾燥させ秋以降に使用するものです。1軒毎ミタナ(3棚)分を用意しました。3尺ほどの長さの割り木を積みます。高さ1間(けん、180cm)で長さが1間で1棚。

 炭焼きの場合は、高さは3尺(90cm)、長さが6尺で1棚。

 夕方、その日の作業を終えて、皆で歩いて村に戻るときに、まだ高畠は雪があって、その雪の上に「燃えた大神宮様の御札」「燃えた屋根のアサガラ」などが落ちていて、はじめて住宅火災だと思ったようです。
 

 夜七時のラジオで下中津川が大火であるというニュースを聞いて、火事は下中津川だと知って、大岐の消防団員はすぐに雪の柳沢峠を越えて小中津川の上田に行くと、下中津川集落は真っ赤に燃えており、残された土蔵でも、そのなかに火が入ったところを消したりしたそうです。いまの昭和村公民館の南隣付近の麹屋などの土蔵の肩から火がなかに入ったといって消していたようです。屋根を載せる肩にはひびが入って透き間ができることがあり、そこから火がなかに入ることがあるようです。

 父・清一は消防団に入ったばかりだったそうです。三日間ほど柳沢峠を歩き、後片付けに通ったそうです。小野川に分団長がいて、大岐では万吉さん(敏章さんの父)が副団長でその指示で大岐の人は峠を越えたそうです。

 現在の柳沢出口のスナックひのき跡付近には薬師様のお堂が建っていて、それは焼けなかった。

 
 

  大岐では、昭和十七年(一九四二)四月十一日の宮下大火も山から確認しています。我が家の父・清一の叔父の福二(中国戦線で死亡)が、まだ応召前に大谷(三島町)の親戚と博士山に登山(堅雪渡り)しており、大谷の方向から煙が上がっているをみつけたので登山を中止してすぐに家に帰った、というものです。

 
■ 焼けた御札が落ちてきた場所に新社殿を建てたという伝承は、小中津川の気多神社にもあります。

 紙製の御札(おふだ。昔は薄い木の箱のもあった)は墨文字。

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ダイジンゴウ様の御札(現在のもの)
 
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三島町間方
 
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トチモチ。

アク抜きの木灰は、九州産を使用。  → 枕崎の カツオブシ
 
 
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トチモチ、ウド、あんこ、ハクサイ漬け
 
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■ → ハヤシラボ

 


■ 宮西さん 目揃(めぞろ)え、根揃え、、、、品質 → かすみ草の、雪の昭和村

2015年3月14日 (土)

北條浩『入会・入会権とローカルコモンズ』(御茶ノ水書房)

■2015年3月14日(土) 晴れ


 昨日に到着した北條浩『入会・入会権とローカルコモンズ』(2014年刊、御茶の水書房、7800円)を読み始める。

 午後、昭和村公民館の「歳時記の郷・奥会津シンポジウム」で、「ジヌよさらば」を観る。

 
 
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守り残された記録

■2015年3月14日(土)


 昨日も雪が続きました。

 会津若松から昭和村までの自動車の車中で、松島さんと今後の打ち合わせをしました。

 午前10時からは松島義幸さん、岩沢さん、金子さんの報告を聞きました。



 


 
 昼休み時間に、からむし織りの里での体験生の作品展示会を見ました。



 午後1時から90分、昭和村文化財保護審議会の現地調査で、下中津川の熊野神社前の本名信一さん宅を訪問しました。江戸時代後期からの文書類を7名で見ました。昭和26年5月3日に下中津川大火(公共10棟、民家113棟、非住宅54棟が焼失した)から護った土蔵で書類は残りました。母屋等は全焼しています。
 

 午後2時30分から5時まで昭和村公民館視聴覚室で保護審議会。喰丸小校舎保存等が話題となりました。

 14日の早朝、広報しょうわ5月号の原稿(下中津川大火)に差し替えることとし、原稿を新たに書きました。広報は毎月1日に発行されるので、5月3日が下中津川の「焼け日」という特別な日なので。4月号は佐々木松夕の記録にみるからむし、6月号はからむし根掘りと植えの記録としました。
 
 
■ 3月11日から続く大雪で開店休業 → 喜多方市山都町


 エルフバケツのニュース → jelfa ジェルファ(PDF)

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松島義幸さん、花の日持ち、鮮度等の認証を生産・流通・小売りへつなぐ。
 
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金子まきえさんの報告(かすみ草の加工)

 
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金山普及所 岩沢正浩さん
 
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からむし織りの里(佐倉) 15日まで

 
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下中津川新屋敷 本名信一さん宅 

 
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1788(天明八)年四月 松山村 佐々木幸助(のちの松夕)の絵図
幕府巡見使が野尻郷に来村の際に準備したもの。

上平ラ、宿ノ原、新田 の地名が見える

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荒屋敷、玉川、鎮守、寺、八幡、折橋
 
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大岐
 
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会津若松
 

2015年3月13日 (金)

雪続く

■2015年3月13日(金)


 この3日間で1mほどの降雪がありました。
 
 本日は、午前10時より昭和村公民館でかすみ草の学習会(岩沢氏、松島氏)。午前8時に松島氏を会津若松駅前の宿から昭和村に送ります。

 私は午後から同所で昭和村文化財保護審議会に出席。

 
■ 昨夜、松島氏を囲んで懇談会を開催。全国からの品質管理認証(花の日持ち性向上対策実証事業)の申請等について話をうかがいました。昨日は会津坂下町で会津みどり農協洋花部会の総会での記念講演をされましたが、90分ほど郡山から会津若松間の列車が雪で遅れたようです。19日は都内で最後の検討会があります。

 新鶴の菊地さんも来られたので、圃場の移転について話をうかがいました。数カ所に分散していたものを、新鶴から柳津につながる広域農道沿いに集約されるそうです。 → 高尾嶺農園
 
 

 
■ 2月下旬に福岡・広島・姫路・名古屋の昭和花き研究会取引先市場に引き継ぎ出荷について、ご挨拶にいかれた立川幸一さんからも話をうかがいました。全農福島の大阪駐在も同行されたそうです。
 この3日間の雪の対応は、たいへんだったそうです。北会津町等では10数棟(促成アスパラガス等)のビニルハウスが雪で倒壊したそうです。   → 立川さん

 
 
■昨日、ヲ(後作に越冬野菜)とからむしの輪作体系についてモデルを考えてみました。10枚の畑があれば養成畑2枚として循環のためには5枚の畑を収穫畑とすることができます。

 現代的な意義を考えてみれば、ヲの代わりになる作物をどのようにするのか?が問われています。
 ヲを栽培し収穫後、8月後半に越冬用野菜を播種するという1年の2毛作が基本体系であったわけです。
 
 また根は生育活性の高い状態での植え替え(経年劣化しない時期)をしていました。そして系統選抜です。


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2015年3月12日 (木)

作図

■2015年3月12日(木)雪


 三島町の聞き取り地名地図作図。

 7名の方に郵送してチェックしていただく。
 
 浅岐2名、間方4名、大谷1名(予備調査)。
 
 
■明日は会津若松から午前8時に、松島義幸さんを乗せ昭和村公民館へ。10時より講演会聴講。

 私は午後は村の文化財保護審議会(夕方まで)。

 14日(土)は午前9時、間方調査。
 
 洋子さんは13日の朝に列車で四国香川県善通寺市へ。14日の葬儀参列。
 
 
■ 27年前、1988年4月11日のノート。

 
 「じっき にしゃは なんでと聞くんだ。経験でわかっているが、説明できない」
 
 
 1909年(明治42年)生まれの祖母・トシ(当時79歳)の言葉だ。






広報しょうわ4月号、5月号の原稿

■2015年3月12日(木) 雪


 昨日は大雪で会津若松市内で51cmの新雪でした。テレビニュース(全国)でも放映されました。


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  → 会津の大雪
 
 
  →  昭和村も除雪  雪室への雪入れも近い
 
 

 夜、広報しょうわの原稿を二本書きました(各1200字)。アサとからむしの新資料紹介で、3月号は松山の絵師の佐々木松夕のアサとからむし。4月号は本名信一家文書から明治11年旧暦4月の青苧根掘、植えの記録です。

 

 今日は、松島義幸さんが来県され、会津坂下で講演されます。花の品質管理について。

 夕方 6時30分から、会津若松市内中央通りで、会津MPS連絡会を開催し、松島さんを囲んで懇談します(11名)。2時間。
 
 
■ 13日午前10時からは昭和村公民館で、松島さんの講演会です。午後は文化財保護審議会に私は出席します。
 
 14日(土)の午前は三島町間方調査の予定です。雪の具合で判断します。

 
■ 3月19日に上京(花の日持ち性向上対策実証事業検討会の最終回)。その後1週間は、出張不在の予定です。

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松山 於妻ヶ岳
 
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松山 佐々木松夕生家
 

2015年3月11日 (水)

ワサビと道の駅

■2015年3月11日(水) 雪

 ずっと、雪が降り続いています。
 
■父・清一(昭和7年生)に病院に送る車中で聞いた話。

 大岐の家並みの南手のシモワンナ沢には、ワサビがある。
 これは、かつての村人(故・勝四郎さん、当時大岐にいて今は奈良布の一郎さんら)が、博士沢の奥に自生していたものを、移植したものだ、という。
 
 シモワンナ沢の上流の右手(北)には「イシキリクボ(石切窪)」があり、高畠(クイナ山)の雪崩地と尾根を接している。イシキリクボから大岐の墓石、神社等の石段などは切りだし春の堅雪時にソリで曳(ひ)きだした。

 ワサビは、父も、山菜採りなどに行った際に、下流域に植え増やしている、という。
 
 山中の山菜類はこのように自生していないものを移植した事例もある。管理はしない。滝の上の沢へのイワナの放流も同じように人の手が加わっている事例も多い。
 

600年にこだわるより、からむしを1本1本刈り取る思想的背景の解明を

■2015年3月11日(水) 大雪です。


 
 今朝のNHKラジオニュース(全国版)で、会津若松市で、30cmの新雪、郡山の国道49号、中山峠で午前5時より、雪のため渋滞立ち往生の自動車50台以上と。只見線も午後より運転。

 会津盆地は新雪が50cmほど積もりました。
 風が強いので深浅がありますが、除雪が間に合っていません。
 今日も一日、60cm降る、という予報です。

 
■ 2014年7月、昭和村公民館で、最上苧(もがみそ:からむし)復活の経過を記録した映像をみる機会がありました。数十年ぶりの復活ですから、見聞きしていた地域の皆さんが刈り取る、という風景を見て、多くの気づきを得ました。
 
 
 約300年前の江戸時代中期からはじまった昭和村(野尻組)のからむし栽培(会津苧)は、途切れること無く継続しています。そうした意味が持つ意味はたいへん重要なことだと気づきました。
 昭和村のからむしは600年前と「村おこし的な古さのアピール」が続いていますが、その年数の根拠は何もありません。中世文書がほとんど残っていないのですから、またそのような伝承も無いなかの広告代理店による600年前という創作が、まかり通っています(1983年以降)。
 
 はたして現在の昭和村地域に600年前に人々が暮らしていたのでしょうか?
 
 
 からむしの価値は、確実に史実として300年ほど続いてきた価値が持つ意味を考えることをしなければ、わかりません。
 からむしの収穫は「1本1本、カマで伐ることが行われている」ということの現象の表現する意味の深さにこそ、文化的・社会的、そして経済的価値があったと思います。

 
 はるか古くから長い間、アサの栽培は、地域を超えて広く行われています。この収穫は奥会津では数本から十数本をまとめて抱え込んで引き抜くという作業により行われています。
 
 最上苧復活の映像は、からむしをまとめて刈り取る、、、、それは稲刈りのような印象です。アサの生産にもにた群としての植物をまとめて刈り取るものです。

 
 奥会津で使い続けてきたコウガイという穂摘み具は、熟した雑穀の実だけを刈り取る、適熟収穫の思想を持つ道具です。弥生時代の石包丁と同じ道具です。1本の幹から出た穂のなかの未熟な穂は後日に収穫します。一斉に根本から刈り取る、ということをしていません。
 
 1本1本刈り取るのは作業の外観で、実際には、出来上がる繊維品質にキズが無く良いもののみを見極めながら収穫することを意味しています。良い繊維になる植物だけを収穫していた時期があることを示唆するものです。
 
 今朝 未明に、徳永光俊『日本農法の水脈』(農文協、1996年)を読みました。江戸時代の農書や日記を分析した著者は、輪作体系(作りまわし)と、平準化(作りならし)という概念を摘出します。
 
 作物の立場から、その土を「すき」「いや(嫌い)」ということで見ることから「いやち」。連作を「作りかえし」と言っています。
 
 40頁で、「日本の多肥集約的な農法は、群れとして作物をながめるのではなく、1本1本の個体として作物を見舞う考え方を培ってきた」とし、
 「一人一人の いのちを大切にするように。日本列島で営まれてきた農耕の本質的な役割は、まさにここにあったのである」
 

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2015年3月10日 (火)

強風、吹雪の一日

■2015年3月10日(火) 吹雪


 
 本日は、朝6時30分に昭和村大岐出発で、父を乗せて会津若松市内の総合病院へ。昨日の雨で、家の前の滝谷川は雪どけ水(ゆきしろ)で増水。

 昼前より会津盆地も吹雪に、午後になり強風も加わる。
 
 農業ハウスの被害が心配です。
 
 
 昨日、今日と、病院の待合室等で、グレゴリー・スミッツ 渡辺美季訳『琉球王国の自画像 近世沖縄思想史』(ぺりかん社、2011年刊。4200円)を読む。
 
 『日本の歴史』の注に掲載されていた本。
 
 
■ 昭和村公民館で3月13日午前10時より、かすみ草勉強会、どなたでも参加できます。松島義幸さん講演。金山普及所岩沢正浩さん先進地産地報告 → 金山普及所


 
 
■ 時期により管理は異なる → 吹雪に(田島)  

 
 

 


■オーストラリアの自主的スーパー行動基準が発効する。行動基準はオーストラリア食料品産業カウンシル(AFGC)が開発したもので、スーパーなど大規模食品小売業者が市場支配力を利用して商品供給者・農民に不当な取引関係を強要する慣行を改善することを目的 (農業情報研究所より引用) → オーストラリアの行動基準 

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昭和村大岐、滝谷川 3月10日午前6時30分頃
 
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会津若松市内。雪は横から。
 
 
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2015年3月 9日 (月)

雨 ストライクを

■2015年3月9日(月)雨

 明日も午前・父の通院等。税務。
 
 → 花の扱いをていねいに  宇田明先生
 
 
■ 喰丸 渡辺文弘さん からむし講演 → 4月11日、首都
 
 
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2011.3.11okuma  →      2015-03-09aizuwakamatsu

雪どけ進む 猪苗代18間蔵 

■2015年3月9日(月)

 雪どけが進んでいます。
 今日は午前通院日(会津医療センター)。
 午後は、花会社残務の定期監査(会津若松市内)。
 明日は上京、JFMA理事会。
 
■12日夜6時30分の会合は 11名確定となりました。
「会津若松市中央2丁目13-28 電話:0242-24-5878 隠れ菴 忍家」
 
 
■昨日は、午前に佐々木松夕の調査をしてから、午後に、猪苗代の「はじまりの美術館」へ。18間蔵の1本通しの木材の偉容には感動しました。120年前のものを、そのまま再生したものです。
 
 18間とは33mです。

 どのようにして伐採し、運搬したのか?

 
 樹種はアカマツと言われていますが、ほんとうなのか?

 『新建築 2014年9月号』に記事が掲載されています。

 
 
 
 地震後 → 施工中 
 
 
  → 施行等企画 
 
 
 
 昨年夏に大岐、秋に大芦と、酒田の千葉菜穂子さんが来られたのが縁です。千葉さんの3つの作品が展示されています。
 
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18間蔵
 
 
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2015年3月 7日 (土)

出稿、2万字(400字50枚) からむし栽培

■2015年3月7日(土)


 昨夜から今朝4時まで5000字追加して、約2万字で、からむし保存協会の原稿を脱稿し、電子メール添付で送りました。A4版で印刷は15ページ分です。

 

2015年3月 6日 (金)

三島町の集落誌調査日

■2015年3月6日(金)晴れ


 午前、三島町西方。午後は三島町大谷。鈴木克彦先生と。終了後16時30分、名入の山びこで川合氏と打ち合わせ。
 
 春めいた一日でした。

 明日、7日は午前に松山の調査。
 
 
■ 会津MPS連絡会参加者 現在のところ8名(松島、湯田2,菅家2,立川2、マーボー)。


12日の夜に会津MPS連絡会、、、、、9日まで連絡を

■2015年3月6日(金)


 本日は早朝に昭和村。

 その後に三島町西方と大谷の個人宅を訪問し話をうかがいます(集落誌、聞き書き調査)。

 7日(土)の午前は昭和村松山で絵師・佐々木松夕(しょうせき)の調査。
 
 人事異動の季節になっています。
 
 
■ 3月5日は、からむし栽培の昭和村の事例について聞き書きを中心に13事例をまとめました。6日の未明までかかって1万4千字(400字詰め原稿用紙で35枚分)。A4版の横書き印刷で約10ページ分です。畑の立地環境、土質・土壌等です。
 
 
■ 3月10日(火)は上京しJFMA理事会等。

 
■ 3月12日(木)の夜6時30分より、会津若松市内の居酒屋にて会津MPS連絡会を開催します。希望者は9日(月)の正午までに、連絡を下さい。なお場所は未定です。10名前後を予定しています。
 

 東京より松島義幸さんが12日の午後に会津坂下、13日の午前に昭和村で講演されます。農水省の花の日持ち、品質認証のことについてです。
 

2015年3月 5日 (木)

29歳のノート、45歳のノート

■2015年3月5日(木)


 本日の午前、軽トラック(スバルサンバー、車検有効3月末)の車検のため、会津若松市内の自動車修理工場に行きます。ハガキが来ていて、必要な諸費用は34,610円(自賠責保険料26,370円、重量税6,600円、登録印紙代1,640円)、このほか整備代金がかかります。納税証明書と印鑑を持参。
 
 
 
■ 26年前、1989年2月8日に、昭和村大芦でからむし栽培について聞いたときのノートをずっと見ています。当時は29歳でした。
 
 当時、トヨタ財団から助成を受け「福島県昭和村における からむし生産の記録と研究 ~「からむし」を通してみた植物と人間の共生」(昭和村生活文化研究会編、1990年)のもととなったノートです。
 
 
 同じ事をずっと続けていますが、まだ、わかりません。 
 
 
■2005年1月11日に東京神田の三省堂で、福井勝義・秋道智彌・田中耕司編『講座 人間と環境 第3巻 自然と結ぶ ~「農」にみる多様性』(昭和堂、2000年)を購入し読みました。10年前、45歳でした。
 
 編者の田中耕司は、宇根豊(娘さんがからむし織り体験生で来村されたことがある。畦畔豊か?)の「土台技術」という言葉から、次のように言っています。
 
 農業を担(にな)うひとびとが、それぞれの「場(ば)」において 継承し築(きづ)きあげてきた、その「場」に根ざした技術や知恵である。
 
 要するに、農を営む人たちが自分自身の判断で自然と深くつきあうなかで身につけてきた技術といえるだろう。

 また、

 農業を家業として営んできた人たちは(略)

 その「地」に住みつづけようとする人が「在(あ)」るからこそ、農業が続いているだけだという、その主張は、在来農業の本質をつくる(在地)。


■ この本を買った10年前。この2005年1月10日(月)は雪。午前7時に自動車にて、会津若松を出てJR郡山駅から8時54分発の10両編成のやまびこ44号の自由席(2号車)に乗り(7460円)上京。車中では駅構内売店で購入したホットレモン(缶)+『日経MJ』新聞(計300円)を読みました。
 
 この日は、東急池上線御嶽山駅を降り、八百屋・安信屋の店頭を見ています。JFMAの小川孔輔先生が取り上げていたお店です。一日の来客数2000人、20坪のお店。客単価800~1000円。日販130万円。小分け袋詰めをするリパックが特徴で、売りにくいものを買いやすい方法で提供されていました。
 
 この日は、北青山に開店したアニベルセル表参道、南青山の風庵、カントリーハーベスト、ピッツなどの花の小売店を見ています。
 
 この日の夜は、六本木のビートルズライブハウス「キャヴァンクラブ」(現在は無い)。翌11日、午前は神田三省堂五階の農業書フロア、そこで本書を購入しました。午後はJFMAのセミナーが法政大であり出席しました。このときはじめて世田谷花きの宮西陽郎さん、輸入担当の福山伸一さんにお会いし名刺交換をしています(宮西さんは現在小田急フローリスト)。寒河江市の花泉の大泉高利さん。
 
 1月12日は東京6時4分始発のやまびこ41号の自由席車両の6号車18A席に座り、仙台駅下車。仙花(花市場)に向かいます。場内の6社の仲卸を訪問しました。当時のかすみ草品種はBF(ブリストルフェアリー)、NF(ニューフェイス)、雪ん子等でした。冬季間のかすみ草は、場内仲卸の大三商店ではBFを、場外仲卸の北流園芸ではNFを希望としていました。いずれも雪ん子は日持ちしない、という評価でした。
 
 1月13日はさらに新幹線で北上し盛岡市内。木村さんの案内で午前10時より量販店の花売り場を見ています。「新鮮・フェアプライス」という展開をはじめられていました。陳列量は50バケツありました。上段は60~65cmの草花の花束、下の段は50cmの花束で、下の段に草丈の短いものを陳列していました。かすみ草は1本398円でした。
 
 1月19日にはJELFAセミナーのため上京し、翌20日には青山フラワーマーケットを運営するパークコーポレーションが新しい業態店の「TAVA」(たば)の1号店である千歳烏山や、AFM仙川店などを見ています。

 

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3月3日の午後、大岐の岩山のシモユワ(下岩)がこける(雪崩)。
 

 
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JA会津みどり 大会
 
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駒啼瀬 桐畑
 
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3月3日午前の西山地熱の硫化水素ガス(排煙)、後背は博士山。
三島町滝谷の駒啼瀬より。
噴気はフィルタのある発電所のほか、外部よりも1本。
 
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琵琶首の志津倉山の北東麓。
 
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昭和村大岐 クイナ山 3日は前夜より降雪があった。
 

2015年3月 4日 (水)

雨のいちにち。地図製作。図書館。

■2015年3月4日(水)雨

 
 
 午前は、白地図に沢・尾根の着色作業。2006年4月のノートを紛失中。
 
 午後は、会津図書館。

 明日は、車検のための車移動。昭和村。
 
 
 
■ 訪ねた先で自分が生産するとしたならばどのように考えるか? → 視察とは、、、、 



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沢を水色、尾根(他色)を明確にする。

 
語り手(話者)が、判断しやすい地図は、「ソネ(尾根)はどれだ?」と
よく言われる。尾根を入れず、沢に彩色しただけが、読みやすいが、
調査時には、判断しやすいようにする。

 
すべての沢には呼び名(名前)が付いている。

すなわち、その集落の人々の、かつての行動圏を証明する。

 
沢や尾根を自分で彩色する作業は、
調査対象地域の地形を、
自分の頭で理解するために必要。

グーグルマップの人工衛星画像でも、それを確認する。
 
 
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2006年4月撮影 柳津町

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猿倉ヶ岳
 
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高森
 
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間方
 
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美女峠(野尻中向・間方)

■2015年3月4日(水)

 
 強風雨(雪)の夜でした。

 3月13日(金)の午前が、昭和村公民館で、昭和村花き振興協議会(部会)の花の学習会。MPSジャパンの松島義幸さんの講演(品質管理認証等)。
 
 同日の午後1時、昭和村文化財保護審議会(公民館で)。


■湯田さんの報告 → 名古屋・愛知県の花
 
 
■ 3月3日(火)はファーマーズカフェ大芦家の冬期講座の最終回でした。中向のペンション美女峠のオーナーの小林政一さんに野尻中向から間方に抜ける美女峠について話をうかがいました。地名等は野尻の佐藤庄市さん(大正12年生)が詳しいだろう、ということで、午後に一人で訪問し、夕方まで、土地・沢の呼び名等の話をうかがいました。むかし、間方の村の人々がゼンマイ採りで来た場所(行動圏)を教えてもらいました(和久入沢)。
 
 庄市さんは3月下旬になると92歳、奥様の信子さんは昭和2年生まれで87歳。

 
 冬道、美女峠を歩いて、宮下に菓子作りの粉を買いに行き、帰り道で、雪(行き倒れ)となった野尻の人の名前の付いた「しょうきち桜」という話をはじめて聞きました。

 また、峠ではない場所の尾根に山の神石祠がいくつもあることを教えていただきました。たぶん山仕事(山菜、きのこ、焼畑)で歩いた時代の峠に祀(まつ)ったものでしょう。カノカリ(焼畑)時代は、山中での夏の落雷がいちばん恐ろしく(こわく)、熊については全く意識をしなかったようです。
 
 焼畑のための出小屋を作り、そこで寝起きしたそうです。野尻の人たちは「庄市小屋」と呼んだそうですが、寝起きしていたその山小屋は、ある夏の落雷で、小屋が吹っ飛んだ(破壊された)そうです。偶然、小屋からは出ていたそうで命拾いしたそうです。
 
 カノ(焼畑)は何町歩もあり、年に小豆は10俵、粟(アワ)は20俵ほど採ったそうです。それを背負い急な斜面を越えて村まで持ち帰ったそうです。


■2007年5月22日に、故・小林三作さん(大正14年 野尻生)に話をうかがっていて(このときの一部は『会津学 3号』に「地域の調べ方」250ページ、2007年)、今回のハタ沢の地域のことも記載がありました。かつて、木地挽きがいたので「はた」と言われるようになったと思われます。


美女峠でトウサブロウが亡くなった。
 
ハタ、ウスクボ、キネ沢、モチガ沢
 
大芦のコウシがハタ沢でワントリ(木地挽き)をやっていた。
 
野尻にハタというところがあった。
 
ハタ沢からトチの実をひろった。
 
ハタの方に行くと、ケラツツキ、トチコロガシといってキツツキ(鳥)がいた。
 
和久入沢や、ハタのほうで、バンドリ撃ちをやった。
 
和久入沢には「古(ふる)山の神様」と、「山の神様」があった。玉梨分に越すところに石宮がある。
 
イワナも多くいた。
 
中向のカヤ刈り場は、デトユウ、ナカノユウ、オクノユウというところがあった。




 

 
■ 3月6日(金)午前9時30分、三島町西方の山垣光英さん宅を訪問予定。午後1時30分は大谷鳥海の五十嵐富一(よしいち)さん宅訪問予定です。

 3月7日(土)午前10時、昭和村松山の江戸時代の絵師・佐々木松夕(しょうせき)の調査で、小林政一さんの松山地内調査に随行します。


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■ 花の品質の日持ち → MPSジャパン


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野尻の佐藤庄市さんの奥さん信子(のぶこ)さんは、昭和2年、小中津川の生まれ(現在の昭和館)。信子さんが作った「ようかん」(3月3日午後)。

 
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ファーマーズカフェ大芦家講座のとき、外をタヌキ(野生)が歩く 


 
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奥会津書房のネコ。
『会津学第7号(最終号)』のゲラ(3月)。

2015年3月 3日 (火)

苧麻(ラミー)栽培法(昭和7年、栃木県農事試験場)

■2015年3月3日(火)

 
 今日は昭和村。
 
 午前9~13時、ファーマーズカフェ大芦家の冬期講座「奥会津のアサとからむしを考える」(第4回、最終日)。
 
 
■昨日、古書店(日本の古本屋)より『苧麻(ラミー)栽培法』(32ページ、栃木県農事試験場、昭和7年2月)が届きました。水戸のとらや書店で、2324円。


 
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2015年3月 2日 (月)

今日から三島町 間方 magata 地区の集落誌調査がはじまる

■2015年3月2日(月) 強風

 
 今日は大沼郡三島町の間方地区の調査。午後。集落集会所。全体調査。後に個別訪問での聞き取り調査になります。今週、この調査のための準備作業をしていました(文献、地図、地名調査)。次回は 6日。


 昨年末から浅岐地区を調査、現在も継続中。集落の皆さんの行動圏調査を地名調査を通して行っています。多少の時間がかかり、あらたな調査方法も開発しながら、これから間方地区も加わります。地区の財産(文化遺産)を共有するためにもグループ(集合しての聞き取り)での対話、継承の場として必要になります。調査は手段で、過去の当該地域の口承(文化)遺産を現住の皆さんに引き継ぐことが目的です。

 5月23日、24日に郡山市の放送大学福島学習センターで、地域文化論「ふくしまの暮らし・文化をつなぐ」を語る機会を得ており、これまで会津学研究会等で行ってきた「会津物語」等の地域調査の方法論、奥会津の基層文化等はそこでも報告する予定です。
 


 
■この奥会津の間方地区は山岳修験(志津倉山)が加わります。
 
 
 
■ 3月3日(火)は昭和村。午前9~13時 大芦家「講座最終日」田島黒沢新田村の細井家のアサ等の商い・流通。参加枠に若干名の空きがあるようです。問い合わせは今日の昼ころまで、大芦家へ。
 
 
■ 強風の朝、、、一日、強風のようです。

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3月2日写真掲載(20時)
 
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三島町浅岐 吹雪
 
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間方
 
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雪崩
 
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間方
 
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間方集会所
 
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県道153号 小林・会津宮下

 
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浅岐
 
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大谷 お寺
 


2015年3月 1日 (日)

愚公移山(ぐこういざん) 佐々木長生さん 

■2015年3月1日(日)雨


 会津若松市の福島県立博物館で、佐々木長生さんの講演を聴きました。
 学芸員として42年間。

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愚公移山。

 
 愚公山を移す(ぐこうやまをうつす)


 もともとは『列子』の中の伝説で、次のような話である。
 
 太行山・王屋山が、現在の位置にあるのは、愚公という老人が自宅近くのこの山を邪魔に思い、家族総出で山を崩し始めたからだというのである。愚公の行為を見ていた智叟(ちそう)という人物が、「山を人力で崩せるはずがない」と批判すると、愚公は「山は増えないから、人間は子々孫々この事業を続ければ、いつかは山を移動できる」と自信満々に答えた。それを聞いた天帝が姱娥氏の二人の子に山を背負わせ、これを動かした。 ウィキより引用
 
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失敗の本質

■2015年3月1日(日)雨


 小川孔輔先生の『マグドナルド 失敗の本質』(東洋経済新報社)が朝日新聞の書評欄で紹介されました。


 品質・サービス・清潔度・値打ち感という現場の原則。
 
 金融市場での評価を何より優先し、短期的な数字のために。
 
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柳津町を歩く、沼沢村の家作(安政年間)

■2015年3月1日(日)


 本日の午後、会津若松市城東町の福島県立博物館の佐々木長生さんの講演会の聴講。
 
 2日は三島町間方の調査(集落誌)。6日も。
 
 
 3日は午前、大芦家の学習会の最終。



   →花の認証
 

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2月26日、日本農業新聞
 
 
■2月28日は吹雪の後の曇り。河沼郡柳津町の集落を聞き書きで歩く。
 
 26日の解散会でお会いした牧沢の天野昭一さん宅、コクゾウサマの話などを聞く。その他、猪鼻地区等。
 
 文献調査。沼沢村(浅岐村の西隣)。早戸石切。
 
 
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平成22年刊 佐藤一男『古河市兵衛と会津の軽井沢銀山』(柳津町軽井沢)

 
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カラムシ(苧麻、青苧)の鉱山での使用。結束の糸。
 
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20150228dsc08822
この冬の大雪での被害
 
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二葉松    苧網
 
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かじける

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屋根葺きのアサガラ(麻柄)
 
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沼沢村五ノ井玄伯 安政3年(1856) 家作普請諸控帳
 
渡辺良三、『金山史談』第8号 平成10年
 
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早戸石切 留次郎

※石切 信州 北田村 権兵衛(享保14年・1729) 上湯改築。



 
麻ノ瀬山師 兼之助、善次郎
 
20150228dsc08795
野尻中向
 
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越後国間瀬村大工
 
 

 
 

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かすみ草写真集1

  • 20061010img_3904
    348枚。菅家博昭撮影。かすみ草生産地での撮影。

奥会津の風景01

  • 20060801img_4064
    387枚、菅家博昭撮影。おもに昭和村など。

2006欧州視察

  • 20061101dsc00245
    2006年11月 JELFA欧州視察の個人写真記録。菅家博昭撮影。

2010年1月

  • 20100131dsc00811
    2010年1月25日~27日、熊本県

2010年02月 かすみ草栽培

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    2010年2月12日 かすみ草ファンタイムの砂あげ苗のポット仮植作業。撮影菅家博昭。

2006年夏の記憶

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    2006年の奥会津・昭和村、カスミソウ栽培の風景。菅家博昭撮影。

2006年秋の記憶

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    2006年秋の福島県奥会津の風景、カスミソウ栽培の様子など。菅家博昭撮影。

2006年12月冬の沖縄

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    2006年12月の沖縄県内。花の生産地や街の様子。菅家博昭撮影。

2007年1月から

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    2007年1月から奥会津などの風景、菅家博昭撮影。

2006北海道かすみ草サミット写真誌

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    2006年7月13日、14日。北海道夕張郡由仁町で開催された第4回全国カスミソウ北海道サミットinみなみそらち・ゆに

2007静岡カスミサミット東京

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    2007年2月1日に東京都内・大田市場で開催。

2007年4月から

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    2007年4月から、奥会津の風景、かすみ草生産作業風景など、菅家博昭撮影。

2007年5月の風景

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    2007年5月の奥会津の風景、かすみ草生産。菅家博昭撮影。

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    144枚、菅家博昭撮影。幕張メッセ花の展示会。

2007年11月

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    2007年10月オランダ、アムステルダムのホルティフェア、アールスメールマーケットでの印刷物資料

2015 からむしフェア

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    2015-07-18,19福島県’奥会津’昭和村で開催された第30回からむし織りの里フェアより。昭和村佐倉(からむしフェア)、喰丸小学校(新作記録映画 春よこい)大芦(からむし畑見学・からむし剥ぎ、からむし挽き。保存協会)地内。菅家博昭撮影。76枚掲載(372枚撮影)。キャノンEOS、ソニーTX。
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