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2015年4月11日 (土)

徳一と慧日寺 磐梯町、浅岐と沼沢の山論

■2015年4月11日(土)


 本日は福島市。駅前のNHKカルチャー福島(大町4-15)で「古文書ひもとく郷土の歴史1」(阿部俊夫郡山女子大学准教授)を受講。

 
 4月12日(日)は大岐の博士山大枝沢天狗神社祭礼日。ハウス建て予定。


 
■ 昨日(10日)は、曇り、小雨。

 只見町只見地区センターにて奥会津大学実行委員会が開催され、おおよその2015年度の講座の企画が決まってきたようです。11日未明にメーリングリストが届きました。
 当方は 6月17日(水)三島町、11月25日(水)昭和村の講座を担当する予定で、いずれも今年の実行委事務局からの依頼テーマは「コモンズ(共有地、共有地管理)から学ぶこと、未来の資源管理を考える」です。
 
 
■ 三島町町史編さん委事務局の川合さんから、『金山町史』で記載のあった沼沢の五ノ井家近世資料について角田伊一さんによる翻刻資料が届きました。本来、5月連休中に訪問調査の予定でしたが3月に資料が届けられていました。
 1755年 宝暦四年二月浅岐村と沼沢村山論場所絵図(『玄白覚書』(『金山町史』より)浅岐と沼沢の山論)。
 
 延宝年間(1744~1679 延宝六年埒明)に大高森山 とや場峠周辺で浅岐村と沼沢村で境界をめぐる山論が発生したが、金山谷四組の郷頭名主立会で両村の入相(会)地と決した。その75年後に画かれた論所の絵図(角田伊一さんの解説より)。
 

 
■ 4月10日(土) 除雪作業。パイプ出し。昭和村大岐。曇り、小雨。
 
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ハウス建て圃場
 
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■ 奥会津書房で、大石田の和さんから「てだね」(手種)という言葉を聞きました。『会津学7号』の「野菜帖(渡部サクヨ)」のなかでの話題でした。

 自家採取の野菜種のことを言います。


 

 
 
■ 福島県耶麻郡磐梯町(慧日寺(えにちじ)資料館)が2005年に刊行した『徳一菩薩と慧日寺』。最澄の研究者の東洋大名誉教授の田村晃祐氏の「東北仏教文化の開創者 徳一菩薩について」は、

 
 徳一が奈良では東大寺にいた。
 
 当時はひとつの寺院に多くの宗の僧が入っており、東大寺には律宗、倶舎宗、成実宗、法相宗、三論宗、天台宗、華厳宗、真言宗が入っていた。南部六宗というのは東大寺の中にあった宗のこと。
 
 奈良時代の法相宗には中国法相宗の古い教学を伝える元興寺系と、後期法相教学を伝える興福寺系のふたつがあり、徳一は元興寺系に属したと思われる。
 
 東大寺に明一(みょういつ、727~798年)という法相宗の著名な僧がいて、これが徳一の師であった可能性もあるのではないか(13ページ)。

 興福寺の修円(771~835年)の弟子という記録は、徳一は元興寺系で東大寺の僧であったことなどから信頼できない(29ページ)。

 空海が弟子・康守(こうしゅ)を会津へ派遣し、空海が唐から持ち帰った新しい密教の書物を写して広めてくれるように頼んだ。815年(弘仁6年)。
 
 康守は弘仁6年(815)3月26日に下野(栃木県栃木市郊外の岩舟町)の通称小野寺に広智(こうち)禅師の所を訪れて、密教の書物の書写弘通を要請。その9日後の4月5日に会津の徳一を訪れたことになります。


 広智は最澄が31歳の時、2000冊余の仏教書を書写して与えた道忠(どうちゅう)の弟子で、道忠なき後、下野の道忠系教団の中心人物。最澄はおそらく弘仁7年に東国へ赴いたものとを思われ、弘仁8年2月には東国にいたものと考えられる。
 
 空海の弟子康守の訪問の翌年に最澄は東国を訪れ、下野大慈院に広智等を訪れています。最澄からいえば、広智は親しい関係にあり、徳一は広智の論争相手で、この徳一と広智側の論争を最澄が引き継いで論争していったものと考えられ、あるいは論争がはじまっていたのかもしれません(34ページ)。
 
 空海にとっては、別に敵味方の関係はなく、大きな勢力を持っていた東国の代表的教団の中心人物(下野の広智と、会津の徳一)に写経と普及の依頼をしたものでしょう。


 
 
 
 
 


 

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