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2015年4月22日 (水)

ユジノサハリンスク、、、樺太の豊原、、、大芦より移民(出稼ぎ)

■2015年4月22日(水)


 今日はスミカの柿沼さん。

 
 
 
 

■ 4月21日(火)の夕方にJFMAの松島義幸さんから電話があり、5月25日の午後3時30分から、都内で日持ちの会議を予定している、とのことでした。

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■ 1973年(昭和48年)に発刊された『昭和村の歴史』の近代(第5・6章)は、酒井淳氏が執筆されている。

 152ページに「移民」として、

 野尻村の出寄留者は1912年(大正元年)から1921年(大正10年)まで、10カ年平均184人、1918年(大正7年)以降は200人以上の男女が流出している。
 1921年の常住人口が1883人であり、その10パーセントが村を出ている。このほか大芦村があり、1927年(昭和2年)に合併する。
 
 明治初年に本名宗三郎が北海道へ移民。その後、1906年(明治39年)に小中津川の栗城小太郎が北海道サロベツへ移民、翌春に小太郎を頼り松山の佐々木登(当時11歳)がサロベツ移住、酪農で成功している。
 
 海外移民は、日露戦争後は満州へ、第一次世界大戦後は南洋諸島へサトウキビ作りに、さらに昭和9年の凶作後と、第2次大戦後はブラジルへ移民している。

 ※ここにロシアのサハリン(樺太)への移民、出稼ぎについては書かれていません。
 

■ 2015年4月21日の午後、昭和村大芦で、現在のロシアのサハリンの州都ユジノサハリンスクで1935年(昭和10年)に生まれた女性から話を聞きました。 
 
 3歳のとき、1938年(昭和13年)に帰国されています。その後は大芦で暮らしています。当時は樺太(からふと、南樺太)の豊原(とよはら)町といい、そこで生まれ、母の背におぶわれたときの記憶として「水道の蛇口を母がさわっている記憶だけ」が当時の樺太豊原での記憶だそうです。日本に帰国して昭和村大芦では、まだ流水を汲んで水道としていたので、鮮明に記憶にあるそうです。
 
 1938年頃に帰国された人々は、樺太で生活した用具をすべて移送できたそうです。しかし戦乱となり敗戦でロシアが侵入してから帰国された人たちは着の身着のままでの帰国となったそうです。
 
 大芦からは数十人(十数組?の家族)が豊原に行っており、「チップコウバ(パルプ工場)」で労働したようです。王子製紙豊原工場は1917年から1945年(敗戦)まで稼働しています。
 またこのパルプ工場に原木を伐り出すための伐採夫、山師として働いた人も多いそうです(ジロキチ爺、ジンゴ爺など)。
 船での渡航で船酔いがたいへんだったようです。
 
 日本占領下の、当時の樺太の豊原町(ユジノサハリンスク)は近代都市でした。
 
 
20150422
 
20150421
王子製紙 樺太の豊原工場(パルプの原木が積んであるのがわかる)
 
こうした労働経験から、昭和村野尻中向でのチップ工場(昭和42年、昭和森林開発操業)が出てくるのかもしれません(『昭和村の歴史』127ページ)
 
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樺太 豊原市街
 
201504211930
以上の写真・地図はウィキより
 
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挽いた繊維を裂いたもの。これを繋ぐ。
 
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おうみ(お績み)
 
 
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昭和村小野川字板宿のかすみ草ハウスの雪害(博士峠) 4月21日撮影。
 

 

 

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