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2015年8月24日 (月)

8/24 地蔵さまのおまつり(柳津町大野)銀山川流域

■2015年8月24日(月)曇り、午後、晴れ

 
 花仕事を早めに終えて、滝谷川流域を北上し、只見川合流部から川口大橋を渡り広域農道へ。トンネルをふたつ抜け、大野集落へ。
 地蔵堂の前で、男の子が二人、金属製の細い巻き尺(メジャー)で光泉寺の敷石を計測していた。年齢をたずねると小学3年、1年の兄弟、とお兄さんが答えた。
 
 24日の祭礼も17時となるので終わりで、幕の撤収、電気コードの回収を大人の男性二名が行っていた。昨夜、地蔵堂では、村人があつまり、おこもりがあった。「柳津の虚空蔵さまが出来たときの言い伝えが残る地蔵さま」と男性の一人が語ってくれた。1200年前のことだ。
 
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  白山神社より
 
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葛の花
 
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徳一伝承の大野の清水(中央)、右が地蔵堂、光泉寺
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徳一伝承と柳津虚空蔵堂の材木調達
 
 『寛文五年萬改帳』(一六六五年)という江戸時代の前期の記録では、大野村は、次のように記されている。意訳して紹介する。
 
 この村は山の頂上にある。大野村のいわれは柳津虚空蔵堂を大同(だいどう)二(八〇七)年、徳一(とくいつ)法師の建立(こんりゅう)。その時、この所にて材木を採る小屋場なり。杣(そま)取(とり)ども、この小屋を住所(すみか)となす。野を開きし所とて大野村と名付ける。
 
 その当時は家十四軒(竈二十四)(かまど)とあるが、二十四世帯が十四軒の家に暮らしていた。この村のいとなみは薪(まき)を伐り、葛(くず)の葉を取り商売している。漆(うるし)木は九百四本二分。御役大工一人。
  その二百四十四年後の文化六(一八〇九)年『新編会津風土記』では、大野村本村は家数二十四軒あり、次郎右衛門新田が作られ三軒、大野新田が六軒となっている。
 大野村の村中には清水があり、東西一間半(約三メートル)・南北一間(約一、八メートル)の清水があり「昔、徳一が加持(かじ)により湧出したもので、今に至るまで水多く清冷なり」と書かれている。
 
  この清水の所に光泉寺がある。詳しく以下のようである。
 
 浄土宗、寿命山という。若松大町の融通寺の末山。光泉寺の縁起に、昔、大同年中、徳一この地に来たり、柳津村に虚空蔵堂を建てしとき、この山中より材木を切り出した。盛夏の時にて、人夫(作業者)炎熱に苦しみ、水に渇(かわ)きしければ、徳一、六株ある喬木(高い木)の下に居て加持せしに、忽(たちまち) 清泉逬(ほとばし)り出て諸人の渇きをいやし蘇生(そせい)の思いをした。今、村中にある清水なり。(虚空蔵堂が)造立の功成りてのち、徳一ふたたびここに来たり。彼、喬木を伐りて六地蔵を刻み本尊とす、いつのころにか火災にあい殿宇焼失たり、寛文中に良専という僧が再興し、弥陀を本尊とし客殿に安ず。
  磐梯町の慧日寺(えにちじ)を開いた僧の徳一。彼が開いたであるとう縁起を持つ寺は会津地方に多い。柳津の虚空蔵様もそうした伝承があるが、銀山川流域で特徴的なのは虚空蔵堂を造作したときの樹木を伐採した場所が伝承として残っている点である。この大野の北の小柳津もそうした伝承がある。『新編会津風土記』に、
 小柳津村。大同年中 柳津村虚空蔵堂を造営せし時、この地に小屋を構えて工匠の居所とす。その小屋を家居とし開きし村なれば、柳津村に対して小柳津村と名付けた、家数五軒。(菅家博昭2015年8月記)
 
 → 小柳津村 7/13
 
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白山神社 疱瘡安全 文化9年
 
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熊野神社(北)
 
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猪鼻
 
 
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黒滝
 
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(↑クリックすると拡大します)
大日本帝国陸地測量部 5万分の1地形図(定価13銭)
大正2年測量 昭和6年要部修正測量 昭和8年版
古書店より購入した野沢・喜多方・宮下・若松を接合して作成
旧所有者
宮下(第三陸軍技術研究所 五部ノ内 第三号)
若松(     同               第一号)
野沢(第三陸軍技術研究所図書庫 整理番号 五部ノ内 第三号)
若松(記名無し、折り方異なる)
 
1913(大正2)年測量なので、100年ほど前の集落・道・呼称がわかる
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高尾嶺 大谷地(↑クリックすると拡大します)
 
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