2013年10月 7日 (月)

明治24年(1891)9月、会津藩戦死二人之墓 建碑広告(大芦村 五十嵐伊之重)

■2013年10月7日(月)


 明日、午後、上京。千葉市の幕張メッセのIFEXのブースの設営。9日から11日が展示会。
 そのための準備と、留守になる間の手配(採花)。

■昨日(10月6日午前)、南会津町糸沢の奥会津博物館に渡部康人さんを訪ね、建碑広告の原本を調査した。以下、未明より広報しょうわの原稿を書き、送付した。

連載・新史料紹介
野尻組の戊辰戦争 第5回
 かすみ草の販売を進める花の展示商談会(IFEX)が千葉市の幕張メッセで十月九日から三日間行われ参加するため、家を留守にします。そのため花を採る作業を進めておく必要があり十月はじめはいそがしい日々でした。
 十月五日の夕方電話があり、六日の朝に自動車を運転して小野川から喰丸峠、両原から舟鼻峠を越え、南会津町糸沢の奥会津博物館に行きました。私に連絡をよこした同館調査員の渡部康人さんから、厚さ三センチほどの冊子が出てきました。
 黄ばんだ表紙には毛筆で手書きで「明治以後ノ分 南山誌料雑纂 室井平蔵」と書かれています。このなかに、今回紹介する一枚の紙が貼られていました。
 その紙は縦十六・六センチ、横二十一センチで文字が書かれた版面は十四センチ、十六・六センチで活字の縦書き印刷で、明治二十四年(一八九一)九月に作成されたものです。一部の漢字を現代の字にして、ひらがな、句読点を付けて読みやすくして以下記載します。
 
会津藩戦死者建碑広告
 
明治元年戊辰九月二十四日、岩代国大沼郡大芦村において戦死せし会津藩士野村新平・角田五三郎の二氏は、村民、骸(むくろ)を集めて仮に埋葬し、わずかに口碑(※こうひ)を存するのみ。もし、かくのごとくにして歳月を経てはその跡、湮滅(いんめつ)して知るに由なきに至らん。そもそも二氏は不幸にして当時朝敵の汚名を蒙(こうむ)りつつ、屍(しかばね)を戦場に暴露すといえども、赤心(※)以て主命を奉し、終始二心なく臣事したるに至ては、その情想あえて国家の忠臣と優劣あることなし。しかるにその墓は荒徑(こうけい)野草の中に委して吊祭甚た疎なり。余輩、人情の通義に訴へ、実に痛歎に耐えざる所なり。方に今、昌平の時、百時條緒を得るの際、前事を追懐して思い浮かぶものあり。よって、余輩発起となり有志の賛成を仰ぎ、二氏の為に墓碑を建設し、名跡を百世に垂れいささかその魂魄(こんぱく)を慰めせんとす。切に望む有志の諸賢、資を捐してその費を賛けられんことを。
 
明治二十四年九月
 
 発起者
 五十嵐伊之重
 五十嵐熊重
 五十嵐徳次
 星 甚太
 
義捐金取扱法
 
一 義捐金郵便局為替(かわせ)をもって、御寄贈下され候節は、大沼郡高田局とし、五十嵐伊之重・五十嵐熊重の両名に宛て、御送金くだされたく候
 
一 義捐金は御送金の順序により福島新聞紙に金額及び御住所・氏名を記載し、もって受領の證(あかし)となす
 
一 建碑工事落成は明治二十五年六月となす。その落成の上は精算をたて、福島新聞をもって広告す 
一 精算のうえ、残余金これあるときは、多少にかかわらず祭資(祀)料基本とし相当の利子付にて預入をなし、その利子を以て将来の掃除料及び祭典費に充つ
 
※口碑(口伝え、伝承)
※赤心(ありのままの まごころ) 
 
 今回、昭和村佐倉のからむし工芸博物館で「野尻組の会津戊辰戦争展」を開催するため、昨年十二月から奥会津博物館には様々な協力をいただきました。今回の史料は、奥会津博物館が所蔵する田島町(南会津町)金井沢の名主家であった室井家文書(五八四六点)のなかにあったものです。明治期を生きた同家の室井平蔵(一八六五~一九二八)が収集保存していた冊子にありました。
 
 町村制が施行され明治二十二年(一八八九)に大芦村の初代村長に五十嵐伊之重が就任します。その伊之重ら四名が発起人となり明治二十四年九月に野尻組内で亡くなった会津藩士二名の供養費を建てるから寄付を広く募る、というチラシです。この史料からは明治二十五年六月に建てられることになっています。 
 
 現在の大芦の小矢ノ原にある昭和の森キャンプ場近くにある石碑が、このような経緯で建てられたことは、今回はじめて知ったのですが、以下のような記録がすでにあることが渡部康人さんの指摘で、確認しました。
 
 会津史学会編『歴史春秋』第三十八号(一九九三年)に大塚実「官修墳墓と明治政府」に、大芦にある官軍戦死九人之墓、佐藤音之助之墓、会津藩戦死二人之墓のことが紹介され、今回、原本が確認された広告についても記載されていました。 
 
 今後は「福島新聞」という当時のものを各地の図書館等で調査し、だれが寄付をしてどのような結果となり供養費が建てられたのかを確認していく必要があります。
 からむし工芸博物館の企画展のために、近日、報告書が出版されますが、それに今回紹介した史料は入っていません。
  → 室井平蔵
 
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昭和村大芦・小矢ノ原。会津藩戦死二人之墓(供養碑)の左面。
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裏面基台
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右より4番目が会津藩戦死二人之墓
 
■11月8日、9日、10日と現地視察会(からむし工芸博物館主催)が開催され、菅家が案内します。9日、10日は県外からの申し込みがあり催行が決まっています。→からむし工芸博物館
 

2013年9月 7日 (土)

会津野尻組(昭和村)の戊辰戦争 企画展はじまる(佐倉からむし織りの里)

■2013年9月7日(土)よりはじまりました。12月1日まで。福島県大沼郡昭和村佐倉・からむし織りの里内、からむし工芸博物館にて(有料三百円)。


 → からむし工芸博物館


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館内は撮影禁止です。
 
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2013年9月 5日 (木)

尾張藩士(愛知県)がたくさん戊辰戦争で奥会津野尻組(昭和村)に来ていました。

■2013年9月5日(木)台風由来の低気圧来


 昨日の昼のNHKラジオ公開 からむしとカスミソウ。→ 立川幸一さん

 昨日配布された『広報しょうわ』532号(9月1日号)。第3回目(7月より)。
 → 後日・PDF 新史料紹介・第3回 両原の尾張藩五味織江隊。

■今日は、午後、夜、大芦家。南修治さんの会。まだ空きがあるようです。無料。→大芦家

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上の写真をクリックすると大きくなります(JPG)。
 
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からむし工芸博物館 吉田有子さん(撮影)。史料は両原区(羽染兵吉さん)。9月7日より公開。

2013年8月20日 (火)

文献目録:野尻組(昭和村)の会津戊辰戦争

■2013年8月20日(火)雨

 午前2時ころ雨だったが、すぐ止み、6時ころ雷鳴とともに降雨。大田圃場のかすみ草スターマインとFG試作を採花。朝食後、角畑(高畠)の開花がはじまったハウスの採花をする。
 今日は、午後3時、野尻中向の雪室にて昭和村花き振興協議会の事務局会議。9月の行事予定等を相談する。
 明日は午前中いっぱい、作業停電のため注意。
 

■午前零時に起き5時まで『野尻組の会津戊辰戦争(企画展報告書)』の文献目録を作成した。7時にメール添付でからむし工芸博物館の吉田有子さんに送付した。休日の一昨日、昨日も精力的に聞き書き調査等をされている。


参考文献
会津学研究会編『会津学』(一~六号)奥会津書房(福島県三島町)、二〇〇五~二〇一〇
会津史学会編『歴史春秋二十六号 戊辰戦争百二十年記念特集号』歴史春秋社(会津若松市)、一九八七年
『会津の幕末維新』(会津若松市史七 歴史編七近世四)福島県会津若松市、二〇〇三年
『会津人群像 特集 続・戊辰戦争一四〇年』(季刊・一三号)歴史春秋出版、二〇〇九年
明田鉄男編『幕末維新全殉難者名鑑Ⅲ』新人物往来社、一九八六年
浅井俊典『真説 浅井長政嫡子 越後・浅井帯刀秀政』宮帯出版社(京都市)、二〇一二年
飯田市歴史研究所編『飯田市歴史研究所年報 九号』長野県飯田市教育委員会、二〇一一年
飯田市歴史研究所編『飯田・上飯田の歴史 上巻』長野県飯田市教育委員会、二〇一二年
『石川県史』第二編、一九七四年
飯塚恒夫「只見地方の戊辰戦争」『歴史春秋』第四十八号、会津史学会編・歴史春秋社、一九九八年
『飯山市誌』歴史編(下)、長野県飯山市、一九九五年
五十嵐伊之重「福島縣岩代國大沼、南會津両郡 カラムシ(會津青苧)栽培製造の景況」『大日本農会報告』第四〇号、一八八四年
五十嵐文『わが昭和村』名古屋市東区東曽根町四〇番一五号、一九九五年
市岡昭智『北越軍旅日誌』飯田市図書館所蔵、一八六八年
稲川明雄『北越戊辰戦争史料集』新人物往来社、二〇〇一年
『伊南村史』第一巻、福島県南会津町(旧・伊南村)、二〇一一年
『伊南村史』第四巻、福島県南会津町(旧・伊南村)、二〇〇七年。特に二百三ページの「麻仲間定期会議写し」(明治十三年七月)、資料五十五「会津麻方より南京、インド麻輸入により本郡麻改良の広告」(明治十三年八月)
『伊南村史』第六巻、福島県南会津町(旧・伊南村)、二〇〇五年
今枝民部『戦争等巨細録』明治元年(一八六八)、加賀藩(加能越文庫)、石川県金沢市立玉川図書館近世資料館蔵
『岩波講座 日本通史』第十六巻近代一、岩波書店、一九九四年
海老名俊雄「会津戊辰戦争と一山村の動向」『歴史春秋』第四十五号、会津史学会編・歴史春秋社、一九九七年
海老名俊雄「会津戊辰戦争と一山村の動向(続)」『歴史春秋』第四十八号、会津史学会編・歴史春秋社、一九九八年
『大沼郡誌』大沼郡役所(福島県会津)、一九三七年
大山柏『戊辰役戦史(上下)』時事通信社、一九六八年
奥会津書房編『奥会津こども聞き書き百選 一枚の写真から じいちゃんありがとう』第二号、只見川電源流域振興協議会(福島県)、二〇一〇年
奥会津博物館『企画展 南山御蔵入領の戊辰戦争 会津戦争終結の地 解説シート』奥会津博物館(福島県南会津町)、二〇一三年
賀川隆行『崩れゆく鎖国』(日本の歴史一四)、集英社、一九九二年
金井晃・奥会津歴史民俗資料館編『木地語り 会津田島のとびの足跡 企画展報告書』福島県田島町教育委員会、二〇〇一年
菊地明・伊東成郎『戊辰戦争全史(上下)』新人物往来社、一九九八年
栗城訪霊『会津先賢者の墓石を訪ねて』別巻、一九九二年
栗城正義『忠誠日本一』歴史春秋社、二〇〇九年
栗城正義「忠誠日本一の系譜」『福島マスコミOB文集 PART三四』福島ペンクラブ五月会、二〇一三年五月
栗城義綱(浜三・一八)『公私摘要(写)』全六巻(奥会津博物館蔵)
黒須藤三郎誌『戊辰従軍記并人名』飯田市美術博物館堀家文書(長野県 飯田市歴史研究所)、明治二年(一八六九)
桑原伸介「近代政治史料収集の歩み(一)復古記を中心に明治初年の官撰修史事業」『参考書誌研究 第十七号』国立国会図書館、一九七九年
小松芳郎監修『幕末の信州 近代への序章』郷土出版社(長野県松本市)、二〇〇八年
近藤民之助編「松代藩勤王事略私記」『新編信濃史料叢書』第二十三巻、信濃史料刊行会(長野県)、一九七九年
早乙女貢『続 会津士魂(一)』集英社文庫、二〇〇二年
佐々木太市家文書(野尻組松山村の名主家)福島県立博物館蔵
『下郷町史』第一巻、福島県下郷町、二〇〇九年
司馬遼太郎『街道をゆく一二 十津川街道』朝日文庫、二〇〇八年
『昭和村の歴史』福島県昭和村役場、一九七三年
『昭和村のあゆみ 昭和から平成へ』(昭和村の歴史二)福島県昭和村、二〇一一年
庄司吉之助『世直し一揆の研究』校倉書房、一九七〇年
人文社編集部編『歴史ハンドブック 幕末・維新 全藩事典』人文社、二〇一一年
瑞山会編『維新土佐勤王史』富山房、一九一二年(国立国会図書館近代デジタルライブラリー版)
千田登文編『加賀藩北越戦史』北越戦没従軍者同志会、一九二一年(新潟県立図書館・新潟県立文書館 越後佐渡デジタルライブラリー版)
『大日本維新史料稿本(マイクロ版集成)』東京大学出版会
『高遠町誌』上巻 歴史二、長野県高遠町誌刊行会、一九八三年
『高崎史料集』藩記録(大河内二)、群馬県高崎市教育委員会、一九八九年
『新編高崎市史』資料編五 近世一、群馬県高崎市教育委員会、二〇〇二年
『新編高崎市史』通史編三 近世、群馬県高崎市教育委員会、二〇〇四年
『田島町史』第二巻、福島県田島町、一九八八年
『田島町史』第六巻、福島県田島町、一九八七年
『只見とっておきの話』福島県只見町、二〇一〇年
『只見町史』第一巻、福島県只見町、二〇〇四年
『只見町史』第四巻、福島県只見町、一九九九年
土屋浩『信州人のための幕末史』ほおずき書籍(長野市)、二〇一二年
『津南町史編集資料 第一集』津南町史編集室(新潟県)、一九八〇年
十日町市史編さん委員会(織物史部会執筆員 多田滋)『十日町市郷土資料双書八 越後縮の生産をめぐる生活誌』新潟県十日町市博物館、一九九八年
永井誠吉『松代藩戊辰戦争記』長野市安茂里一八一〇の二、一九九〇年
長瀬哲「戊辰戦争と飯山藩の動向」『高井』第百七十一号、高井地方史研究会(長野県)、二〇一〇年
『長野県史』通史編 第七巻 近代一、長野県、一九八八年
『長野県史』近代資料編 第一巻政治・行政 維新、長野県、一九八〇年
『長野県精髄上伊那郡史(復刻版)』千秋社、二〇〇一年
『長野市誌』第五巻歴史編近代一、一九九七年
中村彰彦『鬼官兵衛烈風録』歴史春秋出版(会津若松市)、二〇〇八年
中村哲『明治維新』(日本の歴史十六)集英社、一九九二年
中島欣也『戊辰任侠録 越後の侠客・観音寺久左衛門』恒文社、一九九三年
丹羽邦男『明治維新の土地改革』(近代土地制度史研究叢書第二巻)お茶の水書房、一九六二年
丹羽邦男『形成期の明治地主制』(塙選書四三)塙書房、一九六四年
丹羽邦男『土地問題の起源 村と自然と明治維新』(平凡社選書一三〇)平凡社、一九八九年
丹羽邦男『地租改正法の起源 開明官僚の形成』(神奈川大学経済貿易研究所研究叢書九)ミネルヴァ書房、一九九五年
野口信一『会津藩』(シリーズ藩物語)現代書館、二〇〇五年
箱石大編『戊辰戦争の史料学』勉誠出版、二〇一三年
馬場勇伍『昭和村の石造遺産 石鳥居 道祖神 庚申塔』福島県昭和村役場企画課、一九九二年
馬場勇伍『乱雲戊辰の晩秋 会津戊辰の役 大芦の戦い」福島県昭和村教育委員会、二〇〇一年
馬場勇伍『木地師の跡を尋ねて 山中の墓に手を合わせ乍ら』福島県昭和村教育委員会、二〇〇二年
馬場勇伍『歴史ロマン 夢と現の走馬燈』福島県昭和村役場総務課企画係、二〇〇七年
『福島県史』第七巻、福島県、一九六六年
『福島県史』第十巻(下)、福島県、一九六八年
古川古松軒・大藤時彦解説『東遊雑記 奥羽・松前巡見私記』(東洋文庫二七)平凡社、一九六四年
「復古外記 越後口戦記」『復古記』(国立国会図書館近代デジタルライブラリー版)
『北越戦死者墳墓箇所絵図』石川県金沢市立玉川図書館近世資料館蔵
保谷徹『戊辰戦争』(戦争の日本史十八)吉川弘文館、二〇〇七年
星甚惠「栗城義綱「公私摘要初編」について」『歴史春秋』第五十七号、会津史学会編・歴史春秋社、二〇〇三年
星亮一『会津農兵隊始末記』廣済堂出版、一九九八年
星亮一『荒川勝茂 明治日誌』新人物往来社、一九九二年
星亮一『敗者の維新史』(中公新書九六七)中央公論社、一九九〇年
星亮一『平太の戊辰戦争 少年兵が見た会津藩の落日』(角川選書二九一)角川書店、一九九八年
星亮一『平太の戊辰戦争』(ベスト新書三〇二)KKベストセラーズ、二〇一〇年
本名信一家文書『下中津川村名主本名家文書』昭和村下中津川   
山川健次郎監修『会津戊辰戦史(復刻版)』(付録・会津弔霊義会「戊辰殉難名簿」『戊辰殉難追悼録』一九七八年)マツノ書店(山口県徳山市)、二〇〇三年
山本金太『飯山戦争 明治維新、北信濃の夜明け』ほおずき書籍(長野市)、一九九六年
三谷博「明治維新の史学史「社会科学」以前」『ヨーロッパ研究 九』東京大学、二〇一〇年
宮崎十三八編『会津戊辰戦争史料集』新人物往来社、一九九一年
宮崎十三八「渡辺多門成光「辰之日記草稿」」『歴史春秋』第三十三号、一九九一年
宮崎十三八「戊辰戦記『結草録』杉浦成忠著」『歴史春秋』第二十八号、一九八八年
明治維新史学会編『維新政権の創設』(講座明治維新第三巻)有志舎、二〇一一年
『歴史読本』編集部編『カメラが撮らえた会津戊辰戦争』新人物往来社、二〇一二年
渡邊良三『南山御蔵入金山谷 人物篇 (一)』福島県金山町中川、一九八七年
渡邊良三「金山の中世の城館」『歴史春秋』三〇号、歴史春秋社、一九八九年
渡邊良三『戊辰戦争と金山展』(こぶし館歴史民俗資料室 第二回企画展)金山町中央公民館、一九九三年

2013年8月16日 (金)

9月からの戊辰展(からむし工芸博物館)

■2013年8月16日(金)晴れ 夕方・雷雨少し


 盆の期間中も朝5時より、かすみ草の採花・調整(結束)と終日作業が続いた。32℃と暑い。
 少し時間を作りながら、9月から佐倉のからむし工芸博物館で開催される「野尻組(昭和村)の戊辰戦争展」の報告書の図版等原稿を作成した。不足分は数回、再度現場にて調査をした(採寸等)。

 博物館の吉田有子さんが、原稿再構成・展示パネル原稿に起こしたものを校正してメール返送する作業も続いている。

 今日は朝6時台に高畠圃場でかすみ草銀河の採花中、下中津川の本名信一君より電話があり、午前9時に自宅小屋を訪ねた。土蔵の所蔵物(書籍類・古文書等)の整理をしており、必要な資料がないか見ることになった。

 今回の戊辰展でも彼の祖先(名主家)が書いた史料を展示する。



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奥会津・昭和村内に現存する戊辰戦争等の墓碑・供養碑等(菅家博昭、トレース・作図)



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■8月19日(月)販売数 416箱 増えず・横ばい。かすみ草フォレスト・銀河主体。
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2013年7月 5日 (金)

雨の毎日、広報しょうわの連載1

■2013年7月5日(金)雨


 雨の毎日です。かすみ草の染めも、色むらが多くなってきました。染める前によく乾燥させないと(質量の15%程度軽くなるよう電子はかりで計測する)、蒸散での吸い上げは高湿度のなかでは難しくなっています。

■曇りで、昨夜8時、大岐集落から大田圃場まで、片道約400mの川前農道を徒歩で往復しました。懐中電灯は持参しましたが、使用せずとも歩けます(離れた集落の街灯が明るい)。
 発光昆虫のホタルが舞い始めています。
 ラインセンサス法で、行きに確認した飛翔したホタルは15頭程度、帰路は17頭程度で、水田から用水堀、樹林高くと広範囲を点滅した青白い光が飛翔しています。これから15日にかけて発生が盛期になると数万頭が出現します。
 昨年7月15日はたいへんな数でした。
 国内各地で行われているホタル祭りのように人工的に飼育して放虫したものではありません。自然下の発生です。

■昨日16時半頃、ミヨシの稲垣さんが大岐に来所されました。アルタイルの専用スリーブ(エルフバケット出荷用)のデザインが決まったということでした。また今後取り扱う品種権についての説明もありました。
 7月23日頃、再来村されるとのことで、その際に定例会にも参加していただくよう依頼しました。午前9時頃より、試作圃場でかすみ草生育等をみます。

■昨日は昼前、隣町川口に事務所がある県金山普及所の長谷川浩先生も来所され、現在の発生病虫害に対応する植物保護剤の検討と、昭和・柳津・会津美里のかすみ草圃場の採花中の放射性物質の残留試験では、検出(検出限界値以下)されなかったとの報告がありました。2011年、12年、13年とも、当地のかすみ草では放射性物質は検出されていません。

■奈良布の斎藤武さんと、あぜ道で話す機会があり、パレス化学のレインボー・フラワー・メイカーを使用して20本ずつ染め、それを市場出荷されたようです。5月15日の当地かすみ草30年の会場で1本多色染めの提案がパレス化学よりあって、それにさっそく対応されたものです。当地でも様々な、新しいかすみ草の取り組みが生まれています。

■大岐地区には昨日配布された『広報しょうわ』2013年7月号(第530号、昭和村役場発行)に、拙稿(菅家博昭)「新史料紹介 野尻組の戊辰戦争 (第1回)」が掲載されました。


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2013年6月25日 (火)

「よく、おがんもせよ」(会津戊辰 大芦戦役 供養墓の草刈り)

■2013年6月24日(月)午前9時から、農協大芦支所前にある大芦区長事務所(もとの保育所)で、「野尻組の会津戊辰戦争展(からむし工芸博物館)」(9月より開催予定)の懇談会が開催された。

 これまで、訪問してお話をうかがう、ことが一段落したので、小さな伝承(記憶)を持っておられる方々の来場を待つかたちで聞き取り会となった。事前に吉田有子さんが大芦区長と日時等を決め、場所をお借りし、A4版のチラシ1枚を「小走り」で、大芦地区全戸配布していただいた。

■大芦中組、明治44年生の父・友實(ともみ)さんは、大芦集落の北方にある矢ノ原湿原の代官清水脇にある会津藩士野村新平之墓のまわりの草刈りを続けてきた。息子のアキマサさん(昭和31年生)は、小さいころ、この場によくついていくと、父から「よく、おがんもせ(拝申せ)」と言われたという。膝を折り、しゃがみ、墓前で手を合わせ、拝んだ、という。

 中組にある鎮守・山の神様(大山祇神社)の脇の墓地にある「官軍戦死九人之墓」の墓前でも、父から「よく、おがんもせ」と言われたのだ、という。

 野村は明治元年の会津戊辰戦争で9月24日午後の金沢藩今枝隊との戦闘で亡くなった会津藩朱雀三番寄合組隊の半隊司令士と言われている。

 この墓石は、コナラ林のなかに、後の村人が建てたものだが、誰が建てたのかは伝わっていない。私が工業高校を卒業した18歳で、昭和村文化財保護審議会委員となったときに、雪から護るための家屋を造ることとなり、設計した上屋がある(施工は金子建設の故山内吉美君)。

 近世大芦村の名主家であった古家(ふるや)の星家は、高崎藩の本営となり、戊辰の大芦戦争で家を焼かれている。その後、類族の豆腐屋に名主職と、昔は五十嵐家で星に改姓したことを伝える「五十嵐勘解由之墓」の守りも譲っている(五十嵐文『わが昭和村』1995年)。

 今回聞いた話から、ほのかに感じるのは、会津藩主に忠実であった大芦の名主家「古家(星家)」の末裔が、明治2年~あるいは30年代に会津藩士野村新平之墓を建てたものと思われること、それを最近まで墓の草刈りを百年もの間、続けてこられたのだろう、ということだ。

 初代大芦村長の五十嵐伊之重が発起人となって建てた小屋ノ原の「会津藩戦死二人之墓」(矢ノ原戦死野村新平、屋敷原戦死角田五三郎)は大芦地内で亡くなった二人の藩士を合祀した供養墓であるが、伊之重没年の明治三十四年の建立と推察される。

 官軍戦死九人之墓(高崎藩士3、金沢藩士6)を祀る墓は中組のコシマキ墓地にあるが、靖国神社に祀られるとともに、明治九年に若松県庁(つまり明治政府)により合葬墓として建立され、1945年の終戦まで墓守料が下賜された。

 金沢藩士6名は今枝隊の小杉半蔵、春日隊の3名(小原、小嶋、村田)と半井隊の2名(石黒、杉江)の6名となっているが、実際には今枝隊では小杉の外、兵士7名(小川、吉田重、吉田余、多和田、山川、藤田、大館、宮嶋、金子)そして軍夫(卒)が6名亡くなっている。

 会津方(かた)は2名の藩士の外、蔵入役人(横田山内家)大島音之助、佐藤音之助、渡辺喜三郎が亡くなっている。

 あわせ大芦戦争では、27名の犠牲があった。そして集落内の29戸が炎上し、鎮守社殿も爆発焼失した。

 明治14年に鎮守の石段が造られるが、このころ大芦の戊辰戦争がようやく終わったといえよう。戦災からの復興、家を建て直すというのは大事業である。また木材を伐りだした山々の荒廃も想像できる。大工はどうしたのか?石工は?主たる産業の麻、カラムシの生産は、、、、

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2013年6月24日 (月)

大芦区長事務所

■2013年6月24日(月)晴れ


 午前9時から大芦区長事務所での大芦戦争関連聞き取りを無事終えました。のべ10名ほどの皆さんに来ていただきました。ありがとうございました。

■6月26日(水)出荷量132箱

 仙花、福島、宇都宮、埼玉、世田谷、板橋、大田へ出荷。メレンゲのほか、マリーベール、スノーベール、ベールスター。染めは無し(中央花卉定期分のみ)。ほぼ第3より出荷。
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2013年6月12日 (水)

奥会津大学第1回講座終える

■2013年6月12日(水)晴れ

 今日の福島民報新聞の会津欄(17面)に奥会津大学の初回は「戊辰戦争」、昭和村で → PDFファイル

 主催事務局のブログ → 苧麻倶楽部

  今年で4年目となる奥会津大学。地域に暮らし、地域に学ぶ人々が講師になり、村々を歩く。

 この奥会津大学に宮城県より通い続けている人がいる。鈴木さん。最近ブログをはじめていて、6月8日の講座「野尻組の会津戊辰戦争」にも来村された。なぜ、毎月数回、年間20数回も来村するのか、、、、鈴木さんから言えば通うのか、、、、 それが書かれています。昭和村のどこが良いのか??? → 今日もムジナにだまされて

■会津物語66 博士峠のヒロロ(ミヤマカンスゲ)を採集 → ヒロロでミノ作りPDF記事66

 会津物語68キツネが憑く → PDF記事68

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博士峠のブナ、2013年6月9日菅家博昭撮影

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ブナの花の落下

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2013年6月9日撮影、セミの抜け殻 標高1000m昭和村小野川の博士峠

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耶麻郡北塩原村、の鉈文字(博士峠)。炭焼きに山中に稼ぎにきた人が刻んだ、と思われる。

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画像はクリックすると拡大します。

2013年6月 9日 (日)

かすみ草初出荷へ、、、、、奥会津大学終える

■2013年6月9日(日)

 本日、午前8時、かすみ草の今季の初出荷へ。下中津川の生産者の出荷です。仙花市場宛メレンゲ11箱。今日よりかすみ草に専念です。

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■6月8日(土)午前10時から午後5時、第4期奥会津大学の第1回目が昭和村公民館で行われました。奥会津振興センター事務局次長の吉田紀之さんにより開校式、菅家案内で村内の視察(フィールドワーク)、講座で、昨年12月7日より調査・準備してきた「野尻組(昭和村)の会津戊辰戦争」について、報告しました。

 

 参加者が当日増え30名ほどとなり、盛会でした。今年前半の大きな仕事を無事終えることができました。

 仙台市から参加された受講者の記録 → 鈴木さん

      → 森のかすみ草さん

 6月下旬より継続され、単回受講可能です →奥会津大学(奥会津振興センター、苧麻倶楽部事務局)

■6月24日(月)午前、大芦地区のおあたご様の日に、区長事務所にて、からむし工芸博物館主催で、大芦戦争(会津戊辰戦争)についての大芦地区の皆さんからの聞き取り会・報告会を予定しています。これは9月から同館で開催予定の企画展のためのものです。

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会津方(藩)の拠点、大芦中組の大山祇神社境内。焼失後再建、その後また焼失したため再建したもの。

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大芦赤田 加賀藩小杉半蔵の墓

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大芦赤田 佐藤音之助の墓、大芦の佐蔵の墓

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大芦小矢ノ原の会津藩戦死二人之墓(明治34年頃建立か?)、大芦村初代村長五十嵐伊之重頌徳碑(昭和33年建立)

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小中津川上田 栗城一八義綱墓(浜三)。幕末から維新期を克明に記録した村人『公私摘要』の著者。野尻村初代村長。

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KANKE/リンク

かすみ草写真集1

  • 20061010img_3904
    348枚。菅家博昭撮影。かすみ草生産地での撮影。

奥会津の風景01

  • 20060801img_4064
    387枚、菅家博昭撮影。おもに昭和村など。

2006欧州視察

  • 20061101dsc00245
    2006年11月 JELFA欧州視察の個人写真記録。菅家博昭撮影。

2010年1月

  • 20100131dsc00811
    2010年1月25日~27日、熊本県

2010年02月 かすみ草栽培

  • 20100212dsc00221_2
    2010年2月12日 かすみ草ファンタイムの砂あげ苗のポット仮植作業。撮影菅家博昭。

2006年夏の記憶

  • 20060913img_9418
    2006年の奥会津・昭和村、カスミソウ栽培の風景。菅家博昭撮影。

2006年秋の記憶

  • 20061114img_1169
    2006年秋の福島県奥会津の風景、カスミソウ栽培の様子など。菅家博昭撮影。

2006年12月冬の沖縄

  • 20061203img_3812
    2006年12月の沖縄県内。花の生産地や街の様子。菅家博昭撮影。

2007年1月から

  • 20070401img_9892
    2007年1月から奥会津などの風景、菅家博昭撮影。

2006北海道かすみ草サミット写真誌

  • 20060715img_0143
    2006年7月13日、14日。北海道夕張郡由仁町で開催された第4回全国カスミソウ北海道サミットinみなみそらち・ゆに

2007静岡カスミサミット東京

  • 20070201img_9619
    2007年2月1日に東京都内・大田市場で開催。

2007年4月から

  • 20070426img_5713
    2007年4月から、奥会津の風景、かすみ草生産作業風景など、菅家博昭撮影。

2007年5月の風景

  • 20070520img_0193
    2007年5月の奥会津の風景、かすみ草生産。菅家博昭撮影。

IFEX2007_TOKYO_01

  • 20071011ifexdsc02602
    144枚、菅家博昭撮影。幕張メッセ花の展示会。

2007年11月

  • 20071108dsc04006
    2007年10月オランダ、アムステルダムのホルティフェア、アールスメールマーケットでの印刷物資料

2015 からむしフェア

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    2015-07-18,19福島県’奥会津’昭和村で開催された第30回からむし織りの里フェアより。昭和村佐倉(からむしフェア)、喰丸小学校(新作記録映画 春よこい)大芦(からむし畑見学・からむし剥ぎ、からむし挽き。保存協会)地内。菅家博昭撮影。76枚掲載(372枚撮影)。キャノンEOS、ソニーTX。
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